Another World


おれは、議論をしている幾つかのグループの間をワイングラス片手に歩いて回った。

大体はおれの店で話されているのと同じ内容だったが、興味を引いたのは、『パレ・ロワイヤル』とか『銃』『宝石』そして、意味不明だったが、『黒い騎士』と言う言葉を聞いた。

ふと、視線を感じた。ベルナール・シャトレだった。ベルナールはパリの新聞記者で店に来るたびに、おれに発行したばかりの新聞を持ってきてくれる。普段、彼らの話には口を挟まないおれに、今夜はベルナールが意見を求めてきた。

おれもいろいろと溜まっていたのか、それともカウンターテーブルの中と言う砦が取っ払われたからだろうか、かなりの熱弁をふるってしまったようだ。ベルナールが言うには、パリとヴェルサイユが離れすぎているので、パリではパレ・ロワイヤルをヴェルサイユではこの公爵家の別宅を利用しているという事だった。

そして、おれの見解のどこが気に入ったのか、彼の新聞に記事を書かないかと誘われた。しかし、名前を出すのは避けたいので、返事を渋っていた。すると、ペンネームで良いから試しに少し書いてくれ、と強引に押し切られてしまい。おれも時間のある時、思ったことをつらつらと書き始めた。

その晩は久し振りに、気持ち良く酔い、おれもどんどん饒舌になり、気が付くとジェルメーヌが隣に来ていた。

男たちも議論するものはまだ続いていたが、女たちとふざけあうものも出てきた。おれはジェルメーヌに促され、広間から離れ公爵令嬢らしい豪華な彼女の寝室に入っていった。彼女も珍しく酔っているようで、かなり饒舌になっていた。

本当は母親が嫁いだオーストリアの貴族はかなりの年配で、彼女が生まれてすぐに亡くなったらしい。「では、その貴族の家を継いだのか?」と聞くと・・・

まさか!貴方も知っているでしょう?女には相続権が無いのよ!今の義父からの仕送りでやっていたわ・・・貴方の彼女もそれで戦っているのでしょう?・・・

そうだった・・・オスカルは女性への爵位の相続権そして、非嫡出子への相続権を得ようと必死なのだ・・・

おれがオスカルの事を想っていると、ジェルメーヌが続けた。・・・彼女、国王陛下に嘆願書を送り続けているらしいわね。・・・その情報をおれは初めて聞いた。

もっと教えてくれと頼むと、・・・初めはオスカルの近衛への復帰と、オスカルと子どもたちの相続権復帰の嘆願だったらしい。その後、子どもたちの近衛隊入隊とオスカルと子どもたちの相続権の嘆願。それが今では、オスカルの衛兵隊での地位の確約と子どもたちの近衛隊入隊と相続権の嘆願、と変わってきているらしい。

国王陛下は慈悲深い方だから、その位の嘆願は聞き届けてくれるのではないかと思ったが、ジェルメーヌが言うには、・・・多分、どこかで握りつぶされているようね・・・。

握りつぶしている人物・・・おれは、あの夏の夜、権力をかさに着てオスカルを足元から掬った高貴なオーストリア女の姿を思い出した。今でも、未だ、根に持っているのだろうか?オスカルの子が己の子を警護することに抵抗があるのだろうか?

それと共に、ジェルメーヌの情報網の広さに驚いた。何処まで、何を把握しているのか?

聞いてみると、・・・知りたいと思ったら、アンテナを張っていればその内、情報が引っかかって来るものよ。・・・貴方だって、そのアンテナを張っていたから、情報を得られたのじゃない?・・・

なかなか彼女はガードが硬い、だが、その夜はお互い身体を重ねる事もなくただ、ベッドに横になって話し込んでいた。男と女が一つベッドの中で何もなかった、なんて不思議なことだが本当だった。

彼女は両手を広げて話しをしていた。おれはその左の薬指にダイヤモンドが光っているのを見つけた。・・・左の薬指のダイヤモンドが、意味する事はおれだって知っている。・・・慌てて・・・婚約者がいるのか?と、聞いた。すると、言いにくそうに・・・婚約者くらいいたわよ。・・・と、応えた。過去形だった。

おれが次の言葉を探していると、珍しく彼女が話し始めた。・・・

母親が亡くなってから、公爵に引き取られてヴェルサイユに戻って来た。そして、公爵家を訪ねて来るある貴族の青年と言葉を交わすようになった。その青年は侯爵で、実は公爵のお気に入りだったが、その内彼女に会いに公爵邸に来るようになり、愛し合うようになった。婚約し、結婚式を待つある日、侯爵は突然捕らえられ処刑された。・・・

「いつ頃の事か?」と、おれが尋ねると、15年位前の事だと・・・15年位前というとおれが12-3歳の頃だ・・・そんな話聞いたことが無い!彼の名はとおれは尋ねたが・・・答えてくれなかった・・・。

その代わり・・・秘密裏に行われたのよ・・・。と、何の罪で?・・・今の私がやっているような事!・・・知っていたのか?・・・まさか!彼は私には一言も言わなかった。

だから、生き延びられたし、・・・その時、直ぐに義父が私をまたオーストリアに行かせたの・・・でも、彼は女も自分の身は自分で守らなければいけないと言って、剣や銃の扱いや乗馬を教えてくれたわ。・・・それで男装をして今があるのか?と聞くと、まあそんなところね。と、答えた。

人にはいろいろと見えない過去があるのだと、おれはしみじみと思った。・・・え゛!君!ずいぶん若くして婚約したのか?・・・と、思わず聞いた。・・・15の時よ・・・へ!年上だったのか?てっきりアラサーかと思っていた。・・・と言ったら、肘鉄が飛んできた。

その後、何度か夜の闇に紛れて窓から彼女の部屋へ忍び込んだが、これが後々、役に立つことがあるとはその時は、思ってもみなかった。

それ以来、おれは店を切り盛りし、誘われると例のパーティーに出席し、原稿を書き、畑を耕し、そして何よりオスカルが来た時の準備を進めていった。ドレッサーを購入し、クローゼットも用意した。

ドレッサーと言っても、オスカルがオスカルを映すのだ。変なものを選ぶわけにはいかない。おれは下町ではなく、もう少し上流の、裕福な平民が利用する家具屋を見て歩いた。豪華で嫌みが無く、鏡も歪んでいない、ちゃんと映してくれるものでなければならない。

始め、適当なドレッサーの前に座り自分の姿を映してビックリした。
鏡がおかしいのかと思った。

約2年振りに自分の姿を見た。
以前よりも日焼けした顔があった。
顔が小さくなったのかと思ったが、肩幅が広くなったようだ。
頬骨が高いと感じたが、頬がそげたようだ。

全身が映る鏡の前に立ってみた。自分で言うのもおかしいが、逞しくなったように思った。ジャルジェ家に居た頃は、ガキだったなあ、と思ったが、不安にもなった。こんなに変わったおれをオスカルは受け入れてくれるか、と・・・だか、これがおれの年輪だ。

ドレッサー選びにも何日も掛かった。完璧に良いと思うものがなかなか見つからず、あまりにもおれがわがままな注文を出すもんだから、店主もいい加減うんざりしてきたらしく、それでは、オーダーメードにしてはどうだ。・・・と、言い出した。

しかしながらそこまで贅沢は出来なかった。妥協に妥協を重ね、やっとこれはと思うものを決めた。今度は、ベッドの時のことを考慮し搬入の事も考えて決めた。

ドレッサーが部屋に落ち着くと、おれはそこに座るオスカルを思い浮かべた。朝目覚めて、ガウンを羽織り、ドレッサーに向かうオスカル。完璧だった。

おれはこのドレッサーの鏡に最初に映る女はオスカルだと決めていた。ジェルメーヌもドレッサーのある二階に上がって来るが、決してベッドを共にした後身だしなみを整えるのにこのドレッサーを使うことはなかった。おれが何かを言ったわけでもなく、こういう事をわきまえている彼女が好ましかった。

「毎日楽しそうね~」突然静寂を破る彼女の声に驚いた。
「いたのか?君!」
「まったく貴方って・・・この不景気なご時世に・・・」
「不謹慎だと言いたいのか?ご自由にどうぞ!」おれは店の片づけに専念した。

ジェルメーヌが独りで話し始めた。・・・ねえ!貴方って、彼女以外の女を女性として見ていないでしょ?・・・

そんなことないさ、ご婦人には敬意をもって接しているよ・・・そういうのではなくて・・・例えば、ヴェルサイユ宮殿の・・・鏡の回廊を彼女の後ろに貴方が付いて歩いているのを、考えてみて・・・勿論、貴族たちも大勢いるのよ!・・・そこに、反対側から私が歩いて来ても・・・貴方は気が付かないわ・・・まさか!・・・

ううん!貴方は彼女を守るために周りを見渡しているけど、彼女に害をなす人だけを気にして、その他大勢は見ていないわ・・・そうね、女は全て、彼女とその他大勢だけなのよ・・・

おれは、何も言えなかった・・・ジェルメーヌが続けた・・・今夜はかなり飲んでいるのかな~そう言えば、気にもかけていなかったな・・・言われている通りかもしれない・・・。

ところで貴方、彼女がここに現れたら大変なことになる、って考えた事はないの?・・・そりゃあまあ、貴族のオスカルが来たら、騒ぎだろうな!彼女は美人だし!!・・・また~そういう事じゃなくて!・・・貴方は、自分の事も分かっていないのね?・・・

ここら辺の娘たち、貴方の恋人か、奥さんになりたくて必死よ・・・まさか~・・・本当よ!そうそう、三日前表通りで買い物していたでしょ?・・・ああ!店に必要なものと、インクに紙と・・・何を買おうと貴方の自由だけど・・・すれ違ったの、分からなかった?・・・

え!なんだ!気が付いたのなら声を掛けてくれればいいのに・・・やれやれだわ!あの時、町の若い娘たち、みんな貴方と目を合わそうとジッと見ていたのよ・・・。

え!そうか?目が合った、おかみさんやオヤジさんと挨拶したけど、他は気づかなかったな。・・・ほ~らね~。クールでスマートなアンドレの目に誰がとまるか、みんな必死で・・・その親たちは、上手くいけばいいと思う一方で、行かず後家にならないか心配しているのよ。・・・

嘘だろ!・・・だからそんなところに彼女が来たら・・・おれが護るさ!・・・まあ!彼女なら自分で自分を護れる。っていうのかと思っていた。・・・オスカルはそういう女性を相手にしたことが無いから、おれが護る!・・・と言うと、ジェルメーヌ姫は何かブツブツと言いながら帰っていった。

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鶏も以前はケージだったのを、新しく小屋を作ったこれでかなり安定供給できるはずだ。馬小屋も(馬などいないけど・・・)馬が濡れない程度の物にした。

それから、畑の作物も増やした。以前、大衆小説で男のところに住むことになった女が、食糧庫の中に文句を言っているシーンを思い出したからだ。曰く、男所帯では男の食べ物しか置いてないそうだ。

女の食べ物・・・フルーツとかカラフルな野菜だそうだ。畑にオレンジの樹を植えてみた。桃と柿の種を蒔いてみた。桃は3年、柿は8年で実が付くだろう。プチトマトも作ってみた。


ある凍りそうに寒い午後、かなり寝坊してしまったおれは、芋が土の中で凍ってないか、昨日、一昨日の干し芋はどうなったか、畑の中を歩き回りながら今日おれの腹を満たしてくれる野菜を収穫していた。

すると、・・・キラッと目の端がまぶしく感じた・・・
太陽の光かと思ったが、方向が違った。

不思議に思いながら、見上げると、路地をバックに、おれの城に手をかけ、豪華な金髪をまとったおれの女神が立っていた。

BGM Waiting For That Day
By George Michael
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