その時、ノックの音がした。

アンドレは、反射的にオスカルの顔を見た。
だが、愛しい恋人は、全く意に介さないどころか、楽しんでいる。
そして、顎で出なくていいのか?などと催促する。
全くこの状況を理解していないようだ。

アンドレは、爆睡している事にしようと思ったが、普段の行いを思い出すと、それは、かなり不自然に思えた。
仕方がないので、そこら辺にあったバスタオルを腰に巻いて、ドアをそっと開ける。(きゃ~~~フレディみたい!)

蝋燭を持って、立っていたのは、ここ何日間か思い出せない位、口をきいていない祖母。しかも、真っ青な顔をしている。

「どうしたんだい?おばあちゃん?!
ピンクの部屋が眩しくて、眠れないのか?」
得意のポーカーフェイスで、アンドレが訊ねた。

「バカお言いじゃないよ!
お嬢さまが、何処にもいらっしゃらないんだよ!
フォンダンが、お嬢さまは、今夜は、お飲みになったようだから、夜中にお喉が、お渇きになるといけないと、水を持って行ったら、ベッドにいらっしゃらなかったって言うんだよ!」

ギョッとして、アンドレは、そっと、ベッドの方を見る。オスカルの手入れの行き届いた、真っ白な足が見えている。急いで、祖母に分からないように、毛布を引き下げる。そしたら、黄金の、オスカルだと直ぐに分かる、髪が現れる。

オスカルの方も、気づいたようで、そっと、頭を隠す。
頭隠して、脚隠さず。
脚隠して、頭隠さず。
密会している、恋人は、毛布を引っ張り合っていた。

しかし、そんな事とは知らず、マロンは、
「アンドレ、おまえ、お嬢さまが行きそうな所、分からないかい?
何処か探してくれないかい?
表の方は、全て、お嬢さまの侍女達が探したんだけど、いらっしゃらなかったんだよ」
ほとほと、困ったと、ばあやは、アンドレの心もとないバスタオルを引っ張った。

アンドレも、困ってしまった。
表・・・主たちの居住するスペースは、全て探したと言っている。
当たり前だ、オスカルは、ここにいる。だが、それが公になったら大変な事になる。たった一人の肉親の、祖母にもこれだけは、伝える事は出来ない。

アンドレは、オスカルが独りで行きそうな所を、思い巡らした。
自分が、この屋敷に引き取られてから、今まで、いつも一緒に行動してきていた。オスカルが独りで、それもこの真夜中に探検するような場所はない!それに、そんな年でもない。

アンドレの背中を、ツーっと汗が流れた。
ところが、ベッドの中の住人は、この展開を面白がっているようで、プルプルしている。アンドレは、違う意味でまた、困ってしまう。

アンドレは、なるべく時間がかかる場所を考えた。
そして、

おばあちゃん、庭園は探したの?
あと、ワイン蔵・・・
あー、だけど、オスカルは今夜、飲んできたんだったな〜
おれ、庭園に行ってみようか?

すると、ばあやは、

でもねぇ、アンドレ。
庭園は真っ暗だよ。
いくらなんでも、そんな所にいらっしゃるはずは、ないよ。

そりゃそうだ。夜会がある時はともかく、
普段の庭園は、この時間は明かりひとつない、暗闇だ。
アンドレもお先真っ暗になって来た。

が、とにかく、ばあやを此処から部屋に戻して、オスカルをどうにか、部屋に戻さなければならない。
しかも、誰にも見つからない様に・・・

わかった。おれは、もう1度、お屋敷の中を、表も裏もさがしてみるから、おばあちゃんは、冷えるといけないから、部屋に戻っていて!

すると、マロンは、今度は、案外と素直に、
そうかい、それじゃあ、頼むよ!
ほら!ノンビリしてないで、サッサとお行き!

アンドレを部屋から、引き摺り出そうとした。
焦ったのは、アンドレ。
腰にバスタオル1枚巻いただけの姿だ。

ベッドの中の住民は、さらにプルプルが、大きくなった。毛布の中から見ているようだ。声を出さない方がましか・・・と、アンドレは、首を振り振り、愛しい女の振る舞いに、呆れながらも、愛おしさを感じた。

おばあちゃん!頼むから、服を着させてよ!
こんな、格好で部屋を出られないだろう?

アンドレの姿を見ると、マロンは、スゴスゴと部屋に戻って行った。その姿を見て、歳を取ったんだなあ、とアンドレは、思った。が、感慨にふけっている場合ではない。

アンドレが振り返ると、オスカルが毛布を纏って、ニコニコとベッドの上に腰掛けている。アンドレは、腕を組んで仁王立ち足して、睨んだ。すると、腰に巻いている、バスタオルが落ちかけた。

すると、オスカルは、困ったことに、更に笑い始める。
声を出さずに・・・
隣の部屋は、ばあやの部屋である。声が聞こえたら、大変な事になる。

しかし、オスカルにとって、今まで笑いを耐えていたので、笑いの渦を吐き出さないでは、いられない。

何がおかしいんだ?ん?お嬢さま?

だって〜、おまえ、おかしくないのか?
それに、ばあやだったら、バレても大丈夫じゃないか?

おれは、諜報部員の事を言ってるんじゃない!
ただでさえ、反対している、おばあちゃんが、更に意固地になったら困ると思っているんだ。

「わかった!じゃあ、行こう!」
オスカルは、立ち上がり、一歩踏み出して言った。

「え゛・・・行こう!って何処に行くんだ?
このまま、部屋に帰って、ちょっと屋敷内をうろついていました・・・とでも、言うのか?おまえは、何処にもいなかった、って事になっているんだぞ!」
アンドレは、ベッドに腰掛けながら言った。

オスカルは、じれったそうに、
「だから!わたしは、庭園にいると、おまえは思ったのだろう?
だから、庭園に行って、見つかった。
ああ、良かった。良かった。
・・・になるんだ!それが一番妥当だと思うが・・・」

オスカルが、チョコンと自分の方に寄ったのでアンドレは、可愛くて抱きしめたくなるのを、押しとどめるのに、渾身の力を、使った。

「だから~、庭園は、真っ暗闇で、いくら目を瞑って歩き回れる程精通している、お嬢さまでも、夜中に歩き回るのは、不自然だ!それに、おまえ、裸足じゃないか?裸足で庭園を歩いていた、って言うのか?」
アンドレは、頭を抱えながら言った。

じゃあ、おまえの靴を貸してくれ。オスカルが、ぼそりと言った。
これがまた、可愛くて、愛しくて、遂に鉄の意志をもつ、アンドレさえも止める事が出来なかった。

つまり、またしても、2人ベッドの上でのイチャイチャが、始まった。
それでも、アンドレの冷静な頭は、フル回転。
(起用で、スケベな男じゃ!)

イチャイチャしながら、アンドレがこれからの作戦を、オスカルに伝える。
オスカルは、アンドレに口付けしながら、
ふむふむ、おまえは、すごいなぁ!
一流のペテン師になれるぞ!と、恋人を讃えた。

ふと、アンドレが思い出したように、聞いた。
「おまえ・・・本当に、ここに来るまで、誰にも会わなかったんだな?」

すると、オスカルは、アンドレの首に手を回したまま、
「ああ、会っていない!

階段の下にいた、2人組には気づかれていないと思うが(だから!それは、ジャックとおれだ!とアンドレは、心の中で叫んだ)・・・この、使用人階に来てからは、おまえの部屋を探して、ウロウロしている間、何人かとすれ違った。

それに、ドアが開いている部屋もあったから、おまえがいるのかと、覗いたから・・・見られたかもしれない。でも、会ったわけではないし、安心しろ!わたしがこの階に居るなんて、誰も思わないから、大丈夫だ!」威風堂々と言ってのけた。

これには、アンドレが恐れ入った。
昔から、大胆極まりないお嬢様だと思っていたが、この非常時に、この行動。自分たちが、どの様な状況に置かれているのか、分かっているのか!と、怒鳴りたくなった。(オスカルを怒鳴るなんて、一生ないと自覚しているが・・・)

が、件の恋人は、満足げにニコニコとするばかりだった。

つまり、行動に移すしかなかった。
アンドレは、服を身に着けようと、起き上がる、すると・・・。

え゛・・・おまえ、服を着てしまうのか?
おまえには、あの、8巻の腰布か、フレディ勝りのバスタオルが似合っているのに・・・。相変わらず、すっとぼけたお嬢さまだ。

おまえも、そろそろ夜着を着ろ!計画実行だ。
あくまでも、穏やかな恋人に言われて、
仏頂面をして、夜着に手を通したオスカルだった。

  *******************

アンドレは、いつものお仕着せで、深呼吸をすると、祖母のドアをノックした。

が、音沙汰がない。
まさか、手塩に掛けたお嬢様が、いなくなって、ショックで倒れているのじゃないだろうな。アンドレに、悪い予感が走った。
そんな、馬鹿な・・・と、もう一度、今度は少し強く、ノックした。

「なんだよぉ!こんな夜分に、一体何があったんだ?
年寄りは、早寝早起きと決まっているんだよ!
寝るには遅いし、起きるにゃ早い時間さ。
もう少し寝かせといてくれ!」

言うだけ言うと、ばあやはドアを閉めようとした。
呆気にとられたアンドレはこのまま引き返えそうとしたが、思い直して、ドアを無理やりこじ開けた。

「オスカルの事だよ!見つかった!おばあちゃん、覚えていないの?」
「へ・・・!ああ、そうだった!
うっかりしていた。で、どちらにいらっしゃったんだい?
もう、お部屋にお連れしたのかい?」

そこにいるよ。庭園を探していないから、部屋に戻ってきたら、おれの部屋の前にいた。アンドレが、答えた。

「え゛・・・そこって?」
ばあやは、アンドレが指さす方を見た。
オスカルが膝を抱えて、座り込んでいる。

「お嬢さま、なんて、まあ!なんで、こんな所に・・・。
あら、まあ、裸足じゃないですか!お部屋にお連れしますから。
アンドレ!おまえは、引っ込んでおいてくれ!」
マロンは、やっと、目と体が完全に覚醒し、大慌てで指示した。

「おばあちゃん、オスカルは裸足だよ。
そのまま、歩かせるのかい?」
アンドレが、珍しくばあやの言う事に引き下がらず、動かなかった。

そこに、慌ただしく、オスカル付きの侍女、ガトーが、来た。
「まあまあ!オスカルさま、ようございました。
私が、お部屋にお連れしますから、
ばあやさんは、お休みになって下さい」

ガトーは、アンドレの事は、全く無視だった。
アンドレは、ここでも、
「だから!オスカルは、裸足だって!」

一か月、会うのを我慢しようとしていた、2人だったが、こうして会ってしまうと、またそれが、密会だという情熱的な出来事で、離れられなくなってしまった。

アンドレに連れて行ってもらいたい・・・。
オスカルが、ポツリと言った。

ばあやが、感慨深く思った。
相変わらず、困ったお嬢さまだ。
お小さい時から、ちっともお変わりない。
あの頃も、アンドレを探して、夜中に使用人の階を、泣いて探し回ってた。

が、やはり、血のつながりなのだろうか?
アンドレと同じ事を聞いた。

お嬢さま、誰にも会っていませんよね?
ばあやが、焦って尋ねた。

オスカルは、アンドレの部屋が分からなかったから、ウロウロしてたら、ドアが開いている部屋があって、こっちを見ていた。それだけだ。
それに、何人かとすれ違ったが、やはりそれだけだ!そう告げた。

オスカルにとって、『人と、会う』というのは、お互いに目と目を合わせて、挨拶をして、何か話をする・・・そうインプットされていた。だから、アンドレにも、ばあやにも『誰にも会っていない』と、答えたのである。

まあ!ばあやは、開いた口が塞がらないと、首を振り。
ため息をついた。

そして、しょうがないね。
アンドレ、お嬢さまを、お部屋にお連れして差し上げなさい。
祖母に、お墨付きをもらうと、アンドレは、言われてもいないのに、当然とばかりに、オスカルを抱きかかえて、歩き出した。

アンドレに抱きかかえられて、アンドレの首に腕を回して、オスカルはそっと下を出して、笑う。

そして、アンドレは、腕の中で状況が分かっていないらしいお嬢さまが、その華奢だが、引き締まった身体を震わせて、笑っているのに、呆れるやら、嬉しいやら、複雑な思いだ。そして、なじみの階段を、久しぶりに、オスカルの重みを感じながら上った。


つづく
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