昼間、ロジャーが司令官室に、挨拶に来た。無論、中身がアンドレだとは、知
らずに。今夜の船でロンドンに帰ると言った。夢を手に入れる仲間を見つけた。
そして、あの夜サロンで、オスカルとキスした以外、何もなかった事を、アンドレにキチンと話した方がイイ。とまで、念を押して行った。
そして、ニコリともせずに、出て行った。
その姿は、アンドレが知っていたロジャーより、大きく見えた。
多分…きっと、ヤツの言うことは、本当なのだろう。
もう1度、抱きしめるか、口付けをするか、それとも、あの、女殺しスマイルをするのかと、思った。
案外、ヤツの言っていた事は、本当の事なのかも知れない。だいたい、オスカルが、おれ以外のオトコに、目を向ける筈はないのだ。
ホッとした時、ふと思った。
アイツ、もみあげが有ったな。
もみあげ男は、年上女に惹かれるのか…。
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ロジャーは、司令官室を出ると、ほっと息を吐いた。
嘘だろう!アレは、どう見ても、オスカルだけど、中身は、アンドレだ。
もう一度、キスして、ハグして、一緒にロンドンに行こうか?って、誘うつもりだったのに…あぶね~あぶね~!
アイツに殴られたら、ロンドンに辿り着けるかわからないぜ!
早く、船に乗ろう。
いつか、パリ公演ならいい。
でも、絶対にヴェルサイユ公演は、しないぞ!
ロジャーは、自分に言い聞かせた。
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アンドレは、広くてふかふかのベッドに横になっていた。
上には、アンドレの部屋にある、年輪を数えられるような、羽目板ではなく、豪華な天蓋があった。
が、アンドレの目には、入っていない。アンドレは、アンドレの考える人ポーズ。すなわち、片足を立て、その上に片方の足首を乗せ、頭の下で、手を組んでいた。
勿論、オスカルのすらりとした足も目に入っているはずだ。
でも、もう、見慣れたものだったし、それ以上に、考えに没頭していた。
昼間、衛兵隊に来た宝石商を思い返す。ビロードの張られた箱に、窪みがあって、横の列には、左から右へと大きさの違うダイヤモンドが、並んでいた。縦には、同じ大きさだったので、アンドレは、聞いてみた。
すると、これは1番上が特上の品質。下に行くに従って、煌めき、カット具合が劣ってきます。ジャルジェさまなら、ご存じかとも思いましたが…。次期当主さまであらせるオスカルさまからの、初めてのご依頼。失礼かとも存じましたが、持参させて頂きました。
どうぞ、比べてみてください。
お目の高い、ジャルジェさまなら、きっと違いが分かる筈です。
そう言って、宝石商は、手揉みした。
アンドレは、許可を得て、最上段のモノと、最下段のモノを取り、手のひらに乗せてみた。なんとなく、違いは、分かった。だが、直ぐ下にある物同士を比べると、分からなかった。
次に、大きさを比べることにした。最大の物は、オスカルの細い指には、似合わなかった。それなのに、宝石商は、そのくらい大きな物が、ジャルジェ家の次期当主さまには、宜しいかと存じます。そう言った。
でも、アンドレが、いくらみてもオスカルの指には、似合わなかった。宮廷に集う貴婦人たちを思い出した。今まで、その者たちの指輪など関心なかった。思い出そうとしても、やたらと、ギラギラ輝いて、眩しかった事だけだ。
つまり、指には、不釣り合いな大きな宝石を着けていたのだろう。(ガッテン)
アンドレは、何が何やら分からなくなってきた。
取り敢えず、オスカルの指に合う大きさの物を、左の薬指に乗せてみた。
軍務に支障なく、オスカルを上品に見せるもの。元々が、ゴージャスなので、流石に小さい物は、似合わなかった。だが、日常生活で、身に着けてもらうとすると、また、違ってくる。
アンドレが、気に入った一点を指に乗せて、宝石商を見た。
渋い顔をしていた。
ドレスも、指輪も持ってくるだけで、金額は分からない。そして、最高級の物を勧める。多分、ジャルジェ家ならば、金額など関係ないと思っているのだろう。実際に貴族達は、金額など知らずに、より豪華な物を求めるだけなのだろう。
しかし、ジャルジェ家は、質実剛健をモットーとしている。その奥様が、何も気にせずに、お好きなようにしなさい。そう仰ってくれた。
女性として生まれたのに、男として育てられた。それでも、軍務にいそしみ、健気に、准将という地位まで上った。
その娘に、愛する男が、それもジャルママにとっても、息子として育てられた男が、プロポーズするという。質実剛健など、殴り飛ばしていた。
娘には、絶対内緒だ…と、現在病院で、暇を持て余している愛娘に付き添っている侍女にも伝えた。そして、神に感謝した。娘が、愛する男性から、プロポーズされるという、幸せを、与えて下さった事を…。
多分、ドレスだけでも、指輪だけでも、おれが、一生働いても、支払えないだろう。
そんな物で良いのだろうか?
おれは、その指輪を見る度に、そのドレス姿を思い出す度に、ジャルジェ家の大きさに押し潰されるだろう。
おれの、身の丈にあったものを贈りたい。
でも、ゴージャスなオスカルには、似合わないだろうな!
そう思ったが、オスカルは、そのような事に、惑わされる女ではないことに、気付いた。
庶民の着る、ファストファッションも、喜んで着てくれた。
ベルばランドも、楽しんでくれた。
ピザも、美味しい美味しいと、食べていた。
俺の懐具合で、みたこともない世界に連れて行かれたのに、我を忘れて楽しんでいた。おれの、誕生日プレゼントを、忘れるくらい。
おれへの、誕生日プレゼントは、豪華なものだった。けれど、おれに知られないよう、そっとパリまで出かけて用意してくれた。
金額よりも、オスカルの気持ちの方が大きかった。オスカルには、あのような物しか分からなかったから、豪華になった。でも、もしかしたら、庭園で珍しい石でも見つけたら、それをプレゼントしてくれただろう。
アンドレは、起き上がると、そっと本物のアンドレの部屋に行った。
そして、外側の姿の部屋に戻り、明日を思いながら眠りについた。
満足そうな笑みを浮かべて…。但し、相変わらず、手のひらを外側に向けて、絶対に体に触れないようにしていた。
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アンドレは、立ち上がると、見廻りに行ってくる。
そう言って、司令官室を出て行った。
ロジェもジョルジュも、後を追わない。彼らは、気づいていた。外見は、オスカルだが、何故か中身がアンドレである。と。
もう、数ヶ月も寝食ならぬ、食職を共にしてきた。雰囲気で、直ぐにわかった。でも、アンドレが、何も言わない。そして、オスカルも何も言わず、さらに、アンドレの目の治療に専念している。
知らんフリするしか、なかった。
アンドレは、衛兵隊内を歩き、アランを探そうとした。が、歩いていれば、向こうから、やって来るだろう。そう思い、ブラブラしていた。
ブラブラしていると、目論見通り、現れた。
おう!ブラブラ歩くと、衛兵隊は、危ねぇぞ!アランは、笑いながら、気安くアンドレと、肩を組もうとして、慌ててやめた。
中身は、アンドレでも、大事な隊長の身体だ。ぞんざいに扱ってはいけない。しかし、アランにとっては、今が、チャンスだった。中身はアンドレだが、隊長に触れる機会は今しかない。
だが、その様なことをしたら、中身が許さないだろう。
全く〜訳がわからない、お二人さんだ!
アランは、天を仰いだ。
すると、アンドレが、
「明日、付き合ってほしいのだが?」
聞いてきた。少し、恥ずかしそうに…。
見た目、隊長にそう言われれば、断れなくなってしまう、アランだ。
が、中身は、アンドレだ。
どうせ、憂さ晴らしに、飲みに行こう!ってんだろう!
まったく~!やっていられないぜ!
やっていられないけど、
アランは、中身はアンドレだが、黙っていてくれれば、
目の前には、隊長がいる。
いい、シチュエーションだ。
それに、明日は、暇だ。
用事が入って来たら、蹴飛ばしてやる。
「いいぞ」
即答した。
アンドレは、ホッとして、
「おまえの、明日の午後の半休届は、サインしてある。
昼飯が終わったら、正門前に来てくれ」
そう伝えると、アンドレは司令官室へと戻ってしまった。
アランは、ポツンと立っていた。
当然、夜、付き合えって事かと思っていたのが、勝手に半休にされてしまった。ただでさえ、少ない有給休暇。半日分引かれてしまう。
明日は、一発蹴りをくれてやってから、出掛けよう。と、思った。しかし、それでは、隊長の大事な身体を傷つけてしまう。しかも、誰かに見られたら、袋叩きに合う。
では、病院に行って、アンドレの身体を蹴り飛ばそう。と考えたが、面倒くさいことに、そうすると、隊長が痛い目に会う。面倒くさい野郎どもだ。
翌日、まだ、悪態をついているアランは、午前中の訓練が終わると、急ぎ食堂に向かい、昼食をかっこんだ。
つづく
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