♪I Was Born To Love You
窓から通りを眺めていると、真夏とは思えない爽やかな風が心地いい。
8月中旬、一年で一番暑い時期だ。
今日はここら辺の男たちが、井戸攫いの日だと言って、集まっている。勿論、アンドレも参加している。力持ちで背丈のあるあいつの事だ、きっと井戸の底に降りて作業しているのだろう。
わたしの左の薬指には、一か月前の結婚式でアンドレがはめてくれた指輪が光っている。井戸の底の、アンドレの薬指にも同じデザインの指輪が、光っているはずである。
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結婚式を数日後に控えて、アンドレは、サムシングオールドを懸命になって探していた。
「おまえの、ジャルジェ家に行けばいくらでもあるだろう?」
「ダメだ、あの屋敷はジェローデルにくれてやった!
この家にないのか?
わたしは、別に見てくれのいいものじゃなくて、いいんだぞ!
例えば、その暖炉の破片でも、構わない!」
「そんな物をおまえの身に着けさせられるか!
もっと、何か、こ~、ロマンチックなモノではなくては・・・」
その時、クロネコヤマトの宅急便が届いた。
アラスのアンドレの母、シモーヌからだった。
宅急便にしては、小さな荷物、手紙も中に入っていた。
手紙の内容は、愛する息子、アンドレへ、オスカルお嬢さまとの結婚おめでとう!・・・とあり、ついては、グランディエ家の長男に代々伝わる品を送ります。貴方たちが、これをまだ用意していない事を祈ります。・・・とあった。
2人で首をかしげながら、箱を開けてみた。
年代物の指輪が2個入っていた、小ぶりの方には小さなダイヤが光っていた。
わたしが、困惑と感激で指輪を見つめていると、アンドレが歓声を上げて抱きしめてくれた。
「サムシングオールドが現れたぞ!オスカル!やったな!」
「いいのか?おまえは、グランディエ家を継いでいないのに・・・」
「ああ、弟が家と工場を継ぐから、長男である、おれがこの指輪を継いでくれと書いてある。サイズ・・・合うかな?ちょっと試してみよう!」
「イヤだ!結婚式で初めて身につけたい!」
と、言いながらも、わたしは、じっくりと指輪を見た。小さい方の指輪の裏には『アンドレから永遠の愛をこめて・・・』と、刻印が有り、大きい方には、『アンドレへ永遠の愛をこめて・・・』と、有った。ふふふ( *´艸`)これなら、何代にもわたって、使えるのだな。
グランディエ家に代々伝わった、永遠の愛の誓いを思い、また、その愛を受け継いでいく埃を感じた。わたしが、じ~~~~~んとして、二つの指輪を見つめていると、アンドレが、そっと口づけてくれた。
わたしは、今まで、そこいら辺の女とは違って、結婚式とかウエディングドレスにこだわる方ではないと思っていた。それよりも、結婚するなんて思ってもいなかった。しかし、いざ自分が愛するアンドレと結婚となると、色々とわがままを言い出し始めた。
それに輪をかけるように、こちらに持ってきたスーツケースの中に、
「愛と波乱の結婚準備ダンドリBOOK」
なるものを見つけてしまったので、テンションが上がってしまったのだ。
招待する人々もあれこれと思案し始めた。衛兵隊の面々は何が何でも呼びたかった。出来れば、わたしの両親、アンドレの両親、それぞれの家族、爺やに、ばあや・・・、しかし、わたしの姉たちはあちこちに嫁いでいる事、しかも貴族である事で出席するのは無理だった。
そして、アンドレとわたしの両親は遠く、アラスにいる。折角、落ち着いた頃にまたこちらに来い!なんて言える訳ない!それに、やはりわたしの両親は貴族である。この下町に呼ぶわけにはいかない。
居るのに、会えない。・・・少し悲しかったが、アンドレには言わない事にした。
アンドレだって、貴族のわたしを嫁にするのに、色々と考える事、手を打たなければならい事があるだろう。
結局、招待するのは、衛兵隊からも非番の者だけ、それにアンドレとわたしの顔見知り。・・・ベルナール達、と、近所の人たちになった。招待すると言っても、昔のように、金に糸目をつけず飲み食いしてくれとも言えず。・・・
アンドレも商売物の酒をどの程度提供しようか思案している。
が、彼の事だ、店の酒を全て、大盤振る舞いするのだろう!
参列してくれる親しい人たちを、思いっ切り接待したい。・・・わたしは、アンドレに持参金の宝石を少し売って、資金にしたいと言った。が、それは、他の為にとっておけ。来る者たちは分をわきまえているから大丈夫だ!と言った。わたしは、まだまだ貴族の生活習慣から抜けきれないでいた。
式の前夜は、明日勤務で出席できない衛兵隊の者、ベルナール達パリからの者が、明日には妻子持ちになってしまうアンドレを祝して(憐れんで、・・・とも言うらしいが、・・・)酒を飲んでいた。
わたしも仲間に入りたかったが、身重の為、酒を飲むこともできないのもあるが、これは、男だけの『お決まりの集まり』だそうで、2階に追いやられてしまった。今までの人生で、女の集まりから遠ざけられたことは、数え切れないほど有ったが、こんな体験は初めてだった。
2階には、先程までベルナールの妻、ロザリーが来ていた。
ベルナールが今日、初めてロザリーを連れて来て紹介した時ほど、驚いた事はなかった。
以前、10リーブル金貨を与えて、逆ギレした娘だった。あの時は、平民の暮らしが分からず失礼なことをしてしまった。と、わたしが詫びると、彼女ももの凄く恥ずかしそうに自分の非礼を詫びた。
よくよく、ロザリーと話してみると、素直で細やかな心配りもあり、かなり苦労をしてきたようだった。
ロザリーは明日、わたしの身支度を手伝ってくれるので、先ずは、わたしをドレッサーの前に連れて行き、髪をセットし始めた。なかなか手慣れていて、簡単にまとめながらここはああだ、こっちはそうしてくれ、とわたしはアンドレの好みを考えながら、ロザリーと会話を楽しみながら過ごした。
ロザリーとの打ち合わせも終わり、明日に備えてわたしはベッドに潜り込んだが、下の饗宴は終わるという事を知らないような様子だった。
いつの間にか眠っていたら、アンドレが、どさり、と入ってきた。
息が酒臭い!
受動喫煙ならぬ、受動飲酒になりそうなので、反対側を向いたら、アンドレがいつものように後ろから抱きしめてくれた。
くっついている背中から、とても幸せを感じた。
そして、1782年7月12日、わたしは、ウエディングドレスに身を包み、髪を上げて、教会の入り口に立っていた。
父が参列できないので、父親代わりにソワソン少尉がエスコートしてくれる。彼は仲間といる時は穏やかなのだが、わたしの前に来ると、いつも憮然としている、取り立ててわたしを嫌っているとかそういう雰囲気ではないのだが、・・・その日は特に憮然度が高かった。
後で、アンドレに聞いてみたら、『そりゃあ、そうだよな~』と言うだけで、結局訳が分からないままでいた。どうしても、腑に落ちないので、再度アンドレに聞いたが、『おまえは、知らなくていいんだよ!』と、子ども相手にするように、はぐらかされてしまった。
スッゴク!納得がいかない!(-_-メ)
礼拝堂の中から調子っぱずれな、オルガンの音色が流れてきて、いよいよ中に踏み出そうとした時。
ちょっと待った~~~~~!
と、どこか聞きなれた、命令調な良く通る声が響いた。
『ねるとん』じゃないんだぞ!
振り返ると、ジャルジェ家の従僕服に身を包み、スキンヘッドも顔も真っ赤にした偉そうな。なんと!父上が片手を上げ教会の正面階段を昇ってきた。その後ろには、ボンネットを被ったメイド服姿の母上、グランディエ夫妻、ジャックとアニェス夫妻が続いていた。
母上以下は、わたしに微笑むと、礼拝堂の側面の扉へと消えていった。
父上は、ソワソン少尉に「わたしが、変わります。ここまでありがとう・・・」と告げ、わたしの手を取った。
ちょうど礼拝堂の扉が開き、わたしは、父上にエスコートされアンドレの元に一歩一歩進んでいった。が、・・・つい、隣を見てしまった!これまで5人の娘を嫁がせて、十分経験済みだろう父上が、超緊張していた。頭はゆでだこの様だった。
そっと、「かつらは、どうされたのですか?」と声をかけずにいられなかった。
「ばかもん!」と答えが返ってきた途端、二人とも何を慌てたか、足の運びを誤って、ツーステップしてしまった。アンドレを見ると、泣き出しそうな、笑いだしそうな、複雑な表情をしていた。
でも、いつ見てもいい男だ。
わたしは、感激でいっぱいだった。
父上とバージンロードを歩けるなんて、夢の様だった。
(バージンじゃないし、腹には子どももいるけど・・・)
父上からアンドレに、取られていた手が替わると、感動は超超超最高潮に達していた。
祭壇での永遠の誓いも何度目の誓いになるか分からないけど、・・・
原作では「千のちかいがいるか、万のちかいがほしいか・・・」と言っていたらしいが、こちらのわたしは欲張りだ!『億の誓いが欲しい』って言ってやりたい!
式の後は、広場に集まっての宴会が始まった。父上がアラスからワインの樽を山のように持ってきてくださったので、みな大いに飲んで食べて騒いだ。
わたしも、素面のまま、花嫁として羽目を外さない程度に騒いだ。
衛兵隊から楽団が来ていて、アンドレと初めて踊った。
アンドレは、昨夜から飲み続けで超限界状態だった。
母上はわたしの身体を気遣ってくれ、シモーヌはお嬢さまをお嫁にもらうなんて、恐れ多い事と言っていたが、わたしの指のリングを見て喜んでくれた。
シモーヌの指輪は、わたしには少し大きく。パパアンドレの指輪はアンドレの指には少し小さかった。小さくて薬指に入らなかったので、式の時、小指にしてしまったが、落とさないでいるだろうか?・・・その後サイズ直しをして、今は薬指に納まっているが・・・。
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こうして、一か月が過ぎてあの喧騒を思い出すと、感動に胸がいっぱいになる。
思えば、わたしもアンドレもこうして、愛し合うために生まれてきたのかもしれない。
きっと、そうだろう。
I was born to love you.
BGM Happiness
By Roger Taylor
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