空は、見渡す限り真っ青だった。
遠くの方に、小さい雲が見えた。
その脇には、もう少し大きな雲があった。
スズメが二羽、横切っていった。
鳩も二羽、横切っていった。
ついでに、カラスも二羽、横切っていった。
次は何が横切って行くのだろうか?
オスカルは、ワクワクして見ていたが、それぞれ、連れ合いが居て羨ましいと思った。
しかし、もしかしたら、彼等も月誕生日なのかもしれない。・・・と、思う事にした。
そこに、iPhoneの着信音が聞こえた。
また、ド・ギランドからだった。
「悪いが、持て余している隊員がいるのだ。
フレデリックの代わりと言っちゃなんだが、
引き取ってくれないか?」
とだけ、書かれていた。
どんな経歴を持ち、軍人としてどうなのか?全く書いていない。
海軍で持て余しているのなら、衛兵隊に来ても、困りものだろう。
オスカルは、そう書いて返信しようとした。
するとまた、着信音がした。
オスカルは、オスカルの石の上に座りなおした。
仏頂面して、顔認証をした。
また、ド・ギランドからだった。
「悪い、悪い、奴の事を書くのを忘れた。
一言で言って、『女好きだ』。
寄港する、港、港・・・に女が居て、愛人にしているのなら、構わないが。
全員と、結婚している。
ちょいと、ヤバいので、一つ所に定住させたい。
一昨日、こっちを発ったから、そろそろ着くだろう。
あ!名前は、ロジャー・メドウス・テイラーだ!
太鼓をぶっ叩くのが得意だから、力はあるし、
軍楽隊に、入れても大丈夫だ!
俺が、太鼓判を押す!
それと、奴はかなりのイケメンだ。
おまえも、惑わされないよう、気を付けろよ!
で、今日は、楽しい事はあったのか?」
と、あった。
『女好き』・・・か。オスカルは、ロドリゲのような男だろうか?と、考えた。
が、相変わらず、太鼓が叩けるだけで、軍歴が書いていない。
でも、ド・ギランドらしいな。・・・と思った。
それに、こちらからの返事もなく、もう船を降りて、ヴェルサイユに向かっているらしい。
新しい隊員が着任する。女好きの・・・。
だけど、このわたしが、アンドレ以外の男に目を向けると思っているのか?
ド・ギランドめ!
「楽しい事・・・何も無し!」と、
ド・ギランドに送った。
序に、スタンプも、勿論怒りマークである。
しかし、アンドレと会えないここの所、ド・ギランドと、LINEでやり取りするのが日課となった。それはそれで、楽しいものだった。ド・ギランドは、オスカルの事を心から心配してくれ、どうでもいい事・・・飯は食ったか?・・・夜は眠れたか?・・・こっちは荒天で、船が揺れて大変だ。・・・
ほんの何分かのやり取りだったが、気がまぎれた。
なにより、やはり彼がゲイだという事に、安心感があった。
程なくして、(その日は、珍しくちょこちょことLINEが来た。・・・フレデリックの件もあったが・・・)
「ロドリゲや、ラ・トゥールとは、会っていないのか?
アイツらと、気晴らしでもしたらどうだ?」
ふ~!ため息をついた。二人の親友は、先日の、月誕生日までの間、サボっていた軍務ではなく、相手にしていなかった、ロドリゲは、愛人。ラ・トゥールは家庭サービスに忙しかった。
そんなこんなで、オスカルの事は二の次で、だったら、オスカルから誘えばいいのだが、今まで、殆どド・ギランドがヴェルサイユ四剣士隊を招集していた。
他のものが、招集する事も稀には、あった。しかし、オスカルの場合は、頃合いを見計らって、アンドレがド・ギランドに招集するように頼んでいたので、タイミングというのを計りかねていた。
オスカルが、また、不機嫌と寂しさの淵に飛び込もうとすると、iPhoneが鳴った。
しかし、オスカルは、何らかのニュースだろうと思った。
この平和なフランス、どこぞの畑の麦の育成が良い。だとか、どこぞの漁港の水揚げが良かったなどの報告だろうと、腹の上にiPhoneを置いたまま、空を眺めていたが、気になって、スマホを取り上げた。
しつこく、ド・ギランドだった。
面倒くさそうに、オスカルは、面倒くさい顔で顔認証した。
「忘れていた。けど、おまえは覚えているよな?
だったら、しつこいかもしれんが・・・」
ここまで、読んで・・・しつこいんだよ!・・・と、オスカルは顔をしかめた。
が、親友が軍務に追われながら、送ってくれたLINEだ。
最後まで、読んでやるか、と目を通した。
「知っていると思うが、
今度の月誕生日は、アンドレのホントの誕生日だぞ!
思いっ切り、愛情があふれたプレゼントを忘れるな!
オトコのプレゼントに、困ったら、いつでも相談に乗るからな!」
と、あった。
一気に、オスカルのテンションが、上がった。
わお!アンドレの誕生日か、・・・
すっかり忘れていた。
月誕生日だけ、覚えていて・・・。
その日にしか、会えない事を寂しがって・・・。
一番肝心な事を忘れていた。
テンションが上がったから、目障りなジェローデルが言っていた、面倒くさい文書とやらをやっつけて、他の仕事にも手を付けるか。
オスカルは、石の上から身軽に飛び降りると、足早に司令官室のある建物へと向かった。
その後ろを、ロジェが付いて行く。
*******************
その日も遅くなった頃、最近は、オスカルを送っていく。・・・と言う名目で、残っていたジェローデルが、珍しく(?)書き物に集中しているオスカルに、声を掛けた。
「オスカル嬢、何をそんなに熱心に書いておられるのですか?
そろそろ、日も暮れます。今日はもう、お帰りになった方が宜しいのではありませんか?
それとも、この私と、ディナーなどを、ご一緒願えるのなら、特別に豪華なレストランにお連れ致しますが・・・」
それを、オスカルは、まだ居たのか?と言った目で見ると、慌てて、何かをしたためていた紙を裏返した。そして又思った。この男は、食事に誘うにしても、帰宅を勧めるにしても、なんで、こんなにクドクドと、言葉を並び立てるのだろうか?
そして、やはり想いはアンドレへと行く。
アンドレなら、・・・オスカル!今日はよく働いた。この辺で帰ろう・・・とか、・・・オスカル!飲みに行くか!(ウインク)・・・で、終わるのに・・・。
やはり、早く遠ざけないと、この癖がうつってしまったら、大変だ。
オスカルは、努めて明るく、
「ああ、君は、帰っていいぞ。
わたしは、久し振りに、夜勤に顔を出そうと思っている。
明朝は、少し遅れて出仕するから、おまえもそのつもりでいてくれ」
と言うなり、腰に剣を装着し、ロジェには剣と、銃を持たせてついてくるよう命じた。
これで、言葉数の多い男と離れられると、部屋の外に出た。
すると、オスカルに、また、声が追ってきた。
うんざりした、オスカルは、キッと睨みつけ、これ以上何も言わないよう、目で命令した。
この方法で、失敗したことはなかった。しかし、この男は違った。
マドモアゼルから、付いて来い!と言われたのだと、勘違いしてしまった。
メイッパイの、とびきりの敬礼をして、
「貴女の為なら、何処までも、お供させて頂きます!」
と、言った。
オスカルは、もうもう、何も言う気はなくなってしまった。だが、夜勤の間ずっと、この男が後ろにいると思ったら、ゾッとした。しかし、この男には、フランス語は通じないようである。ふと、ジェローデルの側に控えるコルミエ少尉が、目に入った。
オスカルは、(彼には罪はないので・・・)丁寧に、今夜の夜勤は、ジェローデル少佐が廻るほどの事は無いので、2人で帰宅するよう告げた。
コルミエ少尉も、(彼は、やはりフランス語が通じるらしい・・・)素直に敬礼して、馬車の用意をさせるべく準備を始めた。
*******************
オスカルは、ロジェを従えて、庭園をゆっくりと廻っていた。夜風が気持ち良かった。平和なフランス、それも国王のお膝元、ヴェルサイユに賊など現れる事もなく、夜勤など儀礼的な物になっていた。
それでも、一応軍隊・・・王宮警備が名目の・・・が、ある以上、任務を果たさねばならなかった。
庭園の一角に、第1班がたむろしていた。
あ~あ、暇だよなぁ~
コソ泥くらい、来てもいいのになぁ~
と、近くの茂みが、ザザ・・・と音がした。
「まてっ
あやしいやつ!」アランがすかさず銃口を向けた。
「逮捕する!」
この展開に、茂みから出てきた男は、たじろいだ。
アランは、容赦しない。
「名を名乗れ!」
すると、男は、
「怪しい者ではない、通せ!」
と、タカビーに言った。
これに、頭に来たアランは、
「ふざけるな!!
名を言えないというのなら、
詰所まで、きてもらおう!」
と、マニュアル通りの事を言った。
ホントは、こういう事態が初めてだったので、少々上がってうわずった声になったが・・・。
しかし、タカビーな男は、ひるむ事無く、さらに、上から目線で、言った。
「通せと言っているのだ、衛兵!!」
こんな風に言われたら、初めての事で、上がっていたアランは、今度は頭に血が上り始めた。こうなったら、面白い。退屈な夜勤が、面白くなってきたぞ!!!!!と、怪しい男以上の、ビックリマークを頭の中にため込んだ。
一方、オスカルは今月のアンドレの誕生日に何をプレゼントしようか、ずっと考えていたので、周囲の声が聞こえていなかった。
ロジェが、アラン達の声を聞きつけ、
「オスカルさま、向こうでなにやら、言い合っていますが・・・」
現実に戻されたオスカルは、面倒くさそうに耳を傾けた。
そして、行かなければならないのか?
アラン達がどうにかしてくれないのか?
と、様子をうかがってみたが、埒があきそうもなく、アラン始め第1班の面々の怒声が続くので仕方なく、そちらの方へ向かった。
植え込みの角を曲がると、件の場所に出た。
誰何されているオトコを見て、オスカルが声を上げた。
「フェ・・・ル・・・」
アランが、怪しい男を捕らえた優越感と、隊長が来た安心感の入り混じった声で、
「怪しい奴なので、逮捕しました。
なまえを名乗りません」
オスカルは、男を上から下まで見ると、アランに問いただした。
「何処からやって来た?
本当に、名乗らないのか?」
アランは、得意げに答えた。
すると、オスカルは、
「ならば、詰所まで来てもらおう。
アラン、武器を取り上げ、ロジェに渡してくれ・・・
そして、フランソワとふたりで、連行しろ!
他のものは、部署に戻れ!」
オスカルが、先頭を歩き、その後ろを、両脇を抱えられて、真っ青になった怪しい男が続いた。最後尾を、重たい武器を持ちなれないロジェが、恐る恐る付いてきた。
詰所に近づくと、アランが先を歩くオスカルに聞いてきた。
「隊長!この男、どちらの部屋に連れて行くんだ!?」
部下らしい言葉をしようとしたが、最後にとちってしまった。
が、そんな事も気に留めず、オスカルは、
「ああ、わたしの部屋に連れて来てくれ!
わたしが自ら、尋問する。
他の者の、立ち入りは禁ずる!」
その言葉に、アランはフェルゼン・・・おっと、まだ、怪しいオトコの腕を離して、
「隊長!我々は、アンドレから隊長の事はくれぐれもよろしく頼む・・・と、言われてるんです。こんな得体のしれないオトコと2人きりにするなんて、そんな、危ない事できやしやせんぜ!
せめて、縄でくくって、目隠しをして、猿ぐつわをさせて下さい!」
オスカルも、それもそうだと、思った。
では、後ろ手に縄をかけてくれ、わたしも軍人の端くれだ。丸腰の男なら、その位で十分だ!と言ってのけたので、アランは従うしかなかった。
オスカルの部屋・・・一応、詰所の司令官室となっているが、本隊のとは比べる迄もなく狭く、執務机が一つと、応接セットがあるだけだった。
ロジェは、腕が悲鳴を上げる前に、応接セットのテーブルに重い武器を置くことを許され、部屋の外で待機するよう命じられた。
程なくして、捕虜が連れてこられた。武器を取り上げられ、後ろ手に縄で縛られ、その上、最高級のアビが脱がされ、ブラウスとキュロットだけの姿だった。何がどうなっているのか分からない・・・青ざめていた顔が、さらに青くなっていた。
入って来た、元親友のこの姿を見て、オスカルは大爆笑をしたかったが、アランとフランソワが付いていたので、唇を思いっ切り嚙みしめて耐えた。この時の事は、勿論、次の月誕生日にアンドレに語られるはずだが・・・それは、また、先の話。
捕虜が、司令官室に入ると、オスカルは、アランらに退出を命じた。
しかし、アランは、アンドレに隊長を守るよう約束した。と言って聞かなかった。
仕方がないので、フランソワだけ部署に戻るよう告げた。
フランソワは、恨めしそうな眼をして、司令官室を後にした。
そして、アランには、これからこの部屋で起きる事は、全て他言無用と、命じた。
アランは、今までにない冷酷な隊長の姿が見られるのか!?と、とんでもない妄想を抱きはじめた。
部屋の中に、オスカル、アラン、オトコ、の3人になった。
オスカルの目が、男に向けられて笑った。
「ハハハ・・・アントワネットさまにお見せしたい姿だな!フェルゼン!」
ドアの前に銃を構えて立っていたアランの顔が、惚けた。
そんな事に構わずオスカルは、笑っている。
フェルゼンは、縛られた腕を窮屈そうにしながら・・・
「いい加減に、茶番はやめて、
この縄を解いてくれ、オスカル」
「ふふふふ・・・さあ、どうしようかなと考えている。アントワネットさまとお会いしていたのだろう?善良な軍の隊長としては、見なかった事にするのは、気が咎める!
わたしたちは、何年来の親友だったかな?」
此処でまた、アランの人相が変わった。
今度は、目が点になった。そして、隊長とフェルゼン伯爵をキョロキョロと見比べた。
相変わらず、アランの存在など忘れたようにオスカルは、続けた。
「18の時からだが、途絶えたのは、いつだったか・・・親友でいた年月と、どちらが長いのか、先程から考えてみたが、ちっとも分からない。
フェルゼン・・・おまえは、覚えているか?」
フェルゼンは、縛られてる手首が痛くて、其れどころでは無かったが、親友でなくなった理由が理由だけに、大人しくしているしか無かったが、痛みが限界を超えた。
「あゝ、そうだな、オスカル。
私も、庭園でおまえに会って以来、考えていた。
しかし、この手首の縄のせいで、中断されてしまった。
出来れば、解いて欲しいのだが・・・」
フェルゼンは、心底からの願いを伝えた。
フェルゼンの言葉を聞きながら、ソファーにゆったりと腰を下ろしたオスカルは、
今知った!と、ばかりに、
「え゛!縛られていたのか?それは済まなかった。」
と言うと、アランに縄を解くように命じた。
アランは、隊長の元親友であり、王妃の浮気相手であるこの高貴な男との会話が、何処に流れ着くのか、皆目見当が付かなかったが、チョイといたずらをしてやろうとした。
そして、フェルゼンの背後に周り、縄を解いている様な素振りをし、
「隊長!これは、かなりキッチリ縛ったので、解くのは難しいです。短剣でぶった斬らなければ、無理ですが、多少は、血も見ることになるやもしれませんぜ!」
と、さも、困ったように告げた。
その途端、深刻そうにしていたオスカルの顔が、輝いた。
そして、嬉しそうにソファーから軽々と立ち上がり、サーベルを抜いた。
フェルゼンの、顔がこの夜、一番青ざめた。
「オ・・・オスカル!おまえが、おれを切るのか?」
オスカルは、昔アンドレの髪を切った時より嬉しそうに、フェルゼンに近付いて行った。
「なんだ!おまえを切るんじゃない!
縄を切るのだ。それに、わたしの剣の腕は知っているだろう?
出血は最低限に抑えるから、ジッとしてろよ!」
と、言うなり、縄をブチッと切った。
フェルゼンは、自由になった腕をさすりさすりしながら、出血の具合いをみた。
オスカルは、背後から其れを確かめると、キャビネットを開けて、グラスを2つと、酒瓶を取り出してソファーの方へと、運んだ。
「ほら!フェルゼン、コレで身体の中からアルコール消毒しろ!」と言って、グラスにドボドボドボとブランデーを注いだ。
またまた、アランの人相が、変わった。
隊長が、ニコニコと笑っているのだ。
えー!っと、思った。隊長のお友達は、あのやたらメッチャ剣が強い海軍さんと、他2名だと、思っていた。
何があったか知らないが、途絶えていた元親友と、固めの杯を呑もうって事になっちまった。
あゝ、だから、女の隊長は、嫌だと思ったんだ。
考えることが、全く分からない!
この隊に来た時も、破天荒なやり方で、いつの間にか真ん中にでんと座りやがって・・・やってられねーったらこのことだ。
アンドレの奴、よくこのオンナとずっといられたな!・・・って、俺もだけどな!
アランが、己の思いに浸っている間に、以前親友だった2人は、ガンガン酒を酌み交わしていた。
「・・・そうだなぁ。そう言うことなら、また、親友に戻れるのだな。
嬉しいよ、オスカル。
それに・・・おめでとう!
このフランスでは、私はいつまで経っても余所者で、心から話が出来る友が出来なかったのだ。
だから、オーストリアから嫁がれて、やはり余所者相手をされて、孤独な想いをされているアントワネットさまと恋に落ちたのは、運命としか言いようがなかったのだよ」
フェルゼンの空になったグラスに、ブランデーを注ごうとして、オスカルの手が止まった。
「え゛!そこに落ち着くのか?
もっと、深いものは、無いのか?
俗に言うだろう?3高が、良いとか・・・。」
またまたまた、アランの人相が変わった。
目をひん剥いて、顔を突き出し、オスカルを見つめた。
隊長!貴女は、アンドレが3高だから、愛したのですか?
確かに、アイツは、背が高い。
収入も平民にしては、高い方だろう。
学問も幼い頃から隊長と学んできたと言うから、最高のものを受けてきただろう。
隊長・・・アナタは一体、なんなんですか?
怪しいオトコ・・・実はフェルゼン伯爵をこの部屋に連れてきて、未だそんなに時間が経っている訳ではないのに、アランは非常に疲れを感じていた。
疲れを感じていたが、ふと、思い立った。
だがな、この俺様だって、長身だ。
収入は、一応貴族だが、最低か・・・。
でも、学歴は正真正銘、士官学校を卒業している!
立派なもんだ。
アレ?アンドレが、言っていたな。
隊長は、士官学校の途中から王妃の護衛に抜擢された。と、・・・
という事は、士官学校、卒業していないのか?
今度、アンドレに聞いてみるか?
お!それよりも、隊長にからかい半分で、聞いた方が楽しいなっと!
その間にも、元親友で今日からまた親友の話は、弾んでいた。
「・・・で、フェルゼン。アントワネットさまとお会いする時は、LINEで連絡を取るのか?」オスカルは、アンドレとは、同じ屋根の下に居るので、連絡を取り合って『会う』という事に、興味津々だった。
すると、フェルゼンは、渋い顔をして、
「LINE出来れば、簡単だが、私達の場合、一応不倫だろう?
当局のチェックが入ってしまう」
オスカルが、では、どうしているのだ?と催促した。フェルゼンも長い間誰にも話せずにストレスとなっていただけに、調子に乗って話し出した。
「暗号を使うんだ。この紙を見てくれ。分かるか?」
オスカルは、上質な紙を受け取ると、文面を読みはじめた。が、アルファベットと数字の羅列で全く分からない。首をふりふりしながら、返した。
フェルゼンは、アントワネットさまと長い時間を掛けて編み出したものなのだ。
我々にも、読むのにも時間が掛かるし、書くのにも時間がかかる。
だけど、この方法が一番なのだ。と言った。
ただ、暗号文を書くのに、1週間掛かり、読み解くのにまた、1週間。返事を書くのに、1週間.返事を受け取ってから、1週間。
その上、どちらかが、提案した予定の都合が悪かったら、又最初からやり直しだ!まだるっこしいと言ったら、この上ないのだ。おまえ達のように、同じ屋根の下にでも、住みたいものだ。フェルゼンは一気にまくし立てた。
すると、オスカルは、ふ~~~んと、聞きながら、でも、わたし達は、同じ屋根の下に住んでいても、月誕生日にしか、目を合わせられないのだぞ。
これもこれで、かわいそうだと思わないのか?
こうして、改めて親友となった2人は、己の方が、不幸だ!合戦を始めた。
ドアの前で、銃にもたれ掛かって、聞いていたアランは、馬鹿馬鹿しくなってきた。ジャルジェ准将、フェルゼン伯爵と言えば、このヴェルサイユでは、大も大!最大と言える貴族ではないか?その、ボンボンと次期当主の話とは思えなかった。
アランが、思いっ切り呆れかえって、天井を見上げて大あくびをしていたら、オスカルの大きな声が響いた!
「そうだ!フェルゼン!おまえ達も、わたし達同様、月誕生日に会えばいい!
そうすれば、連絡など取り合わずにすむ。
そうしろ!フェルゼン!それに、親友だろう?わたしと同じ境遇になってくれても、いいのじゃないか?」
オスカルは、かなり乗り気だった。
フェルゼンは、ふむふむと聞き、しばらく、考え込んだ。
その間に、オスカルはブランデーを注ごうとして、瓶がかなり軽くなっている事に気が付いた。
そして、戸口に立っているアランに、告げた。
ロジェに言って、司令官室から、酒を2-3本・・・ああ、それでは、足りないな。
5-6本持ってくるように。
それから、ジョルジュが、仮眠室にいるから、起こしてくれ。
こちらにも厨房があるから、簡単なつまみを作ってくれと伝えるよう・・・頼んでくれ!
アランの目が、また、点になった。え゛・・・隊長・・・今日の夜勤は終わりですか?
こいつと朝まで、お飲みになるつもりですかい?
つ~~~~か!俺にも一口位くれてもいいものが・・・お貴族さまは、仕えるものを人間と思っていないって・・・貴女は違うと思っていやしたが、・・・残念です。
程なくして、酒とジョルジュが届いた。
その頃には、フェルゼンも、オスカルの申し出を承知し、明朝、オスカルがこの件を、アントワネットさまにLINEする事にした。
すると、オスカルは、そろそろ本気で呑もう!と言い出し、アランの顔は、もう形容しがたいものになっていた。
だが、オスカルは、アランの方を向いて、
「そういう事だ!アラン!分かったな?
今宵、此処で話された事は、決して、他言無用だ!
話したら、おまえも、アントワネットさまの不倫に手を貸した事になるからな!」
「おお、アランと言うのか?
世話をかけてすまないな!
そうだ、ついでに、我々と呑めばいい!
そこまでやれば、夜勤勤務放棄・・・と言う、罰則も付いて、今夜の事は門外不出となる!」
こうして、オスカル、フェルゼンとアランと言う、一見どうして集まったのか、
分からないメンツは、意外と気が合って、朝まで飲み明かした。
夜勤が明けると、アランは、同僚に酒臭いのを隠し、そっとベッドに入った。
オスカルは、いつも通り、ロジェとジョルジュを連れて、ジャルジェ家に帰った。
フェルゼンも、これから、間違いなくアントワネットさまに会える喜びに、足取りもおぼつかなく詰所を後にした。
8月4日の朝だった。
今日は、フェルゼンの月誕生日であった。
つづく
遠くの方に、小さい雲が見えた。
その脇には、もう少し大きな雲があった。
スズメが二羽、横切っていった。
鳩も二羽、横切っていった。
ついでに、カラスも二羽、横切っていった。
次は何が横切って行くのだろうか?
オスカルは、ワクワクして見ていたが、それぞれ、連れ合いが居て羨ましいと思った。
しかし、もしかしたら、彼等も月誕生日なのかもしれない。・・・と、思う事にした。
そこに、iPhoneの着信音が聞こえた。
また、ド・ギランドからだった。
「悪いが、持て余している隊員がいるのだ。
フレデリックの代わりと言っちゃなんだが、
引き取ってくれないか?」
とだけ、書かれていた。
どんな経歴を持ち、軍人としてどうなのか?全く書いていない。
海軍で持て余しているのなら、衛兵隊に来ても、困りものだろう。
オスカルは、そう書いて返信しようとした。
するとまた、着信音がした。
オスカルは、オスカルの石の上に座りなおした。
仏頂面して、顔認証をした。
また、ド・ギランドからだった。
「悪い、悪い、奴の事を書くのを忘れた。
一言で言って、『女好きだ』。
寄港する、港、港・・・に女が居て、愛人にしているのなら、構わないが。
全員と、結婚している。
ちょいと、ヤバいので、一つ所に定住させたい。
一昨日、こっちを発ったから、そろそろ着くだろう。
あ!名前は、ロジャー・メドウス・テイラーだ!
太鼓をぶっ叩くのが得意だから、力はあるし、
軍楽隊に、入れても大丈夫だ!
俺が、太鼓判を押す!
それと、奴はかなりのイケメンだ。
おまえも、惑わされないよう、気を付けろよ!
で、今日は、楽しい事はあったのか?」
と、あった。
『女好き』・・・か。オスカルは、ロドリゲのような男だろうか?と、考えた。
が、相変わらず、太鼓が叩けるだけで、軍歴が書いていない。
でも、ド・ギランドらしいな。・・・と思った。
それに、こちらからの返事もなく、もう船を降りて、ヴェルサイユに向かっているらしい。
新しい隊員が着任する。女好きの・・・。
だけど、このわたしが、アンドレ以外の男に目を向けると思っているのか?
ド・ギランドめ!
「楽しい事・・・何も無し!」と、
ド・ギランドに送った。
序に、スタンプも、勿論怒りマークである。
しかし、アンドレと会えないここの所、ド・ギランドと、LINEでやり取りするのが日課となった。それはそれで、楽しいものだった。ド・ギランドは、オスカルの事を心から心配してくれ、どうでもいい事・・・飯は食ったか?・・・夜は眠れたか?・・・こっちは荒天で、船が揺れて大変だ。・・・
ほんの何分かのやり取りだったが、気がまぎれた。
なにより、やはり彼がゲイだという事に、安心感があった。
程なくして、(その日は、珍しくちょこちょことLINEが来た。・・・フレデリックの件もあったが・・・)
「ロドリゲや、ラ・トゥールとは、会っていないのか?
アイツらと、気晴らしでもしたらどうだ?」
ふ~!ため息をついた。二人の親友は、先日の、月誕生日までの間、サボっていた軍務ではなく、相手にしていなかった、ロドリゲは、愛人。ラ・トゥールは家庭サービスに忙しかった。
そんなこんなで、オスカルの事は二の次で、だったら、オスカルから誘えばいいのだが、今まで、殆どド・ギランドがヴェルサイユ四剣士隊を招集していた。
他のものが、招集する事も稀には、あった。しかし、オスカルの場合は、頃合いを見計らって、アンドレがド・ギランドに招集するように頼んでいたので、タイミングというのを計りかねていた。
オスカルが、また、不機嫌と寂しさの淵に飛び込もうとすると、iPhoneが鳴った。
しかし、オスカルは、何らかのニュースだろうと思った。
この平和なフランス、どこぞの畑の麦の育成が良い。だとか、どこぞの漁港の水揚げが良かったなどの報告だろうと、腹の上にiPhoneを置いたまま、空を眺めていたが、気になって、スマホを取り上げた。
しつこく、ド・ギランドだった。
面倒くさそうに、オスカルは、面倒くさい顔で顔認証した。
「忘れていた。けど、おまえは覚えているよな?
だったら、しつこいかもしれんが・・・」
ここまで、読んで・・・しつこいんだよ!・・・と、オスカルは顔をしかめた。
が、親友が軍務に追われながら、送ってくれたLINEだ。
最後まで、読んでやるか、と目を通した。
「知っていると思うが、
今度の月誕生日は、アンドレのホントの誕生日だぞ!
思いっ切り、愛情があふれたプレゼントを忘れるな!
オトコのプレゼントに、困ったら、いつでも相談に乗るからな!」
と、あった。
一気に、オスカルのテンションが、上がった。
わお!アンドレの誕生日か、・・・
すっかり忘れていた。
月誕生日だけ、覚えていて・・・。
その日にしか、会えない事を寂しがって・・・。
一番肝心な事を忘れていた。
テンションが上がったから、目障りなジェローデルが言っていた、面倒くさい文書とやらをやっつけて、他の仕事にも手を付けるか。
オスカルは、石の上から身軽に飛び降りると、足早に司令官室のある建物へと向かった。
その後ろを、ロジェが付いて行く。
*******************
その日も遅くなった頃、最近は、オスカルを送っていく。・・・と言う名目で、残っていたジェローデルが、珍しく(?)書き物に集中しているオスカルに、声を掛けた。
「オスカル嬢、何をそんなに熱心に書いておられるのですか?
そろそろ、日も暮れます。今日はもう、お帰りになった方が宜しいのではありませんか?
それとも、この私と、ディナーなどを、ご一緒願えるのなら、特別に豪華なレストランにお連れ致しますが・・・」
それを、オスカルは、まだ居たのか?と言った目で見ると、慌てて、何かをしたためていた紙を裏返した。そして又思った。この男は、食事に誘うにしても、帰宅を勧めるにしても、なんで、こんなにクドクドと、言葉を並び立てるのだろうか?
そして、やはり想いはアンドレへと行く。
アンドレなら、・・・オスカル!今日はよく働いた。この辺で帰ろう・・・とか、・・・オスカル!飲みに行くか!(ウインク)・・・で、終わるのに・・・。
やはり、早く遠ざけないと、この癖がうつってしまったら、大変だ。
オスカルは、努めて明るく、
「ああ、君は、帰っていいぞ。
わたしは、久し振りに、夜勤に顔を出そうと思っている。
明朝は、少し遅れて出仕するから、おまえもそのつもりでいてくれ」
と言うなり、腰に剣を装着し、ロジェには剣と、銃を持たせてついてくるよう命じた。
これで、言葉数の多い男と離れられると、部屋の外に出た。
すると、オスカルに、また、声が追ってきた。
うんざりした、オスカルは、キッと睨みつけ、これ以上何も言わないよう、目で命令した。
この方法で、失敗したことはなかった。しかし、この男は違った。
マドモアゼルから、付いて来い!と言われたのだと、勘違いしてしまった。
メイッパイの、とびきりの敬礼をして、
「貴女の為なら、何処までも、お供させて頂きます!」
と、言った。
オスカルは、もうもう、何も言う気はなくなってしまった。だが、夜勤の間ずっと、この男が後ろにいると思ったら、ゾッとした。しかし、この男には、フランス語は通じないようである。ふと、ジェローデルの側に控えるコルミエ少尉が、目に入った。
オスカルは、(彼には罪はないので・・・)丁寧に、今夜の夜勤は、ジェローデル少佐が廻るほどの事は無いので、2人で帰宅するよう告げた。
コルミエ少尉も、(彼は、やはりフランス語が通じるらしい・・・)素直に敬礼して、馬車の用意をさせるべく準備を始めた。
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オスカルは、ロジェを従えて、庭園をゆっくりと廻っていた。夜風が気持ち良かった。平和なフランス、それも国王のお膝元、ヴェルサイユに賊など現れる事もなく、夜勤など儀礼的な物になっていた。
それでも、一応軍隊・・・王宮警備が名目の・・・が、ある以上、任務を果たさねばならなかった。
庭園の一角に、第1班がたむろしていた。
あ~あ、暇だよなぁ~
コソ泥くらい、来てもいいのになぁ~
と、近くの茂みが、ザザ・・・と音がした。
「まてっ
あやしいやつ!」アランがすかさず銃口を向けた。
「逮捕する!」
この展開に、茂みから出てきた男は、たじろいだ。
アランは、容赦しない。
「名を名乗れ!」
すると、男は、
「怪しい者ではない、通せ!」
と、タカビーに言った。
これに、頭に来たアランは、
「ふざけるな!!
名を言えないというのなら、
詰所まで、きてもらおう!」
と、マニュアル通りの事を言った。
ホントは、こういう事態が初めてだったので、少々上がってうわずった声になったが・・・。
しかし、タカビーな男は、ひるむ事無く、さらに、上から目線で、言った。
「通せと言っているのだ、衛兵!!」
こんな風に言われたら、初めての事で、上がっていたアランは、今度は頭に血が上り始めた。こうなったら、面白い。退屈な夜勤が、面白くなってきたぞ!!!!!と、怪しい男以上の、ビックリマークを頭の中にため込んだ。
一方、オスカルは今月のアンドレの誕生日に何をプレゼントしようか、ずっと考えていたので、周囲の声が聞こえていなかった。
ロジェが、アラン達の声を聞きつけ、
「オスカルさま、向こうでなにやら、言い合っていますが・・・」
現実に戻されたオスカルは、面倒くさそうに耳を傾けた。
そして、行かなければならないのか?
アラン達がどうにかしてくれないのか?
と、様子をうかがってみたが、埒があきそうもなく、アラン始め第1班の面々の怒声が続くので仕方なく、そちらの方へ向かった。
植え込みの角を曲がると、件の場所に出た。
誰何されているオトコを見て、オスカルが声を上げた。
「フェ・・・ル・・・」
アランが、怪しい男を捕らえた優越感と、隊長が来た安心感の入り混じった声で、
「怪しい奴なので、逮捕しました。
なまえを名乗りません」
オスカルは、男を上から下まで見ると、アランに問いただした。
「何処からやって来た?
本当に、名乗らないのか?」
アランは、得意げに答えた。
すると、オスカルは、
「ならば、詰所まで来てもらおう。
アラン、武器を取り上げ、ロジェに渡してくれ・・・
そして、フランソワとふたりで、連行しろ!
他のものは、部署に戻れ!」
オスカルが、先頭を歩き、その後ろを、両脇を抱えられて、真っ青になった怪しい男が続いた。最後尾を、重たい武器を持ちなれないロジェが、恐る恐る付いてきた。
詰所に近づくと、アランが先を歩くオスカルに聞いてきた。
「隊長!この男、どちらの部屋に連れて行くんだ!?」
部下らしい言葉をしようとしたが、最後にとちってしまった。
が、そんな事も気に留めず、オスカルは、
「ああ、わたしの部屋に連れて来てくれ!
わたしが自ら、尋問する。
他の者の、立ち入りは禁ずる!」
その言葉に、アランはフェルゼン・・・おっと、まだ、怪しいオトコの腕を離して、
「隊長!我々は、アンドレから隊長の事はくれぐれもよろしく頼む・・・と、言われてるんです。こんな得体のしれないオトコと2人きりにするなんて、そんな、危ない事できやしやせんぜ!
せめて、縄でくくって、目隠しをして、猿ぐつわをさせて下さい!」
オスカルも、それもそうだと、思った。
では、後ろ手に縄をかけてくれ、わたしも軍人の端くれだ。丸腰の男なら、その位で十分だ!と言ってのけたので、アランは従うしかなかった。
オスカルの部屋・・・一応、詰所の司令官室となっているが、本隊のとは比べる迄もなく狭く、執務机が一つと、応接セットがあるだけだった。
ロジェは、腕が悲鳴を上げる前に、応接セットのテーブルに重い武器を置くことを許され、部屋の外で待機するよう命じられた。
程なくして、捕虜が連れてこられた。武器を取り上げられ、後ろ手に縄で縛られ、その上、最高級のアビが脱がされ、ブラウスとキュロットだけの姿だった。何がどうなっているのか分からない・・・青ざめていた顔が、さらに青くなっていた。
入って来た、元親友のこの姿を見て、オスカルは大爆笑をしたかったが、アランとフランソワが付いていたので、唇を思いっ切り嚙みしめて耐えた。この時の事は、勿論、次の月誕生日にアンドレに語られるはずだが・・・それは、また、先の話。
捕虜が、司令官室に入ると、オスカルは、アランらに退出を命じた。
しかし、アランは、アンドレに隊長を守るよう約束した。と言って聞かなかった。
仕方がないので、フランソワだけ部署に戻るよう告げた。
フランソワは、恨めしそうな眼をして、司令官室を後にした。
そして、アランには、これからこの部屋で起きる事は、全て他言無用と、命じた。
アランは、今までにない冷酷な隊長の姿が見られるのか!?と、とんでもない妄想を抱きはじめた。
部屋の中に、オスカル、アラン、オトコ、の3人になった。
オスカルの目が、男に向けられて笑った。
「ハハハ・・・アントワネットさまにお見せしたい姿だな!フェルゼン!」
ドアの前に銃を構えて立っていたアランの顔が、惚けた。
そんな事に構わずオスカルは、笑っている。
フェルゼンは、縛られた腕を窮屈そうにしながら・・・
「いい加減に、茶番はやめて、
この縄を解いてくれ、オスカル」
「ふふふふ・・・さあ、どうしようかなと考えている。アントワネットさまとお会いしていたのだろう?善良な軍の隊長としては、見なかった事にするのは、気が咎める!
わたしたちは、何年来の親友だったかな?」
此処でまた、アランの人相が変わった。
今度は、目が点になった。そして、隊長とフェルゼン伯爵をキョロキョロと見比べた。
相変わらず、アランの存在など忘れたようにオスカルは、続けた。
「18の時からだが、途絶えたのは、いつだったか・・・親友でいた年月と、どちらが長いのか、先程から考えてみたが、ちっとも分からない。
フェルゼン・・・おまえは、覚えているか?」
フェルゼンは、縛られてる手首が痛くて、其れどころでは無かったが、親友でなくなった理由が理由だけに、大人しくしているしか無かったが、痛みが限界を超えた。
「あゝ、そうだな、オスカル。
私も、庭園でおまえに会って以来、考えていた。
しかし、この手首の縄のせいで、中断されてしまった。
出来れば、解いて欲しいのだが・・・」
フェルゼンは、心底からの願いを伝えた。
フェルゼンの言葉を聞きながら、ソファーにゆったりと腰を下ろしたオスカルは、
今知った!と、ばかりに、
「え゛!縛られていたのか?それは済まなかった。」
と言うと、アランに縄を解くように命じた。
アランは、隊長の元親友であり、王妃の浮気相手であるこの高貴な男との会話が、何処に流れ着くのか、皆目見当が付かなかったが、チョイといたずらをしてやろうとした。
そして、フェルゼンの背後に周り、縄を解いている様な素振りをし、
「隊長!これは、かなりキッチリ縛ったので、解くのは難しいです。短剣でぶった斬らなければ、無理ですが、多少は、血も見ることになるやもしれませんぜ!」
と、さも、困ったように告げた。
その途端、深刻そうにしていたオスカルの顔が、輝いた。
そして、嬉しそうにソファーから軽々と立ち上がり、サーベルを抜いた。
フェルゼンの、顔がこの夜、一番青ざめた。
「オ・・・オスカル!おまえが、おれを切るのか?」
オスカルは、昔アンドレの髪を切った時より嬉しそうに、フェルゼンに近付いて行った。
「なんだ!おまえを切るんじゃない!
縄を切るのだ。それに、わたしの剣の腕は知っているだろう?
出血は最低限に抑えるから、ジッとしてろよ!」
と、言うなり、縄をブチッと切った。
フェルゼンは、自由になった腕をさすりさすりしながら、出血の具合いをみた。
オスカルは、背後から其れを確かめると、キャビネットを開けて、グラスを2つと、酒瓶を取り出してソファーの方へと、運んだ。
「ほら!フェルゼン、コレで身体の中からアルコール消毒しろ!」と言って、グラスにドボドボドボとブランデーを注いだ。
またまた、アランの人相が、変わった。
隊長が、ニコニコと笑っているのだ。
えー!っと、思った。隊長のお友達は、あのやたらメッチャ剣が強い海軍さんと、他2名だと、思っていた。
何があったか知らないが、途絶えていた元親友と、固めの杯を呑もうって事になっちまった。
あゝ、だから、女の隊長は、嫌だと思ったんだ。
考えることが、全く分からない!
この隊に来た時も、破天荒なやり方で、いつの間にか真ん中にでんと座りやがって・・・やってられねーったらこのことだ。
アンドレの奴、よくこのオンナとずっといられたな!・・・って、俺もだけどな!
アランが、己の思いに浸っている間に、以前親友だった2人は、ガンガン酒を酌み交わしていた。
「・・・そうだなぁ。そう言うことなら、また、親友に戻れるのだな。
嬉しいよ、オスカル。
それに・・・おめでとう!
このフランスでは、私はいつまで経っても余所者で、心から話が出来る友が出来なかったのだ。
だから、オーストリアから嫁がれて、やはり余所者相手をされて、孤独な想いをされているアントワネットさまと恋に落ちたのは、運命としか言いようがなかったのだよ」
フェルゼンの空になったグラスに、ブランデーを注ごうとして、オスカルの手が止まった。
「え゛!そこに落ち着くのか?
もっと、深いものは、無いのか?
俗に言うだろう?3高が、良いとか・・・。」
またまたまた、アランの人相が変わった。
目をひん剥いて、顔を突き出し、オスカルを見つめた。
隊長!貴女は、アンドレが3高だから、愛したのですか?
確かに、アイツは、背が高い。
収入も平民にしては、高い方だろう。
学問も幼い頃から隊長と学んできたと言うから、最高のものを受けてきただろう。
隊長・・・アナタは一体、なんなんですか?
怪しいオトコ・・・実はフェルゼン伯爵をこの部屋に連れてきて、未だそんなに時間が経っている訳ではないのに、アランは非常に疲れを感じていた。
疲れを感じていたが、ふと、思い立った。
だがな、この俺様だって、長身だ。
収入は、一応貴族だが、最低か・・・。
でも、学歴は正真正銘、士官学校を卒業している!
立派なもんだ。
アレ?アンドレが、言っていたな。
隊長は、士官学校の途中から王妃の護衛に抜擢された。と、・・・
という事は、士官学校、卒業していないのか?
今度、アンドレに聞いてみるか?
お!それよりも、隊長にからかい半分で、聞いた方が楽しいなっと!
その間にも、元親友で今日からまた親友の話は、弾んでいた。
「・・・で、フェルゼン。アントワネットさまとお会いする時は、LINEで連絡を取るのか?」オスカルは、アンドレとは、同じ屋根の下に居るので、連絡を取り合って『会う』という事に、興味津々だった。
すると、フェルゼンは、渋い顔をして、
「LINE出来れば、簡単だが、私達の場合、一応不倫だろう?
当局のチェックが入ってしまう」
オスカルが、では、どうしているのだ?と催促した。フェルゼンも長い間誰にも話せずにストレスとなっていただけに、調子に乗って話し出した。
「暗号を使うんだ。この紙を見てくれ。分かるか?」
オスカルは、上質な紙を受け取ると、文面を読みはじめた。が、アルファベットと数字の羅列で全く分からない。首をふりふりしながら、返した。
フェルゼンは、アントワネットさまと長い時間を掛けて編み出したものなのだ。
我々にも、読むのにも時間が掛かるし、書くのにも時間がかかる。
だけど、この方法が一番なのだ。と言った。
ただ、暗号文を書くのに、1週間掛かり、読み解くのにまた、1週間。返事を書くのに、1週間.返事を受け取ってから、1週間。
その上、どちらかが、提案した予定の都合が悪かったら、又最初からやり直しだ!まだるっこしいと言ったら、この上ないのだ。おまえ達のように、同じ屋根の下にでも、住みたいものだ。フェルゼンは一気にまくし立てた。
すると、オスカルは、ふ~~~んと、聞きながら、でも、わたし達は、同じ屋根の下に住んでいても、月誕生日にしか、目を合わせられないのだぞ。
これもこれで、かわいそうだと思わないのか?
こうして、改めて親友となった2人は、己の方が、不幸だ!合戦を始めた。
ドアの前で、銃にもたれ掛かって、聞いていたアランは、馬鹿馬鹿しくなってきた。ジャルジェ准将、フェルゼン伯爵と言えば、このヴェルサイユでは、大も大!最大と言える貴族ではないか?その、ボンボンと次期当主の話とは思えなかった。
アランが、思いっ切り呆れかえって、天井を見上げて大あくびをしていたら、オスカルの大きな声が響いた!
「そうだ!フェルゼン!おまえ達も、わたし達同様、月誕生日に会えばいい!
そうすれば、連絡など取り合わずにすむ。
そうしろ!フェルゼン!それに、親友だろう?わたしと同じ境遇になってくれても、いいのじゃないか?」
オスカルは、かなり乗り気だった。
フェルゼンは、ふむふむと聞き、しばらく、考え込んだ。
その間に、オスカルはブランデーを注ごうとして、瓶がかなり軽くなっている事に気が付いた。
そして、戸口に立っているアランに、告げた。
ロジェに言って、司令官室から、酒を2-3本・・・ああ、それでは、足りないな。
5-6本持ってくるように。
それから、ジョルジュが、仮眠室にいるから、起こしてくれ。
こちらにも厨房があるから、簡単なつまみを作ってくれと伝えるよう・・・頼んでくれ!
アランの目が、また、点になった。え゛・・・隊長・・・今日の夜勤は終わりですか?
こいつと朝まで、お飲みになるつもりですかい?
つ~~~~か!俺にも一口位くれてもいいものが・・・お貴族さまは、仕えるものを人間と思っていないって・・・貴女は違うと思っていやしたが、・・・残念です。
程なくして、酒とジョルジュが届いた。
その頃には、フェルゼンも、オスカルの申し出を承知し、明朝、オスカルがこの件を、アントワネットさまにLINEする事にした。
すると、オスカルは、そろそろ本気で呑もう!と言い出し、アランの顔は、もう形容しがたいものになっていた。
だが、オスカルは、アランの方を向いて、
「そういう事だ!アラン!分かったな?
今宵、此処で話された事は、決して、他言無用だ!
話したら、おまえも、アントワネットさまの不倫に手を貸した事になるからな!」
「おお、アランと言うのか?
世話をかけてすまないな!
そうだ、ついでに、我々と呑めばいい!
そこまでやれば、夜勤勤務放棄・・・と言う、罰則も付いて、今夜の事は門外不出となる!」
こうして、オスカル、フェルゼンとアランと言う、一見どうして集まったのか、
分からないメンツは、意外と気が合って、朝まで飲み明かした。
夜勤が明けると、アランは、同僚に酒臭いのを隠し、そっとベッドに入った。
オスカルは、いつも通り、ロジェとジョルジュを連れて、ジャルジェ家に帰った。
フェルゼンも、これから、間違いなくアントワネットさまに会える喜びに、足取りもおぼつかなく詰所を後にした。
8月4日の朝だった。
今日は、フェルゼンの月誕生日であった。
つづく
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