数日後、オスカルは、ロジャーに宿舎をでる事を許可した。
そして、ニッとして、ジャルジェ家の使用人用の部屋で暮らさないか?
と提案した。
ロジャーは、これで一歩隊長に近づける。と思った。

しかし、考えた。もし、ジャルジェ家に住んだら、女の子をお持ち帰り出来ない。反対に女の子の所への外泊は、許されるのだろうか?

だが、隊長の恋人、アンドレをよ~く観察する事が出来る。
ロジャーは、逡巡した。
が、ひらめいた。ジャルジェ家に何人いるか分からない、女の子に手を出し放題だ!

そう考えていると、オスカルが釘を刺した。
ジャルジェ家の侍女たちには手を出すな!と。

そして、オスカルは、ジェローデルに近衛隊に戻るよう、伝え、清々した。

ロジャーはよ~~~~く考えて、街中で暮らす事にした。
不動産屋を見てきます。といって、特別休暇を貰い外に飛び出した!
ヴェルサイユの街を一人で歩くのは、初めての事だ。

ロジャーは、衛兵隊から走って1時間の所にある、今は使われていない倉庫を借りた。内部は、ガランとして、手を加える必要がある。でも、ロジャーの望みに叶った部屋である。

そして、オスカルに報告した。ここから、走って1時間の所も決めました・・・と。

オスカルは、ビックラポン。何故に、その様な遠くに部屋を借りるのか理解できない。

ロジャーは、笑って毎日走って、体力をつける為です。
こちらでは、デスクワークが、多そうなので、走る事にしました。そう答えた。

軍艦の上でも、走っていたのだろうか?
オスカルは、考えた。

が、ロジャーは、衛兵隊に近い店で、毎晩女の子と遊び、衛兵隊に近い、その女の子の部屋で一夜を過ごす予定だった。

ところが、それは、大誤算であることに、しばらくしてから気づかされた。ロジャーが、出入りできる女の子が寄ってくる店は衛兵隊からは、かなり離れていた。

しかも、そこからだと、ロジャーが、借りた部屋に行く方が近かった。すなわち、本当に毎朝、女の子の部屋、若しくは、自分の住処から走る羽目に陥った。

それに、ロジャーの給料は、思っていたより少なかった。船に乗っていた時とさほど変わらないが、船の上では、金は必要なかった。港に寄港しても、寝る所、食事などは、船で取れるため、必要ない。

しかし、ロジャーは港では女の子と遊びまわっていた。だが、親と一緒に住んでいるようなものなので、給料をそのまま全て、女の子につぎ込んでも、不自由はなかった。

ところが、衛兵隊の寄宿舎を出た途端、生活する為の諸々が降りかかって来た。またもや、ロジャーの誤算である。

まさか、引っ越してすぐに、寄宿舎に戻りたいです。とも言えず。彼には、やりたい事もあったので、当分その元倉庫に暮らしてみる事にした。

ロジャーは元倉庫に行き手を加えていた。そして、船からやっと届いたドラムセットを組み立てた。そして、住宅地から離れた倉庫、思いっ切りドラムをたたき始めた。誰も知らなかったが・・・。

一方で、オスカルは、その後も、早く帰宅しても面白くないので、ラ・トゥール、ロドリゲ、そして、からかい半分にロジャー、それに、フェルゼンと出歩くようになった。もっとも、ラ・トゥールとロドリゲは、それぞれ所用があったので、フェルゼンと会う回数がダントツだった。

そんなある日、執事がアンドレの所に来て、困った事が起きている。と告げた。
執事が言うには、アンドレが、傍についていない為、オスカルさまの帰宅時間がさっぱり読めない。オスカルさま付きの3人の侍女たちから、シフトの管理、しいては帰宅の為の準備を行う頃合いが測れないで困惑している。と言う事だった。

アンドレは、ああ、3ショコラの侍女ですね。と言いつつも。
それなら、アンドレも思い当たる節がある。オスカルの帰宅が読めないので、これから長時間かかる仕事をしていいのか、短時間で終わるものに着手した方がいいのか、迷う事が多々ある。

執事が言った。ロジェにオスカルさまから、帰宅時間をLINEするよう耳打ちしてもらうのはどうだろうか?

しかし、アンドレは供をしているロジェには荷が重い。そう感じた。

それに、アンドレが付いていた時も、オスカルは、仕事をしだすと、時間など忘れてしまい、アンドレが、頃合いを見計らって、今日は、この位にしよう!と、声をかけなければ、徹夜でもしかねなかった。

そのオスカルに、己の帰宅時間を管理し、そしてまた、その様子を見ながら、ロジェが声をかけるなど、不可能な事だ。

では、オスカルさまにGPSをつけて頂いたらどうだろうか?
執事は、縋りつくように提案する。

アンドレが、言った。シャム猫に鈴をつけるのですか?
私には、そのような事をする権限はないですし、そこまで、オスカルを縛りつけたくはありません。

執事とアンドレは、ため息をついて、それぞれ仕事に戻った。

ある朝、オスカルを見送ったアンドレはふと思った。側にいるガトーに聞いてみる。

オスカルは、あれ以来休んでいないよな?!
ガトーは、白を切って、アレって、なにかしら?

アンドレは、珍しく顔を真っ赤にしながら、おれ達の月誕生日だ!と一気に言った。
ガトーは、笑いながら、からかったりしてごめんなさいね。
貴方がとっても可愛くて・・・。

そして、ガトーは、即、オスカルさまは、半日だけお休みになって以来、一日足りとお休みになっていらっしゃいませんよ。

アンドレは、オスカルの奴、次の月誕生日まで、働き続けるつもりか?身体が悲鳴を上げてしまう。それに、肝心の月誕生日に、疲れて寝ているなんて、冗談じゃない!と私的な感情も交えた。

アンドレは、執事の元に行って、オスカルに少しは休むようLINEしてもらった。アンドレからは、連絡が出来ないので・・・。

衛兵隊へと向かう馬車の中にいた、オスカルは、この様な時間にLINEが来たのを不思議に思った。もしかしたら、とんでもない事が起きたのだろうか?そこで、困ったな、という顔をして顔認証した。

すると、執事からだ。がその実は、アンドレからの伝言である。認証した顔を間違えたな。そう思い、改めて、ニッコリとした。しかし、そう言えば最近ずっと休みを取っていないな。

そう思うものの、休みを取ってどうしろと言うのだ!アンドレと、話す事も、まったりする事も、庭園を散策する事も出来ない。独り、書斎にこもって読書でもしろと言うのか!そうしていても、アンドレがショコラを持ってくる事は無いのだ!

が、ふと思いついた。アンドレの誕生日プレゼントを決めていなかった。今日は、一日アンドレを思って、アンドレの欲しそうなものを考えて過ごそう。

即決したオスカルは、馬車を引き返すよう指示した。そして、ニッと顔認証して、スマホを開くと、ダグー大佐に、今日は、久し振りに休む。後はよろしく頼む。とだけ、LINEして馬車の背にゆったりともたれた。ダグー大佐は、泡食ったがそんな事オスカルは、知る由もない。

そして、オスカルの休暇は、ロジェとジョルジュ、そして、オスカル専属の馭者にとっても、嬉しいものだった。ずっと、7月の月誕生日から休みなしだった。のんびりできると3人は微笑んだ。

オスカルは、自室のカウチにゆったりと、沈んでいた。が、気持ちも沈みそうだった。アンドレの、欲しそうなものが全く分からなかった。いつも、お仕着せを着ている。オスカルと外出する時もお仕着せだ。

お仕着せ以外の服を、持っていないのか?
それに、いつもお仕着せなので、好きな色も、似合う色も分からない。

懐中時計は、持っている。
だが、それもジャルジェ家から支給された仕事用。

オスカルは、アンドレの一日を考えてみる。朝・・・何時に起きるのだろうか・・・分からなかった。それよりも何を着て、寝ているのだろうか?靴はいつも丁寧に磨かれている。何時、磨くのだろうか?・・・何足、持っているのだろうか?

知らない事が多すぎた。こんなにも、わたしはアンドレの事を知らなかったのか・・・。オスカルの心が深海へと沈んでいく。

沈み過ぎるので、明るい事へと頭を切り替えた。あいつの、酒の好みは十分すぎるほど知っているぞ!それに、馬に乗る時の癖も知っている。剣の扱いも、温かみのある文字も・・・。

あれ?仕事関係の事ばかりじゃないか?プライベートな時間だ!プライベート!それに、物だ!物!

でも、アンドレはわたしの食べ物の好みを知ってくれているのを知っている・・・なんか、可笑しいぞ!おお!アンドレの食べ物の好みは何なのだ!何が好きなのだろう?

女性の好みは知っている!わたしだ!これは、知っているし、自信がある!

休みの日は・・・プライベートは・・・わたしとほとんど過ごしている。わたしと過ごす以外に、したい事はないのかな?給料は、何に使っているのだ?ああ、わたしへの誕生日とクリスマスプレゼントをくれる。その位の訳、ないよな!

オスカルは、生まれて初めてだろうという位、大きなため息で、部屋中をいっぱいにしてしまった。

アンドレの好みで、アンドレがいつも持って、使ってくれる物・・・。
全く分からなかった。

アンドレに、聞けばいいのだが、驚かせたかったし・・・。
話をする事も、禁じられている。
それに、今頃は多分、同じ屋敷の中にいるはずだが、どこに居て、何をしているのか、分からなかった。

オスカルは、スックと立ちあがる。
部屋で、うだうだと考えているからいけないのだ。
外に出よう。

いつも、欲しいものは、全てジャルジェ家ご用達の商店からジャルジェ家の好み、その時の注文の品々が、どっさりと届いて、その中から選ぶ。だが、それでは、アンドレにばれてしまう。そうだ!店というモノを見てみよう。

オスカルは、ジャケットを着ると、出掛ける準備をした。

そして、いつものようにロジェに供をするように伝えた。これから、しばらく、会っていなかった恋人に会いに行こうとしていたロジェは、超ガッカリした。

オスカル専属の馭者もガッカリした。ジョルジュだけが、ゆっくりできると思ったが、いつ帰って来るかもしれない、主人を待ち、帰ってきたら直ちに飲み物を運ばなければならい。と思った。だから、ガッカリした。

オスカルは、ヴェルサイユにあるジャルジェ家御用達の店が軒を連ねる辺りに行く計画を練った。しかし、せっかくだし、パリの本店の方が、品ぞろえがいいだろうと行ってみる事にし、馭者に指示した。

フォーブルサントノレ通りに、御用達の店は有ったが、本店ではなかった。(行ったことは、無かったが・・・)
店の者に聞いて、ヴァンドーム広場に向かった。

先ずは、1件目。ショーウインドーらしきものもなかった。もっとも、オスカルはそのような店に行った事が無かったので、分からなかったが・・・。

オスカルが、薄暗い店の中をガラス越しに覗いた。すると店側も、妙な人間が、覗いている。と威丈高に出てきた。店主が、鍵のかかった、ガラス扉を開けて、追い払おうと、大声をあげようとした時、それがジャルジェ家の次期当主だと気づいた。

しかし、店主には何故このような場所に、次期当主自ら、はるばるヴェルサイユからやって来たのか、不可思議である。だが、上等の上に上等な、贔屓にしてくれるジャルジェ家の者だ。粗末に扱う事など絶対できない。

店主は、先ほどとは打って変わって、丁寧に奥へどうぞ。お茶など入れましょう。店の中に導いた。もしかしたら、将軍にも夫人にも内緒で、ご購入したいものがあるのかもしれない。丁重におもてなしをしなければ・・・。

一方、店内に案内されたオスカルは、見渡す限り商品の山があると思ったが、暗く、商品棚も無く、応接セットしか、目に入らず、サロンのようだった。

場所を間違えたかと思い始めた。何かあれば、選ぶ事が出来る。何も無いとなると、こちらから、このようで、あんな感じの物を見せてくれ。と言わなければならない。

それが出来ないから、わざわざ、こちらから足を運んだのだ・・・。

商品は、飾っていないのか?オスカルは、聞いてみた。すると店主は、はい、それぞれのお屋敷の方々でお好みのお品が違いますので、お屋敷にお尋ねする時に、全て温度湿度管理をされた部屋から出して、お持ちさせて頂いております。

オスカルも、ガッカリした。
オスカルの休暇の為、4人がガッカリした。
ホッとしたのは、アンドレだけだった。
アンドレは、何故かオスカルがパリに出かけたのを、知らなかった。

仕方がないので、カンボン通りに行ってみる。ここには、商品が、丁寧に並んでいて、躾の行き届いた、店員が、白い手袋をして、客に商品を見せていた。

しかし、紳士ものは、クラバットだけだった。だけど、もの凄い数のクラバットが並んでいた。オスカルの目が輝いた。ここなら、アンドレに、相応しいクラバットが見つかるに違いない!

しかし、アンドレが、休みの日にする・・・好みのクラバットが分からない。

一つ手に取ってみた。フェルゼンに似合いそうだ。そう思った。もう一つ・・・これは、超派手で思い出したくもない男、ジェローデルが絶対に手に入れるだろう。そう思った。では、ド・ギランドは、どうなのだろう・・・シンプルなこっちだな。

オスカルは、どうして、どうでもいいオトコの品は、直ぐに思い浮かべられるのに、アンドレの物となると、分からないのだろう。困ってしまった。

本気で選んでいるから・・・相手が絶叫するほど喜んでくれる物を探しているから、難しいという事がオスカルには分かっていなかった。

いままでも、アンドレの誕生日と、クリスマスにはプレゼントを渡してきた。だが、それは、幼なじみの親友に贈るものだった。
今回は、恋人だ。選ぶ基準が、違っていた。
そこを、オスカルは、心では理解していたが、頭がついて行かなかった。

それよりも、休みの時アンドレはクラバットをしているのかも分からなかった。なぜなら、最近勤務が終わるとアンドレは、クラバットを外し、ブラウスの胸をはだけているからだ。オスカルは、自分以外にあのような姿を見せる事に腹が立ってきた。

しかし、今はクラバットだ。分からなかったので、ロジェに聞いてみた。しかし、ロジェも最近アンドレと話すようになったので、彼のプライベートな事は全く分からない。だけど、使用人たちは皆、休みの日はラフな服装で、クラバットなどしない。と答えられてしまった。

オスカルは、再びため息をついて、カンボン通りの超有名店をでた。
こんなにも、アンドレのプライベートを知らないとは、かなりショックである。

本来なら、プライベートの場で使うものをプレゼントしたい。
そして、それを、月誕生日に使ってほしい。

しかし、無理なようなので、諦めた。そこで、ロジェに聞いてみた。
ここでも、誰かに聞かないと分からないのが、ショックである。

ロジェが言うには、此処の所彼は、執事について執務室で書き物の仕事をしている様だ。との事だった。

オスカルは、閃いた。

では超高級な『羽ペン』を贈る事にしたらどうだろうか!
少しだけ、胸がときめいた。

それにしても、執事に付いて何をしているのだろうか?また、オスカルの知らないアンドレがいた。また、ショックだった。
馭者に、ジャルジェ家ご用達の文房具屋さんに行くよう告げた。

   ************************

ジャルジェ家ご用達の最高級文房具屋さんは、思っていた通り、外から見ても何の店か分からない。全く商品を飾っていない、内部も暗い店だった。客が来ることは、想定していなかっただからだ。オスカルは、もうそのような状態には、慣れてきていた。

そこへ、ジャルジェ家の次期当主が現れたから、店主はじめ従業員は大慌てだった。先ずは、どの部屋にお通ししようか?悩んでしまった。こちらから、出向くのであって、客が来ないのだから、客室など無かった。

仕方がないので、店主の執務室にお通しした。そして次は、おもてなしのコーヒーまたはお茶を出す段になって、まともな茶器が、無いのに気づく。というより、無いのは当たり前の事で、マジで従業員、職人のマグカップしかない。

こちらは、本当に仕方がないので、お飲み物を出すのを忘れている事にしようと、ガッテンした。そして、オスカルもアンドレへのプレゼントに必死で、飲み物の事など思いもしない。

店主は、ジャルジェ家の次期当主、自ら、いらして頂いたお礼から、その他諸々話そうとした。しかし、目的の者に近づいたオスカルには、実戦体制に入っていたので、遮って、本題に入った。店主もホッとした。

「羽ペンが欲しいのだが」
オスカルが、言った。

店主は、え゛・・・。
羽ペン一本の為に、ヴェルサイユからパリまでわざわざいらしたのだろうか・・・。不可解だった。

「この店で、最高の物を見せて欲しい」
また、オスカルがニコニコしながら、言った。
すると、店主の後ろに控えていた者が、消えた。

まもなく、何人かの男が箱を持って入ってきた。その箱には、また何段かの引き出しが付いていて、引き出しを一段ずつ丁寧に出しオスカルの前に広げていった。

オスカルは、衛兵隊でも屋敷でも、同じ白い羽の細身の物を使っていた。だが、この箱の中の羽ペンは、虹のようにカラフルな色が、グラデーションを描いて並んでいた。

羽ペンなど、書ければいいと思っていた。だが、世間では違っていたようだ。いつ違ったのだろうか?わたしが、使い始めた時は、白しかなかった。だからきっと、アンドレはわたしの為には、いつも白を選んでいたのかもしれない。

オスカルは、羽ペンが並んでいるのを見ながら、思った。それとも、アンドレは白が好きなのだろうか?此処で又、分からなくなってしまい、深海に沈み込みそうになってしまう所を、辛うじて浮袋に手をかけた。

だが、誕生日プレゼントだ!綺麗な色を選ぼう!オスカルの指が、紺色の羽ペンに届いた。あ!今着ている軍服の色か・・・。では、近衛では・・・赤か。その前は、白。

もう一度、紺を見てみた。少し違うように感じた。隣に並ぶもう少し濃いのを持って、比べてみた。そうしていると、店主が試し書きしてみますか?と聞いてきた。

オスカルは、それはそうだ!書きにくくては、意味が無い。羊皮紙を貰い、さて?何を書こうか?まさか、『アンドレ、愛している』などと書くわけにはいかない。そこで、一般人がするように、自分の名前を書いた。すると、少し紙に引っかかる感じがした。

店主に目をやると、さすが、大貴族を相手にしている人間。直ぐに察して、申し訳ありません。引っかかりましたか?少し見せて頂けますか・・・。

店長は特別なメガネなのだろう、を出して、ペン先を見た。そして、失礼しました。ペン先が揃っていないようです。こちらは、見本品で御座います。こちらを、ご入用でしたら、きちんとしたものを後日お屋敷の方へお届けします。と丁寧に言った。

オスカルは、そう言うものなのか。と思いながら、また、色探しに没頭した。そして、試し書きをした。

そのうち、ふと口にした。
このペンは、少し小さい。
わたしの手にはぴったりだが・・・。

ここで純情なオスカルは言葉を濁した。

店主は首を傾げながら、ジャルジェさまにはいつもこのサイズをお届けいたしておりますが・・・。書き味が違ってまいりましたか?

オスカルは、最大に超ウルトラ級に早く、大きく、動き出した心臓の音と鼓動を聞きながら、一気に言った。
「今回は、男物を探しに来た」と。
まさか、アンドレへのプレゼントだ!とは言えなかった。

が、ヴェルサイユの事情をよく知っている店長は、察してしまった。そう言う事だったのか。だから、わざわざ此処までいらしたのか。やっと、ガッテンした!

今度は、テーブルに広げられた、女性用のペンの引き出しがしまわれた。そして間もなくすると、先ほどの箱より少し大きな箱が来た。同じように、箱から引き出しが出て、テーブルの上に並べられた。

オスカルの目が、先ほどよりもずっと輝いた。そして、先ほどよりもずっと真剣になった。端から端迄、手に取り、窓からの明かりに羽をかざし、羽が揃っているのかまで見ていた。それらは、見本なのに・・・。

だが、オスカルは吟味している振りをしながら、アンドレ好みの色をどうしようか迷っていた。一本一本見て行ったが、とうとう最後の一本になってしまった。

万事休す。

そこで、初心に帰る事にした。自分の軍服の変遷にする事にした。三本のペンを持って満足した。が、並べてみた。箱に入れてもらっても、小さい。

それに、白のペンなど、多分、きっと、アンドレの他のペン、もしかしたら、アンドレの机の上に置いてあったら、他の誰かが使ってしまって、そのまま、何処かへ無くなってしまうだろう。

オスカルは、また考えこんでしまった。店主は、黙ってストレスにならないよう見守っている。貴族というのは、こう言うものだと心得ていた。

閃いた!オスカルの、先ほどまで、聞こえて来るように鳴っていた心臓が、再び大音響になった。

オスカルは、顔を上げ一本のペンを持ち、店主に言った。
「この、羽ペンの軸の所に、文字を入れてもらいたいのだが・・・。」
え゛・・・。店主は驚いた。今まで、貴族たちの殆どのわがままな注文に全て答えてきたが、この様な注文は初めてだった。

だが、超が付くほどの、大お得意様、断るわけにはいかない。
「畏まりました。それでは、そうさせて頂きますが・・・。
何と、入れるのでしょうか?」

オスカルの、心臓も血圧も、最大限に上がり、日頃鍛えていなかったら、倒れていただろう。だが、オスカルは、何事もない、ただの文字だ。と言わんばかりに、


「文字は、『アンドレへ・・・オスカルより愛を込めて』それを、わたしの髪の色、ブロンドで書いてくれ」と台本のように言って、ホッと息をついた。

店主は開いた口をどうしていいのか分からなかった。が、ジャルジェ家の次期当主の前で、開けっぱなしというのもおかしいので、無理やり閉じた。

店主はオスカルとアンドレの事は、勿論知っていたから、単に『アンドレへ』位かと思っていた・・・長かった。こんな長文をどうやって入れろと言うのか。細い軸に。だが、入れろと言うのだから、入れねばならない。覚悟を決め、承諾した。

その間、オスカルは考えていた、たった三本・・・。持ってみた。見栄えもしない。直ぐに、使えなくなる。そうだ!わたし達の会えない期間ずっと使える位の数をプレゼントすればいいのだ!オスカルは決めた。

店主は、ジャルジェ家の次期当主としては、少量の買い物だったが、相変わらず丁寧に納期を聞いた。また、オスカルは考えてしまった。屋敷に届いたら、アンドレが受け取るだろう。衛兵隊だな!

オスカルは言った。
「24日の夕刻までに、それぞれ20本ずつ、合計60本頼む。それから、この箱のように、引き出し式を3段作って・・・箱の色は・・・黒の革・・・型押しにしてくれ。そして、羽ペンを並べる順番だが、左から、白・赤・紺、白・赤・紺、白・赤・紺、・・・と、順々に並べてくれ」

それから、箱に型押しするデザインを、選ぶ作業になった。これは、オスカルの趣味で選ぶ事にしたので、かなり、すんなりと決まった。

そして、
頼んだぞ!と言うと、オスカルはスッと立ち上がり、店を後にした。

店主は、見送る事も忘れて立ち往生していた。20本ずつ60本。それに、文字を彫って、そこに、金箔を埋め込む。今日が何日か、控えるものに聞いた。
知っていたが、確かめずにはいられなかった。

職人たちが、今取り掛かっている仕事を、頭の引き出を覗いて、確認してみた。そこへ、ジャルジェ家の次期当主からの、注文を入れてみた。
はみ出してしまう。

優先順位をつけてみた。やはり、ジャルジェ家の次期当主の品だった。だが、それだけでも、納期からはみ出してしまう。

この手の仕事は、細かいので職人にはなるべく残業させず、目を休ませるようにしないと、ミスが出てしまう。先ほどさえ、ジャルジェ准将が使ったペンが紙に引っかかってしまった。納品したものの一本でさえ、不備があっては、信用を失ってしまう。

文房具屋さんの店主の背中に、スッと汗が流れた。
だが、やらなければならない。職人たちに徹夜で働いてもらい、その後はかなり遅いお盆休みだ!と言って、尻を叩くしかない。

店主も自分だけ帰宅するわけにもいかず、昔職人として働いていた頃を思い出しながら、恐々と作業を始めなければならない。

職人たちは、昼夜も問わず働いた。先ずは、羽に色を付ける、羽の風合いを損なわないように。それから、乾くのを待つ。乾いたら、希望の文字を彫る。そこで、何本も折れるものが出てきた。

注文の数倍も、羽を染めなければならない事にぶち当たった。そして、文字の中に、薄い金箔を埋め込んでいく。これは、かなりの熟練した職人でなければ出来なかったが、彼等は老眼だった。

羽ペンを入れる箱の製作も一仕事だった。持ち歩いているうちに、ペン先がくるってしまっては大変である。ある程度クッション性のある、しかも取りだし易いものを作らなければならない。

そんなこんなで、納品まであと3日と言う所までこぎつけた。そこへ、ジャルジェ家の次期当主から、連絡が入った。一段20本だと、3色がバランスよく入らない。割り切れない事に、今になって気づいた。

後3本加えて、それぞれ21本ずつ入れるようにしてくれ。それから、箱だが、縁取りにゴールドのタッセルを回して、それぞれの引き出しにも同じようにしてくれ・・・。

店主は、此処まで完成に近づいての注文に、ひっくり返りそうになった。ジャルジェ家と言えば、ヴェルサイユではダントツともいえる貴族であるのに、質実剛健であり、今まで無理な注文など無かった。

だから、・・・。今回も、先日の注文で・・・それでも四苦八苦だったが、どうにかこなそうと思って頑張った。しかし、次期当主は、今まで面識もなく、アンドレと言う、従者を通して、取引をしていた。

もしかしたら、アンドレが、次期当主の突飛な注文をコントロールしていたのかもしれない。当の次期当主は、かなり我儘なのかもしれない。もし、代変わりをしたら、大変な事になる。

だが、この上得意様を逃したら、店の威厳にも関わる。ジャルジェ家の御用達と言う肩書も無くなる。やるしかなかった。新しい乾燥機を購入し、たった3本の為に、多過ぎる量のサラのペンを着色し、文字を彫り、金箔を施して、ペン先を削った。

そうして、24日の午後、店主は、衛兵隊の司令官室を訪れ、商品を恭しく渡した。オスカルは、己の注文がその様な苦難を乗り越えてきたとは知らなかった。

司令官室のテーブルの上に置くよう指示し、『ご苦労!』と言った。すると、今度は、一本見てみたいのだが、見本はないのか?とまで聞いてきた。オスカルとしては、両想いになって、初めてのアンドレへのプレゼント。ワクワクして、見たくてたまらなかった。

店主は、仲良く2人でご覧下さいませ。
そう言って、早々に逃げ去った。


つづく


スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。