母さん~!こっち、こっち!
父さんも、早く、早く!
漸く、泥だらけの服を脱がされ、体中を洗われた、
ジュニアが、オスカルとアンドレを2階へと案内していた。
アンドレの手をしっかりと握りしめてアリエノールが、階段を必死になって上って行く。
その姿を見たアンドレが、
「アリエノール、パパが抱っこしようか?」
声を掛けた。
ジュニアに手を引っ張られていた、オスカルが、
「アンドレ、その子は自分でやりたい気質のようだ。
まどろっこしいだろうが、付き合ってやれ!」
と、言った。
一年も会ってない、そして、ほんの先ほど再会したばかりの娘の気質を見抜く、母親オスカルに感嘆するアンドレであった。実際、脇を見ると、アリエノールは、何段もある階段を、苦にするでもなく、一生懸命に一段一段上り、2階に上がると、自慢げにアンドレを見上げて、
「アリエノールちゃん、ちゃんと上れたよ、パパ」
と言う。
アンドレは、メロメロになって、愛娘に口づけた。
ここだよ!
こっちが、父さんと、母さんの部屋。
ジュニアが、まるで自分が用意したかのように、案内した。
こぢんまりとした、ベッドが一つと、クローゼット、そして、テーブルと椅子・・・
それだけの部屋だった。でも、オスカルもアンドレも、満足だった。
ただ、小さな部屋に、扉が2つ、場違いな所についていた。
アンドレが、ジュニアに聞くと、
「こっちはね、アリエノールの部屋に行けるんだ。
そして、こっちは、僕の部屋。
今までは、こっちの部屋に、誰もいなくて寂しかったけど、
今日からは、嬉しいや!」
ジュニアの声が、弾んでいた。
ふと、オスカルが、部屋の片隅に、真っ白な布に覆われた物を見つけた。
アンドレが、近寄って布を取り払った。
現れたのは、アンドレがずっと前に、オスカルの為に用意したドレッサーだった。
オスカルも気に入って、下町からジャルジェ家に戻る時も、持ち運んだ。
数日前、ヴェルサイユのジャルジェ家を訪れた時、当然のように、無かったので、落胆した2人だった。
ここで、再び対面するとは思ってもみなかった。
早速、オスカルはドレッサーの前に座った。
この時ばかりは、もう既におしゃまさんになっている、アリエノールが、オスカルの膝の上に座った。
持って来てくださったのだな!アンドレが、感慨深く言った。
うん、多分、母上が指図して下さったのだろう・・・。
この時ばかりは、『母さん』とは、呼べなかった。
ジュニアが、不思議そうに、
「父さん、女の人はどうして、鏡ばかり覗いているの?」
と、アンドレに聞いた。
「それは、女の人は綺麗になる為に、覗くのだけど、
我家の女の人、オスカルもアリエノールも、もう綺麗だな!」
アリエノールは、父親に綺麗と言われて、喜び。
ジュニアは、両親が依然と変わらず、仲が良くて、嬉しかった。
アンドレが、馬車から荷物を運んで来ると言って、出て行った。
大きな箱を、次から次へと、重そうに持って戻って来た。
オスカルが、
おまえ達への、お土産だ。それから、勉強用の本も入っている。
ジュニア、明日から勉強だ!覚悟しろ!
それと、剣の稽古もする。
使う必要のない事を願うが、覚えておいた方が良い。
アリエノール、おまえにも丁度いい大きさの剣を持ってきた。
父さんと、稽古しなさい。
こう、母親に言われて、一人前に扱われたと思った、アリエノールは、嬉しそうに口をニマァ~として、アンドレを、また見上げた。
*******************
話を少しばかり戻そう。
この女性を忘れてはいけない。
シモーヌに部屋に案内された、ジェルメーヌは、シモーヌを引き留めようとしたが、通された部屋に呆気に取られて、チャンスを逃してしまった。
暫くすると、お茶を持ってくる。と言った、シモーヌが茶器と共に現れた。
これにも、驚いた。
お茶を持ってくる・・・。というので、てっきり使用人が持ってくるのだと思っていたら、未来の姑自らが、持って来てくれた。
予想外の出来事ばかり起きるが、このチャンスを逃すまいと、シモーヌを引き留めようとしたが、ダメだった。
何故か、シモーヌはそそくさと、出て行ってしまった。
仕方がないので、ジェルメーヌは、テーブルに着きお茶を味わった。
かなりの高級品だった。
ニヤリとした。
やっぱり、アンドレに実家は、スゴイのね。
でも、この部屋は・・・。
入ってすぐに、ベッドルームじゃないの。
前室とか、居間は、無いのかしら・・・。
ああ、そうね、アンドレのお母様、急いでらしたから、入るドアを間違えたのね。
このドアかしら・・・。
ジェルメーヌは、両開きのドアを思いっ切り開いた。
真っ暗だった。
え゛・・・クローゼットじゃないの、ここ。
他に、ドアはないわよ。
バスルームは、何処なの?
一気に疲れを感じたジェルメーヌは、ベッドに倒れ込もうとして、自分の姿を見た。
粗末な服なのは、承知だった。それ以上に、ニワトリの羽や、ホコリで見られたものじゃなかった。
・・・この姿を、ご覧になってアンドレのお母さまは、
未来の嫁として、ガッカリなさったのかしら・・・。
でも、・・・こんなに立派なお屋敷なんて、思っていなかったし、分かっていても、私には、ドレスを誂える事なんて、出来なかったわ。
ため息をつくと、服を脱ぎ、シュミーズになり、ベッドに横になった。
去年、革命が起きてから、心が休まる事が無かった。
パリの喧騒は酷く、町も荒れていた。
いつも、何かに怯えて暮らしていた。
理想を語っていた時は、このような世界になるとは思ってもみなかった。
今、ここは、静かで、鳥の鳴き声さえ聞こえる。
窓が開いているのだろうか。気持ちの良い、澄んだ空気が、鼻をくすぐる。
ジェルメーヌは、久し振りに身体の、そして、張り詰めていた、心の力が抜けるのを感じた。
どの位の時間、ウトウトしたのだろうか、ジェルメーヌの耳に、ドアをノックする音が聞こえた。始めてきたお屋敷で、ぐっすり眠ってしまった失態から、急いでドアに駆け寄った。が、下着姿でいる事に気が付き、躊躇った。
すると、ドアの向こうから、女性の声が聞こえた。
「ジェルメーヌさま、いらっしゃいますか?
お着替えと、ディナーのお知らせに、参ったのですが・・・」
その途端、ジェルメーヌのお腹の虫が鳴りそうになった。
すんでの所で止め、ドアをそっと開けた。
メイド服を着た、妙齢のしつけの行き届いた風の、女性が立っていた。
メイドは、こちらを、奥さまからお渡しするように、言いつかってまいりました。その手には、華美ではないが、慎ましやかな、派手ではないが、まあまあの品の布地で作られたドレスが、上にあった。
そっと、差し出された、そのドレスを、ジェルメーヌは、もぎ取るように受け取ってしまった。受け取ってしまってから、ハッとしたが、遅かった。
しかし、メイドは顔色一つ変えずに、あと一時間ほどで、ディナーになりますと、告げ、ディナールームの場所を説明して、去って行った。
久し振りに見る、まともなドレスだったので、ジェルメーヌは、どちらの夫人からのか、聞きもしなかったし、思いもしなかった。人に与えてもらうのが、当たり前と思っていた。
もう2-3枚、キチンとたたまれた布があったが、地味な色だったので見もせずにそこら辺に置いておいた。
ジェルメーヌが、ディナールームに降りて行くと、かなりの人の声が聞こえてきた。彼女が姿を現すと、礼儀作法通り、男性陣が揃って席を立って迎えた。こんな事は、いつ以来だろう。ジェルメーヌは、アラスに来てよかったと、心から思った。
ディナーの席は、上座に、ジャルパパとグランディエ氏が並んで座っていた。グランディエ氏側に、氏の次男であるアンドレ、そしてその妻ジャネット。
ジャルパパの側に、ジェルメーヌが、座る事になっていた。その隣は、散々言い合って、シモーヌが、そして、グランディエ氏の次男の子ども達2人。その隣・・・末席に、ジャルママが座っていた。
オスカルとアンドレは、ジャネットの隣に、アンドレ、アリエノール、ジュニア、オスカルと座っていった。
アリエノールは、殆ど、アンドレの膝の上だったが・・・。
メイドが静かに、食前酒を注いで、出て行く。
頃合いを見計らって、次の料理を運んで来る。
しかし、食卓は和やかに、賑やかだった。
ジェルメーヌは、ふと、楽しげな声がする方を見た。
オスカル、アンドレ一家だった。
ジュニアが、母さん!今日、母さんたちと、一緒に寝てもイイ?
両脇の両親を交互に見ながら、頼み込んでいる。
つられて、妹も、アリエノールちゃんは、パパと寝る~。と言っている。
そんな、アリエノールをみて、アンドレはデレデレになって、ファザコンに育って良かった。きっと、アリエノールのブロンドは、オスカル譲りだから、将来はさぞ、美人に成長するに違いない!何処にも、嫁にはやらないぞ!と決意した。
そんな、夫の決意など、見え見えだと、オスカルが窘めた。だが、一方で、オスカルは、ジュニアの黒ぶどうの巻き毛はアンドレ譲りだから、この子はイイ男になるな・・・と、似た者夫婦していた。
少しばかりの、羨ましさを持って、眺めていたジェルメーヌだったが、ふと気づいた。アンドレの気をひくのに、正攻法では無理のようだ。
もしかしたら、このまだ幼い、でも、アンドレが目の中に入れても痛くないほどに、可愛がっている、長女アリエノールを手なずけたら、もしかしたら、アンドレにグッと近くなる事が出来る。
ついでに、オスカルにベッタリの、ジュニアもこちらの味方にしてしまえば、オスカルも諦めるかもしれない。
本来なら、子どもになんて興味がなく、それ以上に、子どもと関わった事など無かった。しかし、ジェルメーヌは、やがて訪れるであろう、優雅な暮らしを夢見ながら、ワインを味わった。
そんな、ジェルメーヌを、思案気にジャルママが見ていた。
ジェルメーヌは、先ほどから気になっていた、お風呂の事をシモーヌに聞いてみた。
シモーヌは、このお屋敷には、お風呂は一つしかないのよ。と、告げた。
「え゛・・・?」予想外の答えが返って来て、ジェルメーヌは、慌てた。
すると、
「だから、順番に入るのよ!」
当然のように、シモーヌが、答えた。
「一人ずつ、順番に、ですか?」恐る恐る、ジェルメーヌが、訊ねた。
「あら、それでは、全員が入るまで、一日かかってしまうわよ。
毎日、ひと家族ずつ、交代で入るの。
これまでは、ジャルジェさんと二人のお孫さん、それから、私と夫、そして、次男家族、週二回は入れたけど・・・これからは、ふた家族増える訳だから・・・少し間があくけど、勘弁してね。フフフ」
ジェルメーヌは、味わっていた肉を、塊のまま飲み込みそうになった。そこで気が付いた。一見、最上のコース料理に見えていたが、ワインの味は、革命前まで、飲んでいたものと、なんだか違う。野菜は、新鮮だが、肉は、スパイスの味の方が強い。
まあ、豪華とは言え、平民の一家だ。
こんなモノだろうと、自分を納得させた。
*******************
翌朝、一番鶏と共に、オスカル、アンドレ一家は、まるで、せーのっ!と、声を掛け合ったように、揃って起き上がった。
右から、アンドレ、アリエノール、ジュニア、オスカルの順である。
4人揃って、くせ毛の為、髪の毛が爆発していた。
起き上がると、オスカルが声を発した。
「突撃~~~!」
4人は、それぞれの背丈に合わせて作られた台に向かって、突進した。
台の上には、洗顔用の陶器が置かれていた。順番は勿論、寝ていた時と同じだ。両端から、オスカルとアンドレが、水差しから隣にいる子どもの陶器に、水を満たした。
それぞれ、ごしごし、ざぶざぶと、歯を磨き、顔を洗った。ジュニアが、隣にいるアリエノールの顔をタオルで拭こうとすると、向こうにいる父親が引き受けた。代わりに、自分の顔を、母親が拭いてくれる。ジュニアは、とても嬉しかった。
みんなで、ふふふ・・・と、笑いながら、次の作業に移る。
「総員!一歩後退~~~~」また、オスカルの良く通る声が響いた。
全員一歩下がり、ジュニアとアリエノールが入れ替わった。
オスカルは、台の上に昨夜用意しておいた、着替えを、一束ずつ、アリエノールに渡していく。アリエノールは、ジュニアに渡し、ジュニアは、一番後ろの父親に渡した。
こうして、各自着替えを持つと、また、オスカルの声が響いた。
「かかれ~~~~~」
アリエノールは、母親が着せてくれるのに、ちょっとだけ、不満げな顔をしている。
「(。´・ω・)ん?パパに、着せて欲しいのか?
う~~~~ん、アリエノールは、一応女の子だからなぁ!?
これは、後でパパと話してみよう!」
アリエノールは、満足げに頷いた。
4人とも、着替えが終わると、オスカルがまた、号令した。
「右向け~~~~右!」
すると今度は、アンドレを除いて、3人が入れ替わった。
前から、アリエノール、ジュニア、オスカル、アンドレになった。
つまり、背の小さい順に、並んで、前の者の髪と格闘した。
オスカルは、ジュニアが、手際よく妹の髪を、梳いているのを見て、ああ、この息子は、こうやって、妹の世話をして、頑張って来たのだな。と、感慨深く思い。涙があふれそうになった。
その時、後ろにいる夫が、俯き加減になるオスカルの頭を、引っ張り、無理やり上に向けた。
しっかりしろ!母親だろう!子ども達に、涙を見せるな!そっと、アンドレがオスカルの耳に囁いた。そんな事をするもんだから、オスカルの涙腺は、最大限に緩みそうになったが、どうにか、堪えた。
オスカルの髪は、アンドレがリボンでまとめてくれた。ジュニアは、アリエノールの髪をアリエノールのご希望のリボンで結んだ。その手つきも7歳の男の子とは思えず、今度は、オスカルとアンドレ2人手を取り合って、感慨に震えた。
3人の髪が落ち着くと、アンドレは、自分で格闘しようとした。すると、オスカルが黙って、後ろに回りやっつけてくれる。
4人揃った久し振りの朝、皆ウキウキしていた。
アンドレが、馬の様子を見てくるから、先に朝食室に行ってくれ。
と、伝えると、ジュニアが僕も行きたい。
でも、父さん、朝食じゃなくて、いつもそこで食べるから、食堂だよ。
それに、母さん、食堂知っているの?と、お兄ちゃんらしく、(単にマザコンなだけなのだが)聞いてくる。
アンドレが、シマッタ!と顔をすると、ジュニアが物知り顔で、みんなで一緒に食堂に行こう。食堂は、外に面しているから、馬を見に行くにもそこを通らないといけないんだ。その方がいいんだ!と、論じた。
そんな訳で、またもや4人揃ってワイワイと、階段を降りて行った。
今朝は、アリエノールが、アンドレに肩車をしてもらった。
食堂は、ジュニアが言うように、板戸で外へと出入りできるようになっていて、真ん中に大きな、いびつなこれを楕円形と言っていいのか、分からないテーブルと、丸椅子が、幾つも置いてあった。
壁に向かって、かまど、調理台らしきもの、水場の様なものがあって、思っていた通りジャルママとシモーヌが、立っていそいそと朝食の支度にとりかかっている。
オスカルとアンドレは、明日はもう少し早く起きてこないと、ダメだな。と、目で話し合った。
じゃあ、ちょっと行って来る。ダブルアンドレが、厩の方に向かおうとすると、すかさず、アリエノールが、一緒に行くと言い出した。
厩に向かおうとして、アンドレが戸口に立った。
見渡す限り、畑が続いていた。
オスカルも、並んで眺めた。
アンドレと下町に住んでいた頃、猫の額の半分の土地に、野菜を育てた事はあったが、この様に広大なのが、屋敷の裏にあるのが、不思議だった。
「おふくろ。これは・・・旦那さまと、おやじ、で作ったのか?」
アンドレが、感嘆して言った。
シモーヌが、
「2人も頑張ったけど、ここにいる全員の手が掛かっているのよ。いわば、自給自足。余った分は、町に売りに行くか、物々交換してくるの。
ああ、畑の土地割は、おじいちゃんが決めてくれたのよ。
凄いでしょ!おじいちゃん」
しばらく、畑を眺めて、伯爵将軍と、レース工場の工場長が、身分を捨て、地位を捨て、生きてきたこの一年を思った。
が、現実は、過去に思いを馳せてはくれない。
2人の子どもが、アンドレのシャツを引っ張り出した。
行って来るよ!オスカルに声を掛けると、アンドレは行ってしまった。
足取りも軽く歩く、2人のアンドレと、ちょこちょこと一所懸命に付いて行く、アリエノールを見ながら、オスカルは幸せを感じていた。
それに、何よりも子ども達がいてくれたお陰で、アンドレの気が紛れていると思った。昨日、最愛の祖父母の死を知ったのだ。元々高齢だった為、いつ逝ってしまってもおかしくなかったが、あのような元気な姿を見てきただけに、ショックだっただろう。
それは、わたしにとっても、同じだ。爺やとばあやは、わたしの本当の祖父母だった。二人共、幼い頃からずっと、わたしの事を、『お嬢さま』と呼び、知らず知らずのうちに、男として育てられているわたしの、ホッとできる数少ない理解者だった。
もしも昨晩、2人だけでいたら、途轍もなく暗くなっていただろう。それが、2人の子どもが、闖入してきてくれたお陰で、そのような感傷に浸る暇がなかった。
が、そんな感傷に浸っている暇は今日もなかった。オスカルは、腕まくりをすると、2人の母親に、何か手伝う事は無いか?これでも、家事全般こなせるのだから・・・。と、申し出た。
ジャルママが、そんなオスカルに微笑みながら、
「じゃあ、オスカル、お手並み拝見と、言いたいけど、先ずはお得意の、刃物を頼むわ。この、パンをカットしてもらいたいの。
硬くて、毎日これと格闘するのが、大変だったのよ。
あなたなら、普通のパンと同じくらいに、出来るわね」
はい!と、オスカルに、見た目はバゲットらしい、だが、スゴイ持ち重りのある、パンとナイフを渡された。
ふん!このオスカルさまにナイフを持たせるとは、相変わらず我が母上は、人を見分けるのが、鋭い!などと、軽く思っていたのも、始めの内だった。
1人に2切れだろう・・・そうすると・・・。
などと考えながらカットしていくうちに、額から汗が流れ落ちてきた。
母上・・・。あっと!母さん。ホントに毎朝、これをお1人でカットしていらしたのですか?ナイフではなく、斧でも使いたい気分です。
オスカルが、本音を吐いた。
ほほほ・・・。でしょう~。
こちらの生活は、ヴェルサイユと違って、新しい事の出会い、楽しい事がたくさんで、毎日が新鮮なのよ~。ジャルママは、愉快でたまらないと、笑っていた。
伯爵将軍家の夫人として屋敷を切り盛りしていても、この様に土間のキッチンに立っていても、母上のおっとりしながらも、全てを楽しんでしまう、芯の強い性格は変わらないのだな・・・とオスカルは、好ましく思った。
オスカルが、ふうふう言いながら、パンらしきものをカットしていると、外から、これもやはり、ふうふう言いながら、オスカルよりも、幾分若い女性が戻って来た。ジャネットだった。
両手には、水の入った桶を持ち、食堂に入って来た。
「母さん、この水はカメに入れてしまっていいのかしら?」
手指に桶の縄紐が食い込んで痛いだろうに、そんな事おくびにも出さずに、元気よく聞いた。
それを聞いた、ジャルママは、
「あら、もう一つ、力仕事があったわね!
ねえ!?オスカル、貴女、これからは水汲みもお願いするわ」
義妹の様子を見ていたオスカルは、喜んでこの仕事を引き受けた。
「それで、母上・・・じゃなくて、母さん。
どの位、汲んで来ればいいのですか?」
ジャルママは、周りを見渡して、これまでは、カメ2個で、十分だったのですけど、これからは、人数も増えたから、そちらのカメにも入れてもらって・・・3個分ね」
「ラジャー、もうすぐパンも、切り終わりますから、朝食前に1カメ分、その後、2カメ分戦闘開始します」
労働の喜びと、このアラスに迎えられた喜びをオスカルは、感じていた。
その内、ジャルパパ、グランディエ氏、アンドレの弟とその子ども達・・・そして、アンドレと2人の子どもも、外から戻って来て朝食になった。
(さて、ここで問題です。ここに、アンドレは、何人いるでしょうか?(笑))
パンを食べながら、アンドレが、硬いと聞いていたけど・・・すごいなぁ・・・。と、こぼした。パン屋さんには、この様な物しか売っていないし、自分たちで焼くには、かまどが無いのよ。シモーヌが、弱り果てている、と言った。
それを聞くと、アンドレは、かまどがあれば、焼けるのか?
小麦粉とかは、手に入るのか?ちょっと楽しそうに聞いてきた。
シモーヌは、この一年間何処に行っていたんだかわからない、ぼんくら息子が何を言い出すのか、と思った。まあ、かまどが有れば、もう少しは柔らかいパンが、週に何回かは食べられるわね。小麦粉は、何処かで調達できると思うけど・・・と、何も期待せずに応えた。
「じゃあ、おれが、かまどを作るよ!そうすれば、もっと柔らかいパンが食べられるんだね」言いながらアンドレは、立ち上がってキッチンに近づき、腕を組んで、考え込んでいた。
暫くすると、両手を広げてメジャー替わりにして、パン焼きかまどの大きさを目論み、場所を検討すると、外に様子を見に行った。
そして、さも大事業を行うかのように・・・確かに、今までこの地にいた人たちが考えた事も無い事をするのではあるが・・・腕を組み、この場所に、この位の大きさのを作ろうと思うんだけど・・・と、3個のカメが置いてある場所を示した。
ジョルジェットとシモーヌは、一人は我が子同然に育ててきた娘婿、もう一人は実の息子、が、先ほどから、謎めいた動きをしているのを見ていたが、まさか、本気でかまどを作るとは思ってもいなかったので、かなり驚いた。
アンドレ!あなた!かまどを作れるの!!!!!!!
これが、2人の、そして、それまで黙々と食事と格闘していた、男性陣の正直な気持ちだった。
作れるよ!ジャルジェ家で、作っているのを見ていたし・・・パンを焼くのも見ていた。大丈夫だ!あとは、材料が揃えば、いいんだけど・・・食事が終わったら、探し出して作業にかかりたいけど、それとも他に、おれに割り当てられた、仕事があるのかな?
アンドレの言葉に、そこにいる全員が、首を横に振った。
美味しいものを食べられるのなら、アンドレ1人分の仕事くらい、請け負ってもいい。男性陣は、思った。
ただ一人、オスカルが、そこの3個のかめは、わたしの領分なんだ。
そこに作られては、ちょいと困るんだな、アンドレ君!
それまで、腕を組んで誇らしげに立っていたアンドレに向かって、オスカルも腕を組んで、挑戦するように近づいた。
2人の父さんが、面白そうに見ている。2人の母さんも、面白そうに見ているが、残念ながら、ここにいる全員に柔らかいパンを与えてくれる、アンドレに味方してしまった。
ジャルママが、残念だけどオスカル、かめはこちらに移動しましょう。
こうしてまた、朝食の続きが始まった。
ジャルパパが、馬の様子をアンドレに聞いてる。
出来れば、一頭、農耕馬として使えるものはないか?必死に聞いてきた。
かなり、畑は広いようですが、まだ、広げられるのですか?
アンドレが、パンと格闘しながら聞いた。
ああ、パンを焼くとなると、小麦粉が必要だ。小麦を育ててみたい。
え゛・・ここで、これから、小麦を調達するのですか?
それに、この地で、育つのですか?アンドレが、聞く。
ジャルパパは、小麦なぞ、何処にも売ってなぞおらん!
自分たちで、作った方が手っ取り早い。
だが、わしらは、素人農民だ。
種を植えて、育ててみないと、この土地に合うのかどうかなんて、わかりゃしない。ハハハハハ・・・相変わらず、行き当たりばったりのジャルパパだった。
その様子を見ながら、口を出す順番を、ジュニアが今か今かと待っていた。
オスカルが、気づいて、ジュニア・・・何か、言いたい事があるのか?助け舟を出した。
「うん、父さん、ぼく・・・馬に乗ってみたい!」
幼い頃のアンドレ譲りの、大人しい男の子、ジュニアにしては、珍しいお願いだった。アンドレが、頼もしく思い、どの馬にしようか、思い巡らしていると、すかさず、アリエノールが、
「パパ、アリエノールちゃんも、お馬さん乗る」と、言い出したから、誰もがアンドレが困り果てるだろうと思った。
しかし、アンドレは、満面の笑顔で、
「よ~し!2人一緒に、練習しよう。親子の馬がいるんだ。
少し弱っているから、父さんと三人でこれから、毎日手入れして、世話をしてやれば、おまえ達が乗れるようになるぞ!」
2人の子ども達も喜んだが、それ以上にオスカルが、嬉しそうだった。
オスカルが、ここの畑では、どの様な作物を育てているのか、聞いた。
が、みんな、頭を思い巡らして、アレコレと言うのだが、それは枯れてしまった。だの、あっちは、美味しくなかった。なんとか食べられたのは、向こうの畑のものだった。
と、要領を得ないものだった。
兎に角、ジャルジェ家とグランディエ家は、一緒になって、貴族の身分、豪商の地位を捨てて、農民としてそれなりに、食べていけるようやっている事にオスカルは、安どした。
シモーヌが、小さな皿に盛られたオムレツを、それぞれに渡し始めた。
年配の男二人が、ほう、玉子なんて、久し振りだな。
パリから良く持って来てくれた。と、喜んだ。
ら、
アンドレが、いえ、それは、パリのニワトリではなくて、
東の果ての国から、オスカルが持ってきたモノです。
と、きっぱりと言った。
オスカルは、ギョッとして、夫の方を見たが、夫は平然としていた。
頭が、可笑しくなりそうだ・・・。
オスカルは、ますます、アンドレが分からなくなってきた。
今、オスカルにとって、アンドレは、3人になっている。
オスカルとアンドレのそんな思いなど関係なく、シモーヌが、
「卵が、10個だったから、小さめのオムレツになってしまったけど、有難く頂きましょう・・・。
あら、一皿、余っているわ。ちゃんと、人数を数えて作ったのに・・・」
そこで、オスカルは、目の上のたん瘤が、居ないのに気が付いた。
「まだ、起きてこないのですか?」
え゛・・・オスカルを除く、11人が一斉に声を上げた。
そして、テーブルに着いている身内の顔を、眺めた。
全員揃っているような・・・。
そして、アンドレは、オスカルと目が合わないようにした。
つづく
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