Don’t Stop Me Now

春のヴェルサイユは、日の暮れるのが遅い。
それを待ちかねたように今宵は、あちらこちらの貴族の屋敷で、舞踏会が開かれている。特に、○○侯爵家の舞踏会は、予想以上の盛会となっていた。○○侯爵は、招待状以上の来客に驚き、夫人は、料理や飲み物の手配を、使用人にテキパキと、指図している。
 
広間に集まった人々の視線は、ただ一人!・・・
フェルゼン伯爵に、注がれていた。

フェルゼンの元には、見知った人々、見知らぬ人々、が、代わる代わる、近寄っては声をかけて、通り過ぎる。

「フェルゼン伯爵、おめでとうございます!」
「フェルゼン、貴方もとうとう。・・・ね!」

など、こういう場所なので、皆、間接的な物言いで、直接は、告げない。
一方、フェルゼンは、訳がわからないが、褒め言葉であり、これもまた、ヴェルサイユの社交界に受け入れられた、と言うことだと理解し、有難く思った。

しかし、踊る女性の殆どが、厳しい目で、自分を見つめ、思いっ切り、ステップを間違えて、足を踏むのが、不思議でならなかった。

宴もたけなわとなった頃、突然、楽団のダンスの演奏が途切れた。ファンファーレが鳴り響き、突然の、王后陛下の、ご来場を告げた。フェルゼンは、今まで踊っていた女性の手を振りほどき、・・・今日という日を、心から感謝した。一日に美しいご婦人に、二人も会うことが、出来た喜びであった。

フェルゼンが、アントワネットの座る席へと、歩みを進めると、舞踏会の出席者は皆、モーゼの十戒のように、その道を開け、アントワネットの元へと、フェルゼンを導いた。

フェルゼンは、アントワネットの前に出ると、深々と頭を垂れ、ダンスを誘った。

皆の目線は、この二人であった。
料理をほうばっているものも。酒を飲んでいるものも。そして、ダンスをしているカップルも。・・・皆、付かず離れずして、二人の会話を聞き逃すまい、と頑張っている。それぞれの話を後でつなぎ合わせれば、完璧である!

アントワネットは、微笑んでいた。フェルゼンもこの美しい王妃を、心から愛していた。

けれど、あくまでも王妃である。おしゃべりを楽しむだけ。ダンスを楽しむだけ。そして、人目を盗んで口づけをかわすだけ。であった。
フェルゼンは、どうにかして、もう一歩進みたかった。

しかしながら、アントワネットは、まだ、世継ぎに恵まれずいた。そんな王妃に手を出すことは、さすがのフェルゼンも、はばかられた。フェルゼンが、いつの日か、・・・

と、考えながら踊っていると、アントワネットが、
「フェルゼン、お話しがあるの。・・・外にでません?」
上目づかいで、甘えてきた。

もうもう、フェルゼンは、とろけそうで、
「では、噴水のベンチでお待ちしています」と言って、フェルゼンとしては、そっと外に出た。追うようにして、アントワネットも出ていく。・・・
その後に、噂好きの貴族たちが、続いた。

フェルゼンは、ワクワクとアントワネットを待っていた。
愛しい女性を待っているのである、何の苦痛も無かった。只々、これから起きるであろう、甘美な喜びを、夢見てフェルゼンは、踊りだしたい気分であった。

程なくして、アントワネットが、静々と近づいて来た。
一応フェルゼンは首を垂れ
「陛下・・・」と、口にした。

すると、アントワネットは、静かに口を開いた。
「フェルゼン、今日は、王妃としてではなく、・・・一人の女と男として、お話しましょう」
フェルゼンは、飛び上がらんばかりに喜んだ。
これは、もしかしたら、もしかする、かもしれないぞ!・・・


「オスカルが、・・・身ごもったそうですね。それも、あなたの子どもを、・・・」
一瞬にして、フェルゼンの顔は、真っ青になった。

オスカルの妊娠は、自身も今日、しかも数時間前に知ったばかりである。何故、アントワネットさまが、ご存じなのか?・・・そもそも、この高貴な女性は、我々下々の事は、ご存じないと思っていたのに、・・・

そう言えば、先程からの知人や、見知らぬ人々からの、声掛けは、この事だったのか、・・・やっと、フェルゼンは、事態を把握した。

「フェルゼン、貴方は、おっしゃいましたね。わたしだけを、愛している。と、・
そして、特定の女性とは、深い関係にならない。と、・・・
先ほど、スウェーデンの大使が、早馬をフェルゼン侯爵邸へと、向かわせました。
ジャルジェ家と、フェルゼン家の、婚礼の使者とのことです。」

フェルゼンは、めまいがしてきた。自分の知らないところで、自分の運命が、動いている・・・
アントワネットを見ると、目が、眉がつりあがっている様だ。
どうにかしなければいけない。・・・
あちらも、こちらも、大人しく静めて楽しい、優雅な生活を取り戻さなくては、・・・

「フェルゼン!一体、どうゆうおつもりなのですか!?
わたしだけを、愛しているから、どなたとも結婚はしないと、仰いましたよね?」

フェルゼンは、取り敢えず、目の前の、高貴で美しい想い人を、どうにかしようと思った。

いつもの、クールな貴族の顔に戻し、・・・
「アントワネットさま、・・・もちろんわたしが、愛しているのは、貴女だけでございます。
オスカルとの婚礼は、何かの間違い。・・・
直ぐに、取り消しの使者を出しましょう。」

アントワネットの目を見つめ、優しくささやき、その頬に触れた。・・・
これで、全て、自分の思う通りになるはずであった。

・・・が、しかし、
「子どもが出来た、というのは、・・・本当なのですか!?
これも、貴方は取り消すことが、出来るのですか?」

「・・・う゛・・・」

オスカルとの子は、事実のようだが、記憶が無くなっている間に出来てしまった。
オスカルの事である、他の男と二股かける事は、ないと思う。・・・
出来れば、二股かけていてほしい、くらいである。・・・

しかし、記憶にないなんて、アントワネットさまに伝えても、
到底、信じていただけないだろうな~

「フェルゼン、オスカルの長男は、ジャルジェ家の跡取り、
貴方の子は、フェルゼン家の跡取りになるというのは、本当なのですか?」

カフェでオスカルが、ただそっと、お腹を愛おしそうに触っただけで、
これだけ噂は噂を呼び、膨れ上がっていた。

フェルゼンは、もうもう、何処かに消えてしまいたかった。
アントワネットが、一歩一歩、近寄って、返事を求める。

「と、兎に角オスカルには、結婚の話は、なかったことに、・・・」
「あら~!やっぱり、結婚なさるおつもりだったの?」

「いえ、ありません!・・・いえ、・・・あの、・・・オスカルが、・・・勝手に、・・・」

「何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりませんわ!
いいこと!フェルゼン、明日、宮廷にいらっしゃるまでに全てを、
キレイに片づけてきてくださいね!」

そこで、アントワネットは、もう一歩ずいっと、フェルゼンの方へと、踏み出した。
反射的にフェルゼンは、後ずさり、・・・
あろうことか、噴水の中へとひっくり返って、水浸しになってしまった。

アントワネットは思わず、目を見張ったが、次の瞬間、大笑いしだした。
「お~ほほほほほ!これこそ、水も滴る、いい男ね!
明日が、楽しみですわ。フェルゼン、おやすみなさい!風邪を引かないようにね!」


アントワネットが去ると、フェルゼンの従者が、やって来て、
主を、噴水の池から助け出し、控えの間に連れていった。

すると、木々の間に居る者。ベンチの下に隠れていた野次馬。
その他、大勢が現れ、『フェルゼン、池ポチャ』と( ..)φメモメモった。

翌朝、オスカルは、レヴェのベッドで目覚めた。
昨夜、おもちゃに興奮して、なかなか寝付けないレヴェに、添い寝し、せがまれるまま、お話をして、そのまま眠ってしまったようだ。

こどものそばに居るというのは、なんと心地良いものだろうか、・・・
温かく愛おしく安心する。・・・
もう少し、このまま、まどろんでいたい。

レヴェの向こうに、黒いものが目に入った。
頭を上げて見てみると、アンドレが、椅子に座ったまま、ベッドに突っ伏して寝ている。レヴェにしていたお話は、アンドレの母、シモーヌが、二人がまだ、小さい頃、よくしてくれたものだった。しかし、所々忘れてしまっている所があって、昨夜は、アンドレと二人で、思い出しながら話して聞かせたのだった。

こんなところで、寝かせてしまって、悪かったな。と、オスカルは思った。今日も一日、王妃様の警護である。

こうしてこのまま、レヴェとアンドレと三人で、のんびりしていたいなぁ~
と思った時、まだ、ほとんど膨らんでいない、お腹が催促したのか、オスカルは、そっと腹をさすった。そして、目を輝かせた。

そうだ!今日はフェルゼンが、・・・フェルゼンに会える。・・・そうしたら結婚の返事をくれるかもしれない!・・・そう思うと、ゆっくりと、添い寝している場合ではない。
アンドレの頭をつついて起こし、自分も着替えるため、自室へと引き上げていった。

  **************************

宮廷では一見、いつもと変わらない一日を、迎えているように、物事はエチケットに則って進められていた。アントワネットの後ろに、いつも通りオスカルが控え、アントワネットはあくびをこらえながら、謁見を受けている。時々、アントワネットがオスカルを見ると、とても幸せそうである。

フェルゼンは、オスカルに別れ話をしなかったのかしら?・・・
アントワネットは、不思議に思う。
それとも、オスカルって、案外と鈍感なのかしら?・・・

午後になって、アントワネットが解放され、オスカルと庭園を散策していると、フェルゼンが姿を現した。
アントワネット、オスカル、二人の女が揃って声を掛けた

「フェルゼン、待っていたわ」
「フェルゼン、待っていたぞ」

オスカルは、アントワネットが、声をかけたのは当然社交辞令からである、と思った。
一方、アントワネットは、オスカルがにこやかに、フェルゼンに声をかけたのに、不快な気分になった。

オスカルは、フェルゼンをアントワネットの元へ導きながら、そっと聞いてみた。
「フェルゼン、昨日の返事は?」
「・・・え、・・・いや、・・・まだ、・・・」
「何を照れているんだ!OKなんだろ!今から王妃様に、ご報告をしよう!」
「・・・だから、・・・ちょっと待て!・・・」

「あなた達、二人でこそこそと、何を話していらっしゃるの?
わたくしも、お仲間に入れて下さらない?」
「アントワネットさま、実は、フェルゼンから、ご報告があります」
オスカルが、嬉しそうに告げた。
アントワネットは、鋭い目でフェルゼンを見た。

フェルゼンは、・・・一歩、・・・二歩、・・・と女たちから離れ、・・・
「アントワネットさま、オスカル、・・・トリアノンの池にかもが来ています」と言って、走って行ってしまった。

オスカルは、フェルゼンを追いかけようと、走り出そうとしたが、力強い腕に止められた。
アンドレであった。
「走っては駄目だ、オスカル。まだ、安定期に入っていない。危険だ」
オスカルは、そっとお腹に手をやり、唇をかんだ。

一人残されたアントワネットは、呆然としてしばらく動けなかった。

なんとか女たちから逃げたフェルゼンは、・・・
また、広いヴェルサイユの庭園で迷っていた。
ウロウロしていると、ある建物に人だかりが見えた。どこぞの劇場の踊り子でも、来ているのかと(懲りない男である)近寄ってみた。

どうやら、違っているようだが、凄い熱気だった。

人当たりが良さそうな男に、なんの集まりか聞いてみた。
「アメリカの独立戦争の遠征軍の募集ですよ!」
戦争か、・・・と、ガッカリした。
いや、・・・戦争、・・・女たちから逃げるのに、絶好の機会ではないか!?・・・

第一!・・・大義名分が立つ!

フェルゼンは、人波を搔き分け、一番前に出ると、書類もよく読みもせず、志願書に署名をしてしまった。係官は、フェルゼンと分かると、本来ならば乗る船は順番待ちだが、特別に一週間後に出航の船に割り当ててくれた。

フェルゼンもホッとした。一週間なら女たちに別れを告げて、堂々と大義名分を果たしに出かけられると思ったのである。

フェルゼンは、先ず、アントワネットさまに、
フランスの、ついてはアントワネットさまの為に戦って来ます。と、別れを告げた。勿論、戦争が終わったら、一番にアントワネットさまのところに戻ってきます。と、言うのを忘れなかった。

しかしながら、とても女らしい、アントワネットには戦争に行く=死ぬかもしれない。・・・と、考えてしまい。キャンセルするよう、すがってきた。フェルゼンは、毅然とした態度で、この戦争で手柄を立てれば、自分のこの国での地位も安定するはずであるから、そうすれば、これまで以上に、親しくできるに違いありません!!!!!と、アントワネットを、説得してしまった。

オスカルは、・・・女といえどもやはり軍人だった。
フェルゼンの主張を理解し、無事帰ってくるよう願ってくれた。
フェルゼンも、丈夫な子を産むよう。体に気を付けるよう。アンドレに頼りに待っていてくれ。・・・と伝えた。

その他の女達は、フェルゼンが、戦争に行くと聞いて、向こうから去っていった。

こうして、フェルゼンは、アメリカ遠征軍司令官ラ・ファイエット候の副官として、プレストの地から、大砲64門をそなえた軍艦ジャンゾン号に乗り込んだ。
船が港を離れると、フェルゼンは小躍りして喜んだ。
これで、小うるさい女どもとお別れだ!

しかし、フェルゼンは、この後、待っている苦難と、自分の本質をすっかり忘れていた。

BGM More of That Jazz
By Roger Taylor
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