ヴェルサイユ宮殿に到着すると、オスカルとアンドレは、一般の謁見の間ではなく、国王の私室に通された。
二人共、真っ青な顔をしていた。
アンドレが、安心するようオスカルに微笑みかけたが、その顔は引きつっていた。

二人共、決死の覚悟である。
まさか、国王陛下を刺して、オスカルを連れて逃げる訳にもいかず、
アンドレの頭の中は、とぐろを巻いていた。

もう既に夜も明けるのではなかろうか、と思うほど長い時間待たされた。と二人は思っていたが、国王夫妻は目に留めていた臣下の一大事と、急いで身支度を整え私室へと向かってきた。

侍従が、国王夫妻の登場を告げる。
オスカルとアンドレは、只々、下を向いて臣下の礼を尽くしてこれを迎える。

国王陛下が顔を上げさせるよう侍従に仕草で告げ、2人は真っ青な顔を上げた。
そして、国王夫妻も青ざめた顔をしているのに気が付いた。

オスカルが、国王夫妻に挨拶をしようとしたら、国王は、
「夜も遅い。・・・・・ややこしい挨拶などは抜きにして、本題に入ろう。

オスカル、・・・・・相手はやはり、アンドレであったか?
そちは、その男、アンドレと愛し合っていると報告を受けたが、
間違いないか?」

「はい、恐れながら、陛下、幼馴染みであるアンドレを心から愛しています。
そして、アンドレもわたしの事を愛してくれています。」

「身分を超える事は、法律で禁じられているのを知っておるな?」


「はい、陛下、恐れながら、このアンドレに答えさせてください。
いつのころからか、オスカルの側で警護をしているうちにオスカルを、
罪深い事に、1人の女性としてしか見られなくなってしまいました。

心の内を悟られないように懸命に耐えてきましたが、
ある日、わたしの熱い視線に、オスカルが気付き、
愛し合うようになってしまいました。

(アンドレ、ここら辺チョット脚色。
・・・まさか、ブラビリしました。
な~んて、言えないもんね!)
彼女もわたしも、お互い無しには生きていけません。」

「それは、困ったものよ、のう・・・・・王妃。」
「あなた達は、わたしとフェルゼン伯爵のように、プラトニックでは駄目なのですか?」
(え~~そんな事!堂々と言ってしまっていいの?アントワネットさま~?)

「おお!プラトニックなら、目をつぶる事も出来なくはないな!
(あら!寛容な王様だこと!)
さすが王妃!賢い事を・・・・・
どうだ?オスカル?アンドレ?見つめ合うだけの愛ではダメか?」

「申し訳ございません、陛下。
わたしの熱い想いはアンドレを求めてしまい。
もう、プラトニックには戻れません。」(・・・と、いけしゃあしゃあと言った。)
(え゛!って事は、もう・・・・・・なの?)

「わ・・・わたくしも陛下、オスカルの熱い想いを知ってしまったわたくしも、
もう、元には戻る事は、生きる意味をなくすことです。」
(これまただけど、男ならしょうがないか・・・)

「ふむ・・・・・困ったな~
プラトニックであれば、子どもも出来ない。
考えてみたまえ。
もしも、二人の間に子どもが出来たら、・・・・・どうするのだ?」

「恐れながら、陛下、二人の子供として立派に育て上げ、
陛下に仕えるようになる事でしょう」
オスカルが、きっぱりと言い放った。

「さて、そんなに簡単な事ではないぞ。
もしも、子どもが生まれたとしよう。
而して、その子どもの、身分はどうなるのだ?

貴族の側からは、平民の血が混ざった子、・・・・・として、相手にされず。
さりとて、平民からは、貴族の血が混ざった子、として受け入れられず。
どちらの世界にも属すことが出来ず、路頭に迷う事になりのではないか?」

オスカルとアンドレは、更に真っ青になり、オスカルは、よろめいた。

「あなた、・・・・・そんなに仰っては、2人がかわいそうですわ。
何か策はないのですか?」
アントワネットが、おっとりと声を掛けた。

「ふむ。・・・・・だから、先程から何か先例が無いかと、・・・・・この書物をめくっているのだよ」

オスカルとアンドレは、宮殿に呼び出されてから、先行きが真っ暗だったので周りに目を配る余裕もなかった。が、そう言えば、国王夫妻が部屋に入ってきた時、後から侍従が分厚い大きな書物を持って来て、テーブルの上に広げたのを思い出した。

オスカルは、思い出した。
近衛時代に、その書物を見せていただいたことがあった。
確か、代々の国王が発言して、新たに法律となった文言が記してある、書物だ。

「おお!これはどうかな?・・・・・イヤ、ダメだ!洗濯女と、料理長の恋だ。
平民同士。・・・・・・だが、・・・・・平民同士でもランクがあったため、問題になったようだ。

う~~~~ん・・・・・お!ルイ14世の時代にあったぞ。
貴族の令嬢と、その屋敷の使用人の恋。
なになに・・・・・」

オスカルとアンドレは、藁にも縋る思いで、書物とそれを覗き込む陛下の顔色を見守った。
国王陛下がニコニコしながら、王妃の方を見た。
王妃は、何か策があったのか?と、期待しながら、国王を見た。

「アンドレ、そちの平民の血を貴族の血に、高める法の先例があった。
ただし、生易しくはないぞ!」

「はい、陛下、恐れながら、オスカルと愛し合う事が出来るのならば、
どんな苦難もこのアンドレ、耐えますとも!」

「では、伝えよう。・・・・・アンドレの血を、貴族の青い血に変えるため、
2人は今後一年間、会う事を禁じる!
以上!」

「え゛・・・?へ・・・・・・陛下、恐れながら、このオスカル、アンドレと一年間も会わなければ、死んでしまいます。なにとぞ、お慈悲を・・・・・」

「しかし、オスカル、先の世ではそうして、平民と貴族の結婚が許されたのだぞ。
(。´・ω・)ん?ちょっと待て、・・・・・いかん、いかん!
この二人は耐え切れずに、心中してしまっている。
これはヤバいぞ。・・・・・困ったなぁ」

「では、あなた、この法律に少し手を加えて、
陛下が新しい法律におなりになれば、宜しいのではなくて」
「ふむ。・・・・・さて、如何致そうか?・・・・・王妃?」

「アンドレの血を、青い血に変えるには、
一年間は、最低必要のようですね。
その間に、特別に2人が会える日を設けてあげたらいかがでしょうか?」

「おお!王妃、珍しくも素晴らしく聡明な事を・・・・・
どのような日が、いいかな?
うううう・・・・・そのような事も前例にあればいいのだが・・・」

オスカルは、前例が無いといけないのか・・・!
国王なのだから、新法を作ればいいじゃないか・・・と、頭の中で、ドついた!

「おお!おお!あった、あった!
ルイ13世の時代だ。
貴族同士であったが、血縁が近いので、その血を遠ざける為に、
2人をやはり一年間離したのじゃ!

その代わり、2人の月誕生日だけ、会う事を許した。
これでどうだろう?オスカル、アンドレ?」

「はい、陛下。ありがとうございます。
しかし恐れながら、月誕生日とは、何でございますか?」

「ハハハハハ・・・知らないのも無理はない!
これは、高貴な者のみが知っているのだが、

ぶっちゃけて言うと、年に一度の【祥月命日】というのがあるであろう。
それと同時に、毎月逝ってしまった者を偲ぶ【月命日】があるのも知っておるな?
それと同じで、一年に一回来る誕生日の日にちを毎月祝おうというものだ!

我々は、毎年誕生日に、大勢の者から祝いを受けるが、
毎月、月誕生日には、家族だけで、家庭的に月誕生日を祝うのだ。

2人の誕生日はいつだったか?」
「はい、わたくしは25日、アンドレは26日でございます。陛下」

「まあ、それは良かったわ!それなら25日26日と二日続けて会えるわね!
国王陛下も素敵なことをお考えになるわ!」
「これで良いかな?
これより一年間、2人は月誕生日のみ会う事を許すとしよう!
(。´・ω・)ん?まだ、何かあるのか?」

「あの、陛下、わたくしどもは同じ屋敷に暮らしております。
このヴェルサイユ宮殿のように広いわけではないのです。

顔を合わせない訳には参りませんし、・・・・・アンドレの仕事はわたしの護衛です。
また、衛兵隊ではわたしの秘書として、欠かすことはできません。
いかがいたしましょうか。」

「ふ~む、難しいのお(/ω\)
王妃、何か策はないか?おまえなら、いい妙案が出そうだ!」

国王も王妃も、自分たちをどうにか結ばせるよう画策してくれているのを知って、
オスカルとアンドレは、少しほっとした。

しかし、アントワネットは目と目で、密かに会話をしているこの恋人同士を見ていると、夜に紛れて、人目を忍んでしか会う事しかできない、自分とフェルゼンとの境遇を想い、嫉妬の炎がメラメラと燃え始めた。

そう言えばこの二人は、わたくしがこのフランスに嫁いできた時からずっと、いつも一緒にいて、憎らしい事にアンドレは、オスカルにため口で話しかけているわ!ずるいわ!1年じゃぁないの!1年したら、誰もが認める。・・・・・国王陛下さえも認める、夫婦になれるのに、・・・・・わたくしとフェルゼンはいつまで経っても、日陰者・・・・・。

「陛下、一年です。
その間、オスカルは、衛兵隊隊長としての職務を衛兵隊で暮らして、努めれば宜しいのです。
一方のアンドレは、ジャルジェ家で使用人としての仕事をこなせばよろしいのじゃないかしら!

ほほほ・・・・・。
オスカルには、
衛兵隊は近ごろ良く纏まっていると聞きますから、・・・護衛はいらないでしょう。
秘書は・・・・・こちらで、優秀な者を付ける事としましょう!

その上で、月誕生日の2日間、オスカルは、ジャルジェ家でアンドレと過ごせるのです。」
「さすが王妃だ!それでどうかな?オスカル?アンドレ?」

「陛下、恐れながら申し上げますが、・・・・・このアンドレ、8歳でジャルジェ家に引き取られてから今日まで、毎朝オスカルの顔を見るだけで、彼女のその日の体調、気分まで把握して、仕事に支障が無いように下準備をし、栄養管理、体調管理もしてきました。

それらの役目を、果たせないのならこの場で、陛下の手でどうぞ、この命を絶ってください!」

「陛下、わたしからもお願いします!わたしが、7歳の春、アンドレが、ジャルジェ家に来てから一日たりと彼の姿を見ない日はありませんでした。
それに、ジャルジェ家次期当主となるわたくしに、衛兵隊住まいを申し付けるのは、如何と存じますが・・・・・」

国王は暫し、考え込んだ。そして、
「ふむ、・・・・・仕方がない。それでは、こう致そう!オスカルもアンドレもジャルジェ家に住まう事。
ただし、オスカルのジャルジェ准将としての仕事には、
護衛は別の者を付け、秘書は余の方から、適任者を遣わそう。

屋敷での暮らしは、・・・・・
アンドレは、今まで通り屋敷での仕事を果たすことを認めるが、
お互いの目線を合わすことを禁ずる。

勿論、会話もアンドレはオスカルを主の令嬢と心得、
今までのようなため口ではなく、主従の関係であるように。
無駄な会話、・・・・・特に、恋人同士の会話は禁止とする。

な~に、月誕生日には恋人同士に戻れるのじゃ。
それまでの間の辛抱じゃ!
それに、1年が過ぎれば晴れて夫婦となる事が出来る。

それを思って、精進せよ!
王妃よ。・・・・・これでどうじゃな?」

「畏れ多くも、国王陛下がお決めになられた事、
陛下がお決めになられれば、それは、法律となります。
わたくしは陛下の忠実な臣下、
この法律が滞りなく施行されることを、見守りましょう。」
少々悔し気に、王妃は答えた。

「と、いう事だ!オスカル、アンドレ!
異存はないな?
これより、これを法律として施行する。

大臣よ!これをフランス中に広めるよう・・・・・

おお!肝心な事を忘れておった!
二人共、妊娠は絶対にダメだぞ!
と言う事は、・・・・・分かっているだろう?」

「は、はい!晴れてオスカルを妻と呼べるのなら、
耐えてみせます。

ぶっちゃけて申しますと、Dになるといけないので、Cはダメで、・・・・・
AとBは、お許しくださるという事でございますね。
かしこまりましてございます(‘◇’)ゞ」

「いやいや、そこまで禁止はしておらんよ!
カトリック教会の教えで、Dを目的としたCはご法度だが、

Dにならないように、Cをするのじゃ!」
国王が、密かにアンドレに伝えた。

「え゛・・・どういう事でございますか?陛下?」
アンドレが、(かなり)必死に詰め寄った。

一方の当事者、オスカルは話の内容が、だんだん分からなくなってきて、
キョトンとしていた。

「王妃、教えてあげるがよい。我々が使う手段の逆をやれば良いのだからな!」

「はい、陛下、・・・・・これからは毎朝、『基礎体温』を測るように・・・・・」

「基礎・・・・・体温ですか?それは一体何なんでしょうか?」
真剣になって、アンドレが尋ねた。

「ほほほほ・・・これも跡継ぎを設けなければならない、王室御用達の知恵なのですよ。
毎朝、基礎体温計で体温を測定する事によって、妊娠しやすい日を知る事が出来るのです。ですから、その逆で『妊娠しやすい日』を避けて、仲良くベッドの上で抱き合えばいいのです。

基礎体温計と書き込むグラフを差し上げますから、これから毎朝測るといいわ。
出来るわね?オスカル?」

「え゛・・・わたしが測るのですか?アンドレではなくて・・・・・」

「勿論、妊娠するのは女性でしょ?」
「か・・・・・畏まりました!
毎朝、ストレッチの後に測るよう、心がけます!」
オスカルは、張り切って答えた。

「まあ~、オスカル!目覚めたら、活動前に測るのです。
なるべく、睡眠中の安定した体温が目安なのですから・・・・・」
「おお!そうでしたか?・・・・・このオスカル、心得ましてございます!」

こうして、2人は両陛下の元をルンルンと基礎体温計と、グラフを持って辞し、帰途についた。
勿論、来る時は、仲良く一台の馬車の中で、手を握り合いながらも不安に震えて、来たのだが、
帰路、オスカルは、馬車の中に座り、アンドレは、従者らしく馬車の後ろに立っていた。

  *********************

翌朝から、ジャルジェ家では今まで見た事のないような光景が広がっていた。

オスカルは普段通り目覚めると、侍女に基礎体温計を口に入れられ、・・・・・体温を測り、グラフに記入した。それから、身支度を整えて朝食室に降りて行った。

すると、アンドレが、入口に畏まって迎え、丁重に挨拶をした。
「オスカルさま、おはようございます」
そして、チラッとオスカルの顔を見て今日の体調を判断して、直ぐに視線を外した。

一方のオスカルも、
「ん、おはよう、アンドレ」
と、そっけなく声をかけると、
アンドレが、自分の顔から視線を外したのを察して、
今度はオスカルがアンドレの顔を見た。
いつもと変わらず、ハンサムだった。

・・・・・けど、・・・・・笑顔は見せてくれなかった。

こうして、オスカルとアンドレの新しい生活が始まった。

つづく


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