青空の下、奇妙な馬車が丘を昇って行く。
一見、荷馬車に見えるが、粗末な幌を付けている。
それなのに、馬車をひいている馬は、毛並みが良く、栄養もよく行き届いているように見えた。しかも、二頭いた。

そして、馬車の後ろには、親子であろうか。
少々くたびれた馬が、繫がれていて必死で付いてくる。

馬車の馭者台では、黒ぶどうの髪をした、体格のいい男が、手綱を握っていた。その横には、黒ぶどうの男とは反対の方を向いている、華奢な男が不機嫌そうに座っていた。

しかし、この華奢な男、燦燦と注いでくる日差しを浴びて、ブロンドの髪が、更に輝いて、この人間の顔を明るく縁取っていた。

ブロンドの髪の人間が、口を開いた。
「アンドレ!アラスに行くには、このような丘を通った覚えはないが、道を間違えているのじゃないのか?」
男にしては、高く、優しい声。女にしては、低いが、アルトの声とたたえられていた。

アンドレと呼ばれた、男は、笑いながら、
「ああ、昔はなかったからな、この道は・・・。
昨夜、寝袋を持って来て、何処に寝ようか決めかねている時、ロードマップを見つけたんだ。
そうしたら、アラスに抜ける、新しい道を見つけた。

今までは、この丘を迂回していたんだ。
だから、この丘を昇れば、アラスの街が見えるはずだし、早く到着する」
男の声は、慈愛に満ち、隣に座る、多分女性に対する愛情に満ち溢れていた。

「ふ~ん、さすが、しっかり者のアンドレだな!
プラス・ポイント1・・・。と・・・」
隣に座る、多分女性がポツリと言った。

「なんだ?オスカル?『ポイント1』って?」
オスカルと呼ばれた、人間は、アンドレに漸く微笑んだ。

その微笑みは、天使の微笑みの様であり、女神さまの微笑みの様でもあった。
そう、彼女の名前は、オスカル、黒ぶどうの髪のアンドレの妻だった。

アンドレは、つられてこれまた、最上級の微笑みをオスカルに返した。

すると、オスカルは、
「ふん!おまえに対する評価だ!おまえと、おまえが、わたしの中で、一致させるための、基準の一つだ。こちらが、100点になったら、おまえを少しだけ、わたしの夫と認めよう。だが、感情面では、まだ、どう折り合いをつけていいか、分からない。

子ども達に会う前に、決着を付けたかったが、間に合いそうもないようだ。
せめて、子ども達の前だけでは、普通に過ごすから、安心しろ!」
オスカルと呼ばれた、アンドレの妻らしい女性は、女神の微笑みで、キツイ事を言った。

アンドレの最上級の微笑みが、曇った。が、子ども達をずっとそばにおいておけば、これまで通りだ・・・。と、シンプルに考えた。が、
「100点とは厳しいな。以前、片側の胸毛ってのもあったが、あの時の方が、温和だったような気がするが・・・」と、ブツブツと、訴えたが隣に座る妻は、知らんぷりしていた。

丘の上に差し掛かると、オスカルは、身を乗り出して、前方を眺めた。

教会が無事だ。ジャルジェ家は、何処だ?・・・ああ、あそこだ。
壊れているのか、分からないが、一応ある。
グランディエ家は・・・。
オスカルが、ワクワクしながら言った。

アンドレが・・・おれの家は、もう少し奥まった所だ。
ここからは、見えにくいな!
でも、アラスの街がそんなに、悪い状態になっていなくて良かった。
さあ!一気に駆け降りるぞ!

アンドレが、馬に鞭を入れた。二頭の馬は、喜んで走って行く。
しかし、後ろに繋がれた、親子の馬は必死の形相だった。

街の外れに着くと、アンドレは、手綱を緩めた。
ジャルジェ家の前に着いたのだ。

オスカルが、身を乗り出そうとしたら、屋敷の中から声がした。

オスカルさま~オスカルさま~

アンドレ~アンドレ~

待っていたんですよ~もうすぐいらっしゃるって、旦那さまも、奥さまも、お待ちかねです~!

叫んできたのは、アンドレの従兄弟、ジャックだった。

オスカルとアンドレが、質問の嵐を、ジャックに浴びせたが、ジャックは、
「皆さま、グランディエ家にいらっしゃいます。
私は、先回りして、伝えてきますから、
馬車道を、ゆっくり来てください」
言うなり、壊れかけた塀を乗り越え、消えてしまった。

「なんで、わたしたちが、生きていると知っているんだ?
ジャックは、何も言わなかったな?」
オスカルが、不思議そうに聞いた。

アンドレも、
「ホントだ。
まあ、ゾンビと言われなかっただけ良かったんじゃないか?」
相変わらず、シンプルなアンドレであった。

仕方がないので、アンドレは、街の中心部を抜けて、グランディエ家に向かった。アラスの街は、パリのそれより酷くはなく、人々も落ち着いていた。何よりも、浮浪者、ホームレスがいないのも、街を明るく見せていた。

暫く馬車を走らせ、その角を曲がると、グランディエ家と言う所まで来た。
アンドレも、オスカルも身体を強張らせた。

自社工場で作られている、レース、ダンテル・ド・カレを模して、造られた、グランディエ家は、真っ白で、そこここに、繊細な彫刻が施されていた。

うっそうとした、樹木に囲まれ、重々しい、ジャルジェ家に比べると、やはり、レースの繊細な感じを受けた。
街の人々は、ジャルジェ家を、緑のお屋敷、グランディエ家を白いお屋敷と呼んでいた。

どうなっているのかと、恐る恐る角を曲がった。近付いて行くと、不思議な事に、無事だった。が、更に傍に近寄ると、自慢の彫刻が、見事に、剥がれ落ちていた。オスカルとアンドレは、顔を見合わせた。無言で・・・。

アンドレは、アプローチへと、馬車を回して行く。
玄関から懐かしい顔が、飛び出してきた。
ジャルジェ夫人とアンドレの母、シモーヌだった。

母上!
おふくろ!

オスカル!私の最愛のむすめ!
アンドレ!私のオチビさん!

シモーヌにとって、アンドレは、いつまでも、このアラスを出て行った8歳のままの子どもだった。

それ以上、言葉はなく、それぞれ相手を変えて、ハグしていた。

暫くすると、オスカルとアンドレは、同時にそれぞれの母親に聞いた。
ばあやは?
うん、おばあちゃんは、何処にいるんだ?
オスカルが来たと知ったら、飛んでくるだろう?

ジャルジェ夫人とシモーヌが、顔を見合わせた。が、静かに、しかし毅然とした口調で、あちらで、話しましょう。と言った。

オスカルとアンドレは、不審に思いながらも、従うしかなかった。(母は強し!)

その様子を、荷台の中から見ていた、ジェルメーヌは、驚いた。
アンドレの実家が、裕福だと聞いていたが、まさかこれ程の屋敷を構えていたとは、思ってもみなかった。夫人たちは、ヴェルサイユほどではないが、さっぱりとした、それなりのドレスを着ていた。

やはり、アンドレにしよう!
今朝は、あんな安宿だったから、茹で卵だったけど、きっと、ここで一緒に暮らせば美味しいものを食べさせてくれて、素敵なドレスを着させてくれるわ。相変わらず、相手の意向などお構いなしだった。
ジェルメーヌは、再び決意した。

ジャルママが、中に入りましょう。と、声を掛けた。
アンドレが、オスカルを見ると、知らん顔をしている。
しょうがないので、1人客を連れてきている。荷台にいるんだ・・・。渋々、告げた。

何も知らない、シモーヌは、あら、じゃあ、お部屋は、東向きの・・・あのお部屋を使ってもらえばいいわね。馬車から降りてきてもらって、ご挨拶させて頂戴。と、嬉しそうに言った。

アンドレが、降りてくる様に声を掛けた。

ジェルメーヌは、これから、義理の母上となる人との初対面だ。印象よく見せなければいけない。そう思うと、もう少し見た目の良いドレスと靴を揃えてくればよかった。

それでなくても、今朝は、すっかりオスカルとアンドレのペースに乗せられて、化粧もしてないし、髪にブラシも入れていない。

今更慌ててもしょうがないが、髪を撫でつけ、出来るだけ上品に荷台から顔を出した。しかし、ドレスのあちこちに、ニワトリの羽が刺さっていて、そんな姿で、上品に振る舞うのだから、オスカルは、失笑してしまった。ジャルママに、肘鉄を食らったが・・・。

ジェルメーヌは、荷馬車のステップに足を掛けると、アンドレに向かって手を差し伸べた。オスカルは、そこまでやるのか!と、無駄な努力を褒め称えた。
そして、夫がどう出るのか、しかと、見てやろう!と、目力120%で、待機する。

アンドレは、前からジェルメーヌ、背中に妻の、熱い視線を感じ、背中をツツーと汗が流れ、額にも汗が滲むのを感じた。

が、ここは、紳士としてのアンドレが、勝った。そっと、手を伸ばし、ジェルメーヌの手を取った。ジェルメーヌは、心の中で(無駄な)ガッツポーズをした。

玄関ホールに入り、それぞれ簡単な挨拶をすると、何故か、ジャルママが、
「貴女、かなり疲れていらっしゃるようね。
お部屋に案内するから、少し休むといいわ。
温かいお茶も用意するから、ゆっくりしなさいな」
と、言った。

すると、シモーヌが、では、私がご案内します。
お茶もお持ちしますから、どうぞこちらです。と、ジェルメーヌを連れ去ってしまった。

これでまた、ジェルメーヌは、アンドレママに気に入られた。と、思い。シモーヌを部屋に留めて、ゆっくり話しが出来ると喜んだ。

ジャルママは、オスカルとアンドレを、居間に案内した。
居間に入ろうとした、2人は部屋の惨状に驚いた。
そんな、2人を見て、ジャルママは笑いながら、

「外に面している部屋は、覗かれるから、荒らされた風に見せるように、みんなで、ちょっとだけ、壊してみたのよ。
なかなか、うまいものでしょ!

もちろん、2人の孫たちも頑張ったのよ!
私もね!」
ジャルママは、楽しそうに言った。
「あゝ、壊したのは、一階だけ、二階は綺麗だから安心して頂戴ね」

オスカルは、ため息をつくと、
「話したい事は、沢山あるのですが、その破壊者の子供たちはどこにいるのですか?それに、どうしてわたしたちが、生きていて、こちらに来るとお分かりだったのですか?」
アンドレも、隣でうなずいている。

「ほほほ、直ぐに来ますよ。お父さまと一緒にね。
あなた達は、戦死したと聞きました。

でもね、あなた達が、可愛い子ども達を残して、逝ってしまうなんて、私には思えなかったのよ。だから、いつの日か戻って来ると、待っていました。シモーヌも同じよ」
そこに、2階から戻ってきたシモーヌが、入ってきた。

ジャルママが、あら、早かったじゃないの?
引き止められてしまうかと、思ったのに・・・と、ジャルママらしからぬ事を言う。

だってねぇ、いろいろ聞かれたら、着いたばかりなのに、こっちが困ってしまうわ。
何でも、順々にね。シモーヌが、ウインクして言った。
そして、お茶の支度をしてきますね。と言って出て行こうとした。

そうねぇ、ボーフォール公爵のお嬢様ですものね。此方の実状は、順々にね。
ジャルママもウインクして、シモーヌに同意した。

オスカルが、何を言っているのかわかりません!新参者にわかるように、話していただけませんか?と、得意のブーたれ顔で言った。

ジャルママが、あゝ、貴方達なら、構わないのよ。
兎に角、座ってお茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう。

ジャルママが、若夫婦と別れてからの話を始めた。
戦闘が始まった、7月13日にヴェルサイユのお屋敷を出ました。未だ街道沿いは、混乱が起きていなかったようなので、しばらくそのまま走って行ったのよ。

でもね、暗くなるに連れ、辺りの様子が、おかしくなってきたので街道を外れて、裏道に入りました。おとうさまが、森の中で一泊しようかと仰って、悩んでいらしたのだけど、翌日になるとどうなるのか分からないので、一晩中馬車を走らせ、アラスのお屋敷に無事到着しました。

一時は、ジャルジェ家のお屋敷で暮らしていました。
その後、貴族の屋敷が次々と襲われていると、情報が入ってきて、グランディエさんから、此方にくるよう申し出があり、こちらでお世話になる事にしました。

ジャルジェ家のお屋敷は、来るときに見たでしょう。ジャルジェ家も、此方のグランディエ家も、日頃から領民に貢献していたからか、略奪も、何も起こらなかったのよ。

考えてもみて、グランディエ氏の工場は、街の人たちを雇って、他の地方以上の賃金を払って、街の人たちの生活を豊かにしていたし・・・。

お父さまは、日頃から、税金を厳しく取り立てないどころか、先のルイ15世陛下からは、もっと領民から税を取り立てるよう、諫言されていたくらいですものね。

では、何故ジャルジェ家は、あんなに荒れているのですか?
オスカルが、不思議そうに聞いた。
その隣で、相変わらずアンドレが、ウンウンと、相槌をうっていた。

ほほほ、ジャルママは、あちらも、もう、略奪し終わった風に見せかける為に、使用人たちに、ちょっとだけ頑張って貰いました。

外観だけ、頑張って貰って、中は綺麗なままだから、安心してね。
今は、使用人たちに住んでもらっているわ。

オスカルもアンドレも、これは、ジャルパパではなく、ジャルママの策略と確信した。
それでは、ばあやは、あちらにいるのですか?それに、爺やも?母上?
オスカルが、たまらずに聞いた。
アンドレも、身を乗り出した。

ああ、ごめんなさいね。
肝心な事を、話していなかったわね。
忘れたわけじゃないのよ。

それよりも、忘れられない・・・。
忘れては、いけない人たちでしたものね。

オスカルもアンドレも、ジャルママが、過去形で話したのに気が付いた。
が、問いただす事が、出来ない。
ジャルママが、話すのを待つしかなかった。

ジャルママが、語りだした。
二人共、ヴェルサイユからの強行軍にも耐えて、こちらに着いた時は、とても元気でした。特に、爺やは、シモーヌに会えた喜びで、以前より一層、若返った感じさえしたわ。

2人とも、ひ孫たちと一緒になって、働いていたわ。ああ、2人はね、こちらのお屋敷に住んでいたのよ。爺やがどうしても、シモーヌと暮らしたいと、望んだのですよ。

でもね、秋の終わりごろから、爺やは、床に就くことが多くなって、ばあやは、それは献身的に、でも、相変わらず、口は悪かったけど、看病したのよ。でも、年を越せなかったのです。

爺やのお葬式を出して、一息ついた頃、今度は、ばあやが寝込むようになったの。あんなに、元気に、いそいそと爺やの、お世話をしていたのに・・・。

やっぱり、連れ合いがいなくなって、ハリが無くなったのね。そんなに、長い間寝込む事無く、爺やの元へ逝ってしまったわ。

オスカルの目から、涙が流れた。
アンドレは、静かに目を閉じていた。

アンドレが、オスカルの肩に腕を回し、そっと抱き寄せた。

2人の母親は、その様子をそっと見守っていた。

ところで、あなた達は、どうしていらしたの?・・・ジャルママが、当然の事を聞いた。

すると、アンドレが、はい、わたしたちは、東の果ての国で修行していました。と、答えた。

ジャルママも、シモーヌも何も疑わず、安心して納得した。

オスカルは、アンドレの口からそのような言葉が出るとは信じられなかった。隣に座る夫の横顔を見つめた。一体、我が夫は、何を覚えていて、何を忘れてしまっているのか・・・ますます、アンドレと言うオトコを、理解できなくなってきた。(別の意味で・・・)

そこへ、バタバタと廊下を走る、子どもの足音が聞こえてきた。
オスカルも、アンドレも立ち上がった。

バタンと居間のドアが、勢いよく開けられた。
駆け寄ろうとした、子ども達の親は、ギョッとした。

まっ茶色の大小の棒にしか見えなかった。
簡単に言えば、ポッキーだった。

辛うじて、小さい方のポッキーには、目であるだろう場所に、サファイア色の瞳が輝いていた。もう少し大きいポッキーは、黒曜石の瞳が、涙でうるんでいた。

そして、顔であろうとみられるその真ん中に、小さな穴が2個ずつ開いていて、そこが、鼻だという事が、分かった。その下には、そこだけ真っ白な歯が覗いている。

ギョッとしている、オスカルとアンドレが、立ち直る前に、ふたつのポッキーが向かってきた。

小さい方のポッキーは、アンドレ目掛けて一目散。こんな小さな、3歳、もうすぐ4歳になるが・・・そんな子どもが、飛び上がって、アンドレの首に手を回した。そして、腰には足をからめた。

アンドレが、呆気に取られている間に、小さなポッキーは、頬をアンドレに摺り寄せ、パパ・・・。パパ・・・。と、呼び続ける。

漸く我を取り戻したアンドレが、
「おれの可愛い、お姫様。そんな姿じゃ、顔が見えないよ」
と、言って、娘の泥だらけの顔を拭った。
アンドレの大きな手から、ボテッと泥の塊が落ちた。

シモーヌの顔が引きつった。
そんな事には気づかず、アンドレは、
「ああ、おれの可愛い、アリエノールが、現れた。次は、お姫さまのキレイな、ブロンドの髪を見せてくれ、まさか、泥で染めてしまったんじゃないだろうな・・・」

またまた、くせのある髪に大きな指を入れて、泥を拭い去った。
その様子を、アンドレに抱かれながら、アリエノールはクスクス笑いながら、見ていた。

「良かった。おまえの母譲りの、ブロンドの髪は無事だ。おまえは、誰よりも大事な、おれの可愛い、お姫さまだからな」
アンドレの、親バカぶり全開であった。

同時進行で隣では、少し大きいポッキーが、両手を広げて、ゆっくりとオスカルに向かって進んできた。目と思われる所から、涙と思われるものが、幾筋も流れ、そして泥の下にあるであろう、ほんのり日に焼けた肌を見せていた。

オスカルは、微笑みながら、ジュニア・・・。と、優しく呼びかけると、
「頑張ったんだろう?男だからって・・・。お兄ちゃんだからって・・・。
泣きたい時も、歯を食いしばって、妹を助けたんだろう?」

オスカルの言葉に、ジュニアと呼ばれたポッキーは、最後の数歩を走った。
オスカルは、息子を抱きとめる為、跪いて待った。
果たして、ジュニアは夢にまで見た最愛の母親に、ぬちゃ~っと抱き留められた。

こちらも同じく、顔を見せてくれ。
髪を見せてくれ・・・。と、ドロドロを取り除こうとしていた。

それを見ていた、ジャルママとシモーヌは、親子の一年振りの体面に涙を流して、喜びに打ち震えることなく、叫んだ!
「あなた達!いい加減にして頂戴!この部屋を、ドロドロにする気なの!」

そして、おチビちゃん達、お部屋に入る時は、洗ってから入るように、いつも言っているじゃないの?おじいちゃん達は、洗ってくれなかったの?

へ!・・・。おじいちゃん・・・。

オスカルとアンドレが、ジャルママを見ていると。
今度は、廊下を大股で歩いてくる、2人の大人の気配がした。

開け放したままの、ドアに、ジャルパパと、パパアンドレこと、グランディエ氏が、現れた。しかし、その姿も、ドロドロだった。

今度は、シモーヌが、
レニエさん、あなた、家の中には、泥を持ち込まないように言ってあるのに・・・。
子ども達は、大目に見るとしても、あなた方は一体なんですか!?
2人の大男に、怒鳴った。

超焦ったのは、アンドレだった。
「おふくろ、旦那さまをそんな、お名前で呼ぶなんて、失礼じゃないか!?」

しかし、ジャルパパもジャルママも、笑っている。
シモーヌが、ジャルママの方を向いて、
だってねぇ、ジョルジェット?
と、言ったものだから、アンドレは、卒倒しかけた。

オスカルの耳に、ジュニアの可愛い声がささやいた。
あのね、母さん。ぼくたち、平民になったの。
だから、ぼくも、ママンの事、『母さん』って呼ぶんだよ。
それで、オスカルは、全てを納得した。

父上も母上も、貴族の身分も捨て、暮らしも全て、平民として生きる決心をしたのだと。

卒倒しかけたアンドレも、シモーヌから、訳を聞いて渋々納得した。
息子が立ち直ったのを見て、シモーヌが、一喝した。

あなた達、6人!直ちに井戸に行って、汚れを落としていらっしゃい!
そこで、再会の喜びを味わって来ればいいわ!

2人の大男が、一目散に飛び出して行った。
え゛・・・わたし達も・・・?
オスカルは、シモーヌに目で訴えた。

シモーヌが、
「オスカル・・・貴女の姿を見てごらんなさい。
ジュニアを抱っこして、ドロドロよ!」

アンドレは、母がオスカルの事を、呼び捨てにした事に、今度は、絶叫しそうになった。が、オスカルに腕を引っ張られ、アリエノールを抱きかかえて、外へと向かった。

  *******************

子ども達の案内で、オスカルとアンドレが、井戸端に行くと、既に、2人の大男は水をくみ上げ、足を洗っていた。

「オスカル、アンドレ・・・よく無事に戻って来た。
もう少し早く戻って来ると思っていたが・・・。
まあ、よい!

して、これからはどうするつもりじゃ?」
気の短い、ジャルパパが聞いてきた。
オスカルは、

「父上、まだ、こちらに着いたばかりですぞ。
子ども達に会いたい一心で、来たのです。
先の事は何も考えていません」

すると、ぐちゃぐちゃ言い出すのではないかと思っていた、ジャルパパは、
「オスカル・・・アンドレもだ。これからは、わし・・・イヤ・・・、わたしの事は、
『父さん』と、呼ぶように・・・
勿論、グランディエさんの事も、『父さん』だ!
分かったな!」

アンドレは、これまで、ばあやに幼い頃から厳しく教えられてきた事が、全て、頭の中で、ガラガラと崩壊していく音を聞いた。そして、抱きかかえていた、アリエノールをすんでの所で落としそうになった。

おばあちゃん・・・アンドレは、空を見上げた。おばあちゃんが、世の中の秩序までも、あの世に持って行ってしまった・・・。と、思った。

現実的なオスカルは、
それでは、『父さん』が、此処には3人いる事になりますな!
どうやって、区別するのですか?
すると、グランディエ父さんが、笑いながら答えた。

何となく、分かるものだよ。
オスカルも、2-3日暮らしてみれば分かる。

と、またも、自分の父が、オスカルの事を呼び捨てにした事に慣れないでいる、アンドレは、限界を感じていた。

こうして、アラスでの日々が始まろうとしていた。

つづく



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