♪Ogre Battle
その日は、オスカルにとって、ノロノロと、何事もなく過ぎていった。
冷え込みは厳しく、夏の日のように縁側でのんびり月見酒と言う訳には行かなかった。
しかし、雪見酒と言うには早すぎた。
アンドレは、炭をおこし、こたつを出してきた。
傍らには火鉢を置き、湯を沸かして燗酒が飲めるようにした。
大事な話を、酒を飲みながら。
だが、二人共酒を飲んで判断を誤るほど弱くはなかった。
「やっとゆっくりできる時間になったな!
おれがこれから何をしようとしているのか、話すことにしよう。
そうしたら、おれが、おまえの気持ちを受け取る事が出来ない事が、
おまえにはわかるはずだ。
そして、おれを想ってくれているのなら、おれがしようとしている事を止めないでくれ!」
優しい声だったが、眼差しはこれまでオスカルが見た事が無いほど真剣だった。
オスカルは、
「言っている事は、分かったけど、
聞いてから、わたしがその通り行動するかは、分からない!」
「ふふふ・・・・・おまえらしいな」
と言って、アンドレはまたオスカルの前に腰掛けた。
「ジェローデルは、父を殺めた男だ。
なぜあの頃から、風貌が変わらないのか不思議だが、
おまえがその秘密を知っていると、言っていた。
だが、そんなことは、もうどうでもいい。
おれは、なぜ火の気のない店から出火したのか?
何故、ジェローデルが父を殺したのか?調べ始めたんだ。
だが、子ども一人では、何も調べられない・・・・・。
そこで、瓦版売りの息子のベルナールに協力をしてもらう事にした。
ベルナールと彼の家の倉庫で古い瓦版を片っ端からひっくり返して、読み漁った。
父の店で働いていたという人達を訪ねて話も聞いた。
それに、ベルナールは『ねずみ小僧』の真似事もやっていて、
盗みに入った屋敷の話を聞くこともできた。
結果、ある廻船問屋が異様に成長して、
火事の数年後から某家が旗本で、
ジェローデルが次男坊なのに、やけに派手な暮らしをしている事が分かった。
だけれど、ジェローデルとその廻船問屋の関係がどうしてもわからなかった。
だから、・・・この件はしばらくの間、保留になった。
そこで、出火の原因について調べ始めたんだ。
きっかけは、おばあちゃんが、父は用心深くて、几帳面なのにどうして火の始末、戸締まりをきちんとしていなかったのかねえ、って言ったのだったんだ。
戸締まりをきちんとしているのなら、
中の者が手引きしたとしか考えられない。
何しろ、DNA鑑定もきちんとした調査もしていないし。
・・・・・ましてや、おれが、表立って動く事が出来ないから、時間がかかったよ。
でも、ベルナールが将来の瓦版作りの為になるからと精一杯協力してくれたのがすごく助かった。
そうしたら、当時の番頭が、おれたちの捜査線上に浮かびあがって来て、
それがなんと、ジェローデルと結びついたんだ。
驚きだった。その番頭はいつも店先でおれを遊ばせてくれていた、
中年の気のいいおっちゃんだったからね。」
アンドレは、此処まで話すと、ふ~~~~っと息をつき、酒を一口飲んだ。
「番頭の顔を覚えていたのか?」
オスカルは、4歳児の記憶がどの位なのか分からず、訊ねてみた。
「うん、それが、・・・おれは、人の顔を一度見たら忘れない、
名前も一度聴いたら覚えてしまう・・・・・。
と言う特技があるらしくて、しっかりと覚えていた。
奴が閂を開けて、ジェローデルを中に入れたらしい。
そこで、おれたちはそいつが何処にいるのか調べだした。
なんと!ポリニャック廻船の番頭になっていたんだ。
おれは、直ぐにもその番頭を呼び出し、敵を討とうとしたんだが、
ベルナールに止められた。
いま、ここで番頭を殺したら、捕まって、直ぐに死罪が待っている。
それでは、ジェローデルをみすみす逃がしてしまう事になる。
機を待て、・・・・・とね。」
「ベルナールは、なかなか良い事を言うなぁ!
それでは、おまえはまだ、誰もその手にかけてはいないのか?」
オスカルは、希望を持って聞いた。
アンドレは、頭を振り振り、
「いいや!
おれが、この道場から2年余りいなくなっている時期があるのを知っているよな!?」
あ゛!っと、オスカルが、声を上げた。
「そう、あの時、例の番頭が京の商家に、転職するという情報を得たんだ。
チャンスと思った。この機会を逃しては、・・・・・と思った。
京に行って、両親の敵を討とうとした時、京の街の人の多さにびっくりした。
夜になると、帝のいる街なのか、警備の者が多くてやたらめったらに夜道を歩くこともできない。
密かに敵を討つなんてとんでもない事だった。
奴だけなら、いつでもやれた。
だけど、もう一人いるから、ここで捕まるわけにはいかなかったから、おれは思案した。
京の街で、ベルナール仕込みの情報収集もしてみた。
そうしたら、比叡山の雲海和尚が居合道を極めていると聞き、早速行ってみた。
入門させてくれ、居合道を教えてくれ。・・・・・と何度も訊ねたが、首を横に振るばかり。
仕方がないから、門前に住み込んで、毎朝、和尚が修行に出かけるのを、後を追って勝手に見よう見まねで始めたんだ。
1か月位した頃かな、和尚が、中に入れと言ってくれた。その頃のおれは、風呂にも入っていなかったし、髭も剃っていなかったからすごい恰好をしていたと思う。
先ず、風呂に入れられ、髭を剃り、さっぱりとした着物に着替えて、人間らしい食事を与えられて、・・・・・そして、弟子になる事を許された。居合の修行だけではなかった。寺の仕事もさせられた。2年近く修行は続いた。
そんなある日、もう出ていけ!と告げられた。おれにも出来る!出来るようになった!と、おれは喜んだ。
そして、奴をみはり、すれ違いざま、斬った。
おれが遥か彼方に逃げる頃、多分奴は、倒れた事だろう。」
オスカルは、黙って酒を傾けながらアンドレの話を聞いていた。
「後はもう一人だ。
しかし、おれが京から戻ったら奴の姿が何処にもなかった。
行方が分からなくて困っていたところ、
向こうからこの道場に現れた。
このチャンス、無駄にするつもりはない。
今度ばかりは、あの番頭のようにはいかない。
番頭は、商人VS商人だったが、
今度は、・・・・・ジェローデルは武士だ。
武士を殺せば、死罪。
だから、・・・おまえを受け入れる訳にはいかない。
おれは、両親の敵を討つために生きてきた。
これまでも、これからも、
おれの話は此処までだ。
分かってくれるな?」
アンドレが、向かいに座るオスカルを見た。
彼女は俯いていた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
その美しい蒼い瞳からは、涙が幾筋も流れていた。
形の良いくちびるが、そっと動いた、だが、漏れ出る言葉は激しいものだった。
「アンドレ!おまえは!それで、幸せなのか?!
ただ、復讐の為だけに生きてきたのか!?
ジェローデルを殺してどうなる!?
死んだ両親は帰ってこないんだぞ!
おまえを逃がすために死んだ父親や、
心臓の病を抱えながら、おまえを守って逃げてきた母親。
2人の気持ちを考えた事はないのか?
二人共おまえが幸せに生きる事を願っているんじゃないのか?!
じゃあ、じゃあわたしの父は、母上がわたしを生んだ為に、死んだから、
父上はわたしを恨んでいるのか?!
わたしが、生まれなければ、母上は今でも元気に生きていた!」
「これが、・・・・・おれの運命なんだ。
この生き方しか出来ないし、考えられない」
オスカルが、下唇を嚙みしめアンドレを睨んだ。
「勝手にしやがれ!
だけど、・・・・・まだ、諦めないからな!
幼い頃、おまえが母を失った悲しみの淵からおまえを救ったのが、わたしなら、
今度は、おまえが死と隣り合っているのを、ぶった切ってやる!
覚悟しておけ!
この大馬鹿野郎!」
ばっしーーーーーーーーん
(↑オスカルが障子を閉めた音です。決してアンドレを殴った音ではありません)
障子を乱暴に閉めると、オスカルは出て行った。
BGM U.N.I
By Ed Sheeran
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