6月20日22時、フェルゼンが、動き出した。

子ども達を、VOLVOに連れて行くのだ。
普段からチュイルリー宮に出入りしている、フェルゼンにすっかり慣れている二人は、静かに車に乗り込こんだ。
そして、いつもなら、寝ている時間である。何の不信感もなく、ベッドに直行して寝てしまった。

ほどなくして、アントワネットもやって来た。大きな、三越の袋を2個持って。何でもないように、フェルゼンに渡し、助手席に乗ると、荷物を受け取り足の前に置いた。

国王が脱出して、他の女性2人も乗り込み、いよいよ出発になった。
アントワネットが、お世話になった方々に、ご挨拶していきたいの。
先ずは、ポリニャック夫人のお屋敷に行ってください。

アントワネットには、逆らえないフェルゼンは、ナビをポリニャック邸にセットした。
妙だった。
到着が、明日の正午になっている。

よくよく見ると、ストックホルムほにゃらら空港発の飛行機の最終便がでてしまった。従って、明日の朝一便で乗るよう示している。
その後の、シャルルドゴール空港からの道筋は、無かった。

パリにいるのだ。
パリのエシェル通りにいるのだ。

フェルゼンは、再びナビを設定した。
今度は、船便が出てきた。
そして、フランスの港からの道筋は出てこない。

スウェーデン製のこのナビだった。
その為、スウェーデンでしか、その能力を発揮する事が出来なかった。

フェルゼンは、真っ青になった。
パリの道は、全く知らなかった。
それに、オスカルが先導してくれる・・・。というのを、断ったのも自分だった。
それでも、来る・・・。と言った。

オスカルは、やはり来なかった。

フェルゼンは、オスカルが出産で、それどころではなくなっている事を知らなかった。

アタフタしているフェルゼンに、アントワネットが、どうしたのですか?
出発しないのですか?不審に思って言った。

フェルゼンは、真実を告げるしかなかった。
そして、ロードマップが、ありますからそれを見てまいります。
ポリニャック夫人のお屋敷前の通りの名を、ご存じですか?

そんな事、王后陛下が知っている訳がなかった。
行き先さえ告げれば、馭者が何処へでも連れて行ってくれる。

フェルゼンは、宮殿に出入りする貴族の、住所録を持っているのを思い出した。
幸い、ポリニャック夫人の住所があった。
ロードマップを見た。ここから近かった。

車を出した。ガックンっと揺れた。
アントワネットは、今度はどうしたのか、横を見た。

しかし、フェルゼンは、何事もなかったように、すみませんでした。
マニュアル車の運転になれていませんで・・・。
スウェーデンでは、まだ、オートマではなかった。

それからは、快適に走った。
次の角を曲がれが、直ぐにポリニャック邸だ。

フェルゼンは、ハンドルを右に切った。
サイドミラーを見る。
車の後方が、反対車線にはみ出していた。
反対車線から車が走って来た。

クラクションが、鳴らされた。
焦ったフェルゼンは、前に進もうと、アクセルとクラッチを踏んだ。
先ずはゆっくりと車を動かした。

しかし、対向車線の車が通れるまでは、動けなかった。
もう一度、ハンドルを切る。
エンストする。
これを何度か繰り返して、やっと・・・。
進んできた車は通せた。

しかし、今度は、フェルゼンの車が、それ以上動けなくなった。
車体が長すぎたのである。

また、オスカルの言葉を思い出した。
「パリの道は、狭いぞ。そんな長い車だと、スムーズに動けなくなるぞ!」そう言っていた。

親友の言葉は、しっかりと聞かねばならないぞ!オスカルに言われたような気がした。

だが、王室一家に快適に乗って頂くには、これしかない・・・。と無視した。
今更ながら、後悔したが、進むしかなかった。

ハンドルを切って、元に戻る為、バックミラーを見た。
最後部の食糧庫が見えた。
それだけで、後方は見えなかった。

もともと、車の運転などしたことの無い、フェルゼン、サイドミラーだけでは、心許無かった。ハンドルを何度も何度も、切り返しながら、元の道に戻った。そしてアントワネットに、こちらの道では、入る事が出来ません。少し迂回してまいります。

ようやく、ポリニャック邸に着いた。フェルゼンは、汗びっしょりだった。

アントワネットは、ちょっとだけ、ご挨拶してくるから、待っていてね。そうして、三越の袋から何か出した。フェルゼンが聞くと、お別れのしるしに、ラデュレのマカロンを持って来たの。そう言って、門番と共に奥へ消えていった。

フェルゼンは、アントワネットの足元の、袋を見た。ものすごい数が入っていた。もしかして、これだけのお屋敷に、別れのご挨拶にいらっしゃるのか・・・。丁寧な方だ。

そんな事に、感心している場合じゃないだろう!オスカルの叱責が、飛んできそうだが、その夜、オスカルは祈る事しか出来なかった。

アントワネットは、なかなか戻ってこなかった。
フェルゼンが、様子を見に行こうかと思った頃戻って来た。

そして、
「ポリニャック夫人に、お茶とお菓子をご馳走になったの。ゆっくりとご挨拶できて良かったわ。次は、××侯爵夫人の所に、お願いね。」

今度は、大通りに面していたので、スムーズに行く事が出来た。
アントワネットは、また包みを持って、いそいそと入って行った。
今度は、フェルゼンは、時計を見ていた。

一時間近くなって、戻って来た。
「丁度、ケーキを焼いていらっしゃるところだったの。だから、少し待たせてもらって、ご馳走になって来たわ。でも先を急ぐからと言って、急いで頂いて、戻って来たわ。次は・・・。」

こうして、アントワネットに逆らう事が出来ないフェルゼンは、全ての夫人たちの所を回った。そしてやっと、約束のガソリンスタンドに向かおうとした。

すると、アントワネットが、フェルゼン。わたくし、まだ、凱旋門を間近で見た事が無いの、是非周りをくるっとして下さらない?

そんな事を言われてしまったら、行くしかないのがフェルゼンだった。要は簡単だった。右回りの、凱旋門の周りを、一周して元の道に右に折れればいいだけだ。

フェルゼンは、意気揚々と車がグルグルと廻っている所へ入って行った。というより、入ってしまった。クルッと一周するだけだった。しかし、車は、内側へ、内側へと、追いやられてしまう。

隣に座るアントワネットは、ねえ、フェルゼン、こんなに近くては、よく見えないわ。もう少し、外側を回ってくださるかしら?

何も知らずにお願いされてしまう。
フェルゼンは、必死だった。
出るに出られないのである。

凱旋門の周りを50周位して、やっと、元の所とは違う、どうにか出られそうな所から、脱出した。

元の所ではないので、何処にいるのか分からない。
シャンゼリゼ通りから入ったのである。
また、単に一周して、シャンゼリゼ通りに戻れば、万事オッケーだった。

だが、此処が何処だか、分からない。
ロードマップを見ても、通りの名称が分からないので、使いようがない。

取りあえず、真っ直ぐに進んでみよう。
すると、アントワネットが、感嘆の声を上げた。
「まあ、フェルゼン、エッフェル塔まで、見せてくれるなんて!
なんて貴方って優しい方なの!」

アントワネットに、褒められても、フェルゼンの背中は、冷や汗でびっしょりだ。
セーヌに向かっているのは分かった。

よし!セーヌを、右に見て、走らせれば、向かう先に行くだろう。
フェルゼンは、直感に頼った。(頼らないで欲しい、こんな時に・・・。)

しかし、目的の場所は全く見えなかった。
見えなかったどころか、フェルゼンは下見をしていないので、通り過ぎても分からないのである。

でも、奇跡的に、なんとか約束のガソリンスタンドに着いた。
しかし、着くのが、大幅に遅れてしまった。

ガソリンスタンドは、閉まっていた。
ただ一つ、セルフサービスに、灯りがついていた。
がフェルゼンは、使い方など知る訳がない。

幸運な事に、使い方が書いてあった。
給油用のホースを持った。給油口が反対側にある。
そこまで歩いて行ことしたが、届かなかった。

ガソリンスタンドの中は、所狭しと、スタンドが並んでいる。
相変わらず、長い車体が、閊えるし、焦れば焦るほど、エンストを何度も繰り返した。

どうにか定位置に着いた。
金を入れろと書いてあった。
え゛・・・貴族の彼は、金なんて見た事も、持った事も無い。
今も・・・。

ガソリンの残りを見た。
安全に、ガソリンを食わないように走れば、ボンディ迄何とか行き着くだろう。

これからは、エンストしないように・・・。
なるべく・・・ではなく、絶対に・・・。
大きな街道を、経済的な速度で走ろう。
フェルゼンは、決心した・・・当てにならないけど・・・。

ボンディへと、フェルゼンは、急いだ。
日が暮れるのは遅いが、夜が明けるのは早い。
ガス欠寸前にボンディに着いた。

フェルゼン以上に、王室一家が安心した。
フェルゼンは、
「ボンディに着きました。
ここに、真新しいガソリンが、6缶来ています。
しばらく・・・」

しかし、国王は、フェルゼンがこの先共にする事を拒んだ。
フェルゼンの身を案じてとか、なんとか、ごちゃごちゃと言った。
しかし、本心は、これ以上、フェルゼンと共にするのが、不安になったのである。

そんな訳も知らず、フェルゼンはアントワネットと目を見かわし、別れ、ベルギーに逃亡すると伝えた。が、本当に、ベルギーに着いたのかは、杳として知れない。

  *******************

翌朝7時、侍従が国王陛下を起こしに行ったところから、チュイルリー宮は大騒ぎになった。宮殿に詰めている、革命家たちの耳にも直ちに入った。

アンドレは、物陰に隠れて見ていた。
あまり姿を見られては、共犯者と間違われてしまう。

何処から漏れたのだろうか、民衆達が集まって来た。
そこで、アンドレも仲間に入り、何事があったのか、近くにいる者に聞いてみた。

まだ、逃亡したことしか分かっていないようだった。
次に、アンドレはマティニヨン通りに行ってみた。
ただの、出勤を急ぐ者・・・実際、アンドレはビシッとスーツを着て、ビジネスバックを持っていた・・・として歩いた。

革命家たちが、調査しているのだろう。門が開いていた。
しかし、フェルゼンは証拠に残るような書類は、一切処分していた。
そこの所は、抜かりが無かった。

そのうち、民衆が集まって来て、投石が始まった。
アンドレは、本気で速足で逃げた。

アンドレは、モンパルナスの事務所に顔を出した。
しかし、今日は仕事どころではない。
緊急事態宣言が発令した。

自宅待機だ。
世の中が静まるまでリモートワークしてくれ。
社長命令が出た。

アンドレは、喜んだ。
在宅と言う事は、生まれたばかりの、次男の顔を毎日眺められる。
スキップしたい気分だった。

お陰で、アンドレは、パリじゅうをあちこち巡る事が出来、自宅へ帰った。
帰宅するとオスカルが、こんなに早く情報が聞けると、嬉しさ半分、心配半分で夫を迎えた。

「今夜だな・・・。」オスカルが、呟いた。
「おい!オスカル!おれ達は、間違っていたのじゃないか?
フェルゼンに助言するより、サン・ムヌーの宿駅長、ジャン・ドルーエを、どうにかした方が、良かったんじゃないか?」

オスカルが、ハッとした。なんとうかつな・・・。
わたしときたら、国王陛下ご一家が無事パリを出られる事ばかり考えていた。

そうだ、あの男さえいなければ、たとえ、軍隊が引き揚げようと、陛下たちは無事国境を通過できたのだ。
オスカルは、天を仰いだ。

レヴェとヴィーが、居た。
まだ、チャンスはあるよ!
そう聞こえた。
レヴェとヴィーは、グランディエ家の何処かに住み付いている様だ。

オスカルは、帰って来られるのは、3日後だな。
また、見て来てくれるか?アンドレ?
オスカルは、既に自室の椅子に座ってフランソワを抱いていた。

そして、立って歩いてみた。
ジャルジェ准将の顔になった。

「やはり、わたしが、行こう!チュイルリー宮位までなら、歩いて行ける」
「冗談じゃないぞ!普通の状態じゃないんだぞ!」
アンドレが、怒鳴った。最近、オスカルよりも、激高するのは、アンドレだった。

「もう、歩くくらい大丈夫だ。
わたしを誰だと思っている?オスカルさまだぞ!」

「そう言う意味ではない。そこに集まる群衆の数を考えろ!
押し合いへし合いで、10センチだって、進む事が出来なくなるぞ!
そんな所に、行ってみろ!この辺りなら、歩いても構わない。
でも、チュイルリー宮には、行かせない!」

「最近のおまえは、怖いなぁ。でも、その様な、状態なら諦めるとするか・・・。
おまえが見て来てくれ。だが、おまえも、無理はするなよ。汚い服を着ていけよ!」

アンドレは『アンドレの備忘録』を見た。帰着する時間が、分からなかった。グランディエ家の周りは、とても静かだった。まるで、何事も起こっていないように・・・。

アンドレは、決めた。
戻って来る街道を行って、陛下たちの馬車の後を付いて戻って来よう!

アンドレは、オスカルに伝えた。
大賛成だった。だが、あまり早く言っても怪しまれる。
ヴァレンヌか・・・。
馬車は、ゆっくりとした速度で帰って来る。

オスカルが、考えこんだ。
「民衆達に、ヴァレンヌからこちらに向かってくるのがいる。
その情報が入れば、ヴァレンヌ方向へ向かう者達が出てくるだろう。
それに紛れていくのはどうだ?」

「そうだな!ヴァレンヌに23時だ。
それから直ぐに、早馬で知らせが入るか、どうかだな?!
浮浪者のふりをして、チュイルリー宮の傍で、野宿するか・・・。」

「そんなハンサムで、いい匂いの浮浪者なんていないぞ!」

「ありがとう!顔は、子ども達の泥んこ遊びに付き合う。
服は、事務所に捨てる予定の作業着がある。
かなり汗臭いから、見破れないだろう。
いざという時は、新米の浮浪者と言うさ!」

そうして、アンドレは日付が変わる頃、出掛けて行った。
勿論、身体じゅうに、オスカルの心づくしの、お弁当が、匂いが移らないようにジップロックで包まれて、張り付いていた。

  *******************

そして、3日後アンドレが帰って来た。
オスカルは、国王ご一家の事より、アンドレが無事帰ってきた事を喜んだ。

アンドレは、全てはジェローデルの話通りだった。
ただ、ジェローデルが、見ていない所を捕捉した。
そして、アリエノールに「パパ、臭~い!」と言われて、慌てて風呂に飛び込んだ。

その後、しばらくグランディエ一家は、穏やかに暮らした。
金髪碧眼のフランソワも順調に育っていった。

そんなある寒い夜、玄関のドアを叩く音がした。
オスカルが出ようとしたが、夜更けなので、アンドレが出た。
黒髪の男だった。

アンドレは、思った。この寒い夜に、物乞いか・・・。
でも、着ているものは、上等なものだった?
アンドレが、どちら様ですか?声を掛けた。

男は、黒髪に手をかけ、・・・カツラだった・・・懐かしい姿になった。
変装したフェルゼンだった。
オスカルもアンドレも、懲りない奴だ、顔を見合わせて思った。

しかも、これからチュイルリー宮に行って来る。
後を継いでくれ。・・・。そう言って出かけた。

オスカルとアンドレは、あれでは、変装にならにじゃないのか・・・。
どちらともなく、言ってみた。

オスカルとアンドレは、フェルゼンが戻って来るのを待った。
しかし、数日たっても戻ってこなかった。

多分、陛下と話が旨くいって、また、脱走の計画を立てているのだろう。今度は、どんな、計画なのだろうか。しかし、ジェローデルの話にはそんな情報はなかった。何かがおかしいな・・・。チュイルリー宮近くに行っても、警備の者が増えただけで特段変わりはなかった。

そして・・・。
ある夜、フェルゼンが焦燥して戻って来た。
あまりにガックシ来ているので、大事に取ってある、秘蔵のばあやの梅酒を出そうかと思った。しかし、勿体ないので、安いデイリーワインにしておいた。

フェルゼンは、無言でワインを飲んでいた。
オスカルもアンドレも、何も問わなかった。

しばらくワインを味わうともなく飲んでいたフェルゼンが、顔を上げた。
そして、
「陛下にお会いできた。しかし、前回の件で、私のやる事は頼りにならない。
また、前回のような事になったら、ますます立場が悪くなる。
そうおっしゃられた」

アントワネットさまも、
「事前に、わたくしが、お友達のお家に、ご挨拶にお伺いする事が、察知できない方だとは、思いませんでした。それに、あなたの運転は、とっても下手で、こちらに戻ってから、お友達にお聞きしたら、マカロンがつぶれていたそうです。わたくしは、ひどく恥をかいてしまいました」
そう言われて、フェルゼンは、意気消沈していた。

「それだけか?それだけしか、話してこなかったのか?
それにしては、随分と日にちが掛かったようだが・・・。」
オスカルが、不思議そうに聞いた。
アンドレも、隣で頷いていた。

「アントワネットさまと、イチャイチャしていた」
フェルゼンは、一転して、ニコニコと話した。
オスカルとアンドレは、顔を見合わせた。

「こんなに長い時間、アントワネットさまと、ご一緒に過ごしたのは、初めてだ。
チュイルリー宮に行った甲斐があった」
その途端、オスカルとアンドレは、フェルゼンを追い出した。

その後、ジャルジェ准将は、動かなかった。
そして、グランディエ一家に、平和が訪れた。


つづく





スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。