日々がのろのろと過ぎていく。そう思うのは、オスカルだけだった。

1日が長く感じられた。そう思うのも、オスカルだけだった。

午前中の勤務時間が、今までよりも長く感じられた。そう思うのも、オスカルだけだった。

睡眠時間が異様に長く感じられる。そう思うのも、オスカルだけだった。

もう朝になったかと、周りを見渡してみるが、真っ暗だった。

眠れないので、酒でもと思ったが、独りで飲んでも、味気ないと思った。

ふらふらと、居間の外に設置した時計を見に行ってみた。
夜中にこんな事をしている、次期当主は、オスカルだけだった。

時計の針は、26日の24時にアンドレと別れた時のまま、
短針と長針が仲良く重なって、上を向いている。

時が止まっている。まるで、わたしたちのようだ。
そう思うのも、この時間では、オスカルだけだった。

この特別に作らせた時計は、24日の深夜動き出して、26日の24時に止まるようになっている。(そんなのあるのかいな)

だから、針を見ても、世の中全体の時間が、ゆっくり進んでいるのか分からなかった。
そんな事を思うのも、オスカルだけだった。

近寄って、小さな四角の中の日にちを見てみる。
間違いなく今日の日付になっていた。曜日の方も確認してみる。間違いなかった。

仕方がないので、ベッドに戻った。天蓋の中を見つめる。真っ黒だった。

アンドレの髪のようだ。そう思うのは、オスカルしかいない。

アンドレも、眠れない夜を過ごしているのだろうか?そう思うのも、オスカルだけだった。

アンドレも、天井を見つめ、自分の事を想ってくれているのだろうか。
そう思うのも、オスカルだけだった。

当の相手は、オスカルと思ってか、布団を丸めて抱きしめて、爆睡中だった。
が、むにゃむにゃ言いながら、ベッドから落ちた。
だが、それを知っているのは、誰もいなかった。

アンドレを思ったら、ショコラを飲みたくなった。
ジョルジュが淹れてくれるショコラも、アンドレが淹れるのと変わらなくなってきたが、何か足りなかった。
アンドレの『愛』というエッセンスがなければ、不味くはないが、美味しくない。
そう思うのも、オスカルだけだった。

  *******************

朝になった。でも、夜中寝付けなかった、オスカルは珍しく、ウトウトとしていた。
そこに、フォンダンが来て、無言でオスカルの口に体温計を咥えさせた。

オスカルは、抵抗しようとしたが、阻止された。
そう、数日前の月誕生日に、アンドレが言っていた。わたしは、今まで、判で押したように、4週毎に来るのだと・・・。という事は、一々基礎体温計など測らなくても、曲線は、判断できるはずである。

今朝こそ、このくそ忌々しい、習慣を止めにしようと思った。
体温計が、ピピピとなり、オスカルは、予定通りの数値だろうが、最後だから拝んでやろうと、見てやった。

え゛・・・サイドテーブルにある基礎体温表を見てみた。
昨日までの、緩やかな曲線が、乱れていた。
もう一度測りなおそうか・・・。

オスカルが、体温計と表を眺め、逡巡していると、ガトーが入ってきた。
女歴の長いガトーだ、何か知っているだろうと、恐る恐る聞いてみた。

すると、まあ、オスカルさま!オスカルさまは、今までは規則正しく来ていらっしゃいましたが、これは、精神的なモノにも左右されます。オスカルさま、アンドレを想い過ぎて、お心が乱れていらっしゃるのではありませんか?

それとも、お仕事の方で何か困りごとでもおありとか・・・いずれにしても、ご心配なさる必要はありませんことです。毎朝測っていれば、慌てる事もありません。と、いともあっさりと、解決されてしまった。

思い当たる事は、山のようにあった。いや、違う!全ては、アンドレだ!
アンドレの不在が、わたしの心を乱し。
アンドレの不在が、わたしの仕事に影響して。
アンドレの不在が、ジェローデルの登場を招き。
アンドレの不在が、・・・
アンドレの不在が、・・・
アンドレの不在が、・・・
アンドレの不在が、また、明日からも朝一で体温計を咥えなくてはならい。
アンドレの不在が、オスカルを落ち込ませた。

  *******************

司令官室に、今日も、耳障りな声が聞こえる。
「マドモアゼル!」

呼ばれた、もう『マドモアゼル』と言った年齢ではないが、その頃からの、肌のきめ細やかさ、ふっくりとした唇のリップクリームしか塗っていないのにバラ色のグロスを塗ったかのような輝き、黄金の髪の艶やかさ、そして、ペンを握る、白魚の指(って、フランスでも言うのかいな)って、キリがないし、ボキャブラリーもないから、この辺でやめときますが・・・。

呼ばれた、マドモアゼルこと、ジャルジェ准将は、鋭い目力で、呼んだ男を睨みつけた。
「ここでは、隊長と呼ぶように伝えたが・・・それにもう、マドモアゼルという歳でもない!」

しかし、呼んだ方の男は、それをものともせず、
「先ほどから、『隊長』と、呼ばせて頂いていたのですが、お返事を一向に頂けないので、少々変えさせていただきました。やはり、美しい貴女には、マドモアゼルとお呼びするのが、お似合いの様です」

アンドレと過ごした2日間に思いを馳せていたのを、中断されて、憮然としたが、そこは長年培ってきた軍人気質。素早くジャルジェ准将の顔に戻り、
「何か用かね。近衛の暇人君?」
嫌みたっぷりに尋ねた。

それにも、めげずに暇人男こと、ジェローデル少佐は、
「先ほどから、憂い顔をなさって、ため息ばかり。
美しい貴女に、相応しくありませんよ。

実は、こちらに込み入った書類が参っているのですが、
貴女の憂いを増やしてはいけないかとも思いまして、
いかがいたしましょうか?

ご判断をお願い致したく、失礼ながらも、
美しい貴女の、切ない思いを中断させて頂きました」

なんだって、この男はたった1枚の書類の為に、このようにクドクドと回りくどい事を言わなければならないのだろうか?アンドレだったら・・・と、また、オスカルの思考は、アンドレの元へと翼を広げていった。

そうだ、アンドレなら、おい!面倒くさいのが回ってきたぞ!目を通すか?・・・と言いながら、ウインクをして、それで終わるのに・・・やはり、何とかして、この男をお役御免にしなければ、わたしの堪忍袋の緒が切れる!

ここまで、思いを馳せると、オスカルは立ち上がった。
「書類は、デスクの上に置いておいてくれ。
おまえが、居ない時に目を通す。

ちょっと、兵舎を回って来る。
ロジェ、付いてきてくれ!」
言うなり、腰に剣を下げ、勢いよく部屋を出て行った。

その後ろを追うように、オスカルのかつての婚約者、ジェローデルが声を掛けた。
「マドモアゼル、先ほど、見回りから戻られたばかりではありませんか?
そんなに、衛兵隊は見回らなければいけない程、乱れているのですか?
それなら、是非、私がお供いたします」

司令官室の外から罵声が飛んできた。
「マドモアゼルには、供はいらん!」
そして、オスカルは、
「ふん!おまえの顔を見たくないから、出歩いているのだ!
察しろ!ふん!」と、独り言ちた。

慌てて付いてきた、ロジェは、ここの所の定番になっているので、慣れたもので、
「オスカルさま、今度はどちらにいらっしゃるのですか?」
と、落ち着いたものだった。

しかし、数日前の月誕生日に、相思相愛になってから初めて、アンドレと衛兵隊で過ごした。その思いが、また、オスカルの心に去来してきた。

アンドレだったら、何も言わず、でも、察してくれて・・・そうだ、もっと前は、わたしがアンドレを拒絶して、ギクシャクした関係だったのに、それでもアンドレは、わたしが仕事を進めやすいように、何もかも取り図ってくれた。

もしかしたら、わたしはアンドレが居ないと、何もできない人間なのか?
でも、アンドレは、わたしの護衛兼遊び相手・・・そして、衛兵隊では、従卒として、わたしの任務をサポートしてくれていた。

でも、あのくそ忌々しいジェローデルだって、コルミエ少尉を連れている。屋敷に帰れば、大勢の使用人に囲まれているはずだ。

(。´・ω・)ん?、待てよ!ジェローデルの場合は、そこに友情とか、主従関係を超えたものが、ないのか・・・信頼関係。・・・もっと悪く言えば、主従関係。・・・さらに悪く言えば、金銭関係・・・か。

などなど、ぶちぶちと考えていると、演習場に出ていた。
相変わらず、第一班と第三班が剣の稽古をしていた。

身体を動かしていれば、時間も人並みに進むだろうと、剣を抜き、一人一人の相手をしながら、訓練していった。

ふと、オスカルは、誰かが足りないと感じた。
第一班の人数を数えてみたが、皆勢ぞろいして、励んでいる。
オスカルの方を、チラチラと見ながら、・・・

第三班を見渡してみる。
アンドレと同じ黒髪の、同じように逞しいが、ちょっと逞しさが違う男の姿が見えなかった。

第三班の班長を呼んだ。一人いないようだが、体調でもくずしているのか?と、ひっそりと、尋ねてみた。なぜ、ひっそりと訊ねたのかオスカルには、分からなかったがここは、ひっそりの方が良いと判断した。

すると、第三班の班長も、ひっそりと、隊長が、月誕生日の休暇に入られてから、姿が見えなくなっている。と伝えた。

これを聞くとオスカルは、何故隊長である自分の所に報告に来ないのか?怒りがわいた。アンドレが居れば、間接的であれ、報告があるはずである。と思う。と、同時に、今の己にも、アンドレへの思慕以外の感情・・・怒り・・・がある事に気が付いた。

それで、班長の話を、冷静に聞く事が出来た。
班長が言うには、その男は、24日の夜の点呼時には在室していたが、翌朝には居なくなっていた。彼の荷物もすっかり無くなっていて、支給された、軍服、軍靴、帽子、剣、銃などなどは、キチンとベッドの上に置かれてあった。という事だった。

オスカルは、しばし考え、家族に何かあって、家に帰ったのか?
それとも、除隊しなければならない理由でもあったのではないか?
と、班長に聞いてみた。

そこへ、大きな声の邪魔ものが割り込んできた。第一班班長のアラン・ド・ソワソンだ。
「隊長!あいつは、両親も亡くして、兄弟もいない、血縁の親戚も居ないって言っていましたぜ。行く当てなんかねえや!」

いかにも、衛兵隊の兄貴分と言った感じに、至極丁寧に教えてくれた。
(これを丁寧と言うかは、聞いたものの判断によるが、アランにしては、丁寧だった)

「だが、帰る家くらいあるだろう?」オスカルは、至極当然とアランに向かって言った。
「はん!だから~お貴族さまは、何も知っちゃいねえって、言うんだ。
あいつは、家もアパートも、持っても、借りてもいやせんぜ!

だいたい、持っていたとしても、年に何回有るか分からねえ、休暇の為に、殆ど住まない、部屋に家賃を払うなんざ、何処の馬鹿がすると思っていらっしゃるんですかい?
まあ、裕福なお貴族さまの中には、年に一回使うかどうかっちゅう、別宅に使用人を置いて、手入れをなさっているとも、聞いていますがね」

此処まで言うと、ふん!と鼻息も荒く、一旦、言葉を止めたが、オスカルが真剣に考えこんでいるのを見て、口を慎んだ。

が、
また、面白そうに、

「そういえば、あいつ、隊長のお友達の、海軍さんとよくつるんでいたなぁ?!
第三班の班長よう!?」
急に振られて、まだ名前のない、第三班の班長は、伝えていいものかどうか、目を白黒させながら、

「はい、隊長。実は、彼は、たびたび海軍の方からお呼び出しがありまして、夜間外出をしていました。ただ、これは、外出許可が下りていましたので、気にも留めていませんでした。」と、一気に報告した。

オスカルは、ここの所、外出許可を出すような事はなかったので、首をかしげるばかりだった。自分が許可していないのに、隊員達が己の許可をもらっているなんて、知られたら、大変な事になる。

しかし、オスカルは、ワクワクしてきた。
暇つぶしには丁度いい。

そんなに、面倒な事ではないにしろ、1人の隊員の失踪と、誰が出したか分からない許可証。これで、2-3日、出来れば、1週間くらい楽しめそうだ!

が、片方の方は、直ぐに片付いた。昼過ぎに手が空いた、アランと第三班の班長が司令官室にやってきた。

オスカルは、班員名簿を前にして・・・これは、アンドレが、オスカルが衛兵隊に左遷された時、隊員の事をすぐにでも覚えられるようにと、写真入りで作ったものだった。・・・2人に聞いた。

ド・ギランドとは、どの程度会っていたのか?
かなり、頻繁です。と第三班の班長は、答えた。

始めは、第一班と第三班の数人ずつが、呼ばれて、なんちゃらって店に呑みに行っていたんですが、その内、彼だけが誘われるようになって、・・・
と、第三班の班長が、続けようとすると、

オスカルが、割って入った。
「衛兵隊も、海軍も、男ばかりだが、彼はストレートだったよな?」
当然の事と聞いてみた。

「え゛・・・」2人の男は、息をのんだ。麗しい憧れの女隊長の口から、まさかそのような言葉が出てくるとは、思ってもいなかったのだ。
「え゛・・・知らなかったのか?あいつは、ゲイだ。
だから、わたしと話が合うし、一緒にいても、アンドレは何とも思わない」

あ・・・あの~・・・歯切れが悪く、第三班の班長が言い出した。
あいつ、最近名前を変えたんです。

「なんだってー!」今度は、オスカルとアランが声を上げた。
「何て名前だ!?あのヤロー、俺様に断りもなく!アランさまを何と心得ているんだ!」

「落ち着け、アラン!・・・で、彼は,何という名に変えたんだ?」
オスカルが、名簿の彼のページを弄びながら、ペンを持った。

「はっ!フレデリック・バルサラ・・・で、あります。隊長」
「フレデリック・バルサラ・・・か、又なんとも、中途半端な名前だな?
ファルーク・バルサラ・・・なら、ストレートっぽい。
フレディ・マーキュリーなら、ゲイだ。

フレデリック・バルサラは、進化の過程だ。
分かった、諸君、あとでド・ギランドにLINEして、聞いてみよう。
それで分かれば、残念ながらこの一件は、落着だ
取り敢えず、解散だ」

なんで、今LINEしないんです?
ちょちょい!とやれば、聞けるんだろう?
アランが、不思議に思って聞いた。

それに・・・残念ながらってどういう意味ですかね?
これまた、アランは言葉尻を捕らえて、聞いてきた。

最近、アランは、アンドレが隊長の側にいないのを良い事に、やたらとオスカルにちょっかいを出し始めた。隊長だから、軍務では口出しは出来なかったが、こういう事ではちょっかいを出すと、からかうと相手も本気になって、アランにとっては面白くもあり、自分の傷に塩をすり込むかのようでもあった。

今回も、オスカルがノッテきた。
顔を真っ赤にして、いや、いい隊員だったのに、居なくなって惜しい事をした。という意味だ。
とってつけたように答えた。

それに対して、アランは、今日まで不在にも気づかずにいて、どうしてそんな事が、言えるんですかい!?アランには、面白くてしょうがなかった。

アンドレが、居た時はこんなに親しく隊長と話が出来なかったので、この状態に感謝をしていたが、反面、隊長がアンドレを見つめだしたから、この状態が、出来ている。と、思うとやるせなくなってきた。

と、兎に角、ド・ギランドとは、私用もあるから、あとでLINEする。何度も煩わせては、あいつも忙しい身、こちらも配慮しなくてはな!とオスカルは、この件をほんの少しだけ先延ばしにした。(楽しい事は、先延ばしにしてゆっくり楽しもう。と思って・・・)

  *******************

オスカルは、先日、ド・ギランドと訪れた、丘の上に来た。
今日も、快晴だった。
オスカル御用達の石に座り、ヴェルサイユを見渡してみた。

そこに、LINEの着信音が鳴った。
ポケットから取り出し、ニカッとして、顔認証した。
ド・ギランドからだった。

「オスカル、どうしているか?
今日は何か、楽しい事を見つけたか?
俺は今、ジャルジェ家の領地の沖を航行中だ。
確か、別荘もあったな?
大砲を撃ちこまんから、心配するな!」

オスカルは、海にいる親友に感謝した。
彼は、時間を見つけては、LINEをしてきてくれる。
海軍司令官として、忙しいだろうに・・・

と、感慨に浸っていたが、ある一件を思い出した。
そして、直ぐに返事を送った。

「ド・ギランド、3班の、フレデリック・バルサラが、見当たらないのだ。
おまえが、出航してからだが、心当たりはないか?」

すると、直ぐに返信が来た。
「おう!彼なら、俺が貰った。
粗末にはせんから、安心しろ!」

オスカルの目が点になった。
フレデリックの顔を思い浮かべてみる。
確か、黒髪のロン毛で、瞳は茶色だった。
それに、歯が人より多いとかで、出っ歯だった。

そして、フレデリックを、ド・ギランドの横に並べてみた。
合点がいかない。
しかし、軍艦は出航してしまった。

仕方がないので、
「フレデリックに、除隊届を出すよう命じてくれ!
それから、彼の代わりに、誰か推薦するようなのは、いないか?
ゲイの毛があるのは、お断りだ!」
送信・・・した。

オスカルは、いつものように、石の上にごろりと寝転んだ。
ロジェは離れた所で、四方に気を配っている。

案外簡単に片付いてしまった。
つまらないな。

もう一つの、外出許可は、あのジェローデル少佐とか言うのが、勝手に許可したらしい・・・。
癪に障るオトコだ!准将に、少佐をクビにする権限があればいいが。
しかも、彼は国王陛下のご命令で、ここへ来たのだ。
ちょっとやそっとの、不手際でクビにするわけにもいかなかった。

何かもっと、ワクワクする事があればいいのにな・・・。
一か月間、アンドレへの想いを、しばし忘れさせてくれるような、何か。
オスカルは、流れる雲を見ながら、また、物思いにふけっていた。


つづく


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