客間に向かう途中、アンドレは、何度か愛妻に客は誰なのか訊ねたが、妻は笑っているだけだった。

しかし、オスカルは、階段を下りようとした時、
突然、振り返ってアンドレを上から下まで眺めた。
すると、アンドレの腕を掴んだまま、Uターンして、自室へと入った。

おいおい!何するんだ?客を待たせてもいいのか?
アンドレが、訊ねた。
すると、オスカルが、数々のヴィトンのスーツケースをひっくり返し始めた。

仕方がないので、妻のするのを眺めていると、かなり物の良い、アビを出してきた。
そして言った。これに着替えろ。と。

アンドレが、躊躇っていると、おまえ・・・イヤ・・・本来ならどうでもいい事なのだが、向こうがかなりの礼装で来ている。おまえが、服装なんかで左右されるわけはないのだが、来客はそれを、気にするようだから、着替えてくれ。

オスカルにそう言われると、従わざるを得ないアンドレだった。が、妻の方を見ると、子ども達相手にかなり苦戦していたようだ。イライラし、手が出る所を、おのれの頭に向けて、抑えていたようだ。

アンドレは、笑いながら、おれは、それなりになるが、おまえはどうなのだ?お気に入りのドレッサーを見てみろ。それに、ブラウスも肩のあたりが、曲がっているし、クラバットは解けかけている。その他、色々あるが、自分で確かめろ。と、言った。

この事から、先日のジャルママの、人としての身だしなみの基本授業は、夫に対しては、成功したが、自分を顧みるという点では、まだ習得したとは言えなかった。

オスカルは、頭をポリポリしながら、ドレッサーから戻って来た。そしてまた、ヴィトンのスーツケースをひっくり返すと、己の、上着を出すと、(勿論、白の燕尾)羽織った。

そして、夫の方を向いて、これでいいだろう?と、手を広げて、首を傾げた。その姿が、あまりにも可愛らしくて、アンドレは抱きしめようと一歩前に出た。すると、オスカルは、気が付かなかったように、部屋の外に向かって歩いて行ってしまった。

一人取り残されたような、アンドレは、仕方なく付いて行った。
一方のオスカルは、背後にアンドレの足音と、気配を感じると、ニヤリとした。

オスカルは、ドアの前に立つと、
おまえには、あまり良い印象はない人物かもしれないな・・・とだけ言った。

アンドレは、ただただ、首をかしげるばかりであった。

オスカルが、ノックもせずにドアを開けるなり、言った。
「待たせたな、ジェローデル・・・少佐・・・と呼んでいいのかな」

その客間は、この屋敷にこのような、革命前そのままの部屋があったのか、と思わせるようなまともな客間だった。調度品も煌びやかに飾られていた。

そして、その部屋の中には、このような部屋にもっとも似つかわしい男が、待ちかねていた。

ジェローデルと呼ばれたその男は、オスカルに会えたことを無上の喜びとばかりに挨拶をした。

「お久しぶりでございます。隊長。
相変わらず、元気そうだな、アンドレ、

その節は・・・」懐かしそうに言った。

しかし、『その節は・・・』と言われて、
グランディエ夫妻は、それぞれ別々の『その節』を思い浮かべた。

アンドレが、身体を固くして言った。
「追ってきたのか?あの時のリベンジがしたいのか?」

すると、オスカルが夫を見上げて、不思議な顔で、聞いた。
「え゛、何のことだ、アンドレ?」

ジェローデルは、首を振り振り、アンドレに向かって、
「ふふふ、まさか、もうこりごりですよ」
心から言った。

「あの時の、おれが斬った傷は癒えたのか?」
直立不動しているジェローデルに、アンドレが再び聞いた。

「おまえが斬ったってなんだ?
それよりも、わたしが撃ち抜いた手はどうした?」
オスカルは、夫と違った『その節』を思い浮かべていた。

夫婦の思考が噛み合わない。
そもそも、『その節は・・・』が、違う次元なのだから、合う訳がなかった。

「オスカル・・・おまえ、覚えていないのか?」
突飛な事を言う妻に、アンドレは額に手を触れ熱がないか確かめた。
その様子を、客人ジェローデルは、穏やかな目で見ていた。

大丈夫そうだったので、アンドレは、何処に隠し持っていたのか、そもそも、客がジェローデルと分かってはいなかった筈である。なのに、アンドレは、オスカルに「ポーの一族」5冊と「ベルサイユのばら エピソード編」2冊を渡した。

オスカルが、
「ポーの一族」「ベルサイユのばら エピソード編」を手に取り、腰掛けた。
2人の男もようやく、座面に尻を預ける事が出来た。

すると、アンドレが見た事のない男・・・ジェローデルの従者の様であった。が、お茶を運んできた。アンドレが、カップを取り上げ、匂いを嗅いだ。
バラか・・・。一言、口にした。

アンドレとジェローデルは、ジャポンでの事に、話が盛り上がっていた。
時代も変わったものだ。

あ!っと、アンドレが、顔を上げてジェローデルを見た。
「傷は・・・傷は、残っているのか?
見せてくれないか?」

そう、ジャポンで、『道場のお転婆令嬢、オスカルと結婚して、家事と道場主の仕事を手に入れる剣術大会』が、行われた際、決勝戦に、このジェローデルとアンドレが、残った。

オスカルがAmazonでポチッた斬鉄剣を手に、アンドレが勝った。そして、台所仕事と、庭仕事、果ては掃除、洗濯と、数々の用事を手に入れると同時に、オスカルの花婿となる権利を得たのである。

その時、アンドレは、ジェローデルの左肩から右脇腹にかけて、ズバッと刀を振り下ろし、ジェローデルの胴体を、真っ二つにしたのだった。

だが、今は、一つになっているようだ・・・見た目では・・・。
アンドレには不思議でしょうがない。

2人の男は、一応マダムであるオスカルに見えないよう、人一人がどうにかやっと入れる衝立の奥へコソコソと入った。

ジェローデルが、一枚一枚脱いでいく。
アンドレが、ワクワクと待っている。

きゃ~~~~~~~~卑猥だわ~~~
(清純な皆さまごめんなさい。by筆者。)

衝立の奥から、ひそひそ声が聞こえて来た。
「見事に消えているなぁ」
「これを治すのに、今までかかりました。
わたしの意識がないまま、イギリスに連れていかれ、
エドガーのエナジーを頂いて、やっと回復しました」

「そうだったのか。決闘とは言え、悪かったな」
「いえ、貴方だったら、生き返りませんから、これで良かったのです。
まだ、見た目では分かりませんが、ちょっとだけ、触ると傷跡が分かります」

「触ってもいいか」
「よろしければどうぞ・・・。」
アンドレは、己の斬った場所を、そっと指でなぞった。
それから、傷跡の隆起をボコボコと触ってみた。

「ひゃっ!ひゃっ!ひゃっ!・・・。アンドレ、くすぐったいですよ。
それより、アンドレ、君は私の鞭で傷ついた眼は、完治したようだな。
背中の鞭傷はどうなったのだ?」

ジェローデルに言われて、始めてアンドレは、己の背中にあるはずの傷を思い出した。

「どうなのでしょうか?自分の背中は見えないので、分からないのです。
つ・・・妻は何も言っていないので・・・知っているので、黙っているのでしょうか?」
アンドレは、不安になって、ついジェローデルに聞いてしまった。

ジェローデルは、平然と、
「では、今度は私が見て差し上げましょう。
さあ、アンドレ、脱いで御覧なさい・・・。」

なんじゃこりゃ・・・・・・・話が違う方向に向かっている。
軌道修正しなくては・・・。
でも、もう少し付き合ってね。By筆者。

「何もないですなぁ」
不思議そうにジェローデルが、言った。
「かなり、強く鞭打ったはずですが・・・。
ジャポンに行って、チャラになってしまったのか・・・。」

ジェローデルは、言いながら、アンドレの背中の鞭傷があるはずの所を、指でなぞった。

「ひゃっ! ひゃっ! ひゃっ! ひゃっ! ひゃっ!」
アンドレが、妙な叫び声を上げた。

「なんですか?その声は、マドモアゼルに聞こえますよ。 
それに、そろそろ、マドモアゼルが、読み終わる頃です。
テーブルに戻りましょう」
ジェローデルが、冷めた声で言い。冷めた目で見た。

2人の男は、何事もなかったようにテーブルに着いた。

丁度読み終わり、顔を上げたオスカルは、その間に何が起こっていたのか全く知らなかった。(知らなかった方が、良かったかもしれない。でなければ、オスカルさまの中のアンドレは、また一人増えてしまう事になってしまう)

オスカルは、しばらく、日本の漫画史に燦然と輝く、二作をかみしめ、余韻に浸っていた。それから、内容を反芻した。

ポンと手を打つと、
「ポーの一族については、良く分かった。
で、何で今、これをわたしに読ませるのか?

それよりも、おまえ、脱獄ならぬ、脱営倉してきたのか?
ここには、入れられて・・・。って書いてあるぞ!」
オスカルは、全く訳が分からない風情をした。

ジェローデルも呆れ果てながら、
「マドモアゼル、ジャポンで、お会いしたのを忘れてしまったのですか?」
と、聞いてみた。

「ん・・・。確か、東の果ての国だな。
わたしは、行った事は無いぞ。そこで、どうかしたのか?」
言いながら、オスカルは、目の前のティーカップからお茶を一口飲んだ。

「なんだ?これは?変な味がするぞ!
わたしを殺す気か?!」
酷く怒った。

すると、ジェローデルが、優雅にお茶をすすり、
「これは、ポーの一族に代々伝わる、滋養強壮に良い飲み物なのです」
と、誇らし気に言った。

「ポーだって!?おまえが、ポーの一族になるのは、1793年以降だと、この書物には書いてあるが・・・。
なんで今から、その様な物を持っているのだ?

あ!そうか・・・ポーになるには、その以前から、準備がいるのだな。
大変な事だな・・・。

え゛・・・だが、おまえが不思議な村に迷い込んだのも、1793年以降だよな?
話が・・・時系列が良く分からない。
分かるように話してくれ!」

頭の回転の良さと、記憶力の良さを誇りとしていたさすがのオスカルも、降参と言って、お手上げ状態だった。

オスカルの目の前に座る、アンドレは頭を抱えて、妻の記憶の糸が途切れているのを、嘆いていた。

ふん!ほんの少し前までは、アンドレが、忘れていたはずなのに・・・。

気を取り直して、オスカルが聞いた。
「ジェローデル・・・。おまえは、誰なのだ?」

ジェローデルは、あくまでも優雅に、
「フローリアン・F・ド・ジェローデル、で、ございます」
と答えた。

いらついたオスカルは、厳しい声で、
「だから、営倉から脱出してきたのか?と、聞いているのだ!」
ジェローデルを、指差しながら言った。

「いえ、あちらには・・・あちらにも、フローリアン・F・ド・ジェローデルが、少々くたびれてますが、謹慎しています」
ジェローデルは、かつて婚約者であったこの美しい人妻をからかってみたくなっていた。

(きゃ~~~ごめんなさい。原作とごちゃ混ぜになってしまいました。
お許しを~~~by筆者)

オスカルは、マジで怒りながら、
「確か・・・アンドレに真っ二つに斬られたとか言ったな!
で、おまえは、アメーバ分裂して、2人になったのか?」
ふん!と、言ってのけた。

ジェローデルは、少し考えてから、
「宜しいでしょう。私が2人としてお話しをしましょう。

マドモアゼルは、あの1789年6月23日、もう一人の私が近衛兵を引き連れて、三部会議場に向かったのは覚えていらっしゃいますね?

あの時、原作では貴女が、分け入って来られるのに、何故だか、ジャルジェ将軍がいらした。そして、もう一人の私は、営倉に入れられたのです。

その後、もう一人の私は、放置されたまま、もしかしたら、入れられた事も、忘れられたまま、今も営倉に居ます」

ここまで、ジェローデルが、話すと、オスカルは、
「営倉は衛兵隊のか?だったら第一班の連中がよく知っている。
脱営倉出来るよう、早馬を出そう!
その為に、此処まで来たのだな!
安心しろ!もうわたしは、軍を離れているが、顔は効く!」

アンドレは、今度はテーブルに突っ伏して、笑いが止まらなくなった。

ジェローデルは、この、話を素直に受け取ってしまう、元婚約者にどう説明しようか、ほとほと困ってしまった。ついでに言えば、来なければ良かったとさえ思ってきた。

だが、説明をして、理解して頂いて貰わなければ、この話は、ここで、中途半端に終わってしまうのだ。(筆者も、どうまとめていいのか、分からなくなってきている)

ジェローデルは、もう、オスカルをからかうのは止めた。
この様に、おのれの事を心配してくれるとは、思わなかった。
が、もしかしたら、からかわれているのは、自分なのではないかとも思えた。

「申し訳ありません。マドモアゼル、今までのは、チャラにして、もう一度始めから、説明させてください。

私は、普通の人間が一人であるように、私も『ひとり』です。
アメーバ分裂などしていません。

ああ、マドモアゼルが、口を挟みたいのは、良く分かりますが、ここは、私の話に、耳を傾けて頂きたいのです。お願いします」
ジェローデルは、かなり真剣にオスカルの目を見ながら、言った。

オスカルは、分かった。とは、言ったが、あまり信じていなかった。

「営倉に入れられて、始めは、壁に線などを傷つけて、日にちを確認していました。しかし、あまりに長い日々でしたので、それも、途絶えてしまいました。

ある日、時局が変わったのか、突然釈放されました。
その後は、マドモアゼルがお読みになった通りです。
これで、ご理解いただけましたか?」

ジェローデルは、コホンとわざとらしく、しかも気障っぽく、咳ばらいをして、話を終えた。
彼としては、これでオスカルも理解したと、信じていた。

黙って聞いていたオスカルが、突然、ジェローデルと反対の方に斜め座りして、脚を組んで、ブラブラさせ、片肘ついてあごを乗せた。

アンドレは、もう、大笑いしたくて、したくて、しょうがなかったが、黙っていた。

この状態のオスカルは、からかわれて、おちょくられて、散々な目にあって・・・手におえない時だった。それを知っているのは、長年の付き合いの、アンドレだけである。

でも、この様な姿を見れば、誰にでもわかると思うが、オスカルの事は何でも知っているのは、アンドレだけって、不文律があるので、そうしておいて下さい。

で・・・ジェローデル。オスカルが不機嫌な口調で言った。どうして、おまえだけが、時代をさかのぼる事が出来るのだ?

え゛・・・アンドレとジェローデルが、同時に声を発した。

オスカルが、クルリと今度は、ジェローデルの方を向いた。
「ふふふ・・・見事な説明だったな。
わたしが、自分の事を忘れるとでも、本気で思っていたのか?

ジャポンでの事も、それ以前のフランスでの事も全て覚えているぞ!
だが、プレゼンの仕方が、甚だ悪い。もっと、メリハリの利いた、笑いの取れるものにしないと、説得力が無いぞ!」

え゛・・・おまえ・・・オスカル、おれさえ、欺いていたのか?
アンドレは、アラスに来る途中の、安宿での「おまえが、おまえである事を認識するまで、話をしたくない」と言われたのを思い出し、落ち込んだ。

オスカルは、続けた。
「おまえが、ポーになるのは、未だ、これからだろう?
その、ポーになったおまえが、どうして、1789年のジャポン、そしてまた、1790年のアラスに現れる事が出来るのか?それがどうしても、分からない」

オスカルは、超真剣にジェローデルと向き合った。
「異端なのです」
ジェローデルは、一言だけで、答えた。

そしてまた、続けた。
「エドガーも、メリーベルも出来ないのです。もし、エドガーに出来るのならば、あの、メリーベルが銀の弾に撃たれる前に、戻って最愛の妹を助ける事が出来ます。でも、そうしたら、アランと共に、200年後まで旅するのか、分からなくなります。

多分、私が孤独だから、異端となったのかもしれないですね」
オスカルが、頷きながら、また、訊ねた。

「それで、何の用があって、このアラスまで来たのだ?
数日前までパリにいたのに・・・。
そちらに、来た方が、早いのではないか?
もしかして・・・インタヴュー・ウィズ・ヴァンパイアなのか?」

「あちらと、一緒にして頂きたくないですな。
私は、ポーの一族なのです。

それと、私は同時に、同じ場所に2人いる事が出来ないのです。
だから、あなた方が、こちらにいらっしゃるのを待っていたのです。
それに、本体を脱営倉させたら、今の私が存在するのかどうか、わからないのです」

面倒くさいのだな・・・。オスカルが、ほとほとうんざりして言った。
そして、わたし達に、どのような用件があって、訪ねてきたのだ?
と聞いた。まさか、わたし達を仲間にしよう等と、とんでもない事を考えているのか?

その気で来ましたが、気が変わりました。ジェローデルは、真剣に言った。
貴女と、貴女のご主人を迎え入れようと思っていました。
そうすれば、長い時を経て楽しい旅ができると・・・。

ですが、貴女のその、人をおちょくる性格が、ポーには合わないようです。と言いながら、両手をフリフリした。

その手を見て、オスカルは、
「おまえ・・・わたしが撃った右手は・・・あるのだなぁ!
良く見せてくれ・・・」と、手相見宜しく、ジェローデルの右掌をじっくりと、観察した。

「フ~ム、やや、傷跡は残っているが、生命線だけは、ハッキリと、異常に長いのだな。だが、感情線は、起伏に乏しい。もっと、人生を楽しんだ方がいいぞ!」とジェローデルの手を投げ出した。

ジェローデルは、そんなオスカルを相手にせず、姿勢を正した。それにつられて、オスカルとアンドレも、膝の上に手を載せ、姿勢を正した。

「これから2-3年の間にこのフランスに起こる事を告げに参りました」
ジェローデルが、今度は両肘をつき、組んだ両手の上に、整ったあごを載せて、不気味に言った。

実は、オスカルはその姿に、タジッとなったのだが、平静を装い、
「告げてどうするのだ?」とだけ、何とか言った。

「お聞きになって、どうなさるかは貴方たちの自由です。
でも、私が存じ上げている、隊長とアンドレならば・・・」

「どうするというのだ?
もう、第一線は退いたぞ。
それに、おれは、パン窯作りに忙しい」

珍しくアンドレが、答えた。
しかしそれは、オスカルと、今は護らなければならない子ども達がいた。

しかし、火中の栗を拾うのが大好きなオスカルは、身を乗り出し始めた。
「その話は、長いのか?」

「かなり。」一言だけジェローデルは、答えた。
彼は、初めから、この日一日では、終わらない事を念頭に訪れていた。
土砂降り雨と共に・・・。

そして、話し始めろ・・・。とオスカルが言いだす前に、勝手に話し始めた。

「取り敢えず、序章から、

かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。
かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。
かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。
かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。」

オスカルが、聞いた。
「え゛・・・今国王一家は、テュイリュリーに、いらっしゃるのではないのか?」
すると、てっきりジェローデルが、答えると思っていたら、アンドレが、

「今は、避暑の為、サン・クルーの離宮にいらっしゃる。
フェルゼン伯もご一緒だ」と、スラスラと答えた。

「なんで、おまえが、そんな事を知っているのだ?
それに、アラン達は、警護だと言って、毎日出かけていたじゃないか?」
オスカルは、大いに不信と、一笑に付した。

「あいつらは、国王一家が、テュイリュリー宮にいらっしゃると、民衆に思わせる為に、警護のふりをしているんだ。だから、ダレダレだ」
アンドレも、違った意味の微笑みで妻に告げた。

そうか・・・とオスカルは言うと、先を続けてくれ、とジェローデルを促した。

「かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。
かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。
かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。
かくかくしかじか・・・しかじかかくかく・・・。

此処までは、分かりましたか?」
一気に語ると、ローズティーを口にした。

すると、オスカルが、
「ああ、分かった。分かったから、バラのエッセンスとやらを見せてくれ」
と、興味津々に聞いた。

「貴女って方は、今話していた事を聞いていたのですか?!」
ジェローデルが、珍しく取り乱して、声を荒げた。
が、バラのエッセンスのビンをオスカルに渡した。

「ほう、当たり前だが・・・バラの香りだ。少々きついが・・・。」
と、言ってアンドレに渡した。

アンドレは、ビンに形のいい鼻を近づけると、思いっ切り吸い込んだ。
そして言った。
「オスカル・・・おまえの香りだ。
ジェローデル、少し分けてくれないか?
最近妻は、ベッドの端に寝ていて、香りをかがしてくれないのだ!」

感情線の起伏に乏しいジェローデルは、蚊に刺されたくらいの動揺を持って答えた。
「ほう・・・。家庭内別居なのですか?!

ですから、そのことについて気が散ってしまって、お2人とも私の話など、適当にお聞きになっておられるのですな」

「ちゃんと聞いてるぞ。だから雷が鳴らないのだな!」
オスカルは、相変わらず、真剣に惚けて聞いている。

目の前で、アンドレが笑いを押さえているが、その肩が、ぴくぴくと痙攣していた。

「私をおちょくっているのですか?
それに、先ほどから、2人して、姿勢は正しいが、俯いたままこちらを一度も見ない。
それが、人の話を聞く態度なのですか!?」

まあ、そんなに、感情的になるな!感情線がない男!・・・。
オスカルも、珍しく真面目に話始めた。

「この一年の事は、すでにアランから聞いている。
おまえの話は、本当の様だ。
ポーなのだな。

『異端』というだけで信じられなかった。
まあ、おまえが、本当に未来から遡って来たのかも試したかったのだ」

「では、先ほどの、サン・クルーもですか?」
ジェローデルは、脱力して聞いた。

オスカルは、楽しそうにアンドレを見ながら、
「あゝ、見事だっただろう。わたしとアンドレは、目を見交わすだけで、会話ができるのだ。
それに。大丈夫だ。今までの話は、テーブルの下で、キチンとメモを取ってある」

と、オスカルは、言って、アンドレ共々、『オスカルの備忘録』『アンドレの備忘録』と書かれたノートをニッと笑って見せた。

ジェローデルは、疲れ果てていた。
この夫婦は一体何なのだろうか・・・。

私が、求婚した女性はこのような人間だったのだろうか?
もっと、教養のある、血気盛んな、軍務一辺倒のスーパーウーマンだと思っていたのに・・・。

すると、オスカルは急にシリアスになって、
「先は、長そうだ。此処に滞在するのだろう?
どの様な部屋がいいか、教えてくれ。
が、ご存じのように、わたし達も仮住まいの身、ご希望に添えるか分からないが・・・。」と、聞いた。

ジェローデルは、どの様な部屋でも構わない。ただ、出来れば日差しの届かない北向きの部屋があれば、幸いです・・・。と、やっと、普通の会話ができる喜びで、冷静になれた。

オスカルは、
「ここは、一応アンドレの実家だ、アンドレに任せよう。
ところで、ベッドは、棺桶を持って来ているのだろうな!
棺桶の蓋には、十字架は、ないのか?」
またまた、楽しそうに聞いた。

い・・・いい加減にしてくださらないと・・・。
ジェローデルは、感情線が急に、激しくなったように、怒鳴った。

が、オスカルは、余裕で、
「ふふふ・・・どうするのだ?
ん?聞くか、聞かないかの、選択肢はこちらにあるのだからな!」

ジェローデルが、降参した・・・。と口をつぐんだ。

「では、また、今夜遅くに、おまえの部屋で・・・」
と言って、オスカルが、立ち上がった。

アンドレは、只今、部屋の方の手配をしてきますので、このままお待ちください。と言って、同じく立ち上がり、部屋を出て行った。

部屋を出ると、アンドレが先を歩くオスカルの腕をつかんだ。
そんな事、お見通し!とオスカルは、ニヤリとして振り向いた。

おまえ!おれを担いだな!・・・アンドレが、珍しく荒々しく言った。
なんだ!おまえこそ、わたしの考えが分からないとは、ヤキが廻ったな!
やはり、ばあやが居ないと、この孫息子は、ダメなのかな?・・・オスカルが、楽しそうに言った。

が、オスカルの心の中は、ヒヤヒヤだった。実は、話の途中までさっぱり分からず、とにかく、ノートを取っていた。話が中程になってやっと、ガッテンしたのであった。かなり、ヤバいと思った。ジャポンでの記憶が曖昧になって来ていた・・・。

それなのに、こちらに戻ってきた時、ジャポンでの記憶がなかったアンドレが、思い出し始めた。これは一体、どういう事なんだろうか・・・。オスカルは、焦り始めていた。

アンドレは、やはり、このお嬢さまには、初めっから、勝てない。これからも、勝てないのだろう・・・。と、ガックシすると同時に、嬉しくもあった。

オスカルは、アンドレを見上げた。いつも通り、イイ男だ。じゃなくて、いつも通り、穏やかだった。

ふと、ドアの隙間から、シモーヌと背を向けているが、確実にジェルメーヌと思われる2人が、向かい合って何やらしていた。

オスカルが、急に歩きを止めたものだから、アンドレも止まって、オスカルの視線の先を見た。そして、オスカルの方を振り返った。

どうしたのだろう?オスカルが、首をかしげて、聞いた。
アンドレは、肩を上げ、両手を上に向けて?のジェスチャーをした。

廊下でこちらを見ているシモーヌが気付き、2人に声を掛けた。
「ジェルメーヌさんが、誤ってドレスを引っ掛けて、破れてしまったから、直し方を教えて差し上げているのよ!」

え゛・・・!2人は、またまた、顔を見合わせて、今度は二人共、両手を上に向けて、肩をすくませた。そして、そそくさとそこを離れた。

こうして、ジェローデルは、グランディエ家の客人となった。

夜になると、オスカルとアンドレは、子ども達を寝かしつけ、オスカルは、ノートを、アンドレは、酒とマグカップとノートを持って、ジェローデルに充てられた部屋へと向かった。

外は、相変わらず、雨が酷かった。オスカルは、ぼそりと、
「雷が鳴ったら、面白いな。ポーは苦手らしい。
わたしは、あの闇夜に光る稲妻がゾクッとするが、とても美しいと思うのだがな」
アンドレの方を見て、楽しそうに言った。

こうして、ジェローデル講師による、夜間授業が始まった。

つづく
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