12月某日仏滅
「アラン!どうした?」
オスカルが、アランに駆け寄った。
「おれが、司令官室に行って、隊長と話していたら、
急にあのどっしりとした椅子から、倒れ落ちたんだ!」
オスカルは、目の前にある自分の顔を、覗き込んだ。
「そうか、よくわからないけれど、分かった。
つまり、オスカルは、今日は、ずっと司令官室にいて、座っていたんだな」
そして、アランの手から、アンドレを受け取ると、
「アラン、おまえは、帰っていいぞ!
オスカルは、おれがみる!」
そう言って、階段に向かおうとしたオスカルに、アランが言った。
「隊長!」
オスカルが、振り向いてしまった。
アランは、不敵な笑みを浮かべ、
「おれは、隊長のお身体が、心配なんです。
中身のヤツなんて、どうでもいいんです」
オスカルも、笑って、
「中身も、外側も心配ない!
おまえは、隊に戻れ!
いいな!」
オスカルが、アンドレの声で命令すると、アランは、オスカルに向かって敬礼すると、キリッと回れ右をして、出ていった。
そう言うと、オスカルは、本物のオスカルの部屋に向かった。
オスカルの身体を、お姫様抱っこして…。
ジャルママが、後に続いた。
部屋に着くと、オスカルは寝室には入らずに、
居間のソファーにオスカルの身体を投げた。
「いて〜!おまえ、おれは病人なんだぞ!
もう少し丁寧に扱ってくれ!
おまえの、身体でもあるんだぞ!」
まだ、クラクラする頭と、
むかむかする胸をさすりながら、
アンドレが、嘆願した。
ふん、病気なんかじゃない!
オスカルが、キッパリと言った。
アンドレの口が、ポカンと開いたままになった。
ジャルママが、オスカルの側に寄って、何か囁いた。
すると、オスカルもそっと答えた。
ジャルママが、安堵して、ソファーにゆっくりと、腰掛けた。
オスカルは、腕組みをしたまま、アンドレを見下ろした。
そして、言った。
「おまえ、今朝から調子が悪かったんだろう?
頭が重く、腹の奥がじんわりと痛くて…。
それも、休暇を取るほどでもなく、そのうち治るくらいの?」
すると、アンドレが、うなずいた。
しかし、アンドレには、分からなかった。
今朝、会ってもいないオスカルに、何故、自分の事が分かるのか?
それに、外側、内側は、兎も角、この様にオスカルの体調管理をするのは、おれの役目じゃないかと、思いつつ。
遂に、おれの姿をしている中身オスカルも、外側に準じて外側オスカルの、体調管理をするようになったのか…と、天を仰いだ。
オスカルは、続けた。
「おまえは、月経前症候群だ!」
断言した。
アンドレは、聞いた事もない言葉に、目をパチクリさせた。
「おまえ、毎朝、基礎体温計を咥えているだろう?
それで、1週間から10日後位で、来ると身構えていただろう?」
アンドレは、その事と、今日の気分の悪さが、どう関係あるのか分からない。
それなので、真剣にオスカルの話を聴いた。
そして、うんうんと頷いた。
オスカルは、アンドレには、全く理解できていないのを知って、ニヤリとした。
「いいか?よく聞け!
月のものになる、1週間から10日前に、具合が悪くなるんだ。
人にもよるがな。
以上!」
そこで、アンドレが、やっと口を挟んだ。
「だって、おまえは、そんな素振りも見せず、普通にしていたじゃないか?」
すると、ジャルママが受け取って、
「オスカルもわたしも、ずっと前から、月のものと付き合って来たのよ。だから、その時、どの様に対処すればいいのか、ある程度分かっているのです。
だけれども、貴方は、初めて女の身体になってしまいました。ですから、いつものオスカルの時より、ずっと、きつく反応してしまったのね。
そして、それが、起きようとして、身体はどんどん準備しているのに、心の準備を教えなかったわたし達にも、責任があるわね。オスカル?」
アンドレは、静かに聞いていたが、首を傾げながら、話しだした。
「でも、オスカルは、長雨で冷える時位しか、辛そうでは有りませんでした。
それに、月経前症候群とは、何ですか。この様に、辛いのなら、私にも分かって、オスカルに気分良く過ごせる様配慮しています」
オスカルは、笑いながら、
「月経前症候群とは、なんちゃらで、わたしは、どう対処していいか、分かっていたから、おまえは、気付かなかったのだ。
おまえ、今日はずっと、司令官室で、座っていたらしいな?」
アンドレは、具合が悪いのだから当然だと、うなずいた。
すると、オスカルが、
「おまえ、わたしが、月のものの前、せっせっと、歩き回って、剣の訓練にも、銃の訓練にも、練兵場10周にも、積極的に参加していたのを、知らなかったな?
余りにひどい時は、休んだ方がいい。
だけど、わたしの場合は、動いて、血流をよくしたほうが体にあっているのだ」
そこまで言うと、オスカルは、アンドレの手を取って、
「顔色が、良くなって来た。
少し、庭園を散歩してこよう。
後は、母上お願いします」
娘の言葉に、ジャルママは、うなずいて、
「ガトーに、必要なものを、用意させます。
お散歩から、帰ってきたら、呼んでください。
それらを、どう使うのか、アンドレに説明するわね」
********************
オスカルが、アンドレの手をとったまま、部屋を出た。
アンドレへの、雑な言葉遣いとは、逆に身体のことは、とても気遣ってくれていた。。
自分の身体だからではない。オスカルは、オスカルだからだ。
庭園に出ると、オスカルは、日向をゆっくりと歩いた。
まるで、恋人同士…オスカルとアンドレが、仲睦まじく、歩いているようだった。実際にそうなのだし、誰にもそのように見えたが、残念な事に中身が入れ替わっていた。
アンドレは、【隠密】が頭を横切ったが、今回は、女である事の先輩…オスカルに任せる事にした。
少し歩くと、オスカルが、アンドレを見下ろして、
「どうだ?歩くと、気分が良くなってきただろう?」
アンドレも不思議そうに、
「あゝ、司令官室で、動かないでいた時より、ずっと良い。考えてみると、今日は、馬車で隊に着いて、司令官室まで、歩いただけで、全く動かなかったからな!
動くと、倒れそうで怖かった」
オスカルが、笑いながら、
「たまには、代わってもらうのもいいな!
女の辛さを分かってもらえる。
だが、わたしは、そんなに、辛くないから安心しろ。
多分、おまえは、初めて女になったから、身体が、鋭く反応したのだろう」
「それより、おまえ…」そう言うと、オスカルはアンドレの頬を、思いっきり殴った。
アンドレが、目をパチクリさせた。
「ふん!顎を砕かれなかっただけ、感謝しろ。
なにせ、わたしの顔だからな!
でも、元に戻りそうもないから、砕いても良かったか!」
更に、オスカルは、怒鳴りだした。
人生で1番の、怒鳴り声だったが、涙声も、混ざっていた。
「おまえ、何故黙っていた?
全く見えない訳ではないが、霞んでいるし、時々真っ暗になる。
そんな状態でわたしを、護衛していたのか?
職務怠慢じゃないのか?
それより、何故わたしに話さなかった?
だけれど、この状態で、よく彼方此方と歩いていたな!
わたしは、おまえの目の事を気付かなかったことに、とても、恥じている。
気をつけていれば、気づいたはずだ。
気付けば、勿論、その対処もした。
おまえが、このジャルジェ家で、特別扱いされている。
その様な思いで、隠していたのも分かる。
でも、それと、これとは別問題だろう?
そうだろう?アンドレ?」
オスカルは、一気に言うと、今度は、本気で泣き出した。
アンドレは、うなだれたまま、
「済まなかった。
もし、告げれば、おまえは、おれの目が傷ついた責任を思って、
一生悔やみ続けるから、黙っていた。
今だって、そうだろう?
彼方此方歩けたのは、まだ、微かだが見えているからだ。
それと、最悪の場合を考えて、おまえの行くところ、全ての歩数を覚えて、階段の高さ、幅、兎に角、見えているうちになんとかしようと思っていた。
それに、よく見えていないから、と言って、おまえの護衛の任務を解かれるのが1番怖かった。
…で、どうするつもりだ?
いつか、見えなくなって、足手まといになるだろう。
護衛はロジェが、出来るようになっている。
そして、そのような、恋人は、願い下げか?」
オスカルのげんこつが、その日2度目のパンチを繰り出そうとした。
が、オスカルは、アンドレの温かい胸に顔を埋めたくなった。
でも、その相手の外側は、自分であった。
でも構わず、アンドレの心が入っているが、自分の体でもある、人間を抱きしめた。アンドレも、自分の身体を、抱きしめた。
アンドレが、
「そして、どうするというんだ?」
恐る恐る聞いてきた。
オスカルが、笑いながら言った。
「明日から、入院だ。
ラソンヌ先生は、眼科の知識はあるが、そこまでは、出来ないと。
それで、眼科専門の病院で、手術する事にした。
かなり、見える様になるらしい。
ついでに、左眼も診てもらう事にした」
「入院か…おまえ、男部屋で過ごせるのか?」
アンドレは、あくまで、外側アンドレが入院するのだから、大部屋としか、考えなかった。
「バーカ!この、オスカルさまが、過ごすのだぞ!」
オスカルに言われて、アンドレは、うなずいた。
オスカルは、続ける。
「5LDKバストイレ付き300坪だ。文句あるか?」
オスカルは、オスカルなら、いつもしているが、アンドレの姿では、見た事のない、仁王立ちをした。
アンドレは、また、呆気にとられながら、
「それじゃあ、誰か世話をするものが、付くのだな?
おまえ、男に世話されて、平気なのか?」
オスカルは、真面目な顔になると、
「ふん、腐っても、じゃなくて、男になってもオスカルさまだ。
母上の侍女に、以前看護師をしていて、口の硬い女性がいる。
会ってみたが、お喋りではないが、無口でもない。
そして、かなり聡明だ。
見えない間の、話し相手にもなるだろう。
だから、快適な入院暮らしだ」
アンドレは、自分の身体が、そんなお貴族さま対応をされて、ビックリしないのか、心配になった。
第一、アンドレは、女になっている。そして今まで、オスカルが、素通りしてきた、月経前なんちゃらで、苦しんでいる。
オスカルも、おれの身体になって、おれが、今まで受けた事がない待遇をして、平気なのだろうか?
アンドレは、その事に触れず、
「退院したら、よく見えるのだろう?
そうしたら、いつまでも、奥さまの部屋にこもっている訳にもいかないぞ?」
オスカルは、また、アンドレの口を、ニヤリとした。
「だから、5LDKだと、言っただろう!手術が、終わって、病院に用が無くなっても、帰ってくるな!と、母上のご命令だ。心配するな、次の月誕生日には、戻ってくる」
アンドレは、気分が悪くなっていたことなど、すっかり忘れて、やはり、このお嬢さまのやる事は、長年付き合ってきたおれにも、敵わない。アンドレは、降参した。
そして、お嬢さまは、続けた。
「おい!おまえのスマホ!パスコードは、なんだ?何か、来ているか、確認しようとしたが、出来なかったぞ!パスコードくらい、わたしに教えておけ!」
アンドレは、笑いながら言った。
「パスコードは、【630520】だ。それに、スマホは個人情報だ。
おまえにも教えられないさ」
アンドレが、自分のスマホを持って、パスコードを入力した。
オスカルは、オスカルのスマホはかなり、軍務関わる連絡が多かった。だが、それは、最高機密だったので、アンドレが、個人情報と、言ったのに納得した。
真っ白な画面があらわれた。
「本当は、ここにおまえの顔が出るはずだ。それに、おれ宛に私的なLINEなど、来ない。サロンの時を除いてな。ああ、大丈夫だ。
けれど、次のサロンは、いつ開かれるのか?て、誘われる準備をしている方々からだ。これらは、おまえのスマホで、対応してあるから、心配ない」
そして、アンドレは、真顔になると、
「で、おれは、どう過ごしたら良いんだ。取り敢えず、動くのか?おまえは、いつも普通にしていた。おれが忘れてしまうほどにな!」
オスカルは、今まで、からかっていたのを、やめて、
「あゝ、動いていたほうがいい。それから、この季節だ。冷やさないように。それは、侍女たちが、真っ赤な毛糸のパンツと腹巻きを出してくれるから、されるままにしていれば良い。
後は、母上が、教えてくれるだろう。
あまり心配すると、返って辛くなるかもしれない。気楽に過ごすんだな!
それに、アランに知られているのなら、しばらく、休暇って事にしてもいいし、アラスにても、行ったことにしておけ!
ただし、屋敷に居ても、ベッドに、横になったばかりでは、ダメだぞ!できる限り動け!」
オスカルの、レクチャーを聞いてアンドレは、すっかり安心したが、
この時代、まだ、羽付きのナフキンも無かったのはもちろんだ。
しかしながら、タ○ポ○は、あった。
オスカルは、アンドレに伝えた通り、動き回らなければ、やり過ごせなかったので、愛用していた。
つまり、アンドレは、入浴以上に、意識が無くなる日々が来るとは、予想出来なかった。
そして、手術が無事終了したオスカルは、スマホを開いて、ヴェルサイユ四剣士隊を誘い出し、暇つぶしをしようとした。が、これが、アンドレのスマホだと、気づきやめた。(そこじゃなくて、アンドレの皮を着たオスカルだから!でしょ!)
姿がアンドレなので、オスカルが好む本、バイオリンを持ってこさせることも、出来ず、手持ち無沙汰になった。
そこで、アランを呼び寄せた。
剣を2本持ってくるように、とも伝えた。
しかし、アランと剣を合わせてみると、身体が思うように動かない。
「どうしたんですか?隊長?」
アランが、やってられね~ぜと、笑いながら剣を投げ捨てた。
「今、アンドレの奴と、対峙すると俺が負けるんだ。
そして、あいつは、もの凄く嬉しそうなのを、堪えている。
だもんで、隊の連中は誰も、中身がアンドレなんて気付かないんです。
それだから、隊長は、外側のアンドレ並の、動きしか出来ないんだ。
アンドレの奴も、その程度で隊長の護衛なんて、良く言えたもんだぜ」
オスカルも、アンドレはもう少しは剣を使えると思っていた。こんなに、弱いとは…。よ~し!今度の月誕生日には、思いっきりしごいてやろう!そう思うと、ワクワクしてきた。
だが、それは先の楽しみである。今は、ひま~な、自分を持て余していた。そしてなぜか、独りでに、シャドウボクシングをしているのが、不思議でたまらなかった。
つづく
「アラン!どうした?」
オスカルが、アランに駆け寄った。
「おれが、司令官室に行って、隊長と話していたら、
急にあのどっしりとした椅子から、倒れ落ちたんだ!」
オスカルは、目の前にある自分の顔を、覗き込んだ。
「そうか、よくわからないけれど、分かった。
つまり、オスカルは、今日は、ずっと司令官室にいて、座っていたんだな」
そして、アランの手から、アンドレを受け取ると、
「アラン、おまえは、帰っていいぞ!
オスカルは、おれがみる!」
そう言って、階段に向かおうとしたオスカルに、アランが言った。
「隊長!」
オスカルが、振り向いてしまった。
アランは、不敵な笑みを浮かべ、
「おれは、隊長のお身体が、心配なんです。
中身のヤツなんて、どうでもいいんです」
オスカルも、笑って、
「中身も、外側も心配ない!
おまえは、隊に戻れ!
いいな!」
オスカルが、アンドレの声で命令すると、アランは、オスカルに向かって敬礼すると、キリッと回れ右をして、出ていった。
そう言うと、オスカルは、本物のオスカルの部屋に向かった。
オスカルの身体を、お姫様抱っこして…。
ジャルママが、後に続いた。
部屋に着くと、オスカルは寝室には入らずに、
居間のソファーにオスカルの身体を投げた。
「いて〜!おまえ、おれは病人なんだぞ!
もう少し丁寧に扱ってくれ!
おまえの、身体でもあるんだぞ!」
まだ、クラクラする頭と、
むかむかする胸をさすりながら、
アンドレが、嘆願した。
ふん、病気なんかじゃない!
オスカルが、キッパリと言った。
アンドレの口が、ポカンと開いたままになった。
ジャルママが、オスカルの側に寄って、何か囁いた。
すると、オスカルもそっと答えた。
ジャルママが、安堵して、ソファーにゆっくりと、腰掛けた。
オスカルは、腕組みをしたまま、アンドレを見下ろした。
そして、言った。
「おまえ、今朝から調子が悪かったんだろう?
頭が重く、腹の奥がじんわりと痛くて…。
それも、休暇を取るほどでもなく、そのうち治るくらいの?」
すると、アンドレが、うなずいた。
しかし、アンドレには、分からなかった。
今朝、会ってもいないオスカルに、何故、自分の事が分かるのか?
それに、外側、内側は、兎も角、この様にオスカルの体調管理をするのは、おれの役目じゃないかと、思いつつ。
遂に、おれの姿をしている中身オスカルも、外側に準じて外側オスカルの、体調管理をするようになったのか…と、天を仰いだ。
オスカルは、続けた。
「おまえは、月経前症候群だ!」
断言した。
アンドレは、聞いた事もない言葉に、目をパチクリさせた。
「おまえ、毎朝、基礎体温計を咥えているだろう?
それで、1週間から10日後位で、来ると身構えていただろう?」
アンドレは、その事と、今日の気分の悪さが、どう関係あるのか分からない。
それなので、真剣にオスカルの話を聴いた。
そして、うんうんと頷いた。
オスカルは、アンドレには、全く理解できていないのを知って、ニヤリとした。
「いいか?よく聞け!
月のものになる、1週間から10日前に、具合が悪くなるんだ。
人にもよるがな。
以上!」
そこで、アンドレが、やっと口を挟んだ。
「だって、おまえは、そんな素振りも見せず、普通にしていたじゃないか?」
すると、ジャルママが受け取って、
「オスカルもわたしも、ずっと前から、月のものと付き合って来たのよ。だから、その時、どの様に対処すればいいのか、ある程度分かっているのです。
だけれども、貴方は、初めて女の身体になってしまいました。ですから、いつものオスカルの時より、ずっと、きつく反応してしまったのね。
そして、それが、起きようとして、身体はどんどん準備しているのに、心の準備を教えなかったわたし達にも、責任があるわね。オスカル?」
アンドレは、静かに聞いていたが、首を傾げながら、話しだした。
「でも、オスカルは、長雨で冷える時位しか、辛そうでは有りませんでした。
それに、月経前症候群とは、何ですか。この様に、辛いのなら、私にも分かって、オスカルに気分良く過ごせる様配慮しています」
オスカルは、笑いながら、
「月経前症候群とは、なんちゃらで、わたしは、どう対処していいか、分かっていたから、おまえは、気付かなかったのだ。
おまえ、今日はずっと、司令官室で、座っていたらしいな?」
アンドレは、具合が悪いのだから当然だと、うなずいた。
すると、オスカルが、
「おまえ、わたしが、月のものの前、せっせっと、歩き回って、剣の訓練にも、銃の訓練にも、練兵場10周にも、積極的に参加していたのを、知らなかったな?
余りにひどい時は、休んだ方がいい。
だけど、わたしの場合は、動いて、血流をよくしたほうが体にあっているのだ」
そこまで言うと、オスカルは、アンドレの手を取って、
「顔色が、良くなって来た。
少し、庭園を散歩してこよう。
後は、母上お願いします」
娘の言葉に、ジャルママは、うなずいて、
「ガトーに、必要なものを、用意させます。
お散歩から、帰ってきたら、呼んでください。
それらを、どう使うのか、アンドレに説明するわね」
********************
オスカルが、アンドレの手をとったまま、部屋を出た。
アンドレへの、雑な言葉遣いとは、逆に身体のことは、とても気遣ってくれていた。。
自分の身体だからではない。オスカルは、オスカルだからだ。
庭園に出ると、オスカルは、日向をゆっくりと歩いた。
まるで、恋人同士…オスカルとアンドレが、仲睦まじく、歩いているようだった。実際にそうなのだし、誰にもそのように見えたが、残念な事に中身が入れ替わっていた。
アンドレは、【隠密】が頭を横切ったが、今回は、女である事の先輩…オスカルに任せる事にした。
少し歩くと、オスカルが、アンドレを見下ろして、
「どうだ?歩くと、気分が良くなってきただろう?」
アンドレも不思議そうに、
「あゝ、司令官室で、動かないでいた時より、ずっと良い。考えてみると、今日は、馬車で隊に着いて、司令官室まで、歩いただけで、全く動かなかったからな!
動くと、倒れそうで怖かった」
オスカルが、笑いながら、
「たまには、代わってもらうのもいいな!
女の辛さを分かってもらえる。
だが、わたしは、そんなに、辛くないから安心しろ。
多分、おまえは、初めて女になったから、身体が、鋭く反応したのだろう」
「それより、おまえ…」そう言うと、オスカルはアンドレの頬を、思いっきり殴った。
アンドレが、目をパチクリさせた。
「ふん!顎を砕かれなかっただけ、感謝しろ。
なにせ、わたしの顔だからな!
でも、元に戻りそうもないから、砕いても良かったか!」
更に、オスカルは、怒鳴りだした。
人生で1番の、怒鳴り声だったが、涙声も、混ざっていた。
「おまえ、何故黙っていた?
全く見えない訳ではないが、霞んでいるし、時々真っ暗になる。
そんな状態でわたしを、護衛していたのか?
職務怠慢じゃないのか?
それより、何故わたしに話さなかった?
だけれど、この状態で、よく彼方此方と歩いていたな!
わたしは、おまえの目の事を気付かなかったことに、とても、恥じている。
気をつけていれば、気づいたはずだ。
気付けば、勿論、その対処もした。
おまえが、このジャルジェ家で、特別扱いされている。
その様な思いで、隠していたのも分かる。
でも、それと、これとは別問題だろう?
そうだろう?アンドレ?」
オスカルは、一気に言うと、今度は、本気で泣き出した。
アンドレは、うなだれたまま、
「済まなかった。
もし、告げれば、おまえは、おれの目が傷ついた責任を思って、
一生悔やみ続けるから、黙っていた。
今だって、そうだろう?
彼方此方歩けたのは、まだ、微かだが見えているからだ。
それと、最悪の場合を考えて、おまえの行くところ、全ての歩数を覚えて、階段の高さ、幅、兎に角、見えているうちになんとかしようと思っていた。
それに、よく見えていないから、と言って、おまえの護衛の任務を解かれるのが1番怖かった。
…で、どうするつもりだ?
いつか、見えなくなって、足手まといになるだろう。
護衛はロジェが、出来るようになっている。
そして、そのような、恋人は、願い下げか?」
オスカルのげんこつが、その日2度目のパンチを繰り出そうとした。
が、オスカルは、アンドレの温かい胸に顔を埋めたくなった。
でも、その相手の外側は、自分であった。
でも構わず、アンドレの心が入っているが、自分の体でもある、人間を抱きしめた。アンドレも、自分の身体を、抱きしめた。
アンドレが、
「そして、どうするというんだ?」
恐る恐る聞いてきた。
オスカルが、笑いながら言った。
「明日から、入院だ。
ラソンヌ先生は、眼科の知識はあるが、そこまでは、出来ないと。
それで、眼科専門の病院で、手術する事にした。
かなり、見える様になるらしい。
ついでに、左眼も診てもらう事にした」
「入院か…おまえ、男部屋で過ごせるのか?」
アンドレは、あくまで、外側アンドレが入院するのだから、大部屋としか、考えなかった。
「バーカ!この、オスカルさまが、過ごすのだぞ!」
オスカルに言われて、アンドレは、うなずいた。
オスカルは、続ける。
「5LDKバストイレ付き300坪だ。文句あるか?」
オスカルは、オスカルなら、いつもしているが、アンドレの姿では、見た事のない、仁王立ちをした。
アンドレは、また、呆気にとられながら、
「それじゃあ、誰か世話をするものが、付くのだな?
おまえ、男に世話されて、平気なのか?」
オスカルは、真面目な顔になると、
「ふん、腐っても、じゃなくて、男になってもオスカルさまだ。
母上の侍女に、以前看護師をしていて、口の硬い女性がいる。
会ってみたが、お喋りではないが、無口でもない。
そして、かなり聡明だ。
見えない間の、話し相手にもなるだろう。
だから、快適な入院暮らしだ」
アンドレは、自分の身体が、そんなお貴族さま対応をされて、ビックリしないのか、心配になった。
第一、アンドレは、女になっている。そして今まで、オスカルが、素通りしてきた、月経前なんちゃらで、苦しんでいる。
オスカルも、おれの身体になって、おれが、今まで受けた事がない待遇をして、平気なのだろうか?
アンドレは、その事に触れず、
「退院したら、よく見えるのだろう?
そうしたら、いつまでも、奥さまの部屋にこもっている訳にもいかないぞ?」
オスカルは、また、アンドレの口を、ニヤリとした。
「だから、5LDKだと、言っただろう!手術が、終わって、病院に用が無くなっても、帰ってくるな!と、母上のご命令だ。心配するな、次の月誕生日には、戻ってくる」
アンドレは、気分が悪くなっていたことなど、すっかり忘れて、やはり、このお嬢さまのやる事は、長年付き合ってきたおれにも、敵わない。アンドレは、降参した。
そして、お嬢さまは、続けた。
「おい!おまえのスマホ!パスコードは、なんだ?何か、来ているか、確認しようとしたが、出来なかったぞ!パスコードくらい、わたしに教えておけ!」
アンドレは、笑いながら言った。
「パスコードは、【630520】だ。それに、スマホは個人情報だ。
おまえにも教えられないさ」
アンドレが、自分のスマホを持って、パスコードを入力した。
オスカルは、オスカルのスマホはかなり、軍務関わる連絡が多かった。だが、それは、最高機密だったので、アンドレが、個人情報と、言ったのに納得した。
真っ白な画面があらわれた。
「本当は、ここにおまえの顔が出るはずだ。それに、おれ宛に私的なLINEなど、来ない。サロンの時を除いてな。ああ、大丈夫だ。
けれど、次のサロンは、いつ開かれるのか?て、誘われる準備をしている方々からだ。これらは、おまえのスマホで、対応してあるから、心配ない」
そして、アンドレは、真顔になると、
「で、おれは、どう過ごしたら良いんだ。取り敢えず、動くのか?おまえは、いつも普通にしていた。おれが忘れてしまうほどにな!」
オスカルは、今まで、からかっていたのを、やめて、
「あゝ、動いていたほうがいい。それから、この季節だ。冷やさないように。それは、侍女たちが、真っ赤な毛糸のパンツと腹巻きを出してくれるから、されるままにしていれば良い。
後は、母上が、教えてくれるだろう。
あまり心配すると、返って辛くなるかもしれない。気楽に過ごすんだな!
それに、アランに知られているのなら、しばらく、休暇って事にしてもいいし、アラスにても、行ったことにしておけ!
ただし、屋敷に居ても、ベッドに、横になったばかりでは、ダメだぞ!できる限り動け!」
オスカルの、レクチャーを聞いてアンドレは、すっかり安心したが、
この時代、まだ、羽付きのナフキンも無かったのはもちろんだ。
しかしながら、タ○ポ○は、あった。
オスカルは、アンドレに伝えた通り、動き回らなければ、やり過ごせなかったので、愛用していた。
つまり、アンドレは、入浴以上に、意識が無くなる日々が来るとは、予想出来なかった。
そして、手術が無事終了したオスカルは、スマホを開いて、ヴェルサイユ四剣士隊を誘い出し、暇つぶしをしようとした。が、これが、アンドレのスマホだと、気づきやめた。(そこじゃなくて、アンドレの皮を着たオスカルだから!でしょ!)
姿がアンドレなので、オスカルが好む本、バイオリンを持ってこさせることも、出来ず、手持ち無沙汰になった。
そこで、アランを呼び寄せた。
剣を2本持ってくるように、とも伝えた。
しかし、アランと剣を合わせてみると、身体が思うように動かない。
「どうしたんですか?隊長?」
アランが、やってられね~ぜと、笑いながら剣を投げ捨てた。
「今、アンドレの奴と、対峙すると俺が負けるんだ。
そして、あいつは、もの凄く嬉しそうなのを、堪えている。
だもんで、隊の連中は誰も、中身がアンドレなんて気付かないんです。
それだから、隊長は、外側のアンドレ並の、動きしか出来ないんだ。
アンドレの奴も、その程度で隊長の護衛なんて、良く言えたもんだぜ」
オスカルも、アンドレはもう少しは剣を使えると思っていた。こんなに、弱いとは…。よ~し!今度の月誕生日には、思いっきりしごいてやろう!そう思うと、ワクワクしてきた。
だが、それは先の楽しみである。今は、ひま~な、自分を持て余していた。そしてなぜか、独りでに、シャドウボクシングをしているのが、不思議でたまらなかった。
つづく
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