9月の月誕生日が、過ぎてから,オスカルもアンドレも、ニマニマして、それぞれ仕事がはかどり、オスカルの帰宅時間も予定通りになった。

それまで、いつ主人が帰宅するか、ヤキモキしていたアンドレ、オスカルの侍女たち、そして使用人たちは、喜んだ。

ジャルジェ家中が、幸せにあふれていた。

オスカルが、2日間の休暇後、出仕すると、
ロジャーは、何事も変わらなく過ぎました。
不満げに言った。

ロジャーは、オスカルの休暇中、司令官室に独り滞在するのを禁じられていた。そこで、アラン相手に、軍人としての、訓練に励まなければならなかった。

ロジャーが、己の思いに囚われている間に、オスカルは、書類をチェックし終わった頃、ダグー大佐が、先月は、落ち込んでいた隊長を気遣ながら、そっと入ってきた。

オスカルは、上機嫌だった。ダグー大佐はほっと胸を撫で下ろし、不在と言っても、たった2日間の出来事を報告した。

事務的報告が、終わり、オスカルはコレからの書類の束の攻略法を立てた。幸い、ブイエ将軍から、例の書類について、何も沙汰が無かった。やはりアレは、単なる嫌味だったのだろう。

だが、ニマニマしているオスカルも、すっかり忘れていた。
オスカルは、衛兵隊内を回ると、告げた。
そして、ロジェに、アレを出すように言った。

ロジャーは、なんだか分からないが、隊長から離れずに、何処かで取り入ることが出来ないか、同行する許可を得た。

ロジェは、先月は出番が無かった、スケボーを2台出し、オスカルに一台を渡した。『オスカル』と、テプラが貼られている。

もう一台には、『ロジェ→アンドレ』と書いてあった。

「行くぞ!ロジェ!」そういうなり、オスカルは、地面を思いっきり蹴って、猛スピードを出した。

慌てたのは、ロジャーだった。
するとオスカルが、
「ロジャー!走って付いてこい!
ダメなら、その辺りを散歩していろ!
司令官室には、鍵がかかっているからな!」

そう言って、笑いながら、唖然としているロジャーとの、距離をどんどん離して行ってしまった。

ロジャーも、走ってついていく。
だが、距離は縮むどころか、離れるばかりだ!

渡り廊下にアランが立っている。通り過ぎてから、オスカルは、急カーブで、引き返すとアランの前に今度は、急停車。

アランは、目を丸くして見ている。
「隊長、何に乗っているのですか?隊長らしくない!?」

「スケボーだ。アンドレが買ってくれた。スピードが出るから、衛兵隊内の視察に便利だ。これからは、馬ではなく、これを使ってもイイかもしれないな!」
オスカルは、本気で言っているようだ。

アランは、呆れながらも、楽しそうに、
「ちょっと、貸してもらってもイイですか?」
オスカルは、カワイイやんちゃな、アランに喜んで貸しながら、ほんのちょっと手解きをした。

アランは、軽くなりこなし、
「イイですね!コレ!
でも、段差と階段、石畳は、難しいのではないですか?」

オスカルは、楽しそうに、
「そうだなぁ。だが、ここまで来るのに、スピードを出せば、少しくらいの段差は大丈夫だった。

後は、階段と石畳か…試してみるか!
コレなら、馬のように、餌をあげることも、ブラシをかける事もしなくて済む。隊員たちの手間も少なくなるだろう。

しばらく、わたしが、使ってみて試してみよう!」

そこへ、ようやく息をゼイゼイ言わせたロジャーが追いついた。

ハアハアしながら、言った。
「スッゲー速いですね!
勤務後と、出仕まで、貸して頂けませんか?
通勤に使うと、とても楽になります。」

オスカルは、なんて、ズーズーしい奴だと思った。
「コレは、隊の備品だ。それに、此方は、わたし専用、向こうは、ロジェが使っているが、後々はアンドレのものだ。

大体、君は、遠いのを承知で、あの物件を借りたのだろう?そんなに、通勤が大変なら、寮に戻るか、わたしの屋敷に居候するか?」
そういうと、ニヤリとした。

このオスカルのニヤリが、ロジャーには、魅力的に見えると共に、背筋が凍る思いがした。

「それに、おまえに貸すと、酔って何処かに忘れてくる恐れがある!
ぜ〜〜ったいに、ダメだ!」
アランが、ニヤニヤ笑いながら、その様子を見ていた。

アランの存在を全く忘れていたオスカルは、おまえら…と、アランとロジャーを見て、どの位剣の訓練が進んだか、見てやる。
外に出よう。そう言うと、また、スケボーに乗って移動した。

そこには、数段の階段があった。
オスカルは、勢いをつけて滑り降りた。
アランが、ひゅ~~~っと、口を鳴らした。

「折り返しの階段が、15段、それをクリアすれば、大丈夫だな」
そう言うなり、オスカルは、今度は降りてきた階段に、助走をつけて挑んだ。見事にクリアしたが、そのまま、数メートル止まることが出来なかった。

アランが、
「隊長、降りるのはともかく、昇るのは、チト無理なようですね」
「フン!その内、クリアして見せる。楽しみの待っていろよ」
オスカルが、アランと楽しそうに会話をしているのを、ロジャーは、ジッと見つめていた。

取敢えず、任務に戻ろうと、アランとロジャーが、剣を持って向かい合った。

ロジャーは、懸命に動いているが、全然歯が立たない。
しかし、オスカルよりも、アランが気付いた。

アランは、剣を投げ捨てると、立ち尽くすロジャーの頬を平手打ちした。

「てめえ!ふざけるんじゃない!
何を企んでいるのか、オレ様に分からないとでも言うのか?」

そう言うと、今度は、オスカルの方を向いて、
「コイツの相手は、フランソワ辺りで十分です。
やる気が、無いどころか、妙な事を企んでやがる!」

オスカルは、
「何を企んでいるのか?
船に戻して欲しいのか?」

それを聞くと、ロジャーは、左右に約270度首を振った。

再び、アランが
「コイツは、隊長直々の訓練を受けたいんだ。だから、力を抜いた!隊長から、稽古をつけてもらうなんざ、100年早いってもんだ!」

「ほう!?わたしの手ほどきを、受けたいのか?
まあ、100年とは、言わないが、99年は、早いがやってみるか?」
オスカルが、誘いをかけると、ロジャーの目が輝いた。

オスカルは、スケボーに乗ったまま、剣を持とうとした。しかし、アランに、首を振られてしまった。なんて、勘のするどい男なんだ。オスカルは、ガッカリして、スケボーから降りた。

オスカルが剣を構えた。ロジャーも…
「何処からでも、かかって来い!」
オスカルは、構えたまま微動だしない。

ロジャーは、何処からもオスカルに打ち込む事はもちろん、
近づく事さえ出来なかった。

オスカルは、涼しい顔をしていたが、
ロジャーが、単なる遊び人ではなく、立ち向かうと、相手の先を見抜く事ができるのに感心した。
「如何した、ロジャー?
わたしは、立っているだけだぞ!

おまえから、来ないのならこちらから、行ってもいいか?」
するとロジャーは、クルリと向きを変え、アランの腰にさしてある剣を奪い取った。

ロジャーは、剣を両手に持ち、両足は交互ではなく、リズムを打つように動いた。この様に、足を動かす動作を、オスカルは、初めてみた。(舞踏会のダンス以外では…)オスカルにとっては、足は交互に動かすものだ。

ロジャーは、薄笑いを浮かべた。そして、ロジャーの両手は、それぞれが意志を持っているかのように、これまた、違う動きをした。

だが、オスカルは、両足両手が全て、一定のリズムで、動いている事に気付いた。

理解すれば早かった。オスカルは、リズムとリズムの間合いに、ロジャーの剣を、飛ばした。
たった一度しか、剣を合わせなかった。

アランは、固まってしまった。以前、オスカルに反抗していた時よりずっと、腕を磨いている。一体、誰を相手に…と、アランの顔に、穏やかな、軍人とはずっと離れたところにいる男の顔が浮かんだ。

まさかな…!
アランは、首を振った。

オスカルが、
「ロジャー、このままでは、ド・ギランドが、せっかく寄越してくれたのに、申し訳ない。

フラン…と、オスカルは、言いかけたが、アランおまえだな。
基礎から、叩き込んでやれ!

ロジャー、わたしに勝てたら、一晩付き合ってやっても、イイぞ」
と、ウインクすると、再びスケボーに乗って、消えてしまった。


そんなこんなで、数日が過ぎた。

その日も,オスカルは、面倒くさい、返信が必要な書類も、一気に仕上げた。なにも、オスカルが、文章を考えるのが苦手な訳ではない。謙った,回りくどい文章に、イライラするだけだった。

任務が終わると、今度は、いつも通りではなく、自らロウソクを指差し確認し、窓を閉め、ドアの鍵を閉めて、ガチャガチャと、確認した。

そして、馬車に乗り、家路を急いだ。
馬車を降りると、玄関ドアが開いた。

屋敷に帰ると、やはり、いつも通りだった。

オスカルは、走るように玄関ホールに入った。
先ず、ジャルママに挨拶をした。
すると、ジャルママは、用事があるからと、奥へそそくさと、消えてしまった。

ジャルママのそれは、いつもの事なので、オスカルは、気にも留めなかった。
それから、オスカルは、使用人達に、頷きながら、1番背の高い想い人が、いつも立っている場所に目をやった。

いなかった。

オスカルは、並ぶ位置が変わったのかと、玄関の方から、見直した。

それでも、いなかった。

もしかしたら、腹痛でも起こしたか?
それとも、ばあやに、これまでで最強のヤキを入れられて、寝込んだか?

誰かに聞きたかったが、使用人たちは、何故か、ソワソワと、それぞれの持ち場に消えて行った。

仕方なく、オスカルは、己の部屋に向かう階段に足を掛けた。

その頃、アンドレの、ニマニマが、仏頂面になっていた。

つづく
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