グランディエ家で、ゆっくりと体を休めたジェルメーヌは、ある朝出て行く事にした。オスカルもアンドレも、女一人で働くところを見つけるのは、難しい。それに加え、住まいまで、確保するなんて以ての外だ。

落ち着くまで、この家に居て、それから出て行ってはどうか?
住むところがあるだけ、心強いのではないか?

必死で説得したが、ジェルメーヌは、一人でやっていきたい。
そう言うだけで、かたくなに受け入れなかった。

グランディエ家を出たものの、ジェルメーヌには、行くあてなどなかった。その辺りをぶらぶらしていて、思いついた。

あの10月の行進以来、ヴェルサイユには、行っていなかった。あの時は、周りを見る余裕などなかった。女達の中に入って、もみくちゃにされていた。

あの、豪華な宮殿がどうなっているのか?貴族の邸宅が並んでいた広大な敷地はどうなっているのか?アンドレが、ショットバーをしていた、下町はどうなっているのか?

自分の目で、確かめたくなった。
足は、西に向かった。
途中の街道はあまり変化が無いように感じられた。

もともと、ジェルメーヌも馬車でパリとヴェルサイユを往復していたので、あまり良く分からなかったが・・・。

やや狭い道を通り抜けると、左手にヴェルサイユ宮殿が現れた。遠目には、大きな門は、金色に輝いていた。思っていた程、損傷はないように見えた。

恐る恐る、近づいて行った。遠目に見て輝いていた門は、かなりの損傷を受けていた。いつもシャンデリアが輝いて、貴族たちが歩き回るのが見えた、窓の中は暗くひっそりとしていた。

その窓は、割られて、辛うじて枠だけが残っていればいい方だった。
あの10月、アントワネットさまはあそこにお立ちになった。
その日、ジェルメーヌも女たちに混ざって、ヴェルサイユまで歩いて行った。だが、今ではあの時の高揚感も、はるか昔の様な気がする。

宮殿に背を向けて、貴族の邸宅のある方に歩いて行った。不思議と何の感慨もなかった。ボーフォール公爵邸に行ってみようかとも思ったが、もう、どうなっていても構わなかった。

そんな自分に呆れながらも、ホッとするところもあった。

下町に行ってみる。
以前、オスカルとアンドレが訪れた時は、人影もまばらだったと言っていた。
今でもそうなのだろうか?

人がいなくなって、貴族の使用人たちもいなくなって、商売にならないと、ディアンヌとクロードアシルはパリに戻って来ていた。

人通りはまばらで、その頃と違った店が、軒先を並べていた。小さな活気がある。アンドレの店に行ってみた。

あの頃と変わらず、そこに存在していた。そっと、ドアを押してみる。不用心にも・・・誰もいないだろうけど・・・取りあえず、こんにちは。声を掛けてみたが、やはりもぬけの殻の様だ。

あまりにも暗いので、裏口のドアも開けた。
カウンターも椅子も、そのままだった。
見上げると、グラスも整然とぶら下がっている。

ジェルメーヌが、キョロキョロ見回していると、一人の男が入って来た。
「おお!やっと、再開か!酒を飲むところが無くて、困っていたんだ。
ねえちゃん、ちょっと一杯くれないかい!」

ジェルメーヌは、酒をくれて言われても、酒なんて置いていない。ごめんなさい。そう言うと、男は、
「何言ってるんだい!ねえちゃんの後ろに、たんとあるじゃないか!
どれでもいい、チョコッとだけ飲ましてくれ!」

ジェルメーヌは、半信半疑で振り返ると、酒棚にギッシリと、リキュール類が、詰まっていた。あまりホコリのついていない一本を出す。驚いた事に、新品だった。栓を開けて、ショットグラスに注いだ。

男は、キュッとのんで、ああ美味い。一言言った。
悪いが、もう一杯くれるか?昼間っから飲むなって、かかあが、うるさいけ。んじゃけど、景気づけだ!

男は又、キュッと飲むと、ありがとよ!夜になったら、仲間を連れて来るから、よろしくな!そういうと、幾らかの金を、カウンターに置いて出て行った。

ジェルメーヌは、酒ビンを抱えたまま、呆気に取られていた。
『ねえちゃん』か・・・。
何となく、いい気分だった。

カウンターに置かれた、お金を手にした。ショットバーのお酒の代金が幾らかは知らなかったが、多分、あの男にとっては、精一杯の金額なのだろう。

2階に上がってみた。慌てて出て行ったのだろう。置いて行ったものが山積みだ。ベッドが2台並んで置いてあった。多分、家族で寄り添って寝ていたのだろう。マットレスを叩いてみた。凄いホコリだ。

これでは、今夜は此処に寝られないわ。
そう思った事に、ジェルメーヌは、驚いた。

そして、身体が勝手に動き出した。オスカルが、くれた黒いマントを階段の手すりに掛けた。そして、また来ると言う男の言葉に、急かされて下に行き、夜の支度を始めた。

カウンターを拭き、椅子も拭いてきれいに並べる。酒ビンを拭きながら、銘柄を確かめる。グラスもホコリを被っていた。洗う事は出来るが、磨く布が無かった。

もう何年も着ている、ノミの色のドレスのポケットには何も入っていないはずだ。でも一応手を入れてみた。何かの感触があった。そっと出すと、真っ白な、木綿のハンカチーフが入っていた。オスカルだ!彼女がそっと入れておいてくれたのだ。

オスカルの何気ない心遣いに感謝して、それで、グラスを磨き上げた。そこまですると、ジェルメーヌは、外に出た。夜になると役に立たない、看板を見た。今でも、『アンドレ』だった。

その内、直すか・・・。また、そう思った自分に、驚いた。
夜になると、昼間の男と、数人がワイワイと賑々しくやって来た。

「おお!ねえちゃん。やってくれて、ありがとな!ここは、俺っちらの、心のよりどころだったんだ。ヒョロヒョロっとしたのが、やっていたんだが、突然いなくなっちまって、子どももいたのに、何処に行ったのか・・・さっぱりだ。

それから、仕事が終わってから、見飽きた、かかあに会う前に、一杯ひっかけるとこがなくなっちまって、ストレスつ~のか、が、フルだ!

「ねえちゃん、威勢が良さそうだな!
開いてくれたお礼に、一杯おごるぜ!
飲んでくれ!」

男たちは口々に喜びを表し、ジェルメーヌが、どこの誰とも聞かず飲んで騒いでいた。

ふと、今日来たのか・・・。話が出た。
「はい、そうなんですけど・・・。2階が凄くて、片付けにかなり時間がかかると思うわ」

一人の男が、寝る所はちゃんとあるんだろうな?聞いてきた。
ジェルメーヌは、ベッドは有るけど、埃だらけで、とてもじゃないけど、寝られないわ。しょうがないから、今夜は床で寝るの」

そう言うと、俺っちの所は、わら布団をやっちょる。
あす持って来てやるっぺ。
ついでに、要らなくなった、ベッドも持って行ってやろう。

他の男たちも、ほんじゃ、俺っちも助けに行くべ。
女一人じゃ、力仕事も、きつかろう。

他の一人が言った。

ねえちゃん、おめえさん、着るものはそれひとつだけか?わしんとこは、古着をやっとる。金が無かったら、交換していけばいい。

ジェルメーヌの目が輝いた。

ちょっと待ってて!2階へ駆けあがった。そして、接ぎ当てをした、古着を持って来た。
「こんなの、売らない?普通の古着よりも高く売れると思うんだけど・・・。」

古着屋の男は、う~~~む、と考えた。
「ここらっちの、すんじょるのは、みんな金の無いものばかりっさ。
おされ(おしゃれ)に手を出すほど余裕はないっぺ!」

ジェルメーヌは、男の言っている事も分かるには分かった。だが、副業として、こちらの方も何とかしたかった。同じ値段にすれば、買ってもらえるのは、分かっていた。でもそれでは、収入にならない。

しばらく考えて、思い出した。古着屋は始めから値段などついておらず、売り手と買い手の、掛け合いで値段が決まる。

だったら、それでこの男の言い値より、高く売れればいいのだ。そして、その分、こちらへの収入にすればいい。

ジェルメーヌは、男に持ちかけてみた。男はやはり、半信半疑だった。男より男気のある、ジェルメーヌが、とにかくやってみましょう!と、ショットグラスを一気に空け、トンとカウンターに置いた。

他の男たちが、そうだ、やってみろ!やってみて、だめだって、損はない!みんなが古着屋をけしかけた。古着屋は仕方なく、しばらくの間といって、折れた。

その晩、ジェルメーヌは、人一人分だけホコリを取り除いた床に、オスカルのマントを着て寝た。破れたカーテンの隙間から星が見えた。『ねえちゃん』と呼ばれた。そんな年じゃあないけど、まあ『おばちゃん』と呼ばれるよりはいいか・・・。

そういえば、『ジェルおばちゃん』って呼ばれた事もあった。
でも『ねえちゃん』と呼ばれて、とてもしっくりした。

明日来ると言っていた。ジェルメーヌは、此処に居付くわけではないし・・・。第一、酒場だって、今夜来るって言うから、チョットだけ、それらしい事をしただけだった。

でも、飾らない言葉が、心地よかった。
少し居てみようかな・・・。とにかく、文無しだし・・・。それでも、今夜も、男たちは金を置いて行った。あの程度の飲み方で、あの程度のお金を払うものなのか?

アンドレが、店をやっていた時も、ロベスピエールらと一緒で、払った事が無かった。一人で来ると、アンドレが、「おごりだ。」そう言って払わせてもらえなかった。

ジェルメーヌは、思った。革命が起こっても、まだ、ただのお嬢ちゃんだ。オスカルとアンドレは、それぞれ、それまでの知識と、得意分野を生かしつつ、今の時代に適応しようとしている。

彼女は知っていた。オスカルとアンドレは、かなりの大金を密かに持っている。しかし、それを生活の為に、一銭も使わない。何のために貯えてあるのだろう。

いつも考えていた。それを使えば、元の様な優雅な暮らしができるはずである。アンドレは、工務店で朝から晩まで働いている。

一方のオスカルは、子どもを置いて出られないからと、近所の子ども達を集めて、勉強を教えている。ほとんど、ボランティアだが、子ども達は、母親に持たされたのだろう、果物や野菜を持って来ていて、それが、グランディエ家の食卓をかなり賑わせていたようだ。

今日の半日でそれが少し判ったような気がした。
でも、気がしただけで、本当の所は分からなかった。
いつか、分かる日が来るのだろうか。そう思いながら、寒い夜を過ごした。

翌日、昨日の男たちと、そのおかみさん達がやって来た。大きいものは、俺っちたちがやるけどよ~、細けいとこっちゃあ、一人では、無理ちゅうだから、かかあ達を連れてきた。どんどん、使ってやってくれ!

総勢10人位だろうか、男たちは、これは、要るのか?要らねえなら、捨てっちまうからな!階段を使って、捨てるのかと思ってジェルメーヌが見ていると、窓から放り投げた。下から、もの凄い音がした。

だいたい、捨ててもいいのかどうなのか、ジェルメーヌ自体、この家に何があるのか分かっていなかった。それ以前に、此処に住み続けるのかも、決めていなかった。ただ、居心地がいいのは、確かだった。

ふと、思った。確か、アンドレの所は、家は買ったが、土地は賃貸だと言っていた。ここは、どうなんだろう。お金を払わなくては、住めないのだろうか・・・。

ジェルメーヌは、女たちを取り仕切っている、おかみさんに聞いてみた。
すると、ガハハハハ・・・笑って、ここらへん一帯を持っていた、豪商は革命と同時に逃げて行ってしまったらしい。

ってのも、私らも、それで暮らしとるが、殆どが、革命の後に来たもんばかりさ。革命前からここにいるのが、だれだか、分からなくなっちまってる。

つまり、新参者の、他に行く所が無い者の、集まりさ!
肩を寄せ合って、生きちょる。
金を取りに来る、輩なんちゃ、いないから、安心して暮らせ!

そう言ってくれた。少し気持ちが楽になった。
しばらく、此処にいてみようかな、嫌なら、また何処かに行けばいい。
ジェルメーヌは、そっと思った。

家の中は、ドンドン片付いて、磨かれて、ジェルメーヌは、どうしていいのか、決めるだけで、ほとんど、みんながやってくれた。

これじゃぁ、今夜は、あるだけのお酒を、振る舞わなくちゃいけないわね。ジェルメールの頭の中で、先ほど見た、在庫を思い出していた。

それにしても、なんで、お酒が残っているのだろう?
パリに戻るにしても、売ればかなりの収入になるはずだ。クロードアシルだって、そんな事に気づかないはずはない。ジェルメーヌには、不可解な事だった。だが、まあ、その内分かるだろう・・・ゆっくりと、暮らそう。ジェルメーヌは、そう思った。

ホッとすると、お茶を飲みたくなった。でも、その様な物も、カップさえもなかった。あるのは、昨日、男たちが置いて行った、酒代。ジェルメーヌの金銭感覚は、古着を売っていた時のもの。それと、アランの下宿代。毎日の食料の買い出し。

だが、パリで売れた、ジェルメーヌが、手を加えた古着はこちらでは売れそうもないらしい。つまり、こちらの方が、困った人たちが多いのだろうか。おなじ、商品でも、価値が違うかもしれない。

昨日の収入を持って外に出てみよう。ジェルメーヌは、初めてこの通りを歩いてみた。思っていたよりも、店が出ていた。

露店ではなく、ちゃんとした住居兼店舗である。八百屋があった。喉が渇いていたので、覗いてみた。夫婦だろうか、男と女がいた。

男の顔を見ると、昨日の昼間来た男だった。女は午前中手伝いに来てくれたおかみさんだった。ジェルメーヌに気づくと、よう!ねえちゃん!何が欲しいんだ!まけておくぜ!そう言った。

ジェルメーヌは、
「喉が渇いているから、果物が欲しいのだけど、お金があまりないの」
以前だったら、お金がないなんて言えなかったが、今は、スラスラと出てくる。

男は、
「金がないのか・・・。うちは高級品ばかりを扱っちょるからな。」
そういうと、おかみさんが、
「何言ってんだい!しなびた野菜ばかり仕入れてくるくせに!
ねえちゃん、金が無いのなら、この半分カビの生えちまった、ミカン持って行ってくれないかい?さすがに、うちでも売り物になんねえ!

タダでイイから、幾つでも持って行っていいよ!」
ジェルメーヌが、言われた箱の中を見ると、毒々しい緑色をしたミカンが詰まっていた。手に取って見ると、反対側は何ともない。

これなら、半分捨てれば何とかなる。箱の大きさを見てみた。これなら一人で持てそうだ。おかみさんに、全部貰って行っていいかと聞くと、目を丸くして、そんな重たいの、きゃしゃな体で持てるのかい?驚いていたが、ジェルメーヌが、ヒョイと持ち上げて、お礼を言うと、目を白黒させていた。

箱が顔に近づくと、ジェルメーヌは顔をししかめた。プ~ンとカビの匂いがしてきた。このような物を、自分が貰ってくるなんて、誰が思うだろう。少しばかり、可笑しかった。

店に帰ると、カウンターに一つずつだして、並べてみた。一番無事なのを剥いてみた。カビの酷い所だけ、中までダメだったが、意外と食べられそうな所が多かった。箱の下の方程、カビが酷かった。多分、湿気が駄目なのだろう。

ジェルメーヌは、この様な物を(そもそも、カビというものを知らなかった)扱った事が無かったので、カビの生えている所を、取り去った方がいいのか、それとも、このままにしておいていいのか、悩みながら、食べていた。美味しかった。今まで食べたフルーツの中で一番おいしかった。

結局、カビの所を全て取り去り、2階の階段の手すりに並べた。2階は、殺風景だった。それが、ミカンのオレンジ色で、彩られた。

わらのベッドが、新しく入った。わらのベッドなんて、初めてだった。ポ~ン!身体を沈めてみた。初めて嗅ぐ匂いだった。

ベッドはあるが、掛布団が無かった。
今夜もオスカルの、マントか・・・。お金が入ったら買おう。

みかん騒動が終わると、また出かけた。今度は昨夜の古着屋があった。今日、ジェルメーヌが、リメイクした古着を目立つところに飾ってくれる。そう言ってくれていたのに、無かった。ジェルメーヌが、聞いてみると、ぶら下げたら、直ぐに売れちまった。

ジェルメーヌは、嬉しかった。すると、古着やが、昨夜はあんなにここでは、そんな物売れやしない。そう言っていたのに、もっと作ってくれや!そう言い出した。

でも、作るための、古着を買うお金がないわ。ジェルメーヌが、正直なところを言った。すると、古着屋は、金は・・・元の古着の分は、おれが取って、ねえちゃんが、細工してくれて、高くなった分、ねえちゃんに払う。ってのでどうだい?

ジェルメーヌの目が輝いた。山のように積まれている、古着の中から、選んでいると、古着やが、なんだい?穴の開いたのや、何処かに引っ掛けて破れたのばかり、選んで?ちゃんとしたのは、いらんのか?聞いてきた。

ジェルメーヌは微笑みながら、この穴の開いた所に、裏から布を当てて縫うのよ。後は、企業秘密!

片手に余るほどの、古着を持ってジェルメーヌは、古着屋を後にした。そろそろ、腹が減って来た。昨日の朝、オスカルの心づくしの朝食を食べてから、みかんをちょっとだけ食べただけだ。

通りを見物がてら、歩いてみた。ほんの100メートル足らずの、商店街(?)だ。ウロウロ、キョロキョロ歩いていると、午前中、掃除を手伝ってくれたおかみさんに、会った。

どうしたんだい?親切に聞いてくれる。ジェルメーヌは、お腹が空いたのだけど、どうしたらいいのか、わからなくて・・・。

すると、食べ残しで良ければ、ウチに来るといい。口に合うか分からないけどね!そう言ってくれた。ジェルメーヌは、腹に入れば何でもいい。喜んで付いて行った。

そして、おかみさんと話しているうちに、実は、料理など全然できないし、一人で暮らすのも初めてで、どうしたらいいのか、途方に暮れているのです。

同じ釜の飯を食べている、親しさからか、打ち明けた。
すると、おかみさんは、私らも、それぞれ仕事をしているから、つきっきりで、教える事は出来ないけれど、交代で見に行ってやるよ。安心して暮らせばいいさ。

ジェルメーヌは、このような無償の申し出に初めて触れた。
この町も、嫌になったらすぐにでも出て行こう。
そう考えていたが、気が変わりだした。

ジェルメーヌは、生まれて初めて、自分自身になれた。此処では、もう、ボーフォール公爵でも、ジャルジェ伯爵家も、関係なく、ただの、『ねえちゃん』だった。町のおかみさん達は、『ねえさん』と呼ぶ。

一目見れば、貴族の出とわかる容姿をしているが、何も聞かなかった。きっと、何かわけがあるのだろう。その時が来れば、話してくれるかもしれない。ずっと話さないままかもしれない。そう思われている様だ。それでよかった。

懐かしい、オスカルとアンドレが、暮らしていたショットバーで、酒を出し。店を閉めると同時に、古着を洗濯する。昼ごろ起きて、古着に手を加える。

日々が変わらず過ぎていくが、どこの誰でもない『ねえちゃん』で、いられる幸せを感じていた。

ある夜、見慣れない男が来た。この辺りでは、当たり前の古着を着ていたが、顔に何処か品があった。男は、酒を飲むと帰って行った。

次の日も来た。ジェルメーヌのバーは、何人かでつるんでくるが、この男はいつも一人だった。

その内、閉店間際の誰もいない時刻に来るようになった。相変わらず、話はしない。
しばらくそれが続くと、ポツリポツリと話すようになってきた。だが、立ち入った事は聞かない。

ジェルメーヌは、その男に好感を持った。
男も、満更ではなさそうである。

2人とも、それに満足していた。

もう1歩、進もうと思えば、お互いNONとは言わない・・・と知っていた。

だが、2人は急がなかった。
熱情で動く歳でもなかった。
ただ、独りで寂しい時に、ただ黙って飲む相手がいれば良かった。
それなので、ずっと、このままの関係でいるのだろう。
互いに、そう思っていた。

つづく


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