オスカルが、降りて行くと、ちょうどアンドレが二頭の馬を連れてきたところだった。

「良いタイミングだ!いつでも出発できるぞ!
こいつらも、走りたくてウズウズしている」
アンドレは、二頭の馬をなだめながら言った。

オスカルも、彼女の馬である白馬に近づいたが、ふと、アンドレの方へ寄って行った。
そして、アンドレの馬に乗せているバスケットを見ながら、

「ランチには、何を用意したのだ?」と、聞いてきた。
珍しい事を聞くものだと、アンドレは、思ったが、
「急なピクニックだから、軽いものでいいって、言っていたから・・・
サンドイッチくらいしかないが、ボリューム満点だぞ!

照り焼きチキンと、タマゴサンドにツナサンドだ!」
アンドレは、これなら満足するだろうと、嬉しげに言った。
が、オスカルは、先日ジャルママに伝授された、栄養学を思い出した。

確か・・・肉と魚と、そして野菜をバランス良く食べるのだと、仰っていた。
己の為ではない。アンドレの健康を気遣っての事である。

「それでは、炭水化物とタンパク質しかないではないか?新鮮な野菜はないのか?」と、アンドレにとっては、オスカルにしては、珍しい事を言い出した。

「え゛!野菜が食べたいのか?」アンドレが、不思議そうに聞くと、オスカルがコクンと、頷いた。オスカルに言われると、自然と身体が動いてしまう体質のアンドレは、屋敷の中へと走って行った。

アンドレの後ろ姿を見送りながら、オスカルは、ハッと言い忘れた事を思い出したが、何故かそれは胸にしまっておいた。が、心残りもあった。

しばらくすると、アンドレが包みを持って戻ってきた。
「ほら!新鮮な野菜だ。レタスに、きゅうり、セロリとプチトマト。それからフルーツも持ってきた。これで、宜しいかな?お嬢さま?」

アンドレの言った何かに、オスカルが反応して、満面の笑顔になった。
しかし、しばらく考え込んだ、オスカルが、またもや、口を開いた。

「野菜を食べるのに、フォークとナイフはないのか?
それに、フルーツナイフとフルーツ用のフォークも、必要だな!」

「え゛・・・ピクニックだぞ!手で食べれば良いじゃないか?いつも、そうしていただろう?」
アンドレは、出発の時間が遅くなるのも心配して言ったが、
オスカルは、

「今日は、いつもの遠乗りでも、ピクニックでもないんだ。
月誕生日の大切な1日なのだ!そうだろう?アンドレ?」
こう言われては、やはり、本能で従って、また、屋敷の中へ走って行く、アンドレであった。

オスカルは、満足そうにそれを見送ると、また、考え出した。
それは、オスカル自身にも慣れない事だったので、普段使わない部分の脳みそをフル回転させていた。

アンドレが、カトラリーを包んだナフキンを持って戻ってきた。
さあ!これで出発だ!と、アンドレはホッとしたが、
・・・さらに、オスカルが、
「ワインは、どれを選んだんだ?」
と、また、聞いてきた。

これには、アンドレは、自慢気に2本のワインを出してラベルを、オスカルに見せた。
オスカルも、満足気に、

「流石、わたしのアンドレだ。どちらも、楽しみだな!」
これを聞いて、アンドレは心からホッとした。

・・・ら、

「アンドレ、ワイングラスは、どれを選んだのだ?」ワイングラスまで、聞くのかと、絶句しながらも、何とか自分を建て直して、アンドレは、2客のワイングラスをオスカルに見せた。

オスカルは、頷きながら、
「あゝ、このグラスは、こちらのワインにぴったりだ。だが、もう1本には、もっと・・・こういう形の方が、合うのではないか?」と、両手の人差し指でワイングラスの形を描いた。

もう、ヤケであった。アンドレは何も言わず、屋敷へと走って行った。

何だって、たとえ、今日が特別な日だからといって、
こんな些細な事にこだわるのだ?オスカル?
早く出発して、まったり過ごそうとは思わないのか?
アンドレは、今までと違うオスカルに、戸惑いを感じていた。

一方のオスカルは、
わたしは、わたしの夫になるアンドレの為に完璧に出来ただろうか?
母上が、いつも厨房と話していた。
家族の健康管理、嗜好、そして、いかにして美味しく食べるのか?

アンドレは、満足してくれるだろうか?
わたしを、出来た妻と、見てくれるだろうか?
こんな想い、初めてだ。
オスカルは、初めての経験に満足感でいっぱいだった。

と、こんな事を考えていたので、物事を一つずつしか、思い浮かべることができず、無駄にアンドレを走らせ、せっかくの遠乗り&ピクニックの時間が、短くなっているのに気づかなかった。

しかし、オスカルは、自分の行いに満足して、騎乗して、アンドレを待った。
屋敷から飛び出してきたアンドレは、それを見てやっと、心から安堵した。

定刻をかなり過ぎて、2人はジャルジェ家を後に、馬を走らせる。馬も久し振りに思いっきり走る喜びに、軽々と走り、出遅れた分を取り戻して、目的地の河原へと着いた。

この河原は、2人がいつも遠乗りの時に、訪れる、ヴェルサイユからはかなり離れていて、殆ど人気もない、いわゆる、2人の秘密の場所であった。

アンドレが、川の流れに近い所にシートを敷いた。オスカルは、すぐに腰をおろし、足を投げ出した。その間にも、アンドレが先ほどの予定より多めになった、バスケットを持ってニコニコとランチの準備をした。

オスカルが、足を投げ出し、両手をついて気持ちよさそうに空を見上げているのを見て、
「オスカル、乗馬履脱ぐか?」と、日頃のすけべ心を忘れて、心から言った。オスカルは、何も言わずに、片足を上げて、アンドレが、脱がせやすいようにする。

ブーツを脱いでしまうと、身体の方もリラックスしたくなり、上着を脱ぐと空いているシートの上に投げる。

アンドレも、ブーツを脱ぎ捨て、上着を脱ぐ。そして、クラバットを解くと、手が止まった。出来れば、シャツの前をはだけたかった。しかし、と思ったが、リラックスしているオスカルを見て、はだけた。

オスカルとアンドレは、間に食べ物を挟んで、それぞれ川の方を見ていた。
オスカルは、リラックスしている風をしながら、どうしていいか考えあぐねていた。

向かいあって、食べたい!
そんな気もした。

アンドレにもたれかかって、ゆったりと食べたい!
そんな気持ちもあった。

アンドレと、想いが通じ合うずっと前、その頃は、そんな事を考えないで、自然と向かい合っていた。なんで、今、思い合っているのに、2人で川の流れを見ながら座ってなければいけないんだ!

だいたい、おまえがこういう時は動くものじゃないのか?と、オスカルが自分の考えに夢中になっていると、
「なんか、疲れているみたいだな?
久し振りの遠乗りで、腹が空きすぎたか?」

アンドレが、オスカルの背後に座り、オスカルを自分の肩にもたれ掛けさせた。びっくりしたのは、オスカルだった。反射的に、右斜め後ろにある、アンドレの顔を見上げる。

いつもの通り、穏やかな、そして今では、愛情に満ちたアンドレの瞳に出会った。
オスカルのリラックスが最骨頂に達した。

だが、オスカルが本日の課題としていることが、これで、出来なくなった。とも、思った。
「さあ!食べよう!おれも腹ペコだ!」
オスカルの背後から、長い手が伸びてきて、サンドイッチを掴むと、オスカルの視界から消えた。

オスカルは、身を起こし、フォークを取ると、プチトマトに突き刺そうとした。が、トマトが逃げた。もう一度、試みるが刺さらない。だいたい、いつも食卓にのぼる、プチトマトは半分に切られているので、こんなのは、初めてだった。

すると、背後から、笑い声とともに、プチトマトは、ヘタ・・・緑の葉っぱを持って手で食べたほうがいいぞ。と、聞こえてきた。

オスカルは、とりあえずひとつ取って、口にした。今まで、食べていたものより、皮が弾ける感触があって、美味しかった。ひとつ取るたびに、アンドレの胸から離れるのが、もどかしくて、残りのプチトマトを全て掌に乗せて、アンドレにもたれかかった。

プチトマトの冷たさと弾ける感触、背中に感じるアンドレの引き締まった胸と、温かさ。自然と微笑みがあふれてくる。しかし、アンドレには見えなかった。

オスカルが、プチトマトに、夢中になって口に運ぼうとした時。急に手首を掴まれた。あっけに取られていると、オスカルの手は、そのまま上に持ち上げられ、少し背後に行ったかと思うと、指がアンドレの唇に触れた。

「ずるいぞ!1人で全部食べてしまう気だったのか?」言葉と裏腹に、笑いながら話しているアンドレの、胸が揺れた。

オスカルは、フッとアンドレには、知られないように笑った。
な~んだ、こういうやり方もあったのか!

そう、オスカルは、今日、戯れに読んだ恋愛小説と同じ様に、恋人の口に、食べさせる。という事をやってみたかったのである。

それには、向かいあって座らないと、それも、手の届く距離で・・・、
と、あたまを悩ませていたのだ。

1回学習してしまえば、もう簡単だった。サンドイッチを、摘むと、右斜め後ろに、手を伸ばした。愛しいオトコは食べているようである。
「美味しいか?」オスカルが声をかけると、果たして、背後のオトコは、

無言で、食べ続け、オスカルの指に噛み付いた。
「あゝ、サンドイッチより、おまえの指の方が美味い!」
「ぬかせ!」
何気ない会話が、心地いい。

オスカルが、ワインを飲もうと、体を起こした。グラスを傾け、ワインを口に含み、グラスを離した途端、口を塞がれた。そして、口の中のワインが消えた。

驚いてアンドレを見ると、この方が美味い!と、しゃあしゃあと、言ってのけた。

何気なくオスカルは、
「わたしのワインを、返せ!」
と、言ってしまった。意味もわからず。

この件では、一枚上手のアンドレは、落ち着いて、
「じゃあ、お返しするとするかな」
と、言うなり、オスカルの手の中の空のグラスを取り上げた。シートの上に置くと、ワインボトルを手に取るり、そのままワインを口に含み、オスカルの唇を塞ぎ、口の中にそっとワインを流し込んだ。

そして、
「どう?この方が美味いだろう?」と。
こんな事、初めてのオスカルは、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分。でも、こうして飲むのもいいものだ。とも、思っていた。思ったから、実行した。

実行しながら、グラスなんて、どれでもよかったのだなって思った。
それから、あれこれ、苦労して考えた事もアンドレ相手では、必要ないのだな・・・と思った。

そのまま、2人は、ワインを飲み続け、腹いっぱいになるまで、食べた。
グラスのワインを一気に開けると、オスカルは、久し振りだ!泳ごう!と、川に向かって走り出した。

アンドレが、慌てて、おい!着替えは持って来てないんだぞ!と追いかける。
オスカルが振り向いて笑い、服を脱ぎながら、再び走り始めた。
「おまえも、脱げ!」オスカルが、美しい裸体を隠しもせず、水に入りながら、叫んだ!

アンドレと、2人きりでこの様な人気のない、ところまで来て、心がはじけてしまったオスカルだが、愛するオトコに、こんなに明るい所で、見られるのは、初めてである。

急に恥ずかしくなった。
だが、国王陛下からの呼び出しからずっと、アンドレと接する事が出来ず、また、毎日書類との格闘だったので、広々とした河原と、川のせせらぎがオスカルの心と体を解放した。

「オスカル・・・川の流れは・・・はやい・・・」と言う声が、途切れた。
彼の目には、金色の髪をなびかせて、背中に天使の羽を付けた、神々しいオンナが走って行った。

そして、その天使は、後ろ姿ながらアンドレを誘っていた。
アンドレも服を脱ぐと、誘われるままに、川に向かった。

  ********************

・・・・・カル、オスカル。優しく呼ぶ声がして、大きなベッドの上で、ウトウトしていた、オスカルがその深い蒼い瞳をみせた。が、その瞳は、すぐに悲しみの色を現した。

「もう・・・・・時間なのか?」聞くのが怖いように問う。
すると、彼女を呼んだ男は、優しい声で、イヤ、まだだ。と、答え、
「確かめたくて・・・・・」と、言葉を濁した。

オスカルは、目で先を促した。
「時間になった時、おまえを起こした方が良いか?
それとも、そっと出て行った方が良いのか?」
アンドレは、自分でも決めかねている、別れの時間の事を訊ねた。

オスカルは、気持ちがいい程、即答した。
「起こしてくれた方が良いに、決まっているだろう?
おまえが、昨夜、来た時と同じに、ドアの所で、おまえを送りたい。

そしてまた、来月、同じように、同じ場所で、会うのだ」
「ああ、そうだな!毎月が、先月の続きで、来月の続きになるのだな!?
分かったから、まだ時間はある。もう少し眠ればいい」

アンドレが、オスカルの身体をそっと抱きしめると、
眠るなんて勿体ない。と、言いながら、アンドレを仰向けにさせると、
胸の上に乗り上げてきた。

これには、アンドレが驚いた。昼間の川の中での事といい、
今日の、お嬢さまはいささか、大胆なようだ。

オスカルは、アンドレの体の上を匍匐前進してアンドレの顔を合わせる所までたどり着くと、
「この方が良い。あの日からずっと、目を合わす事が出来ないで、不安を抱えていた。
人と関わり合う・・・・・特に、愛する男と目を合わす事で、どんなに言葉では言い表せない事を伝える事が出来るのかと、思い知らされた。

これから、別れの時間まで、おまえと目を合わせていたい。」
このように、愛しい男に素直に心を打ち明ける、オスカルにアンドレは、また、知らなかったオスカルを見た。

「おれは、おまえに口づけしたい・・・」
アンドレは、心からそう言った。
口づけするだけでいい。
それ以上の事は、今はしたくない・・・。

すると、オスカルが、
「う~ん、口づけしたいけど・・・」
「したいけど・・・なんなんだ?」

「だって・・・なんで、口づけする時、目を閉じてしまうのだ?
わたしは、おまえの目を見ていたいんだ!」
「じゃあ、目を開けたまま、すればいい」

ああそうだな、オスカルは答えると、アンドレの唇にそっと己の唇を近づけた。
「ダメだ!アンドレ!どうしても、目を瞑ってしまう!
どうしてなんだ?くそっ!」

「おや!ベッドの中でも、そのような言葉を使うのか?お嬢さまは?」
「ふん!どんな言葉を使ってもいいだろう!
もう一度だ!絶対に、目をつぶってはダメだぞ!」

「はい、はい、畏まりました、お嬢さま」

2人は、真剣に目を合わせながら、唇も合わせた。
だが、口づけが激しくなる頃、2人の目は閉じられた。

オスカルが、命令口調で告げる。アンドレ!次に会う時まで、考えとけ!

  *******************

アンドレが、来た時と同じように、ただ、服装だけ、シャツの前をはだけ、上着、クラバット、ジレを手に抱えていた。
そして、オスカルの居間から一歩出た所に立っていた。

オスカルは、ガウンを纏い、涙を流すまいと、唇をかみしめながら、アンドレのたった一つの目を見つめていた。

オスカルが、そっと告げた。

「いつも通り、黙って向こうに歩いて行ってくれ。
わたしは、ずっと、おまえの姿が見えなくなるまで、見ているから・・・・・」
言うと、オスカルの瞳から、耐え切れなくなった涙が、ひとしずく流れた。

その涙を、アンドレは指でそっとすくうと、
口にした。
そしてまた、そっと、唇を重ねようとした、が、

お互い、向かい合ったまま、視線を合わせて、微動だしなかった。
やがて、廊下の時計が0時を告げた。

「行け!」オスカルが、震えた声で言う。
「ああ、また来月・・・・・」アンドレが、かすれた声で言う。

アンドレは、ためらわず後ろを向くと、なるべくゆっくりと自室に向かった。
その後ろ姿を、オスカルは涙を必死にこらえて、見つめていた。

つづく

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