隻眼の男を乗せた、馬がジャルジェ家の門をくぐった。

アンドレ・グランディエである。釈然としない思いのまま、今宵オスカルが、フェルゼン伯爵と、食事をしたい。との依頼で、レストランまで予約に行って来た。昨夜の今日である。なんでフェルゼンなんかと食事に行くのだ?

今はもう昔の話だが、オスカルが愛した男である。傍で、見守っていたアンドレから見れば、純情な恋に恋するような、想いだった。
でも、長かった。執拗なほど、長かった。

(一体、何年間だったのか、筆者にも分からない。。。あの、ドレスを着たのは、いつ頃だったのでしょうか?ああ、黒い騎士の頃、衛兵帯に移った時期、その頃の年月が分らないのですが…わかる方、教えてくださいませ(^^)/)

話を戻しましょう。

珍しく、冴えない顔で執事の執務室に、アンドレは戻って来た。
そして、レストランの予約は、完了です。アンドレにしては、珍しくぶっきらぼうに、報告した。

すると、執事は驚いて、キャンセルになったのを、知らないのか?たった今、オスカルさまから、レストランでの食事はキャンセルするよう連絡が入ったのだ。それで、レストランに向かっているだろう、きみにLINEをしたのだが、気がつかなかったのか?

執事は、申し訳なさそうに告げた。

え゛・・・オスカルの今夜の予定が、反故になればいいと思っていたアンドレは、耳を疑った。スマホを確認しようと、胸ポケットの辺りを探った。しかし、スマホらしきものの感触はなかった。

アンドレは、舌打ちをした。ここの所、オスカルとの連絡は、禁止されている。スマホを持っていても、必要が無い。そう思って、最近、スマホは執事室のデスクの上。ややもすると、自室の事もある。

今日は、多分自室のベッドの上か、テーブルの上でスマホも、冴えない顔をして、眠っている事だろう。

そんな訳で、・・・アンドレは、Vアラートさえ、聞いていなかった。

執事が持っているスマホは、ジャルパパが、この屋敷の主たちが、外出先でも屋敷の使用人へと帰宅時間を知らせる事が、出来るようにと、与えられたもので、国王陛下の管轄とは別物だった。

だから、Vアラートを受信する事もなかった。

朝早くから、アンドレのスマホは、最大限の音量で持ち主に伝えようと、思いっ切り叫んだのだが、アンドレが屋敷内を走り回っていたので、徒労に終わった。それで、アンドレのスマホは、今疲労困憊して爆睡中なのである。

それにしても、オスカルは、どうしたのだろうか・・・。アンドレは、色々と思いをめぐらした。オスカルの気が変わった。それが、一番納得でき、アンドレとしては、気持ちのいい事だった。だが、オスカルの場合、そんなに単純ではない気もする。

取りあえず、レストランへ、キャンセルしに行ってきます。と、執事に伝え、再び馬上の人となった。だが、気持ちは晴れない。

馬を御しながら、ブツブツとアレコレと思い巡らし、レストランの前を通り過ぎる所だった。ついでに、いつかオスカルをエスコートしてこのような所に来たいものだとも、考えた。

  ******************

アンドレが、そんな事になっているとは知らずに、オスカルは相変わらず、ロジャーとくっちゃべっていた。

「ロジャー、朝食は食べられたか?
ここのは、かなりの強者ではないと、食せないが・・・?」
オスカルは、すっかり気をよくして、ロジャーに聞いている。

ロジャーは、嬉しそうに、美味しかったです。
船で食べるのよりずっとマシでした。と答えた。

それを聞いた、ジェローデルが、
「あれが、美味しかったのか?
間違えて士官用を食べたのじゃないか?」
嫌みたっぷりに言った。

すると、ロジャーは、
「いいえ、今朝は、早かったので、兵士用のしかありませんでした。
ですから、間違いありません」
と、・・・。

「ほう!ジェローデルは、兵士用の食事を食べられなくて、手弁当だ。
船のは、そんなに酷いのか?」
オスカルは、まだ、船にも乗った事もなく、船の食事も知らなかったので、興味津々で聞いてきた。

ロジャーは、思い出したくなかった。しかし、目の前の金色の女神が聞いている。これは、チャンスかもしれないと思った。そして、今となっては過去になった船の食事を語った。

「全て、塩漬けです。
たまに、艦長が、釣りをして、大物を釣る時もありますが、全員には行き渡らないので、それも塩漬けになります」

オスカルは、何故塩漬けにするのかも分からないので、黙って頷いていた。というよりも、気が強いので、分からない事には、首を突っ込まないほうがいいと感じた。が、ジョルジュが、口を挟んできた。
「塩抜きは、しないのですか?」

ロジャーは、不快なそぶりも見せず、
「水は、船の上では、貴重品です
ですから、海軍のモノは、高血圧が多いのです。

ワインも、禁止ですが、艦長が好きなので積み込んでいます。
まあまあのモノですね」

オスカルは、やっと専門分野の話になったので、
「ド・ギランドも同じのを飲むのか?」
ちょっと聞いてみた。

「まさか!艦長は、自室にワインクーラーを持ち込んでいますよ」
ロジャーは、艦長はずるいと、口を尖らせて、言った。
オスカルは、ぐいぐいとロジャーの話に、夢中になった。

そして、遂に、
「おまえは、面白い奴だな。
今夜飲みに行くから付いてこい!」
と、言ってしまった。

ロジャーは、ありがとうございます。
私のような、一介の兵士が、よろしいのでしょうか?
などと、ちょっと遠慮はしてみたものの、心の中でガッツポーズしていた。

ロジャーにとって、オスカルは初めて会うタイプの女性だった。見かけは、知らなければ堂々と男の・・・少々華奢な・・・軍人そのもの。

それまで、ド・ギランドしかトップクラスの上官には、出会った事はなかった。だが、ド・ギランドと、比べても、全く引け目を感じないどころか、華奢な体のどこから出てくるのか、威圧感があった。

しかし、時折見せる、本人は全く気づいておらず、こちらが気付いたと知ったら多分、もの凄く怒るのだろう、女らしい細やかな気づかいも見せた。

しかし、それは外向きのほんのささやかなもので、アンドレと2人きりの時は更に、艶やかな白薔薇となる事をロジャーは知らなかった。

兎に角、ロジャーは惹かれてしまった。
勿論、結婚しよう。
恋人にしよう。

などと、考えていない。
女好きのロジャーである。
こちらを振り向かせれば、それでOKだった。

こちらを向かせて、しばらく楽しんで、飽きたらポイ!
それが、今までのロジャーのやり方だった。

それに、ロジャーの容姿だ。女の子の顎に手をかけ、甘い言葉を囁けば、いちころだった。だが、この女隊長には、そのやり方ではオチない!と、判断した。

幸い、ド・ギランドが、用意してくれた、この仕事。
まずは、仕事で成果を上げて、認められるところから始めようと思った。

まずは、第一段階突破だった。

オスカルが、今夜の憂さ晴らしに・・・。
ロジャーが、美人隊長攻略に・・・。

相手にされず、ふてくされていたジェローデルが、面白くなさそうに言った。
「マドモアゼル、それと新入り。先程からペラペラ、ペラペラ、良くも飽きもせず、お話しをなさっておられますが、此処は、司令官室ですぞ。少しは、執務をなさっては、いかがでしょうか」

オスカルは、手を止めて、
「あゝ、すまない、話に夢中になって、渡すのを忘れていた。コレをおまえに」

そう言うと、
『サイン及び、目を通したので、後は、ジェローデルが、クリアファイルに入れて然るべき処置を施す箱』を、ドサリと、ジェローデルの前に置いた。

え゛・・・いつの間に?ジェローデルの顔が、青ざめた。その箱には、書類が天井に届くのではないか!というまで、積み重なっていた。手を伸ばしても届かない。ん?マドモアゼルはどうやってこの山を作り上げたのだろうか?

ジェローデルは、真ん中くらいの紙をそっと抜いてみようと試した。崩れそうになったので、止めた。オスカルに聞こうと思ってみたら、もう他の書類と格闘しながら、相変わらず、ロジャーと話している。

話していたって、この位処理できる。
オスカルは、当然の事と不貞腐れた声で言った。

すると、ロジャーが
「では、私の事を認めて下さるのですね」

「まだだ、試用期間は、1週間。ダメなら返品。
それと、ABC-Martに倣って、1ヶ月まで、不良品の交換をOKにするか、それとも、ファンケルに倣って無期限にするか、考えている。
後で、ド・ギランドに、伝えておく・・・。」

オスカルと、ロジャーがペチャクチャ話しているうちに、粗方、書類は終わった。ジェローデルは、まだ、山のようになった書類から、一枚も取れずに苦戦していた。

「練兵場を見てくる」オスカルが、言った。

すかさずロジャーが、
「私も、お供して宜しいでしょうか?」
と、もう、供をするつもりで、立ち上がっていた。
オスカルが、付いてこい!と言い、ロジェと共に、3人で出て行った。

オスカルが、ロジャーに、剣は使えるのか?と聞いてきた。
ロジャーは、あまり得意ではないと言えば、隊長自ら相手をしてくれると思い、少々手加減して言った。

はい、艦長から仕込まれました。しかし、戦いも無いので、無用の長物で、少し勘が鈍っています。と答える。

オスカルは、面白そうに、
「ほう、では、銃は?」
「軍艦で銃は必要ないので、触ったことも無いです」
「では、乗馬はどうなんだ?」

ロジャーこれも、隊長自ら訓練してもらえると思い。
「最近では、平和なので上陸しての戦いもないです。ですから、馬に触った事もありません。艦長ものんびりと船を、波と風に任せて、走らせているだけです」
これは、本当だった。

オスカルがロジャーを、しげしげ見て、言った。
「おまえ、近視か?」

「まあ、そんなところです。老眼では苦にならにと言われています」
そう言いながら、近視は目を細めて凝視すると、女の子たちは、イチコロさ!と、目を細めてオスカルを見て、微笑んだ!

オスカルは、オスカルでロジャーの剣と、乗馬の教師を誰にしようか、考えていた。
考えたが、即決した。

「ロジャー、陸では、剣も乗馬も銃も必要だ。アラン・ド・ソワソンと言うのがいる。第一班だから知っているな?彼に、教えてもらうがいい。かなり厳しいから、覚悟しておけ!」
そう言われて、ロジャーは、目論見が外れてガッカリした。

オスカルは、司令官室に戻ると、上部の者(主に、厭味ったらしい、ブイエ将軍からの面倒くさいLINEだったが)からの、連絡がないか、うんざりした顔で、顔認証して、スマホを見た。

フェルゼンから返事があった。
『悪い、悪い、今、起きた。
それに、我が国の、エリクソンは、こちらでは電波状態が悪くて、
いっその事、iPhoneに機種変しようかと思っている。

今夜の事、了解だ。
豪華なディナーをしながら、私とアントワネットさまの話を聞いてくれ!』

とんちんかんな、返信だった。
オスカルは、目がテンになったが、思い出した。

あ!場所が、変わったのだ。それに、メンツも!
ロドリゲ、ラ・トゥールと一緒に他の店に行くんだ。

フェルゼンに連絡をしないと・・・
申し訳ない・・・の顔で、再度、顔認証した。
店の名前は、分かるが、場所が分からなかった・・・まあ、フェルゼン家の馭者が分かっているだろう。
ここに、20時だ!よし!っと。

アンドレがいなくても、出来たと喜んだが、ちょっと寂しかった。

  *******************

一方で、ジャルジェ家では、外出していたジャルママが、遅くも無いのに、遅くなってごめんなさい。慌てて帰って来た。

同時に、ジャルパパも、泡を食って駆け込んで来た。
玄関に詰めていたアンドレに気づくと、2人揃って、言った。

「大丈夫ですか?さぞや、ショックを受けたでしょう?
全く、我慢が出来ない娘で・・・貴方の事を思うあまりしてしまった事だけど・・・。」

アンドレには、全く分からない事を、主筋にあたる2人が、必死に話している。
アンドレは、昨夜の事は、誰も・・・身近な者しか知らないので、首を傾げるばかりだった。だが、2人の事が、関係している様だった。

ジャルパパとママは、アンドレが、首を傾げるばかりなのに気づいた。
「え゛!アンドレ、貴方知らないのですか?
Vアラート、聞いていないのですか?」

初めて、アンドレは、相変わらず、身に着けていないスマホを思った。
顔が、どんどん青ざめていった・・・。
すると、ジャルママが、手を合わせて、世にも悲しい事の様に、話してくれた。

「まあ、一か月だ。大したことない。楽しみは先に取っておくものだ!」
ジャルパパが、慰めにもならに言葉を投げて、アンドレの肩を、ポンポンと叩いて行ってしまった。

完全に、打ちひしがれてしまった、アンドレは、オスカルの帰宅を待った。きっと、いや、絶対に、オスカルもVアラートを見ているだろう。どんなに、ショックを受けているだろうか・・・。

あの、オスカルが、夜中におれの部屋に忍んで来るほどに、おれを想ってくれていたのが、仇になってしまった。アンドレは、豆腐の角に頭を打ち付けたい気分だった。

そして、そうか!だから、フェルゼンと会食をして、憂さ晴らしをしようとしたが、思い直して、帰宅する事にしたのだろう。アンドレは、そう思った。

そろそろ、オスカルの帰宅の時間になったので、アンドレはいつでも、玄関に行かれるよう、スタンバイした。すると、ジョルジュが、帰って来た。
しかも、オスカルさまは、呑みに行った。と伝えた。

何処に行ったのか?誰とだ?アンドレは、必死になって聞いた。だが、ジョルジュは、本当に知らないので。知らない。と言った。

アンドレは、こぶしを、真っ白になるまで握りしめ、歯ぎしりしながら、今夜、オスカルと一緒にいる男に、嫉妬した。こんな時こそ、早く帰宅して、顔だけでも見たいと思わないのか?

マジで、そう思った。

オスカルは、オスカルで憂さ晴らしでもしないと、いられないと、出掛けたのに・・・2人の思いが、交差してしまった。

  *******************


8時少し前、フェルゼンは盛装して、馬車の人となった。行く先は、貴族の中でも選ばれたものしか、入る事が出来ない、レストランだ。

フェルゼンは、背筋を伸ばして、クラバットを確認して、威厳を漂わせて、レストランへと入って行った。ドアに触る事はない。次々と恭しくドアは開いていく。

思っていた通り、支配人自ら淡くって出てくる。
そして、言った。
「フェルゼン伯爵さま、いらっしゃいませ。
今日は、どなた様との、お食事でございますか?」

「ジャルジェ准将とだが・・・」
フェルゼンは、何の疑いもなく告げ、極上のテーブルに案内されるのを待った。

しかし、支配人は言った。
「ジャルジェさまの、お席のご用意は、今夜はしていませんが・・・」

フェルゼンは、そんな事ないだろう。ジャルジェ准将が、予約しているはずだ。と馬車の中で、作った威厳を持って告げた。フェルゼンは、オスカルからのLINE第2報を見ていなかった。

そして、今も確認をしなかった。

支配人は、ため息をつきながら。だから、貴族は偉そうにして、イライラするのだ。いつもいつも、偉そうにして、豪遊ばかりの日々を送っているのだ。

そう思ったが、そんな事は、アルゴスに食わせて、フェルゼン伯爵さまと、ジャルジェ准将さまなら、お席をご用意いたしましょう。あちらで、ジャルジェさまがいらっしゃるまで食前酒など・・・。

  *******************

西麻布の『権八』の前に、オスカル、ロジャーの2人が先に着いた。オスカルは、ロジャーにここは、衛兵隊宿舎から遠いから、帰りは送ろう。と言った。

ロジャーは、隊長を独り占めに出来ると喜んだ。
それに、着任して早々、かなり気に入られているのも、我ながら上出来だと、思った。

ロドリゲとラ・トゥールが、相変わらずの乗合馬車で登場した。が、フェルゼンがまだ来なかった。しかし、定刻になったし、後からくるだろうと、店に入った。

ロジャーは、お偉い貴族の面々が行く店だからと期待していたら、単なる炉端焼き屋で、ガッカリした。しかも、ロジャーが行く炉端焼き屋と同じメニューが、並んでいる。しかし、肉も、魚も、野菜も新鮮で驚いた。

それに、テーブルがベタベタしていなかった(笑)

先ずは、ビールで乾杯!すると、オスカルが特大ジョッキにしてくれ!そう言った。珍しかった。普段、オスカルは、ビールで腹を満たしては勿体ないと、グラスビールを飲んでいた。

2人の親友は、オスカルの今日の落ち込みを知っていたので、景気よく行くか!と特大のジョッキで乾杯した。オスカルは、一気に飲み干した。3人の男が、あっぱれと盛大な拍手をした。

が、1人いない事に、ラ・トゥールが、気づいた。
全員がオスカルの方を見た。LINEしたぞ!オスカルは、言った。が、心配になって、スマホを出し、心配な顔をして、顔認証した。

LINEを開き、フェルゼンを見ると・・・既読になっていなかった。2人の旧友が、笑い出した。2人とも、チョット抜けたフェルゼンの正体を少なからず知っていたのである。

もしかして、あっちのレストランで待っているのじゃないか?そうだそうだ!ラウンジで食前酒でも気取って飲んでいるぞ!

オスカルは、そこまでではないだろう。と、思ったが、再度LINEした。が1人からでは、きっと気が付かないだろう。と他の2人も、時間差で送った。

その頃、フェルゼンはラ・トゥールの言うように、ラウンジで食前酒を飲んでいた。そして、今宵、オスカルの月に2日しか会えない話を聞きながら(彼のスマホは、スウェーデン製なので、フランスのVアラートはキャッチしていなかった)己の悲しい恋バナもしようと、あれこれとアントワネットさまの事を思いながら座っていた。

このレストランは、貴族の中でも超権力のある者が、訪れる所だった。全て個室で、メニューなどない。席に落ち着くと、その部屋の担当の者が、恭しく入室し、料理長のお勧めのコースを話し、今夜のご希望を聞き、それをそれぞれの好みにアレンジしていく。

料理が決まると、担当の者は料理長と打ち合わせをし、ソムリエに料理を伝える。すると、ソムリエが料理に合ったワインを何本か用意し、件の部屋へと持って行く。それぞれのワインの特徴を伝え、その説明が分かる者はその中から1本選び、分からない者も、適当に選ぶ。勿論ワインの値段など眼中にない。

(1度やってみたい!以前、3ユーロのワインをモノプリで求めて、そしたら、日本のスーパーで、1200円で売っていた。う~ん!)

その夜は、ジャルジェ准将が、いらっしゃると聞いて、慌てて、最上級の部屋をキープして支配人は、待っていた。だが、直ぐにジャルジェ家の顔見知りの従者がキャンセルを告げてきた。

それなので、2番目の部屋を用意した客を最上級の部屋に、変更した。それがまた、フェルゼン伯爵が来た。それも、ジャルジェ准将と食事の約束をしている。という。それなので、慌ててまた、最上級の部屋にした、客を2番目に密かに変更した。

だが、一向にジャルジェ准将は、現れない。そして、同席するという、北欧の騎士はラウンジで飲んだくれている。もう、1時間は過ぎている・・・。2番目の部屋に通された権力はあるが、ガラの悪い客は、文句を言い出した。

意を決して、支配人はフェルゼンに声を掛けた。
「失礼ですが、ジャルジェさまとのお約束は、当店ではないのではありませんか?もう2時間も経ちますが、ジャルジェさまは、まだ、いらっしゃらないようですが・・・。」

フェルゼンは、食前酒で回らなくなっている頭をどうにか回転して、スマホを出した。

オスカルからの、このレストランで・・・。と言う、メッセージを支配人に堂々と見せようとした。すると、オスカルから2件、ロドリゲとラ・トゥールからもメッセージが入っていた。

オスカルからのLINEは、嫌な予感がしたので、ロドリゲとラ・トゥールのLINEを先に開いた。待っているぞ!とあった。

え゛・・・。
西麻布の権八って、なんだ・・・?
誰が、待っているのだ・・・?
酔いの回ったフェルゼンには理解不可能だった。

恐る恐る、オスカルのメッセージを開いてみた。場所が変わった、メンツも変わった、時間だけは同じだ。間違えないで来てくれ!

懐中時計を出した。既に10時を回っている。
フェルゼンは、酔った頭で考えた。メンツが増えている。と言う事は、オスカルとサシで、お互いの不幸を語り合う事が出来なくなった。

いっぺんに、今宵の楽しみが泡と消えてしまった。気力がプシュッとしぼんでしまった。フェルゼンは、ヨロヨロと立ち上がると、支配人に向かって、片手を上げてレストランを出て行った。

支配人は、ホッとした。

そして、馭者に一言「帰る」と告げ、馬車の人となった。
LINEの返事もせずに・・・。

  *******************

その頃、炉端焼き屋で、一同は、もうすっかりフェルゼンの事は忘れて、ガンガン飲んで、食べて楽しんでいた。

ロジェも、既に顔なじみになっている、2人の供の者と、オスカルの様子を見ながら、楽しんだ。

その内、ロジェの耳にオスカルの声が、大きくなって聞こえてきた。ラ・トゥールと、主に話している様だ。ロジェはラ・トゥールなら、愛妻家だし問題ないだろう。と安心して、また平民仲間と飲み始めた。

オスカルは、ラ・トゥール相手に、不満をぶちまけていた。マジで、憂さ晴らしのようである。先ずは、寂しいと言って、ラ・トゥールに、泣きついた。それから、自分の境遇を茶化して、笑い出す。

すると、今度は怒り出し、アンドレと駆け落ちしたいが、庶民として暮らすには、わたしは、足手まといになる。だいたい、軍靴さえも一人では脱げないのだぞ!ラ・トゥールが、本気で、ボコボコにされていないのが、不思議だった。

そして、オスカルの前に、空の酒ビンが、どんどん、並んでいった。
ラ・トゥールは、ロジェの方を見た。ロジェも、いつもと違う、尊敬し敬愛するご主人様の様子に、目が点になっていた。

一方では、ロドリゲとロジャーが、オンナの口説き方について真剣に話し合っていた。貴族と平民では、どうも違う様だ。でも、美人でボインのいい方がいい。と言う点では一致していた。(その他、筆者には、良く分からないので、諸々で、盛り上がっていた事にして下さい)

その内、オスカルは、ラ・トゥールの膝に突っ伏して寝てしまった。2人の男は、アンドレではない男にこのような姿をさらした事に、驚いた。もっとも、彼等にとって、オスカルは、同じ軍人であると共に、かわいい妹分でもあったので、温かい目で見ていた。

ロジャーは、勝手に自分と飲んでいてこのような素の姿を見せた事に、喜びを感じていた。もっとも、オスカルの顔は、殆どテーブルの下で、ブロンドの髪で隠されていたが、それがまた、この色男にゾクゾクさせる、妄想を与えていた。

そして思った。絶対に、この見えていない寝顔を独りで見てみたい。そう決心した。だが、その見えていない顔は、まだまだ、外の顔でアンドレの前では、もっともっと緊張感のない、天使の笑みを浮かべているのを誰も知らなかった。

オスカルが、珍しく潰れたのを機に、解散する事となった。ロジャーが、率先して、オスカルの腕を取ろうとした。しかし、息を合わせたように、ロジェとラ・トゥールが、両脇から抱えて、4剣士隊専用の馬車に乗せた。

ロジャーは、焦った。え゛・・・。だって、送ってくれるって、言っていたじゃないか!まさか、この俺が翻弄されるなんて・・・。たらしでこましのロジャーとしては、許される事ではなかった。しかも、かなりショックだった。

すると、オスカルが酔った声で、ああ、衛兵隊の宿舎にこいつも送ってくれ。頼む・・・。そう言うと、また、眠ってしまった。

馬車は、眠り姫をのせて、先ずはいつも通り、眠り姫の屋敷に向かった。ラ・トゥールが、前もって連絡を入れておいたのであろう。門番が門を開けて待っていた。馬車寄せには、アンドレが立っていた。

ジャルジェ家の様子を見てやろうと、窓から乗り出していたロジャーは、玄関の前に立っている隻眼の男を見た。

同時に、アンドレも馬車の窓から乗り出して、こちらを見ている男に気づいた。

2人の男の目が、火花を散らして、合った。

お互い目を離さない。

ロジャーは、
ヤツだ!瞬時でわかった。
上等のお仕着せで、お上品に愛しいオンナを待っている、優男風だがあの服の下は熱い炎がめらめらと、燃えてやがる。

もし、隊長を頂いてしまったら、鬼にでも夜叉にでもなるだろう。生きて帰れないな!帰るところなど無いが。
(ロジャーには、アンドレの、お仕着せの中に隠れている、引き締まった筋肉質の身体。相手を締め上げる時の素早さも、力の強さも認識出来なかった。)

玄関を背に立つアンドレも、窓から身を乗り出している見慣れないブロンドの男が、ロジャーだと馬車が馬車寄せを回って来る前に既に気づいていた。

一見チャラ男だが、頭はキレそうだ。
それに、まだ、身体にフィットしていない軍服の下に、質の良い筋肉があり、更に、二の腕には、コンビニのおにぎり4個を、丸めて乗せたくらいの、力こぶがあるのを、アンドレは、確信した。

ド・ギランドが、ジェローデルの替わりと送り込んできただけのことはあるな。
執務の方は、それなりなのだろう。そこが、問題だ。オスカルは、見た目だけでは、人を判断しない。多分、一兵卒としか、扱わないだろう。

だが、仕事が出来るとなると・・・いや、これまでも、オスカルは仕事・・・軍務で功績を挙げた者を数多く見ている。だが、自分と同じ、軍人としか思っておらず、その者の功績を褒めたたえ、励みにしていた。ただ一人、北欧の騎士を除いては・・・。

そうなんだ・・・おれの事もオスカルは、ただの『幼馴染兼護衛』としか思っていなかった。オトコとかオンナなんて、意識はなかったのだ。
だが、普通の女なら、あの顔になら付いて行くだろう。

しかし、オスカルは普通のオンナではない。それに、オスカルの目が他に向かう事はないだろう。今のおれにはその自信がある。

アンドレが、その様な事を考えているうちに、オスカルがラ・トゥールと、ロドリゲに抱えられながら馬車から降りてきた。足元が覚束ない。アンドレが、この様に、オスカルがつぶれたのを見たのは、久し振りだった。

ラ・トゥールが、事のあらましを簡単に、アンドレに告げた。かなり、今回の国王陛下の沙汰にはショックを受けたようだ・・・と。

ラ・トゥールとロドリゲが、オスカルの部屋まで連れていくと、言ってくれた。あの2人なら、安心だと、アンドレは思いながらも、まだ、ロジャーと目を合わせたままだった。

そんな時、屋敷の2階から、部屋の前に来たぞ~と、ロドリゲの声が聞こえた。アンドレは、ロジャーの目を見ながら、ふっと笑って、踵を返し、オスカルのもとに向かった。

一方のロジャーは、アンドレの目が、離れると、ホッと溜息をついた。あのような、優男から、鋭い視線を受け取るとは、思っても見なかった。しかし、ロジャーとしても、その視線から、逃れるなんて、意地でもできなかった。

オスカルを支える手は、廊下からオスカルの部屋に入る瞬間、ラ・トゥールと、ロドリゲからアンドレに変わった。

アンドレがドアを閉めた途端、オスカルが顔を上げ、ニヤリと笑った。
アンドレが、思った通りだった。

「フフフ・・・たまには、潰れたふりをするのも悪くはないな」
当の本人はすまして言った。

「頼むから、それはおれがいる時にしてくれ!潰れて、誰かに寄りかかって、寝たふりなどしてないだろうな?」鋭くアンドレが聞いた。

「悪いな!ラ・トゥールの膝を借りた。
その間に、ロドリゲとロジャーの話をゆっくり聞く事が出来た。
たらしでこまし・・・だな?」

「新入りか?」アンドレは、知っていて聞いた。
「ああ、どうやらわたしを狙っている様だ。
それも、普段と違う手順を使って・・・。
アンドレ?少し、ノッテやってもいいか?」

アンドレが、ビックラポンした。
オスカルが、自分との恋に目覚めたからと言って、
あのロジャーを相手に一泡吹かせるなんて、出来るのだろうか?

ミイラ取りがミイラになる・・・そんな事にならなければいいが・・・。
アンドレは、しばし・・・ではなく、かなり考え、保留にしてもらった。

オスカルは、了解したものの、早速明日から実行に移す事に決めていた。というより、オスカルはもう、炉端焼き屋でブロンドの下に隠れていた寝顔を見せちょっとからかっていた。

そして、オスカルとしては、このオスカルさまに、迫ろうなんて、10年早い、
だが、父上を通してきたジェローデルよりは、いい度胸をしている。ふふふ!オスカルさまが、オンナを甘く見るなと、教えてやろう!

が、肝心な問題があった。
オスカルは、アンドレに、ロジャーが兵士たちの文字を解読できた。おまえとの接点が無くなる、とこれが最大の問題のように言った。

アンドレは、余裕たっぷりに、だって、あれはただ書き直しただけのものだぞ!?

でも、おまえの心のこもった文字を見るのが、楽しみだ。
それに、この部屋でしか、わたし達は、お互いを確認する事が出来ない。

それに、あれは隊員たちが、わたしへのプライベートな手紙だ。それを、昨日今日入ったヤツに見せるのは良くない。やはり、おまえが担当するのが相応しい。そのようにしよう!

オスカルは、自信を持って言った。
アンドレは、涙が出るほど嬉しかった。

そして、オスカルは、やっと本日最大の懸案へと移った。
オスカルが、わたしの侍女達は、絶対隠密ではないと思う。
だが、確かめてみたい、と言った。

どうやって?アンドレは、今夜は、話がコロコロと変わる、お嬢様に翻弄されながら、訝し気に聞いた。

オスカルは、今夜、おまえとこうして話していて、
明日何事も起こらなければ、隠密ではない。
そうすれば、アンドレ、おまえはもう、遠慮せずにこの部屋で話しどころか、こんな事も出来るぞ!そう言って、アンドレに口付けた。

それに、一人ずつつぶしていけば、隠密が誰だかわかるぞ。
オスカルは、得意げに言った。

アンドレにとっては、普段のオスカルの考えと、違っていると感じた。もしかしたら、恋は盲目と言うが、オスカルは盲目になっているのかもしれない。(ちょっと、嬉しいけど・・・。)

だが、日頃オスカルは、使用人を大事にして、いつもねぎらいの言葉をかけ、出来る限り名前を覚え、同じ人間として接している。そのオスカルが・・・。アンドレは、オスカルの目を覚まさなければ、と思った。

アンドレは、日頃オスカルの言う事は何でも聞いていた時と違って、厳しい言葉を発した。

「おれは、その案に乗る気にはならない。
おまえの為に働いてくれている人達を疑うのか?
それに、おれは、おれの仲間たちを疑いたくない。

そいつは、国王陛下のご命令で、此処へ来たが、
お屋敷の為にも精一杯働いているのだ。
分かったか?」

オスカルは、素直に頷いて、
「うん、分かった。
今度から、誰にも見つからないように、おまえの部屋に行く!」
と言った。

このオスカルの言葉にアンドレは、余りに嬉しくなってしまって、オスカルの膝に顔を埋めようとした。しかし、オスカルは、いつでも、アンドレと恋仲になっても、大股開きなので、アンドレは、椅子に思いっきり額をぶつけた。

つづく


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