10月某日


オスカルは、肩肘をついて、だら~んとして、男を見上げていた。
男は、オスカルの執務机に向かって立っていた。そ
して、彼にしては、まじめに上層部からの、指示書を読み上げている。

時折、斜め前に座る上官の、反応を確認する。
その度に、オスカルは、姿勢を正した。

そして、男は、その指示が、この衛兵隊では、不適切である事。
また、指示の、傲慢さを、ひどく不満げに訴えていた。

「…ですから、ここのところを善処して頂きたいと、私は思いますので、隊長のご意見を伺いたいです」
一通り、報告を済ますと、オスカルを見て、判断を仰いだ。

オスカルは、その男が、こちらを向く前に姿勢を正し、それまでの、だら~ん体勢を全く見せなかった。
後ろで、ロジェが、何回オスカルが、姿勢を正し、そして、だらりとしたのか、数えていたが、途中でバカバカしくなり、止めた。

「お前は、単にイケメンだけなのかと思っていた」
ここまで、言うと、いつの間に手にしたのか、数枚の書類を、トントンと揃えた。

「そうやって、真剣になると、イケメン度が増すのだな!
それに、案外可愛いい。
それで、女を引き付けるのだろう」

先程まで、書類を読み上げ、彼なりの見解を訴えていた男は、珍しく戸惑った。

オスカルは、その男の経歴書を見ていた。
そして、それを読み上げた。
「ロジャー・メドウス・テイラー
ノーフォーク生まれ。
1764年7月26日生まれの25才

間違い無いか?
ん?」
オスカルは、女殺しのロジャーに聞いた。

ロジャーは、ここまで綿密に、この報告書に時間を掛けたのに…。
全く聞いていなかった。と思われる。
隊長で、准将のオスカルを見つめた。

「間違いありません」
キッパリと言った。

「そうか、だが、わたしの見たところでは、
おまえは、もっと幼く見えるな。」
ロジャーの、何人の女性に触れたかわからない、唇がポカンと開いた。
それがまた、ロジャーの一面を見せ、魅力だった。

一方のオスカルの唇は、キリッと結び、氷の花と呼ばれる美しさをロジャーに見せた。

ロジャーが、黙していると、オスカルは、満面の笑みを浮かべた。
そして、言った。

「おまえ、まだ10代か、20代そこそこだろう?」
ロジャーは、狼狽えた。

だが、そんなロジャーには、おかまいなくオスカルは、
ヒュッと何かをロジャーのデスクに向けて飛ばした。

ロジャーが、手にとった。紙飛行機だ。
オスカルが、開くようジェスチャーする。

そして、オスカルを見ると、喜んで司令官室を出て行った。

その日、オスカルはいつもより、仕事を早めに切り上げた。
屋敷に戻り、晩餐も早めに済ませると、自室に消えた。

が、周りに誰もいないのを、確かめると、スケボー2台を持ち、裏門に向かう。そこには、女殺しのロジャーが、腕を組み、長い足を持て余しながら、立っていた。

オスカルが、スケボーを渡すと、2人は暗闇の中に消えて行った。

ジャルジェ家の者は、誰も次期当主の不在に気づかなかった。

オスカルは、明け方帰宅すると、着替え一応ベッドに入った。
手にはスケボーを、一台だけしか持っていなかった。

定刻になり、オスカルが出仕する為、玄関ホールに降りてきた。
後ろには、スケボーを楽しそうに持ったショーが、続いていた。

ロジェは、昨夜、どういう訳か、オスカルが、持ち帰ったスケボーを受け取ろうとした。
ショーは、一台だけ、スケボーを渡した。
ロジェは、何も言えず、スケボーを凝視した。

オスカルは、全く頓着していなかった。

「もう一台は、どうなされましたか?
お部屋にあるのでしたら、取りに伺いますが…。」
ロジェが、思い切って言った。

すると、オスカルは、
「え゛…。昨日、これだけ、持ち帰ったのでは、無かったじゃないか?
だから、これを持たせてきた。
さあ、遅れる。出かけるぞ!」
そう言って、スタスタと馬車に乗り込んでしまった。

ロジェは、もうかなり、オスカルの護衛に付いていたので、女主の行動は、読めていた。

でも、オスカルは、本当に一台しか、持ち帰らなかったと、気に留める事なく言った。ロジェは、自分の思い違いなのかと、思った。
まあ、司令官室に行けば、分かるだろう。
軽く考えて、馬車に乗り込んだ。

オスカル一行が、司令官室に向かうと、
いつもの通りロジャーが立っていた。
その手には、スケボーがあった。

ロジェは、オスカルを見た。
だが、オスカルは悪びれもせず、
「あゝ、おまえのところに忘れたのだな。
忘れたことさえ、忘れていた。
済まなかったな」

そう言い、ロジェにスケボーを持たせると、
オスカルは、何事もなかった様に、大きなデスクに着いた。
そして、いつも通り執務を始めた。

ロジェは、アンドレ不在の今、今朝ほど、戸惑った事はなかった。
取り敢えず、アンドレが帰ってきたら伝えるしかなかった。
しかし、これが、これから起きるオスカルの、
行動の序章である事には、気付くはずはなかった。

ロジェが、見ている限り、オスカルもロジャーも、普段と変わらなかった。
ただ、2人の距離が微妙に違っている感じがした。

帰宅するとロジェは、オスカル付きの侍女に聞いた。昨夜、女主人に変わった事はなかったか?と。すると、ガトーが、昨夜は、調べ物がある。何時に終わるか分からない。そうおっしゃりましたので、失礼しました。

ただ…。ガトーが、告げてもいいのか、考えた末。
ロジェに、伝えた。

心配になって、未明にそっと訪れたら、いらっしゃいませんでした。
ガトーは、困惑しながら、言った。
ガトーと、ロジェは、顔を見合わせた。

その後、スケボーは、無くならなかった。
いつも司令官室にあった。

だが、アンドレの不在で、少々沈んでいたオスカルの心が、踊り出したのをロジェは、気付いていた。

そして、オスカルが、ロジャーを呼ぶ時の口調に、
親しみが込められているのにも、気付いた。
ロジャーには、変化はなかった。

時たま、オスカル空港から、紙飛行機が飛び立った。
ロジャー空港に着陸する。

ロジャーは、それを見ると、
司令官室を後にした。

そんな夜は、オスカルは屋敷にはいなかった。

ある日、紙飛行機らしきものが、床に落ちていた。
ジョルジュが、そっと拾い、ロジェに渡した。

そこには、
明日は、わたしは休暇だ。
今夜は、二泊していいか?

そう書いてあった。
当然、ロジャーは司令官室にいなかった。
それが、紙飛行機の伝える所の、返事なのであろう。

ロジェは、その夜、オスカルの後を付けて行った。
場末の大きな倉庫に着いた。

すると中から、体格の良いロジャーではない男が出てきた。
すると、オスカルは、

「ああ、君がロジャーと暮らしているフレディ・マーキュリーだな?
噂は、聞いている。こんな時間にどこに行くんだ?」

ロジェは、驚いた。
オスカルの交友関係が、知らないところまで、広がっていた。

フレディは、
「これから、クラブ巡りだ。おれの声に合った、バンドを探している」
「そうか…ロジャーと同類だな!
でも、昼間は、古着屋をやっていると聞いたが、
ジャルジェ家の古着も、回してもいいぞ!」

オスカルが、申し出ると、フレディは、少しだけ考えた。(一言で、バッサリと断るほど、冷たい事が、この優しい男には、出来なかった)お上品な古着は、おれの店には合わない。好意だけ頂いて、辞退する。
おっと、鍵を閉めてしまったが…。

すると、ロジェが、よろめきそうな言葉をオスカルが言った。
合いカギを、貰っている。
楽しんで来いよ、フレディ!

そう、オスカルに、言われると、
フレディも、お互いにな!そう言って、暗闇に消えて行った。

真っ青になり、ガタガタ震えながらも、ロジェ考えた。
今すぐにでも、アンドレに伝えるべく、ヴェルサイユを後にした方がいいのか?

それとも、最後まで見届け、それから報告したらいいのか?
ロジェには、倉庫の中に入って、女主人を引き留める作戦は、浮かばなかった。

ロジェは、アンドレがジャルパパに同行して、ご領地に行ってから、アンドレへの報告の為、ノートを用意した。だが、ここの所の、オスカルの謎めいた夜遊びのお陰で、一冊終わってしまった。

それなので、ジャルジェ家の備品係の所へ行って、もう一冊、分厚いノートを貰った。

ロジェは、任務を果たす為、そして、主を心配して、それから、アンドレの罵声を少なくする為。
などなど、数々の任務を果たすべく、寒い中、野宿した。

次の日、昼すぎに、倉庫の鉄の扉が開いた。
鈍い音を立てて…。
ロジャーと、ロジャーの服を着たオスカルが、出てきた。
オスカルは、あちらこちらに穴の開いたロジャーの服を、不満そうにしていた。しかし、足取りは軽かった。

「……じゃなくて、腹に響くのだな!
でも、おまえ、どうして、口をポカンと開けるのだ?
だが、それも、美男子度が、アップするな!」
オスカルは、本当に楽しそうだ。

「分からないのか?
あそこでは、口で思いっきり、吸って吐くんだ!
鼻呼吸なんて、くそっくらえだ!」
ロジェは、オスカルとロジャーが、対等に話しているのに、驚いた。

「それに、クルッと、回すのいいよな?
人差し指と中指か?」
オスカルが、二本の指を合わせて、クルクル回した。
オスカルが、足早にロジャーの顔を見上げながら、熱心に話しかける。

ロジェは、何を話しているのか、相変わらず意味不明だが、更に更に、青ざめた。

「ふふふ…隊長、それは、企業秘密さ!」

「待て!ロジャー、此処では、おまえの方が指導者だ。
【オスカル】と、呼べと言っただろう!」

「はい、では。お言葉に甘えて、オスカルと、呼ばせていただきます。
オスカルは、冷静すぎるんだ!
もっと、感情に任せて、身体で感じて、叫んで、ぶっ叩くんだ。
そうすると、スッゲー!快感・解放感に、出会える。

そうしたら、それから逃げられなくなる!
オスカルにも、思いっきり、感じて欲しいな」

「早く、おまえのように、絶叫したいものだな」

「ハハハ…直ぐには、無理ですよ。オレには、幼い頃からの経験があるんだもの。オスカルは、まだ、知ったばかりでしょ?
でも、オスカルは、感度がいい。
もっと、自分を解放すれば、絶頂をむかえる!」

コソコソと、後を付いていく、ロジェには、ますます話の内容が、分からなくなった。でも、何となく、不安だった。

「オスカルは、もっと目指すべき所を、感覚で覚えて、思いっきり、ガツンといかなきゃダメですよ!」

「おまえの様にか?それより、わたしは、おまえがやるように、バシッと叩いて、チャッと止めるのを、やってみたい。あれは、見ていてもグッとくるな!」

「ふふふ・・・あれは、高度なテクニックと、鋭い勘が必要だ。
オレの方が、年下だけど、年期は入っている。

チョット知っただけの、オスカルに簡単にやられちゃ、堪らないぜ。
それより、腹が減った。いつもの、カフェで食べよう!」

「腹が満たされたら、また相手を頼むな!」
オスカルが、楽しそうに言う。
そして、当然の様に、あとを付いて行く。

ロジェは、ドサッとノートを、落とした。
目の前が、2人の、色合いの違うブロンドが、煌めく所為か?
はたまた、見てはいけないものを見てしまった所為か?

ロジェは、見なかった事にしようと思った。
昨夜、オスカルの後を、付けなければ良かった。
そうだ!アンドレから、そこまでの、指示は出ていなかったのだ。

ロジェの、心は揺れた。

それからも、オスカルは、度々、ロジャーの倉庫に行った。
午前様が、続くこともあった。
だがその内、朝帰りと泊まる事は、無くなった。
何故か…。

そして、ヴェルサイユ4剣士隊とも、呑み歩き続けた。
勿論、そこには、ロジャーもいた。
オスカルのベッドは、温まるという事を、忘れてしまった。

  つづく


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