アランの下宿屋に戻ると、アンドレは、早速図面を広げた。
ベッドの上に・・・。
何故ならば、一つだけあるテーブルの上は、子ども達が占拠していて、使えなかった。
そんなアンドレに、オスカルが、後ろから抱きついた。
どうしたんだ?
アンドレが、優しく聞いた。
「だって、アンドレ、子ども達はぐっすり眠っているし・・・。」
うん、だから、じっくりと図面を見て、少し計画を練りたい。
また、真剣になったアンドレが言った。
「おまえ、冷たいんだな・・・。
せっかく、子ども達が・・・・・・だって言うのに・・・。
わたしは、寝るぞ!」
オスカルが、チェっといって離れた。
アンドレがオスカルを見ると、
服を脱ぎ、真っ白な肢体が見えたと思ったら、ストンと夜着を着てしまった。
それを見たアンドレは、慌てて図面を丸めると、ベッドに直行した。
「久しぶりだな」
オスカルは、反対側を向いて、
「わたしは、眠いのだ。散々、不動産屋で、訳の分からない話を聞かされて、あくびが出そうなのを耐えていたんだぞ!
ほっといてくれ!」
怒ってしまったようだ。
アンドレが、優しく言う。
「いつから、していないんだっけ?」
オスカルは、すっとぼけて・・・。
「何を?」
相変わらず、眠そうに言う。
それでも、アンドレは、優しくオスカルの体に触れながら・・・ささやいた。
「夜の営み・・・。」
オスカルが、黙って考えている様だった。
彼女の考えている事は、全てわかっているアンドレは少し安心した。
「だろ?いつからか思い出せないだろう!」
すると、オスカルから意外な答えが返って来た。
「夜の営みって、なんだ?夜勤の事か?
我々には、もう関係ないぞ!」
アンドレは、妻の考えが少しずつ理解できなくなってきたのかと落ち込んだ。
大体の、考えている事はわかっている。だが、細かい事になると、最近、分からなくなってきているのかもしれない。
大体、あのパリから外れた場所に、家を決めた事もだ。
モンパルナスに通勤するアンドレにとっては、かなり遠い。
馬で通わなければならないだろう。
そりゃあ、家の周囲も、建物の頑丈そうな所も、治安も良さそうだった。
すると、オスカルが振り向いて、アンドレの首に腕を回した。
「ちょっと、からかっただけだ」
*******************
アンドレが、不思議に思っていた事を聞いてみた。
「おまえ、幾らぶっかけたんだ?」
「50%だ!ダメだったか?」
アンドレは、しばらく、何も言えなかった。
そして、
「知らないとはいえ、よく言えたな!」
アンドレは、確かオスカルは、毎食カフェで食事をとっていて、その位の金銭価値はわかっているのだろう。
だが、不動産となると、生まれた時から、お屋敷があったから、その点については分からないのだろう・・・と、判断した。
オスカルが、済まなそうに答えた。
「金の価値がよく分かっていない。
おまえの、金額は、妥当なのか?」
「あのおやじ、かなり焦っていただろう?
交渉が朝でなくてよかった。その点は、あまえに感謝だな」
午前中から始めたら、時間があるだけに、不動産屋もゆっくりと、思案してあそこ迄、安くしなかっただろう。アンドレは、思った。
「それだけか?あそこを見つけたのは、わたしだぞ!」
モンパルナスから、かなり遠い所だった。そして、めちゃくちゃ、入り組んだ、路地を抜けた所のアパルトマンを、かなり歩いて探したオスカルだ。ホントは、レヴェとヴィーに導かれてだったが・・・。
「何か魂胆があるのか?」
アンドレは、妻の考えていそうな事を、思い浮かべながら聞いた。
「まあな、だが、まだ考え中。決まったら話す。
それと、忍者ハットリ君は、少しお休みだ。
間際になってもおまえは動けるだろう」
朝飯前だ!アンドレが、ガッテンした。
「また、歩き回って、修行に良い場所を見つける。
それから、あの家だが、キッチン周りとか・・・言うのか?
そう言うのは、分からないから任せるが、少々希望がある。
話を進める前に、説明させてくれ」
アンドレは、思い出した。近衛隊にいた時も、衛兵隊で何か作戦を練る時も、予想はしているものの、決断する時は、直前か、動き出してからだった。
夫婦になったからと言って、オスカルの性格が変わる訳はない。自分の、思い過ごし・・・自惚れ・・・だったのだ。オスカルのある部分はまだ、軍人の、ジャルジェ准将として、動いているのだ。
「承知しました。ジャルジェ准将どの。
あ!不動産屋におまえの身分言わなかったな。
そうしたら、もう少し値切れたかもしれない」
アンドレは、額に手をやり、忘れていた事に後悔した。
「それば無理だな、わたしの身分も伯爵領も無くなっている。
いわば、一文無しだ」
ほう、ここの所は、理解しているのか・・・アンドレは感心した。
そこへまた、大きな声がした。
「パパもママンも帰ってきたの〜
それでまた、内緒話してる〜
アリエノールちゃんも混ぜて~」
アンドレは、この部屋から追い出すわけにもいかず、仕方無しにアリエノールをベッドに入れた。
*******************
その頃、ジェルメーヌは、オスカルと同じくパリを歩き回っていた。しかし、彼女の行くところは、かなり、貧しい人達の住んでいる場所だった。そこに、見事なプラチナブランドが歩いているのである。
かなりではなく、超目立っていた。だが彼女は、路地にびっしりと並ぶ、露店を吟味しながら歩いていた。そしてそれらの露店の人達と、気さくに話し、商品を手に取り、気にいると買っていた。
幸運なことに、アランの下宿屋近くに、馴染みの店ができた。親しくなったオヤジやおばさんに、何気なく、所場代を聞き出す。
ニコッと笑うと、他の場所に行って、古着を買ってきた。凄い匂いだった。そこで、洗ってみた。それでも染みついた臭いは、頑固だった。
それから彼女は、中流の店に行って、ドレスか何かを作った端切れを何枚か買ってきた。
古着は、あちらこちらに、穴が開き、切り裂いた跡もあった。
それでも、無いよりましなので、みな買っていく。
ジェルメーヌは、それらに端切れを当ててみた。中々良かった。次々とそれをやっていく。そして、空いている場所に店を出し始めた。いわゆるちょっとだけ、高級な古着屋だった。
だが、穴も、切り裂いた跡もなくなり、その上、その場所に綺麗な接ぎがしてある。女達が目にとめ出した。噂にもなった。こうして、ジェルメーヌの商売は、順調に滑り出した。
だが、もの凄く忙しくなった。よその古着屋で、仕入れてくる。それを、朝から洗濯して、帰宅すると、古着を繕う。そして、アイロンをかける。でも、自分で稼ぐ事に喜びがあった。
ある程度、金が貯まると、アランの下宿屋を出ようかとも思ったが、大量の古着を干せるのは、此処しかなかった。アランに話して・・・以前気まずい事があったので・・・居住する事が出来るようになった。
アランは、ジェルメーヌの変わりように驚いた。
アラスでいったい何があったのか?聞きたかったが、ジェルメーヌが、あまりに忙しく働いているので、取り付く島もなかった。
*******************
そうこうしている内に、オスカル、アンドレ一家の家も完成し、アランの下宿屋から引っ越していった。
アンドレ一家は、平和に楽しく暮らしていた。
オスカルは、昼間は、近所の子ども達を集めて、勉強を教えている。
その中には、勿論、相変わらず、医学書に謎の塗り絵をしている、アリエノールもいた。
そんなある朝、早くにアランが訪ねてきた。
下宿の、自分の部屋を、リフォームして欲しい、何だったら隣の部屋と続きになっても構わない。そして、シャワー室は決して譲れない。それで、幾らかかるか、見積もってくれ。という事だった。
その言い方が、アランらしくないもじもじしていた。
それに、アランが、シャワーを浴びるとも、考えられなかった。
よくよく、聞いてみると、ジェルメーヌにプロポーズをしたい。今の彼女は、以前と違って、魅力的だ。だから、エンゲージリングやマリッジリングよりも、ずっと使える、住みやすい部屋と、シャワー室をプレゼントしたい。
真っ赤になって、言った。
オスカルは、一つ聞かせてくれ、真剣に言った。
「おまえのケツは、青いのか?」
すると、アランは、アンドレを睨みつけて、頼むな!
一言言って、出て行ってしまった。
オスカルが、なんだ?アレは?アレが人に物を頼む態度か!
怒って言った。
アンドレは、ケラケラ笑っていた。
アランが、戻ると丁度ジェルメーヌが、古着を持って出かけようとしていたところだった。
「重たそうだな。少し持とうか?」
「あら、珍しく優しいのね」
アランは、ぶっきらぼうに、
「おい!今度な、おれの部屋を改装しようと、思っている。勿論、シャワー付きだ。今、アンドレの所に見積もりを頼んできた」
「あらまあ!貴方がシャワーを浴びるの?
晴天の霹靂、この季節に40℃(最近のパリは40℃に時たまなります)にならなければ良いけど・・・。
で、それ、持ってくれるのなら、もう少し持って来るわ」
ジェルメーヌは、階段に向かった。それを追うようにアランが叫んだ。
「そうじゃないぜ!おれとおまえで一緒に住んで、一緒に使うんだ!」
階段に足を掛けたまま、ジェルメーヌが、振り返った。
「何、それ?
なんで、私が貴方の部屋に住まなくちゃいけないの?」
アランは、真っ赤になって、思い切って言った。
「だから、結婚しようって、言ってるんだ」
ジェルメーヌはポカンとして、振り返った。
「冗談は、やめてよ。
貴方とは、もうずっと前に終わったのよ。
私は、彼方の事を、恋愛対象としてみてはないわ。
それに、貴方、無職じゃないの!
下宿屋って言ったって、満室だけど、誰も賃料なんて払っていないじゃないの!
私くらいだわ、真面目に払っているの。
それに、朝夕の食事は出るはずだったのが、最近は全くじゃないの!」
一気にまくし立てた。
「それは、お袋が、もう歳で殆ど寝込んじまったからだ」
「だったら、暇なんだから貴方がやれば?それに、あちこちホコリだらけ。
此処に、洗濯物を干せるからいるようなもので、じゃなかったら出て行きたいところよ!
それに、万が一結婚したら、私が貴方を食べさせるの?
冗談じゃないわ、私だって自分一人で精一杯なんだから」
ジェルメーヌは、一気に言って、自分を落ちつかせた。
するとアランが、
「仕事なら探す。
おまえを、食わせるくらい、稼いでみせるさ」
それにまた反応して、ジェルメーヌが、
「彼方にどんな仕事が出来るというの?
軍人しか経験が無いのでしょう?
私が、何を思い。何を決心して、この仕事をしていると思っているの?
アラスで、いろいろ学んできたのよ!
それに、貴方はまだ、私の向こうにオスカルを見ている。
そんな人は、ゴメンだわ。
ただの私を見てくれる人でなければ、イヤなの」
「そんな事はない、おまえを見ている。
アラスから帰ってきて、生まれ変わったジェルメーヌを見ているんだ」
「その向こうに、彼女が見えているのを知っているわ」
「隊長とおまえは、たまたま他人のそら似だ。おれは、中身を見ているんだ」
「じゃあ、教えてあげるわ。
中身も同じなのよ。私にも、ジャルジェ家の血が流れているの。
オスカルとは、腹違いの姉妹なの」
ジェルメーヌは、今まで隠してきた事を堂々と言ってのけた。
アランは、茫然と立ち尽くした。
仕草のひとつひとつが、似ていた。
怒る時の爆発の仕方もそっくりだった。
笑うつぼも同じだった。
ジェルメーヌは、呆然としている間に、アランが持っていた古着を引ったくると出かけて行った。
そして、2ー3日後、ジェルメーヌの姿は、なくなっていた。
その後、肩を落として、アランが再びやって来た。
「ジェルメーヌに断られた。」
ボソッと言った。
「おまえは、一生分の片思いをしている方が、似合っているんだ」
オスカルなりの、慰めだった。
アンドレが、目を白黒させていた。
ジェルメーヌは、どうしているんだ?
一緒の家に居ては、気詰まりだろう。アンドレが聞いた。
アランは、オスカルの言葉に、ジェルメーヌに断られた以上に傷ついていた。
一言、出て行っちまった・・・。とだけ、答えて、出て行ってしまった。
アンドレは、相変わらず、ニコニコしながら、
アランの心配をしている、天然の妻を見つめていた。
でも、そんな妻を愛していた。
つづく
ベッドの上に・・・。
何故ならば、一つだけあるテーブルの上は、子ども達が占拠していて、使えなかった。
そんなアンドレに、オスカルが、後ろから抱きついた。
どうしたんだ?
アンドレが、優しく聞いた。
「だって、アンドレ、子ども達はぐっすり眠っているし・・・。」
うん、だから、じっくりと図面を見て、少し計画を練りたい。
また、真剣になったアンドレが言った。
「おまえ、冷たいんだな・・・。
せっかく、子ども達が・・・・・・だって言うのに・・・。
わたしは、寝るぞ!」
オスカルが、チェっといって離れた。
アンドレがオスカルを見ると、
服を脱ぎ、真っ白な肢体が見えたと思ったら、ストンと夜着を着てしまった。
それを見たアンドレは、慌てて図面を丸めると、ベッドに直行した。
「久しぶりだな」
オスカルは、反対側を向いて、
「わたしは、眠いのだ。散々、不動産屋で、訳の分からない話を聞かされて、あくびが出そうなのを耐えていたんだぞ!
ほっといてくれ!」
怒ってしまったようだ。
アンドレが、優しく言う。
「いつから、していないんだっけ?」
オスカルは、すっとぼけて・・・。
「何を?」
相変わらず、眠そうに言う。
それでも、アンドレは、優しくオスカルの体に触れながら・・・ささやいた。
「夜の営み・・・。」
オスカルが、黙って考えている様だった。
彼女の考えている事は、全てわかっているアンドレは少し安心した。
「だろ?いつからか思い出せないだろう!」
すると、オスカルから意外な答えが返って来た。
「夜の営みって、なんだ?夜勤の事か?
我々には、もう関係ないぞ!」
アンドレは、妻の考えが少しずつ理解できなくなってきたのかと落ち込んだ。
大体の、考えている事はわかっている。だが、細かい事になると、最近、分からなくなってきているのかもしれない。
大体、あのパリから外れた場所に、家を決めた事もだ。
モンパルナスに通勤するアンドレにとっては、かなり遠い。
馬で通わなければならないだろう。
そりゃあ、家の周囲も、建物の頑丈そうな所も、治安も良さそうだった。
すると、オスカルが振り向いて、アンドレの首に腕を回した。
「ちょっと、からかっただけだ」
*******************
アンドレが、不思議に思っていた事を聞いてみた。
「おまえ、幾らぶっかけたんだ?」
「50%だ!ダメだったか?」
アンドレは、しばらく、何も言えなかった。
そして、
「知らないとはいえ、よく言えたな!」
アンドレは、確かオスカルは、毎食カフェで食事をとっていて、その位の金銭価値はわかっているのだろう。
だが、不動産となると、生まれた時から、お屋敷があったから、その点については分からないのだろう・・・と、判断した。
オスカルが、済まなそうに答えた。
「金の価値がよく分かっていない。
おまえの、金額は、妥当なのか?」
「あのおやじ、かなり焦っていただろう?
交渉が朝でなくてよかった。その点は、あまえに感謝だな」
午前中から始めたら、時間があるだけに、不動産屋もゆっくりと、思案してあそこ迄、安くしなかっただろう。アンドレは、思った。
「それだけか?あそこを見つけたのは、わたしだぞ!」
モンパルナスから、かなり遠い所だった。そして、めちゃくちゃ、入り組んだ、路地を抜けた所のアパルトマンを、かなり歩いて探したオスカルだ。ホントは、レヴェとヴィーに導かれてだったが・・・。
「何か魂胆があるのか?」
アンドレは、妻の考えていそうな事を、思い浮かべながら聞いた。
「まあな、だが、まだ考え中。決まったら話す。
それと、忍者ハットリ君は、少しお休みだ。
間際になってもおまえは動けるだろう」
朝飯前だ!アンドレが、ガッテンした。
「また、歩き回って、修行に良い場所を見つける。
それから、あの家だが、キッチン周りとか・・・言うのか?
そう言うのは、分からないから任せるが、少々希望がある。
話を進める前に、説明させてくれ」
アンドレは、思い出した。近衛隊にいた時も、衛兵隊で何か作戦を練る時も、予想はしているものの、決断する時は、直前か、動き出してからだった。
夫婦になったからと言って、オスカルの性格が変わる訳はない。自分の、思い過ごし・・・自惚れ・・・だったのだ。オスカルのある部分はまだ、軍人の、ジャルジェ准将として、動いているのだ。
「承知しました。ジャルジェ准将どの。
あ!不動産屋におまえの身分言わなかったな。
そうしたら、もう少し値切れたかもしれない」
アンドレは、額に手をやり、忘れていた事に後悔した。
「それば無理だな、わたしの身分も伯爵領も無くなっている。
いわば、一文無しだ」
ほう、ここの所は、理解しているのか・・・アンドレは感心した。
そこへまた、大きな声がした。
「パパもママンも帰ってきたの〜
それでまた、内緒話してる〜
アリエノールちゃんも混ぜて~」
アンドレは、この部屋から追い出すわけにもいかず、仕方無しにアリエノールをベッドに入れた。
*******************
その頃、ジェルメーヌは、オスカルと同じくパリを歩き回っていた。しかし、彼女の行くところは、かなり、貧しい人達の住んでいる場所だった。そこに、見事なプラチナブランドが歩いているのである。
かなりではなく、超目立っていた。だが彼女は、路地にびっしりと並ぶ、露店を吟味しながら歩いていた。そしてそれらの露店の人達と、気さくに話し、商品を手に取り、気にいると買っていた。
幸運なことに、アランの下宿屋近くに、馴染みの店ができた。親しくなったオヤジやおばさんに、何気なく、所場代を聞き出す。
ニコッと笑うと、他の場所に行って、古着を買ってきた。凄い匂いだった。そこで、洗ってみた。それでも染みついた臭いは、頑固だった。
それから彼女は、中流の店に行って、ドレスか何かを作った端切れを何枚か買ってきた。
古着は、あちらこちらに、穴が開き、切り裂いた跡もあった。
それでも、無いよりましなので、みな買っていく。
ジェルメーヌは、それらに端切れを当ててみた。中々良かった。次々とそれをやっていく。そして、空いている場所に店を出し始めた。いわゆるちょっとだけ、高級な古着屋だった。
だが、穴も、切り裂いた跡もなくなり、その上、その場所に綺麗な接ぎがしてある。女達が目にとめ出した。噂にもなった。こうして、ジェルメーヌの商売は、順調に滑り出した。
だが、もの凄く忙しくなった。よその古着屋で、仕入れてくる。それを、朝から洗濯して、帰宅すると、古着を繕う。そして、アイロンをかける。でも、自分で稼ぐ事に喜びがあった。
ある程度、金が貯まると、アランの下宿屋を出ようかとも思ったが、大量の古着を干せるのは、此処しかなかった。アランに話して・・・以前気まずい事があったので・・・居住する事が出来るようになった。
アランは、ジェルメーヌの変わりように驚いた。
アラスでいったい何があったのか?聞きたかったが、ジェルメーヌが、あまりに忙しく働いているので、取り付く島もなかった。
*******************
そうこうしている内に、オスカル、アンドレ一家の家も完成し、アランの下宿屋から引っ越していった。
アンドレ一家は、平和に楽しく暮らしていた。
オスカルは、昼間は、近所の子ども達を集めて、勉強を教えている。
その中には、勿論、相変わらず、医学書に謎の塗り絵をしている、アリエノールもいた。
そんなある朝、早くにアランが訪ねてきた。
下宿の、自分の部屋を、リフォームして欲しい、何だったら隣の部屋と続きになっても構わない。そして、シャワー室は決して譲れない。それで、幾らかかるか、見積もってくれ。という事だった。
その言い方が、アランらしくないもじもじしていた。
それに、アランが、シャワーを浴びるとも、考えられなかった。
よくよく、聞いてみると、ジェルメーヌにプロポーズをしたい。今の彼女は、以前と違って、魅力的だ。だから、エンゲージリングやマリッジリングよりも、ずっと使える、住みやすい部屋と、シャワー室をプレゼントしたい。
真っ赤になって、言った。
オスカルは、一つ聞かせてくれ、真剣に言った。
「おまえのケツは、青いのか?」
すると、アランは、アンドレを睨みつけて、頼むな!
一言言って、出て行ってしまった。
オスカルが、なんだ?アレは?アレが人に物を頼む態度か!
怒って言った。
アンドレは、ケラケラ笑っていた。
アランが、戻ると丁度ジェルメーヌが、古着を持って出かけようとしていたところだった。
「重たそうだな。少し持とうか?」
「あら、珍しく優しいのね」
アランは、ぶっきらぼうに、
「おい!今度な、おれの部屋を改装しようと、思っている。勿論、シャワー付きだ。今、アンドレの所に見積もりを頼んできた」
「あらまあ!貴方がシャワーを浴びるの?
晴天の霹靂、この季節に40℃(最近のパリは40℃に時たまなります)にならなければ良いけど・・・。
で、それ、持ってくれるのなら、もう少し持って来るわ」
ジェルメーヌは、階段に向かった。それを追うようにアランが叫んだ。
「そうじゃないぜ!おれとおまえで一緒に住んで、一緒に使うんだ!」
階段に足を掛けたまま、ジェルメーヌが、振り返った。
「何、それ?
なんで、私が貴方の部屋に住まなくちゃいけないの?」
アランは、真っ赤になって、思い切って言った。
「だから、結婚しようって、言ってるんだ」
ジェルメーヌはポカンとして、振り返った。
「冗談は、やめてよ。
貴方とは、もうずっと前に終わったのよ。
私は、彼方の事を、恋愛対象としてみてはないわ。
それに、貴方、無職じゃないの!
下宿屋って言ったって、満室だけど、誰も賃料なんて払っていないじゃないの!
私くらいだわ、真面目に払っているの。
それに、朝夕の食事は出るはずだったのが、最近は全くじゃないの!」
一気にまくし立てた。
「それは、お袋が、もう歳で殆ど寝込んじまったからだ」
「だったら、暇なんだから貴方がやれば?それに、あちこちホコリだらけ。
此処に、洗濯物を干せるからいるようなもので、じゃなかったら出て行きたいところよ!
それに、万が一結婚したら、私が貴方を食べさせるの?
冗談じゃないわ、私だって自分一人で精一杯なんだから」
ジェルメーヌは、一気に言って、自分を落ちつかせた。
するとアランが、
「仕事なら探す。
おまえを、食わせるくらい、稼いでみせるさ」
それにまた反応して、ジェルメーヌが、
「彼方にどんな仕事が出来るというの?
軍人しか経験が無いのでしょう?
私が、何を思い。何を決心して、この仕事をしていると思っているの?
アラスで、いろいろ学んできたのよ!
それに、貴方はまだ、私の向こうにオスカルを見ている。
そんな人は、ゴメンだわ。
ただの私を見てくれる人でなければ、イヤなの」
「そんな事はない、おまえを見ている。
アラスから帰ってきて、生まれ変わったジェルメーヌを見ているんだ」
「その向こうに、彼女が見えているのを知っているわ」
「隊長とおまえは、たまたま他人のそら似だ。おれは、中身を見ているんだ」
「じゃあ、教えてあげるわ。
中身も同じなのよ。私にも、ジャルジェ家の血が流れているの。
オスカルとは、腹違いの姉妹なの」
ジェルメーヌは、今まで隠してきた事を堂々と言ってのけた。
アランは、茫然と立ち尽くした。
仕草のひとつひとつが、似ていた。
怒る時の爆発の仕方もそっくりだった。
笑うつぼも同じだった。
ジェルメーヌは、呆然としている間に、アランが持っていた古着を引ったくると出かけて行った。
そして、2ー3日後、ジェルメーヌの姿は、なくなっていた。
その後、肩を落として、アランが再びやって来た。
「ジェルメーヌに断られた。」
ボソッと言った。
「おまえは、一生分の片思いをしている方が、似合っているんだ」
オスカルなりの、慰めだった。
アンドレが、目を白黒させていた。
ジェルメーヌは、どうしているんだ?
一緒の家に居ては、気詰まりだろう。アンドレが聞いた。
アランは、オスカルの言葉に、ジェルメーヌに断られた以上に傷ついていた。
一言、出て行っちまった・・・。とだけ、答えて、出て行ってしまった。
アンドレは、相変わらず、ニコニコしながら、
アランの心配をしている、天然の妻を見つめていた。
でも、そんな妻を愛していた。
つづく
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