オスカルは、逃げ出したくなってきた。
その時、ドアが全開した。
そこには、いつもの、優しい微笑みを浮かべたアンドレが立っていた。
そして、月誕生日には、お馴染みのワゴンをそっと、大理石の床を滑らせる。
ワゴンは、オスカルとアンドレの間で止まった。
オスカルの目は、ワゴンの上に釘付けになった。
ほんの数分前まで探していた箱が、ワゴンの上にあった。
それも、2つ並んで…。
いったい、何故?
そっと見上げると、アンドレの微笑みが、オスカルを包んでいた。
『灯台守』は、見つけたのだ。
どうやって…。
オスカルは、隠蔽工作は、成功したと確信していた。
何処に、作戦の綻びが、あったのだろうか?
どうやって、わたしの完璧な、作戦を打ち破ったのだ!
オスカルは、敗北を認める事は出来なかった。
アンドレを追い込んでやろう!
アンドレの挑戦、受けてやる!
子どもの頃、アンドレと剣を持って、走り回っていた時を思い出した。
今は、剣の代わりに、2人とも『愛』を持っていた。
オスカルは、ワゴンを見ていないことにした。
アンドレが、どのように攻撃してくるか、楽しみになってきた。
オスカルは、手を後ろに組み、一歩一歩、後退して行った。
アンドレの目を見ながら。
それにつられて、アンドレは、ワゴンをそっと押しながら、前進してきた。
相変わらず、暖かい眼差しで、オスカルの目を見ながら。
どちらも、顔を合わせてから、一言も言葉を交わしていなかった。
でも、心は繋がっていた。
ドアが開いた時から、始まったアンドレの、奇襲作戦は、オスカルをソファーまで、追い詰めた。
追い詰められたオスカルは、ジャルジェ准将に戻り、冷静に反撃に出た。
言葉の…。
オスカルが、笑いをこらえながら、言った。
「どこかで、何かしていたらしいが?」
アンドレも、笑いをこらえながら、答えた。
「あゝ、探し物があって、ウロウロしていた」
「いったい、何を探していたのだ?」
「それが、困ったことに、何を探しているのか、分からないんだ」
「ほう!何かわからない物を、探したのか?
だから、わたしの給仕に来なかったのだな?
それで、探し物は、見つかったのか?」
オスカルは、ソファーとワゴンに挟まれながら、言った。
アンドレも、ワゴンを止めて言った。
「どこを探しても、見つからなかった。
だから、多分、同じだと思うのを、作った。
そうしたら、見つかったんだ。
それで、両方とも、持ってきた。」
そこで、オスカルは、初めて、二つの箱を見たように、言った。
「ほう!そうだな!どちらも、同じに見える。
…で、本当に、同じなのだろうな?」
アンドレは、オスカルを愛おしそうに見つめながら、
「残念ながら、探した方の箱に、何が入っているのか、知らないのだ!だから、片方には…」
ここで、アンドレは、言葉を濁し、オスカルに聞こえないように言った。
「…を、入れてきた。さあ!オスカル?どちらを、選ぶ?」
オスカルは、楽しそうに身体を揺らしながら、2つの箱を見比べていた。
「おまえが言った事が、チョット聞き取れなかったのだが…。
まあいい、見た目は、同じだな!
持ってみてもいいか?」
すると、アンドレは、さらに楽しそうに。
「ダメだ!これは、何が入っているのか、わからないのだ。
何だか分からないから、雑に持って壊しでもしたら大変だ」
「ほう!壊れ物なのか?
両方ともか?」
オスカルは、この愛しい恋人の、優しさに甘えられる喜びをかみしめながら、会話を楽しんだ。
「あゝ、多分両方ともだと、思う」
アンドレは、少しだけ、自信がないようだ。
「あまり、確信がないようだな?
ああ、そうだったな!
おまえは、何が入っているのか、知らないのだな!」
オスカルは、納品された時と同様に、リボンがかけられた、2つの全く同じ箱を見比べた。
もし、アンドレが、オスカルが『灯台』に隠した物を開けたとしても、アンドレの事だ、キッチリと元に戻して、ここに置くことは、可能だ。
オスカルは、悩んだ。
果たして、愛しい男は、見てしまったのだろうか?
オスカルは、確かにこの箱は、『灯台』に隠した。
しかし、アンドレは、これを隠したのが、
オスカルとは気づいていないと思っていた。
だが、何故アンドレは、この箱をオスカルの元へ、持ってきたのか?
オスカルは、ジェット機のように、この1ヶ月間を、振り返った。
絶対に、アンドレには、知られていない確信があった。
そうか!アンドレは、自分の部屋にキレイな箱があったから、わたしに見せようと、持ってきただけだ。オスカルは、思った。
オスカルは、リボンに挟んで、【愛しいアンドレへ、誕生日おめでとう】と、カードを挟んだ。どうせ、自分で渡すのだからと、【オスカルより、愛をこめて】を入れなかった。
この、一文を書くために、何枚のカードを無駄にしたか。
屋敷で書くと、誰かに見られてしまう。
そこで、ロジャーをアランのもとに行かせた。
そして、衛兵隊の執務室で、せっせと書いた。
一枚書くと、近づいて見て、少し老眼気味にみて、【ダメだ】と、床に、ポイッと捨てた。
その度に、ロジェが、一枚ずつ拾っていった。ロジェは、もうかなり読み書きが出来ていた。それに、毎日、警護している女主人を、敬愛していた。なので、この一枚、一枚拾ったカードの内容を、ロジェは、アンドレには、一切口を閉じていた。
今は、何故か、両方の箱にカードが、挟んである。
オスカルは、もう一つの箱の事を…。
そして、何故、『灯台』に隠したプレゼントが、ここにあるのか、早く知りたかった。
でも、アンドレとの話のやり取りも、楽しくてしょうがなかった。
「今夜は、給仕もしないで、厨房でコソコソとやっていたそうだが、それと、関係あるのか?」
給仕をしてくれない、悲しさと、この、0時の為に、何をしていたのか?
それも、自分を喜ばす為に、オスカルは、ほんのチョットの悲哀と、愛情を持って、聞いた。
この愛しい恋人の、粋な計らいに、ますます、愛おしくなり、早く抱きしめてほしい。そう思いながらも、この、甘美な時間を楽しみたかった。
でも、オスカルは、アンドレが、本当はこれがプレゼントで、中身を知っているのではないかと、思い始めた。
アンドレが、黙っていると…。
オスカルは、作戦を変える事にした。
「それは、残念だ。
それに、わたしは、おまえと過ごす時間が、楽しみで、午餐を少ししか食べていないのだ。だから、少々腹が減って来た。そのワゴンの下にある、軽食を食べたくなってきた。
それに、その箱は、おまえの探し物なのだろう?
だったら、おまえのものだ!」
オスカルは、そう言った!
アンドレは、オスカルの奇襲作戦に、降参しそうになった。
どうしても、このお嬢さまから、何が入っているのか分からないが、先月の誕生日プレゼントを、渡してもらいたかった。
「ああ、だけれども、一つは、おれが探していたんじゃないんだ。
おれの部屋に、深夜になると、天使が舞い降りて来たんだ。
おれの部屋をゴソゴソとして、何かをしているようだった。
そして、おれのブランケットを、持って逃げた。
そして、幾晩か過ぎると、いい香りを付けて、交換しに来てくれていた。
不思議な、天使だ。
何度、抱きしめようかと、思った。
でも、そんな事をしたら、天使は二度と来なくなるだろう。
それに、おれには、おまえしかいない。
おれの天使は、おまえだ!」
オスカルは、完璧に『灯台』に忍び込んでいたと、思っていた。
それが、『灯台守』に、全て知られていたとは…。
そちらの方に、呆気にとられた。
そして、ジャルジェ准将としての、作戦完敗に、ガッカリした。
オスカルは、アンドレの前から離れると、寝室にダッシュした。
そして、手にアンドレのブランケットを持って、現れた。
「これか?サッサと、抱きしめれば良いのに…。
わたしは、おまえの匂いのついた、
このブランケットを抱きしめて、
途方に暮れていたんだ。
おまえは、わたしを思ってくれているんだろうけど、優しすぎるんだ!
いったいいつ、わたしの…」
オスカルは、なんと言っていいのか、分からなくなってしまった…。誕生日プレゼントとも言えないし、探し物でもない…。自分で、勝手に、置いてきた物だから…。
アンドレは、オスカルが言いたいけれど、言い淀んでいると、
「おまえ、作戦の、詰めが、甘いな。
よくそれで、准将などと言って、ふんぞり返っていられるな!
多分、おまえが置いた数時間後には、おれは見つけていた。
隠すのだったら、もう少し、マシな所にしろ!」
オスカルの蒼い目から、涙がポロポロと流れてきた。
アンドレは、動けなくなった。
オスカルが、涙声で、
「だって、おまえが、この間の月誕生日に、
あんなに楽しい思いをさせてくれて…。
だから、初めて、ベルばランドなんかに、行って、夢のようだったから…。
わたしは、あまりの楽しさに、
おまえの誕生日をすっかり忘れてしまったんだ。
おまえが、悪いのだぞ。
だから、わたしは、誰にも見られないように、おまえの部屋に隠したんだ。
だけど、今度は、一日でも早く、おまえに渡したくなったんだ。
だけど、奪還できなくて、
だから、おまえの匂いのするブランケットを持って、この部屋に帰ってきて、また、ブランケットを持って、取り返しに行っていたんだ!」
オスカルの言葉に、アンドレは、笑いたくなってしまった。
オスカルが、楽しんで、
オスカルが、忘れて、
何故か、オスカルが、おれの部屋に、隠して、
それから、今度は、取り返そうと、忍び込んで来て、
そして、ブランケットを持って、走っていた。
抱きしめようとした、そう言ったら、抱きしめればいい!
そう言って、全部、おれの所為にしてしまった。
あっぱれな、お嬢さまだ。
これから、先が思いやられる。
それが、とても愛おしい。
「どちらか、選んでカードを読んでみろ!」
アンドレが、言った。
だが、その位で、挫けるようなオスカルさまではなかった。
両方の箱から、シュッとカードを2枚、抜き取った。
そして、一枚をアンドレに渡した。
もう一枚は、オスカルの手にある。
「わたしが、先に読むぞ!
その後に、おまえが、そのカードを読め!」
オスカルが、声高らかに読み始めた。
「愛しいオスカル、誕生日プレゼントありがとう…何が入っているのか、分からないが…」
オスカルの、目がテンになった。
オスカルは、がっくりした。
オスカルは、自分の書いた、カードを手にしたいと思っていた。
だが、その様子を見せなかったが、アンドレだけには、分かっていた。
なので、アンドレは続けて読み上げた。
「愛しいアンドレへ…誕生日おめでとう」
2人目を合わせて、笑った。
そのプレゼントを、手にしたものが、読み上げたのだ。
なにも、気まずくはなかった。
でも、まだまだ満足できない、オスカルは、
「本当に、中を見ていないんだな?
では、何故、同じ箱を用意できるのだ?」
アンドレは、気の強いお嬢さまが、まだ、己をからかいたいと思っていると感じた。だが、そろそろ、抱きしめたい。
それに、誕生日プレゼントを見たかった。この一か月間、ベッドの下から、クローゼットに移動させて、そっと、カードを読んでいた。
そして、お仕着せを出すたびに、天使がやってくるたびに、箱の、誘惑に駆られていたのだ。
アンドレは、降参だ。
箱はいつも見ている、文房具店の物だから、取り寄せた。
それより、おれはプレゼントを、早く見たいんだ。
オスカル!渡してくれ!
駄々っ子の様に、アンドレは懇願した。
オスカルは、やれやれと、一つの箱に手を掛けた。
ずっしりとした。これは違うようだ。
もう一つも、持ってみた。
やはり、ずっしりとした。
オスカルは、思い出した。
羽ペンだけではなく、ケースも作ってもらったのだ。
衛兵隊からの帰宅途中、随分と持ち重りがあるな…と思った事を思い出した。
アンドレを見た。
「アンドレ、どちらも、同じような重さで、分からない!」
先程の強気と変わって、また、涙声になってきた。
アンドレは、片手で、顔を覆い、
「あちゃ~、ごめん!
おまえが、迷うように、なるべく同じ重さにした。
おれにも、どちらがどちらか、わからん。
あ!カードは、入れ替えていないぞ。
おまえ、どちらから、そのカードを取ったのだ?」
オスカルが、手元のカードを見た。
ワゴンの上を見た。
そして、アンドレを見た。
そして言った。
どちらから、取ったのかわからない。
「おい!わたしたちは、さっきから、ワゴンを挟んで、押し問答しているだけだ。わたしは、そろそろ、おまえに…抱きしめられたいし、ワインも飲みたい。
おまえの持ってきた物も、繊細に扱わなければならないようだな!
両方とも、テーブルに運んで、同時に開けよう!」
お嬢さまには、反論できないアンドレだった。
それに、アンドレも早く手にしたかっ。
そっと、テーブルに置いて、
揃って、リボンをほどき、同時に箱を開けた。
そして、再び蓋をすると、慌てて箱を交換した。
アンドレは、プレゼントを、漸く受け取った。
アンドレが開けた箱には、ゴールドの淵飾りのあるケースだ。
そっと、アンドレは、小さな、引き出しを開けた。羽ペンを見た。
オスカルが、覗き込んで来た。
羽ペンの軸に書いてある言葉は、待ちきれずオスカルが言ってしまった。
アンドレは、オスカルが、読んでくれたので、命拾いした。
この灯りを落とし、ムード満点の部屋では、アンドレは見ることが出来なかった。だだ、金色の何かが、光っている程度だった。
オスカルが、会えない一か月の間、これを見て、わたしの想いを受け取り続けて欲しい。そう言いながらも、
わたしだと思って、丁寧に扱えよ!
オスカルが、照れ隠しに命令口調になった。
オスカルも、そっと、箱を開けた。
チョコレートケーキだった。
オスカルは、そっと、チョコレートを掬って、舐めた。
ビターチョコ!
だが、その隣は、少し色が変わっていた。
ミルクチョコレートだ!
オスカルが、歓喜の声をあげた。
アンドレが、その隣も違う味だぞ!
そう言いながら、
アンドレは、シャンパンを持ってきた。
ケーキに合うだろう!
「憎めないヤツだな!
チョコレートケーキとは!
コレを、昼過ぎから、作っていたのか?」
「あゝ、作るのに手間取って、それから、同じ重さにした。
それから、見目麗しくしないと、お嬢さまのお口汚しになってしまう。
形作りにも、苦労した。」
ふん!そう言いながら、オスカルはチョコレートケーキを、指で掬って食べた。
アンドレが、羽ペンにチョコレートのインクを付けて、オスカルの口に運んだ。せっかく、特注したのに…。などと、オスカルも言わない。
そうして、月に一度の、2人きりの時間が、始まった。
つづく
追記
26日24時に、アンドレは、羽ペンが入った箱を持って、オスカルの部屋を出た。
自室のドアを開けると…部屋中にモノがあふれていた。
しかも、クローゼットもチェストも、乱暴に開いている。
泥棒か?
しかし、この部屋に入っても、目ぼしい物は何もない。
それ以前に、ジャルジェ家の警護は堅く、
ネズミ一匹入ることは出来なかった。
と、すると、金色の天使の仕業か…。
そう思うと、このまま、これからの一か月を過ごすのも、楽しいな。
なんて、『灯台守』は、考えた。
追記、その2…なぜか、ハグもキッスもありませんでした。
たまには、こういうのも、いいかもしれませんね。
その時、ドアが全開した。
そこには、いつもの、優しい微笑みを浮かべたアンドレが立っていた。
そして、月誕生日には、お馴染みのワゴンをそっと、大理石の床を滑らせる。
ワゴンは、オスカルとアンドレの間で止まった。
オスカルの目は、ワゴンの上に釘付けになった。
ほんの数分前まで探していた箱が、ワゴンの上にあった。
それも、2つ並んで…。
いったい、何故?
そっと見上げると、アンドレの微笑みが、オスカルを包んでいた。
『灯台守』は、見つけたのだ。
どうやって…。
オスカルは、隠蔽工作は、成功したと確信していた。
何処に、作戦の綻びが、あったのだろうか?
どうやって、わたしの完璧な、作戦を打ち破ったのだ!
オスカルは、敗北を認める事は出来なかった。
アンドレを追い込んでやろう!
アンドレの挑戦、受けてやる!
子どもの頃、アンドレと剣を持って、走り回っていた時を思い出した。
今は、剣の代わりに、2人とも『愛』を持っていた。
オスカルは、ワゴンを見ていないことにした。
アンドレが、どのように攻撃してくるか、楽しみになってきた。
オスカルは、手を後ろに組み、一歩一歩、後退して行った。
アンドレの目を見ながら。
それにつられて、アンドレは、ワゴンをそっと押しながら、前進してきた。
相変わらず、暖かい眼差しで、オスカルの目を見ながら。
どちらも、顔を合わせてから、一言も言葉を交わしていなかった。
でも、心は繋がっていた。
ドアが開いた時から、始まったアンドレの、奇襲作戦は、オスカルをソファーまで、追い詰めた。
追い詰められたオスカルは、ジャルジェ准将に戻り、冷静に反撃に出た。
言葉の…。
オスカルが、笑いをこらえながら、言った。
「どこかで、何かしていたらしいが?」
アンドレも、笑いをこらえながら、答えた。
「あゝ、探し物があって、ウロウロしていた」
「いったい、何を探していたのだ?」
「それが、困ったことに、何を探しているのか、分からないんだ」
「ほう!何かわからない物を、探したのか?
だから、わたしの給仕に来なかったのだな?
それで、探し物は、見つかったのか?」
オスカルは、ソファーとワゴンに挟まれながら、言った。
アンドレも、ワゴンを止めて言った。
「どこを探しても、見つからなかった。
だから、多分、同じだと思うのを、作った。
そうしたら、見つかったんだ。
それで、両方とも、持ってきた。」
そこで、オスカルは、初めて、二つの箱を見たように、言った。
「ほう!そうだな!どちらも、同じに見える。
…で、本当に、同じなのだろうな?」
アンドレは、オスカルを愛おしそうに見つめながら、
「残念ながら、探した方の箱に、何が入っているのか、知らないのだ!だから、片方には…」
ここで、アンドレは、言葉を濁し、オスカルに聞こえないように言った。
「…を、入れてきた。さあ!オスカル?どちらを、選ぶ?」
オスカルは、楽しそうに身体を揺らしながら、2つの箱を見比べていた。
「おまえが言った事が、チョット聞き取れなかったのだが…。
まあいい、見た目は、同じだな!
持ってみてもいいか?」
すると、アンドレは、さらに楽しそうに。
「ダメだ!これは、何が入っているのか、わからないのだ。
何だか分からないから、雑に持って壊しでもしたら大変だ」
「ほう!壊れ物なのか?
両方ともか?」
オスカルは、この愛しい恋人の、優しさに甘えられる喜びをかみしめながら、会話を楽しんだ。
「あゝ、多分両方ともだと、思う」
アンドレは、少しだけ、自信がないようだ。
「あまり、確信がないようだな?
ああ、そうだったな!
おまえは、何が入っているのか、知らないのだな!」
オスカルは、納品された時と同様に、リボンがかけられた、2つの全く同じ箱を見比べた。
もし、アンドレが、オスカルが『灯台』に隠した物を開けたとしても、アンドレの事だ、キッチリと元に戻して、ここに置くことは、可能だ。
オスカルは、悩んだ。
果たして、愛しい男は、見てしまったのだろうか?
オスカルは、確かにこの箱は、『灯台』に隠した。
しかし、アンドレは、これを隠したのが、
オスカルとは気づいていないと思っていた。
だが、何故アンドレは、この箱をオスカルの元へ、持ってきたのか?
オスカルは、ジェット機のように、この1ヶ月間を、振り返った。
絶対に、アンドレには、知られていない確信があった。
そうか!アンドレは、自分の部屋にキレイな箱があったから、わたしに見せようと、持ってきただけだ。オスカルは、思った。
オスカルは、リボンに挟んで、【愛しいアンドレへ、誕生日おめでとう】と、カードを挟んだ。どうせ、自分で渡すのだからと、【オスカルより、愛をこめて】を入れなかった。
この、一文を書くために、何枚のカードを無駄にしたか。
屋敷で書くと、誰かに見られてしまう。
そこで、ロジャーをアランのもとに行かせた。
そして、衛兵隊の執務室で、せっせと書いた。
一枚書くと、近づいて見て、少し老眼気味にみて、【ダメだ】と、床に、ポイッと捨てた。
その度に、ロジェが、一枚ずつ拾っていった。ロジェは、もうかなり読み書きが出来ていた。それに、毎日、警護している女主人を、敬愛していた。なので、この一枚、一枚拾ったカードの内容を、ロジェは、アンドレには、一切口を閉じていた。
今は、何故か、両方の箱にカードが、挟んである。
オスカルは、もう一つの箱の事を…。
そして、何故、『灯台』に隠したプレゼントが、ここにあるのか、早く知りたかった。
でも、アンドレとの話のやり取りも、楽しくてしょうがなかった。
「今夜は、給仕もしないで、厨房でコソコソとやっていたそうだが、それと、関係あるのか?」
給仕をしてくれない、悲しさと、この、0時の為に、何をしていたのか?
それも、自分を喜ばす為に、オスカルは、ほんのチョットの悲哀と、愛情を持って、聞いた。
この愛しい恋人の、粋な計らいに、ますます、愛おしくなり、早く抱きしめてほしい。そう思いながらも、この、甘美な時間を楽しみたかった。
でも、オスカルは、アンドレが、本当はこれがプレゼントで、中身を知っているのではないかと、思い始めた。
アンドレが、黙っていると…。
オスカルは、作戦を変える事にした。
「それは、残念だ。
それに、わたしは、おまえと過ごす時間が、楽しみで、午餐を少ししか食べていないのだ。だから、少々腹が減って来た。そのワゴンの下にある、軽食を食べたくなってきた。
それに、その箱は、おまえの探し物なのだろう?
だったら、おまえのものだ!」
オスカルは、そう言った!
アンドレは、オスカルの奇襲作戦に、降参しそうになった。
どうしても、このお嬢さまから、何が入っているのか分からないが、先月の誕生日プレゼントを、渡してもらいたかった。
「ああ、だけれども、一つは、おれが探していたんじゃないんだ。
おれの部屋に、深夜になると、天使が舞い降りて来たんだ。
おれの部屋をゴソゴソとして、何かをしているようだった。
そして、おれのブランケットを、持って逃げた。
そして、幾晩か過ぎると、いい香りを付けて、交換しに来てくれていた。
不思議な、天使だ。
何度、抱きしめようかと、思った。
でも、そんな事をしたら、天使は二度と来なくなるだろう。
それに、おれには、おまえしかいない。
おれの天使は、おまえだ!」
オスカルは、完璧に『灯台』に忍び込んでいたと、思っていた。
それが、『灯台守』に、全て知られていたとは…。
そちらの方に、呆気にとられた。
そして、ジャルジェ准将としての、作戦完敗に、ガッカリした。
オスカルは、アンドレの前から離れると、寝室にダッシュした。
そして、手にアンドレのブランケットを持って、現れた。
「これか?サッサと、抱きしめれば良いのに…。
わたしは、おまえの匂いのついた、
このブランケットを抱きしめて、
途方に暮れていたんだ。
おまえは、わたしを思ってくれているんだろうけど、優しすぎるんだ!
いったいいつ、わたしの…」
オスカルは、なんと言っていいのか、分からなくなってしまった…。誕生日プレゼントとも言えないし、探し物でもない…。自分で、勝手に、置いてきた物だから…。
アンドレは、オスカルが言いたいけれど、言い淀んでいると、
「おまえ、作戦の、詰めが、甘いな。
よくそれで、准将などと言って、ふんぞり返っていられるな!
多分、おまえが置いた数時間後には、おれは見つけていた。
隠すのだったら、もう少し、マシな所にしろ!」
オスカルの蒼い目から、涙がポロポロと流れてきた。
アンドレは、動けなくなった。
オスカルが、涙声で、
「だって、おまえが、この間の月誕生日に、
あんなに楽しい思いをさせてくれて…。
だから、初めて、ベルばランドなんかに、行って、夢のようだったから…。
わたしは、あまりの楽しさに、
おまえの誕生日をすっかり忘れてしまったんだ。
おまえが、悪いのだぞ。
だから、わたしは、誰にも見られないように、おまえの部屋に隠したんだ。
だけど、今度は、一日でも早く、おまえに渡したくなったんだ。
だけど、奪還できなくて、
だから、おまえの匂いのするブランケットを持って、この部屋に帰ってきて、また、ブランケットを持って、取り返しに行っていたんだ!」
オスカルの言葉に、アンドレは、笑いたくなってしまった。
オスカルが、楽しんで、
オスカルが、忘れて、
何故か、オスカルが、おれの部屋に、隠して、
それから、今度は、取り返そうと、忍び込んで来て、
そして、ブランケットを持って、走っていた。
抱きしめようとした、そう言ったら、抱きしめればいい!
そう言って、全部、おれの所為にしてしまった。
あっぱれな、お嬢さまだ。
これから、先が思いやられる。
それが、とても愛おしい。
「どちらか、選んでカードを読んでみろ!」
アンドレが、言った。
だが、その位で、挫けるようなオスカルさまではなかった。
両方の箱から、シュッとカードを2枚、抜き取った。
そして、一枚をアンドレに渡した。
もう一枚は、オスカルの手にある。
「わたしが、先に読むぞ!
その後に、おまえが、そのカードを読め!」
オスカルが、声高らかに読み始めた。
「愛しいオスカル、誕生日プレゼントありがとう…何が入っているのか、分からないが…」
オスカルの、目がテンになった。
オスカルは、がっくりした。
オスカルは、自分の書いた、カードを手にしたいと思っていた。
だが、その様子を見せなかったが、アンドレだけには、分かっていた。
なので、アンドレは続けて読み上げた。
「愛しいアンドレへ…誕生日おめでとう」
2人目を合わせて、笑った。
そのプレゼントを、手にしたものが、読み上げたのだ。
なにも、気まずくはなかった。
でも、まだまだ満足できない、オスカルは、
「本当に、中を見ていないんだな?
では、何故、同じ箱を用意できるのだ?」
アンドレは、気の強いお嬢さまが、まだ、己をからかいたいと思っていると感じた。だが、そろそろ、抱きしめたい。
それに、誕生日プレゼントを見たかった。この一か月間、ベッドの下から、クローゼットに移動させて、そっと、カードを読んでいた。
そして、お仕着せを出すたびに、天使がやってくるたびに、箱の、誘惑に駆られていたのだ。
アンドレは、降参だ。
箱はいつも見ている、文房具店の物だから、取り寄せた。
それより、おれはプレゼントを、早く見たいんだ。
オスカル!渡してくれ!
駄々っ子の様に、アンドレは懇願した。
オスカルは、やれやれと、一つの箱に手を掛けた。
ずっしりとした。これは違うようだ。
もう一つも、持ってみた。
やはり、ずっしりとした。
オスカルは、思い出した。
羽ペンだけではなく、ケースも作ってもらったのだ。
衛兵隊からの帰宅途中、随分と持ち重りがあるな…と思った事を思い出した。
アンドレを見た。
「アンドレ、どちらも、同じような重さで、分からない!」
先程の強気と変わって、また、涙声になってきた。
アンドレは、片手で、顔を覆い、
「あちゃ~、ごめん!
おまえが、迷うように、なるべく同じ重さにした。
おれにも、どちらがどちらか、わからん。
あ!カードは、入れ替えていないぞ。
おまえ、どちらから、そのカードを取ったのだ?」
オスカルが、手元のカードを見た。
ワゴンの上を見た。
そして、アンドレを見た。
そして言った。
どちらから、取ったのかわからない。
「おい!わたしたちは、さっきから、ワゴンを挟んで、押し問答しているだけだ。わたしは、そろそろ、おまえに…抱きしめられたいし、ワインも飲みたい。
おまえの持ってきた物も、繊細に扱わなければならないようだな!
両方とも、テーブルに運んで、同時に開けよう!」
お嬢さまには、反論できないアンドレだった。
それに、アンドレも早く手にしたかっ。
そっと、テーブルに置いて、
揃って、リボンをほどき、同時に箱を開けた。
そして、再び蓋をすると、慌てて箱を交換した。
アンドレは、プレゼントを、漸く受け取った。
アンドレが開けた箱には、ゴールドの淵飾りのあるケースだ。
そっと、アンドレは、小さな、引き出しを開けた。羽ペンを見た。
オスカルが、覗き込んで来た。
羽ペンの軸に書いてある言葉は、待ちきれずオスカルが言ってしまった。
アンドレは、オスカルが、読んでくれたので、命拾いした。
この灯りを落とし、ムード満点の部屋では、アンドレは見ることが出来なかった。だだ、金色の何かが、光っている程度だった。
オスカルが、会えない一か月の間、これを見て、わたしの想いを受け取り続けて欲しい。そう言いながらも、
わたしだと思って、丁寧に扱えよ!
オスカルが、照れ隠しに命令口調になった。
オスカルも、そっと、箱を開けた。
チョコレートケーキだった。
オスカルは、そっと、チョコレートを掬って、舐めた。
ビターチョコ!
だが、その隣は、少し色が変わっていた。
ミルクチョコレートだ!
オスカルが、歓喜の声をあげた。
アンドレが、その隣も違う味だぞ!
そう言いながら、
アンドレは、シャンパンを持ってきた。
ケーキに合うだろう!
「憎めないヤツだな!
チョコレートケーキとは!
コレを、昼過ぎから、作っていたのか?」
「あゝ、作るのに手間取って、それから、同じ重さにした。
それから、見目麗しくしないと、お嬢さまのお口汚しになってしまう。
形作りにも、苦労した。」
ふん!そう言いながら、オスカルはチョコレートケーキを、指で掬って食べた。
アンドレが、羽ペンにチョコレートのインクを付けて、オスカルの口に運んだ。せっかく、特注したのに…。などと、オスカルも言わない。
そうして、月に一度の、2人きりの時間が、始まった。
つづく
追記
26日24時に、アンドレは、羽ペンが入った箱を持って、オスカルの部屋を出た。
自室のドアを開けると…部屋中にモノがあふれていた。
しかも、クローゼットもチェストも、乱暴に開いている。
泥棒か?
しかし、この部屋に入っても、目ぼしい物は何もない。
それ以前に、ジャルジェ家の警護は堅く、
ネズミ一匹入ることは出来なかった。
と、すると、金色の天使の仕業か…。
そう思うと、このまま、これからの一か月を過ごすのも、楽しいな。
なんて、『灯台守』は、考えた。
追記、その2…なぜか、ハグもキッスもありませんでした。
たまには、こういうのも、いいかもしれませんね。
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