月誕生日から、数日が過ぎた。
だが、オスカルは、未だに、アンドレの姿をしていた。
そして、アンドレは、オスカルの姿をしていた。

オスカルは、起床とともに、ジャルママの部屋に行く事が、日課となった。
その朝も、母の部屋に行くべく、アンドレが教えてくれた、使用人が一番屋敷内を、歩いていない時刻に、部屋を飛び出した。

ジャルママの居間には、まだ、誰もいなかった。オスカルと同じ時間に、ジャルママが起床しても、身支度に時間がかかる。それに比べて、オスカルの身支度は、簡単だ。

オスカルは、まだ、何も置かれていない朝食用のテーブルについて、姿勢を正していた。

そこへ、ジャルママが入ってきた。その途端、ジャルママは、顔をしかめた。
気分が悪くなる臭いが、鼻をついてきた。そこには、オスカル…アンドレしかいないはずなのに・・・。

ジャルママは、息を止めて、アンドレに近づいてみた。そして近づくと、そっと、息を吸ってみた。アンドレからは、男の臭いが、プンプン漂ってくる。

しかし、今までアンドレから、この様な匂いがした事は無かった。ジャルママは、堪らず、顔をしかめながら、愛娘に聞いた。

「オスカル?貴女、身体は、洗っているのですか?」

オスカルが、真っ赤になって答えた。
「洗っていません」一言、言った。

「まあ!オスカル!何故なの、愛するアンドレの身体を清潔に保とうとは、思わないの」

更に、真っ赤になったオスカルが、
「ですが、母上。どの様に、洗ったら良いのか、何処で洗ったら良いのか分からないのです」

「嘘おっしゃい!アンドレの事なら、なんでも知っているはずです。それに、この部屋にいらしても、全く飲み物に手をつけず、お食事の時も、スープ類は、控えているわね?

一体、何日おトイレを我慢しているのですか?それが、アンドレの身体にとって、どんなに悪いことか、軍人である貴女に分からないとは、言わせません!

良いこと!今すぐ、おトイレに行って、今日は、身体を洗いなさい!」

オスカルは、困った。軍務のどんな作戦より、衛兵隊を纏めるより、オスカル史上初の難関だった。でも、やり遂げなければならない、任務だ。

そうだ!任務だと思えば、何とかなる。
兎に角、トイレにgo だ!

そして、その夜。
使用人室から、ニュッと顔が出た。廊下が薄暗く、誰もいないのを確認すると、部屋から、そっと出て、シャワー室に飛び込んだ。

オスカルである。
タオルとマルセイユ石鹸を持ち、小さな何かを持っていた。

飛び込んだはいいが、シャワーが、数個あり、それぞれの間は、オスカルにとっては、ほんの小さな仕切りしかなかった。

シャワーを浴びるには、服を脱がなくてはならない。(当たり前のことだが・・・。)

だから、オスカルもそっと、脱いだ。
脱いだ服をどこに置こうかと、キョロキョロした。

シャワー室の中央に、木製の長椅子のようなものがあった。
多分、そこに置くのだろう。
だが、オスカルにとっては、遠かった。

それなので、シャワーブースの仕切りに掛ける事にした。
バスタオルに、シャツ、キャロット…どんどん、仕切りに掛けると、いっぱいになってしまった。

独りで、シャワーを浴びるのが初めてのオスカルにも、これでは、びしょ濡れになるのは、理解できた。


オスカルは、今度は、シャワー室から顔を出し、辺りに人気が無く、シーンと静まっているのを確認すると、着てきた服を、長椅子の上に乗せた。

オスカルが、栓を捻ると、晩秋の冷たい水が身体に当たった。

こんなに、冷たい水で、アンドレは、身体を洗っているのか…オスカルは、愛しい男の普段知ることの出来なかった、体験を味わう事にした。

キュッキュッと、身体を磨いていく。

あゝ、愛しい男の身体を洗うのは、何て気持ちがいいのだろう。

この胸・・・ここに、わたしだけが、顔をうずめるのだ。
逞しい、二の腕・・・この腕で、抱きしめられ、この腕を枕にして、眠るのだ。
オスカルは、恍惚感に見舞われた。

粗方、洗い終わると、仁王立ちのまま、固まってしまった。
後は、大事な所だけが、残った。
これまで、太ももを洗う時も、ふくらはぎを洗う時も、無視してきた。

とうとう、無視するわけには、いかなくなった。
オスカルは、任務だ。
自分に言い聞かせた。

そして、マルセイユ石鹸の影に隠れていた、歯ブラシを、取り出した。

ブラシをマルセイユ石鹸で、泡立て、多分この辺りであろうと目算する。件の物を見ずに、歯ブラシを当てて、動かした。そして、こんなもんで、良いだろう、とシャワーを終了した。

誰が来るわけもないのに、オスカルは、長椅子の上のタオルを取った。身体を拭いていく。その時数人の男たちの声が聞こえてきた。オスカルは、身体を硬直させ、存在感を消した。

しかし、シャワー室の灯りは、外に漏れている。オスカルは、益々、存在感をなくそうとしたが、無駄な努力だった。

外から声がした。
「アンドレ!入っているのか?
シャワー室が、満杯になるぞ!」

オスカル、万事休す!いくら、身体は、アンドレの姿をしていようと、誰が見ても、アンドレにしか見えなくても・・・男たちの前に、裸のまま、出るのは躊躇われる。

タオルを、胸から巻いてみた。何か不自然だった。アンドレと、過ごす月誕生日を思い出して、腰に巻いてみた。しっくり来た。これでいるしかないのか・・・。

男たちが、入ってきた。
アンドレの姿を見ても、誰も何とも言わなかった。
当然である。男同士なのだから。
いつもの、姿なのだから。

しかし、オスカルは、見られるのも、見るのも、耐えられなかった。

その時、辺りが急に暗くなった。
男たちの中でも偉そうな者の声が聞こえた。
「おい!ろうそくが、消えたぞ!
誰か、取って来い!」

オスカルは、この時だ!と、アンドレの服を抱えて、シャワー室を出ると、猛ダッシュした。後ろから、「アンドレ!今晩、飲みに行くんだ!おまえもたまには、付き合え!裏門で待っているからな!」

オスカルは、反射的に答えた。
「おう!」と。

   つづく

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