月誕生日の翌日、オスカルが、朝食ルームへ降りてきた。
しかし、その顔色は冴えなく、眠れなかったのか、目の下にクマが出来ていた。それに、朝から考え事をしているのか、心ここにあらず、と言った感じだった。
オスカルにとっては、普通の月誕生日ではなかった。
心から愛する男性、アンドレの本当の誕生日だ。
それに、恋人になって、初めての。
それなのに、あんなに苦労して探し出したプレゼントを、渡すことが出来なかった。
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オスカルは、一晩中、アンドレのプレゼントの前に、ペタリと座って、途方に暮れていた。
しかし、無情な朝日は、時間通りにのぼってきた。
オスカルの居間も、明るくなってきた。
そこでオスカルは、焦った。
何処かに、隠さなければ!
もうすぐ、オスカルの朝の支度の為に、侍女たちが入ってくる。
そして、オスカルが、出仕すると、掃除の者も入って来る。
侍女たちは、ソファーの下など見ない。
問題は、掃除の者たちだ。
己の部屋を、隅から隅まで、ぬかりなく、掃除をし、整えてくれる。いつもは、感謝している。だが、今日だけは、全員揃って、腹でもこわして、サボってほしい。
オスカルは、真剣に思った。
絶対に、アンドレへのプレゼントが、見つかってしまう。
平常心ではないオスカルは、使用人たちは、決して、主の部屋で見たものの事は、口外しないという事を、忘れていた。
たとえ、オスカルが、【ベルサイユのばら】7巻の、アンドレへの告白シーンを広げたままでも、又、ルイ・ジョゼフ殿下にプロポーズされた場面に、付箋を挟んでいようとも、決して口外しない。
それよりも、彼女たちは、広いオスカルの居住区を、掃除するだけで手いっぱいだった。
未だに、真っ白なショートパンツをはいたオスカルは箱を持って、己に分け与えられた部屋を廻ってみる事にした。が、中に入っている繊細な物を、思い出した。羽ペンである。丁寧に扱わなければならない。
オスカルは、はやる気持ちを抑えつつ、先ずは、書斎に入った。ぎっしりと本が並んでいる。本が、棚から、はみ出している所もあった。反対に、小さな本なのだろう、前面が空いている所もあった。
決めた!オスカルは、プリンセスコミックス『エロイカより愛をこめて』(今の所)39巻が並んでいる所に、駆け寄ろうとしたが、また、思い出した。
ゆっくりと歩いた。
プリンセスコミックスの幅と、箱の幅を比べてみた。
残念ながら、箱の方が小さかった。
オスカルは、思いつかなかった。プレゼントの箱では、余る分の『エロイカ…』を、前に出せばいい事を…。それだけ、オスカルは焦っていた。
書斎を、見まわしてみる。
どう考えても、絶対に見つからない場所は、オスカル的には、無かった。
次々と、部屋を回っていった。箱を大事に持って。だが、オスカルの視線に入る場所、見下ろす場所は…絶対に、見つかると判断した。
見上げると、シャンデリアが、あった。そこに、ぶら下げようかとも、思った。だが、いつもピカピカに磨き上げられている。
万事休す!
その時、オスカルの頭に浮かんだのは、『灯台下暗し』だった。
浮かんだから、実行に移した。
フランス一、スラリと延びた、美しい足を、最大限に伸ばしたかったが、細心の注意をもって、自室を出た。
そして、『灯台』に向かった。
相変わらず、足音がしないよう。
箱が、上下左右に揺れないよう。
ペタペタと歩いて行った。
『灯台』まで行くと、細心の注意を払って、そっと覗いてみた。
『灯台守』は、不在だ。
オスカルの顔が、輝いた。
そして、誰にも見つからないで、自室に戻ってきた。
部屋に戻るとオスカルは、ホーッと息を吐いた。
今まで、息を止めていたかの様に。
完璧だ!この困難な任務を達成したジャルジェ准将に、勲章を授けたい位だった。
すると、安堵とともに、睡魔が襲って来た。当然である。25日の0時から、殆ど寝ずに、アンドレと過ごした。
昨夜は一睡もしないで、誕生日プレゼントと睨めっこしていたのだ。
オスカルは、後どのくらい、眠れるのかも確かめもせずに、ベッドに倒れ込んだ。そして、ドスンと眠りに落ちて、アンドレの笑顔を思い浮かべようとした。その途端、フォンダンに起こされた。
身支度を整えると、オスカルは、朝食ルームへ、延びる階段にさしかかった。いつものように、入口にアンドレが立っていた。
いつものように、イイオトコだと、オスカルが思った時・・・。
オスカルは、ハッとした。
そして、自分の迂闊さに、唖然とした。
プレゼントは、隠すのではなかった。
アレは、アンドレに渡すのが、オスカルの任務であった。
オスカルは、『灯台』に取りに行かねば。
だが、アンドレ視線を、己の顔から下に、感じた。
目を見かわす事は、許されていなかったから。
オスカルの朝は、殆どの日が、判で押したように、動いていた。
オスカルも、使用人たちも・・・。
今から、自室に戻るのは勿論。『灯台』へ向かうなど…。
たとえ、『灯台守』が、いなくても、狂気の沙汰だった。
万事休す。
そこで、仕方なく、足取り重く、階段を下りて行った。
そのような一件が、あったなどと知らないアンドレは、昨夜はぐっすりと眠り、楽しい2日間の夢を見たので、実に爽快だった。
それなので、階段を降りてくるオスカルの顔色の悪さに、メチャ驚愕した。
アンドレは、もしかして、オスカルが、自室に帰った途端、ジャルジェ准将に戻って、ベルばランドに行った事に、バカバカしさを感じてしまったのだろうか?
それとも、あのような生足丸出しの、ショートパンツを着せられた事に、嫌悪感をおぼえたのかもしれない。
『デートのプランは、男が立てるもの』そう言われたから、普通の恋人同士の様に、オスカルと行ってみたかったベルばランド…オスカルも、楽しんでいるようだった…。
だが、今朝のオスカルは、
そうだ…今朝のオスカルは、顔色は冴えない。何か、考え込んでいるようだ。それも深い、深い、底なし沼に、陥ったように考えあぐねている。
あれこれと考えながらアンドレは、オスカルの前に、プレートを置いた。いつもなら、極めて事務的に「ありがとう、アンドレ」そう言って、声を聴かせてくれる。しかし、今日は、無言だった。
オスカルは、きゅうりのスライスをパリッと一口食べた。オスカルの、フランス一美しい、歯型がついた。そして、そのまま、きゅうりをフォークに刺したまま、固まった。
目は、きゅうりを見ているが、見ていなかった。
そのまま、残りのきゅうりを無意識に食べた。
次にオスカルは、ハムをクルクルときれいに巻いた。
そして、やはり一口食べた。今度は、直ぐに、皿に戻した。
きれいに巻かれたハムは、元に戻った。オスカルの歯型が、不思議な模様を描いて残った。オスカルは、それを、ジッとみつめた。
オスカルは、アンドレへの誕生日プレゼントを、置いた場所を思って、くくくくく…。と、笑いだしそうだった。それと共に、今夜、『灯台』から、ブツを取り返しに行く算段を考えていた。
軍務では無い、任務。それも、今夜、恋人が驚く顔を見られると思うと、オスカルは、ちょっぴり楽しくなった。
先月、アンドレの部屋に行って、国王陛下から、お咎めを受けたことなど、すっかり忘れていた。
なぜなら、恋は盲目だからである。
もう、オスカルの頭の中には、プレゼントを渡すという、最重要任務しかなかった。早く動けば、早く軍務も終わるだろう。朝食もそこそこに、オスカルは出仕していった。
早く行けば、早く帰れるだろう。
もし、アンドレが動揺していなければ、この、嬉しそうなオスカルの肩の動きに気づいた事だろう。
オスカルが、出かけると、アンドレは、自室に戻った。この二日間の出来事を、時系列に書き始めた。きっと、何処かに汚点があるはずだ。何処かに、オスカルの気にそぐわないところがあったのだ。
アンドレは、この二日間、ろくに寝もせずに、過ごした。
しかし、昨夜はドスンと寝てしまったので、目の調子は、良かった。
アンドレが、一番引っかかったのは、やはり、お互いにはぐれてしまった事。
でも、その位で、オスカルがあの様に、目の下にクマをつくる事は無い。長年の、仲である、その位は分かった。
アンドレは部屋から、トイレ以外、一歩も出て来なかった。
だが、ずっと、書き物に専念すると、目の疲れが半端なかった。
ジャルジェ家が、正確に言えば、オスカルが手配してくれている、めぐりズムを使って、目を休ませようと、ベッドに近づいた。すると、今朝キチンと畳んだはずのブランケットが、乱れていた。
アンドレは、不思議に思いながら、それを直した。
そして、アンドレは、オスカルが、屋敷に戻る時刻が近づくと、ニマニマしながら、部屋から出てきた。
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一方で、オスカルを乗せた馬車は、定刻に、ジャルジェ家をでた。オスカルは、それまで、我慢していた感情を、大爆発させ、肩を震わせて、笑いだした。完全に情緒不安定だ。
前に座る、ロジェはこの様なオスカルを始めてみた。そっと、隣に座るジョルジュを見る。ジョルジュは、朝食ルームにいた時からの、オスカルを見ていたので、ロジェほど、驚かなかった。
だが、昨夜、レモネードを運んだ時は、いつものオスカルだったので、こちらも首を傾げるしか、無かった。
衛兵隊に到着し、オスカルは、司令官室前に立つロジャーを見た。ああ、こいつと、対決するのだった。ため息をついた。だが、今日は最重要任務が待っているので、無視する事に決めた。
ロジャーは、オスカルが前を通ると、向きを変え、敬礼した。
オスカルは、ふむ!とだけ言って、通り過ぎた。
通り過ぎると、また、ニヤリとした。誰にも、見られないように…。
ロジャーは、これから不在時の隊の状況を報告の為、オスカルの執務机の前に立った。
すると、オスカルの後ろから、ロジェが、箱をロジャーに差し出した。
オスカルが、ほとんど棒読みで、言った。
今日は、ロジャーどころではない。
なぜならば、早く帰りたいだけなのだ。
「おまえに、土産だ。いつも、世話になっているからな。
30個入っているから、適当に女の子達にあげるのだな!」
突然のお土産に、ロジャーは、喜んだ。
「ありがとうございます」と告げて、受け取ったものを見た。
モンテクレール城、モンテクレール伯爵夫人、リオネルが、ニコニコして並んでいる。
「クッキーだ!個包装になっているから、配り甲斐があるぞ!
それとも、おまえが食べるのかな!」
オスカルが、作り笑いで言った。
「ベルばランドに、行かれたのですか?」
ロジャーには、信じられなかった。生まれた時から、軍人として育てられ、女だてらに准将まで、登りつめた。この、隊長が、ベルばランドなんて…。
もしかしたら、おれの口説き方は、間違っていたのか?
普通の女の子の様に、迫らなければ、いけなかったのか?
ロジャーが、クッキーの箱を持ったまま、固まっていた。
オスカルが、今度は、楽しそうに言った。
なぜならば、早く帰りたいだけなのだ。
「あゝ、おまえの言った通り、彼にデートプランを頼んでみたんだ。そうしたら、わたしには、思いもしない所に連れて行ってくれて、楽しかったぞ。
また、今度飲みに行って、女としての誘われ方を伝授してくれ!」
ロジャーとしては、力なく笑うしかなかった。
「では、わたしが、留守にしていた間の、隊の様子を報告してもらおうか」
突然、オスカルは軍人に戻った。しかし、ロジャーの心はベルばランドと、准将の間を、行ったり来たりしていた。
「テイラー君!聞こえなかったのか!」
ジャルジェ准将が、司令官室に響いく、怒声をあげた。
なぜならば、早く帰りたいだけなのだ。
おおよその、ロジャーの魂胆を知っている、ロジェとジョルジュは、笑いを堪えきれなかった。
どうにか、ロジャーの顔を見て、クスッと笑い、お互い目を合わせた。
オスカルは、ロジャーからの報告と、次に入室してきたダグー大佐からの報告を聞いた。
しかし、上の空だった。
どうやって、『灯台』に忍び込むか…それしか、オスカルの頭にはなかった。
兎に角、早く帰りたいだけなのだ。
ロジャーは、入隊したばかりなので、オスカルの心の動きは、よくわからなかった。
長い付き合いの、ダグー大佐はオスカルが、日ごろと違っていることに気づいた。
本来ならば、愛しいアンドレと、ひと月ぶりに会った。オスカルとしては、楽しかった二日間を、隠そうとするはずだった。それならば、ダグー大佐には、わかるはずだった。
だが、今のオスカルは、何処か心ここにあらず、と言った感じだった。
オスカルとしては、単に早く帰りたいだけなのだ。
ダグー大佐が、見ていると、怒っているようにも見えた。そうかと思うと、嬉しそうにも、思えた。これはもしかして、休暇中に、痴話げんかでもしたのか?
そして、思いもよらず、アンドレが勝ってしまったのか…。年かさの、ダグー大佐にとっては、娘といえるほどの、隊長の体調とともに、心境を慮った。
ダグー大佐は、珍しく、司令官室での執務があると、残った。
オスカルと、危険人物ロジャー、2人だけにする訳にいかないそう感じた。
オスカルは、ロジャーが仕分けした書類の山を見て、ため息をついた。…が、実際にはどこも見ていなかった。
だから、単に早く帰りたいだけなのだ。
しかし、ロジャーは、オスカルが准将に戻ったのか、それとも未だ、休暇中の女の部分を捨てずにいるのか、思案に暮れた。
だから、単に早く帰りたいだけなのだ。
ジョルジュは、いつもより濃いコーヒーを、そっとテーブルの上に置いた。
一口飲むと、オスカルは、途端に、頭がすっきりした気分になった。先程から、プレゼント奪還作戦に没頭していた。だが、やっと、ここが司令官室だと、認識した。
だが、仕事を…したくなかった。
取り敢えず、イヤなことから、やっつけてみる事にした。根が真面目だから…。
【目を通してからサインする】書類を目の前に置いた。
全く頭に入って来ない。
頭が、拒否していた。
兎に角、単に早く帰りたいだけなのだ。
適当に、サインしてしまおうと、いつも羽ペンが、置いてある場所を、見もしないで、手を伸ばした。
一本とった。
真っ白な羽ペンが目に入った。
オスカルは、しばし、羽ペンを見つめた。悲しくなってきた。だが、次には、笑いたくなってきた。今は、軍人。私情を挟むべき時ではないと、思った。
いつだが、アンドレから【感情で動くものではない】そう言われたが、これは、私情であり、慕情だ。アンドレも、文句は言うまい。
手っ取り早く終わらせて、早く帰りたいだけなのだ。
しかし、オスカルの中の、オンナの部分と、准将である顔が、戦った。どうしても、オスカルにも分からなかった。心があっちに行ったり、こちらに来たり…。
もしかして、これが、恋煩いと言うモノなのか?
斜め前に座る、男と女に関しては、百戦錬磨のロジャーに聞こうかと、思った。が、ヤメタ!自尊心がそうさせた。それに、今日は無視するのだ!
そんなことより、早く帰りたいのだ。
座っているから、いけない。
動けばいい!
そうすれば、時間も早く過ぎるだろう。そう、考えたオスカルは、やおら立ち上がると、訓練の様子を見てくる。そう告げた。
不機嫌なのか、機嫌がいいのか、わからないでも。せかせかした声で…。
単に、早く帰りたいだけなのだった。
ロジャーが、立ち上がった。
ロジャーに残れ、そう告げた。
ロジェだけを連れて出て行った。
ダグー大佐は、ため息をついた。
ロジャーは、温厚なダグー大佐に、
「隊長…。いつもと、雰囲気が違いますね?」
ダグー大佐は、この未だ入隊したての、女好きと呼ばれている隊員に、
「留守にしていた間の隊のことが心配なのだろう」とだけ、告げながらも、心の中では、オスカルの事を心配していた。
しかし、当のオスカルは、早く変える事だけを、考えていた。
ダグー大佐は、この司令官室では、手持ち無沙汰だった。
今日片づけなければならい書類は、自室にあった。
それなので、自室に戻ろうかとも考えた。しかし、新入りのロジャー1人残す事も出来なかった。なので、書類を取りに行くことも出来なかった。
ダグー大佐は、結婚して初めて妻への、ラブレターを、書き始めた。
つづく
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