アンドレは、オスカルが出仕すると、愛する女性が住まう一角に行く。
そして、1か月間、口にする事を禁じられている愛の囁きを、
ドアに向かってする。

その朝も、オスカルの残り香に誘われながら向かった。オスカルの部屋では、侍女たちが、シーツを交換し、夜着、タオル等々を洗濯係に渡し、昨夜呑んでいたであろう、酒瓶とグラスを片付け、右往左往している。

すると、ロジャーが、1階に有るオスカルの書斎に入って行った。
鍵がかかっているはずである。
でも、入っていった。
アンドレの目が、点になった。

覗いてみようか?
アンドレは、考えた。
書斎には、オスカルがくつろぐ2階の部屋へ行く為の、階段がある。

アンドレは、思った。
ロジャーが、知らないわけはない。
あの階段は、目立つ。

アンドレは、執事に、ロジャーが、オスカルの書斎に入って行ったけど…。と、途中まで言うと、執事は、ああ、オスカルさまから、ロジャーさんが読書家なので、いつでも使えるよう、合鍵を渡すように言われました。

アンドレは、焦った。
「渡したって、あそこには、軍事機密やら、秘蔵書も有るのに、いいのか?
本当に、オスカルが許可したのか?」
アンドレは、執事の両腕を持って、揺さぶりながら聞いた。

「オスカルさまが、仰るには、ロジャーさんには、言い含められていらっしゃるようです」
執事は、執事らしく感情を交えずに、アンドレに伝えた。
揺さぶられているのに…。

アンドレは、オスカルが、ロジャーの部屋の壁に、穴を開けたように、書斎の壁に、穴を開けようと思った。が、こちらの、主家の住まう区画は、壁も、天井も、全てガッチリと出来ている。

アンドレが、壁を貫通する頃には、ロジャーは、イギリスだろう。
では、ドアに穴を開けようか?
ドアも、頑丈に出来ている。

開けている音が、屋敷中に響くだろう。
アンドレは、仕方なく仕事へと、向かった。

翌朝、通常通りの時間に、通常通りオスカルが、降りてきた。
そして、通常通り食事をし、通常通り出仕した。

全く、通常通りだった。
ロジャーが、書斎に入る事など、知らないのか、気にしてもいないのか、分からなかった。

翌朝、アンドレも合鍵で、そっと覗いてみた。
ロジャーは、居なかった。

また、次の日見ると、ロジャーが入って行った。
(案外、しつこい男だ…アンドレ君)

オスカルは、衛兵隊だ。
アンドレは、書斎に向かった。

ノックをして、ドアを開けた。
なにも返事は、なかった。
部屋の中は薄暗かった。
予感的中か?アンドレは、拳を握り締めながら、見渡す。

書斎の中は、本が散乱していた。
そして、本に埋もれて、本を積んだ上に、本を置いて、一心不乱に読み耽っているロジャーが居た。

アンドレが、入ってきたのにも、気付いていないようだ。

アンドレが、声を掛けた。
すると、ロジャーが、ビクッとして、声がした方を見た。

「スゴイ本ばかりですね。
船に乗るまでに、読破したかったけれど、オスカルさえも、未読があると、聞いていました」

ロジャーが、嬉しそうに、そして、悔しそうに言った。
屈託のない笑顔だった。

アンドレも、釣られて、
「おい、こんなに、散乱してどうする気なのだ?
散らかしたままで、おれに片付けさせるつもりか?

ここの本は、オスカルの趣味で、使いやすいように、整理されているのだ。それが分かるのは、この、おれだけた。

オスカルは、何処にどの本があるかは、知っている。しかし、オスカルは、本を読む為に、出すだけだ。

片付けるのは、おれしかいない」
アンドレは、自慢げに言った。
すると、ロジャーは、少し笑って、

「やはりそうでしたか?
区分に、癖があると思っていました。

オスカルの、思考で並んでいたのですね。大丈夫です。その癖を理解できましたから、自分で片付けられます。出港の前には、徹夜してでも、元通りにします」

アンドレは、自分の領分を取られた気がして、カチンとした。

ても、このオスカルの書斎には、殆ど軍事関係の書物ばかりが、置いてある。はずである、一応。
一体、ロジャーは、何を読んでいるのか?知りたくなった。

ロジャーは、深刻な顔をして、
「はい。こちらは、『若禿を予知し、予防する為に、今、必要な事』です。オレには、必要なさそうですが、何となく気になって、読んでいます。

内緒ですけど、フレディが、危なさそうです」
そう言って、ロジャーは、口の前に人差し指を立て、シーッとした。

アンドレは、チラッと、ロジャーの頭を見た。前髪で隠してあるが、やや危なそうにも見えた。この本を読むのは、ロジャーにとっても、為になると納得した。

アンドレは、額に手を当ててみた。フサフサしている。

もう一度、そっとロジャーの額を見た。やはり、少し、Mっぽくなっている…他の部分に比べると、髪の毛が細そうだ。今のうちに、数多くいるという女の子達に、叩いてもらった方が良さそうだ。

アンドレが、ロジャーの髪の考察をしていると、
「それから、こっちは、
『ペンギンと、喧嘩しながら、老いても友情を保つ方法』」

「…?…」
アンドレは、そのような本が、この部屋にありのか、不思議だった。
散乱している本を掻き分け、ロジャーのそばまで行った。

なんで、ペンギンなんかに、興味があるのだ?
アンドレは、ロジャーが、この様な本を読むとは、思っていなかったので、聞いた。

う〜〜ん、なんとなく、近いうちに、ペンギンに会って、長い人生を、ギリギリの喧嘩をしながら、生きていく予感がしたのです。けれども、この本にあるペンギンの挿絵は、チリチリ頭をしているのです。

ですから、ちょっと面白いのと、その、予備知識と思いました。

それから、
『寡黙だが、内に秘めた情熱を持つ、男との付き合い方』

アンドレは、ロジャーは女にしか興味が無いと思っていた。
それなのに、男との付き合い方の、ハウツー本ばかり、読んでいる。

可笑しな奴だ。
もしかしたら、付き合っているフレディに、感化されたのか?
そうとも思った。

「で?ロジャー?同時に3冊、読んでいるのか?」
なんとなく、聞いてみた。

ロジャーは、一冊に根を詰めすぎたら、息抜きにもう一冊、それにも根を詰め過ぎたら、次の一冊で、リフレッシュします。

アンドレは、呆れまくったが、案外真面目に読書するロジャーに、親近感を覚え、
「なにか、飲み物でも持ってくるか?」
聞いた。

ロジャーは、少し考えると、人懐こい笑顔で、
「う~ん、何か欲しいけど、本の上に溢すといけない。
それに、水分を取ると、トイレに行きたくなるので、やめておきます。

この本の間を、通り抜けて、使用人階のトイレに行って、戻って来る時間が、勿体ないです。お心遣いありがとうございます」

そう言うともう、ロジャーの目は、もう本の上に戻っていた。
アンドレは、静かに本の間に、足を置きながら書斎を出た。
案外いい奴なのかもしれないな。

アンドレは、ロジャーの表情が、オスカルと同じ様に、クルクルと変わるので、好感を持ってしまった。

アンドレが消えると、ロジャーは、ニヤリと笑って、後ろに隠し持っていた酒瓶を取り出し、ラッパ飲みした。オスカルから、勝手に飲んでいいぞ!との、お墨付きをもらっていた。

仕事へと戻りながら、アンドレは、考えた。
ロジャーは、いつも自分が起きる頃、部屋に戻って、洗濯物を干す。バタバタ音がする。その後、建て付けの悪いベッドに入る音がする。

そして、オスカルは通常軍務だと、6時過ぎに起きて、夜帰宅。または、(コレが、頭にくるんだが、4剣士隊と、出歩いているみたいだ)そして、日付が変わる頃寝るはずだ。

一方のロジャーは、昼前に大あくびをしながら、使用人用食堂に来る。
フレディも、その頃、やって来る。

そして、大きな荷物を持って、出掛ける。
夕食に戻って来るのは、稀で、明け方まで帰ってこない。

偶に、書斎に籠るのは、多分仮眠を取ってからだろう。

と言う事は!
アンドレは、飛び上がった。
なんだ!オスカルと、全く生活のリズムが、違う!

廊下でロジャーを捕まえて、話していたのは、偶然オスカルが、ロジャーに会ったので、俺に向かって話したのか…。

アンドレは、心から、ホッとした。そして、将来、(今も、らしいが)ミュージシャンになる連中というのは、夜型なのだ。

その辺のところも、計算してオスカルは、ヤツらに、仮住まいを提供したのだ。うん!納得!納得!
アンドレは、これで、次の月誕生日までを、平和に心安らかに過ごせると、安心した。

しかし、ある夜、例によってオスカルは、御前様だった。
ナイトキャップを楽しんでいると、
書斎へと降りる階段から、光が漏れていた。

この時間、ロジャーはクラブ巡りをしているはずだ。
もしかして、あの野郎、灯りを消し忘れて出かけたのか?

オスカルは、音を立てて降りて行った。
ロジャーが、振り向いた。

「珍しいな、この様な時間に、書斎にいるなどと…」
オスカルが、声を掛けた。

ロジャーは、
「ここを、離れる頃から、逆算すると、読み終わりそうもないから、今夜は、本が恋人だ。
それよりも、オスカル、いいものを持っているな?」

オスカルは、手にしているグラスと、ブランディを見た。
「ああ、先程帰って来た。少し、ゆっくりとしてから寝ようと思っていたんだ。そうしたら、下から灯りが漏れていたので、来てみた。
ロジャーも、呑むか?」

そう言って、オスカルは自分が使っていたグラスを、渡した。
「相変わらず、いい酒ですね。
此処にいると、本は自由に読める。
最高級の酒にも、出会える。
天国のようです」

「あのな?
前から気になっていたのだが、
おまえの両脇に、本の山が2つある。
何か意味があるのか?」

「左は、読み終わった本だ。
右は、これから読む本。
片付けるのに、時間がとられるのが、勿体ないから、
積んである」

オスカルは、一冊を手にしてみた。
「ふーん、
おまえ、こんなの、理解できるのか?
わたしは、おまえより、もう少し年齢が行ってから、やっと理解したと思っているが、まだまだ、読み込みが足りないと感じている。
厄介な本だ」

「そうなんです。何回か、同じ個所を読んで、分かったと思って、先に進むと、後戻りさせられて…。
この本のお陰で、ちっとも、先に進めないでいます」
ロジャーが、イライラと言った。

「どこで、躓いているのだ?」
オスカルが、興味深く聞いた。

「何処って、全部なんだけど、特に、此処の所…」
ロジャーが、ページをめくって、ある一文を指さした。

オスカルも、ああ、そこはな…。
そう言うと、別の本を書棚から出してきて、これを読むと、少々理解できてくる。

ロジャーは、そんなものかと、渡された本を見た。
目が輝いてきた。

そして、オスカルの飲みかけの、グラスを手に取ると、グイッと開けた。
オスカルが、呆れて、ブランディを注いで、自分も飲む。

その内、グラスなんて、面倒くさくなり、2人ともラッパ飲みして、瓶が、行きかいした。

そして、誰も、アンドレさえも気づかなかったが、オスカルとロジャーは、表情がコロコロと変わり、周りの人達を、巻き込んでいた。

それなので、オスカルとロジャーは、一対一で、話し始めると、お互いの表情だけで、意思疎通が出来るようになった。

そんな夜が、多々ある事も知らずに、アンドレは平和を謳歌していた。

そしてある夜、ロジャーが本に夢中になっているのを見ると、
オスカルは2階に戻り、そっと部屋を抜け出した。

   つづく

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