隊長!おはようございます!

童顔が残る顔に似合わぬハスキーな声が、司令官室に響いた。
日に透けるようなブロンドの男が、
姿勢を正し、敬礼をして立っていた。

「早いな!昨夜の今日で感心だ。
しかし、この司令官室にどうやって忍び込んだのだ?」
オスカルも、姿勢を正し、これまた、昨夜の密会など無かったように准将の顔をしていた。

「は!昨日、管理人さんの所にも、ご挨拶にお伺いしました。
それで、鍵をお借りする事が出来ました」
何の悪びれもなく、ロジャー・メドウス・テイラーは、言った。

その顔は、昨夜、女の子に囲まれていた時と違い、
全く表情の見られない軍人そのものだった。
けれど、それが一層イイ男に見えた。
但し、オスカル相手には、全く通じなかった。

そんな彼の態度に、
「そうか。君は、ド・ギランドの司令官室にも勝手に、出入りしていたのか?
それで、何時からここにいたのかね?」
オスカルは、椅子に腰を下ろしながら、厳しい声を響かせた。

しかし、ロジャーは、顔色も変えず、相変わらず直立不動で、オスカルの移動に合わせて、体の向きを変えて、答えた。
「はい!2時間前には、入室しておりました」

「ほう、2時間も、ボーっとしていたのかね?
それとも、この司令官室に何か面白いものでもあったのか?

衛兵隊に着任したとはいえ、まだ昨日だ。
その上、まだ試用期間だ。

此処には、我が衛兵隊のトップクラスの機密文書が沢山ある。
今までも、軍に所属していたらその位分かっていてもいいのではないか?」
オスカルも、昨夜、アンドレに愛を囁いた声とは、全く別人の、厳しい口調だった。

そして、まだ続けた。
「それで、2時間も前に来て、何をしていたのだ?
何か、面白いものでもあったか?
二時間も立っていたなどと言う、戯言は聞かないぞ!」

それでも、ロジャーは悪びれもせずに、
「はい!承知しました。明日からは、ドアの外でお待ち致します。

こちらに入室してからは、デスクにある書類・・・ド・ギランド艦長から、聞き及びしておりましたので、目を通して、仕訳しておりました。

1時間ほどで、あらかた終了しましたので、立って隊長のお越しをお待ちしていました」

オスカルの後ろに立つ、ロジェが、ほう!こいつ、1時間も突っ立っていたのか・・・と、口笛を鳴らす所をすんでの所で抑える。彼もまた、1か月近く、オスカルの供をして、軍人と言う者を、少し弁えつつあった。

オスカルは、己の広いデスク上の正面に置かれている、幾つかの書類の山を見た。かなりの量である。ヴェルサイユ四剣士隊が去ってから、滞っていた書類が、見事に整理されている。この、仕訳にミスが無ければ、大した物だ、と言ってやりたい位だった。

だが、信用するわけにはいかなかった。スキルはある。と、ド・ギランドは言って来たが、それは、ド・ギランドの見解であり、海軍で事だ。オスカルが、使ってみて、その目で見て確かめないと、納得できない、そう思った。

取りあえず、相変わらず直立不動のロジャーを座らせて、書類を確認し始めた。一部を除いて、大方適当な場所に置いてあるようだ。
しかも、その一部は、彼が海軍に所属していた為。
そして、衛兵隊を知らないからであった。

それにしても、この膨大な資料を、たったの1時間で仕分けし終わるとは、オスカルは、感心したがそんな事はおくびにも出さない。
うむ・・・と、だけ、言った。

「我が隊の、最重要書類が、まだの様だが、判読は難しいかな?ロジャー君!」
オスカルは、得意のニヤリとしながら、聞いた。

この『ニヤリ』は、見る者にとって、心の底から痺れるもの(アンドレもだが)、若しくは、恐怖のどん底に落ちる者がいた。しかし、ロジャーの、態度からは全くどちらかは、分からなかった。

そして、最重要書類とは、兵士達から、目安箱へ入れられた書類だった。
ロジャーも少し、硬直させていた顔をほころばせて、
「最重要書類・・・楽しいものは、残しておく性分です。
これから、かかろうと思っています」
と、答えた。

オスカルは、何だ。読めるのか・・・アンドレとの、接点が無くなるな。とガッカリすると同時に寂しさを覚えた。どうにかして、この仕事をアンドレの為にも、ロジャーには渡したくなかった。

アンドレが、衛兵隊を離れている今、アンドレと衛兵隊員をつなぐ、接点はこれだけだ。

一年後、晴れて自他ともに認められる恋人となった時。アンドレが、この衛兵隊に戻って来ても、彼等との繋がりがあるよう、この作業が、アンドレと兵士達の為になると、オスカルは思っていた。

オスカルは、サッとロジャーから、最重要書類を取り上げた。そして、これは、兵士たちの、本音を書いたものだ。新入りに見せる訳にはいかない。

今まで通り、アンドレに任せることにする。・・・心の中で、舌を出して、取り上げた。
その仕草が、表面に現れているなど、オスカルは、思ってもいなかった。
しかし、ロジャーには、響いた。

それぞれが、持ち場について、執務をはじめ、ジョルジュが、飲み物の好みを聞いて給湯室に去った。

その時、
Vアラートが鳴った。

オスカルは、また、くだらない事だろうと思った。
手を止めて、見るまでの事ではないだろう。

しかし、昨夜のアンドレとの余韻を残していたので、何か、面白い事でもあるのかな?と、ちょいと見てみようと、野次馬根性顔で、顔認証してみる。

スマホを見るオスカルの顔が、みるみる青くなっていく。
サファイヤの瞳より、ずっと深い青だった・・・。
なんて、呑気な事を言っていられる場合ではない。

オスカルが、スマホを持って、プルプルしていると、
今度は、LINEが届いた。
オスカルは、無意識に、Vアラートから逃げるように、LINEを開いた。
真っ青な顔で・・・。
ド・ギランドだ。

ホッとして、すがるように、ド・ギランドからのLINEを読む。

『オスカル・・・大丈夫か?
たった今、Vアラートを受信した。
一か月延長の罪だって!

ハハハハハ・・・やるなぁ!おまえ!
アンドレの部屋に忍び込んだって?!
見直したぞ。おまえらの愛は本物だ!俺が保証する。

一か月くらいの延期の罪が何だってんだ!
そんなもの、熱い愛で、乗り越えろ!
今夜、吞みに付き合ってやれなくて、悪いな!
もう少ししたら、陸に上がるから、そしたら、ぶっ倒れるまで、吞もうぜ!
おまえの、親友ド・ギランド』

オスカルの頬に赤みが差してきた。
遠い海の上で心配してくれる友がいる。
なんて、自分は恵まれているんだろう。

だが、一か月延長とは・・・
8月か・・・
アンドレが、二歳年上になってしまうではないか!
って、オスカルさま、そこではないでしょ!

兎に角、やや立ち直った・・・立ち直りの早いオスカルは、スマホを手にした。
トークを見ていく。
ド・ギランドが、当然のように一番上にある。
船の上であろうか、ふんぞり返ったアイコンを使っている。

スクロールしてみた。
アンドレが、はるか彼方になっている。
また、悲しくなってきた。
しかも、アンドレがアイコンに使っている、満面の笑みのアンドレの顔が無くなっている。

その傍に、最近また友情を温めなおした懐かしい名前があった。
あ!彼だ。彼なら、今日のわたしの悲しみを共有してくれるだろう。
オスカルは、かつての親友。そして、今また親友となったフェルゼンにLINEした。

(おはよう)のスタンプ!
『今夜、食事でもどうだ?
最近評判の、アラン・デュカスなんてどうだ!?
わたしの方で、手配しておく。
20時に来てくれ!』

よし!オスカルは、この悲惨な通達をぶちまける相手がいたことに、ホッとした。
が、予約をしようとして、どうすればいいのか、思考が止まってしまった。これまで、このような事は全て、アンドレが手配してきた。

取りあえず、LINEのお友達を検索してみた。アラン・デュカスは現れなかった。困ってしまった。あ!そうだった!料理長の名前で、レストランではなかった!

ここでまた、オスカルの手が止まってしまった。店の名前が分からなかった。ポリポリと頬を掻いてみたが、解決するわけはない。

そんな隊長の様子を、ロジャーは仕事に没頭する振りをしながら、楽しそうに見ていた。勿論、オスカルは、全く気が付かない。

ロジャーは、昨日、着任し、飲みに行っただけだった。隊長は、殆ど感情を顔に出さずにいた。それが今、コロコロと表情を変えている。何があったのか、分からないが、面白い女性(ヒト)だと、思い始めた。

考えあぐねて、オスカルはジャルジェ家の執事にLINEした。
執事は、執事らしく、生真面目な顔をして、顔認証した。
すると、瞬時に返信が来た。

その手の、超高級なレストランは、使いの者が書状を持って訪れて予約をする事となっております。本日の20時でしたら、アンドレに行ってもらいますので、ご安心くださいませ。

と、あった。オスカルは、そうか・・・そういうものなのか。
これで一つ賢くなったぞ!と、今夜の楽しい会話と食事に思いを馳せながら、執務に戻った。

  つづく
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