いつもの時計が、
何時ものように、
何時もの時間に、
月誕生日の始りを告げた。

オスカルの部屋のドアが開いた。
アンドレが、後ろ手に立っていた。

「ほお!手ぶらで来たのか?
良い度胸しているな!」
オスカルは、激怒しているはずだが、笑いながらアンドレに告げた。

「ふん!これだけは、持ってきた」
と、言って背後に隠し持っていた赤白、2本のワインを見せた。

アンドレも、楽しそうに言った。
「今夜は、これくらい、持ってこないと、修羅場になりそうだからな!」

「随分と、オモテになっているようじゃないか?」

「おれがか?なんだ、それ?
誰が、何を、言ったんだ?」
アンドレは、寝耳に水…マジで、そう答えた。

オスカルは、徐々に怒りを、表していった。
「誰だっていいだろう?
おまえ、わたしだけを愛している・・・。と言ったな。
うん?それに、偽りはないだろう。

それに、わたしが愛を告げた時、
一生、わたしだけだ。そう言った。
覚えているな?

それなのに、その様な事を言った後に、
おまえが、抱いた女は何人いるのだ?
数えきれないだろう?

おまえが、偽りの愛を囁いた、女はいったい何人いるのだ?
ん?アンドレ?

おまえも、ロジャーと変わらないんじゃないか!
男なんか、みんな同じだと言っているぞ!」

「おれは、ロジャーじゃない。
それに、おれは、そんな事していないぞ。
誰が、言ったんだ。
どうせ、侍女たちの噂話だろう!

それよりおまえはどうなんだ?
フェルゼンと、踊ったかと思うと、ジェローデルと踊り!

挙句の果て、ロジャーと…」
ここで、アンドレは言葉を切った。
あの、熱いキスシーンを思い出したくなかった。

「楽しかったか?
これは、ウソだとは、言えないぞ!」
ようやく、それだけを言った。

「あれは、ハプニングだ。
フン!
それに、ロジャーには、レンタルしただけだ。
わたしの唇は、ちゃんとここにあるだろう?
文句など、あるまい!」

オスカルが、言い捨てた。そして、アンドレに背中を見せ、部屋の奥へと進んだと思ったら、振り返った。
そして、アンドレの頬を、思いっ切り殴った。

すると、
「この位では、わたしの気持ちは、収まらないからな」
アンドレの声がした。

????

平手打ちされた、アンドレと、殴ったオスカルが、見つめあった。

「何をするんだ!痛いじゃ……痛くない…手が痛い」
オスカルが、手を見つめながら、言った。

「!おまえ、わたしをのパンチを逃れて、わたしを殴るなんて….…
わたしの事を、愛していないのか?
これでも、一応女だし、おまえの恋人だ!」
アンドレが、言った。

その時、お互いが、お互いを見た。
「おまえ…おれだ!」
「おまえは、わたしだ?」

なんだ?これは?
どうなっているんだ?

おい!アンドレ!わたし達は・・・。

「おれ、おれの顔を触ってみてもいいか?」
傍目から見ると、いつもの通り、オスカルが、アンドレの顔を、やや無造作に触っているように見えた。

「おれだ……」
「わたしの顔に触れたのも、わたしだ……」

「どうしたらいい?」
アンドレの姿をしたオスカルが、聞いた。
軍務以外の管轄は、アンドレだ。

オスカルの姿をしたアンドレが、腕を組みながら、下を向いた。すると今度は、天井を見上げ、考えていた。

その様子を、アンドレの姿をしたオスカルは、(へぇー!わたしって、こう動くのか?でも、やはり、アンドレのクセも入っているな!)

オスカルは、余裕だった。(天然だから)
オスカルの声がして、少しソファーに座って考えよう!そう言った。

が、アンドレの声がした。
まだ、話しが終わってないぞ!
普段のアンドレが、口にする事は決してない、上から目線だった。

「しかし、元に戻るのが、今の最重要課題なんでは、ないか」
これまた、普段は聞いた事がない、温かく包み込む、オスカルの声だった。

「ふん!もう一度、わたしが、おまえを殴れば、簡単に戻れるさ!」
「では、やってくれて!
おれの姿相手に、不満をぶちまけるのも、奇妙だからな!」
アンドレは、未だこの状況に、慣れていない。
当たり前だが…。

その言葉に、中身がオスカルの方は、俯いて、今の自分の姿を、靴から順に見ていった。オスカルが、余裕なのか、はたまた、事実を受け止めていないのか、アンドレにも、分からなかった。

「本当に、入れ替わったのか?
わたしたちの、目の錯覚じゃないのか?」

アンドレは、
「まだ、おれが持ってきたワインは、栓が明けられていない。酔ってはいないはずだ。それに、ワイン二本で酔う、おれ達ではない!」

「…アンドレ…鏡の前に、行ってみよう」
オスカルは、ようやく、現実の確認作業に、入った。
ここの所は、軍人ではあった。

鏡を見るのが、こんなに怖いとは知らなかった。
何もなければ、良いが……
2人は、ブツブツ言いながら、オスカルの化粧室に入っていった。

真っ暗だった。
「アンドレ、灯りを…」
オスカルの姿をした者が、部屋の隅に置いてある燭台に、灯りをともした。
手慣れた手つきで…。

アンドレの姿をした者が、鏡を背に立っていた。
オスカルの声が、
「オスカル?なんで背後を向いているのだ?」
「1人で見るのが、怖くなってきた。
同時に振り向こう!」

  ***********************

「いったい、何が起こったんだ?」
「それは、見ての通りだ!」

「わたしが、おまえで。おまえが、わたしになった……以上!」

2人は、ソファーに向かい合って座り、自分の姿を見つめていた。

オスカルは、思った。入れ替わったら、アンドレの仕草も変わるのかと思ったが、目の前のわたしは、アンドレの癖が丸出しだ。

つまり、わたしは、アンドレという、皮を被った、わたしなのだ。

オスカルは、思った。
しかし、それは、この事態を解決するには、何の役にも立たない。
その事に、気づいて、ため息をついた。
これだけは、男の大きなため息だった。

「何を、考えている?」アンドレが、不機嫌に言った。

「別に……」本当に、オスカルは、何も考えていなかった。
何を考えていいのかも、わからないから…。

「おい!この2日間の、予定は立てていたのか?」
けれど、オスカルが、楽しそうに聞いた。

アンドレは、何をこの様な事態になって、聞いてくるのか?
相変わらず、ヘンテコなお嬢さまだ。
そこがまた、可愛くて、愛おしいのだ。

2人とも、入れ替わってしまった事に対して、あまり気にしていない様だ。

「なあ?戻るのかな?」
ちょっとだけ、気になって、アンドレが、口にした。

「わたしが、おまえにパンチをしただけだから、
直ぐにまた、戻るんじゃないのか?
それまで、この姿で、楽しむのも悪くない」

「そういうものか…」
アンドレも、あまり気にしなくなってきた。

全く、のんびりしたカップルである。

「ワインを、開けよう。
入れ替わって飲むと、味覚も違うのか、確かめてみよう!」

オスカルが、面白そうに、言い出した。言われたアンドレも、つられて、立ち上がり、いつもの様に、手慣れた仕草で、ワインを開けた。(オスカルの姿で…)

だが、そこでアンドレは、気づいた。いつもより、力を込めないと、開かなかった。が、気のせいだろうと思いながら、オスカルのグラスに、ワインを注いだ。

オスカルが、グラスを手にした。いつもの様に、グラスを傾けて、口にしたが、口に入ったワインは、心持ち少なかった。もう少しだけ、ワインを流し込んだ。満足した。

満足したから、味わってみた。
美味しかった。

アンドレも、一口飲もうと、グラスを傾けた。口から、溢れそうになって、慌てて、ガラスの傾きを止めた。口の中に、ちょうど良い量のワインが収まった。満足した。

満足したから、味わってみた。
美味しかった。

オスカルが、聞いた。
「うまいワインだな?
久しぶりだ。
何処にあったんだ?」

アンドレは、少しばつが悪そうに、
「頭に来ていたから、棚から、適当に出してきた」
と、答えた。オスカルの声で…。

オスカルは、クイクイと、飲んでいる。
アンドレも、クイクイと、飲んだ。

「もう一本欲しいな」
オスカルが、心から告げた。

「おれも、そう思った。
もう一本持ってくるよ」
そう言うと、オスカルの姿のアンドレが、歩こうと、一歩を踏み出した。

いつもの感覚で、いつもの幅で、足が着地するはずなのに、足が、伸びなかった。

「おまえ、何をギクシャクしているんだ?」
オスカルが、楽しそうに笑っているのを、背中で聞きながら、アンドレは、いつもより、ほんの少しだけ、狭い歩幅で、出て行った。

手持ち無沙汰になったオスカルは、もうすこし、残っているだろう。そう思って、ボトルを取り上げた。いつものように、いつもの感覚で、持ち上げた。しかし、手が、顔の高さまで、来てしまった。

オスカルは、首を捻りながら、ボトルを定位置に戻した。
あまり自分ではやらないが、グラスにワインを注いだ。
いつものように。

いつものように、グラスに合った位置まで注ごうとしたら、並々と注いでしまった。おまけに、表面張力で、揺ら揺らしている。

これでは、グラスを持ち上げられない。でも、誰もいないからと、マナーを無視して、口を近づけた。いつもの感覚で…。

思いっ切り、グラスにぶつかって、ワインは、こぼれ、グラスが倒れそうになるのを、受け止めようとした手が、空を切った。

その時、アンドレが、戻って来た。
「遅かったじゃないか?」
オスカルが、マジで言った。

「悪い、悪い。思っていたよりも、棚の上の方に有ったんだ。
なかなか、手が届かなくて、脚立を出した。それで、時間を食ってしまった」
何処か、腑に落ちないとアンドレは、思ったが、口には出さなかった。

「何となく、感覚が違うんだ」オスカルは、嬉しそうに言い出した。
アンドレは、また、このお嬢さまは、妙な事を言い出すのだろう。そう思った。

「いつもの、調子で、動くと、何かが違っていたのだ。
それは、きっと、わたしがおまえの身体に入っているからだろう。

わたしは、おまえの感覚で動くのだ。面白いじゃないか!
こんな事は、二度と起こることは無いだろう。少し、楽しんでみよう!

殴れば、直ぐに戻るんだ。
今が、チャンスだ!
アンドレ、おまえ、わたしの身体になったら、やってみたい事は、なんだ?」

アンドレは、アタマを抱えた。
が、閃いてしまった。

「オスカル、お姫様抱っこしてみてくれないか?」
2人は、ここには、書けないような、ヤバイラインを、超えない程度に、お互いが、こうされている時は、どんな気分なのか、楽しんだ。

そして、オスカルが言った。
「アンドレ!わたしが、おまえの首に手を回して、口付けをせがむのを、やってみたい」と、

アンドレも、その時、自分が、どうなっているのか、知りたくて、簡単に承諾してしまった。

オスカルの手が、アンドレの首に回された。ここまでは、良かった。お互い、自分は、このように、見られているのか。そう、冷静に観察した。

だが、入れ替わった身体の中の、愛する心は、己のもの、口付けをしたくなってきた。いつの間にか、2人とも、己の体では無い事を忘れてしまった。

そして、目を閉じた。でも、オスカルの、理性が、その瞬間の自分の顔を見たくなった。アンドレも、その時の、自分がどうオスカルに見られているのか、知りたくなった。

2人とも、目の前の、己の顔を見た!
わ~~~~~~~~!!!!!!

冗談じゃない!
自分の唇に、口付けされるなんて!

冗談じゃない!
自分の唇に、口付けするなんて!変態だ。

2人とも、口には出さないが、
今までの、経験から同様な思いでいることは、理解していた。

やはり、早く元に戻った方が、いいな!

どちらともなく、言った。
だが、そんなに深刻な、声ではなかった。
その時は、…。

つづく

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