不動産屋につくと、オスカルは担いできた看板を壁に、ドン!と立てかけた。すると、きれいに磨かれた、不動産屋の床に、パラリと土が落ちた。しかし、オスカルは、全く気にも留めなかった。
そして、真ん中の椅子にドカッと腰掛けた。
足を開いて・・・。
ドレスなのに・・・。
ドン!した、立て看板と、その座り方を見て、不動産屋は首を傾けた。
そして、あらゆる勇気を振り絞って、聞いた。
「お客さまは、女性の服を着るのが、趣味なのですか?」
オスカルは、何を聞いているのか、分からなかった。
男の服の方が、動きやすいが、今日は不動産屋と交渉するのなら、ドレスの方が、都合がいい、アンドレにそう言われて、渋々ドレスで来たのだ。
なので、
「イヤ、本来ならば、男の服装の方が動きやすくて良いのだが、今日は訳があって、ドレスにした」オスカルにしては、当然の事だった。
不動産屋はさらに、
「先ほどの物件は、ある程度の、地位、財産、名声のある方が諸々の事情で、住まわれています。
女装の趣味のある男性は・・・ちょっと・・・。」言いよどんだ。
オスカルには、ますます、意味が分からなくなった。
すると、アリエノールが、
「ママンは、アリエノールちゃんの、ママンよ!
いつも、男の格好をしているけど・・・。
だけど、優しいのよ!」
そう言うと、アリエノールは、またアンジュちゃんと遊び始めた。
プチは、いつもの通り、黙って、スケッチブックに向かっている。
今度は、不動産屋が、あっけらかんとした。
「失礼しました。女性でしたか。申し訳ありません」
オスカルの整った容姿と、キラキラ光るブロンドの髪を見た。
ついでに、細く真っ白な指を見て、これは、上流階級の出だと判断した。
いい客を見つけた。カモだ。きっと、不動産の事など、理解していないだろう。
思いっ切り吹っ掛けてやろう。
不動産屋は、心の中で、しめしめと思った。
オスカルが、まず聞いた。
「そこの、看板を見ると『貸家』と書いてある。
でも、小さな文字で『売家』ともある。これは、どう言う意味なのだ?」
不動産屋は、
「はい、あの部屋は、ご覧の通り、リフォームしなければなりません。そのときの、間取り、材料一切を私どもに任せていただくのなら、お貸しもするし、お売りもします。
もし、お客様のお望みの、間取り、材料を使って、完全にオリジナルにした場合、次に貸すのが難しくなりますので、売家としています。」
「ほう、なるほどな!我が家仕様にすると、他の家族には、使い勝手が悪いと言うわけか?
だが、家というものは、門があって、馬車寄せがあって、馬車庫、厩、玄関、厨房、家族用の居間、客間、寝室、そして、収納庫があるのが、普通なのではないのか?」
オスカルは、元のジャルジェ家を思い出しながら、しかし、オスカルとしては、庶民的に伝えたつもりだった。
不動産屋は、目を輝かせた。
この男装の麗人は、もしかしたら、元貴族で夫の死に目にあって、この様に子連れで、いるのだろうか。
それとも、何処かの豪商に囲われていて、別宅に住まわせるべく、住まいを、探しているのだろうか。
様々な、憶測がめまぐるしく、彼の頭の中を駆け巡った。
商談を知らないオスカルは、アンドレから、まず、相手の言い値の、70%の額から、始めるようアドバイスされていた。
それに、オスカルには、家を借りる・・・と言う事が、あまり理解できていなかった。
ましてや、家賃の他に、敷金、礼金などというのがあるのは、もちろん、2年ごとに更新がある事など、全く知らない。
オスカルは考えた。どうも、借りたものは、返さなければならない。
買えば、自分達のものになる。
そこで、
「買うと、幾らなんだ」
大根を買うように聞いた。
オスカルが、大根を買った事があるのか、不明だが・・・。
不動産屋は、頭の中で、カモネギ、カモネギと唱えながら、
相場より、少々高めに言ってみた。
オスカルは・・・元貴族のオスカルには、金を使った事がなかった。
欲しいと言えば、手元に届いた。
それに、家の相場など全く分からない。
アンドレと暮らしている時も、殆どアンドレと買い物に出かけて、アンドレが支払っていたので、全く分からなかった。
だが、アンドレに70%に・・・。と言われたが、よく分からないので、
「50%では、ダメか?」商談と言うのが、面白くて言ってみた。
不動産屋は、あわてて、
「お客さま、それはないですよ。こちらが、破産してしまいます」
破産というものも、オスカルには理解できなかった。
ジャルジェ家には、定期的に余る位、アルトワ州から収入、それに、軍務の俸給があった。
今では、ないが・・・。
「幾らなら、売ってくれるのか?」
オスカルは、もう一度確かめた。
不動産屋は、相変わらず、先ほど申し上げた金額です。そう言って、譲らなかった。
オスカルは、50%と言ったものの、それから、先どうやって、商談を進めていくのか分からなかった。
分からなかったので、アンドレに任せようと思った。
『オスカルの備忘録』に書き込んだ。
そして、「ふむ」と答えた。
すると、不動産屋は、これは、一般よりやや安めの間取りと材料になります。お客さまがもっと、高級な家をお望みなら、それなりになります。もっともらしく、告げた。
相変わらず、チンプンカンプンのオスカルは、
では、最高級にしたら、幾らになるのだ?サラッと言った。
不動産屋は、乗りだしたが、この時代、女が財産を持つ事は、許されていなかった。すっかり忘れていた。
オスカルは、オスカルで、あの家が堪らなく魅力的で、即決でも買いたいところだった。
が、不動産屋が言った。
お客様、お独りでは、大きな物件の売買ですから、ご主人さまをお連れしていただきたいです。
オスカルは、面食らった。生まれてこの方、自分は、ご主人さまだった。
見れば、分かるだろう!と、姿勢を正した。
そこで、思い当たった。革命後、貴族は居なくなったのだ。
だから、わたしは表立ってはご主人さまではないのだ。
「主人はいない」何の迷いもなく告げた。
不動産屋は、やはり、思っていた通りだ。
では、身元保証人を連れて来て頂きたいです。
ついでに、この客が物件の購入を急いでいるようなので、付け加えた。
「実は、午前中にもあの部屋を見にいらっしゃった、方がいらして、高価な買い物なので、2-3日お考えになりたいと仰っています。
もし、あの物件を本当に購入されたいのであれば、お早い方が宜しいかと存じ上げます」噓八百を言った。
オスカルは、身元保証人については、異存はない。
ただ、その者は、昼間は所用があるから、来られない。
明日の朝ではどうか?
アンドレの、勤務時間を考えて、言った。
不動産屋は、結構です。
何時頃が宜しいでしょうか?
机の下で、手もみしながら言う。
ついでに、この女性の保証人だ。
同じように、不動産の相場など知らない人物だろう。
これは、大儲けが出来るぞ・・・。ほくそ笑んでいた。
6時ではどうだ?オスカルとしては、アラスの農場で働いていた頃の習慣から、この時間を提案した。
不動産屋は、焦った。同時に、やはりこの女性は、世間の常識を知らないと、確信した。そして、冗談ではないですよ。そんな時間に、働いている人間など、このパリには、いません。せめて、10時以降にして欲しいですな。
それを聞いて、オスカルは驚いた。アラスでは、日の出前から、みな働いていた。10時など、一息ついて、お茶タイムだ。
だが、考えてみた。アンドレはプレシ工務店に勤めてから、朝はゆっくりと出かけて、夕方帰宅する。これが、パリ流なのかもしれない。しかし、不動産屋が言う、10時では、アンドレは仕事に行っている。
そこで、オスカルは提案した。今日、夕方ではどうだ?彼も仕事をしている。帰宅したら、直ぐに連れて来るから・・・6時半では、どうだ?
不動産屋は、6時に店を閉めるのが、常だった。だが、この『ネギを背負った鴨』をのがしたくなかったので、渋々、承諾した。
オスカルは、看板を肩に担いで、意気揚々とアランの下宿屋に戻り。慣れない手つきで、馬車の用意をしようとしたが、グランディエ家の馬車は、デカすぎた。
居合わせた、アランの母上に聞くと、辻馬車が希望の時間に来てくれる。
そう言って、手配をしてくれた。準備万端だった。
暇になった。
そこで、不動産屋との会話を『オスカルの備忘録』に書き留めた。
5時になると、オスカルは外に出て、アンドレの姿が見えないか、ウロウロしだした。子ども達には、ブーランジェリーで、あらかじめ夕食を買って、部屋で食べるよう伝えた。
さらに、プチにはアリエノールが眠くなったら、寝支度をしてやって、寝させてくれ。と、申し伝えた。
子ども達は、粗方の様子が分かっているので、素直に応じた。
長身のオスカルが、更に背伸びをして待っているとアンドレが帰って来た。この時間は、外に出て、子ども達と夕食をしているはずなのに、待っていてくれたのかと、アンドレは小躍りした。
しかし、違っていた。オスカルは、妙な看板を肩に担いでいた。オスカルが、用件を伝えていると、時間通りに辻馬車がきた。
オスカルが、行き先を告げた。
馬車に乗り込むと、オスカルは物件の様子を魅力的に話し、不動産屋との会話を、簡単に説明した。
それを聞くと、アンドレは、笑いながら、向こうに行ったら、おまえはなるべく黙っていろ。そう言われた、オスカルは少々不機嫌になった。だが、こう言う事は夫に任せた方が、いいだろうと、渋々承知した。
オスカルは、先ず物件を見て欲しいと、夫を案内した。しかし、アンドレは、オスカルがしたように、中には入らず通りを行ったり来たりして、眺めた。
それから、件の建物へと向かうが、その途中でも、馬車寄せ、花壇などを見て、なかなか環境は良さそうだと感想を述べた。
物件の前に来て、玄関ドアが無いのに、驚いた。
オスカルが、プチが触ったら壊れてしまった。
そして、次の言葉を、言おうとした瞬間!
バキッと音がして、アンドレの身長が縮んだ。
弱くなっていた床板が、アンドレの体重を支え切れなかったのだ。
アンドレが、片足を床板にめり込ませたまま、後ろを向いた。
オスカルは、
「だから、床板が危ないから気を付けろと言おうとしたのに・・・おまえは、人の忠告を待たずにどんどん入ってしまう」
オスカルは、アンドレが事故に合ってから、忠告した。
アンドレは、片足を抜くと、周りの床板を外してしばらく懐中電灯で照らして、頭を突っ込んで中を見ていた。
オスカルには、何をやっているのか、トンと分からない。
分からないから、ぼ~~~~っとして見ていた。
それからも、アンドレは、オスカルには全く分からない行動をずっとし続けた。
そして言った、イイ物件だ。おまえよく見付けたな!
そう言われて、オスカルは頬をポリポリした。
だが、おれがここでした事を、向こうで言うんじゃないぞ!
頃合いを見て、話すからな!
オスカルはまた、念を押されてしまった。
しかし、何を何のためにしているのか、全く分からなかったので、話しようがない。
アンドレが、あまりに丁寧に物件を見て回ったので、不動産屋に着いたのは、定刻を過ぎていた。しびれを切らした、不動産屋が店を閉めようとした時、昼間来た、少し色の褪せたドレスを着た女性が、今度は、白のブラウスにズボンという姿で現れた。
それも、よく見ると高級なシルクで、足元も高級な革の靴で丁寧な手入れが施されていた。
その隣には、ピシッとスーツを着た背の高い男性がぴったりと付いていた。不動産屋は、仕事柄顧客の着ているモノを上から下まで瞬時で見て、判断した。
どんなにぼろい男が来るのかと思っていたら、ギャラリー・ラファイエットのスーツをビシッと着て、ネクタイはChanelだった。靴は、André製のモノを履き、それも毎日手入れをしているのだろう、ピカピカに磨き上げられていた。
そこで、不動産屋は、思った。
これは、昼間来た女性と同じ階級で、不動産の売買など、全くの素人だろう。
そう判断した。
椅子をすすめると、不動産屋が、言った。
申し訳ないですが、商談の前に貴方様と、こちらの女性との関係を教えていただきたいのですが。
私は、彼女の夫ですが、何か?アンドレが答えた。
え゛〜ご主人さま、ですか?
先ほど、ご主人さまは、いらっしゃらないと聞いたものですから・・・。
オスカルは、びっくりして、なんだって!おまえ、ご主人なのか?黙っていろと言われたのに、聞かずにはいられなかった。
オスカルの概念では、ご主人とは、貴族または、裕福な所の、主人で、それに対して、使用人がいることになっている。
不動産屋は、この世間知らずの女性を少々、馬鹿にしたように、旦那さまは、ご主人と一般的には、呼びますが・・・。笑いながら言った。
では、わたしは、使用人か?オスカルは、隣に座るアンドレに聞いた。アンドレは、微笑みをうかべながら、帰ったら説明するよ。それだけ言うと、不動産屋に向かい会った。オスカルは、『備忘録』に、忘れないように書いた。
「妻から、売却の場合、標準だと、うんちゃら、こちらでリフォームすると、なんちゃらと、聞いたが・・・。
こちらでリフォームすると、なんちゃらから、うんちゃをを引くと。アンドレは、ビジネスバックから、五つ球のそろばんを出して、計算した・・・。そうすると、躯体部分の値が、これになりますね」
アンドレが、詰め寄ったので、不動産屋は、タジッとした。
でも、これだけで負けてはいられない、不動産屋の意地がある。
アンドレは続けた。あの家は、かなり傷んでいる。什器も壁紙から全て取り換えなければならないですよね。そうすると、そちらでリフォームした場合、躯体部分を引くと、随分と掛かるようです。
既に、什器、床板、壁紙などのレベルは決まっていらっしゃると思います。
パンフレットを見せて頂けますか?
オスカルは、アンドレの横顔に見とれていた。このように、真剣な顔を見た事が無かった。革命前は、屋敷でいつもばあやに、ヤキを入れるよ!と脅され、それじゃなければ、ほうきを持って追いかけられていた。
せいぜい、真剣だったのは、司令官室だったが、それでも、冗談を言ってオスカルを笑わせていた。オスカルは、何度目か分からないが、アンドレに惚れてしまった。
一方の不動産屋は、どこかのお坊ちゃま上がりの男としかアンドレを思っていなかった。それなのに、なかなか、専門的な事を行って来る。そんな訳で、焦って、高級品のカタログを見せるのを、うっかり、安物のカタログを見せてしまった。
アンドレは、パラっと見ると、随分とちゃちな物ですね。
このレベルでは、そんなにかからないはずです。
それに、あの物件は、解体、建築で、金もかかるし、時間もかなりかかる。廃材の処理にも時間と費用がかかるはずだ。
その上、床板の下を拝見させて頂いたが、かなり、修復の必要があるようだ。それに、石壁も、所々ひび、欠けがあるから、その費用を入れたらかなりになる。そうではないかな?
不動産屋は、ビビった。ここまで、建築に精通しているとは思っていなかった。
頭の中で、様々な思いが巡る。
だが、もはや、アンドレのペースだった。
それから、この土地はある高貴な方の物で、土地付建物ではないと聞いた。
その高貴な方と言うのは、どなたでしょうか?
不動産屋は、もうどうとなれ、どうせ知らないだろうと、○○侯爵と答えた。
すると、オスカルは、ああ、○○侯爵夫人は母上と懇意になさっていて、度々行き来していたぞ!
アンドレも、ああそうだった。とてもお上品な方だったな。
オスカル、もしここが決まったら、手土産を持ってご挨拶にお伺いしよう!
この夫婦の会話を聞いて、不動産屋は冷や汗が出てきた。
同時に、腹の虫も鳴った。
7時近くに始まった商談が、長引いてとんでもない時刻になっている。
住居兼事務所の、2階からは不動産屋の女房が、夕食の支度をしているのであろう、いいにおいが漂ってきている。
不動産屋は早く切り上げたくなった。
だが、肝心のアンドレ夫妻には、全くその気がなく、
のんびりと、決まるまでは、居座る気でいる。
そこから、ああでもない、こうでもない、ではこれではどうだ?それでは駄目だ、こうしよう!と真剣勝負が始まった。オスカルには、何を話しているのか、当初はわかっていたが、段々専門用語になって来ると、チンプンカンプンだった。
しかし、自分の主張もいれなければいけない。先ほどアンドレから、黙っているよう言われたのも忘れて、わたしとしては、我が家に相応しい、間取りと、調度品にしたいのだが・・・。やっと、2人の話が途切れた所で言えた。
するとアンドレが、今までの厳しい顔から、一転、優しい夫の顔に戻って、今その為に話し合っている所だよ。安心して待っていろ。そう言われただけで、相手にされなかった。
漸く、家屋の買い取りの交渉が終わった。不動産屋は、契約を出来れば明日にして欲しいと言った。だが、アンドレが、明日は残業になりそうなので、かなり遅くなりますが、宜しいでしょうか?と、噓八百を言った。
明日になって、不動産屋の頭が、冷静になってしまったら、今まで粘ってかなり値下げしたのが水の泡になってしまう。
アンドレとしては、今まで自分がしてきた、仕事の反対をしていたので、相手の気持ちが手に取るようにわかっていた。
不動産屋は、仕方なく、腹の虫を押さえながら、書類の束を持って来た。アンドレが家主として署名をしていく。それを見ていたオスカルは、わたしが、主ではないのか?不思議そうに聞いてきた。
アンドレは、また、とろけそうな笑顔で、悪いが、一般社会では女性が、財産を持つことは禁じられているんだよ。あの、ヴィジェ・ルブランでさえ、全ての収入は、夫の元に支払われていたのだ。
オスカルは、初めて知ったこの事実に、唖然とした。では、わたしの領地からのも、軍務での俸給も父上が、ぶんどっていたのか・・・。
オスカルは、さらに、アンドレに聞こうとした。すると、オスカルに関しては察しの良いアンドレは、家に帰ったら、きちんと説明するよ。超特別に、とろけそうな笑顔でいった。もう、オスカルは、アンドレにメロメロだった。
あれやこれやと、書類に書き込み、お互いにサインをして、土地の所有者である○○侯爵への書類も済ませた。後は、登記簿謄本の書き換えだった。不動産屋に、サインをもらい、明日、アンドレが行く事になった。
そして支払いになった。後日になっても構わないが、不動産屋は、現金を要求した。アンドレは、勿論、そうします。そのつもりで今日持ってきました。ビジネスバックから、ズシリと重い革袋を取り出した。
不動産屋は、ぶったまげた。いったい、この夫婦は、何なんだ!?そう思っているうちに、アンドレは、袋から金貨を取り出した。そして、金貨で支払いの場合、代金の1割引きですね。ニッコリと言う。
またまた、焦ったのは不動産屋だった。金貨の場合、1割引きなのは、承知だったが、まさか、金貨を持ってくるとは思ってもいなかった。
では、躯体に、0.9を掛けると・・・言いながら、また五つ球のそろばんをはじいた。
これで宜しいですね。
先ほどまでに、ド真剣な顔を消して、ニッコリとした。
不動産屋としては、承知するしかなかった。
支払いが済むと、不動産屋は、やれやれと店をたたもうとした。が、アンドレは、更に、あの物件の、図面があるはずですね。出来れば、平面図、詳細図、それからこれが一番大事なのですが、構造図、躯体図をお貸し願えましょうか?
あす、事務所で焼いてきますから、明日中にはお返しします。
え゛・・・。Andréの靴を履いた、アンドレって、どんな仕事をしているのだ?
初めて、不動産屋は気が付いた。慌てていて、書類に仕事先を書いて貰っていたのに、気づかなかった。
『プレシ工務店』とあった。参った・・・。不動産屋は、今更後悔した。
プロ相手に、商売をしてしまった。負けるはずだ。
渋々、図面を渡した。
するとアンドレは、明日の夕方には、お返しします。
ウインクして言った。
え゛・・・。たしか、明日は残業と聞いていたが、これも作戦か・・・。
不動産屋は、腹の虫どころではなく、虫の居所が悪くなってきた。
一方のアンドレは、オスカルの肩を抱いて、意気揚々と帰って行った。
看板は、不動産屋の壁に立て掛けたままだった。
つづく
アンドレの履いている、『André』は、パリの至る所にある、男性用の靴屋さんです。写真が、拙ブログの掲示板にありますので、良かったら、ご覧くださいね。
また、アンドレには、アルマーニかベルサーチのスーツを着て欲しかったのですが、やはり、made in France に、拘りたかったので、フランスのメゾンと思ったのですが、思い当たるメゾンが無かったので、ギャラリー・ラファイエットにしました。
また、Chanelは、婦人物しか、扱っていません。(私の記憶では・・・)ですが、ネクタイは、女性から男性へのプレゼントとして、扱っています。なので、アンドレのネクタイは、オスカルからのプレゼントになります。
でも、最近は、男性用の香水などあるので、変わりつつあるのかもしれません。
そして、真ん中の椅子にドカッと腰掛けた。
足を開いて・・・。
ドレスなのに・・・。
ドン!した、立て看板と、その座り方を見て、不動産屋は首を傾けた。
そして、あらゆる勇気を振り絞って、聞いた。
「お客さまは、女性の服を着るのが、趣味なのですか?」
オスカルは、何を聞いているのか、分からなかった。
男の服の方が、動きやすいが、今日は不動産屋と交渉するのなら、ドレスの方が、都合がいい、アンドレにそう言われて、渋々ドレスで来たのだ。
なので、
「イヤ、本来ならば、男の服装の方が動きやすくて良いのだが、今日は訳があって、ドレスにした」オスカルにしては、当然の事だった。
不動産屋はさらに、
「先ほどの物件は、ある程度の、地位、財産、名声のある方が諸々の事情で、住まわれています。
女装の趣味のある男性は・・・ちょっと・・・。」言いよどんだ。
オスカルには、ますます、意味が分からなくなった。
すると、アリエノールが、
「ママンは、アリエノールちゃんの、ママンよ!
いつも、男の格好をしているけど・・・。
だけど、優しいのよ!」
そう言うと、アリエノールは、またアンジュちゃんと遊び始めた。
プチは、いつもの通り、黙って、スケッチブックに向かっている。
今度は、不動産屋が、あっけらかんとした。
「失礼しました。女性でしたか。申し訳ありません」
オスカルの整った容姿と、キラキラ光るブロンドの髪を見た。
ついでに、細く真っ白な指を見て、これは、上流階級の出だと判断した。
いい客を見つけた。カモだ。きっと、不動産の事など、理解していないだろう。
思いっ切り吹っ掛けてやろう。
不動産屋は、心の中で、しめしめと思った。
オスカルが、まず聞いた。
「そこの、看板を見ると『貸家』と書いてある。
でも、小さな文字で『売家』ともある。これは、どう言う意味なのだ?」
不動産屋は、
「はい、あの部屋は、ご覧の通り、リフォームしなければなりません。そのときの、間取り、材料一切を私どもに任せていただくのなら、お貸しもするし、お売りもします。
もし、お客様のお望みの、間取り、材料を使って、完全にオリジナルにした場合、次に貸すのが難しくなりますので、売家としています。」
「ほう、なるほどな!我が家仕様にすると、他の家族には、使い勝手が悪いと言うわけか?
だが、家というものは、門があって、馬車寄せがあって、馬車庫、厩、玄関、厨房、家族用の居間、客間、寝室、そして、収納庫があるのが、普通なのではないのか?」
オスカルは、元のジャルジェ家を思い出しながら、しかし、オスカルとしては、庶民的に伝えたつもりだった。
不動産屋は、目を輝かせた。
この男装の麗人は、もしかしたら、元貴族で夫の死に目にあって、この様に子連れで、いるのだろうか。
それとも、何処かの豪商に囲われていて、別宅に住まわせるべく、住まいを、探しているのだろうか。
様々な、憶測がめまぐるしく、彼の頭の中を駆け巡った。
商談を知らないオスカルは、アンドレから、まず、相手の言い値の、70%の額から、始めるようアドバイスされていた。
それに、オスカルには、家を借りる・・・と言う事が、あまり理解できていなかった。
ましてや、家賃の他に、敷金、礼金などというのがあるのは、もちろん、2年ごとに更新がある事など、全く知らない。
オスカルは考えた。どうも、借りたものは、返さなければならない。
買えば、自分達のものになる。
そこで、
「買うと、幾らなんだ」
大根を買うように聞いた。
オスカルが、大根を買った事があるのか、不明だが・・・。
不動産屋は、頭の中で、カモネギ、カモネギと唱えながら、
相場より、少々高めに言ってみた。
オスカルは・・・元貴族のオスカルには、金を使った事がなかった。
欲しいと言えば、手元に届いた。
それに、家の相場など全く分からない。
アンドレと暮らしている時も、殆どアンドレと買い物に出かけて、アンドレが支払っていたので、全く分からなかった。
だが、アンドレに70%に・・・。と言われたが、よく分からないので、
「50%では、ダメか?」商談と言うのが、面白くて言ってみた。
不動産屋は、あわてて、
「お客さま、それはないですよ。こちらが、破産してしまいます」
破産というものも、オスカルには理解できなかった。
ジャルジェ家には、定期的に余る位、アルトワ州から収入、それに、軍務の俸給があった。
今では、ないが・・・。
「幾らなら、売ってくれるのか?」
オスカルは、もう一度確かめた。
不動産屋は、相変わらず、先ほど申し上げた金額です。そう言って、譲らなかった。
オスカルは、50%と言ったものの、それから、先どうやって、商談を進めていくのか分からなかった。
分からなかったので、アンドレに任せようと思った。
『オスカルの備忘録』に書き込んだ。
そして、「ふむ」と答えた。
すると、不動産屋は、これは、一般よりやや安めの間取りと材料になります。お客さまがもっと、高級な家をお望みなら、それなりになります。もっともらしく、告げた。
相変わらず、チンプンカンプンのオスカルは、
では、最高級にしたら、幾らになるのだ?サラッと言った。
不動産屋は、乗りだしたが、この時代、女が財産を持つ事は、許されていなかった。すっかり忘れていた。
オスカルは、オスカルで、あの家が堪らなく魅力的で、即決でも買いたいところだった。
が、不動産屋が言った。
お客様、お独りでは、大きな物件の売買ですから、ご主人さまをお連れしていただきたいです。
オスカルは、面食らった。生まれてこの方、自分は、ご主人さまだった。
見れば、分かるだろう!と、姿勢を正した。
そこで、思い当たった。革命後、貴族は居なくなったのだ。
だから、わたしは表立ってはご主人さまではないのだ。
「主人はいない」何の迷いもなく告げた。
不動産屋は、やはり、思っていた通りだ。
では、身元保証人を連れて来て頂きたいです。
ついでに、この客が物件の購入を急いでいるようなので、付け加えた。
「実は、午前中にもあの部屋を見にいらっしゃった、方がいらして、高価な買い物なので、2-3日お考えになりたいと仰っています。
もし、あの物件を本当に購入されたいのであれば、お早い方が宜しいかと存じ上げます」噓八百を言った。
オスカルは、身元保証人については、異存はない。
ただ、その者は、昼間は所用があるから、来られない。
明日の朝ではどうか?
アンドレの、勤務時間を考えて、言った。
不動産屋は、結構です。
何時頃が宜しいでしょうか?
机の下で、手もみしながら言う。
ついでに、この女性の保証人だ。
同じように、不動産の相場など知らない人物だろう。
これは、大儲けが出来るぞ・・・。ほくそ笑んでいた。
6時ではどうだ?オスカルとしては、アラスの農場で働いていた頃の習慣から、この時間を提案した。
不動産屋は、焦った。同時に、やはりこの女性は、世間の常識を知らないと、確信した。そして、冗談ではないですよ。そんな時間に、働いている人間など、このパリには、いません。せめて、10時以降にして欲しいですな。
それを聞いて、オスカルは驚いた。アラスでは、日の出前から、みな働いていた。10時など、一息ついて、お茶タイムだ。
だが、考えてみた。アンドレはプレシ工務店に勤めてから、朝はゆっくりと出かけて、夕方帰宅する。これが、パリ流なのかもしれない。しかし、不動産屋が言う、10時では、アンドレは仕事に行っている。
そこで、オスカルは提案した。今日、夕方ではどうだ?彼も仕事をしている。帰宅したら、直ぐに連れて来るから・・・6時半では、どうだ?
不動産屋は、6時に店を閉めるのが、常だった。だが、この『ネギを背負った鴨』をのがしたくなかったので、渋々、承諾した。
オスカルは、看板を肩に担いで、意気揚々とアランの下宿屋に戻り。慣れない手つきで、馬車の用意をしようとしたが、グランディエ家の馬車は、デカすぎた。
居合わせた、アランの母上に聞くと、辻馬車が希望の時間に来てくれる。
そう言って、手配をしてくれた。準備万端だった。
暇になった。
そこで、不動産屋との会話を『オスカルの備忘録』に書き留めた。
5時になると、オスカルは外に出て、アンドレの姿が見えないか、ウロウロしだした。子ども達には、ブーランジェリーで、あらかじめ夕食を買って、部屋で食べるよう伝えた。
さらに、プチにはアリエノールが眠くなったら、寝支度をしてやって、寝させてくれ。と、申し伝えた。
子ども達は、粗方の様子が分かっているので、素直に応じた。
長身のオスカルが、更に背伸びをして待っているとアンドレが帰って来た。この時間は、外に出て、子ども達と夕食をしているはずなのに、待っていてくれたのかと、アンドレは小躍りした。
しかし、違っていた。オスカルは、妙な看板を肩に担いでいた。オスカルが、用件を伝えていると、時間通りに辻馬車がきた。
オスカルが、行き先を告げた。
馬車に乗り込むと、オスカルは物件の様子を魅力的に話し、不動産屋との会話を、簡単に説明した。
それを聞くと、アンドレは、笑いながら、向こうに行ったら、おまえはなるべく黙っていろ。そう言われた、オスカルは少々不機嫌になった。だが、こう言う事は夫に任せた方が、いいだろうと、渋々承知した。
オスカルは、先ず物件を見て欲しいと、夫を案内した。しかし、アンドレは、オスカルがしたように、中には入らず通りを行ったり来たりして、眺めた。
それから、件の建物へと向かうが、その途中でも、馬車寄せ、花壇などを見て、なかなか環境は良さそうだと感想を述べた。
物件の前に来て、玄関ドアが無いのに、驚いた。
オスカルが、プチが触ったら壊れてしまった。
そして、次の言葉を、言おうとした瞬間!
バキッと音がして、アンドレの身長が縮んだ。
弱くなっていた床板が、アンドレの体重を支え切れなかったのだ。
アンドレが、片足を床板にめり込ませたまま、後ろを向いた。
オスカルは、
「だから、床板が危ないから気を付けろと言おうとしたのに・・・おまえは、人の忠告を待たずにどんどん入ってしまう」
オスカルは、アンドレが事故に合ってから、忠告した。
アンドレは、片足を抜くと、周りの床板を外してしばらく懐中電灯で照らして、頭を突っ込んで中を見ていた。
オスカルには、何をやっているのか、トンと分からない。
分からないから、ぼ~~~~っとして見ていた。
それからも、アンドレは、オスカルには全く分からない行動をずっとし続けた。
そして言った、イイ物件だ。おまえよく見付けたな!
そう言われて、オスカルは頬をポリポリした。
だが、おれがここでした事を、向こうで言うんじゃないぞ!
頃合いを見て、話すからな!
オスカルはまた、念を押されてしまった。
しかし、何を何のためにしているのか、全く分からなかったので、話しようがない。
アンドレが、あまりに丁寧に物件を見て回ったので、不動産屋に着いたのは、定刻を過ぎていた。しびれを切らした、不動産屋が店を閉めようとした時、昼間来た、少し色の褪せたドレスを着た女性が、今度は、白のブラウスにズボンという姿で現れた。
それも、よく見ると高級なシルクで、足元も高級な革の靴で丁寧な手入れが施されていた。
その隣には、ピシッとスーツを着た背の高い男性がぴったりと付いていた。不動産屋は、仕事柄顧客の着ているモノを上から下まで瞬時で見て、判断した。
どんなにぼろい男が来るのかと思っていたら、ギャラリー・ラファイエットのスーツをビシッと着て、ネクタイはChanelだった。靴は、André製のモノを履き、それも毎日手入れをしているのだろう、ピカピカに磨き上げられていた。
そこで、不動産屋は、思った。
これは、昼間来た女性と同じ階級で、不動産の売買など、全くの素人だろう。
そう判断した。
椅子をすすめると、不動産屋が、言った。
申し訳ないですが、商談の前に貴方様と、こちらの女性との関係を教えていただきたいのですが。
私は、彼女の夫ですが、何か?アンドレが答えた。
え゛〜ご主人さま、ですか?
先ほど、ご主人さまは、いらっしゃらないと聞いたものですから・・・。
オスカルは、びっくりして、なんだって!おまえ、ご主人なのか?黙っていろと言われたのに、聞かずにはいられなかった。
オスカルの概念では、ご主人とは、貴族または、裕福な所の、主人で、それに対して、使用人がいることになっている。
不動産屋は、この世間知らずの女性を少々、馬鹿にしたように、旦那さまは、ご主人と一般的には、呼びますが・・・。笑いながら言った。
では、わたしは、使用人か?オスカルは、隣に座るアンドレに聞いた。アンドレは、微笑みをうかべながら、帰ったら説明するよ。それだけ言うと、不動産屋に向かい会った。オスカルは、『備忘録』に、忘れないように書いた。
「妻から、売却の場合、標準だと、うんちゃら、こちらでリフォームすると、なんちゃらと、聞いたが・・・。
こちらでリフォームすると、なんちゃらから、うんちゃをを引くと。アンドレは、ビジネスバックから、五つ球のそろばんを出して、計算した・・・。そうすると、躯体部分の値が、これになりますね」
アンドレが、詰め寄ったので、不動産屋は、タジッとした。
でも、これだけで負けてはいられない、不動産屋の意地がある。
アンドレは続けた。あの家は、かなり傷んでいる。什器も壁紙から全て取り換えなければならないですよね。そうすると、そちらでリフォームした場合、躯体部分を引くと、随分と掛かるようです。
既に、什器、床板、壁紙などのレベルは決まっていらっしゃると思います。
パンフレットを見せて頂けますか?
オスカルは、アンドレの横顔に見とれていた。このように、真剣な顔を見た事が無かった。革命前は、屋敷でいつもばあやに、ヤキを入れるよ!と脅され、それじゃなければ、ほうきを持って追いかけられていた。
せいぜい、真剣だったのは、司令官室だったが、それでも、冗談を言ってオスカルを笑わせていた。オスカルは、何度目か分からないが、アンドレに惚れてしまった。
一方の不動産屋は、どこかのお坊ちゃま上がりの男としかアンドレを思っていなかった。それなのに、なかなか、専門的な事を行って来る。そんな訳で、焦って、高級品のカタログを見せるのを、うっかり、安物のカタログを見せてしまった。
アンドレは、パラっと見ると、随分とちゃちな物ですね。
このレベルでは、そんなにかからないはずです。
それに、あの物件は、解体、建築で、金もかかるし、時間もかなりかかる。廃材の処理にも時間と費用がかかるはずだ。
その上、床板の下を拝見させて頂いたが、かなり、修復の必要があるようだ。それに、石壁も、所々ひび、欠けがあるから、その費用を入れたらかなりになる。そうではないかな?
不動産屋は、ビビった。ここまで、建築に精通しているとは思っていなかった。
頭の中で、様々な思いが巡る。
だが、もはや、アンドレのペースだった。
それから、この土地はある高貴な方の物で、土地付建物ではないと聞いた。
その高貴な方と言うのは、どなたでしょうか?
不動産屋は、もうどうとなれ、どうせ知らないだろうと、○○侯爵と答えた。
すると、オスカルは、ああ、○○侯爵夫人は母上と懇意になさっていて、度々行き来していたぞ!
アンドレも、ああそうだった。とてもお上品な方だったな。
オスカル、もしここが決まったら、手土産を持ってご挨拶にお伺いしよう!
この夫婦の会話を聞いて、不動産屋は冷や汗が出てきた。
同時に、腹の虫も鳴った。
7時近くに始まった商談が、長引いてとんでもない時刻になっている。
住居兼事務所の、2階からは不動産屋の女房が、夕食の支度をしているのであろう、いいにおいが漂ってきている。
不動産屋は早く切り上げたくなった。
だが、肝心のアンドレ夫妻には、全くその気がなく、
のんびりと、決まるまでは、居座る気でいる。
そこから、ああでもない、こうでもない、ではこれではどうだ?それでは駄目だ、こうしよう!と真剣勝負が始まった。オスカルには、何を話しているのか、当初はわかっていたが、段々専門用語になって来ると、チンプンカンプンだった。
しかし、自分の主張もいれなければいけない。先ほどアンドレから、黙っているよう言われたのも忘れて、わたしとしては、我が家に相応しい、間取りと、調度品にしたいのだが・・・。やっと、2人の話が途切れた所で言えた。
するとアンドレが、今までの厳しい顔から、一転、優しい夫の顔に戻って、今その為に話し合っている所だよ。安心して待っていろ。そう言われただけで、相手にされなかった。
漸く、家屋の買い取りの交渉が終わった。不動産屋は、契約を出来れば明日にして欲しいと言った。だが、アンドレが、明日は残業になりそうなので、かなり遅くなりますが、宜しいでしょうか?と、噓八百を言った。
明日になって、不動産屋の頭が、冷静になってしまったら、今まで粘ってかなり値下げしたのが水の泡になってしまう。
アンドレとしては、今まで自分がしてきた、仕事の反対をしていたので、相手の気持ちが手に取るようにわかっていた。
不動産屋は、仕方なく、腹の虫を押さえながら、書類の束を持って来た。アンドレが家主として署名をしていく。それを見ていたオスカルは、わたしが、主ではないのか?不思議そうに聞いてきた。
アンドレは、また、とろけそうな笑顔で、悪いが、一般社会では女性が、財産を持つことは禁じられているんだよ。あの、ヴィジェ・ルブランでさえ、全ての収入は、夫の元に支払われていたのだ。
オスカルは、初めて知ったこの事実に、唖然とした。では、わたしの領地からのも、軍務での俸給も父上が、ぶんどっていたのか・・・。
オスカルは、さらに、アンドレに聞こうとした。すると、オスカルに関しては察しの良いアンドレは、家に帰ったら、きちんと説明するよ。超特別に、とろけそうな笑顔でいった。もう、オスカルは、アンドレにメロメロだった。
あれやこれやと、書類に書き込み、お互いにサインをして、土地の所有者である○○侯爵への書類も済ませた。後は、登記簿謄本の書き換えだった。不動産屋に、サインをもらい、明日、アンドレが行く事になった。
そして支払いになった。後日になっても構わないが、不動産屋は、現金を要求した。アンドレは、勿論、そうします。そのつもりで今日持ってきました。ビジネスバックから、ズシリと重い革袋を取り出した。
不動産屋は、ぶったまげた。いったい、この夫婦は、何なんだ!?そう思っているうちに、アンドレは、袋から金貨を取り出した。そして、金貨で支払いの場合、代金の1割引きですね。ニッコリと言う。
またまた、焦ったのは不動産屋だった。金貨の場合、1割引きなのは、承知だったが、まさか、金貨を持ってくるとは思ってもいなかった。
では、躯体に、0.9を掛けると・・・言いながら、また五つ球のそろばんをはじいた。
これで宜しいですね。
先ほどまでに、ド真剣な顔を消して、ニッコリとした。
不動産屋としては、承知するしかなかった。
支払いが済むと、不動産屋は、やれやれと店をたたもうとした。が、アンドレは、更に、あの物件の、図面があるはずですね。出来れば、平面図、詳細図、それからこれが一番大事なのですが、構造図、躯体図をお貸し願えましょうか?
あす、事務所で焼いてきますから、明日中にはお返しします。
え゛・・・。Andréの靴を履いた、アンドレって、どんな仕事をしているのだ?
初めて、不動産屋は気が付いた。慌てていて、書類に仕事先を書いて貰っていたのに、気づかなかった。
『プレシ工務店』とあった。参った・・・。不動産屋は、今更後悔した。
プロ相手に、商売をしてしまった。負けるはずだ。
渋々、図面を渡した。
するとアンドレは、明日の夕方には、お返しします。
ウインクして言った。
え゛・・・。たしか、明日は残業と聞いていたが、これも作戦か・・・。
不動産屋は、腹の虫どころではなく、虫の居所が悪くなってきた。
一方のアンドレは、オスカルの肩を抱いて、意気揚々と帰って行った。
看板は、不動産屋の壁に立て掛けたままだった。
つづく
アンドレの履いている、『André』は、パリの至る所にある、男性用の靴屋さんです。写真が、拙ブログの掲示板にありますので、良かったら、ご覧くださいね。
また、アンドレには、アルマーニかベルサーチのスーツを着て欲しかったのですが、やはり、made in France に、拘りたかったので、フランスのメゾンと思ったのですが、思い当たるメゾンが無かったので、ギャラリー・ラファイエットにしました。
また、Chanelは、婦人物しか、扱っていません。(私の記憶では・・・)ですが、ネクタイは、女性から男性へのプレゼントとして、扱っています。なので、アンドレのネクタイは、オスカルからのプレゼントになります。
でも、最近は、男性用の香水などあるので、変わりつつあるのかもしれません。
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