オスカルは、半休を取って帰りたかった。
『灯台』に行って、一刻も早くブツを取り返す!
最重要任務が、待っていた。

オスカルは、自業自得と言う、言葉を知らなかった。

机の上を、指差し確認して、見渡した。
2日と半日、そのままにしておいても、差支えはない。

机の上は,問題なし!

兵舎の方は、アランが纏めておいてくれるだろう。

すると…相変わらずオスカルに、無駄な秋波を送り続けているロジャーが、目に入った。

コイツを、司令官室から、追い出さなければ、ならない!
コレも、アランに任せるか…。
ロジェに走ってもらわねば…。

ここまで考えると、オスカルは、疲れを感じた。
アンドレが、いれば書類を見回し,馬車の手配もし、オスカルが、コーヒーを飲んでいる間に、全て済ませてくれる。

そこに、遠慮がちなノックが、聞こえた。
ダグー大佐が、分厚い書類を抱えて、入室してきた。

オスカルは、イヤーな予感がして、寒気を感じた。
だから、その書類は,月誕生日明けに見る。
風邪っぽいから、半休する。

少々後ろめたい気もするが、温厚なダグー大佐に、そう告げる事に決めた。

だが、ダグー大佐は、書類をオスカルの机に置き、恐縮しながら報告した。

「ブイエ将軍が、こちらをお読みになられて、大変に感動されたようです。

しかし、国王陛下にお見せするには,もう少し手を加える必要がある。
そう、仰いました。

そして、もう少し詳細に書いて頂きたいところ、削りたい箇所をそれぞれの色で、マーカーで、示してあるそうです。それから、将軍自ら書き込まれた箇所もあるようです。

ですので、今日中に書き直して、更に訂正した箇所は、マーカーで、分かりやすく、されるよう、命令が下りました。

それを、隊長が、お休みの間に、将軍が、再びチェックなさるようです。その結果、話し合いが必要なら、将軍の方でお時間を設けるので、完璧なものにしたい。

その後で、また、隊長には、清書して頂いて下さい。との、ご命令です」

ここまで告げると、ダグー大佐は、ハーッと一息ついた。
ダグー大佐もこのブイエ将軍の、いやみたっぷりな、命令をジャルジェ准将に告げるのを、躊躇っていたようだ。

オスカルは、うんざりして聞いていた。
つまり、オスカルが、精魂込めて書いたものに,ブイエは、難癖を付けた。
そして、貴重な休みの前に、書き直せ!そう言って来たのか!

そして、楽しい月誕生日の間、ブイエが何を、チェックするのを気にしながら、過ごせというのか!(気にしないが…。)

その上で、休み明けには、再び書いたものに、ダメ出しする為に、殴り合いたい。そう言うのか。

それから更に、もう一度、清書しろ!

オスカルは、アンドレがいれば、草案を考えてくれる。それを元にオスカルが、完璧に仕上げる。そして、清書は、アンドレが半分を受け持ってくれる。勿論、オスカルの筆跡で、提出用の原稿を仕上げてくれる。

だいたい、ブイエ将軍が、300枚に纏めろというから、たった一行で終わる報告書を、必要も無い美辞麗句を入れ、形容詞を存分に使って、仕上げたのだ。
徹夜で…。

本来なら、『無断外出、無断外泊、門限破り、朝帰りが、横行する衛兵隊が、何故こんなにも纏まっているのか』
このタイトルの、報告書なら、

【何故なら、ジャルジェ准将と、隊員との信頼関係がいいからである】
で、終わるのだ!

毒づきながらも、オスカルは、報告書をチラリとめくってみた。どうでもいい箇所が、ピンクになっている。ブイエ将軍の嫌味がたっぷりと、振りかけられて、苦みを感じた。

兎に角、やらなければならない。
でも、その前に、ブイエ将軍の部屋へ行って、直談判をしてみようか…。

オスカルは、考えたが、止めた。どうせ行っても、無駄である。それに、ブイエ将軍の嫌味を更に聞いて、益々、やる気がなくなるだけだ。

オスカルは、黙々と、報告書に向かった。
ロジェもジョルジュも、ハラハラとしながら、見守っていた。

書類に必死のオスカルは、気が付いていなかったが、ロジャーが、相変わらず秋波を送り続けていた。

オスカルは、ブイエ将軍の嫌味を仕上げると、ブイエ将軍のドアノブに置き配して、とっとと帰宅した。

屋敷に帰るのが、かなり遅くなってしまった。
何も食べたくなかった。だが、厨房では、いつ帰宅しても、美味しく召し上がれるように、と料理人たちが働いていた。スルー出来なかった。

貴族の中には、その様な配慮をするものは少ない。だが、このジャルジェ家では、そうした心づかいが、主たちから受け取ることが出来るので、使用人達も、心を込めて働いていた。

オスカルが何時ものように、自室に向かう階段を上る。
アンドレが、無言で付いて来てくれる。その時間が、その日の疲れも吹っ飛ぶ瞬間だ。

だが、アンドレは、軍靴をいつもより乱暴に脱がせ、階段の手すりに乗ると、滑り降りて、何処かに消えた。オスカルは、声を掛ける事も出来ずに、立ち尽くした。

ダイニングルームに、入り、テーブルに付いた。
ジョルジュが、簡単なオードブルを置いてくれる。
だが、オスカルは、不満だった。

アンドレは、どうしたのだ?ジョルジュには可哀そうだが、聞いた。ジョルジュは、首を傾げながら、はい、私が帰った時、見かけただけで、その後は、どこに居るのか…。

それも、昼過ぎから、姿が見えないそうです。
オスカルは、先程からのアンドレの、不審な動きを思い出した。
やはり、先月の誕生日にプレゼントを渡さなかったのが、堪えているのかなぁ?

オスカルは、お腹が極限状態まで空いていた。しかし、アンドレと呑んで、食べて楽しむ為に、注意しながら黙々と、食べた。

いつもなら、アンドレの給仕で、話は出来ないが、安らぐことが出来た。
しかし、今夜はいない。
不機嫌になった。

しかし、今夜はもう少しで、アンドレに会えると思うと、黙々としながらも、微笑みを抑える事が出来なかった。

だけど、オスカルには、その前の最重要任務を、全うしなければならない。
そそくさと、部屋に戻った。
そして、作戦を練った。大したものではないが…。

ジョルジュは、厨房に戻ると、片隅に向かった。
オスカルが、探していた男が、いそいそと何かしていた。

ジョルジュは、そっと声を掛けた。
「手こずっているようですね。
少し、手を貸しましょうか?」

大丈夫だ。隻眼の男が、ニコニコと振り向いた。
「オスカルの為だ。
これだけは、自分でやりたい。
オスカルを、喜ばせたいんだ!
悪いが、オスカルには内緒だぞ」

  ***********************

恋人たちが、待ち焦がれた時間が迫って来た。
オスカルの予定では、ディナーが終わると共に、『灯台』に向かう事になっていた。

だが、『灯台守』が、行方不明と聞いた。
もし、『灯台』に居たら、鉢合わせになる。
それだけは、避けなければならない。

そこで、オスカルは、零時10分前に、部屋を出て、『灯台』に向かう事にした。

だが、考えてみた。
その頃は、アンドレがワゴンを持ってくる時間だ。

そして、5分前には、大時計のあるドアの前に待機する。

その間を突いて、部屋を出るしかないな!
0時少し前、オスカルのプライベートな、区画のドアが開いた。

長い足が、飛び出した。
もう、足音を立てても、構わなかった。
誰に見られても、構わなかった。
兎に角、『灯台』へと、急いだ。

『灯台』に入ると、手にしたスマホのライトを付け、中を照らしてみた。
見える所には、なさそうだ。
こうなったら、徹底的に探すしかない。

先ずは、置いた所を、もう一度確認した。
やはり無かった。

クローゼットを、開けてみた。
必要最低限の服しか入っていなかった。
だが、もしかすると、そう思い服を床に投げ出す。
無かった。

チェストに、向かった。
一番上を開けて、中身を全部出した。
二段目を開けようとして、一番上を閉めなければならない事に気付いた。
下から順々に開けて行った。
無かった。

机を、見つめた。
だが、引き出しは、小さくて、ブツを分解しないと入らない。
でも、一番下の引き出しには、入っているかもしれない。
開けてみる。

見当たらないが、オスカルは、指差し確認だけでは、気が収まらなくなっていた。
中身を全部、投げ出した。
無かった。

ブツがない。
オスカルは、青ざめた。

その時、オスカルの部屋の前の大時計の振り子が、大きな音で、その歓喜な時を知らせる為、カチッと目を覚ました。0時の時を知らせる為に、振り子を水平まで持ち上げた。オスカルとアンドレの心に響く、歓喜の振り子だ。

万事休す。オスカルは、時計の動きを考えながら、必死で探す。
だが、『灯台』から戻る時間を考えると、これ以上、そこに留まるのは、難しかった。

オスカルは、長い足を、更に思いっきり伸ばして、自室へと戻る。
居間の、ドアの前に立ち、息を整えスタンバイした。
不安げに…。

  8月27日~9月24日編…完


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