季節は変わって、パリも1年で一番暑い時期になろうとしていた。
オスカルも、しばしばジャルママの事を思いだすようだ。
しかし、ジャルジェ准将は、そろそろ次の段階に移る予感がした。
だが、アントワネットが、いないのにどうするのだろうか・・・。
何が、起こるのだろうか・・・。
オスカルでさえ、想像がつかなかった。
しかし、何かが起こりかけているとの、気配は感じていた。
その日も、オスカルは、玄関先で子ども達の勉強を見ていた。
国王陛下は相変わらず特大の馬車と格闘している。
遅々として進んでいないが・・・。
同じアパルトマンの主婦が、国王陛下と話しているのを、オスカルは、目の端で見ていた。国王陛下が、動揺を隠しているのが分かった。
話し終わると、わざとらしく首を傾げて、オスカルの所へやって来た。
少し話せないか?真剣に言う。
オスカルは、子ども達に続けているよう告げ、家の中に入って行った。
小心者で、話下手の国王陛下が、早く告げたくて、舌を必死で回そうとするので、余計に混乱してしまう。
陛下が伝える所によると、近々、タンプルの塔からコンシェルジュリに、アントワネットが、護送されるそうだ。いま、パリでは、その話で持ちきりらしい。
との事だった。
オスカルにとっても衝撃だった。
だが、頭の片隅にはあったが、そこまで、徹底するとは思っていなかった。
しかし、革命政府は、あくまでも国王と王妃を処刑した。という、事実を作りたいのだろう。
そして、一方では、行方不明の国王一家を探し出して、秘密裏に亡き者にするのだろう。
オスカルの頭が回転した。オスカルは、国王に他の婦人方には、当分この事は内密にするよう、念を押した。(何度も!)
いつもより遅い時間に、アンドレが帰宅した。
オスカルは、夕食の支度を手伝ってくれるはずなのに、遅いじゃないか!とは言わず、アンドレの目を見つめた。
オスカルの思っていた通り、アンドレは、パリ市内を、歩き回り情報を集めていたようだ。
どうだったのか?いつなのか?オスカルの目が聞いた。
しかし、分からないのだ。アンドレが、訳が分からん、と声に出して伝えた。
アントワネットの護送となると、市民たちはこぞって、出てくるだろう。
それに、革命政府にとっても、アントワネットの護送は、この革命の成功を、市民に知らせる為に、チャンスであるはずである。
だが、時間は無論の事、日にちさえ知らされていなかった。
ただ、見物したいものが、あちらこちらの道に、今から陣取っている様だ・・・。アンドレの情報は、それだけだった。オスカルとアンドレは、タンプルの塔からコンシェルジュリまでのルートを頭の中に描いた。何通りも、ある。
群衆に見せるのなら、日時を知らせて、ルートも知らせるはずだ。
それにしても、誰を護送馬車に乗せるのか?
オリバ・・・。古い名前が出てきた。
オスカルとアンドレにも、想定外の事だった。
だが、ジェローデルの講義では、アントワネットさまの処刑が行われた。
そう言っていた。
我々が、タンプルの塔から、お助けしても・・・と言う事か?
アンドレが、言った。
オスカルはまた、頭をフル回転させた。
頭が、思うように回らない。
クソッ!一言、叫んだ。
*******************
ある夜、オスカルとアンドレがベッドの上で、天井を見ながら、相変わらず、アントワネットの護送を考えていた。
すると、ホワンと部屋の中が、明るくなった。
天井に、ヴィーが現れた。
「ママン、父さん。
今、アントワネットさまの護送馬車が出発したよ」
挨拶もなしに、そう言った。
オスカルとアンドレは、がばっと起き上がった。
「こんなに、夜遅くにか?
それで、誰が乗っているのだ?」
「ママンも父さんも知っている人」
「じらさないで、教えろ!」オスカルが怒鳴った。
「今、言うから、絶対に助けに行かないでね。
ぼくと、レヴェ兄ちゃんで、何とか出来るから・・・。
いい?」
「分かった。分かったから、教えてくれ!」
オスカルが、叫ぶ!
「ダメだ。ママン、直ぐにでも、飛び出しそうだ!
明日の晩、また来るね。
ぼく、ここのアパルトマンと、ママンに結界張っているから、忙しいんだ」
そう言うと、ヴィーは消えてしまった。天井は、真っ暗になった。
オスカルが、立ち上がった。着替えようとしている。
アンドレが、止めた。行っても無駄だ。どこを走っているのかも分からない。
警護も大がかりだろう。おまえ一人が、立ち向かっても、何も出来ない。
オスカルの手が止まって、わたしたちの知っている者が、護送されているというのに、黙ってベッドに入っていろ!おまえが、そんな事を言うなんて思わなかった。
だから、おまえが、そのように行動するのを分かっていたから、ヴィーは、言わないで、消えたのだ。それに、明日の晩、伝えるという事は、この先になにか手があるという意味だ。ヴィーを、信じよう。
アンドレの言葉に、ようやくオスカルも落ち着いてきた。でも、誰なのだろうか?夫婦は、眠れなくなってしまった。護送馬車だけで、誰も乗っていないのなら、それで良い。しかし、ヴィーは、2人が知っている人物が、乗っていると言っていた。
だが、これから、裁判が待っているのだ。アントワネットさまとして、答弁しなければならない。それが出来て、アントワネットさまに似ている女性・・・。全く、思い当たらなかった。
翌日の晩、2人は、座禅を組む僧侶のように、ベッドの上に、きちんと座り、天井を見つめていた。だが、首が痛くなってきた。それなので、修学旅行の学生のように、正しく、キチンと仰向けになり、邪な事も考えず、天井を凝視していた。(果たして、修学旅行の学生が大人しくしているかは、疑問であるが、その他の例えがなかったんだもの。)
やっと、天井がホワンと明るくなった。
2人とも、がばっと起き上がった。
遅いじゃないか!オスカルが、怒鳴った。
ママンは、変わらないね!ヴィーは、のんびりと言う。
早く言え!再びオスカルが、怒鳴った!
じゃあ、言うけど、絶対に動かないって誓ってよ。
これから先は、ぼくとレヴェ兄ちゃんの管轄だから・・・。
絶対に、助けるから、ぼく達を信じて欲しいんだ!
少し冷静になったオスカルが、
おまえ達、いつの間にか、力を付けたのか?
これから、何が起きるのか、分かっているのか?
ヴィーは、
分かっているよ!
ジェローデルおじさんの、講義ぼく達も、聞いていたんだ。
だけど、それでママンが、タンプルの塔から、王様たちを助けてから、
状況が少し変わって来たの。
それで、ママンと父さんがどう動くかも、考えたんだ。
絶対に、動かないでよ。
裁判にも行かないで、ママン目立ちすぎる。
父さんも、背が高すぎる。
2人とも、規格外なんだ。
ぼく達でも、ごまかす事は出来ないから。
だた、処刑の日は、行ってもいいよ。
ぼく達の活躍を見てね。
オスカルは、命令する事には慣れていた。
アンドレも、オスカルからの命令のみで動いていた。
だが、今回は、レヴェとヴィーが、命令している。
オスカルもアンドレも、動揺した。
特に、真実が見えず、待つのが嫌いなオスカルにとっては、厳しかった。
でも、ここのアパルトマンに結界を張っていると言った。つまり、此処に、捜索が入ってこないのも、オスカルが、大量の食料を買い込んでも、不審がられないのも、ヴィーが防いでいるという事なのだろうか?
(以前、馬車の件で、2人入って来たが・・・。)
オスカルとしても、タンプルの塔から国王一家を救いだすまでしか、考えていなかった。
誰かをコンシェルジュリに移して、歴史通りにするとは、思った。しかしそれは、空の馬車、若しくは、アントワネットに似た人形でものせて護送し、その後、コンシェルジュリで、病死した・・・とでもすると、楽観している所もあった。
アントワネットの裁判は、予定通り行われ、処刑も行われる。オスカルが、一番考えたくない、最悪の事態が来てしまった。
ここは、レヴェとヴィーに、任せるしかないようだ。
分かった。
動かない。
オスカルが、静かな声で答えた。
だが、おまえの言うには、わたし達にとって、衝撃がある様だな。
アンドレ、わたしは心の準備が出来た。
おまえは、どうだ?
アンドレが、親指を立てた。
それを見て、ヴィーが口を開いた。
「ジェルメーヌおねえちゃん」
心の準備が出来ていた・・・と言った、2人だったが、もの凄い衝撃が走った。
*******************
やんごとなき身で、このような所にいらっしゃるとは・・・。
全く、似合いませんね。
ジェルメーヌが、声がする方を見上げた。
「お久しぶりです。覚えていてくださいましたか?
あの夜、私とは一緒に行かれないと仰ってお部屋にお戻りになられました。
今度こそ、私と一緒に参りませんか?
このままでは、どうなるのかご存じのはずです」
ジェローデルが、姿を見せないまま言う。
「オスカルの代わりはもう嫌なのよ」
うんざりしたように、ジェルメーヌが、言った。
「代わりではありません」
「代わりだわ!それに、これしか道はなかったの。私は、革命と共に死んだのよ」
「私は、オスカル嬢では、ダメなのです。あのアラスの夜、貴女がいらっしゃる前に彼女のエナジーを頂きました。とても濃いエナジーでした。歓びにあふれましたが、私には濃すぎました。
ですので、その後しばらく『一輪の白バラ』になってしまいました。毎日鉢植えに突っ立って、日差しを求めて、あちらに運ばれ、こちらに運ばれ、していました。一日三回、エドガーから、エナジーを頂いて、やっと、この姿に戻ったのです。
しかし、ずっと直立不動で立っていた為、膝は曲がらない上、腰も曲がらない、首も、腕も、全てが言う事を利かなかったのです。そう言う訳で、当分の間、ポーのリハビリ施設に入っていました。
それなので、貴女の前に現れるのが遅くなりました。でも、遅すぎないで良かった。
疑っていますね。見てください。
私の顔を・・・所々、白抜けになってますでしょう。白バラの後遺症です。」
そう言うと、暗闇の中に、ぼう~っとジェローデルが、姿を現した。
しかし、黒いマントを身に着けているので、白抜けになった部分だけが浮いて見える。
「でも、貴女のエナジーは、私にとてもよく合うようです。
決して、オスカル嬢の代わりではありません」
ジェローデルは、それまでの経緯を語った。
「ダメよ!オスカルが、ダメだから、私なのでしょ?!
やっぱり彼方は私の中にオスカルを見ているわ。
それに、私は今までずっと、日陰者として生きてきたの。
でも、このまま、断頭台に立てば、私は、『フランスの王妃』として、
死ぬ事が出来るのよ!
日陰者だった私が、日の目を見て、大勢の観客の前で、悲劇のヒロインになれるのよ。
帰ってください。
そして、彼方も、自分の生き方を探してください。
永遠のね」
こうして、あっけなくジェローデルはコンシェルジュリを後にした。
*******************
アントワネットの裁判が、始まった。
アパルトマンでは、オスカルとアンドレの、仮装大会が、始まった。
だが、どんなに仮装しても、変装しても、オスカルの美貌は隠せなかった。そこで、マスクとサングラスをしてみた。通った鼻筋と、美しい輪郭が、かえって目を引いてしまった。
アンドレも、長身が災いし、人々の中では、目立ち過ぎていた。
では、三等身で、と、思ったら、どう念じても、三等身にならなかった。
だいたい、いつも、その方が、便利だと感じ始める前に、なっていた。
不思議でしょうがなかった。
それでは、誰か信用の出来る者に行ってもらって、報告してもらおうか・・・。
それには、ある程度の知識、教養がある者でなければならない。
2人は、知っている者の顔を思い浮かべた。アランが適任だと思った。が、アランは、ジェルメーヌにプロポーズして断られている。頼む事が出来ない・・・アンドレが言った。
しかし、オスカルは、あいつは、まだ、一生分の片思いにしがみ付いている。だから、大丈夫だ!と言って、モンマルトルに行こうとした。
アンドレは、頭を抱えた。が、抱えている場合ではなかった。マジで止めないと、アランの所に行って、何を言い出すか分からない。ケツが青いとかなんとか・・・。
そう言えば、昔付き合っていた、ベルナール・シャトレと言う、新聞記者を思い出した。しかし、その頃住んでいた家に行ったが、いなかった。
仕方がないので、ヴィーの言いつけを守って、待つ事にした。
最近、待ってばかりのオスカルは、ストレスフルだった。
*******************
そして、1793年10月15日正午
アントワネットの処刑が行われる時刻である。
オスカルとアンドレは、国王陛下の時駆けつけた時刻が遅かったので、今回は、超早く家を出た。今日ばかりは、マザコンアンドレに、まだ幼いアリエノール、フランソワを頼むと言って、とっとと出かけた。
しかし、革命広場は既に群衆で埋まっていた。
オスカルとアンドレは、また、三等身になろうとした。
しかし、今回もダメだった。
人の波を縫って、前に行こうとした。しかし、皆、同じ考えであるようで、押し合いへし合いで、将棋倒しになりそうだ。
2人が、前に行くと、そこにまた、人が入って来る。
その内、前方から歓声が聞こえた。
オスカルは、断頭台に立つ、プラチナブロンドを見た。
遠目だが、しっかりと前を向いて、毅然と立っている。
オスカルは、アンドレの方を見た。
うん。アンドレが、答えた。
傍にいるのに、手が出せない。
二人共、握り合っていた手を、痛いほどに握りなおした。
一方の、ジェルメーヌは、この時を待っていたような、
清々しささえ感じる、雰囲気を醸し出している。
オスカルとアンドレには、分からなかった。
そもそも、何でジェルメーヌが、アントワネットさまの代わりになったのかも、分からない。
オスカルが、希望を求めて、天を仰いだ。
ふたつのキラキラしたものが、飛び交っていた。
アンドレに、上を見てみろ!レヴェとヴィーが来ている。そう告げた。
しかし、ふたりに何が出来るのだろうか?
オスカルとアンドレには、祈る事しかできなかった。
レヴェとヴィーは、断頭台の上をクルクルと回っていた。
その日は、快晴でだれも、太陽以外の光る物に気づかなかった。
それよりも、群衆の関心は、断頭台である。
空を見上げているのは、オスカルとアンドレだけだった。
目立っていた。
レヴェとヴィーは、クルクル回って、何かを作ろうとしていた。
そこに、黒いマントをはおった男が現れた。
そして、男は、レヴェとヴィーに言った。
「ガキは黙って、引っ込んでいろ。
ここは、私の管轄だ!」
レヴェが答えた。
「おじさん、誰だ!僕たちの邪魔をしないでくれ!」
そう言いながら、おじさん(ジェローデル)に体当たりした。
その時、空が暗くなり始めた。
それまで、雲一つない空に、雷雲が現れた。
レヴェとヴィー組とおじさんが、戦うと、雷雲が発生するようだった。
何度も、何度も、レヴェとヴィーが固まって、おじさんに体当たりした。
その度に、空は暗くなり、おじさんは弱っていく。
「おい!やめてくれ!私は雷がダメなのだ!」
おじさんが、たじろいだ。
「だったら、おじさん、消えてよ!
ぼくたちは、ジェルおねえちゃんを助けにきたんだから!」
上を向いて、レヴェとヴィー組VS.黒い塊を見ていたオスカルに、アンドレが、声を掛けた。
前を見てみろ!
断頭台では、ジェルメーヌが、ギロチン台にうつ伏せになっていた。群衆は固唾をのんで、今まさに、サンソンによって、刃が落ちるのを、未だか、未だかと、待っていた。
空は、ますます暗くなっていく。
雷鳴も聞こえてきた。
おじさんは、顔を青くしながら、レヴェとヴィーを、追い払おうと必死だった。
「私も、ジェルメーヌを助けに来たのだ!
小童(こわっぱ)たちは引っ込んでろ!」
黒い塊でおじさんのジェローデルが、叫んだ!
サンソンの手が、緩んだ。
オスカルは、見なくてはならないものなのか、見てはいけないのか・・・。
空では、何が起こっているのか・・・。
アンドレに、しがみ付いていた。
ギロチンの刃が落ちるのが、オスカルには、スローモーションで見えた。
ギロチンの刃が、ジェルメーヌの首に達すると、同時に、真っ暗になり、ギロチンの刃めがけて稲妻が走った。
しかし、悠然とした動きで、サンソンが首を高々と掲げる。
血が滴っていた。
群衆から、歓喜の声が沸き上がった。
オスカルが、愕然とした。
「レヴェとヴィーが何とかしてるよ」アンドレが、根拠のない、慰めを言った。
「確かめたい・・・本当に、ジェルメーヌか・・・。」
オスカルが、泣きながら言った。
「ダメだ、此処で泣いては、王党派と間違えられる。
一端、家に帰ろう。子供たちも待っているし、客人もいる」
アンドレが言い訳にもならない事を言って、オスカルを促し、革命広場を後にした。
帰宅しても、オスカルは呆然としていた。
しかし、子ども達は、ああだ、こうだと、騒がしい。
それに、3階の高貴な方々の事も気になる。
仕方なく、アンドレが動いていた。
動いていると、気がまぎれるかと思ったが、ダメだった。
レヴェもヴィーも、約束を破るような子ではない。
それに、空には、黒い物体も動いていた。
あれは何だったのだろうか・・・。
アンドレは、手を休めることなく、さらに、頭を動かしていた。
ほんの少し、准将になった気分だった。
つづく
オスカルも、しばしばジャルママの事を思いだすようだ。
しかし、ジャルジェ准将は、そろそろ次の段階に移る予感がした。
だが、アントワネットが、いないのにどうするのだろうか・・・。
何が、起こるのだろうか・・・。
オスカルでさえ、想像がつかなかった。
しかし、何かが起こりかけているとの、気配は感じていた。
その日も、オスカルは、玄関先で子ども達の勉強を見ていた。
国王陛下は相変わらず特大の馬車と格闘している。
遅々として進んでいないが・・・。
同じアパルトマンの主婦が、国王陛下と話しているのを、オスカルは、目の端で見ていた。国王陛下が、動揺を隠しているのが分かった。
話し終わると、わざとらしく首を傾げて、オスカルの所へやって来た。
少し話せないか?真剣に言う。
オスカルは、子ども達に続けているよう告げ、家の中に入って行った。
小心者で、話下手の国王陛下が、早く告げたくて、舌を必死で回そうとするので、余計に混乱してしまう。
陛下が伝える所によると、近々、タンプルの塔からコンシェルジュリに、アントワネットが、護送されるそうだ。いま、パリでは、その話で持ちきりらしい。
との事だった。
オスカルにとっても衝撃だった。
だが、頭の片隅にはあったが、そこまで、徹底するとは思っていなかった。
しかし、革命政府は、あくまでも国王と王妃を処刑した。という、事実を作りたいのだろう。
そして、一方では、行方不明の国王一家を探し出して、秘密裏に亡き者にするのだろう。
オスカルの頭が回転した。オスカルは、国王に他の婦人方には、当分この事は内密にするよう、念を押した。(何度も!)
いつもより遅い時間に、アンドレが帰宅した。
オスカルは、夕食の支度を手伝ってくれるはずなのに、遅いじゃないか!とは言わず、アンドレの目を見つめた。
オスカルの思っていた通り、アンドレは、パリ市内を、歩き回り情報を集めていたようだ。
どうだったのか?いつなのか?オスカルの目が聞いた。
しかし、分からないのだ。アンドレが、訳が分からん、と声に出して伝えた。
アントワネットの護送となると、市民たちはこぞって、出てくるだろう。
それに、革命政府にとっても、アントワネットの護送は、この革命の成功を、市民に知らせる為に、チャンスであるはずである。
だが、時間は無論の事、日にちさえ知らされていなかった。
ただ、見物したいものが、あちらこちらの道に、今から陣取っている様だ・・・。アンドレの情報は、それだけだった。オスカルとアンドレは、タンプルの塔からコンシェルジュリまでのルートを頭の中に描いた。何通りも、ある。
群衆に見せるのなら、日時を知らせて、ルートも知らせるはずだ。
それにしても、誰を護送馬車に乗せるのか?
オリバ・・・。古い名前が出てきた。
オスカルとアンドレにも、想定外の事だった。
だが、ジェローデルの講義では、アントワネットさまの処刑が行われた。
そう言っていた。
我々が、タンプルの塔から、お助けしても・・・と言う事か?
アンドレが、言った。
オスカルはまた、頭をフル回転させた。
頭が、思うように回らない。
クソッ!一言、叫んだ。
*******************
ある夜、オスカルとアンドレがベッドの上で、天井を見ながら、相変わらず、アントワネットの護送を考えていた。
すると、ホワンと部屋の中が、明るくなった。
天井に、ヴィーが現れた。
「ママン、父さん。
今、アントワネットさまの護送馬車が出発したよ」
挨拶もなしに、そう言った。
オスカルとアンドレは、がばっと起き上がった。
「こんなに、夜遅くにか?
それで、誰が乗っているのだ?」
「ママンも父さんも知っている人」
「じらさないで、教えろ!」オスカルが怒鳴った。
「今、言うから、絶対に助けに行かないでね。
ぼくと、レヴェ兄ちゃんで、何とか出来るから・・・。
いい?」
「分かった。分かったから、教えてくれ!」
オスカルが、叫ぶ!
「ダメだ。ママン、直ぐにでも、飛び出しそうだ!
明日の晩、また来るね。
ぼく、ここのアパルトマンと、ママンに結界張っているから、忙しいんだ」
そう言うと、ヴィーは消えてしまった。天井は、真っ暗になった。
オスカルが、立ち上がった。着替えようとしている。
アンドレが、止めた。行っても無駄だ。どこを走っているのかも分からない。
警護も大がかりだろう。おまえ一人が、立ち向かっても、何も出来ない。
オスカルの手が止まって、わたしたちの知っている者が、護送されているというのに、黙ってベッドに入っていろ!おまえが、そんな事を言うなんて思わなかった。
だから、おまえが、そのように行動するのを分かっていたから、ヴィーは、言わないで、消えたのだ。それに、明日の晩、伝えるという事は、この先になにか手があるという意味だ。ヴィーを、信じよう。
アンドレの言葉に、ようやくオスカルも落ち着いてきた。でも、誰なのだろうか?夫婦は、眠れなくなってしまった。護送馬車だけで、誰も乗っていないのなら、それで良い。しかし、ヴィーは、2人が知っている人物が、乗っていると言っていた。
だが、これから、裁判が待っているのだ。アントワネットさまとして、答弁しなければならない。それが出来て、アントワネットさまに似ている女性・・・。全く、思い当たらなかった。
翌日の晩、2人は、座禅を組む僧侶のように、ベッドの上に、きちんと座り、天井を見つめていた。だが、首が痛くなってきた。それなので、修学旅行の学生のように、正しく、キチンと仰向けになり、邪な事も考えず、天井を凝視していた。(果たして、修学旅行の学生が大人しくしているかは、疑問であるが、その他の例えがなかったんだもの。)
やっと、天井がホワンと明るくなった。
2人とも、がばっと起き上がった。
遅いじゃないか!オスカルが、怒鳴った。
ママンは、変わらないね!ヴィーは、のんびりと言う。
早く言え!再びオスカルが、怒鳴った!
じゃあ、言うけど、絶対に動かないって誓ってよ。
これから先は、ぼくとレヴェ兄ちゃんの管轄だから・・・。
絶対に、助けるから、ぼく達を信じて欲しいんだ!
少し冷静になったオスカルが、
おまえ達、いつの間にか、力を付けたのか?
これから、何が起きるのか、分かっているのか?
ヴィーは、
分かっているよ!
ジェローデルおじさんの、講義ぼく達も、聞いていたんだ。
だけど、それでママンが、タンプルの塔から、王様たちを助けてから、
状況が少し変わって来たの。
それで、ママンと父さんがどう動くかも、考えたんだ。
絶対に、動かないでよ。
裁判にも行かないで、ママン目立ちすぎる。
父さんも、背が高すぎる。
2人とも、規格外なんだ。
ぼく達でも、ごまかす事は出来ないから。
だた、処刑の日は、行ってもいいよ。
ぼく達の活躍を見てね。
オスカルは、命令する事には慣れていた。
アンドレも、オスカルからの命令のみで動いていた。
だが、今回は、レヴェとヴィーが、命令している。
オスカルもアンドレも、動揺した。
特に、真実が見えず、待つのが嫌いなオスカルにとっては、厳しかった。
でも、ここのアパルトマンに結界を張っていると言った。つまり、此処に、捜索が入ってこないのも、オスカルが、大量の食料を買い込んでも、不審がられないのも、ヴィーが防いでいるという事なのだろうか?
(以前、馬車の件で、2人入って来たが・・・。)
オスカルとしても、タンプルの塔から国王一家を救いだすまでしか、考えていなかった。
誰かをコンシェルジュリに移して、歴史通りにするとは、思った。しかしそれは、空の馬車、若しくは、アントワネットに似た人形でものせて護送し、その後、コンシェルジュリで、病死した・・・とでもすると、楽観している所もあった。
アントワネットの裁判は、予定通り行われ、処刑も行われる。オスカルが、一番考えたくない、最悪の事態が来てしまった。
ここは、レヴェとヴィーに、任せるしかないようだ。
分かった。
動かない。
オスカルが、静かな声で答えた。
だが、おまえの言うには、わたし達にとって、衝撃がある様だな。
アンドレ、わたしは心の準備が出来た。
おまえは、どうだ?
アンドレが、親指を立てた。
それを見て、ヴィーが口を開いた。
「ジェルメーヌおねえちゃん」
心の準備が出来ていた・・・と言った、2人だったが、もの凄い衝撃が走った。
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やんごとなき身で、このような所にいらっしゃるとは・・・。
全く、似合いませんね。
ジェルメーヌが、声がする方を見上げた。
「お久しぶりです。覚えていてくださいましたか?
あの夜、私とは一緒に行かれないと仰ってお部屋にお戻りになられました。
今度こそ、私と一緒に参りませんか?
このままでは、どうなるのかご存じのはずです」
ジェローデルが、姿を見せないまま言う。
「オスカルの代わりはもう嫌なのよ」
うんざりしたように、ジェルメーヌが、言った。
「代わりではありません」
「代わりだわ!それに、これしか道はなかったの。私は、革命と共に死んだのよ」
「私は、オスカル嬢では、ダメなのです。あのアラスの夜、貴女がいらっしゃる前に彼女のエナジーを頂きました。とても濃いエナジーでした。歓びにあふれましたが、私には濃すぎました。
ですので、その後しばらく『一輪の白バラ』になってしまいました。毎日鉢植えに突っ立って、日差しを求めて、あちらに運ばれ、こちらに運ばれ、していました。一日三回、エドガーから、エナジーを頂いて、やっと、この姿に戻ったのです。
しかし、ずっと直立不動で立っていた為、膝は曲がらない上、腰も曲がらない、首も、腕も、全てが言う事を利かなかったのです。そう言う訳で、当分の間、ポーのリハビリ施設に入っていました。
それなので、貴女の前に現れるのが遅くなりました。でも、遅すぎないで良かった。
疑っていますね。見てください。
私の顔を・・・所々、白抜けになってますでしょう。白バラの後遺症です。」
そう言うと、暗闇の中に、ぼう~っとジェローデルが、姿を現した。
しかし、黒いマントを身に着けているので、白抜けになった部分だけが浮いて見える。
「でも、貴女のエナジーは、私にとてもよく合うようです。
決して、オスカル嬢の代わりではありません」
ジェローデルは、それまでの経緯を語った。
「ダメよ!オスカルが、ダメだから、私なのでしょ?!
やっぱり彼方は私の中にオスカルを見ているわ。
それに、私は今までずっと、日陰者として生きてきたの。
でも、このまま、断頭台に立てば、私は、『フランスの王妃』として、
死ぬ事が出来るのよ!
日陰者だった私が、日の目を見て、大勢の観客の前で、悲劇のヒロインになれるのよ。
帰ってください。
そして、彼方も、自分の生き方を探してください。
永遠のね」
こうして、あっけなくジェローデルはコンシェルジュリを後にした。
*******************
アントワネットの裁判が、始まった。
アパルトマンでは、オスカルとアンドレの、仮装大会が、始まった。
だが、どんなに仮装しても、変装しても、オスカルの美貌は隠せなかった。そこで、マスクとサングラスをしてみた。通った鼻筋と、美しい輪郭が、かえって目を引いてしまった。
アンドレも、長身が災いし、人々の中では、目立ち過ぎていた。
では、三等身で、と、思ったら、どう念じても、三等身にならなかった。
だいたい、いつも、その方が、便利だと感じ始める前に、なっていた。
不思議でしょうがなかった。
それでは、誰か信用の出来る者に行ってもらって、報告してもらおうか・・・。
それには、ある程度の知識、教養がある者でなければならない。
2人は、知っている者の顔を思い浮かべた。アランが適任だと思った。が、アランは、ジェルメーヌにプロポーズして断られている。頼む事が出来ない・・・アンドレが言った。
しかし、オスカルは、あいつは、まだ、一生分の片思いにしがみ付いている。だから、大丈夫だ!と言って、モンマルトルに行こうとした。
アンドレは、頭を抱えた。が、抱えている場合ではなかった。マジで止めないと、アランの所に行って、何を言い出すか分からない。ケツが青いとかなんとか・・・。
そう言えば、昔付き合っていた、ベルナール・シャトレと言う、新聞記者を思い出した。しかし、その頃住んでいた家に行ったが、いなかった。
仕方がないので、ヴィーの言いつけを守って、待つ事にした。
最近、待ってばかりのオスカルは、ストレスフルだった。
*******************
そして、1793年10月15日正午
アントワネットの処刑が行われる時刻である。
オスカルとアンドレは、国王陛下の時駆けつけた時刻が遅かったので、今回は、超早く家を出た。今日ばかりは、マザコンアンドレに、まだ幼いアリエノール、フランソワを頼むと言って、とっとと出かけた。
しかし、革命広場は既に群衆で埋まっていた。
オスカルとアンドレは、また、三等身になろうとした。
しかし、今回もダメだった。
人の波を縫って、前に行こうとした。しかし、皆、同じ考えであるようで、押し合いへし合いで、将棋倒しになりそうだ。
2人が、前に行くと、そこにまた、人が入って来る。
その内、前方から歓声が聞こえた。
オスカルは、断頭台に立つ、プラチナブロンドを見た。
遠目だが、しっかりと前を向いて、毅然と立っている。
オスカルは、アンドレの方を見た。
うん。アンドレが、答えた。
傍にいるのに、手が出せない。
二人共、握り合っていた手を、痛いほどに握りなおした。
一方の、ジェルメーヌは、この時を待っていたような、
清々しささえ感じる、雰囲気を醸し出している。
オスカルとアンドレには、分からなかった。
そもそも、何でジェルメーヌが、アントワネットさまの代わりになったのかも、分からない。
オスカルが、希望を求めて、天を仰いだ。
ふたつのキラキラしたものが、飛び交っていた。
アンドレに、上を見てみろ!レヴェとヴィーが来ている。そう告げた。
しかし、ふたりに何が出来るのだろうか?
オスカルとアンドレには、祈る事しかできなかった。
レヴェとヴィーは、断頭台の上をクルクルと回っていた。
その日は、快晴でだれも、太陽以外の光る物に気づかなかった。
それよりも、群衆の関心は、断頭台である。
空を見上げているのは、オスカルとアンドレだけだった。
目立っていた。
レヴェとヴィーは、クルクル回って、何かを作ろうとしていた。
そこに、黒いマントをはおった男が現れた。
そして、男は、レヴェとヴィーに言った。
「ガキは黙って、引っ込んでいろ。
ここは、私の管轄だ!」
レヴェが答えた。
「おじさん、誰だ!僕たちの邪魔をしないでくれ!」
そう言いながら、おじさん(ジェローデル)に体当たりした。
その時、空が暗くなり始めた。
それまで、雲一つない空に、雷雲が現れた。
レヴェとヴィー組とおじさんが、戦うと、雷雲が発生するようだった。
何度も、何度も、レヴェとヴィーが固まって、おじさんに体当たりした。
その度に、空は暗くなり、おじさんは弱っていく。
「おい!やめてくれ!私は雷がダメなのだ!」
おじさんが、たじろいだ。
「だったら、おじさん、消えてよ!
ぼくたちは、ジェルおねえちゃんを助けにきたんだから!」
上を向いて、レヴェとヴィー組VS.黒い塊を見ていたオスカルに、アンドレが、声を掛けた。
前を見てみろ!
断頭台では、ジェルメーヌが、ギロチン台にうつ伏せになっていた。群衆は固唾をのんで、今まさに、サンソンによって、刃が落ちるのを、未だか、未だかと、待っていた。
空は、ますます暗くなっていく。
雷鳴も聞こえてきた。
おじさんは、顔を青くしながら、レヴェとヴィーを、追い払おうと必死だった。
「私も、ジェルメーヌを助けに来たのだ!
小童(こわっぱ)たちは引っ込んでろ!」
黒い塊でおじさんのジェローデルが、叫んだ!
サンソンの手が、緩んだ。
オスカルは、見なくてはならないものなのか、見てはいけないのか・・・。
空では、何が起こっているのか・・・。
アンドレに、しがみ付いていた。
ギロチンの刃が落ちるのが、オスカルには、スローモーションで見えた。
ギロチンの刃が、ジェルメーヌの首に達すると、同時に、真っ暗になり、ギロチンの刃めがけて稲妻が走った。
しかし、悠然とした動きで、サンソンが首を高々と掲げる。
血が滴っていた。
群衆から、歓喜の声が沸き上がった。
オスカルが、愕然とした。
「レヴェとヴィーが何とかしてるよ」アンドレが、根拠のない、慰めを言った。
「確かめたい・・・本当に、ジェルメーヌか・・・。」
オスカルが、泣きながら言った。
「ダメだ、此処で泣いては、王党派と間違えられる。
一端、家に帰ろう。子供たちも待っているし、客人もいる」
アンドレが言い訳にもならない事を言って、オスカルを促し、革命広場を後にした。
帰宅しても、オスカルは呆然としていた。
しかし、子ども達は、ああだ、こうだと、騒がしい。
それに、3階の高貴な方々の事も気になる。
仕方なく、アンドレが動いていた。
動いていると、気がまぎれるかと思ったが、ダメだった。
レヴェもヴィーも、約束を破るような子ではない。
それに、空には、黒い物体も動いていた。
あれは何だったのだろうか・・・。
アンドレは、手を休めることなく、さらに、頭を動かしていた。
ほんの少し、准将になった気分だった。
つづく
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