「で、パンチを受けるのは、どっちなんだ?
外側に準じるのか?それとも、中身か?」
体育会系の、オスカルがアンドレの声で、言った。
しかし、アンドレは、慎重に慎重を重ね、考え込んでいた。
そして、顔を上げた。
「おまえの、黄金の長い髪…美しいと、思っていたが、結構うっとうしいな!この際『おりぼんオスカル』になっては、どうだ?」
オスカルは、真っ赤になった。
真面目に、元に戻る方法を考えていると思っていた恋人が、よりによって、わたしの自慢の、フランス一美しいと言われているブランドの髪を、『うっとうしい』と言った。
オスカルは、思いっ切り、拳を作り、振りかぶり、殴ろうとして、止まった。殴る相手の顔が、自分だった。
アンドレが、優しく言った。
「だろう?自分を殴るのは、難しい。
先ず、初めから、考えてみよう」
おまえが、入ってくるのを、わたしは、イライラと待っていたんだ。だから、時計を見なくても、おまえの足音が聞こえて、ドアの前に立ったのがわかった。オスカルが、言った。
あゝ、おれは、ワイン2本を後ろに隠し、ドアをノックした。
ちょっと待て!それは違うぞ!わたしの方から、待ちきれずに、ドアを開けたんだ。
え゛!おれの記憶と違うぞ。
おれが、先にノックしたんだ。
あの時は、お互い、頭に血が上っていたから、言ったことも、聞いたことも、一言一句間違えずに言うのは無理そうだな。
では、ワインを呑もう。
オスカルが、ボトルに手を伸ばそうとした。
アンドレが、
何で、呑まなくては、いけないんだ?
頭に血が上る。のと、酔うのは、全く違うぞ!
馬鹿だなぁ!呑めば、血行が良くなる。
そうすれば、頭にも血が巡って、同じ状態になるはずだ。
ちょっと、違うぞ。
アンドレは、あくまでも、冷静に事を、荒立てる事なく、この状況を脱しようとしていた。
一方のオスカルは、サッサと思いついた事を、やって、片付けたかった。
それなので、オスカルは、すっくと立ち上がった。
そして、一言だけ、言った。
殴ってみよう!
オスカルの言う事には、最後の最後はいざ知らず、最初からも、逆らえないアンドレも、渋々、立ち上がった。
お互い、向かい合った。
でも、どうしていいのか、分からなかった。
「見た目で、やるのか?それとも、中身が優先か?」
アンドレが、再び聞いた。
「見た目で行こう」オスカルが、即答した。
オスカルが、開け放ったドアの前に立った。
誰が見ても、先ほどと、一ミリも違っていなかった。
劇場の、一か月公演の、初演から、完璧な演技だ。
アンドレは、オスカルに向かって立ち、振り向いて歩く真似をし、振り返り様、オスカルの頬を、ペチョンとした。
これに、オスカルが、怒り出した。
「何で、思いっ切りやらない!
わたしは、おまえを、思いっ切り、殴ったぞ!」
「おれには、たとえ、おれの姿をしていようと、おまえを殴る事なんて、出来ない。許してくれ、オスカル」
アンドレが、心底言った。
オスカルは、仕方がない、と、
「では、わたしがやる!思いっきり、歯を食いしばれ!」
アンドレが、ドアの外に立った。
オスカルが、部屋の中にいる。
はた目には、丸っきり、逆だったが、2人には、心地よい立ち位置だった。
だが、オスカルが、アンドレと見合ったまま、言った。
「ちょっと、距離感と、高さを、見させてくれ。
ほお、おまえから見ると、わたしはこの角度にあるのだな。
わたしが、振りかぶって、おまえを殴る時、手を上げたが、
今度は、振り下ろさないといけない」
そう言って、オスカルは手を振りかぶると、
ゆっくりとアンドレの頬に当てた。
「感覚は、分かった。外さないようにいくからな!
いいか?わたしは、おまえの様に、手加減などしない、歯を食いしばれ!」
アンドレが、頷いた。
オスカルは、言葉通り、思いっきりこぶしを、振り上げると、そこから振り下ろし、アンドレの頬に、ポコンと、当てた。
歯を食いしばっていたアンドレが、
「おまえこそ、何をやっているんだ!?散々、大口を叩いて、それだけか?」
「だって、おまえの最大限の力で殴ったら、多分、わたしの顎が砕けてしまう。自分の容姿には、あまり拘らないが、顎が砕けるのは、イ・ヤ・だ!」
「この作戦は、ダメだな!」
アンドレが、ホッとしたように言った。
だが、オスカルが殴った時に、入れ替わったのだ。
それ以外に、元に戻る方法があるのだろうか?
2人とも、自分の顔を見ながら、考えた。
戻れる!絶対に・・・わたしたちなら、おれたちなら・・・戻れると、確信した。
確信したが、
では、どうやって?
では、どうしたら?
書斎に行ってみよう。
もしかしたら、この様な事例があるかもしれない。
オスカルが、提案した。
アンドレが、ぶっきら棒に、そんなの、あったら、語り草になっているはずだ。国王陛下曰く、前例のない事なんだ。
だいたい、女が・・・それも、恋人の男に、思いっきりパンチを食らわせるのは、おまえ位だ。
悪かったな!わたしは、そのように育てられたのだ。その位、おまえだって、承知のはずだ。だから、そんな、わたしでもいいって、愛してくれたのじゃないか?・・・オスカルが、半ば、涙声で言った。
アンドレが、ブチブチと、言い出した。
承知していたけど、まさか、話もろくにしないうちに、殴るような、女だとは、思っていなかった。それに、おれに対しては、あくまでも、女性として、優しく接してくれるのかと、思い込んでいたおれが悪いのだな。
その時、オスカルが、思いっきり、アンドレを殴った。
殴られた、アンドレは、頬を抑えて、笑っていた。
が、その笑いも、瞬く間に消えてしまった。
「ダメだったか・・・。
本気で、おまえを怒らせれば、思いっきりやれて、元に戻るのかと、思ったが・・・この方法では、やはりダメなようだ。
もしかしたら、言い合いを始めた時から、それぞれの、心が、幽体離脱し始めて、本来なら戻るはずだったのが、何らかの形で、入れ替わってしまったのだ」
アンドレが、冷静に分析した。
傍らでは、オスカルが、シャドウボクシングをしていた。
自分でも、分からないまま…。
************************
オスカルの為の、屋敷の一画は、静まり返っていた。
誰かがそっと覗いたとしても、仲の良い、ラブラブな、カップルがベッドに横たわっている。それだけだった。
が、2人とも、息が絶え絶えだった。
考えられる、ありとあらゆる方法を、試した。
考えられない、こんな事で、と言うような事も、試した。
そして、あんなことやこんなこと、決して、ここには、書けないような事は、していないが、全てやり尽くした。
オスカルは、アンドレの優しい顔を見たくて、手元に置いてある手鏡を見た。そして、アンドレの、包み込むような、温かい手に触れたくて、手を組んだ。
アンドレも、同じような事をしていた。
虚しかった。
アンドレが、相変わらず、冷静に、言った。
「オスカル、もし、月誕生日を、過ぎてもこのままだったら、どうなるのだ?」
今まで、言い出したかったが、言えば、現実になってしまいそうで、黙っていた。しかし、耐えられなくなった。
だが、オスカルは、違った。
なにしろ、天下のオスカルさまなのである。
「な~に、大丈夫だ!
そんなに、長い事、このへんてこりんな、姿のままなんて、ありえない!」
きっぱりと、言った。
そして、
「明日の朝になれば、元に戻っているさ!
わたしは、疲れた。
寝るぞ!」
と、男らしい、寝息を立てて、爆睡してしまった。
アンドレも、そんなものなのか?と、半信半疑だったが、慣れない体の中に入っていたので、いつもよりも、ずっと、疲れていた。
寝よう・・・と、いつものように、胸の上に、両手を組んだ。
うわ!
起き上がってしまった。
隣には、おれが、寝ていた。
アンドレは、思った。
普段、チョメチョメの時は、普通に(?)触れていた。
オスカルのささやかな胸に、触れてしまった。
触れたけど、自分で触れるのは、変だ。
だけど、おれが触れると、オスカルから、艶めかしい声が聞こえるんだ。
どんな感じだか、試してもいいかな。
アンドレは、罪の意識を、感じた。
アンドレの思考は、ここで止まった。
そして、手のひらを、シーツの上に置いた。用心深く。そして、明日には、元に戻って目覚める事を、祈った。
************************
翌朝は、いつもと変わらず、東から日が昇り、オスカルの部屋にも、薄日が差しこんできた。
アンドレの方が、早く目を覚まし、眩しさに、目を細めた。朝日は、こんなにも、眩しいものだったのか・・・。そんな思いが、去来したが、隣に眠る、アンドレの姿に、ぶっ飛んでしまった。
昨夜と同じに、おれが、おれを見ている。
朝になれば、戻ると、オスカルが言って、先に寝てしまった。
だから、しょうがないから、手が、身体に付かないよう、最大限の努力をしながら寝た。そして、元の姿に戻る、夢も見た。
隣に寝ていたオスカルも目覚めた。
そして、自分を悲しそうな目で、見ている、自分を見た。
そして、途方に暮れた。
************************
オスカルが、コーヒーカップを取った。持ち手が、熱かった。こんなの、飲めるか!そう思っていると、アンドレが、やはり、コーヒーカップを持って、首を傾げていた。
目が合うと、カップを、取り替えた。
お互い、満足だった。
が、一口、飲んだら、もの凄い、違和感があった。
なので、また、カップを取り替えた。
満足した。
オスカルの前に、固焼きのオムレツが、あった。
ただし、見た目では、分からない。
オスカルは、いつも、半熟のオムレツに、先ず、ナイフを入れて、オムレツを、広げる。トロッとしたその上に、バターを乗せる。そして、ケチャップで、ハートを描いているうちに、もう、口の中が、オムレツを催促してくる。
オスカルが、オムレツにナイフを入れた。感触が違ったので、チョット焦って、周りを見渡した。バターもケチャップも無かった。向こうを見ると、アンドレの前にあった。手を伸ばそうとすると、思っていた通り、アンドレが、渡してくれた。
オスカルは、今朝も、楽しそうに、鼻歌など歌い出したい気分を、抑えて、オムレツにナイフを入れた。
一方のアンドレは、堅焼きのオムレツに、たっぷりと、塩胡椒をして、シンプルに食べる。
だから、今朝もそうした。
無言のまま、お互いのプレートが、交換された。
こうして、お互いの、前にあった、食べ物が、全て行き交った。
初めから、席を変わった方が早かったが、味覚は、外側・・・外見に従っているのに、気づいた。
わたしの味覚は、おまえなのだな!
ああ、おれの味覚は、おまえらしい。
一晩経っても、戻らなかったな。
アンドレが、言った。
オスカルは、
なあに!もう一晩寝れば、元に戻るさ!
こんな事、普通に起きる事じゃない。
だから、普通じゃなく、戻るのだ。
能天気な、お嬢様に、アンドレはほとほと困った。
考え方は、そのまま、オスカルが持って行ってしまったようだ。
だが、アンドレは、もし、おれがオスカルの思考を、持ってしまったら、これはこれで、可笑しなことになると、考えた。
考えたから、チョットだけ、妄想してみた。おれが、オスカルに我がままを言うのだ。それに、命令口調で、話すのだ。
だが、それの方が、周りの者は気づかないだろう。
ここで、アンドレは、気づいてしまった。
このまま、この休暇が過ぎて・・・
おれは、衛兵隊の隊長として、振る舞うのか?
そうすると、オスカルは、おれになって、お屋敷全般の仕事を、できるのか?それに、おばあちゃん・・・きっと、一秒で見抜かれるだろう。
アンドレは、食後の生ぬるいショコラを、飲みながら、オスカルに説いた。オスカルは、相変わらず、初めは笑っていたが、段々と、真剣になってきた。
それまでも、オスカルが、のほほんと、していたのは、かなり、焦っていたのを隠すためであった。なので、アンドレに言われて、心が折れそうになっていたのを、打ち明けた。
誰か、味方に付けなければならない。
2人が、一致した。
ジャルパパか、ジャルママ・・・。
それが、最もいいだろう。
この屋敷のトップから、指図が届けば、コトは、この屋敷内だけで、外には漏れない。
しかし、残念ながら、ジャルパパは、アラスに行っていた。
当分戻らないと、聞いていた。
では、ジャルママだ。
オスカル付の侍女を、呼んだ。
フォンダンが、来た。
ジャルママに、会いたい。それも、出来るだけ早く。
予定を、聞いて、会えるように、取り次いでくれ。
そして、お目にかかる時は、人払いを、お願いしてくれ。
そう伝えて、2人はホッとした。
ホッとしたので、手を握ろうとした。
しかし、自分の手だったので、慌ててひっこめた。
やがて、フォンダンが戻ってきた。
フォンダンが言うには、
ジャルママは、ジャルパパがいないので、羽を伸ばすようです。
気さくな友人仲間とランチをして、その後、刺繡のサロン、それから、珍しく、ディナーパーティーに、出席なさるので、日付が変わってからの、ご帰宅になるようです。
でも、2人が、わざわざ、申し出てくるなんて、珍しいわ。
帰ったら直ぐに、侍女を向かわせるから、会いしましょう。
との事だった。
オスカルは、ガッカリした。
アンドレは、初めからあれこれと心配していたので、そんなには、落ち込まなかった。
しかし、オスカルは、アンドレに、言われて、自分が考えていたより、事態はややこしいと感じ始めていた。それなので、かなりショックを受けた。
アンドレの、胸に顔をうずめたかった。だが、目の前の、アンドレは、わたしの姿をしている。だから、オスカルは、体育会座りをして、頭を垂れてみた。
だが、アンドレの優しい心が入っていない、見かけだけの胸だったので、しっくりこなかった。
そして、日付が変わるころ・・・。
オスカルとアンドレは、着慣れない服で、身なりを整えた。
だが、その服は、ずっと着ていたように、身体にしっくりした。
ジャルママの居間へと向かった。
ジャルママ付の侍女が、扉を開けてくれて、2人が入室した。
「母上、お疲れの所、申し訳ありません」アンドレが、普段のオスカルの様に、ハッキリと言った。
「奥さま」オスカルが、一応言った。
だが、その声は震えていた。
その途端、ジャルママは、一歩下がった。
そして、顔が、真っ青になった。
つづく
外側に準じるのか?それとも、中身か?」
体育会系の、オスカルがアンドレの声で、言った。
しかし、アンドレは、慎重に慎重を重ね、考え込んでいた。
そして、顔を上げた。
「おまえの、黄金の長い髪…美しいと、思っていたが、結構うっとうしいな!この際『おりぼんオスカル』になっては、どうだ?」
オスカルは、真っ赤になった。
真面目に、元に戻る方法を考えていると思っていた恋人が、よりによって、わたしの自慢の、フランス一美しいと言われているブランドの髪を、『うっとうしい』と言った。
オスカルは、思いっ切り、拳を作り、振りかぶり、殴ろうとして、止まった。殴る相手の顔が、自分だった。
アンドレが、優しく言った。
「だろう?自分を殴るのは、難しい。
先ず、初めから、考えてみよう」
おまえが、入ってくるのを、わたしは、イライラと待っていたんだ。だから、時計を見なくても、おまえの足音が聞こえて、ドアの前に立ったのがわかった。オスカルが、言った。
あゝ、おれは、ワイン2本を後ろに隠し、ドアをノックした。
ちょっと待て!それは違うぞ!わたしの方から、待ちきれずに、ドアを開けたんだ。
え゛!おれの記憶と違うぞ。
おれが、先にノックしたんだ。
あの時は、お互い、頭に血が上っていたから、言ったことも、聞いたことも、一言一句間違えずに言うのは無理そうだな。
では、ワインを呑もう。
オスカルが、ボトルに手を伸ばそうとした。
アンドレが、
何で、呑まなくては、いけないんだ?
頭に血が上る。のと、酔うのは、全く違うぞ!
馬鹿だなぁ!呑めば、血行が良くなる。
そうすれば、頭にも血が巡って、同じ状態になるはずだ。
ちょっと、違うぞ。
アンドレは、あくまでも、冷静に事を、荒立てる事なく、この状況を脱しようとしていた。
一方のオスカルは、サッサと思いついた事を、やって、片付けたかった。
それなので、オスカルは、すっくと立ち上がった。
そして、一言だけ、言った。
殴ってみよう!
オスカルの言う事には、最後の最後はいざ知らず、最初からも、逆らえないアンドレも、渋々、立ち上がった。
お互い、向かい合った。
でも、どうしていいのか、分からなかった。
「見た目で、やるのか?それとも、中身が優先か?」
アンドレが、再び聞いた。
「見た目で行こう」オスカルが、即答した。
オスカルが、開け放ったドアの前に立った。
誰が見ても、先ほどと、一ミリも違っていなかった。
劇場の、一か月公演の、初演から、完璧な演技だ。
アンドレは、オスカルに向かって立ち、振り向いて歩く真似をし、振り返り様、オスカルの頬を、ペチョンとした。
これに、オスカルが、怒り出した。
「何で、思いっ切りやらない!
わたしは、おまえを、思いっ切り、殴ったぞ!」
「おれには、たとえ、おれの姿をしていようと、おまえを殴る事なんて、出来ない。許してくれ、オスカル」
アンドレが、心底言った。
オスカルは、仕方がない、と、
「では、わたしがやる!思いっきり、歯を食いしばれ!」
アンドレが、ドアの外に立った。
オスカルが、部屋の中にいる。
はた目には、丸っきり、逆だったが、2人には、心地よい立ち位置だった。
だが、オスカルが、アンドレと見合ったまま、言った。
「ちょっと、距離感と、高さを、見させてくれ。
ほお、おまえから見ると、わたしはこの角度にあるのだな。
わたしが、振りかぶって、おまえを殴る時、手を上げたが、
今度は、振り下ろさないといけない」
そう言って、オスカルは手を振りかぶると、
ゆっくりとアンドレの頬に当てた。
「感覚は、分かった。外さないようにいくからな!
いいか?わたしは、おまえの様に、手加減などしない、歯を食いしばれ!」
アンドレが、頷いた。
オスカルは、言葉通り、思いっきりこぶしを、振り上げると、そこから振り下ろし、アンドレの頬に、ポコンと、当てた。
歯を食いしばっていたアンドレが、
「おまえこそ、何をやっているんだ!?散々、大口を叩いて、それだけか?」
「だって、おまえの最大限の力で殴ったら、多分、わたしの顎が砕けてしまう。自分の容姿には、あまり拘らないが、顎が砕けるのは、イ・ヤ・だ!」
「この作戦は、ダメだな!」
アンドレが、ホッとしたように言った。
だが、オスカルが殴った時に、入れ替わったのだ。
それ以外に、元に戻る方法があるのだろうか?
2人とも、自分の顔を見ながら、考えた。
戻れる!絶対に・・・わたしたちなら、おれたちなら・・・戻れると、確信した。
確信したが、
では、どうやって?
では、どうしたら?
書斎に行ってみよう。
もしかしたら、この様な事例があるかもしれない。
オスカルが、提案した。
アンドレが、ぶっきら棒に、そんなの、あったら、語り草になっているはずだ。国王陛下曰く、前例のない事なんだ。
だいたい、女が・・・それも、恋人の男に、思いっきりパンチを食らわせるのは、おまえ位だ。
悪かったな!わたしは、そのように育てられたのだ。その位、おまえだって、承知のはずだ。だから、そんな、わたしでもいいって、愛してくれたのじゃないか?・・・オスカルが、半ば、涙声で言った。
アンドレが、ブチブチと、言い出した。
承知していたけど、まさか、話もろくにしないうちに、殴るような、女だとは、思っていなかった。それに、おれに対しては、あくまでも、女性として、優しく接してくれるのかと、思い込んでいたおれが悪いのだな。
その時、オスカルが、思いっきり、アンドレを殴った。
殴られた、アンドレは、頬を抑えて、笑っていた。
が、その笑いも、瞬く間に消えてしまった。
「ダメだったか・・・。
本気で、おまえを怒らせれば、思いっきりやれて、元に戻るのかと、思ったが・・・この方法では、やはりダメなようだ。
もしかしたら、言い合いを始めた時から、それぞれの、心が、幽体離脱し始めて、本来なら戻るはずだったのが、何らかの形で、入れ替わってしまったのだ」
アンドレが、冷静に分析した。
傍らでは、オスカルが、シャドウボクシングをしていた。
自分でも、分からないまま…。
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オスカルの為の、屋敷の一画は、静まり返っていた。
誰かがそっと覗いたとしても、仲の良い、ラブラブな、カップルがベッドに横たわっている。それだけだった。
が、2人とも、息が絶え絶えだった。
考えられる、ありとあらゆる方法を、試した。
考えられない、こんな事で、と言うような事も、試した。
そして、あんなことやこんなこと、決して、ここには、書けないような事は、していないが、全てやり尽くした。
オスカルは、アンドレの優しい顔を見たくて、手元に置いてある手鏡を見た。そして、アンドレの、包み込むような、温かい手に触れたくて、手を組んだ。
アンドレも、同じような事をしていた。
虚しかった。
アンドレが、相変わらず、冷静に、言った。
「オスカル、もし、月誕生日を、過ぎてもこのままだったら、どうなるのだ?」
今まで、言い出したかったが、言えば、現実になってしまいそうで、黙っていた。しかし、耐えられなくなった。
だが、オスカルは、違った。
なにしろ、天下のオスカルさまなのである。
「な~に、大丈夫だ!
そんなに、長い事、このへんてこりんな、姿のままなんて、ありえない!」
きっぱりと、言った。
そして、
「明日の朝になれば、元に戻っているさ!
わたしは、疲れた。
寝るぞ!」
と、男らしい、寝息を立てて、爆睡してしまった。
アンドレも、そんなものなのか?と、半信半疑だったが、慣れない体の中に入っていたので、いつもよりも、ずっと、疲れていた。
寝よう・・・と、いつものように、胸の上に、両手を組んだ。
うわ!
起き上がってしまった。
隣には、おれが、寝ていた。
アンドレは、思った。
普段、チョメチョメの時は、普通に(?)触れていた。
オスカルのささやかな胸に、触れてしまった。
触れたけど、自分で触れるのは、変だ。
だけど、おれが触れると、オスカルから、艶めかしい声が聞こえるんだ。
どんな感じだか、試してもいいかな。
アンドレは、罪の意識を、感じた。
アンドレの思考は、ここで止まった。
そして、手のひらを、シーツの上に置いた。用心深く。そして、明日には、元に戻って目覚める事を、祈った。
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翌朝は、いつもと変わらず、東から日が昇り、オスカルの部屋にも、薄日が差しこんできた。
アンドレの方が、早く目を覚まし、眩しさに、目を細めた。朝日は、こんなにも、眩しいものだったのか・・・。そんな思いが、去来したが、隣に眠る、アンドレの姿に、ぶっ飛んでしまった。
昨夜と同じに、おれが、おれを見ている。
朝になれば、戻ると、オスカルが言って、先に寝てしまった。
だから、しょうがないから、手が、身体に付かないよう、最大限の努力をしながら寝た。そして、元の姿に戻る、夢も見た。
隣に寝ていたオスカルも目覚めた。
そして、自分を悲しそうな目で、見ている、自分を見た。
そして、途方に暮れた。
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オスカルが、コーヒーカップを取った。持ち手が、熱かった。こんなの、飲めるか!そう思っていると、アンドレが、やはり、コーヒーカップを持って、首を傾げていた。
目が合うと、カップを、取り替えた。
お互い、満足だった。
が、一口、飲んだら、もの凄い、違和感があった。
なので、また、カップを取り替えた。
満足した。
オスカルの前に、固焼きのオムレツが、あった。
ただし、見た目では、分からない。
オスカルは、いつも、半熟のオムレツに、先ず、ナイフを入れて、オムレツを、広げる。トロッとしたその上に、バターを乗せる。そして、ケチャップで、ハートを描いているうちに、もう、口の中が、オムレツを催促してくる。
オスカルが、オムレツにナイフを入れた。感触が違ったので、チョット焦って、周りを見渡した。バターもケチャップも無かった。向こうを見ると、アンドレの前にあった。手を伸ばそうとすると、思っていた通り、アンドレが、渡してくれた。
オスカルは、今朝も、楽しそうに、鼻歌など歌い出したい気分を、抑えて、オムレツにナイフを入れた。
一方のアンドレは、堅焼きのオムレツに、たっぷりと、塩胡椒をして、シンプルに食べる。
だから、今朝もそうした。
無言のまま、お互いのプレートが、交換された。
こうして、お互いの、前にあった、食べ物が、全て行き交った。
初めから、席を変わった方が早かったが、味覚は、外側・・・外見に従っているのに、気づいた。
わたしの味覚は、おまえなのだな!
ああ、おれの味覚は、おまえらしい。
一晩経っても、戻らなかったな。
アンドレが、言った。
オスカルは、
なあに!もう一晩寝れば、元に戻るさ!
こんな事、普通に起きる事じゃない。
だから、普通じゃなく、戻るのだ。
能天気な、お嬢様に、アンドレはほとほと困った。
考え方は、そのまま、オスカルが持って行ってしまったようだ。
だが、アンドレは、もし、おれがオスカルの思考を、持ってしまったら、これはこれで、可笑しなことになると、考えた。
考えたから、チョットだけ、妄想してみた。おれが、オスカルに我がままを言うのだ。それに、命令口調で、話すのだ。
だが、それの方が、周りの者は気づかないだろう。
ここで、アンドレは、気づいてしまった。
このまま、この休暇が過ぎて・・・
おれは、衛兵隊の隊長として、振る舞うのか?
そうすると、オスカルは、おれになって、お屋敷全般の仕事を、できるのか?それに、おばあちゃん・・・きっと、一秒で見抜かれるだろう。
アンドレは、食後の生ぬるいショコラを、飲みながら、オスカルに説いた。オスカルは、相変わらず、初めは笑っていたが、段々と、真剣になってきた。
それまでも、オスカルが、のほほんと、していたのは、かなり、焦っていたのを隠すためであった。なので、アンドレに言われて、心が折れそうになっていたのを、打ち明けた。
誰か、味方に付けなければならない。
2人が、一致した。
ジャルパパか、ジャルママ・・・。
それが、最もいいだろう。
この屋敷のトップから、指図が届けば、コトは、この屋敷内だけで、外には漏れない。
しかし、残念ながら、ジャルパパは、アラスに行っていた。
当分戻らないと、聞いていた。
では、ジャルママだ。
オスカル付の侍女を、呼んだ。
フォンダンが、来た。
ジャルママに、会いたい。それも、出来るだけ早く。
予定を、聞いて、会えるように、取り次いでくれ。
そして、お目にかかる時は、人払いを、お願いしてくれ。
そう伝えて、2人はホッとした。
ホッとしたので、手を握ろうとした。
しかし、自分の手だったので、慌ててひっこめた。
やがて、フォンダンが戻ってきた。
フォンダンが言うには、
ジャルママは、ジャルパパがいないので、羽を伸ばすようです。
気さくな友人仲間とランチをして、その後、刺繡のサロン、それから、珍しく、ディナーパーティーに、出席なさるので、日付が変わってからの、ご帰宅になるようです。
でも、2人が、わざわざ、申し出てくるなんて、珍しいわ。
帰ったら直ぐに、侍女を向かわせるから、会いしましょう。
との事だった。
オスカルは、ガッカリした。
アンドレは、初めからあれこれと心配していたので、そんなには、落ち込まなかった。
しかし、オスカルは、アンドレに、言われて、自分が考えていたより、事態はややこしいと感じ始めていた。それなので、かなりショックを受けた。
アンドレの、胸に顔をうずめたかった。だが、目の前の、アンドレは、わたしの姿をしている。だから、オスカルは、体育会座りをして、頭を垂れてみた。
だが、アンドレの優しい心が入っていない、見かけだけの胸だったので、しっくりこなかった。
そして、日付が変わるころ・・・。
オスカルとアンドレは、着慣れない服で、身なりを整えた。
だが、その服は、ずっと着ていたように、身体にしっくりした。
ジャルママの居間へと向かった。
ジャルママ付の侍女が、扉を開けてくれて、2人が入室した。
「母上、お疲れの所、申し訳ありません」アンドレが、普段のオスカルの様に、ハッキリと言った。
「奥さま」オスカルが、一応言った。
だが、その声は震えていた。
その途端、ジャルママは、一歩下がった。
そして、顔が、真っ青になった。
つづく
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