アンドレは、恐々と見慣れている衛兵隊の司令官室へ入った。
休みの間に溜まった書類関係は、午前中に終わった。

予定通り腹が減った。
予定通り、フランソワが、3人分運んできた。
予定通り、兵士と同じ食事だった。

アンドレは、テーブルに付き、薄い肉を大きめに切り始めた。
ジョルジュが、驚いて、お飲み物は、どうしましょう?
困惑しながら聞いて来た。

アンドレは、此処のところの、オスカルの細々とした日常は、把握していなかった。
それなので、いつもので良い。とだけ、答えておいた。

ワインが運ばれ、アンドレがようやく周りを見る事ができ、数ヶ月前までオスカルが、していたように、どっしりと座り直した。

ジョルジュが、遠慮がちに、
「アンドレが、此方に来られなくなってから、ここの食事を頂いていますが、まだ、慣れる事は出来ませんね」

やはりそうか!アンドレは、考えた。
オスカルが、兵士と同じ食事をする。
そう聞いた時、どうなるかと思った。
しかし、オスカルは、難なく食していたようだった。

アンドレは、先程切った肉を口に放り込んだ。
吐き出したくなった。
あゝ、そうか!味覚は、オスカルなのだ。

ジャルジェ家では、使用人とは言え、使用人用のシェフがいる。
食材も主人たちと同じ店から仕入れるから、美味しかった。

そうだ、オスカルも初めは、ワインで流し込もうとしていたが、そのワインすら飲めずにいた。でも、そのような事は、決して表情に出さなかった。
表情に出さなかったから、アンドレも、何も言わなかった。

それに、その時はおれ自身も、同じ思いで兵士食と格闘していた。
もっと、食事の事でも、けちょんけちょんにして、笑いながら流し込めば良かったな〜

アンドレが、感慨に耽っていると、ロジェが、

「オスカルさま、アンドレもコレを口にしていたのですか?
それよりも、此方の兵士たちは、これでは、可哀想過ぎないでしょうか?」

アンドレの胸に、グサリと言葉が突き刺さった。
そして、アンドレは、使命感に燃えだした。

昼食後、アンドレは、帳簿を調べる為、衛兵隊の経理部へと向かった。

衛兵隊の事務関係は、出入り口付近にあった。
つまり、司令官室を出て、練兵場の脇を通り…とにかく、兵士たちが、ゴロゴロといる所を、通過しなければならない。

司令官室では、なんとか誤魔化せた。
はたして、兵士たちは…。

アンドレは、少し緊張して、オスカルが何時もするように、軍服の襟を正してみた。不思議な事に、落ち着いてきた。
オスカルの気持ちが、分かったようで、嬉しかった。

そのような事を考えていると、1番苦手なヤツが、渡り廊下で、のんびりと、こちらを見ていた。

アンドレの、気が一層引き締まった。
しかし、彼の前を通ると、その人物は、オスカルに対してと、同様に、直立し、敬礼した。

アンドレは、ホッとして通り過ぎた。
その途端。
「よう!アンドレ!」
振り向いてしまった。しかも、オスカルの姿で…。

アンドレ…オスカル…の、顔が、真っ青になった。
アランは、ニヤリとした。

  **************

その頃、ジャルジェ家では、オスカルが、ジャルママの部屋で、のんびりと…過ごしていなかった。

目をしきりに、こすり、瞬きをする娘ではなく…アンドレの姿をした、オスカルに、ジャルママが、声を掛けた。

すると、オスカルが、
「目が、霞むのです。
先程は、庭園に出ようとしたら、太陽の光を浴びた途端、真っ暗になりました。しばらくしたら、戻りましたが、何かが、おかしいです」

オスカルの心臓は、これまでにない程の、スピードで動いていた。
アンドレの、様々な場面が浮かんだ。

あの時、あの場所で…彼は、戸惑っていた。
なんで、わたしは、気付かなかったのだろう…。

アンドレに怒りを覚えると共に、気付かなかった自分を責めた。
目の専門医を呼んでください。
ジャルママに、伝えた。

ジャルママは、おっとりと驚いたが、行動は、素早かった。
「今、医大に寄付をしている友人にLINEしました。
返信が来るまで、ちょっと、待って下さい」

続々と名医と称する者が、やって来たが、肩を落として、帰って行った。彼らの中には、ジャルジェ家で、お役目を果たして、名を上げようと、自己中心的な者もいた。オスカルは、そういう者を、蹴飛ばすように追い返す。

何百人目かで、やっと名医が現れた。アンドレの目の状態を、的確に把握し、治療法を、ジャルママとオスカルに伝えた。

先ず、検査をしなければ、ならなかった。
オスカルは、アンドレには、内密に事を運びたいと、ジャルママに伝えた。ジャルママも、その方が宜しいでしょう。ジャルママも同意した。

それに、お屋敷の人にも、知られない方が、いいですね。
私の侍女に、口の堅い者がいます。
彼女に貴女の身の回りの世話をするように、致しましょう。

そうして、オスカルは、ジャルママの侍女と、病院の検査にせっせと通った。この様な事は、オスカルにとっては、苦痛だった。早くしてくれ!と心の中で叫んだ。

けれど、アンドレの為であり、元々、オスカルの不注意で、アンドレに怪我をさせた。と言う、責任感もあった。

検査の結果、アンドレの目は、手術で治りそうだと、伝えられた。オスカルは、アンドレの為に、ホッと安心した。

ジャルママも、次の月誕生日まで、オスカルを、病院に入れておけば、誰の目から見ても不審がられる事なく、日々を過ごせると、これまたホッとした。

  つづく


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