「だから!あの野郎だ!まだ寝ているのか!
わたしが、叩き起こしてくる!」
オスカルが、怒鳴った。
え゛・・・そこにいる心優しい人たちは、まだ、合点がいかなくて、顔を見合わせた。
アンドレが、まあまあ、オスカル。
野郎じゃなくて、彼女だ。とオスカルの暴言を訂正した。
そこで、そこにいる全員が、ガッテンした。
「まあ、待て、オスカル。彼女は、客人なんだろう。ゆっくりさせてあげたらいい」
ジャルパパが、のんびりと言った。
「いえ、父上、そんな事を仰られて、此処で彼女を手厚く、もてなすだけの余裕はあるのですか?
あいつは、住むところを探して、ここ、アラスまで付いてきたのです。
住むからには、我々と同じ生活をしてもらわなければなりません」
オスカルが、先ほどよりも、落ち着いていたが、キツイ事だけは変わらずに言った。
「あら、そうなの?でも、あの方が望んでいる生活が、こちらで出来るのかしら?」
シモーヌが、それまでの雰囲気を和らげるように優しく言った。
「ふん!彼女は、革命前と同じ貴族の生活ができると思って、此処まで付いてきたんだ。
昨夜の晩餐では、たいそう満足したようだったが・・・」
相変わらず、憎々しげにオスカルが言う。
「あら、それはいけなかったわね。それとも良かったのか・・・」
「そうねぇ!あれは、私たちの可愛い、息子と娘が帰って来たからだったのにねぇ!?
それに・・・給仕の人や、料理人も、元の使用人たちに頼んだのですよ。
だから、今日からは、全て自分たちでやらなければならないのに・・・。
勘違いなさらないといいのですが・・・。」
2人の夫人が、穏やかに顔を見合わせながら言う。
「笑っている場合では、ありませぬぞ!
とっとと、追い出すか!農作業を手伝わせるか?
考えてください。
まあ、連れてきてしまった、我々にも責任はあるのですが・・・」
と言いながら、オスカルは、アンドレをチラッと見た。
アンドレは、オスカルにチラ見されたのにも気づかずに、何かを考えていた。
腕を組み、親指と人差し指で鼻の付け根を押さえ、果ては、貧乏ゆすりまでして・・・。
(本当は小富豪のくせに・・・)
ジャルパパが、
「公爵夫妻は、どうしていらっしゃるのか、知っているのか?」
オスカルは、忌々しそうに、
「はい、ヴェネツィアに亡命されたそうです。
あちらで、カーニバルを楽しんでいると聞きました。」
「だったら、其方に行けば良い!ご両親と一緒にいるのが、一番じゃ」
なんの屈託もなく、ジャルパパが言った。
オスカルは、頭を抱えたくなった。彼女の出生の秘密を知っているのは、自分だけだった。こんな事なら、アンドレにそっと、打ち明けておくのだった。夫婦の間では、やはり、秘密を持つものではない。とオスカルは改めて思った。
何処まで、打ち明けようか、オスカルは悩んだ。下手に打ち明けて、母上が気付いてしまうかもしれない。疑問に触れてしまって、感づかれても困るとオスカルが言葉を選んでいたら・・・。
アンドレが、
「彼女は、よく分からないけど、公爵の本当の娘ではなく、妹の忘れ形見・・・と聞いた気がするな。その上、公爵夫妻の趣味にはついて行けないから、ヴェネツィアには、行きたくないらしい」
なんて、言ってしまった。
オスカルは、まあ、自分が言うより、アンドレからの方が穏便に済むか?
元々の原因だし・・・それなのに、真実を知らないんだ。
ふん!と、アンドレの椅子に蹴りを入れた。
すると、それまで黙って聞いていたパパアンドレが、
「そうだな、我々も、自分達が食べて行くだけで、精一杯だ。
なんの縁もゆかりもない人を、養っていく義務も責任もない」
なんて言うものだから、オスカルは、ジャルパパの方を見て、『縁もゆかりもあるのだがな・・・』と、思ったが、黙っていた。この事は、何も知らないアンドレに任せた方が良さそうだ。と決めた。
オスカルの思惑など知る由もない、パパアンドレが、続けた。
「では、本人に決めて貰えばいい。
客人として、数日滞在するか・・・。
若しくは、此処に住み、我々と同じ暮らしをして頂くか・・・。
それとも、アンドレ、おまえの客人として、おまえが、養うか?(笑)」
この言葉に、オスカルの頭は、爆発しそうだった。なんで、アンドレが、あの女を養わなければならないのだ!アンドレは、彼女と・・・・・・だったのだぞ!
オスカルは、知らないという事が、この様に物事を混乱させ、また、沈静化する怖さを知った。
それまで、先ほどの発言以来、俯いて沈思黙考していたアンドレが、
「おれ達にも、その義務も責任もない。第一、おれ達はこれまで此処で、1年間子ども達を育ててもらった恩がある。それを考えると、これから、オスカルと、2人以上の働きをしなければならないと思っている。
しかし、おれ達は、多分・・・ここを出て行くと思う」
と、ここまで、一気に話すと、ふーっと息を吐いた。
オスカルが、夫の言動に驚いた。アンドレが、そのような事を思っているとは、トンと知らなかった。知らない事の怖さを、教えられる朝だった。
それに、これまで、お互いの間で話されていなくても、オスカルが言いだすと、アンドレはそれに従って、いつもついてきてくれていた。
今回は、全く逆だった。アンドレが、初めて舵を取ろうとしていた。
しかし、オスカルには、アンドレが眩しく感じられた。
パリを出てから、初めて知った若かりし頃のアンドレ、なぜか時折思い出すこの一年間の記憶、そして今オスカルの一歩先に手を打とうとする夫・・・。
オスカルは、アンドレには幾つの顔が隠されているのか、分からなくなってきたが、どれもが、愛する夫には違いなかった。
パパアンドレも、驚いて、泡食って、
「アンドレ、ここでずっと暮らす為に、戻ったのじゃないのか?
また、パリに戻るのか?向こうは、相変わらず、治安も悪く、食料も手に入らず・・・仕事などあるのか?子どもたちの事も考えているのだろうな?
それとも、アンドレに遠慮しているのか?
(と、アンドレの弟のアンドレの方に顔を向けた・・・ああ、ややこしい!!!)
幼い頃に出て行った家だから、自分の故郷と思えないのも無理ないが、
私は、やっと二人の息子と、孫たちと暮らせると楽しみにしていたのだが・・・」
「ありがとう、オヤジ!
遠慮なんてしてない。ただ、此処での生活は、おれ達夫婦には、合わないような気がするんだ。兎に角、子どもたち会いたさに、すっ飛んできただけなんだ。
オスカルとも、まだ何も話し合っていないけど・・・、
治安が悪く、食うものにも困って、仕事もどうなるか分からない。
けれど、おれ達には、ヴェルサイユかパリじゃないと暮らしていけないと思う。
この事は、ゆっくり妻と話し合って決めさせてくれ。
それまでは、皆と同じように働いて、生活するから。」
ジャルパパもジャルママも同じように考えていた。
2人とも、アラスでの暮らしの、毎日が平和に過ぎる事には感謝していた。だが、ヴェルサイユで暮らしていた頃の、変化に富んだ生活も懐かしかった。
だが、ヴェルサイユに戻って、生活を立て直すには少々歳を食っていた。
ジョルジェットが、愛娘の方を見た。すると、オスカルも気づいて、笑って頷いた。
パパアンドレが、渋々、
「分かった。もうずっと前に、手放した息子だ。
いくがいい。
おまえの、えらんだ道を、その情熱の命ずるままに・・・
オスカル、アンドレの事を頼んだぞ!
こいつは、貴女なしでは生きていけん!」
と、オスカルに向かって、頭を下げた。
オスカルも、黙って頭を下げた。
パパアンドレが、続けた。
「少々脱線したが、ジェルメーヌ嬢の件だ。
此処に済むなら、我々と同じ暮らしをする事。
それが出来なければ、申し訳ないがお引き取り願う。
これで宜しいかな?御一同!?」
オスカルは、パパアンドレの言葉に、盛大な拍手を心の中で贈った。ついでに、パパアンドレの長男にも盛大な拍手を贈り、口づけたいのを、我慢しようとしたが、したかったので、した。
他のみんなも、パパアンドレに、賛成した。
オスカルが、仕切り直して、部屋を出て行った。
*******************
その東向きの部屋には、ベッドが東にある窓側に置いてあった。
今まさに、地平線から昇った太陽が、空の1番高い所に向かって、歩を進めていた。
夏の日差しが、ベッドの上に差し掛かった。
そして、そこに眠る銀色の髪を浮かび上がらせた。
次に、その白い顔に容赦なく降り注いだ。
「う〜ん、眩しいわ。だれ?カーテンを閉め忘れたのは?
未だ、お昼前じゃぁないの」
彼女は、陽の光を避けるように、横を向いて再び眠りの底に落ちた。
彼女は、夢を見ていた。
貴公子が手を差し伸べて、階段を軽快に上ってくる。
まあ、ずっと待ち続けていた私の白馬に乗った王子さまがやっと来てくれたのね!
その瞬間、ドンドンドンとその場に似合わない音がした。
胸がドキンと鳴った。
革命の地響きが蘇った。
逃げなければ・・・何処へ・・・私の王子さまは、どこに行ったの?
「ジェルメーヌ!ジェルメーヌ!
いい加減に、起きろ!何時だと思っているんだ!」
夢の中のお姫さまは、現実に目覚めてしまった。
目覚めてしまったから、名前がついた。
ジェルメーヌと。
同時に、白馬に乗ったオスカルが、やってきた。
ジェルメーヌは、ベッドからよろよろと起き上がり、ドアを開けた。
見たくない顔があった。閉めようとしたが、向こうの方の力が勝った。
「朝食を、食べたいのなら、起きて来い」
オスカルは、それだけ言うと、消えてしまった。
ジェルメーヌは、トボトボとベッドに戻った。
自分の姿を見た。ゴワゴワした生地だが、真っ白な夜着。
襟周り、袖口、裾には、幅は細いものの繊細なレースが施してある。
久しぶりだった。この様なものを見るのは・・・。
先程のオスカルの態度には、ムッとしたが、ウキウキしてきた。
ジェルメーヌは、背中に日差しを浴びて、暖かくなってきた。
え゛・・・昨日のメイドが、カーテンを閉め忘れたのかしら・・・。
強い日差しを避けようと、ジェルメーヌは、カーテンを閉めようと窓に寄った。
!!!!カーテンが無かった。
え゛・・・では、鎧戸は?
窓には、何もなかった。
ああ、昨日突然に来たから、取りつけるのが間に合わなかったのね。
相変わらず、貴族のジェルメーヌだった。
ベッドに腰掛けながら、メイドを呼ぼうと、呼び紐を探した。
無かった。
では、とサイドテーブルの上にあるだろう、呼び鈴を探した。
無かった。
気が抜けたが、腹も減って来た。
ジェルメーヌは、思った。
昨夜のディナーからすると、朝食も期待して良さそうだ。
メイドは諦めて、顔を洗う事にした。
そういえば、昨夜も疲れてそのまま寝てしまった。
いったいいつから、洗顔をしていないのだろう。
でも、ここにいれば、もう、そんな思いもしなくて済む。
ジェルメーヌの心は弾んだ。
部屋の隅に、洗面用の陶器と水差しがあった。
まあ、リモージュかしら・・・。
ジェルメーヌは、久し振りに見る、洗面用具に見とれた。
自分で、お水を入れるのね。まあ、仕方がないわその位・・・。
とジェルメールは、水がいっぱいに入っているだろう、水差しを持ち上げた。
が、ヒョイッと持ち上がってしまった。
え゛・・・軽いわ。
あ、昨夜、私が早く寝てしまったから、別の水差しに入れて、廊下に置いておいてくれたのかしら。
ジェルメーヌは、そっと、廊下に出てみた。
なにせ、まだ、夜着のままだったので。
何処にもないわ。
仕方がないわ、ドレスを着て、下に行きましょう。
・・・ドレス・・・昨日のを着るのかしら。まさかねぇ!
脱ぎ捨てたままだから、皺くちゃだわ。
何か他の物もあったわね。
ジェルメーヌは、昨日メイドが持って来てくれた、布地を見てみた。
なあに!これ!?ゴワゴワで、しかもノミ色じゃないの!
間違えたのね!仕方がないわ。
昨日のを着ていきましょう。
*******************
そのあいだ、食堂では、人々が動き始めた。
パパアンドレは、朝食前に収穫した野菜を荷馬車に積み込み、出かけて行った。
ジャルパパと、アンドレの弟と、その子ども達は、数日前から取り掛かっている用水路に向かった。
アンドレは、もう一度、パン焼きかまどの確認をしていた。
ジュニアは、父親のやる事を面白そうに見ていた。
女たちは、洗い物が終わると、洗濯物を持って、井戸へと向かった。
勿論、女の端くれの、アリエノールも付いて行く。
アリエノールは、オスカルとアンドレが、お土産に持って来た人形を大事そうに抱えている。
オスカルが、
「その人形、気に入ったのか?」
と、恐る恐る聞いた。
元々、第二子が女の子だと分かった時、どう扱って、どう育てていいのか、分からなかったオスカルである。そのオスカルに、剣も使える、ドレスも着こなす、女性に育てたい。と言ったのは、アンドレだった。
そのアンドレが、アラスに旅立つ前に、アリエノール用に買ってきたのが、この人形とおもちゃの剣だった。昨日から、ずっと離さずに、持ち歩いている。よほど気にいたのだろうとは、思ったが聞かずにはいられなかった。
「うん、アンジュって言うの・・・」アリエノールは、嬉しそうに答えた。
オスカルは、満足したが、1年前は、男だか女だか区別がつかない子どもだったのが、すっかり、『女の子』になってしまった我が子に戸惑っている。
「アリエノールは、いつも洗濯するのについてくるのか?」
なにを、どう聞いていいのか分からず、一問一答になってしまうオスカルであった。
「いつもは、来ない。ママンにアンジュちゃんのドレスを洗ってもらうの」
・・・・・?・・・・・昨日プレゼントしたばかりの、人形のドレスを洗うなんて、何処をどう押せばそんな結論にたどり着くのだ。オスカルは、心の中でアンドレに助けを求めた。アリエノールを見てみると、もう、人形のドレスを脱がしている。
人形の身体が露になって来る。オスカルは、慌てて、
「おい!ドレスを洗濯したら、アンジュちゃんが裸になってしまうじゃないか?
乾くまでの間、どうするのだ?アンジュちゃんが、そのままでは恥ずかしがるぞ!」
やっと、言えた。
しかし、アリエノールは、ケロッとして、
「うん、ママンが新しいドレスを縫ってくれるの」
と、言ってのけた。
オスカルの頭の中が、真っ白になった。顔は、真っ青になった。
「ママン・・・どうしたの?作ってくれるでしょ?
ジャネットおばちゃんも、作ってたよ!」
どこまでも、アリエノールは、引き下がらない。
ここは、母親譲りと言うべきか・・・。
オスカルは、頭の中を思いっ切り巡らして、
「アリエノール、今日は間に合わないから、アンジュちゃんのドレスの洗濯は、また明日にしよう。それまでに、わたしが新しいドレスを用意しとくからな!」
と、逃げた。
しかし、オスカルが逃げたにもかかわらず、アリエノールは、嬉しそうに、
「アンジュちゃん、新しいドレスは明日きますからね。
それまで、我慢して、こっちを着ててね」
と、あっさり引き下がった。
洗濯をとっとと済ませ。青空の元に、それぞれの家族がそれぞれの洗濯ものを干し終わった。
すると、女たちはそれぞれの持ち場へと散って行った。
オスカルは、水汲みである。
また、アリエノールが付いてきて、あれやこれや聞かれるかとひやひやしたが、ジャルママに付いて行ってしまった。これが、彼女のルーチンのようだ。
オスカルが、食堂に戻るとアンドレが、やっと戻って来たな。
待っていたぞ!としびれを切らせていた。
なんだ?!おまえの物も洗濯してきたのだぞ!少しは、感謝しろ!と、オスカルが、言い返した。
「それは、恐れ入りました。その点は、大変感謝いたしますが、こちらの、『かめ』を動かして頂かないと、我輩のかまどの製作に取り掛かれないのですが・・・。」
と、アンドレは、芝居がかった仕草で言った。
そんな物、勝手に動かせばいいじゃないか!オスカルが、当然のように言った。するとアンドレが、おまえ・・・これ、独りで動かせるか?
アンドレは、今度は情けなさそうな声で言った。オスカルは、腕まくりをしようとしたが、もうしてあったので、腰に力を入れると、かめに突撃した。
「完敗だ!」オスカルが、敗北を認めた。
アンドレが、分かっただろう!って、顔をした。
そして、アンドレが、
「三等身になった方が、手っ取り早いな!」
と、言い出した。
全く、訳の分からない、男だ。と、オスカルは思いながらも、彼女としても、早く済ませたかったので。
「了解!ジェルメーヌが、来る前に、片づけちまおう!」
と、2人とも三等身になった。
一方、シワシワになった昨日のドレスを着たジェルメーヌは、昨夜のディナールームへと向かった。
が、誰もいなかった。
いないどころか、テーブルには、クロスもかかっていなかった。
首を傾げた、ジェルメーヌは、ハッと気づいた。
そうね!朝食用のクロスを用意しているのだわ。と・・・。
そこへ、昨夜目を付けたアンドレの愛娘、アリエノールが入って来た。
「おばちゃん!なにしているの?
アリエノールちゃんも、入っていい?」
生まれてこの方、マドモアゼル→マダムと呼ばれた事はあった。ムッシューと呼ばれた事もあった。しかし、『おばちゃん』は、初めてであった。背後に誰かいるのかと、振り向いてしまった。が、誰もいなかった。
しょうがないので、ジェルメールは、
「あ・・・あのね、ジェルメーヌって呼んでね!アリエノール!」
怒りそうになるのを、辛うじて抑えて、引きつった微笑みで言った。
「違うの!アリエノールちゃん!
こっちは、アンジュちゃん!
分かった?ジェルメーヌおばちゃん!」
アリエノールが、またまた、母親譲りの命令口調で言った。
こんなやり取りをしていたら、ジャルママが入って来た。
「あら、アリエノールちゃん、ここにいたの?
あちらに一緒に行きましょう!
まあ、ジェルメーヌさん、此処でどうなさったの?」
マジで、驚いて言った。
ジェルメーヌも、マジで、
「はい!朝食の時間だと聞いたので、こちらで、お待ちしているのです」
目が点になった、ジャルママは、ジェルメーヌに食堂を教えるとアリエノールの手を引いて、急いで居なくなった。
アリエノールは、
『アリエノールちゃんよ!アリエノールちゃんだからね!・・・』と、叫び続けていた。
食堂では、オスカルとアンドレがいつの間にか、八等身に戻って、
「なんだ、かめを斜めに傾けて、転がせば楽勝だったのだな!
始めから、そうすればよかった」とオスカルが、ブツブツ言うと、アンドレが、
「でも、三等身にならなければ、分からなかったじゃないか!」
と、痴話げんかしていた。
そこへ、ジェルメーヌが入って来た。
そして、ジェルメーヌは、入った途端、引き返したくなった。
2人に見せつけられたからではない。
思い描いていた食堂ではなかったからである。
が、ジェルメーヌに気づいたアンドレが、やあ!とだけ、声を掛けると、材料探しに行って来る。と言って、逃げてしまった。すると何処からか、ジュニアも出てきて、一緒に行ってしまった。
オスカルが、苦い顔をして、朝食を食べるのか?と椅子に腰かけるよう勧めながら言った。
ジェルメーヌとしては、遠慮したいところだったが、昨夜のディナーを思い起こし頷いた。
オスカルが、皿は洗ってしまったし、又出すと、手間になるからとカッティングボードに、ハム、チーズ、パンを載せて、ジェルメーヌの前にドンと置いた。それから、冷めてしまったけど、と、カフェを置き、ああ、これもあったのだ。と、オムレツを差し出した。
ジェルメーヌは、目の前の食べ物らしいモノを、凝視していた。
見た事のない色をしたハムをちょっとだけ、触ってみた。
すると、食べる気がないのなら、触るな。
貴重な食料なんだ。他の誰かが食べるから、ラップするぞ!
アリエノールと同じ口調の、オスカルの声が響いた。
ジェルメーヌの頭の中は、急回転で回り、決断を迫られた。
もしかしたら、ここではディナーだけ、昨夜の様なもので、他の2食は質素なのかもしれない。そうしたら、一日1食でも耐えられる。
ジェルメーヌは、ボードを押しやった。が、空腹に耐えきれず、パンなら食べられるだろうと、ひと切れ手に取った。
オスカルが、ニヤリとした。
おかしい・・・真ん中を持ったのに、ふんわりしていない。
ジェルメーヌは、淑女らしく、ひと口大にちぎろうとした。出来なかった。
目の前の、憎らしいオンナが、笑っているのが分かった。
ジェルメーヌは、此処で引き下がるわけにはいかない。
オスカル母娘に負けるものか!と、パンにかじりついた。
こうしてジェルメーヌのアラスでの一日が、始まろうとしていた。
そして、それを見ながら、オスカルは、水汲みに出て行った。
つづく
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