翌朝は、気持ちのいいくらいの快晴だった。
とは言っても、オスカルとアンドレが、誰にも知られずに修行から帰って来る時間は、まだ、日も昇っておらず、真っ暗闇だったが。

二人共、掛け声を掛けたのかのように、同時にシャワー室に飛び込んだ。
出かける前に用意しておいた、水が気持ち良く、汗を流す。

そういえば、もう、ジェルメーヌは居ないんだな・・・。
どちらともなく、少し寂しい感を漂わせながら言った。

「そういえば、ジェルメーヌの事・・・旦那さまにお伝えしなくて良かったのか?」
アンドレが、平然と言うのに、オスカルは髪を拭いていた手を止め、夫を見上げた。

「え゛・・・知っていたのか?」
「こっちに来る途中から、なにか違和感があって、段々と気づいてきた。
悪かったな」
オスカルは、何となく、最後の言葉を言うために、話題にしたような気がした。
でも、どう答えていいのか、分からなかったので、黙っていた。

すると、アンドレが、
「おまえ、虫に刺されたのか?」と左の鎖骨の所を指差した。

「え゛・・・」
オスカルが、下を向いた。赤くなっていた。と、同時に昨夜の出来事を思い出した。

夢のようなうつつの様な出来事だった。
だが、現実だった証拠が、胸にあった。
しばらくは、アンドレに見せないように・・・。とジェローデルは、言った。

が、そのアンドレに見つかってしまった。
「そういえば、かゆいなぁ!あとで、キンカンぬっておく!」

オスカルとしては、最大限のごまかしだった。が、アンドレは始めから、虫刺されだと信じていた。したがって、この時点では、問題がなかった。

2人とも、黙々と忍者ハットリくんの衣装を洗い、再び夜着を着ると自室に戻った。そして、ヴィトンのハンガー付きスーツケースに、ハットリくんの衣装を干すと、見えないように壁に向けて置いた。

次に、いつも通り、寝起きの振りをして子ども達を起こす。
子ども達も、ぐっすり寝ていたところを、起こされて少々不機嫌気味だった。

しかし、子どもと言うのは、とても敏感である。
両親が何か隠している事を、察していた。

何かをしようとしているようだ。

二人は相談した。聞いてみようか・・・。
だが、今度は、自分たちは置き去りにされないと、確信した。
だから、話してくれるまで、待とうと決めた。

そんな訳で、2人の子どもは、いつものルーティンで、洗面から髪の手入れまでを済ませて、四人揃って食堂へと向かった。

アンドレがアリエノールを抱っこして、アリエノールはアンジュちゃんを抱っこしていた。オスカルとプチ・アンドレは手をつないでいた。

アンドレ一家が、一番乗りだ。と、わいわいがやがや、廊下を行進した。
アンドレが、食堂のドアを開けると、立ち止まった。
オスカルが、どうした?と、脇から覗いた。ジェルメーヌが、居た。

オスカルが、行かなかったのか?と聞いた。
すると、ジェルメーヌが、何処へ?と言って、微笑んだ。
オスカルも、無言で微笑んだ。

子ども達は、外に出て遊び始めた。
アンドレも、行こうとしたが、女2人に連れ戻され、手伝わされた。
そう、ここでは、男女の区別なく、手の空いている者が、仕事をするのだ。

  *******************

この所、オスカルは空いた時間を使って、子ども達に勉強を教えていた。それぞれに課題を与えると、オスカルはアリエノールを膝にのせて、絵本を読み聞かせていた。

眠れる森の美女だった。

読み終わると、アリエノールは言った。
「ママン・・・。アリエノールちゃん、この人になりたいわ。そうすれば、眠って待っているだけで、パパが通りかかって、お嫁さんにしてくれるのよ。お勉強なんてしなくてもいいのよ」

引き算に、指を折りながら、格闘していた、プチ・アンドレが、
「それは、お姫さまだからだよ。
アリエノールはお姫さまじゃないから、眠っていてもダメだ。

それに、18歳で眠りにつくのだろう?
そして、100年後に王子様が来るんだろう。

100年したら、父さんは、白髪の爺さまになってしまうぞ」
と、もっともな意見をした。

アリエノールは、しばらく考えていたが、100年というのが、よく分からなかった。
聞くのも悔しかった。

じゃあ、ママン、このお部屋にある、一番大きなご本を持って来ちょうだい。
偉そうに言った。
オスカルは、世界地図を持って来た。
大きさでは一番だった。

が、アリエノールは、ズラリと並んだ、本を見渡して、一番分厚い本を指差した。
それは、かなり本格的な医学書だ。

これでいいのか?オスカルは、恐る恐る聞いてみた。女の子の扱いに慣れていないオスカルにとって、アリエノールの考えは、全く分からなかった。

ペラペラっと、ページをめくると、これがいいわ。
アリエノールは、嬉しそうに言った。

やはり、オスカルには不可解だった。
その本は、人体模型図、それに、内臓などの図もあった。

アリエノールは、面白そうに見始めた。
オスカルは、不可解な顔でそれを眺めた。
すると、アリエノールは、振り向いて言った。

ママン、これに色を塗っていい?オスカルが、承諾すると、お兄ちゃん、色鉛筆貸して・・・。色鉛筆を手に入れると、あれこれと手にして、一本を手にすると、本をぬりだした。

他の子どもの勉強を見て回り、また、アリエノールの背後に行くと、なんと肋骨が虹色に塗られていた。

オスカルは、やはり女の子は理解できない。
この子は大きくなったら、アンドレの嫁になるのだ。
この子の教育は、アンドレに任せよう。
決心した。

   *******************

オスカルは、一人、アイロンをかけていた。
直ぐに、コテの跡を付けてしまう事もあり、一人ゆっくりと作業したかった。

ダブルのシーツを広げた。
デカかった。それに比べて、アイロン台は小さかった。

端からアイロンをかけて、伸ばしていくが、床に落ちて行くシーツが再び皺になってしまう。

ヤケになって、まだ熱いコテをのせてしまった。
ジュっと音がして、きれいな茶色の跡が付いた。

あ~~~~っと、なったが、後の祭り。
どうする事も出来ない。

が、オスカルは、ニヤリとした。

オスカルは、数個あるアイロン台を集めると、その上にシーツを置いた。そして、頭の部分と思われる所に、片っ端からコテ跡を付けていった。

見事な、落ち葉模様だ。オスカルは満足した。
この調子で、ピローカバーにも模様を付けた。

意気揚々と自室に戻り、きれいに折りたたまれた落ち葉模様のシーツとピローカバーをベッドの上に置いた。夫婦のベッドメイクはアンドレの役目だった。
オスカルは、子ども部屋へ、ベッドメイクに行った。

アンドレは、戻って来るとベッドの上に置いてあるシーツに手を伸ばした。
バサッとベッドの上に広げようとして、慌てて、床に置いた。

なんだこれは!コテの跡ばかりじゃないか!こんなもの使ったら、焼け焦げた所から、剥がれ落ちて、ベッドがつかえなくなる。
だいたい、この時代掃除機なんてないのだからな。
勿体ないが、捨てるか・・・。

と、アンドレは、落ち葉模様(別名、コテ跡)シーツをゴミ箱に放り投げ、新しいシーツとピローカバーを出し、せっせとベッドメイクを始めた。

そこに、オスカルが入って来た。

ばら色の頬が、真っ青になっていった。
「わたしの傑作のシーツはどうしたのだ?」
震える声で、ようやく言った。

アンドレは、ベッドメイクをしながら、
「捨てたよ。アレじゃあ使い物にならない」
全く問題ないと答えた。

しかし、オスカルから返事が無かった。
無言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

突然、しゃくりあげる声が聞こえて来た。

アンドレは、焦った。
このような声を聞くのは、いつぶりだか分からない程ずっと前だ。

「おいおい、どうしたんだ」
一番身近な、愛する人が泣いているのに、どうしてだかさっぱりわからないアンドレだった。

「シャツにコテを付けても、
脚をつりそうになっても、
シーツをコテコテにしても、
おまえは何も言ってくれないんだな!?」

「え゛・・・?」

「だから・・・。わたしは、自分から、どうやって、おまえに・・・おまえと和睦を図ったらいいのか分からないのだ」

「だって」

「アンドレ、
『おまえがどんな過去を持ってようと、
その過去によって今のおまえが、いるのだ!
わたしには、おまえしかいない!
おまえじゃなきゃ、ダメなんだ!
こんな、わたしでもそばにいてくれるか?
一生離れないと、誓うか?』

なんて、言った事が無いのだ」

すると、アンドレが、
「言えたじゃないか!」と言った。

オスカルは、ベッドの傍のアンドレに、突進すると胸に飛び込んで、そのまま二人はベッドの上に倒れ込んだ。

アンドレが、オスカルの耳に何か囁いた。
オスカルが、ふふふ・・・と笑った。

すると、大きな声が耳元でした。
「アリエノールちゃんも、内緒話、聞きたい!」

「ぼくも仲間に入れてよ!父さんと母さんだけの、秘密なんてずるいよ!」

これを聞いたアンドレは、2人の子どもを、ポイっと廊下に出し、鍵をかけてしまった。

プチ・アンドレは、仕方がないので、
従兄弟のアンドレと遊びに行ってしまった。

一方の、アリエノールは、
「パパとママンが、ベッドで内緒話をしていて、
アリエノールちゃんを仲間外れにした~~~~~~~~~!」
と、泣き叫びながら、屋敷の中を歩き回った。

それを聞いた、ジャルパパ夫妻、パパアンドレ夫妻、アンドレの弟夫妻、そして、ジェルメーヌは、安堵した。

その日の夕食時は、皆ニコニコして、オスカルとアンドレを見ていた。
何故だか分からない二人も、きっと良いことがあったのだろうと、ニコニコしていた。

  *******************

ジャルママは、考えていた。

ジェルメーヌは、オスカルに告げた。

オスカルは、決断をした。
だが、黙っていた。

アンドレは、そんなオスカルを見て、パン焼きかまどの製作ピッチを早めた。

  *******************

そんなある日、オスカルが一服しようと食堂に行くと、ジャルママがいた。

「あら、オスカル、ちょうど良かったわ。コーヒー淹れて頂けないかしら?
そこのビンに入ってるわ」

オスカルは、テキパキと湯を沸かし、2人のマグカップを出し、コーヒーを入れた。

ジャルママは、良い香りに包まれて、運ばれるのを待った。
もうそろそろだろう、と待った。が、一向に運ばれて来ない。

娘は、しきりに腕を動かしている。
何をやっているのだろうか?
コーヒーをいれるのに、あのような動きなどしないはずなのに・・・。

ジャルママが、声をかけようとすると、オスカルが振り向いた。
「母上、このコーヒーは、腐っているのですか?
いくら、掻き回しても溶けないのですが・・・。」

・・・?・・・溶ける?何をとかすの?
娘は、何をしているのかしら、
ジャルママは、不審に思いながらも、言った。

「そんなはずないわ。毎日使っているのですもの」
ジャルママは、不思議そうに言った。
立ってそばに行こうかとも思ったが、今日は何故だかだるくて動きたくなかった。

すると、オスカルの方から、カップを持ってやってきた。
「見てください。ほら!いくら掻き回しても、粉のようなのが残っています」

「オスカル・・・貴女。コーヒーの淹れ方も知らないのですか?」
ジャルママの問いに、オスカルは平然と、

「以前、アンドレの為に毎朝、淹れてました。
確か・・・ネスカフェ・ゴールドブレンド!

初めて飲む味でしたが、アンドレと飲むと、
幸せな気分になって、美味しかったです。

これは、何処のメーカーの品ですか?
お客様係に文句を言ってやらなければなりません!」

ジャルママは、憮然として、
「ブルックスよ。オスカル、一つずつ小分けになっていたでしょ?
それにフィルターに入っていたはずです。
わざわざ出したのですか?」

「あゝ、紙に入って、さらに丁寧な事に、薄紙に包まれていました。
ですから、どんなに高級品かと思いました」

ジャルママは、頭を抱えた。
そして、それまで考えていた事を実行に移す決心をした。

オスカルから、ヤカンを取り上げ、新しいブルックスを2個取り出すと、ぱっぱとコーヒーを淹れた。

そして、カップを持ってシモーヌのところ行ってしまった。
溶けないコーヒー豆と、呆気にとられたオスカルが残された。

ジャルママは、シモーヌと相談した。
シモーヌは、快く承諾してくれた。

そして、それについて、パパアンドレ以下、子ども達と、オスカル、ジェルメーヌを除く、5人の大人に伝えられ、実行に移される事となった。

先ず、昼食の後、畑へと向かおうとする、
オスカルとジェルメーヌが、引き留められた。

ジャルママとシモーヌに・・・。

オスカルとジェルメーヌを前に、ジャルママとシモーヌは、有無を言わせぬ態度で宣言した。

「あなた達、近々ここを発って、パリへ又帰るのでしょう?
それに先立って、私とシモーヌで、あなた達に徹底的に家事を教え込みます。

女の仕事と思うかもうぃれないけど、知らないより、知っていた方が、この先の生活に必ず役に立ちます。

特に、オスカル!貴女の方がその気がなさそうですが、ご自分の立場を理解しているのですか?これから、アンドレと本格的に所帯を持って、子ども達を育てていかなければならいのですよ。

その位アンドレがやってくれる、自分が外に出て働けばいいと思っているかもしれません。でも、今の時代、男も仕事にありつけるのが難しいのに、女で、しかも、軍歴しかない貴女にどんな仕事ができると言うのですか?」

ジャルママのこの言葉に、オスカルは・・・ぶちぶち言ってみたが、相手にされなかった。

「私たちは、ばあやの死の直前まで、厳しく仕込まれました。これを、伝授します」
こうして、ジャルママと、シモーヌのスパルタ教育が始まった。

  *******************

「先ず、今夜は、パパアンドレが豚肉を交換してきたので、豚カツです。
それでは、2人、キャベツの千切りを、作って頂戴。
シモーヌが、見本を見せます」
しゃっしゃっしゃっしゃっ・・・。小気味いいリズムで、千切りが出来て行く。

「どうですか?分かりましたね」
オスカルとジェルメーヌは拍手喝采。

「見とれている場合ではありません。
2人ともやってちょうだい!」

オスカルは、刃物は得意と、包丁をクルリと投げては受け取りしながら、まな板に向かった。

ずっこん!どっこん!ずっこん!どっこん!
ずっこん!どっこん!ずっこん!どっこん!
ずっこん!どっこん!ずっこん!どっこん!
ずっこん!どっこん!ずっこん!どっこん!

ジャルママが、よろめきながら言った。
「どうしたら、そんな音が出るのですか?
オスカル!貴女、それでは百切りではないの!
オスカル、貴女をアンドレに貰ってもらうのはこのままでは恥ずかしいわ」

一方の、ジェルメーヌは、恐る恐る、シモーヌがしたように、キャベツを丸めてみる、そして、包丁を充てた。

しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・・しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・
しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・・しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・
しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・・しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・
しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・・しゃっ!・・・・・・・シーン・・・・・・

ジェルメーヌは、ゆっくりながらいい音を出して、慎重に包丁を動かしていた。
ジャルママとシモーヌは、期待をして、ジェルメーヌの千切りを見た。
見た目はすごく良かった。
細く、細く切れていた。

でも、どこか違っていた。
シモーヌが、そっと、キャベツを持ち上げてみた。

「ジェルメーヌさん、キャベツがみんな、繫がっていますよ。」

ジャルママとシモーヌは、2人の出発が、一年後になる事を祈った。

取りあえず、どうしようもない2人だったが、まだ、やる気のあるジェルメーヌをシモーヌが、どうしようもないオスカルを、ジャルママが担当する事になった。

朝、女たちが洗濯物を干していた。
ジャルママが、オスカルが三枚のシーツを干し終わった所に出くわした。
目が点になった。

「オスカル!なんですか!?それは!」
雷が落ちた。


しかし、軍務でその位の声には、慣れっこのオスカルは平然としている。

「オスカル、貴女、シーツをこんなにクシャクシャに干して、一枚ずつ広げようと思わないの?」
「でも、母上、アンドレが、構わないって。夜着もどうせ寝ていればくしゃくしゃになるんだし・・・って言ってくれた」

ああ、アンドレが寛容すぎる夫だから、この子は、こうなのね。
それとも、この子がこうだから、アンドレが寛容になるのかしら・・・?

それでも、ジャルママは、
「せめて、一枚ずつ広げて、パンパンして頂戴。
その方が、気持ちがイイでしょう?」

するとオスカルが、
「母上、パンパンってなんですか?」
と聞いてきた。
ジャルママは、もうもうよろめきそうだった。

  *******************

裁縫は、まあまあだった。
特に、これまで気が入らなかったオスカルが、真剣だった。

娘、アリエノールの誕生日プレゼントを作らなければならなかった。
シモーヌが中心になって、2人に説明した。

あなた達は、上手い下手はさておいて、並縫いはできるようですね。
では、今日は『まつり縫い』をしましょう。

すると、ジェルメーヌが、楽しそうに、
「縫い目が、お祭りのように、あっち行ったり、こっちに来たりするのですね!?
楽しそうですね!」

この一言に、シモーヌは、椅子から転げ落ち、ジャルママに助け起こされた。
こうして、オスカルとジェルメーヌの花嫁ならぬ、小学生の家庭科程度の修業は続いた。

  *******************

ある日、オスカルが、ジャルママに告げた。前もって、パリの(正確には、パリ市外の)アランに帰る事を伝えたい。よって、早馬を飛ばしたいのだが、誰か適任者はいないでしょうか?・・・と・・・。

すると、ジャルママは、ジャルパパに行ってもらえばいいわ。と即答した。
オスカルが、父上で大丈夫でしょうか?
その辺を物見遊山して、帰ってこないのでは?

母娘揃って、かつて、ヴェルサイユ宮殿にこの人あり!と、名を馳せていた、畏れ多くも、ジャルジェ将軍を使いに出そう。しかし、大丈夫だろうか?と、言っているのである。時代は、変わるものである。

ジャルママは、使用人に頼むと、賃金が掛かるのよ。お父さまなら、路銀だけでいいの。まあ、物見遊山の心配はあるけど、革命後のパリも見たいと思っていらっしゃるから、行っていただきましょう。

こうして、威厳を正して、グランディエ家の農園を後にしたジャルジェ将軍は、皆の見送りが見えなくなると、ニカッとした。

娘に、きつく言われていたので、アラン宅には、真っ直ぐに向かった。
しかし、その後、行方不明になってしまった。

バスティーユ、テュイリュリー広場で、見かけたとの情報はあったものの、その後が、トンと分からなかった。

  *******************

その様な日々が続き、いよいよ明朝出発の日になった。
ジャルパパは、まだ、戻って来ていない。

その日は、アリエノールの誕生日だ。
アリエノールは、朝から大はしゃぎで、ママンとお揃いの乗馬服をプレゼントに貰うのよ。アンジュちゃんも、新しいドレスを貰うの・・・と、またまた、屋敷中を大声で叫んで歩き回っていた。

それを聞いて、オスカルは満足感と同時に、左指先にポツポツ針を刺した跡を見て、涙を流した。そして、そんな妻の様子を見て、アンドレはますますオスカルに惹かれていった。

アリエノールの誕生日会は、アリエノールには内緒だったが、アンドレのちょっと早い誕生日会と、パリに帰る者たちの送別会を兼ねていた。

パパアンドレは、いつもより多くの野菜を持って、出かけた。
そして、交渉を重ねかなりの、戦利品を持って帰って来た。

誕生日会兼早めの誕生日会兼送別会は、質素だけれど、和やかに、楽しく行われた。ただ一人、ジャルパパがいなかった。
けど、誰も気にも留めなかった。

特に、アリエノールは、オスカルと共にお揃いの、白のブラウスと、黒いズボンを身にまとい。その上、アンジュちゃんにも新しいドレスを着せて、自慢げに登場!
皆の拍手喝さいを浴びて、天にも昇る気分だった。

その後、アンドレ一家の部屋では子ども達は、夢の中に行ってしまった。
しかし、現実にいるオスカルとアンドレが、部屋の中を走り回っていた。

荷物が多すぎるのだ。

来た時には、子ども達へのお土産くらいだったのが、どうして、この辺鄙な、農場から一歩も出てもいないのに荷物が増えたのか、2人ともヴィトンのスーツケースを前に、途方に暮れていた。

一方で、ジェルメーヌは、旅行鞄に必要最低限のモノを詰め込むと、不用品をゴミ置き場に捨てに行った。

ゴミ置き場には、燃やすごみ、燃えないゴミ、リサイクルできるもの、粗大ごみに分かれてゴミ箱が置かれていた。

ジェルメーヌが、慣れた手つきで、より分けていると、呼びかける声がした。

振り向くと、パーティーにも姿を現さなかった、ジャルジェ将軍だった。
温泉にでも入ってきたのであろうか?艶々した肌をしていた。

「明朝発つのだな。
送別会に出られなくて、申し訳なかった。
どういう顔をして、出たらいいのか・・・。
考えすぎて、馬を走らせる手が、鈍ってしまった。」

ジェルメーヌは、将軍が何を言っているのか、何を言いたいのか、待った。

「知っていたのだ。
わしも、近衛隊にいた。主だった貴族の、経歴も肖像も全て知っている。だが、言い出せなかったのだ。恨んでくれていい。

我がジャルジェ家は、質実剛健で生真面目で、愛人も恋人も持たない、変わった貴族だと代々評判だった。それを、わしの代で、終わらせるわけにはいかなかった。

彼女と、生まれる子供をこのアラスに住まわせることも考えた。
だが、おしゃべりスズメの、貴族たちの顔が浮かんできた。
怖かったのだ。

私は、卑怯者だ。
本来なら、許してくれなんて言わない・・・。
と、言うらしいが、私は、許しを請う。

申し訳なかった。許してくれ」
そう言うなり、将軍は深々と頭を下げた。

ジェルメーヌの目には、涙があふれてきた。
これまでの出来事が、思い出された。
オーストリアで、いつも遠いヴェルサイユにいる、恋人を思って泣いていた母の姿を思い出した。

そして言った。
剣の試合をして、彼方が勝ったら、許すし、彼方が父親だと認めるわ。
将軍が、頷いた。

ジェルメーヌは、剣を取りに部屋に向かった。
階段を駆け上り、直ぐに降りて行く音をオスカルが聞いていた。
(荷造りの最中なのに・・・。)
オスカルは、直ぐに後を付けた。

ジャルパパとジェルメーヌが、剣を合わせていた。
物陰から、オスカルは見守った。

予想通り、将軍が勝った。
ジェルメーヌは、将軍と握手を交わした。
オスカルは、何かを確信して、その場を去った。

将軍が、懐から、ずっしりした麻の袋を取り出すと、ジェルメーヌの手のひらに乗せた。驚いているジェルメーヌに、将軍は、

「少ないけど、グランディエ氏とわしから、此処で働いてくれた報酬だ。
持っていて邪魔になるものではない。受け取ってくれ。
そして、辛いことがあったらいつでも、此処に帰ってきなさい。必ずだぞ」

  *******************

翌朝、早くに、アンドレ一家とジェルメーヌが、パリに向かって旅立っていった。

馬車が消えてしまうと、シモーヌが、楽しそうに、
「アンドレが、食パンとブリオッシュのレシピをくれたの。
あらまあ、バターが必要だわ。どうしましょう?」

ジャルパパが、乳牛を飼うか・・・。と言った。
牧草そだてるのに、南の丘が良いよ。アンドレの弟が言う。
また、忙しくなるな。パパアンドレが、笑った。

シモーヌが、あらまだ書いてあるわ。牧草が、育つ頃には、パン焼き窯が、乾燥するから、それまで火を入れてはダメだよ。・・・ですって・・・。

その後にも、アンドレの走り書きがあったが、シモーヌは後でそっとジャルママに伝えるだけにした。

じゃあ、シモーヌ、ジャネット、それまで私たちは、パン作りの講習会に行きましょう!ジャルママが言った。

あゝ、楽しみだな!

こうして、エシレバターが、生まれた。な~んちゃって!

つづく



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