「ふう、やれやれ、なんとか午前中の仕事が終わったわい」
ジャルパパが、アンドレ(弟)らを連れて戻ってきた。
食堂には、既にジャルママとシモーヌがいて、口々に労いの言葉をかけた。
「みんなは未だか・・・。
オスカルとアンドレは、どうしているのだ?」
ジャルパパは、昨日来たばかりの2人が心配らしい。
ジャルママが、笑いながら、
「アンドレは、何処かに材料が有ったようで、
ネコグルマを押して、ジュニアと行ってしまったわ。
オスカルは、アリエノールちゃんと衣裳部屋です。
アンジュちゃん・・・お人形の、ドレスを作るので、生地を探してるわ」
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名称をご存じない方に・・・。
これが、ネコグルマ・・・通称『ネコ』です。工事現場などで、ご覧になった方、きっといらっしゃると思います。画像では、見にくいですが、一輪車です。現場のオジサンたちは、スタスタ、軽々と押していますが、結構バランスを取るのが難しいそうです。
薄紅香の豆豆知識でした。
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「へ・・・?あのオスカルが、ドレス?縫い物?
着たことすら、殆どないのに・・・。」
ジャルパパは、素っ頓狂な叫びとも言える声を上げた。
「そんな事を言っては、可哀想ですわ。
あの子たちは、アリエノールちゃんを剣も使えて、馬にも乗れて、ドレスを着こなす女性に育てたいのですから。
オスカルは、これから様々な事を覚えていかなければならないのですよ」
ジャルママは、相変わらず楽しそうに言った。
それを聞いて、ジャルパパは、
「まあ、そうだな、この時代、自分の事は、自分で守らなければならない。
そのうえで、女性としてのたしなみも必要だな。
男としてだけ育てると、とんでもないのが育ってしまう!」
誰が、誰のことを言ってるのか、ジャルママは、呆れて我が夫を見つめた。
そこへ、パパアンドレが、嬉しそうに帰ってきた。
「あゝ、ただいま戻りました。
レニエさん、用水路は、どうですか?
私の方は、かなりの苗と種に交換できました。
それに、これを・・・」とシモーヌに紙で包まれた、塊を渡した。
「おお、燻製肉ですな、グランディエさん。
今夜も肉が食べられる。嬉しいですな。
用水路はなんとか、なりそうですよ。
これで、水が縦に染み込まないで、畑の方に流れてくれれば、
水やりの手間がグッと楽になるのですがね」
ジャルパパも、すっかり農夫になっていた。
そこにオスカルが、アリエノールの手を引いて入ってきた。ジャルママが、
「あら、いい生地が見つかりました?」と声をかけたが、オスカルは、
「母上、あ、母さん、それに、シモーヌ母さん。
あそこにあるのは、上等なドレスばかりじゃないですか。
縫い直すなら兎も角、切り刻んでしまうなんて、勿体無いなくて出来ないです」
すると、シモーヌが、笑いながら、
「アリエノールちゃん、どのドレスが気に入ったのかしら?」と聞いてきた。
アリエノールは、無邪気に、ピンクのか、赤いのか迷っているの、今、この子が着ているのは、青いから・・・とウキウキと答えた。
「オスカル、ピンクのドレスも赤いのも、ここにいる女性には、もう派手過ぎるわ。
心配しなくていいわ。貴女の得意な刃物で思う存分、切り刻んで頂戴」と言われてしまった。
「イヤ、でも、ジャネットのお嬢さんがそろそろ着られるのではないですか?その時のために、とっておいた方が宜しいかと思いますが・・・」オスカルとしては、珍しく、でも、以前の下町暮らしで身に付けた金銭感覚を思い出して提言した。
すると、パパアンドレが、
「心配するな!そういう時代が来たら、新しいのを作れるさ!
それに、あの手のドレスは毎年少しずつ形が変わって行くと聞いている。
もう、流行遅れの物ばかりだ」
やはり、レースを扱ってきただけに、流行には敏感なパパアンドレだった。
そこに、大小のダブルアンドレが嬉しそうに戻ってきた。
ネコグルマには、乾いた土が山のように積んであって、カマドを作る所に置いた。
ジャルパパが、手をすりすりしながら、早速、
「アンドレ!いつ頃、パンが焼けるのか?」
相変わらず、短気なところを見せた。
ジャルパパと長年付き合って来て、対処法を身に着けていたアンドレは、
「旦那さまが、小麦の収穫をなさる頃には、できる予定です」
と一本勝ちした。
もちろん、オスカルはアンドレに密かにエールを贈った。
みんな揃って、粗末だが賑々しく昼食になった。
朝のメニューに新鮮なトマトとレタスが加わり、テーブルの上に彩が添えられた。
が、オスカルは、カチンと来た。
また、あのオンナが、いない。
しかし、いない方が、和やかでいいと判断した。
が、パパアンドレが、ジェルメーヌさんは、とうしたかね?
といらぬお節介をしだした。
オスカルは、舌打ちをしながら、そっとパパアンドレを睨んだ。
「彼女には、ここの食事が合わないそうです」
オスカルは、朝食の時の事を思い出してぶっきらぼうに言いった。
そして、さらに付け加えた。
「もしかしたら、夕食は昨夜のようなものだと・・・
それなら、1日一食で我慢しよう・・・くらい考えていると思いますが・・・。」
実際その様だったので、そう言った。
「ふ~ん、そうか・・・食事は、どうでも良いが、そう、部屋に閉じ籠られても、困ったものだ。先ほど決めた事を、話さなければならない。夕食時でも良いが、早い方がいい。
オスカル、悪いが連れてきてくれないか?」
パパアンドレが、毅然と言った。
オスカルは、ジャルパパに言われたのなら、はぐらかして、おちょくって、本人に行かせるのだが、パパアンドレには、昔から逆らえず、カフェを一口飲むと渋々立ち上がった。
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しばらくして、2人が戻ってきた。
どちらも、元々は貴族の令嬢(オスカルは、う~むだが)だったが、今は、全く違う様相をしていた。
オスカルは、長らく使われていない衣裳部屋で格闘していたので、朝アンドレが丁寧にリボンを結んだ髪は、あちこちでほつれ、顔は衣裳部屋の埃と水汲みの時、泥のついた手で顔を拭いたのであろう、白と茶の見事なコントラストのある顔になっていた。
一方のジェルメーヌは、遅い朝食の後、ずっと鏡に向かっていたのだろう。
髪には櫛が入れられて自慢のプラチナブランドが輝いていた。また、顔はふうふう、言いながら運んできた荷物に入っていただろう化粧品で、コテコテに塗ったのだろう。ヴェルサイユの夜会にでも行きそうな化粧をしていた。
が、アンドレから見たら、妻の方がずっと美人に更に魅力的に見えた。
また、そこに居た、全員も同感だった。
シモーヌが、ジェルメーヌを座らせて、カフェを差し出した。
パパアンドレが、咳払いをすると、朝決めた事項を丁寧に、しかも優しく語った。
が、オスカルにとっては、じれったかった。
オスカルとしては、此処で働くか?
さもなければとっとと荷物をまとめて出て行け!
だけ、言えばいいと、思っていた。
が、連れて来たのは、自分たちだった。
パリでの己の判断に、嫌気がさしていた。
最後に、パパアンドレは、兎に角、数日みんなと一緒にやってみなさい。
初めてなのだから、初歩的なことから始めればいい。
と締めくくった。
そして、パパアンドレは、態度をガラリと変えると、
「今晩は、何が食べられるのかな」と楽しそうに聞いた。
すると、畑にいたものが口々に、
カボチャが、有るけど形が悪くて、外には出せないから食べてしまいましょう!
じゃあ、パンプキンスープかしらね・・・。
アスパラもそろそろ食べないと、育ち過ぎるわ!
サラダかしら・・・。
スイカを井戸に入れておいたぞ!
デザートね。
今日は、ご馳走だわね!
みんな、夕食を楽しみに、午後からの労働に掛かる心算をした。
ジェルメーヌも、やはり夕食は満更でもないようね。とホッとした。
その間に、皆昼食が済んでいた。
すると、ジャルパパ始め、全ての人が自分の使った、皿、マグカップ、フォーク、ナイフetcを持って、キッチンに運んでいった。
パパアンドレの話に、ショックを受けていたジェルメーヌは、更にショックを受けた。
今まで、生きてきた中で、『お皿を持つ』という行為を彼女はした事が無かった。
目を丸くして見ている彼女に、ジャルママが、此処では、自分の事は、自分でやる。と聞いたばかりでしょ?男も女もないのです。向き不向きは、有りますけどね。と相変わらず楽しそうに言った。
アンドレが、
「じゃあ、おれは、又行って来るよ。ジュニアはどうする?
おまえの仕事があるんじゃないのか?」
父親に声を掛けられて、ジュニアは嬉しそうだったが、ジョルジェットの方を見た。すると、ジャルママが、たまには、いいじゃないの。久し振りに会った、お父さんと一緒になさい。と、声を掛けた。
聞いていた、オスカルもアンドレも意味不明だったが、ジャルママは、相変わらず微笑んでいて、一向に意味不明だった。
ジュニアは喜んで、父さんネコグルマ押させて!
わあ!難しいんだねぇ!などなど言いながら、父子はどこかへ消えていった。
そのジャルママがオスカルとアリエノールの方に振り向くと、あなた達、お人形さんのドレスを縫うのなら、着替えて、顔の汚れを取ってきなさい。そのままでは、ドレスが汚れてしまうわ!
と、これまた、微笑みながら言う。微笑んでいるが、その微笑みに抵抗できるのは、今となっては誰もいなかった。
ただ、遠い昔、ばあやだけだった。
私も、着替えています。午前中の掃除で、ホコリっぽくなってしまいましたから・・・。と言って、2階へと向かった。
オスカルは、「母上・・・が、面倒くさいから、母上と呼ばせて下さい!
この屋敷の全てを掃除なさるのですか?」信じられない。と聞いた。
「ほほほほ・・・まさかねぇ、各自の部屋は、それぞれが掃除します。
ただ、共用の場所は、持ち回りでする事になっているのです。
今日は、ジャルジェ家・・・お父さまは、こう言った事が苦手なようで、逃げてしまうけど、グランディエさんは楽しそうになさっているわ」
ちょっとだけ、羨ましそうにジョルジェットは言った。
オスカルは、共用の部分・・・と言うのを、ざっと見まわし、想像し、考えて・・・次に、ジャルジェ家の番が回ってきた時、父上を焚きつけてやります。楽しみにしていてください。母上。・・・オスカルは、自信を持って言った。
そして、アリエノールの手を引いて、今日は井戸との往復ばかりだなぁと、顔を洗いに向かった。
一方、ジャネットが、いつものように洗い物を担当しようとすると、シモーヌが、今日は、ジェルメーヌさんを畑に連れて行って差し上げて、と言った。
そして、ジェルメーヌの服を見て、
「貴女・・・そのままでは、畑仕事に向いていないわね。
それに・・・コルセットを着けていらっしゃる様ね。
昨日、2-3着、着替えを渡したと思うわ。
それに着替えて、コルセットを取ってしまいなさい。
苦しくて動けなくなるわ。
ジャネット、一緒に行ってコルセットを手伝ってお上げなさい」
言うだけ言うと、ジェルメーヌの反旗も無視して、皿洗いに取り掛かった。
勿論、ジェルメーヌの頭の中では、あのノミ色のドレスと言ったらいいのだろうか・・・。アレを着るのかと思うと、ゾッとした。
それにも増して、考えられないのは、コルセットを外すという事だった。
生まれて・・・物心ついた頃から、眠る時以外、外した事が無かった。
『コルセットをしないで生きていく』と言う事が、全く考えられなかった。
独りで、部屋に上がるのなら、そっと着けたまま、あの忌々しいノミ色のドレスを着てしまうのだが、アンドレの、弟の嫁が付いてくるという。
ジャネット・・・とか、呼ばれているけど、どう見ても、農作業をするようには見えない。平民とは言え、品があり、物腰も柔らかで、力などなさそうに見えた。
第一、今まで見て来た貴族のご令嬢と同じで、自分の考えなどないようだ。
これなら、一緒に行っても、簡単にちょろまかせられるわ。
ジェルメーヌは、断固として、コルセットを取らない事に決めた。
そして、足取りも軽く、自室へと向かった。
しかしながら、ジェルメーヌのコルセットは、見事にジャネットに取られた。大人しそうに見えても、このジャネット、街で名だたるグランディエ家の嫁になる様な女性である。
人を使って、夫の事業の手助けをする、元からその素養があったのもあるが、シモーヌからも、高く評価され、革命前は間もなく引退するであろう夫と共に、奥へと下がる自分の後継者としても、様々伝授していた。
弟アンドレは、既に子どもたちを連れて、畑に出ている。
ゴマ塩頭のパパアンドレと、ツルツル頭のジャルパパは、出来るのだか、失敗作なのか分からない、用水路へと向かった。老体の徒労でなければいいのだが・・・。
オスカルとアリエノールは小ざっぱりして、ピンクと赤のドレスを持って、ジャルママの部屋に向かった。ジャルママも、ホコリを落とし、髪を直して待ちかねていた。
しかし、入って来た愛娘の姿に呆れた。
ああ、そうか、この様に育ててしまったのか・・・。
ため息交じりに思った。
泥もホコリも落として、服も・・・相変わらず、ブラウスとキュロットだった。
そんな事はどうでもよかった。
だが、髪は辛うじて、リボンは落ちていないが、あちこちからほつれ髪がはみ出していた。そして、それを本人は全く気にしていないどころか、気が付いていなかった。勿論、アリエノールも同じだった。
ジャルママは思った。なるべく、アンドレのパン焼き窯の完成が遅くなることを。そうでなければ、この男として育った、愛娘に果たして、アリエノールが、銃を持って、剣も使える・・・ここまでは、確実にできるだろう。だが、ドレスを着こなす。と言う点においては、全く伝授・・・元々素養が無いのだから・・・は、素より、教える事など出来ない。
それに、下町で暮らした。と自信を持って豪語しているが、見ていると殆ど、アンドレにおんぶにだっこの様である。
まあ、甘く見ても、男同士の共同生活位の事しかしていなかったようだ。
ジャルママはため息と共に、オスカルとアリエノールに、裁縫の前に、淑女として、ではなく、人間としての身だしなみから教え始めた。
少し落ち着いてくると、オスカルは母親の居間を眺めた。
絵画が何枚か飾ってある。
今まで、ヴェルサイユの母の居間を訪れる事は度々あった。
花を飾ってあるのは見たが、絵画は初めてだった。
オスカルが訊ねると、
「ほほほほ・・・少し、時間が出来たので、昔を思い出していたずらをしてみたのよ」
と、少女の様に頬を染めて、笑った。
「え゛・・・母上、絵をお描きになるのですか?
全く存じ上げませんでした」
オスカルは、一点一点丁寧に見て回った。
すると、ジョルジェットもそっと傍に来た。
オスカルが、え゛・・・と振り返ると、アリエノールが、ソファーで眠っていた。
慌てて起こしに行こうとすると、ジョルジェットが、いいのよ。あの位の子は、お昼寝をするものよ。ただでさえ朝早くから起こされているのですものね。
静かに、まだ子どもの扱い方になれていない母親に教えた。
オスカルも、微笑んで、いつ頃描いていらしたのですか?
こちらの作品は、すこし画風が違うように見えますが・・・。
オスカルなりの、絵画への知識を振り絞って聞いた。
「ほほほほ・・・お父さまと結婚する前にね。
絵にのめり込んでいた時期があったのですよ。
お父さまには、内緒ですよ。
それから、こちらのは・・・ジュニアの処女作。
素晴らしいでしょ?!
あの子には、もしゃもしゃもしゃの、血が流れているのですね」
「え゛・・・?母上。聞こえなかったのですが?
なんと、仰られたのですか?」
オスカルは、我が息子の事、聞き逃すまいと、必死だった。
「え゛・・・わたくし、何か言ったかしら?年を取ると妙な事を口走る事があるみたいですね」
ジャルママは、あのオスカルをけむに巻いてしまった。
そして、
「さあ、お裁縫を始めましょう!
この赤いサテンに、ピンクのチュールを重ねてもいいわね・・・」
と、子どもに返ったように、布地を重ねていった。
一方のオスカルは、何が何だか分からず、ただただ頷くしかなかった。
しかし、それをこれから、自分でドレスらしきものに仕立てていくのかと思うと、めまいがしてきた。
人形がこのドレスを着る事が出来るくらい、大きければいいとさえ思った。が、それでは、男女が違うが、別の話になってしまう(;^_^A
いっそのこと、アンドレに頼んでしまおうかとも思ったが、娘に作ってと言われたからには、投げ出すわけにはいかなかった。
オスカルにとって、決戦が近づいてきたようなものだった。
こうして午後は、ジョルジェットとアリエノールにとっては、和やかに、オスカルにとっては、冷や汗とあぶら汗で、過ぎていった。
*******************
チクチクチクチク チクチク・・・ウワッーチ!
チクチクチクチク チクチク・・・イテッ!
チクチクチクチク チクチク・・・ギャー!
オスカルが、生まれて初めて、『裁縫』をしていた。
こんな姿を誰が想像しただろうか・・・。
(筆者も想定外である。どうしてこうなったのか、不思議である。
予想外の事が起きるのが、拙ブログである。)
オスカルが、顔を上げて指先を舐めながら言った。
「母上・・・指ばかり刺して、ドレスに血が付いてしまいます」
すると、ジャルママは、
「いいじゃないの。どうせ赤いドレスなのですから、少しくらい血が付いても、分からないでしょ!」とかつて、ヴェルサイユ宮殿で、一番おっとりとして、優雅な婦人との羨望の眼差しも受けていた、元貴婦人は言ってのけた。
仕方がないので、オスカルは作業を続けた。
チクチクチクチク チクチク・・・ウワッーチ!
チクチクチクチク チクチク・・・イテッ!
チクチクチクチク チクチク・・・ギャー!
「母上・・・これは、出来上がるまでどの位時間がかかるのでしょうか?」
オスカルは、かなりうんざりしながら言った。
「そうねぇ。コレとコレを、くっつけて、そうしたら、コレにコレを縫い付けたら、こっちとこっちが、出来上がるから・・・そうしたら、全部をまとめて、縫い付けて・・・」
ジャルママが、説明するのを遮って、オスカルが、
「母上、縫う所を短くするために、長袖をやめて、半袖・・・いっそのことノースリーブにしましょう。それから、スカートは、サテンとチュールなど重ねる必要ありません。赤のサテン一枚で行きます。それで、かなり簡素化されるはずです」
断固と言った。
「あらまあ、オスカル・・・。それじゃあ、貧相になってしまうわ。私たちの生活は、質素だけれど、アリエノールちゃんのお人形さんだけは、ゴージャスにしてあげないと、可哀想だわ。
貴女だって、金モールの付いていない軍服なんて考えられないでしょ?!」
こう言われてしまったオスカルは、おのれの軍服から、金モールを取り去ってみた。軍務に支障はきたさない。
だが、今は、その次元の話をしているのではなさそうだ。
見た目だ!わたしの軍服から金モールを取る。
え゛!なんで金モールに、こだわるのだ!?
そうか!軍服には、金モールと勲章と階級章しか付いていないのだ。
意外と質素なのだな〜。だが、金モールは、高価だぞ。それにスタンドカラーは、頸動脈を守ってくれそうだ。では、半袖にしたらどうか、おお!夏は涼しげで良いではないか。
いかん、いかん、機能の問題ではないのだ。
見た目だ。
もう一度、金モールを取ってみよう。
・・・・・・紺一色だ。シンプルでイイのじゃないか!
取り敢えず、今回は初めてなのだから、母上がおっしゃる通りにしよう。
でも、少々簡略して作るとするか。
チクチクチクチク チクチク・・・ウワッーチ!
チクチクチクチク チクチク・・・イテッ!
チクチクチクチク チクチク・・・ギャー!
しばらくの間、オスカルは、無言で作業に熱中していた。
オスカルとしても、作るのなら初心者とは言え、それなりの見映えを目指していた。
彼女の今までの、軍務に対する姿勢・・・に、負けないように、縫っては眺めて、気に入らないとほどいでやり直していた。
そんな訳で、時間だけは過ぎていくが一向に進まない。
でも、ジャルママは、辛抱強く娘の手元を見守っていた。
すると、今までソファーでお昼寝していたアリエノールが、目を覚ました。
「アンジュちゃんのドレス出来たの?」
オスカルのそばに寄りながら、嬉しそうに言った。
オスカルは、なんだ、おまえは、寝ていて、わたしがこんなに苦労しているのを知らないのか?
母親が、ムッとして黙っているのも、なんのその。
アリエノールは、オスカルの手元を見て、
「わぁ!ママン、赤とピンク両方使ってくれたのね〜!
ステキ〜!でも、まだ出来ないのね?
早くアンジュちゃんに着せてあげたいわ!
それでね、アンジュちゃんと、舞踏会に行くのよ!」
アリエノールは、部屋の中をくるくると回って、夢見心地に話し出した。
「ママン、舞踏会って行ったことある?
アリエノールちゃんまだなの。
大人になったら、連れて行ってくれるって、おばあちゃんが言ってくれたの。
ママン、アリエノールちゃんいつになったら、大人になるの?」
オスカルは、完全にドン引きだった。
この手の会話に、全く不慣れだった。
目の前の、母親に助けを求めて、見つめた。
しかし、いつもの微笑みばかり。
アンドレも居ない。
逃げ道は無いかとオスカルはキョロキョロした。
窓の外に、畑が広がっていた。
多分、シモーヌとアンドレの弟アンドレ一家と、
もしかしたらジェルメーヌもいるのだろう。
ずっと同じ姿勢をしていた、オスカルは体の凝りを感じていた。
「アリエール、畑に行こう!体を動かすと、大きくなって、早く大人になれるぞ!」
と言うなり、飛び出そうとした母親を、アリエールは、
「ママン!お片付けしなくちゃ、ダメよ!
さあ、これは、(と、途中のドレスと切り刻んだドレスの山を指差して)お部屋に持っていきましょ!」
と、アリエールは、自分の手にちょうど良い、作りかけのドレスを持って、自室の方へ、トコトコと走って行った。
しょうがないので、オスカルも使うのか分からない、元のドレスを持ってジャルママの部屋を辞した。ジャルママは、少し休んだら降りていくわ。と微笑んだ。
外に出ると、オスカルは大きく伸びをした。
アリエールも真似してみた。
なんだかんだといっても、アリエールは、綺麗で優しくて、大好きなパパと仲の良い、ママンが大好きだった。
行くぞ!アリエール!
オスカルの掛け声で、2人は畑へと走った。
案の定、シモーヌ、アンドレの弟一家、ジェルメーヌ。
それに、ジュニアがいた。
ジュニアが走ってきた。
どうしたのだ?アンドレと一緒ではないのか?オスカルが聞いた。
「父さんは、土を運んで、行ったり来たりでつまらないんだ。こっちの方が良い!」楽しそうに言った。
ほう、アンドレは、ネコを押して、行ったり、来たりか・・・。
黙々とやるのは、アイツの得意技だな!
ジュニアには、合わないのか?
母上の部屋にあった絵は、かなり根気を詰めて書いたようだったが・・・。
物にもよるのか・・・。
そういえば、アンドレも、剣の稽古を黙々とするのは苦手だったな〜!
あ!わたしも針と糸で根気よく仕事をするのは、苦手なようだ。
誰にでも、得て不得手がある物なんだよな。
・・・で、あのオンナは、どうなんだ?
オスカルが見回してみると、皆収穫は終わったようで、草むしり(決してアンドレの真似をしていた訳ではありません!)・・・雑草とりに専念しているようだ。
そういえば、アンドレの小さな畑でもよく草刈りをしたものだ。
オスカルは、懐かしさと共に思い出した。
ホントに猫の額の半分ほどの畑なのに、毎日毎日飽きもせずに生えてくると感心したものだった。
一つの畝を、1人ずつ担当しているようだ。
弟の方のダブルアンドレが早い。
それを、ジャネットが追っている。
・・・で、あのオンナは、どうなんだ?
かなり、遅れているようだ。
それに、誰も教えなかったのか?
不思議な姿勢で作業している。
それでは、疲れるだけで、はかどらないだろう。
案の定、額の汗を拭っている。・・・が、土がついていない。
もしかして!オスカルが走った。
その後を、アリエノールもチョコチョコと付いていく。
オスカルは、ジェルメーヌが取った雑草を入れているカゴを見た。
思った通りだった。
地面に生えている草しか、取っていなかった。
オスカルが、こうして土の中に指を入れて、根こそぎ取るのだ。
と説明すると、ジェルメーヌは、ヨロヨロと尻餅をついてしまった。
取り敢えず、今までの所はわたしがやる。
これから先をやってみろ。
オスカルが言った。
オスカルは、緑の切り株が見える所に手をいれ根っこを抜き取った。
なんで、ジェルメーヌの補佐をするのだ・・・とは、何故か、この時は思わなかった。
一方のジェルメーヌは、ほとほと参っていた。生まれて初めて、土に触れるのだ。
「気持ちいいでしょ〜」
幼い声が聞こえてきた。
顔を上げると、アリエノールがニコニコとしていた。
言われてみると、土の感触は思っていた程悪くはなかった。
「アリエノールちゃんはね、泥遊びが好きなの。
ママンもきっと好きだと思うわ。
ジェルおばちゃんも好きだと嬉しいわ」
「おばちゃんじゃなくて、お姉さんって教えたでしょ!?
ジェルお姉さんって呼んでちょうだい」
「うん、わかった。ジェルおばさん!」
ジェルメーヌが、ズボッと土の中に肘まで突っ込んだ。
「あら、ダメよ。ジェルおばちゃん。そんな事したら、アンドレおじちゃん達がせっかく、柔らかくしたのに。台無しよ」
「だから、ジェルお姉さんだって、言ってるでしょ!アリエノール!」
「ジェルおばちゃん、違うわよ。アリエノールちゃんなのよ!おバカさんなの?」
手懐けようとした、アリエノールに、手懐けられそうになっているジェルメーヌであった。
こうして、ジェルメーヌが手懐けようとしたアリエノールは、
自分からジェルメーヌに寄って行った。
そして、草むしりの間中くっ付いていた。
つづく
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