オスカルは、しびれを切らしていた。
気持ちの上でも、尻の下でも。
その足のしびれは、絶体絶命を通り越して、もう既に、感覚が無くなっていた。

その日は、朝から着付けが始まって、和んだ雰囲気であるものの、
厳粛な結婚式が行われた。
勿論、オスカルとアンドレのである。

アンドレは、紋付き袴、オスカルは白無垢に、綿帽子。
これ以上ない、似合いの2人だった。

式が終わると、披露宴まで、休憩時間が取られた。ばあやは、披露宴では、食べることのできない、花嫁オスカルに、あらかじめ用意しておいた、軽い食事を勧めた。

しかし、オスカルは、披露宴は数時間で終わるだろう。
そうしたら、アンドレと晴れて水入らずで、食卓を囲み、酒を組みかわせると、少し手をつけただけだった。

オスカルは、空腹を感じてきた。
喉の乾きもあった。
我慢していた打ち掛けが、暑く感じてくる。

綿帽子には、黒髪が似合うと、カツラを被せられていた。
重くて、首をかしげると、そのまま倒れてしまいそうである。

おまけに、綿帽子もずれてきたようで、視界が悪い。
そっと、カツラが重みで落ちないように、庭を見てみた。
真っ暗である。

先程から、何度庭を見たことだろうか・・・。
もう、夜が明けて来てもおかしくないのではないかと思った。

反対側の、新郎の席を見ようとしたが、真横まで首が回らなかった(カツラのせいで)。けど、前方から、アンドレらしき声が聞こえてきている。珍しく酔っているようだ。それに、道場中のものから、かなり手荒な祝福を受けているのがわかる。

オスカルの口から、ため息が漏れた。今日、何度目だろうか・・・。
そこへ、
「どうした?オスカル?皆と一緒に呑まないのか?」
本日正式に、夫となったアンドレが、呂律が回っていないながら、屈託なく声を掛けてきた。

怒髪天!とは、この事だろう。
オスカルは、己の状況を、把握していない、酔っ払った夫に、特大の雷を落とそうと、立ち上がった。

・・・はずであった。が、足のしびれを大気圏外にぶっ飛ばしていた。
見事に、ぶっ倒れた。

「オスカル!どうした?」
アンドレが、慌てた。
一気に、酔いがさめたようだ。

  *******************

「オスカル、・・・いい加減に機嫌を直してくれないか?
昨夜から、ずっと、口をきいてくれない・・・。

おれが、ホントに悪かったんだ。
この通り、謝るから・・・。
それに、今夜は、おれは絶対に一口も飲まずに、
おまえの為だけに、酒と肴を用意したんだ。

なあ、頼むから、おまえの声が聴きたいんだ。
これから、一週間、いや一か月、一滴も飲まないから、
それで許してくれないか?」

アンドレの謝罪を聞きながら、オスカルは、淡々と盃を開けていた。
オスカルとしても、そろそろアンドレを許してもいいのだが、
丸一日、口をきかなかった手前、どこで、口を開いたらいいのか、困っているのだった。

その時、アンドレがプルプルっとすると、
「ワルイ、厠に行って来る」
と、部屋を出て行った。

アンドレが、行ってしまうと、ああ、このタイミングで、もう少しつまみを持って来てくれ、とか、酒が足りない。とか言って、口きけばよかったかな。と、オスカルは、悔やんだ。

昨夜、打掛を着たまま、足のしびれの為、ぶっ倒れてから、ずっと放って置かれた、自分の立場に超頭に来た。しかし、アンドレは直ぐに察してくれて、いつもより優しくしてくれた。(いつも優しいのだが)

そうなのだ!いつも優しいアンドレが、昨夜、事もあろうに、結婚式の二次会・・・というのであろうか。・・・ついはしゃぎすぎて、オスカルもその辺りで楽しんでいるだろうと、飲み明かしていたのが、超超超頭に来たのだった。

「足がしびれて、立てない・・・」と、だけ言って、自室・・・正確に言えば・・・夫婦の部屋に連れて行ってもらった。あれやこれや、これやあれやと気を使って、オスカルの足のしびれが落ち着いてくると、向こうに戻って、みんなと一緒に呑まないか?と誘ってきた。

その時はもう、オスカルは、アンドレに対する怒りは無くなっていたが、なんとなく、ブーたれていたかった。披露宴からずっと、自分を放っておいた、アンドレに思いっ切り甘えてみたくなった。

それで、口を利かない事にした。
思った通り、アンドレは、焦っていつもよりずっと優しく、気づかいもしてくれた。

昨夜、寝ているアンドレに寄り添って、それで帳消しにしようと思った。

そうしたら、なんと!
彼は、すっかり酒に酔って、ぐっすりと眠っていた。

オスカルがほんのちょっと勇気を出して口づけをしても、思いっ切りゆすってみても、むにゃむにゃ言うだけで、起きる気配がなかった。

それで、また、頭に来た。

自分は、三々九度の酒しか飲んでいないのに、何だってこのオトコは、気持ちよさそうに寝ているのだ!思いっ切り蹴とばそうかと思ったほどだった。

怒りのせいで、頭がますますスッキリと覚めてきて、隣で正体なく眠る、夫となったオトコを憎々しく思うと同時に、胸の奥から湧いてくる、愛おしさにも煩わされていた。

そんな風にオスカルが、これからどうしようか、考えていた。しかし、当の本人が戻ってこない。あれ?どの位経ったのだろうか?今夜は酒を飲んでいないから、厠に落ちる心配はないが・・・ドボンしたのか?まさか!いい大人が・・・。

ああ、もしかしたら、厨に行って、つまみでも見繕ってくれているのだろう。
オスカルは、ほんわかとアンドレの心遣いに、嬉しくなってきた。

よし!今度こそ、アンドレが戻ってきたら、何か声を掛けよう!
声を掛けなくても、にっこりと微笑めば、元の2人に戻れる。

オスカルは、その一言を考えながら、また、鏡を出して、にっこりする練習をして、ムフムフ・・・していた。

時間だけが過ぎていった。
アンドレは、戻ってこない。

オスカルは、今度は不安になってきた。

もしかして、わたしがあまりにも、強情だったから、アンドレは、わたしに愛想をつかしたのではないか?そんな考えも浮かんだが、永遠の愛を誓った仲だし、アンドレが、わたしから遠ざかるなんて事はない。と思い振り払った。

それに、新婚2日目だ!
これじゃあ、三下り半にもならないじゃないか。
・・・なりたくないけど・・・。

思ったが、いい加減帰って来てもいいのじゃないかと思う位、時間が過ぎても、帰って来ない。

帰って来ない。
不安になってきた。

アンドレの気持ちには、不安はない。何か、トラブっているのか?まさかと思うが、花嫁争奪戦で負けたものが、闇討ち?それだったら、もっと早くに、仕掛けてくるはずだが・・・すきを狙っていた・・・。

考えれば考えるほど、不安になってきた。
よし!っと、オスカルは、立ち上がると竹刀を持って、廊下に出た。
先ずは、厠に行ってみる。・・・人気もなく、真っ暗だった。
念のため、落ちていないか、指差し確認をしてみた。・・・居ない。

次に、厨へと向かう。こちらも、火の気もなく、真っ暗だった。
オスカルの不安が大きくなってきた。

もしかしたら、ホントに愛想をつかして、出て行ってしまったのだろうか?
玄関に向かう。
自然と足が速くなっている。

アンドレの履物を、確認する。
こちらも、一応指差し確認をしてみる。
一応全て揃っているようだ。

あ!修行に出たか?今朝はサボっていた。律儀なアイツの事だ、もしかしたらそうかもしれない。行ってみるか?

でも、それだったら、そう言うはずだ。それに・・・と、オスカルは、部屋に戻り、アンドレのハットリくんの衣装を調べた。全部あった。ついでに、稽古用の袴も調べてみた。こちらもあった。

ますます、オスカルは、不安になってきた。
気分まで悪くなってきた。

あと、探していないのは・・・酒蔵だ!
アイツ、わたしの為に、酒を探しているのだ!
妙案が出たものの、オスカルは、超特急で酒蔵に飛んでいった。

いなかった。

オスカルは、へなへなと座り込んだ。
涙が出てきた。

三頭身になって、泣きたかった。
三頭身なら、思いっ切り泣けるような気がした。
が、スタイル抜群のままだった。

こんなの、初めてだ・・・アンドレが、居ないなんて、考えられない。

アンドレ、何処に言ってしまったのだ。

そうか・・・・。
二度とふたたび、
そのほほえみも
その声も・・・

そんなことが・・・
あ・・・あ!!

うそだ・・・そんなことが・・・!!

えっ!?この悲しみ・・・初めてじゃない。
前にも、アンドレが、居なくなって、泣いた夜があった。

あの時は、・・・そうだ!目の前で、アンドレが・・・。

今日は・・・今日は・・・何日だ?・・・7月13日。
時間は・・・時差!・・・分からない。
地球儀だ!

オスカルは、今度は書庫に向かって、ジェット機の如く飛んでいった。
自然と、指が仏蘭西を差していた。

出動命令。・・・・・・テュイルリー宮。・・・・・・・・バスティーユ。・・・・・・・・

向こうとは、今は未だ夏時間を採用していないから、8時間か・・・。
おお!確か、今だ!この時間にアンドレは、撃たれたのだ。

そして、きっとアイツもこちらに、一日早く来たのだ。
オスカルの頭は、スッキリとしてきた。
アイツは、向こうの事を全く覚えていなかったが、それはまあ、アイツがのんびりしているせいだろう。

・・・と言う事は。
わたしの場合は・・・。

つづく