オスカルは、逃げ出したくなってきた。
その時、ドアが全開した。

そこには、いつもの、優しい微笑みを浮かべたアンドレが立っていた。
そして、月誕生日には、お馴染みのワゴンをそっと、大理石の床を滑らせる。

ワゴンは、オスカルとアンドレの間で止まった。

オスカルの目は、ワゴンの上に釘付けになった。
ほんの数分前まで探していた箱が、ワゴンの上にあった。
それも、2つ並んで…。

いったい、何故?
そっと見上げると、アンドレの微笑みが、オスカルを包んでいた。

『灯台守』は、見つけたのだ。
どうやって…。
オスカルは、隠蔽工作は、成功したと確信していた。

何処に、作戦の綻びが、あったのだろうか?

どうやって、わたしの完璧な、作戦を打ち破ったのだ!
オスカルは、敗北を認める事は出来なかった。
アンドレを追い込んでやろう!
アンドレの挑戦、受けてやる!

子どもの頃、アンドレと剣を持って、走り回っていた時を思い出した。
今は、剣の代わりに、2人とも『愛』を持っていた。

オスカルは、ワゴンを見ていないことにした。
アンドレが、どのように攻撃してくるか、楽しみになってきた。

オスカルは、手を後ろに組み、一歩一歩、後退して行った。
アンドレの目を見ながら。

それにつられて、アンドレは、ワゴンをそっと押しながら、前進してきた。
相変わらず、暖かい眼差しで、オスカルの目を見ながら。

どちらも、顔を合わせてから、一言も言葉を交わしていなかった。

でも、心は繋がっていた。

ドアが開いた時から、始まったアンドレの、奇襲作戦は、オスカルをソファーまで、追い詰めた。

追い詰められたオスカルは、ジャルジェ准将に戻り、冷静に反撃に出た。
言葉の…。

オスカルが、笑いをこらえながら、言った。
「どこかで、何かしていたらしいが?」

アンドレも、笑いをこらえながら、答えた。
「あゝ、探し物があって、ウロウロしていた」

「いったい、何を探していたのだ?」
「それが、困ったことに、何を探しているのか、分からないんだ」

「ほう!何かわからない物を、探したのか?
だから、わたしの給仕に来なかったのだな?
それで、探し物は、見つかったのか?」
オスカルは、ソファーとワゴンに挟まれながら、言った。

アンドレも、ワゴンを止めて言った。
「どこを探しても、見つからなかった。
だから、多分、同じだと思うのを、作った。

そうしたら、見つかったんだ。
それで、両方とも、持ってきた。」

そこで、オスカルは、初めて、二つの箱を見たように、言った。
「ほう!そうだな!どちらも、同じに見える。
…で、本当に、同じなのだろうな?」

アンドレは、オスカルを愛おしそうに見つめながら、
「残念ながら、探した方の箱に、何が入っているのか、知らないのだ!だから、片方には…」
ここで、アンドレは、言葉を濁し、オスカルに聞こえないように言った。

「…を、入れてきた。さあ!オスカル?どちらを、選ぶ?」

オスカルは、楽しそうに身体を揺らしながら、2つの箱を見比べていた。
「おまえが言った事が、チョット聞き取れなかったのだが…。
まあいい、見た目は、同じだな!
持ってみてもいいか?」

すると、アンドレは、さらに楽しそうに。
「ダメだ!これは、何が入っているのか、わからないのだ。
何だか分からないから、雑に持って壊しでもしたら大変だ」

「ほう!壊れ物なのか?
両方ともか?」
オスカルは、この愛しい恋人の、優しさに甘えられる喜びをかみしめながら、会話を楽しんだ。

「あゝ、多分両方ともだと、思う」
アンドレは、少しだけ、自信がないようだ。

「あまり、確信がないようだな?
ああ、そうだったな!
おまえは、何が入っているのか、知らないのだな!」

オスカルは、納品された時と同様に、リボンがかけられた、2つの全く同じ箱を見比べた。

もし、アンドレが、オスカルが『灯台』に隠した物を開けたとしても、アンドレの事だ、キッチリと元に戻して、ここに置くことは、可能だ。

オスカルは、悩んだ。
果たして、愛しい男は、見てしまったのだろうか?

オスカルは、確かにこの箱は、『灯台』に隠した。
しかし、アンドレは、これを隠したのが、
オスカルとは気づいていないと思っていた。

だが、何故アンドレは、この箱をオスカルの元へ、持ってきたのか?

オスカルは、ジェット機のように、この1ヶ月間を、振り返った。
絶対に、アンドレには、知られていない確信があった。

そうか!アンドレは、自分の部屋にキレイな箱があったから、わたしに見せようと、持ってきただけだ。オスカルは、思った。

オスカルは、リボンに挟んで、【愛しいアンドレへ、誕生日おめでとう】と、カードを挟んだ。どうせ、自分で渡すのだからと、【オスカルより、愛をこめて】を入れなかった。

この、一文を書くために、何枚のカードを無駄にしたか。
屋敷で書くと、誰かに見られてしまう。

そこで、ロジャーをアランのもとに行かせた。
そして、衛兵隊の執務室で、せっせと書いた。
一枚書くと、近づいて見て、少し老眼気味にみて、【ダメだ】と、床に、ポイッと捨てた。

その度に、ロジェが、一枚ずつ拾っていった。ロジェは、もうかなり読み書きが出来ていた。それに、毎日、警護している女主人を、敬愛していた。なので、この一枚、一枚拾ったカードの内容を、ロジェは、アンドレには、一切口を閉じていた。

今は、何故か、両方の箱にカードが、挟んである。

オスカルは、もう一つの箱の事を…。
そして、何故、『灯台』に隠したプレゼントが、ここにあるのか、早く知りたかった。

でも、アンドレとの話のやり取りも、楽しくてしょうがなかった。

「今夜は、給仕もしないで、厨房でコソコソとやっていたそうだが、それと、関係あるのか?」

給仕をしてくれない、悲しさと、この、0時の為に、何をしていたのか?
それも、自分を喜ばす為に、オスカルは、ほんのチョットの悲哀と、愛情を持って、聞いた。

この愛しい恋人の、粋な計らいに、ますます、愛おしくなり、早く抱きしめてほしい。そう思いながらも、この、甘美な時間を楽しみたかった。

でも、オスカルは、アンドレが、本当はこれがプレゼントで、中身を知っているのではないかと、思い始めた。

アンドレが、黙っていると…。
オスカルは、作戦を変える事にした。

「それは、残念だ。
それに、わたしは、おまえと過ごす時間が、楽しみで、午餐を少ししか食べていないのだ。だから、少々腹が減って来た。そのワゴンの下にある、軽食を食べたくなってきた。

それに、その箱は、おまえの探し物なのだろう?
だったら、おまえのものだ!」
オスカルは、そう言った!

アンドレは、オスカルの奇襲作戦に、降参しそうになった。
どうしても、このお嬢さまから、何が入っているのか分からないが、先月の誕生日プレゼントを、渡してもらいたかった。

「ああ、だけれども、一つは、おれが探していたんじゃないんだ。
おれの部屋に、深夜になると、天使が舞い降りて来たんだ。

おれの部屋をゴソゴソとして、何かをしているようだった。
そして、おれのブランケットを、持って逃げた。

そして、幾晩か過ぎると、いい香りを付けて、交換しに来てくれていた。
不思議な、天使だ。

何度、抱きしめようかと、思った。
でも、そんな事をしたら、天使は二度と来なくなるだろう。

それに、おれには、おまえしかいない。
おれの天使は、おまえだ!」

オスカルは、完璧に『灯台』に忍び込んでいたと、思っていた。
それが、『灯台守』に、全て知られていたとは…。

そちらの方に、呆気にとられた。
そして、ジャルジェ准将としての、作戦完敗に、ガッカリした。

オスカルは、アンドレの前から離れると、寝室にダッシュした。
そして、手にアンドレのブランケットを持って、現れた。

「これか?サッサと、抱きしめれば良いのに…。
わたしは、おまえの匂いのついた、
このブランケットを抱きしめて、
途方に暮れていたんだ。

おまえは、わたしを思ってくれているんだろうけど、優しすぎるんだ!
いったいいつ、わたしの…」

オスカルは、なんと言っていいのか、分からなくなってしまった…。誕生日プレゼントとも言えないし、探し物でもない…。自分で、勝手に、置いてきた物だから…。

アンドレは、オスカルが言いたいけれど、言い淀んでいると、
「おまえ、作戦の、詰めが、甘いな。
よくそれで、准将などと言って、ふんぞり返っていられるな!

多分、おまえが置いた数時間後には、おれは見つけていた。
隠すのだったら、もう少し、マシな所にしろ!」

オスカルの蒼い目から、涙がポロポロと流れてきた。
アンドレは、動けなくなった。

オスカルが、涙声で、
「だって、おまえが、この間の月誕生日に、
あんなに楽しい思いをさせてくれて…。
だから、初めて、ベルばランドなんかに、行って、夢のようだったから…。

わたしは、あまりの楽しさに、
おまえの誕生日をすっかり忘れてしまったんだ。
おまえが、悪いのだぞ。

だから、わたしは、誰にも見られないように、おまえの部屋に隠したんだ。
だけど、今度は、一日でも早く、おまえに渡したくなったんだ。

だけど、奪還できなくて、
だから、おまえの匂いのするブランケットを持って、この部屋に帰ってきて、また、ブランケットを持って、取り返しに行っていたんだ!」

オスカルの言葉に、アンドレは、笑いたくなってしまった。
オスカルが、楽しんで、
オスカルが、忘れて、

何故か、オスカルが、おれの部屋に、隠して、
それから、今度は、取り返そうと、忍び込んで来て、
そして、ブランケットを持って、走っていた。

抱きしめようとした、そう言ったら、抱きしめればいい!
そう言って、全部、おれの所為にしてしまった。
あっぱれな、お嬢さまだ。
これから、先が思いやられる。
それが、とても愛おしい。

「どちらか、選んでカードを読んでみろ!」
アンドレが、言った。

だが、その位で、挫けるようなオスカルさまではなかった。
両方の箱から、シュッとカードを2枚、抜き取った。

そして、一枚をアンドレに渡した。
もう一枚は、オスカルの手にある。

「わたしが、先に読むぞ!
その後に、おまえが、そのカードを読め!」

オスカルが、声高らかに読み始めた。

「愛しいオスカル、誕生日プレゼントありがとう…何が入っているのか、分からないが…」
オスカルの、目がテンになった。

オスカルは、がっくりした。
オスカルは、自分の書いた、カードを手にしたいと思っていた。

だが、その様子を見せなかったが、アンドレだけには、分かっていた。
なので、アンドレは続けて読み上げた。
「愛しいアンドレへ…誕生日おめでとう」

2人目を合わせて、笑った。
そのプレゼントを、手にしたものが、読み上げたのだ。
なにも、気まずくはなかった。

でも、まだまだ満足できない、オスカルは、
「本当に、中を見ていないんだな?
では、何故、同じ箱を用意できるのだ?」

アンドレは、気の強いお嬢さまが、まだ、己をからかいたいと思っていると感じた。だが、そろそろ、抱きしめたい。

それに、誕生日プレゼントを見たかった。この一か月間、ベッドの下から、クローゼットに移動させて、そっと、カードを読んでいた。

そして、お仕着せを出すたびに、天使がやってくるたびに、箱の、誘惑に駆られていたのだ。

アンドレは、降参だ。
箱はいつも見ている、文房具店の物だから、取り寄せた。
それより、おれはプレゼントを、早く見たいんだ。
オスカル!渡してくれ!

駄々っ子の様に、アンドレは懇願した。
オスカルは、やれやれと、一つの箱に手を掛けた。
ずっしりとした。これは違うようだ。

もう一つも、持ってみた。
やはり、ずっしりとした。

オスカルは、思い出した。
羽ペンだけではなく、ケースも作ってもらったのだ。
衛兵隊からの帰宅途中、随分と持ち重りがあるな…と思った事を思い出した。

アンドレを見た。
「アンドレ、どちらも、同じような重さで、分からない!」
先程の強気と変わって、また、涙声になってきた。

アンドレは、片手で、顔を覆い、
「あちゃ~、ごめん!
おまえが、迷うように、なるべく同じ重さにした。
おれにも、どちらがどちらか、わからん。

あ!カードは、入れ替えていないぞ。
おまえ、どちらから、そのカードを取ったのだ?」

オスカルが、手元のカードを見た。
ワゴンの上を見た。
そして、アンドレを見た。
そして言った。
どちらから、取ったのかわからない。

「おい!わたしたちは、さっきから、ワゴンを挟んで、押し問答しているだけだ。わたしは、そろそろ、おまえに…抱きしめられたいし、ワインも飲みたい。

おまえの持ってきた物も、繊細に扱わなければならないようだな!
両方とも、テーブルに運んで、同時に開けよう!」


お嬢さまには、反論できないアンドレだった。
それに、アンドレも早く手にしたかっ。
そっと、テーブルに置いて、
揃って、リボンをほどき、同時に箱を開けた。

そして、再び蓋をすると、慌てて箱を交換した。

アンドレは、プレゼントを、漸く受け取った。
アンドレが開けた箱には、ゴールドの淵飾りのあるケースだ。
そっと、アンドレは、小さな、引き出しを開けた。羽ペンを見た。

オスカルが、覗き込んで来た。
羽ペンの軸に書いてある言葉は、待ちきれずオスカルが言ってしまった。

アンドレは、オスカルが、読んでくれたので、命拾いした。
この灯りを落とし、ムード満点の部屋では、アンドレは見ることが出来なかった。だだ、金色の何かが、光っている程度だった。

オスカルが、会えない一か月の間、これを見て、わたしの想いを受け取り続けて欲しい。そう言いながらも、
わたしだと思って、丁寧に扱えよ!
オスカルが、照れ隠しに命令口調になった。

オスカルも、そっと、箱を開けた。
チョコレートケーキだった。

オスカルは、そっと、チョコレートを掬って、舐めた。
ビターチョコ!

だが、その隣は、少し色が変わっていた。
ミルクチョコレートだ!
オスカルが、歓喜の声をあげた。

アンドレが、その隣も違う味だぞ!
そう言いながら、
アンドレは、シャンパンを持ってきた。
ケーキに合うだろう!

「憎めないヤツだな!
チョコレートケーキとは!
コレを、昼過ぎから、作っていたのか?」

「あゝ、作るのに手間取って、それから、同じ重さにした。
それから、見目麗しくしないと、お嬢さまのお口汚しになってしまう。

形作りにも、苦労した。」

ふん!そう言いながら、オスカルはチョコレートケーキを、指で掬って食べた。

アンドレが、羽ペンにチョコレートのインクを付けて、オスカルの口に運んだ。せっかく、特注したのに…。などと、オスカルも言わない。
そうして、月に一度の、2人きりの時間が、始まった。

  つづく

追記

26日24時に、アンドレは、羽ペンが入った箱を持って、オスカルの部屋を出た。
自室のドアを開けると…部屋中にモノがあふれていた。
しかも、クローゼットもチェストも、乱暴に開いている。
泥棒か?

しかし、この部屋に入っても、目ぼしい物は何もない。
それ以前に、ジャルジェ家の警護は堅く、
ネズミ一匹入ることは出来なかった。

と、すると、金色の天使の仕業か…。
そう思うと、このまま、これからの一か月を過ごすのも、楽しいな。
なんて、『灯台守』は、考えた。

追記、その2…なぜか、ハグもキッスもありませんでした。
       たまには、こういうのも、いいかもしれませんね。




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