その日、アンドレは昼前に、ジャルジェ家の通用門に立って、通りを眺めていた。仏頂面で…。

1人の男が、中途半端な長さの棒を持って、嬉しそうにやって来た。もしかしたら、このオトコが、フレディなのだろうか?アンドレには、ロジェから聞いていた男と、少々違ってみえた。

男は、アンドレに気付くと、丁寧に挨拶をした。
この度は、オスカルさまのお陰で、路頭に迷わずに済みました。
ありがとうございます。
フレディ・マーキュリーと、言います。
これから、しばらくの間、よろしくお願いいたします。などなど…。

見た目とは裏腹に、丁寧な言葉遣い、少し照れたような、安心して落ち着く場所が出来た感が、にじみ出ていた。
アンドレは、この男を、すっかり、気に入ってしまった。
(そういう意味じゃなくて!)

フレディは、棒みたいなもの、すなわちマイクスタンドと共に、背中に大きな風呂敷包みを背負っていた。
アンドレが、聞くと、古着屋で売っている商品だと言った。

ロジャーの荷物が、多すぎて、アイツには持てないので、全部持ってきてやった。嫌そうでも無く、親切な事をしてやった、という感じでもなく、当たり前の事をしているだけ。そう物語っていた。

しかし、フレディの荷物は、通用口を通るには、大きすぎた。
アンドレが、手伝って、小分けにして入れようか?そう言った。
しかし、フレディは、ロジャーはこれよりデカイモノを持ってくるのです。

お手数ですが、通用門を開けてもらえませんか?
どこまでも、丁寧なフレディだった。

すると、遠くから、荷車が来た。
荷台には、真っ黒な箱が何個も乗せられている。
引っ張るのは、アンドレも見た事のある金髪の男だった。

見るからに、重そうだった。
男も、歯を食いしばりながら、一歩一歩進んでいた。
しかも、荷物を落とさないよう、丁寧に…。

アンドレは、かなり力のある男だと、ロジャーの事を思っていたが、それ以上だと、感じた。

ロジャーは、通用門にたどり着くと、
フレディ同様に、丁寧に挨拶をした。
今は、ぼろい服を着ているが、一応アッパーミドルクラスの出だ。

だが、アンドレは、フレディはいい。
ロジャーからは、目を離してはいけない。
オスカルの周り、10メートル以内には、近づけないよう決心した。

一応、荷物が、通用門の中に入ると、アンドレは、使用人階の説明をした。
食堂、シャワーブース。
洗濯は…。

そう言うと、2人とも、洗濯は、自分たちでやります。
そこまで、甘えてはいけない。
それに、自分たちの生活時間は、普通の人とは、違う。
迷惑になります。そう言って、断った。

アンドレは、それでは、洗濯はできるが、
干すところがないぞ。
アンドレとしては、一般常識だった。

だが、2人は、
部屋の中に、ロープを張って、干します。

更に、フレディは、喉の乾燥防止にもなるから、都合がいいのです。
そう言って、笑った。

フレディが言うには、彼らは、昼頃起きる。それなので、昼食は食べさて貰う。それから、古着屋を開く為に、マーケットに出かけ、その日の売り上げ次第で、食事を取り、クラブに行く。

クラブでは、運が良ければ、演奏させてもらえ、賃金が入る。それから、仲間と、遊びに出かけ、帰宅は夏ならば、明るくなった頃。そして、洗濯をして、就寝。ですから、一般人とは、時間の感覚が違うのです。
そう言った。

アンドレは、笑うしかなかった。
が、それでは、貴族と同じじゃないか。
ほお!と、2人を見た。
そして、時間があれば、古着屋の後、戻って来て、食事を取ればいい。余りにも、フレディが、紳士的なので、アンドレは、言った。

しかし、肝心な事を、伝えていない事に、気が付いた。

すなわち!
屋敷の使用人、男にも女にも、手を出しては、ダメだ。
まあ、活動時間帯が、違うから、問題はなさそうだな。

それから、お持ち帰りは、禁止だ!
相手に、持ち帰ってもらえ!
それから、屋敷の表…すなわち、主たちが、暮らしている居住区には、立ち入り禁止。

つまるところ、通用門から入って、部屋に行き、食事をとって、シャワーを浴びて、部屋に戻って寝る。
以上を、守れば無事に、イギリス行きの船に乗るまで、ここで、雨風を防ぎ、飢える事無く、無事に暮らせるという事だ。

そう言って、アンドレは、表の仕事に戻っていった。
ロジャーは、ニヤリと笑った。

が、アンドレの、心中は、複雑だった。
それなので、ロジャーの見張りをする為、
ロジャーの部屋を、自分の部屋の隣にしておいた。

これならば、ロジャーの様子がよくわかる。
だが、アンドレのベッドは、ロジャーの部屋の壁側にある。
そして、ロジャーのベッドも、アンドレの部屋の壁側にある。

つまり、壁がなければ、2人は、仲良く枕を並べる事になるのだ。
薄い壁である。
ロジャーが、いびきをかいても、寝言を言っても聞こえるのだ。
アンドレは、悪寒がした。

  ***************

夜遅く、ロジャーがクラブ巡りに、出かけようと廊下に出た。
すると、オスカルがニコニコと、立っていた。

「隊長、お帰りになったのですね。
随分と、遅かったのではないですか?」

「今日は、定時だ」
定時に帰ったことを、子どもの様に、屈託なく告げた。
だが、その声は、オスカルとロジャーの距離にしては、大きかった。

「ゆっくりと、晩餐を終えた。アンドレの、給仕で美味しく食べられた。
寝る前に、おまえの様子を見に来た。
それから、もう、上官と部下では無い。オスカルと呼んで、構わないぞ」

ロジャーは、不思議に思いながらも、『突拍子も無い事をする女性』と、認識していたので、気にも留めなかった。
「はい!では、オスカルと、呼ばせてもらいます」

ロジャーにとっては、この方が都合良かった。
名前の呼び方によって、距離が縮まる。
いつまでも、ジャルジェ准将と、衛兵隊の居候では、【女殺しのロジャー】としての、本領が発揮できない。

「引越しは、滞りなく終了したか?」
「はい、アンドレが、いろいろ手配してくださって、
順調に終わりました」

オスカルは、再び声を、大きくして言った。
「そうだろうな!アンドレに頼めば、出来ない事はない。
これからも、わたしは、軍務で忙しい。
何かあったら、アンドレに頼むがいい」

「アンドレは、今度開かれるサロンの準備で、
手一杯だが、彼なら上手くやるだろう」
今度はもう、顔をアンドレの部屋に向けて、言った。

勿論、ロジャーの部屋の隣に住むアンドレは、身を乗り出して、聞いていた。

ロジャーが、まだ、遠慮深そうに、言った。
「オレ、そろそろ、出かけたいんだけど…。」

勿論、オスカルは、アンドレと話したいが、直接は話せないので、ロジャーが、アンドレの部屋の隣と聞いて、こりゃいいや!と、飛んできたのである。ここで、ロジャーを離したら、勿体ない。

その一途で、オスカルは続けた。
「いいじゃないか、もう少し、話しても。
今までは、一日中、話していたから、今日は、少し調子が悪かった。
それに、今日、隊で有った事も、話したい」

始めから、オスカルの根端を、見抜いているロジャーは、これが、隊長のやる事か?そう思いながらも、恋人と、話す為に必死なのだな。
ロジャーには、本命を持ったことが、無かったので、少々、笑えた。

「オスカルは、オレに話したいんじゃなくて、こっちの部屋のオトコに聞かせたいのだろう?
オレは、これから、クラブに行って、女の子と遊ぶんだ。

それとも、オレのベッドは、いつでも空いているから、使うか?」

「いいのか?」
オスカルは、飛び上がって喜んだ。
もう、ロジャーの部屋に向かって、一歩踏み出している。

「え゛⁈」
まさか、こんなに簡単に、落ちるなんて…。
ロジャーは、自分の魅力が、一段と増したと思った。

しかし、オスカルは、
「じゃあ、借りるな!
おまえのベッドは、壁を挟んで、アンドレのと、並んでいるのだ。
あいつの、寝息が、聞こえるかもしれない。

じゃ!帰ってきたら、起こしてくれ!」
そう言いながら、もう、ロジャーの部屋に入っていた。

ロジャーは、焦った。
この様な展開は、始めてだ。

「そう言う意味じゃなくて…。
オレのベッドは、女の子と寝るために…」

「あゝ、だから、わたしも、何回か寝かせてもらった。
ちょっと硬かったがな!
ここのベッドは、もう少しマシだ。安心しろ」

そう言って、オスカルは、ロジャーの部屋に入って、中から鍵をかけた。

「おい!鍵!中に置きっぱなしだ。こっちにくれ!」
ロジャーは、半ばヤケになった。

オスカルが、ポイっと、ロジャーに鍵を渡しながら、
「タバコを吸う時は、窓を開けろって、何回言わせるんだ!」
そう言って、再び部屋に入り、カチャッと鍵を掛けた。

そして、ベッドに倒れ込んだ。
ロジャーが、仮眠をとったので、ロジャーの匂いがした。
オスカルにとっては、それは、嫌な匂いではなかった。

オスカルは、壁を叩いてみた。
独り言を言ってみる。
短剣を出して、壁に穴を開けよう。と試みた。

ガシガシガシ…。
壁を削る音が、アンドレに聞こえた。

アンドレが慌てて、言った。
「それだけはやめてくれ!毎晩、アイツの顔を見て、寝ることになる!」

オスカルは、ガッカリした。
穴を開ければ、誰にも見つからずに、月誕生日以外でも、アンドレと目を合わせられると、ウキウキしたのに…。

が、それもそうだと、諦めた。
しかし、壁が隔てていても、アンドレの温もりを感じていた。

翌朝、アンドレが、爆睡から、急上昇で、覚醒に近づくと、アンドレの部屋に近づいて来る足音が聞こえた。
誰だ?こんな時間に?

隣の部屋のドアが開き。
怒鳴り声が聞こえてきた。
ロジャーだ。

誰に向かって、怒鳴っているんだ?
アンドレには、分からなかった。

「オスカル、なんでこんな所で寝ているのですか?
適当な時間に出て行くって、言っていたじゃないですか?」

「悪い、悪い、アンドレが隣にいると思ったら、安心して寝てしまった」
そう言いながら、短剣を持って、起き上がった。

ロジャーは、オスカルの短剣を見て、
「なんで、寝るのに短剣が、必要…
なんなんだ?この、穴は?」

オスカルが、残念そうに言った。
「アンドレが、見えるように、穴を開けようとしたんだ。

そうしたら、アンドレに、おれが一晩中、アイツの顔を見る事になるから、やめてくれっ!て言われた。だから、中途半端なままだ」

「当たり前だ。オレも毎晩アンドレの顔を見る事になる。
女の子なら、まだしも…」
ロジャーは、悪寒が走ったように、両腕を抱きしめていた。

「ふふふ…。暗くて、見えないさ!
じゃな!お休み、夜遊び君!」
そう言うと、オスカルは、ロジャーの部屋を出て行った。

アンドレの耳に、オスカルの足音が遠ざかって行くのが聞こえた。アンドレは、オスカルは、ずっといたのか!だったら、忍び込めば良かった。とガッカリした。

「全く、こんなんじゃ、ジーンズに穴が開くどころじゃない!
そのうち、殺される」

そう言いながら、ロジャーは、壁の穴が気になって、横になってみた。
ちょっとだけ指を入れて、ツンツンしてみた。

穴が空いてしまった。

穴の向こうのアンドレと、目が合った。

わーー!!×2

「オ、オレじゃないですよ!ちょっとだけ、触っただけです」
ロジャーが、焦って言った。

ロジャーは、今度は、壁の穴から銃口が、向けられるかもしれない。
命が何個あっても、足りそうもない。
早く、イギリスに帰る日が来ることを、願った。

「分かってる。今日中になんとかする。
銃口など、向けないから安心しろ!」
ロジャーの心を、見透かしたように、アンドレが、言った。

「そちら側だけ、なんとかされても不安だ。
こっちは、オレが直すから、工具を貸してください」

ロジャーは、オスカルの事だ。
また来たら、何をするか分からない。
こちら側も、がっちりとしておこう。と思った。

「分かった。後で、部屋の前に置いておく」
アンドレは、そう言って、仕事の為、主たちの領分へと、入っていった。

次の夜、また、オスカルがやって来た。
ロジャーは、げんなりして、夕食にありつけると、屋敷に戻っていたが、明日からは、そのまま、クラブへ行こうかとも思った。

でも、こうしてオスカルの方から、来てくれるとは、思わなかった。たとえ、自分の所にではなく、アンドレと話す為でも。

それに、アンドレの部屋の隣で、不平不満で、いっぱいだったのが、今は、『ラッキー!』と思うようになっていた。

なにしろ、衛兵隊では、仕事の話以外していなかった。
夜、ヴェルサイユ四剣士隊と、つるんで出かける時も、大勢の中の一人だった。ここでは、独り占めできる。

ロジャーは、ワクワクしてきた。そして、必ず、自分の方に、オスカルの気持ちを向けようと、決意した。しかし、オスカル相手では、正攻法では、通用しない事も知った。

オスカルは、ロジャーのベッドに足を掛け、穴を開けた所を見た。
「なんだ、ガッチリと塞いだのだなぁ!カーテンか、ブラインドにして、わたしには、見えるようにしてくれるかと、思ったのに…。

おまえには、愛する者同士の、気持ちがわからないのだな!この、若造!だいたい、アンドレも、アンドレだ!わたしの気持ちを、分かっていない。ロジャーの、寝言くらい、我慢できないのか!」

散々、文句を言っているオスカルを、隣にいるアンドレは、面白おかしく聞いていた。が、姿を見ているのが、ロジャーだと思うと、複雑な心境だった。

しかし、違う意味で、ロジャーを隣の部屋にしたが、これはこれで、良かったのかもしれない。そうも、思った。

また、オスカルの声が、アンドレの耳に入って来た。
「これから、アンドレと話したいのだ。
今夜もクラブに行くのだろう?
サッサと行ってくれ!」

ロジャーは、紙とペンを持って、ベッドに近づきながら、言った。
「今日は、ここで、作曲する予定だ。
ベッドにゴロリとなっていると、浮かんでくるんだ。

オスカルは、壁際に寄ってアンドレと話をすればいい。
ボクは、反対側で、落ちそうになりながら、適当にやっているから…」

アンドレは、耳を疑った。やはり、オスカルは、アイツと…。
隣に行って、ロジャーを叩きのめしてやろうか!
アンドレは、ドアに向かおうとした。
また、オスカルの声が聞こえた。

「冗談じゃない!
アンドレ以外のオトコと、同じ部屋ならまだしも、同じベッドで、寝るなんて、できる訳ない!

おまえは、ベッドの下にでも寝ろ!
床の上でも、ベッドの上でも、同じだろう!

そこで、作曲だが、婉曲だかしていろ!
わたしはこっち、おまえはそっちで、寝ろ!」

アンドレは、ドアノブを手にしたまま、立ち止まった。
え゛…、もしかして、オスカルの『寝る』って、世間一般のとは、違うのか?

  つづく
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