Living on My Own

端正な顔をしたこの屋敷の主は、暖炉に寄りかかる、サファイア色の上着を着た人間を、初めて会った人のように見つめていた。

その人物は、もともと色白であったが、人生最大級の緊張からか一層透けるように白く、ややもすれば青ざめても見えた。

ワイングラスを持つ細い指も、いつものこなれた手つきではなく、やや力が入って細い関節が白く浮いて見える。グラスに注いだワインなど、この人間にとっては一気に飲み干すことが容易だったが、やはり今は、ワインが無くなってしまうのを恐れるように、口をつけては放す、という行為を繰り返していた。

輝く金髪を惜しげもなく腰まで伸ばし、瞳の色は人を射抜くような蒼(但し、今は不安に揺らめいている)、目を縁取るまつげは長く、その人間の瞳を一層際立たせている。

ばら色の頬にばら色の唇・・・・・18歳のその人は、初心な青年としか見えなかった。

美しい・・・・・と、主は心から思った。
このような姿をして、周りから見られたら倒錯だな・・・・・とも、思った。

だが、この夜、向こうから主の寝室に入って来たのである。
キッチリと着こんだアビアラフランセーズを取り去り、
キッチリと巻いたクラバットを解いたら、どんなにか美しい素肌が現れるのか、・・・・・

主は、思わず間抜けな顔になるのを押さえて、
一歩、その人間に近づいた。

ビクッっと、蒼い瞳が瞬いた。

その人は・・・・・足が竦む、手が震える。・・・・・のを、感じた。
しかも緊張でのどがカラカラだった。
救いを求めるかのように、手元のワイングラスを見た。

そっと、一口飲んでみた。
心が落ち着いたような気がして、残りを一気に流し込んだ。

ワイングラスが空になってしまった。
急にまた、心細くなってしまった。

目の端に、この屋敷の主の靴が見えてきた。
目を上げる事も出来ない。
でも、近づいてくる。

動けない。・・・・・動けない。・・・・・
あいつは?・・・・・あいつは何処にいるのだ!?・・・・・。

主の手が肩にかかった。
もう一つの手が、ワイングラスを取り上げた。

あ・・・・・わたしの、・・・・・味方のワイングラス。・・・・・
飲んでしまったから、・・・・・ワインが残っていれば、
わたしは安全だった。・・・・・ような、気がした。

男・・・・・フェルゼンがわたしの顎に手をかけ、
上を向かせた。

その瞬間、わたしは部屋を飛び出した。・・・・・

「オスカル!!」
後ろからフェルゼンの声がした。・・・・・
しかし、わたしは止まる事が出来なかった。


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そう、わたしの名は、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ・・・

ジャルジェ家の六女にして家督相続権を持つ。
本来ならばこの時代、女性の家督相続は認められていなかったが、わたしが生まれた時、父であるジャルジェ将軍は国王ルイ15世に、一代限りの女性の家督を認めてもらうよう願い出た。

その代わりわたしが19歳になるまでに次の跡継ぎを設けることで話は落ち着いた。

幼かったから、簡単なことだと思った。
取り敢えず、自分に見合う男を見つけようとした。


母上のジャルジェ夫人も娘が士官学校に入るころから、男の見分け方をそれなりに伝授していた。


頭脳明晰であること。代々帯剣貴族として身を立てているジャルジェ家である、武術に長けていること。代々美形の家系であったのだからイケメンであること。そして何より性格が良いこと。等々夫人は細かく指示した。

兎に角、相手の遺伝子がそのまま半分子どもに受け継がれるのだから心して探すように・・・と。


しかし、いざ探してみると剣の腕は立つが学問の話となるとどうもちょっと、・・・アンドレの方がずっと造詣が深いと思い、頭も武術もいいのだが、・・・酒を飲んで打ち解けようとすると話が詰まらない。・・・時間の無駄だ。アンドレとワインでも傾けた方がずっと楽しい。・・・のである。


そんな折、アントワネットさまがお忍びでオペラ座の仮面舞踏会にいらっしゃるのにお供した。そして、北欧の貴公子、フェルゼン伯爵にであった。時はすでにオスカル18歳と1ヶ月。秒読み段階だった。


兎に角フェルゼンを観察してみた。申し分なかった。でも、そこからどうやって話を進めていいのか分からなかった。何処かの歌劇団のように「わたしを抱け」なんて言えない。そこでオスカルはやはり一番頼りにしているアンドレに事を進めるように頼んだ。


アンドレはもの凄~~~~~~~~~~~~く、複雑な気持ちになった。そして、一方で19歳までに出産しなければならないオスカルの運命を恨み、かなりの量の酒を煽ってフェルゼン伯爵と話をつけ、オスカルはフェルゼンの寝室に首尾よく入ったのである。


寝室に入ったのであるがオスカルは先に進めなくなっていた。元々純情な上に、ヴェルサイユ宮殿でのあからさまなアヴァンチュールもアンドレによって見えないよう触れないよう過ごしてきたのである。

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泣きたくなってきた。でもこんなところでフェルゼンの前でなど泣けない。
オスカルは泣き場所を探して部屋を飛び出した。
「オスカル‼」呼ぶ声が聞こえたが振り向かない。
真っ直ぐ玄関に向かって走って行った。

玄関脇のドアからアンドレが姿を現した。もちろん、オスカルの足音を聞いてアンドレが飛び出してきたのであるが。オスカルは涙があふれそうになった。

だが、ここでもない。

オスカルが指図する前にアンドレが言った。
「帰るか?」
「うん」
「少し待っていろ。馬車の用意をさせる」

何も言わなくても通じる。
オスカルはホッとした。

オスカルにマントを羽織らせようとして、上着を着ていないことに気づいたアンドレは、
「上着を置いてきたのか?取って来るよ・・・」
「このままでいい!ここに・・・居てくれ・・・」
「・・・分かった・・・」

二人は車寄せまで出た。冬の風は冷たかった。
でも、その冷たさがオスカルには気持ち良かった。

また、アンドレが言う。
「オスカル、見てみろ!星がきれいだ…」
オスカルは涙が溢れないようにそっと空を見上げた。
凍てついた空にきれいな星が瞬いていた。

「アラスの星と変わらないかな・・・」言ってからオスカルはしまったと思った。


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アラス―――二人の生まれ故郷である。
パ・ド・カレ県の県庁所在地。
アンドレはアラスの近くの町のレース(世界一美しいレースと言われるダンテル・ド・カレ)のデザイン・製作・販売を一手に引き受ける、この地方では結構名の知れた家の長男として生まれた。
オスカルもジャルジェ夫人のたっての望みでこの地で生まれ、アンドレの母から乳を貰い、育った。

その後二人は別々の人生を歩むはずであったのだが、どうしても二人共離れようとしない。ジャルジェ夫人も末娘の数奇な運命を思うと娘のそばに頼りになり、心の内を吐露できる幼馴染がいてほしいと願った。

幸いグランディエ家には次男が生まれていた。グランディエ夫妻も渋々承諾した。

ヴェルサイユのお屋敷にはグランディエ夫人の両親・兄夫婦とその息子が居ること。夫が商用で頻繫にヴェルサイユを訪れること。自身もなるべく訪れること。夏にはご領主一家が避暑にいらっしゃること。・・・を思って自分を納得させた。
ダンテル・ド・カレ

↑ダンテル・ド・カレ(ブラウス、私物です)


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「アラスの星と変わらないかな?・・・」
言ってしまってから、オスカルは自分が男だと思って過ごした幼い日々が浮かんできて慌てて打ち消した。打ち消す手伝いをするように馬車が来た。

アンドレが御者で従兄弟のジャックに素早く伝える。
「なるべく早く行ってくれ。それから誰にも見つからないように屋敷に入りたい!」
「了解‼」

馬車の中でオスカルはキュッと唇を結んだまま何も話さない。
長年の付き合いで、アンドレも無言である。
馬車の轍の音だけが静かなヴェルサイユの道に響いている。
そして、空にはきれいな星が瞬いていた。


BGM It’s A Hard Life
By QUEEN
注意:パ・ド・カレ県が制定しアラスが県庁所在地となったのは
1783年3月3日のことです。
また、ダンテル・ド・カレが出来たのも19世紀になってからです。
当時は数千あったといわれる工場も現在では数件に減ってしまっているそうです。


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