母さん~~~こっち!こっち!
ジュニアが、洗濯物がなびいている中を、
泳ぐように走り回って、オスカルを呼んだ。

それぞれの家庭が出した、シーツの波が、夕方の涼しい風にたなびいている。
似たような、でも大きさの違う、真っ白なシャツも泳いでいる。
勿論、真っ白で大きさの違うパンツも、たなびいている。
アリエノールの、ちっちゃな、かぼちゃパンツも、泳いでいる。

女たちが、次々とそれらを取り込んで行く・・・。
しかし、オスカルは、立ち止まってしまった。
全てが真っ白で、どれが我がファミリーのか、分からなくなってしまったのである。

それを見て察した賢い息子が、
「母さん、みんな、着るものには名前を書くんだよ。
ほら!僕のには『プチ・アンドレ』って書いてあるでしょ!
こっちには『アリエノール』ってね!

だから、母さんのには『オスカル』って書いて・・・、
父さんのは、どうしよう!?」
困ったと、ジュニアはオスカルを見つめた。

オスカルも、しばし考えると、ポンと手を打った。
「決めた!『わたしのアンドレ』に、決まっている!
そうだろう?ジュニア、アリエノール?!」

すると、パパ大好きのアリエノールが、
「そんなのやだわ。『アリエノールちゃんのパパ』って書いてちょうだい!ママン!」
早くも、女同士の戦いに向かった。

何にでも、勝ちたいオスカルは、
娘にも負けてはならないと硬く決心した。
「あのな、アリエノール。
アンドレは、わたしが生まれた時から、『わたしのアンドレ』なのだ。

アリエノールのパパになったのは、ほんのちょっと前じゃないか?
だから、『わたしのアンドレ』なのだ!分かったな?」
オスカルは、指差し確認しながら、間もなく4歳になる我が子に説いた。
そして、勝利したと思った。

すると、そこら中に大きな、泣き声が響き渡った。
一番驚いたのは、オスカルだった。
誰が、泣いているのか分からなかったが、よく聞いてみると、足元からその爆音は聞こえて来た。

ジャルママ、シモーヌ、ジャネットが、集まって来た。
どうしたの?アリエノールちゃん、転んだの?
お腹が痛いのですか?
口々に心配してくれる。

ジャルママが、オスカルに何かあったのか聞いた。
が、オスカルは、答えられなかった。

まさか、まだ4歳にもならない娘とアンドレの取り合いをして、
泣かせてしまった・・・。とは、言えなかった。

敗者のアリエノールも、泣くのに必死で、誰の心配する声に答えられない。
だが、そこに唯一人、冷静な人間がいた。

父親のアンドレ譲りの、周囲をまとめ、和やかな雰囲気を作る事を
生まれ持っていた息子、ジュニアだった。

ジュニアこと、アンドレの長男アンドレが、事の次第を説明しだした。
焦ったのは、オスカルだった。
息子の口に、乾いたばかりのハンカチでも詰め込みたい気になった。
しかし、そんな事をしたら、火に油・・・恥の上塗りになりかねない。

それでも、ジュニアはどちらの見方をする事もなく、少々尖ったこの問題の、角張った所を、トントン、トントンと丸めて話して、集まってきた人々を納得させてしまった。

勝者となったが、ばつの悪かったオスカルは、この先、この息子に頭が上がらないと思うと同時に、夫アンドレに似た、長男を誇らしく思った。

その長男が、母さん、アリエノールと仲直りしてね。
父さんの物には、2人の名前を書けばいいよ・・・。
とまで言うものだから、オスカルは頷くしかできなかった。

その上に長男は言った。
いつまでも『ジュニア』って呼ばれるのは、嫌だな。
ちゃんとアンドレを入れて、『プチ・アンドレ』か、『アンドレジュニア』って呼んで!
なんて、言うものだから、息子の成長を頼もしく思うオスカルであった。

   *******************

空が赤く染まってきた頃、三々五々また、食堂に一同が会した。
今度は、ジェルメーヌもいた。
昼食の時聞いていたメニューに誘われてきたのだろう。

それに、慣れない畑仕事を、慣れない姿勢でこなしていたものだから、足腰が痛くて、それ以上に、空腹だった。

しかし、作業の間中、アリエノールが側に付きっ切りで、ある事ない事、ペラペラしゃべってくれたのは、気が紛れて助かった。

それに、オスカル夫妻の事もかなり聞けた。まあ、革命前の事は、アリエノールは幼過ぎて覚えていないだろうが、さも見ていたように話すからおかしろかった。もしかしたら、長男から話を聞いていたのかもしれない。

何はともあれ、昨日からの事は、あちこちと、時系列が飛んでいたが、並べ替えてみると、良く分かった。が、ジェルメーヌにとっては、面白くないものだった。つまり、2人はラブラブだった。

夕食も、給仕がいないから、大皿料理だった。バケツにでも入っているかのような野菜。これだけは、ここの自慢だった。

それに、パンプキンスープ。そして、パパアンドレが手に入れて来た。
でも、ここにいる全ての人の汗と涙の代償である、燻製肉。

それだけで、皆満足だった。約一名を除いて・・・。
一名は、目が点になっていた。
肉が、多分アンドレの握りこぶしくらいしかなかった、ように見えた。

テーブルに着いている人数を確かめた。
昼間、ハムを食べなかったことを悔やんだが、後の祭りだった。

テーブルに着いていた、ジャルジェ家とグランディエ家の面々は、一日中日差しの下で働き、日に焼けていたが、それを誇らしく思っていた。ジャルパパは、ツルツルの頭まで日に焼けていた。

ただ、3人・・・つばのついた帽子も被らずにいたのに、全く日に焼けておらず、磁器のような、そしてばら色の頬をしていた。
説明しなくてもいいだろう。
ジャルママとその血を引く、娘と孫娘だった。

スープだけは、シモーヌとジャルママが、注いでそれぞれに手渡した。
ジェルメーヌは、此処に来て始めて、ウキウキした気分になった。
だって、それまで見た、パンプキンスープと全く同じ色合いをしていたのだから・・・。

ジェルメーヌは、受け取ると直ぐにスプーンを手にした。
他の者にまだ、行き渡ってもいない・・・その位のマナーは持ち合わせているだろうに・・・と、此処まで書いてきた、筆者は、ハッとなったのです。

公爵家でもあろうなら、一人一人に給仕が付いて、息を合わせてテーブルに料理を置くので、同席の者がうんぬんというものが無いのかもしれません。が、ここは、お許しを・・・。

期待を持って、一さじ目を口にした。
え゛・・・確かめる為に、もう一口・・・今度はゆっくりと味わってみた。
違う・・・何かが違う。私の知っている、パンプキンスープではない!

その様子を見ていたシモーヌが、ああ、ジェルメーヌさん。
お口に合いませんですか?ごめんなさいね。

今では、クリームもバターも手に入らなくて・・・。
単なる、かぼちゃだけのスープになってしまっているのよ、此処では。

シモーヌは、本当にすまなそうに言ったが、他の者たちは、口の入るモノがあるだけ、有難い。それに、かぼちゃの甘みが出ていて、美味しい。

丹精込めて作ったカボチャを食べられる喜びに浸れる。と、口々に言い、美味しそうにかぼちゃ色のまさしく、かぼちゃのスープ→かぼちゃをすりつぶしただけのスープを飲んでいた。

ジェルメーヌは、酷くがっかりしたが、なぜか、スープを飲み続けていた。
隣には相変わらず、アリエノールが座っていて、ジェルおばちゃん、美味しい?とかなんとか、ペラペラしゃべりかけるので、隣で世話をしているアンドレが、困っていた。

オスカルは、そんな様子を今夜は、淡々と見ていた。

が、思い出したように言いだした。
シャワーの順番はどうなっているのですか?
かなり、切羽詰まった物言いだった。

パパアンドレが、昨夜は我々夫婦が使ったから、今夜はレニエさんのところだ。
明日が、アンドレ弟一家で、その次になるな。と至極当然に言った。

オスカルは、ジェルメーヌがスープにガッカリした以上にガッカリした。
そして、アンドレだけに聞こえるように、ブツブツと言い出した。

身体がベタベタして、気持ち悪い。
ずっと、汚れたままだ。
一体何時から、洗っていないのだろう。

するとアンドレも、オスカルだけに聞こえるように、
おれも、汗臭くなってる。
おまえに嫌われては、大変だ!

そして、・・・いっちょ、やるか!

と、全員に聞こえるように言った。

オスカルが、答えて言った。
おお!久方ぶりだな!

   わたしは、大賛成だ!


そこにいる総員は、何の事やらさっぱり分からない。
プチ・アンドレが、両親が楽しさを独り占めならぬ、2人占めしているのかと、

「ねえねえ、父さん、何をやるのさ?!
ぼくも、仲間に入れてよ!」
と言えば、

アリエノールも、負けるものかと、
「アリエノールちゃんも、やる!」
と何だか分からないが、きっと楽しい事だろう。
遅れてはいけないと、必死だった。

「ハハハハハ・・・井戸端で、水浴びをするんだよ!
楽しいぞ~」
父親の提案に、2人の子どもは目を輝かせた。

すると、ジャルママが、
「あなた方、いったいいつやるのですか?
この時期、暗くなるのは、子ども達が寝るには遅い時間ですよ。
それに、私たちのシャワーの時間も考えて頂戴!」
呆れていった。

が、此処で引き下がるオスカルさまではなかった。
断固とした声で、

「母上たちのシャワータイムを、邪魔する気は毛頭ございません。
それに、子ども達の就寝時間はキッチリと守ります。

どうぞ、わたくしたちに、身体を清める機会をお与えください」
最後は、騎士の礼を大袈裟にして、深々と頭を下げた。

愛娘の、汗にまみれた顔、腕、そして、チラリと覗くデコルテを見たら、ジャルママは降参した。

「それなら、いいけど。あなた達、明るい所で・・・。」
で、ジャルママは赤くなって言葉を濁した。

それで、シャワーを浴びるジャルジェ夫妻、と井戸端で身体を洗う(実際は、水浴びをして遊ぶだが!)段取りを付けた。

ふと、俯いているジェルメーヌに、オスカルが気付いた。
「アンドレ、おまえは先に子ども達と一緒に井戸に行ってくれ」
と、オスカルは言った。

アンドレの脳裏に、アラスに来る途中の宿屋での一件がよみがえった。
そうだった。
オスカルは、未だ、許すとは言っていない。

子ども達のいる所では、普通に過ごすと言っていた。
だが、こちらに来てからは、2人きりになる時間は、ほとんどなかった。
と言う事は・・・。

アンドレの顔から、血が引いてきた。

そんな事にお構いなく、オスカルは、
「ジェルメーヌ、もう何日も身体を洗ってないのだろう?
一緒に行こう!」と誘った。

すると、ジェルメーヌが、言った。
「ありがとう!」
ジェルメーヌは、言ってから驚いた。
こんなに素直にしかも、心からありがとうと言えたのは、初めてだった。

が、誘った方のオスカルも驚いていたが、更に、驚く発言がこの後続いた。

「アリエノールちゃんも、ママンと一緒!」
ここまでは、良かった。

オスカルは、普段のアリエノールの『アンドレひいき』からは、
想像できない発言だったので、
「パパと一緒が良いのではないか?」と尋ねずにはいられなかった。

「だって、結婚する男の人だけにしか、肌を見せてはいけないんでしょ?!」
アリエノールのこの発言に、そこにいた全員の、手が止まった。
ただ、ジェルメーヌだけが、アタフタした。

案の定、オスカルが、ジェルメーヌを睨んだ。
ジェルメーヌは、ただただ、下を向いていた。

まさか、畑で戯れに話したのを、しっかりと覚えていて、こんな大勢いる前で口にするとは思っていなかったのである。子どもと言うのは、怖いものだと、ジェルメーヌは、知らなかった。

オスカルは、ため息をつき、
「でも、アリエノールは、パパに着替えを手伝って欲しいのだろう?
いいのか?」かなり、マジに聞いた。

「いいの、アリエノールちゃんは、パパと結婚するから、
パパに見られるのは、いいの。
でもね、お兄ちゃんとは結婚しないから、見せちゃダメなの」
と、またまた爆弾発言をした。

困った。どうしたらいいのだ。オスカルは、頭を抱えた。
余りにも、アタフタとしてしまって、ここにいるアンドレに助け舟を出してもらう事さえ忘れてしまった。

「アリエノール、パパとは、いつ結婚するのだ」取り敢えず、聞いてみた。
「う~ん、アリエノールちゃんは、明日でもいいのよ」

またまた、そこに居た、アリエノールとアンドレを除く全員が、今度はテーブルに顔を打ち付けた。

アンドレは、苦笑いをして笑っていた。彼の頭の中では、もしかしたら、オスカルはおれに三下り半を渡して、アリエノールをおれに押し付けるかもしれない・・・。
早く、オスカルの機嫌が直ってくれればいい。
でなきゃ、いつまでも、針の筵の上だ。

オスカルは、今度は至極真面目に、
「アリエノール、結婚は、大人にならなければ出来ないのだ。
それに、結婚式では、おまえはアンドレとダンスをしなければならない。
まだ、おまえは小さいから、アンドレは、おまえを抱っこしなければならないだろう?

もっと、食べて、大きくなって、勉強もして、本も沢山読んで、馬にも乗れるようになって、剣も使えるようになって、ドレスも素敵に着られるようになって、社交界にもデビューして、美人さんにもなって、それから・・・・・・」
オスカルが、言葉を探していると、

3歳で、来月には4歳になる子どもが、
そんなに~と言いながら、目をぱちくりして、隣に座る父親を見上げた。

そして、そんなに?そんなに出来ないと、パパと結婚できないの?
じゃあ、じゃあ、ママンは全部できるから、パパと結婚出来たの?
必死になって、アリエノールは、聞いた。

オスカルは、少々事実とは異なるが、この際目を瞑って、
ああ、全部できるさ!と、答えた。

すると、敵も負けずに、
パパ!アリエノールちゃん、頑張るから待っててね。
頑張ったら、結婚してね!
とアンドレに訴えた。

アンドレは、目を白黒させて、辛うじて頷いた。
オスカルが、婚約成立だな!と、ワインを高々と掲げ上げようとしたが、ワインが無かった。

全員が、ホッとした。
そして、ジャルパパが、のどが渇いたビールを飲みたいな!
と、戸棚から、全然冷えていないビールを出して、
パパアンドレと楽しそうに酌み交わした。

すると、オスカルもワインを所望した。
ワインを手に入れると、マグカップを差しだした者と飲み始めた。

ジェルメーヌは、やはり、ここでは最高の味も、並の味も、望むのは無理なのね。
そう思ったものの、ニコニコと飲んでいた。

こうして和やかに、時間は過ぎていった。

  *******************

オスカルが、ジェルメーヌ、アリエノールと井戸水を浴びて、自室に戻って来ると、アンドレはベッドに身を投げ出して、倒れていた。

オスカルは、
「ジュニア・・・プチ・アンドレは寝たのか?」
訊ねると、アンドレは直ぐに起き上がった。

ああ、と答え、オスカルの腕の中で、ぐっすり眠っているアリエノールを引き受けた。
すかさずオスカルが、
「ふん!大事な婚約者だものな!」

と、皮肉たっぷりに言った。
アンドレはそれには、全く異に返さなかった。
まあな!おれ好みに育てるのさ。
当然の事と、アリエノールの寝室に消えた。

なんか置いてきぼりにされたような気分になったオスカルは、まだ乾ききっていない、髪をぐしゃぐしゃとタオルでヤケになって拭いた。すると、優しくて大きな手が、頭に触れて、大好きな声が、

「ダメだよ、オスカル。そんなに乱暴に拭いちゃ。
もっと、優しく、流れに沿って、包み込むように拭くんだって、昔教えたじゃないか?そんなんじゃ、おれのお嫁さんでいられないぞ」アンドレが、笑いながら言った。

オスカルは、
「アンドレ、おまえアリエノールを嫁にいかせない気か?」
一応聞いてみた。

案の定、あったりまえだ!即答が帰って来た。

オスカルは、ふん!と思いながら、持って来た大きなヴィトンのトランクの数々を探して何か取り出すと、ベッドの足元に立って、目安を付けた。ベッドヘッドに行くと、手に持ったマスキングテープを、足元まで真っ直ぐに貼った。

「おいおい!何をしているんだ?」
アンドレが、慌てて聞いた。

「ここから、左半分は、わたしの領分、右半分がおまえのだ!
領土侵犯は、血を見るから覚悟しておけよ!

大事な、娘の婚約者を預かっているんだ。
触れたりしないから、安心しろ!」
とっくにシニカルに戻ったオスカルが言うと、本気の様でかなり怖かった。

「まだ、怒っているのか?
それとも、おれは、まだ、おまえの中でひとつになっていないのか?」
焦ったアンドレが、焦って言った。

オスカルは、至って冷静に、
「あれから・・・考えていないから、分からない。
今まで、忙しすぎた。

これから、考えるから、アリエノールと正式に婚約するまで、待っていてくれ」
この言葉を聞いて、アンドレは少しだけ安堵した。

冷静になったオスカルは、今夜の課題の、アリエノールのお人形のドレスに取り掛かった。
テーブルの上に、諸々持って行こうとすると、アンドレが、

「おまえ・・・素敵な夜着を着ているな。
良く見せてくれ。
おまえが、そんなのを着ているのを見たのは始めてだ。

その夜着の為か、おまえの肌も、髪もいつもより、一層輝いて見えるぞ!
どうしたのだ?それ?」

オスカルは、急に恥ずかしくなった。
今まで、アンドレには結婚式の時、宮廷に新年のご挨拶にお伺いした時にも、キレイだ。美しい。おまえもキラキラしている。と言われたが、この様な、白一色の夜着を着て言われるとは、思ってもいなかった。

かろうじて、
「母上に、・・・頂いたのだ・・・。」
とだけ言ったが、どのような夜着なのか、貰ったから、ただ着ただけだったので、分からなかった。

見てみると、胸元に細かいタックが取って有って、前立てにはフリルがあしらわれ、中央には小さなリボンが沢山ついていた。その上、衿廻り、袖口、裾周りにはレースがあしらわれていた。

とにかく、リボンとフリルとレースが、隙間が無い程、縫い込まれていた。

クルクルと見て回る、妻の姿を眩し気にアンドレが見ていた。
ふと、オスカルの動きが止まった。
そして、アンドレが座っているテーブルに突進してきた。

襲われる!
アンドレは、真剣に思った。
しかし、自分は未だ、領土不可侵をした覚えはない。

首をかしげてみていると、オスカルは製作途中のドレスを取り上げ、あちこち点検した。

そして、弱々しい声で、
「アンドレ・・・このドレスでは、オンナの子には、寂しすぎるな?」

アンドレが、ドレスを受け取ってみる。
スカートは、二枚重ねで、チョットだけ、装飾らしく見えたが、身頃の方は、何の装飾もなく、味気ないものだった。

アンドレの態度でオスカルは何かを決心した。
ドレスをほどき始めた。
もっと、オンナの子らしくしてやるんだ。
勇ましく、とてもこれからドレスを作るとは思えない声で言った。

アンドレは、微笑ましくも思いながら、
「今夜は、徹夜になるな。
と言う事は、あのマスキングテープは役に立たないな!」

と言いながら、既にオスカルとアンドレ用になっている、マグカップを出した。
そして、ビンから、ドボドボと何かを注いだ、
オスカルが、なんだ?と、目で聞いた。

「梅酒だ。おばあちゃんが、去年の6月に仕込んで、丹精込めて、抱きかかえて、揺すって・・・。こっちに来る時も、大事に持ってきたモノだそうだ」

「そうか・・・ばあやの梅酒にまた会えるとは、思ってもいなかった。
ゆっくりと味わいながら、ひ孫のドレスをつくるとするか・・・」
こうして、2人の夜は更けていった。

勿論、翌朝完成したドレスを見て、アリエノールが狂喜乱舞して、
ついでに、また作ってね!と言った時には、オスカルは天を仰いだ。

  *******************

それからしばらくは、平穏で無事な日々が続いた。
ジェルメーヌも、渋々ながら、畑仕事をし、水汲みはオスカルと交代でしていた。

その日は暗いうちから、土砂降りの雨だった。
アラスの街を馬車が走っている様だったが、雨脚が強く、馬車の轍の音も聞こえず、ましてや、それがどのような馬車なのかさえ分からなかった。

薄暗い中、ジャルパパとパパアンドレが、畑を見に行って来る。と言い出したが、そう言う時に限って、高齢の者が、事故を起こす屋敷に居ろ!と口々に言われ、大人しく引き下がった。

代わりに、アンドレ弟夫妻が、畑に向かって走って行った。
戻って来ると、昨夜雨の予感がしたので、養生をしたのでかなりの部分は大丈夫だろう。

だが、間に合わなかった所は、流されるかもしれない。
そして、用水路は元気よく、水はけをしてくれて、助かっている。と付け加えた。

アンドレは、やる事が無いので、ボケっと廊下を歩いていた。
すると、ジャルママに、洗濯物を渡された。
「あ、アイロンかけなら、オスカルかわたしがいたしますのに・・・」
と言うと、

ジャルママは、アンドレのシャツを一枚広げてみせた。
くっきりと、コテの跡があった。
アンドレの口が、あ~んぐりと開いた。

でしょう!?・・・ジャルママが、楽しそうに言った。
あの子に任せると、コテの熱が冷めるのを待たずに当てるものだから・・・。
あなたのシャツが、何枚あっても足りなくなるわ。

まあ、その内、慣れるから我慢してね。と言った。
で、そのオスカルは、何処にいるのですか?

使っている区画はそんなに広くない屋敷で見かけないのよ。
不思議そうに訪ねた。
「ああ、オスカルなら、書斎で、4人の子ども達に勉強を教えています」
アンドレは、嬉しそうに言った。

しかし、ジャルママは心配そうに、
「あら、あの子、短気になって、イライラしながら教えているのではなくて?」

アンドレは、さすがに奥さまだ。
オスカルの事を良く分かっていらっしゃる。

と思いながらも、
「オスカルにしては、かなり我慢して、丁寧にゆっくりと教鞭をとっています。
アレなら誰も、勉強が嫌いになったりはしないでしょう」
と、安心させ、洗濯物を持って自室に向かった。

アンドレが、2階へと階段を上って行くと、ジェルメーヌの部屋のドアが開いているのが見えた。ので、急いで、自室に入り、テキパキと片づけた。
そうしてもう一度、愛しい妻が、キスマークを付けてくれたシャツを眺めた。

笑えた。
大爆笑したくなった。
その時の妻の表情さえ、思い浮かべる事が出来た。
しばし、シャツを眺め、接吻をし、抱きしめ、幸せな時を過ごした。

そんなものだから、幸せに浮かれて、足取りも軽く自室を飛び出した。
途端。
ジェルメーヌに、呼び止められた。

居たのを、思い出したが、遅かった。
相談があるの、ちょっと来てくれない?
と言われてしまった。嫌な予感がした。

だが、断れるアンドレではない。
一歩、部屋に入ると、ジェルメーヌは、叫んだ。

きゃ~~~~~~~~!と,叫んだ。
そして、自分のドレスを胸元から引き裂いた。

アンドレは、なにがなんだか分からず、後ずさりするしかなかった。
その間にも、ジェルメーヌは、ベッドの上に倒れ込む。

そこへ、間の悪い事にオスカルが現れた。
「どうしたのだ?」
アンドレにではなく、ジェルメーヌに声を掛けた。

ジェルメーヌは、してやったりと、
「アンドレが、アンドレが、・・・。」
と、それらしく、怯えて言った。

しかし、オスカルは、平然と、
「アンドレが、本気になれば、そんなものでは収まらないはずだ。
それに・・・。」
と言って、ジェルメーヌの傍に寄った。

「これは、端を・・・裂きやすいように切ってあるな!
下手な芝居はしない方がいい。

それに、そのドレスは、アンドレの母上が、
おまえの為に一枚しかない余所行きのドレスを、
下さったものなのだぞ。それを、忘れるな!」

そこまで言うと、それまでの怒気を全く感じさせぬ声で、
「アンドレ、客が来た」
と、アンドレの腕をつかんで、部屋を出て行った。

オスカルに、腕を掴まれたまま、アンドレは、
「おれに・・・客?おまえにじゃないのか?
それに、このような雨の中をか?」

ふふふ・・・。客は、おまえも名指しで来た。
と、言い、客間へと夫を誘導して行った。

つづく
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