♪These Are The Days Of Our Lives


その朝も二人は雑木林を駆け抜けていた。吐く息はすっかり白くなり、頬は赤く染まっていた。しかし、オスカルの肌は、乾燥した季節にもかかわらず、ますますつやを増し美しく輝いていた。

オスカルが雑木林を抜けると丁度アンドレが、水の入った竹筒を傾けまさに飲もうとしていたところであった。これまでで、一番であろう速さで抜け出た喜びに、破顔してアンドレを見た。アンドレもオスカルの上達ぶりに驚きつつも喜び、自分の水分補給を一時ストップして、もう一本の竹筒を懐から出すとオスカルに投げてよこした。

すっかり寒くなって、夜が明けるのも遅くなってきたが、冷たい水が美味しかった。

ごくごくごく ごくごくごく
ふ~~~~~~~!

一息つくと、オスカルはアンドレの方を見た。
いつもと変わらず、イイ男であった。
しかし、見惚れている場合ではない!
聞かなくてはならない、もう時間が迫っている。
オスカルが、口を開こうと息を吸った瞬間、アンドレが声を発した。

「少し、そこの石に座らないか・・・・・」
オスカルは竹筒を持ったまま、平たく四角いベンチのような石に腰掛けた。
「色々と調べたんだろう?」
アンドレが思いもよらず明るい声で聞いてきた。

ああ、このオトコにはわたしのやる事は何でも筒抜けなんだな。
オスカルの顔も思わず綻んだ。

「ああ、だけど・・・・・全然分からなかった。
だから・・・おまえの口から直接聞こうと思っていた。」

アンドレは、水を一口飲むと町を見下ろせるところまで歩くと立ち止まった。
オスカルが、隣に並ぶと、ジッとオスカルの目を見つめ、口を開いた。

「ふふふ・・・・・適当に省いて、胡麻化そうかと思っていたが、
おまえには通じないようだな」

「当ったり前だ!わたしを誰だと思っているんだ!?」
「オスカルさまだろう?手強いのを相手にしてしまったな!
でも、おれの話を聞けば、おれの事を諦めなければならない訳が分かると思うな!」

「そんな事はない!おまえがどんな過去を背負っていようと、
わたしの気持ちは変わらない!」

「船が、・・・・・行きかっているな。のんびりした光景だ。」
アンドレが、あまりものんびりとしているのでオスカルが、じれて強い口調で言った。
「船なんかどうでもいい!おまえの事を話せ!」

アンドレは、微笑みながら相変わらず、穏やかに川を見ながら、

「船が、おれの過去に関係があるんだよ。
あそこを走っている船。・・・・・どこの商家のか知っているか?」

「確か、・・・・・一番大きな廻船問屋は、ポリニャック家だと思ったが・・・・・」
「ああ、そうだ。今は、ポリニャック廻船問屋がここら辺を牛耳っている。
だが、20年前までは、グランディエ廻船問屋が栄えていた。」

オスカルは、初めて聞いた名に驚き、アンドレを見上げた。
「知らなかっただろう?
あの事件を機に『グランディエ廻船問屋』の名前はこの世から消されてしまった。

おれは、廻船問屋の長男として生まれた。
何一つ不自由なく育ち、やがては父の後を継いで廻船問屋の主になるはずだった。

家は、両親はとても仲良く、父はおれに厳しくも愛情をもって育ててくれた。
母はいつも優しく、父の厳しさに耐えられなくなった時、そっと母に甘えていたものだ。

そんな漸く幼いころの記憶が断片的ではあるが、持てるようになった4歳の2月の寒い夜だった。おれたち親子は、いつもの通りおれを挟んで三人で眠りについていた。

異変に気付いたのが、住み込みの使用人なのか、父なのか定かではないが、店の方から火の手が上がったんだ。」

此処まで話すと、アンドレは、確認するようにオスカルを見た。
オスカルの顔は初めて聞くアンドレの過去に少し青ざめた顔をしていた。

そんなオスカルを気遣って、アンドレは後ろの石に座って話すことにした。
そして、なるべく努めて明るく再び話し出した。

「父は、母におれを連れて裏口から逃げるように言って、自分は大切な物があるからと、店の方に向かったんだ。だが、風の強い夜だったのか火の回りが早くて、母とおれは何処をどう逃げたのか、父のいる店の方に行ってしまった。

父は一人ではなかった、見知らぬ男と何やらもめている様だった。そして、2人が離れると男の手に細く光る物、・・・・・後から分かったが、剣だったのだな、が振り上げられ、振り下ろされた時、父は土間に倒れた。と、同時に母の悲鳴を聞いた。

その男とおれたちの間には、炎があった。おれは、父の側に寄ろうとしたのか、それとも父の敵を討とうとしたのか、走りだそうとした。しかし、母がおれを抱きかかえ行かせてくれなかった。

そこで、おれはその男の顔・姿・・・・・全てをはっきりと瞳に焼き付けた。

母は、おれを抱きかかえ、疲れると背負って自宅からどんどんどんどん離れていった。
振り返ると、大きな真っ赤な鬼がおれの家を焼き尽くしているのが見えた。

行く手を見ると、空が少しずつ明るくなってきているのが分かった。
そして、見上げると悲しいほど沢山の星が降って来るように瞬いていた。

あの時の星空も忘れる事が出来ないんだ!

何処をどう行ったのか分からなかったが、気が付くと大きな門の前に居て、どこからか母は入っていった。・・・・・それが、此処道場にいるおばあちゃん・・・・・母の母親を頼ってきたんだな。

道場に着くと、母は力尽きたように寝込んでしまった。
元々、心臓が悪かったらしい。無理をしたんだろう。

どの位寝込んだのだろうか。おれには時間の経過が分からなくなっていたらしい。ただ、ずっと母の寝床の脇に座って動かないでいた事は確かだ。

弱々しい声で、毎朝おれに話しかけてくれていたのが、ある朝、目を開ける事が出来なくなり。そのうち、声も出なくなり・・・・・逝なくなってしまった。
おれは、それでも呆けたように、座り続けた。

おばあちゃんも、先生もどうしたらいいか分からず、困っていたようだ。

知っているか?おれがどうやって現実に戻ってきたか?」
ここでアンドレは、笑いながらオスカルを見た。

ここは、笑いで返すべきだろうとオスカルは、頑張って、
「え゛・・・おまえの事だ、腹でも減ったんじゃないのか?」
と答えた。

「ハハハハハ・・・それもあるかもしれないが・・・・・」

アンドレは、立ち上がりオスカルの額を人差し指で突っついて、腕を組みながら話した。

「可愛い女剣士が現れて、おれに竹刀を渡した。
そして、『これからは、わたしの相手をしろ!』って言って、
おれの襟元をつかんで、道場に引っ張り出したんだ。

年が年だったから、ちゃんとした剣道をしたのかも定かじゃないが、
それから毎日、おまえと子犬の様にじゃれて遊ぶようになったらしい。」

「父上はどうなされたのか?」
オスカルは、今度は神妙に聞いた。

「うん、これも後でおばあちゃんから聞いたんだが、
あの家事はすごくて、近所への類焼もひどかったらしい。
知っているだろう、家事を出して近隣に迷惑をかけたものは罪になる事を。

それで、役人たちは主である父を探したそうだが、
見つからないし、現場から死体が出たのでそれが父という事にしたそうだ。

それから、『妻子がいた』と、やはり探し始めたらしいが、見つからず迷宮入りさ。」

「だって、道場に母子が逃げてきたら、直ぐに分かるはずじゃないのか?」
「(´―`*)ウンウン、それもな、良く分からないんだが、・・・・・

道場にも役人が来たらしいんだが、先生が何とか言って、追い返したそうだ。
だから・・・おまえも調べていて知ったと思うんだが、
先生の日誌のこの頃の出来事はかなり適当だったんじゃないか?」

「ああ、そうだった。
だが・・・・・ここまでの話では、おまえの父上が、
火事のさなか、何者かに殺害された。
・・・・・と言う以外、事件性はないし、
おまえがわたしを拒む理由は見つからないな!」

やれやれ、このお嬢さまはなかなか手強いようだと、アンドレは、改めて思った。
そこで、
「この話は、まだまだ長くなりそうだ。石の上では冷えてしまう。
おまえもおれも、それぞれ道場でやらなければならない仕事も待っている。

今夜、ゆっくりと酒でも飲みながら、続けるというのはどうだ?」
アンドレは、全てを話す決意をし、
オスカルもお尻がペッタンコになってきたので申し出を受け入れる事にした。

BGM Little Star
By Madonna

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