年が変わって、2月になった。

「オスカル〜!
郵便が届いてるぞ。
奥さまからだ。
あれ?12月の日付だ。郵便事情もいい加減だな」

「革命政府もそこまで、手が回らないのだろう」
手紙を読んでいたオスカルの顔色が変わった。
アンドレが、心配して声を掛けた。

「どうした?悪い知らせでも、あったか?」
「父上が、亡くなられた。
年末にスノボしていて、頭を打ったそうだ。
夏の物見遊山で、楽しんだから、本望だろう。と書いてある」

「一緒に行くか?」
「もう、葬儀も終わっている。それに、こちらも手一杯だ。」
「そうじゃない。奥さまをお迎えに行かなくていいのか?」
「母上?母上なら、向こうで、父上の墓を守って、
シモーヌ母上と上手くやっていくさ」

「甘いな!情勢が変わったら、お袋は、奥さまのお相手どころじゃなくなる」

「どう言うことか?何か、変わるのか?」
最近のオスカルは、家事、子どもの事、そして近所の子ども達,
そして、近所づきあい&αで、パリの様子はわかっていた。
しかし、アラス・・・地方の世情どころではなかった。
物価が異常に上がっているのは知っていたが・・・。

「おまえ、向こうで、居住区のずっと奥の方を見ていないな。
あそこには、きれいに、ピカピカに磨かれたレースの機械が整然と置かれている。

そのまた奥の、工場だった大きな建物には、石材、レンガが、元あったように組まれて置いてある。

それに、おまえは畑に出ていたから、気付いたと思うが、あちらこちらに、石が並んでいて、所々に大きな石があっただろう?
あれは、工場の礎石だ。いつでも、元通りに出来るよう残してある。

そして、何時もオヤジが、野菜を売りに出かけていただろう?」

「あれは、父上では、出来ないからではないのか?」

「それもあるが、オヤジは行く先々で、元の職人達と会い、石工に会い、果ては、貿易商とも会っていたようだ。

オヤジは、根っからの商人兼実業家だ。抜かりはない。
今は未だ、海外に輸出する事も出来ない。
国内にも需要が無い。

だが、近いうちに情勢が変わると見込んでいる。
工場を再開したら、オヤジと弟は、工場長兼実業家。
お袋と、ジャネットは奥向きと、職人たちの所用。

奥さまのお相手どころじゃない。」

「では、母上は、グランディエ家と職人たちの、料理をすればいいのではないか?」

「オスカル、おまえ考えてみろ。ジャルジェ家で、旦那さま、奥さま、そして、おまえの3人のために何人、料理人がいたか、知っているだろう?

今度は、工場で働く、何十人だか、何百人かの食事を作るために、料理人を雇うのだ。

包丁で千切りなんて間に合わない。スライサーだって無理だ。縁日のようにキャベツの芯にぶっ刺して、クルクル回すヤツくらいじゃないと追いつかない。」

オスカルは、縁日の回すのが分からなかったので、アンドレに説明してもらった。聞いた途端、ときめいた。我が家にも欲しい。だが、今は、その話ではなさそうなので、後で備忘録に書いておいた。

「・・・で、情勢が変わるのは、いつなんだ?」
オスカルは、アラスで、パン作り窯を懸命に作る事だけに専念していただけの夫が、その様な、知識を得ていた事に驚いた。

どうやら、ネコを押しながら、その実は、あの敷地内をくまなく歩いていたようだ。
そして、情報を集めていた。だから、簡単にできそうな、パン作り窯を作るのに、時間がかかったのであろう。

「オヤジが言うには、そう遠い話ではないようだ」
それを聞いて、オスカルは、しばし考え込んだ。

「分かった。母上をこちらに呼び寄せよう。
わたしが独りで、行って来る。わたしの母だ。
おまえは、子供たちの事を頼む」

するとアンドレが、
「妊婦さんに、独り旅をさせるわけにはいかない」
オスカルは、腹を触りながら、
「なんで知っているんだ?」

「おまえの身体のことなら、おまえより知ってるぞ。
いつから、月のものがないかもだ」
「バレていたか!
大事な後の小事だから、黙っていたのに・・・。」

「何が、大事か知らないが、おれにとって、おまえの身体の方が、超大事だ」

「では、大事な後に超大事だ。だから安心しろ」
「本当に、大事な後に超大事だな?それならいい。
でも、アラスには、おれが行く」
こうして、アンドレが有給休暇を取って迎えに行くことにした。

  *******************

やがて、ジャルママがアンドレ一家に到着した。
寒い日だったので、オスカルは寄せ鍋を用意して待っていた。

ジャルママは、食べた事が無かったが、みんなで鍋を突くのは楽しかったし、美味しかった。

そして、2階に客用に作った部屋に入って落ち着いて貰った。ジャルママは、少々狭いと感じたが、急いだので、本当の部屋の準備が出来ていないのだろう。と思った。

しかし、いつになっても、広々とした部屋に移らないので、末娘に訊ねた。そうしたら、ジャルジェ家のように、広い部屋などない!と言われてしまった。

アンドレは、これからはオスカルも、奥さまと暮らせて、心強いだろうと思った。

しかし、アラスでは、あんなにオスカルの家事を手ほどきしていたジャルママが、全く何もできなかった。

ばあやの厳しい教えだと言っていた。だが、ばあやは、ジャルジェ家では、使用人に指図するだけで、自分自身は、点検して回っているだけだった。(アンドレに、ヤキを入れていたが・・・。)

まあ、若い頃はそれなりに仕事をしていたのかもしれないが、時代が変われば、使う道具も、方法も変わって来るものである。

従って、ジャルママも、チーズのカットとハムのカット、それと、忘れてはいけないのは、ブレンディの煎れ方。

アンドレが、今凝っている、深煎り豆の粗挽きネルドリップ、など、聞いた事もなかった。オスカルも、飲みたがったが、妊婦さんには、良くない!とアンドレに厳しく言われて、ミルクたっぷりの、デミタスカップでしか、飲ませてくれなかった。

夕食後、アンドレか、オスカルが、
「今夜は、深煎りか?浅煎りか?挽き方はどうする?」
と楽しそうにコーヒー豆を選ぶ。
ジャルママは、コーヒーが豆だったのも知らなかった。

黒い豆を、ハンドルの付いた容器に入れて、クルクルと回し、茶色く汚れたような布に入れて、コーヒーを淹れるのを不思議に見ていた。
でも、ブレンディよりも、美味しいと思った。

果ては、出かける時の、セコムも知らず、保安警備隊に何度かお世話になった。ジャルジェ家にもセコムは付いていたが、全て使用人が管理していたので、ある事さえ知らなかった。

ある寒い日、オスカルが出かけて遅くなるから、
夕食の支度をたのむと言って、出て行った。

オスカルが、メニューは、オル窓のユリウスも得意なシチューだ。材料は揃っている。レシピ本に写真も載っている。それを見れば、誰にもできるはずだ。いとも簡単そうに言った。

ジャルママは、慣れない事なので、早い時間から取り掛かった。
ジャガイモの皮をむいて、ひと口大に切る。・・・。
ズッコン×6・・・。四角いジャガイモが出来上がった。
それと同じくらい大きさの、皮の付いたジャガイモも出来上がった。

にんじんは、ピーラーで皮をむき、乱切りにする。・・・。
調理台の上に、オスカルが、置いていた。
しかし、ピーラーを知らなかったので、分からなかった。
乱切り・・・。そんな、剣の技法なんて知らないわ。

玉ねぎ、皮をむいて・・・。いくらむいても、むいても、同じじゃないの・・・。

肉は大きかったら、ひと口大に切る。
え゛・・・だれの一口なの?アンドレ?それとも、アリエノール?

厚手の鍋に、分量の水を入れて、沸騰したら、材料を入れ、柔らかくなるまで煮込む。

え゛・・・厚手の鍋・・・。手の平の厚さくらいかしら・・・。そんなお鍋、見つからないじゃないの・・・。あったわ!初めて此処に来た時に使ったお鍋。厚手だわ!

ジャルママは、土鍋をコンロにのせ、火をつけた。
そのまま、またレシピ本を見て、水の分量を調べていた。
600cc・・・。なんなの?この量・・・。
調理台の上には、これもオスカルが、用意した計量カップがあった。

その時、ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、という音が、コンロの方から聞こえてきた。
ジャルママが、おっとりと、近寄った。
鍋に、亀裂が入り始めていた。

鍋が熱くなり過ぎたのだろう。
そう思って、水を入れた・・・。

  *******************

その頃、オスカルはアパルトマンからかなり遠い、サントノレ通りを歩いていた。本来ならば、馬で来たかったのだが、アンドレに乗馬はきつく禁止されていた。

辻馬車で行こうかとも思ったが、見たいところで、一々止めてくれと、言うのもかったるいので、歩く事にした。

もう少し行くと、チュイルリー宮である。自分の姿が目立つのを恐れて、髪をフードに隠し、地味なドレスを着ていた。

サントノレ通りを歩いていると、ロベスピエール、サンジュストが歩いてきた。なるべく見つからないように、と、端を歩いて行く。すると、その後ろに、プラチナブロンドをなびかせて、ジェルメーヌが、歩いてきた。

オスカルの視線を感じたらしく、チラッと見た。急いで寄って来ると、ジャコバン派で、秘書をやっているの。そう言って、建物の中に消えていった。
オスカルは、不安を抱えながら、それを見送った。

そして、帰宅したオスカルは、キッチンの惨状を見て、頭を抱えて、ペタッと座り込んでしまった。

しかし、ジャルママが来て、一番喜んだのは、プチアンドレだった。
早速、絵の手ほどきを教えてもらい。スケッチブックに向かう時間が、増えた。

が、オスカルにとっては、毎日が憂鬱になった。オスカル自身もやらなければならない事があって、出来れば、午前中の家事をジャルママに頼もうと目論んでいたのが、期待外れだった。

期待外れだけならよかったが、ジャルママは、居候しているだけじゃ、悪いから家事を覚えるわ。なんて言い出したから、オスカルがテキパキと済ませていた事を、伝授しなければならない。時間が、倍かかった。

それでは、はかどらないので、優雅にお茶でも飲んでいらして下さい。
提案してみた。
すると、お茶の煎れ方から、伝授しなければならなかった。

また土鍋を壊されては、やっていられない。だが、お茶の煎れ方を見ていたジャルママは、誰か煎れてくれる人は、いないのかしら・・・。と言った。

オスカルは、妊婦さんで心安らかに暮らさなくてはいけない。
しかし、ブチ切れる寸前だった。

そんな事があって、しばらくすると、今度はプチを、ルーブルに連れて行きたいと言い出した。

「大丈夫よ~二人で行けるわ。だから、馬車を出してちょうだいな!」
相変わらず、伯爵将軍家の奥方の暮らしから抜けないでいた。アラスに居た時は、グランディエ家に居候している身、そして、革命直後という事もあって、耐えていた。そして、アラスのグランディエ家から、一歩も外に出た事が無かった。

しかし、パリに戻ってみると、平和だった。もちろん、オスカルがそのような場所を住居として選んだのである。こちらでも、外に出る事は無く、せいぜい、中庭に出て、孫たちと遊ぶくらいだった。

プチとルーブルに行く。
馬車を出して・・・そんな人はいないし、我が家には特大の馬車しかない。
オスカルが、憮然として言った。

じゃあ、歩いて行くわ。・・・オスカルは、頭痛がしてきた。今まで、何処に行くにも、自家用馬車で出かけていた。馬車での距離感と、時間しか分かっていないのである。

それよりも、のんびりと暮らしていたので、時間という観念もなかったのかもしれない。

馬車庫にいい馬車があるじゃないの?ジャルママが嬉しそうに言った。誰が、手綱を持つのだ!オスカルは、口にしたかったが、耐えた。

我が家の馬車は、大きすぎて、ルーブルの駐馬車場に停められません。
耐えてきたオスカルも、限界が来ていた。

では、お隣の馬車をお借りしましょうよ・・・。

どっか~~ん!

母上、醤油を借りに行くのとは、訳が違うのですぞ!
分かりました。わたしが、お供しましょう。
その代わり、辻馬車ですぞ。
覚悟してくださいね。

こうして、アリエノールも一緒に、4人でルーブルに向かった。
辻馬車で・・・。
ジャルママは、座り心地が悪い、狭いなどと言った。
しかし、オスカルは聞こえないふりをして、窓の外を眺めていた。

プチだけが、嬉しそうにしていた。それだけが、オスカルの喜びだった。
ルーブルに着くと、先ず、絵画を見て歩いた。この頃の、ルーブルは主に、売買される絵画が展示されていて、画廊の者も多数来ていた。

オスカルとアリエノールは、1枚の絵を見るのに、30秒あれば十分だった。しかし、プチは、動かない。オスカルが、一部屋グルっと回っても、1枚目の絵画の前から、一歩も動いていない。

動かないというのは、少々違っていたかもしれない。下がって見ると、今度は右から見る。そして次は、左から、そして、祖母が持って来た一眼鏡で、近くに寄って見ている。
オスカルには、全く分からなかった。

ジャルママに次の部屋に行っています。伝えると、またサラッと見て、そのまた次の部屋に行った。ドラクロワの『民衆を率いる自由の女神』というのがあった。

珍しくオスカルが止まってみた。そして、ほお、わたしを題材にして、描かれているのがあるのか・・・。と、悦に入った。な~んちゃって!

一通り絵画を見終わった・・・ほんの数十分だった。ジャルママとプチを探して、一つ一つ部屋を覗きながら戻って行った。何処にもいない。もうそろそろ、何番目かの部屋に移動しているはずである。

が、いない。まさかと思って、最初の部屋を覗いたら、まだ、3枚目の絵を見ていた。ジャルママが解説して、プチも一生懸命に聞いていた。

オスカルとアリエノールの腹が鳴った。アリエノールが、オスカルを見た。オスカルは、ジャルママの方へ向かった。腹が減って来たので、地下のカフェテリアに行きませんか?訪ねたが、もう少し見ていたいから、貴女達だけで行って来て頂戴。

当分この辺りにいるから、大丈夫よ・・・。ホントに大丈夫なのだろうか?オスカルは、不審に思ったが、アリエノールと腹の子どもに催促されて、不安を残しながら、地下へと向かった。

アリエノールは、お子さまランチ、オスカルはワンプレートランチをゆっくりと食べていた。考えてみれば、あのペースで見ているのだ。ゆっくりと食事をしていたって、最後の部屋までたどり着くはずはないだろう。

オスカルは、気が楽になった。そして、人に作ってもらう食事が、目新しく美味しい事に気づいた。食後は、オスカルはエスプレッソを・・・アンドレには、内緒で・・・アリエノールはオレンジジュースをゆっくりと楽しみ、上階へと戻って行った。

絵画の一画に着くと、ラストの部屋から見て行った。
いなかった。次の部屋、次の部屋・・・。ずっと見て行くがいない。

オスカルが、また、イライラしてきた。まだ、最初の部屋にいるのか!?
行ってみた。居なかった。

今度は、オスカルは、青くなった。
まさか、この広いルーブルで、迷子になるとは・・・。
オスカルは、来た事が無かったので、どこに何があるのかトンと分からない。

それより、何に興味を持って、何処に行ったのかも分からなかった。
アンジュちゃんを抱えているアリエノールを小脇に抱えると、近場の部屋から探し始めた。

何処にもいない。この時代、館内放送など、無い。

兎に角、絵画だ。オスカルは、フランス絵画だけではなく、他国の絵画を置いてある部屋に向かおうとした。
すると、アリエノールが、あ!お兄ちゃん・・・居た。おばあちゃんも・・・。

指差す方をオスカルが見ると、真っ白な彫刻がある部屋で、プチがまた、スケッチブックを広げ、その後ろから、ジャルママが指導をしていた。のんびりと。

准将時代の軍人歩きをしてオスカルは、アリエノールを小脇に抱えたまま、近づいて行った。

オスカルの大きな足音に気づいたジャルママが、
「ねえ、見て。プチの、クロッキー、とても上手いでしょ!センスがあるわ」
相変わらず、おっとりしていた。

それに、プチが必死で向かっているのは、『アモーの接吻で蘇るプシュケ』だった。
このような物を、幼い子供に描かせるとは・・・。
三人の子の母になろうというのに、純情なオスカルは、真っ赤になって言った。
すると、ジャルママは、この彫刻が、一番、光と影のバランスが良かったのよ。

オスカルは、振り上げたこぶしを何処に落としていいのか分からなくなった。
仕方がないので、
「そろそろ、帰りましょう。夕食の支度もしなければなりません」
ここは、有無を言わせないよう、准将口調で、言ったつもりだった。

「でも、もう少しで、プチのクロッキーも終わります。
それとも、明日、同じ時間に、連れて来てくださる?でないと、光と影の位置が違ってしまいます」

・・・?・・・光と影の位置?なんだ?それ?光と影のバランスではないのか?わたしとアンドレの様に・・・。

とにかく・・・。オスカルが、言い出すと・・・

ジャルママは、では、辻馬車を入口の所に待たせておいてくれないかしら?そうしたら、ルーブルが閉館するまでゆっくり見ていられるわ。貴女は帰って、キッチンに立ちなさい。革命前と変わらずに、まるで、侍女に言いつけるようだった。

我が家には、その様な金はありません!ジャルジェ准将が、怒鳴った(軽く)
お金が、無い・・・って、どういう事なの?ジャルママが言った。
ジャルジェ准将が、爆発する前に・・・。

そこへ、彫刻をあちらこちらから、眺めていたプチが、もう大丈夫だよ。全部、覚えたから、家に帰っても、描ける。みんなで一緒に帰ろう。
さすが、アンドレの血と、名を受け継ぐ長男、大人たちを丸めて、ルーブルを後にした。


そして、4月にミラボーが、死去した。


あ・・・あの・・・旦那さま、
あ・・・あたしを、一晩買ってください。

これはまた、随分と背の高い娼婦だな!
だが、私は、十分間に合っている。
愛人が、沢山いるのだ。
金をやるから、他を当たるといい。

男は、従者に金を渡すよう命じ、馬車を出すように命じた。
すると、件の娼婦は、

金なら、わたしも十分持っている。
おまえと、少し話しをしたいのだ。

深々と被っていたフードを取った。
すると、男にとって、とても懐かしい黄金の髪が現れた。

オスカル?!オスカルか?
生き返った、と聞いていたが、本当だったのか・・・。

オスカルと呼ばれた、女は、
ふふふ・・・久しぶりだな!フェルゼン。
先程も言った通り、話がある。
おまえの為になる話だ。

分かった。馬車に乗れ!
中で話そう。

だが、オスカルは、
「馬車を停めていては、目立ちすぎる。
パリ市中を適当に走らせてくれないか?」

「それなら、私の屋敷に行こう。
すぐそこだ。
それなら、いいだろう?
娼婦としても・・・。」

オスカルは、しばし考える振りをした。
「そう来ると思った!了解!」
マントの下は、いつもの通りキュロットとブラウスで、馬車のステップを軽々と昇った。

フェルゼンは、オスカルが、どこに住んでいるのか分からず、
「帰りは、何処か迄、送ろうか?」
言ってくれた。
「大丈夫だ。アンドレが来てくれる」
「相変わらず、仲がいいのだな!ジャルジェ家の血だな!」
懐かしそうだった。

こうして、娼婦オスカルは、フェルゼン家の馬車の人となり、フェルゼン邸に着いた。

懐かしい、じいが出てきて、「ジャルジェさま、マントをお預かりしましょう」と言う。相変わらず、気の利く方だとオスカルは、思った。

だが、オスカルは、
「イヤ、いい、あまり身体を冷やしたくなくてな!」
珍しく、マントの前をしっかりと合わせたまま、言った。

フェルゼンは、居間に入ると、じいと同じく、冗談交じりにも、親切に、
「冷え性になったのか?やはり、女だったのだな!
では、ソファーの位置を変えよう」

こう言って、暖炉の前に、ソファーの位置を変えた。
オスカルは、この方が、話をするのに、都合が良い。そう思った。

じいが、フェルゼンにそっと、
「ハンスさま、お飲み物は、いかが致しましょうか?」
「久しぶりだ!ブランデーで、乾杯するか?」
フェルゼンは、嬉しそうに言った。

しかし、オスカルは、
「わたしは、ノンカフェインの温かい麦茶をお願いする」

フェルゼンと、じいは、驚きのあまり、顔を見合わせた。
「冗談言うな!酒豪で底無しのくせに!」
先ほどから、オスカルらしからぬ事を言っているのに、気づきもせず言った。

「今、腹の中に子どもが入っている。ずっと、禁酒している!」
また、フェルゼンが、驚いて、
「おまえがか?さぞや、辛いだろう。
生まれるまでの、辛抱だな!」

オスカルは、当然のように、
「生まれたら、おっぱいをあげるから、卒乳するまで、お預けだ」
大好きな酒を飲めないにも拘らず、楽しそうにオスカルが言った。

「おっ・・・・・・ぱい?
おまえがか?」

オスカルが、真剣になって、
「そんな、話をしに来たのではない」

ああ、そうだった・・・フェルゼンは、肝心な事を聞かなければ・・・と、また、オスカルの主旨から離れた事を言い出した。

「ふーん、死んだと聞いたが・・・。
どうやって蘇ったのだ?」
オスカルをしげしげと見ながら、フェルゼンは不思議そうに聞いた。

「ふん!人をゾンビの様に、言うな!
蘇ったのは、この世でまだ、やらなければならない事が、あるからかな?」

「それが、私に関係あるのか?」
やっと、フェルゼンが身を乗り出してきた。
「ふふふ・・・相変わらず、頭の回転が早いんだか、悪いのか、分からないヤツだな」

そこへ、じいが、麦茶を運んできた。
オスカルは、礼を言って、カップを取り一口飲んだ。
じいが出て行くのを待って、オスカルが口を開いた。

「単刀直入に言おう!
国王陛下ご一家の、亡命計画を、止めろ!」
オスカルの提言に、フェルゼンは、青くなった。ここまで、部外者に知られず、極秘に進まれていた計画が、なんと、何故かオスカルが、知っている。

オスカルの様子からして、多分、市井の者だろう。
何処から、どうやって漏れたのだ?

狼狽えているフェルゼンを楽しそうに、見ながら、オスカルは、続けた。
「このままでいれば、この国は、立憲君主国家として、落ち着いていくだろう。
だが、国王御一家が、一度、国外に出て、戦争を仕掛け、王座を奪還しても、付いてくる国民はいなくなるぞ」

先ず、オスカルは。正統法で攻めた。勿論、そんな事を言っても、フェルゼンが、逃亡を止めるとは思っていなかった。

「何処まで、知っているのか?」フェルゼンは、慎重に聞いてきた。

「ある筋から・・・とでも、言っておこう。そうでないと、話がややこしくなる」
オスカルとしては、実際にジェローデルが・・・とか、ポーの一族が・・・とか、話すと、この少々頭が固い・・・言い換えれば、生真面目な、元親友には、通じないから、本当に、話がややこしくなる。そう思っていた。

オスカルが、ソファーに腰かけているのをみて、フェルゼンは、少し他の話をして、考えをまとめようとした。
「相変わらず、男のなりをしているようだが、いつもそうなのか?」

「ふふふ・・・臨機応変だ。ドレスは、なんとか慣れたが、女物の靴がどうも、歩きにくくて難儀だ」

「なんだ、そんなのどうせ見えないのだから、乗馬ブーツでも、履いていれば良いじゃないか?」
簡単に、フェルゼンは、言ったが、

「子どもは、いつ生まれるのか?」
「7月には、生まれるだろう」

「7月か・・・あの、運命の7月。
おまえが、革命の突破口を開いた。
おまえを信じる事は、出来ない!」
フェルゼンの目は血走っていた。

「革命の突破口など、開いていない。
我々、衛兵隊はパリ市中の警護の為に、出動した。
そこへ、家具職人たちが、バスティーユに向かったから、パリ市中の警護をしただけだ」

オスカルは、ゆっくりと麦茶を飲んだ、飲み終わった時フェルゼンが、話は終わったと言いそうだった。

しかし、未だ肌寒い夜、いつ来るとも分からない、フェルゼン家の馬車を待っていて、身体が冷えていた。おまけに、フェルゼン家のティーカップは、小さかった。

それなので、オスカルは、あっという間に麦茶を飲み干してしまった。すると、予想通り、フェルゼン邸から追い出されてしまった。

だが、しっかりと、次の会合を取り決めてきた。


つづく

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