8月25日、

オスカルとアンドレは、朝を待ちきれず、日が昇るとともに起き、食事をしながら今日のプランを練っていた。

買い物はパリだ!・・・アンドレが言った。
馬でか?・・・オスカルが、聞いた。

アンドレは、少し考えて、
馬を停める所は、ないかもしれない。
辻馬車で行こう。

そう言ったアンドレとしては、今回のデートは、自分でプランして、費用も自分の給料で、オスカルを楽しませたかった。だから、ジャルジェ家の馬を使いたくなかった。

辻馬車と聞いたオスカルは、オヤッと思ったが、今回は男性のリードだったから、黙ることにした。

そこで、朝食が終わると2人はそれぞれ自室に戻って、荷造りを始める。

アンドレは、ほんの5分で終わった。
ボクサーパンツと、電気カミソリ、シェービングローション、それに、寝癖を直すブラシ、歯磨きセット(ヨーロッパのホテルには歯磨きセットがないのである)。

これで終わりだった。あ!あと、スマホ!それと、大事な大事な、財布!中身を確かめる。大丈夫だ!

パジャマも考えたが、向こうに、ガウンがあるだろうし、元々ガウンなんて、必要ないだろうからベッドの上に投げ捨てた。(スケベな男だ!)

表玄関に行き、オスカルを待つ。
準備万端だ。

しかし、オスカルは未だ来ない。女性の身支度は長い。と言うが、オスカルに限って、そんな事は無いはずだが・・・、
しかし、アンドレは心配になってきた。

もしかして、月誕生日は、オスカル付きの侍女たちも、休暇になっている。従って、生まれて初めて、荷造りなるものをしようと、途方に暮れているのではないだろうか?

実際、オスカルは、悩みこんでいた。
目の前にある、箱をじっと眺めていた。
アンドレへのプレゼントである。

普通のプレゼントだったら、問題なかった。だが、とても繊細な羽ペンだ。横にも、縦にも、逆さになんて、冗談じゃない。ましてや、辻馬車に乗せて、揺られたらオジャンである。それに、アンドレに見られてしまう。

我が家の、スプリングの効いた、揺れない馬車で行こう。
そう言いたかったが、今回は、アンドレの計画で・・・。と言った手前、言い出せないでいた。

それよりも、何で、ジャルジェ家のではないと、いけないのか?なんて、アンドレに聞かれたら、黙っていられない。

ただでさえ、オスカルの考えている事は、なんでも、見抜くアンドレだ。オスカルは、用心しないと・・・。また、悩みこんでしまった。

オスカルとしては、今夜の0時に贈る予定だ。
誰よりも早く、アンドレに贈りたかった。

もっとも、屋敷の者は2人の思いを知っていたし、だいたい、2人してベルばランドに行っているのだから、オスカルの独占なのである。

箱の周りをプチプチで、覆ってみた。
ちがう・・・。
これでは駄目だ!中のペンを護らなくてはならないのだ。

ああ、包装してもらう前に、どの様に入れるのか確認に行けば良かった。オスカルは、今更ながら後悔した。だが、事前に見ておいても、この休暇がまさか、ジャルジェ家から離れるとは思ってもみなかった。

一般の、普通の女性たちも、男性にリードしてもらうと、自分の予定した事が、予定通りいかなくて、悩む事があるのだろう。オスカルは、生まれて初めて、女性たちの苦労を思った。

万事休す。
それでも、オスカルは箱と睨めっこしていた。

オスカルは、知らなかったのである。

クロネコヤマトの貴重品扱いの宅急便を使い。しかも、至急便を使えば当日には、それもホテルのフロントから、直接、自分で受け取る事も出来るし、頼めば、部屋にまでも持って来て丁寧にテーブルの上に置いておいてくれることも・・・。

アンドレに相談すれば、即解決した。だが、そのような事も考えられなかったし、何よりも、アンドレには内緒のプレゼントなのである。

その時、ドアがノックされた。この音は、アンドレである。
今は半分、恋人であるアンドレが入って来た。

「何か、困っているのか?
手伝う事はあるか?」
オスカルには、アンドレが、スゴク心配している事が分かった。

オスカルは、床に座り込んだまま、回れ右をして、プレゼントを隠した。
そうやってアンドレの方を向いた。

そして、少しずつ、分からないように後ずさりして、椅子の下にプレゼントを押し入れ隠す。それから、用心の為、着ていたジャケットを脱ぎ、その上にかけた。

そして、言った。
「これからの事を思っていたら、楽しくて腰が抜けた」と・・・。

オスカルが、180度回転すると、2人の間に大きなスーツケースがあった。

広げてあるスーツケースには、真っ白な礼服が入っていた。

アンドレが、しゃがみ込んで、言った。
「礼服なんて、用意していたのか?」
やはり、お嬢さまには、パッキングは、無理なのかと、思った。

オスカルが、
「だって、今夜は、ホテルでディナーだろう?
礼服でなければ、入る事ができないじゃないか?」口を尖らせて、抗議した。

アンドレは、コレは、自分がうっかりしていたと、謝りながら、

「今日、泊まるホテルは、リゾートホテルだから、カジュアルで、いいのさ!だから、おれの荷物は、これだけ」と言って、ポケットから、ボクサーパンツに包まれた、お泊まりセットを見せた。

オスカルの口が、ル・ルーより大きく開いた。
そして、分かった。と言いながら、スーツケースから必要なものだけ取りだし始めた。

アンドレが、心配そうに覗き込んでいた。
オスカルは、アンドレを見上げて、女の旅支度が見たいのか?
しかし、残念ながら、わたしは、見せたくないのだ。
下で待っていてくれ。

そう言ったが、オスカルとしては、超難関のプレゼントを、『今日の日付が変わる瞬間に渡す』大作戦を練らねばならなかった。

アンドレは、早くに起きて、早くにパリに行こうとしていた。ブティックは、昼前にならないと開かない、けれども、2人でパリの街を、ゆっくり散策したかった。

だけど、どうした事かオスカルはなかなか降りてこない。
ついでに、辻馬車までも、なかなか捕まらない。
そんなこんなで、パリに着いたのは、カフェの開く時間になってしまった。

オスカルが、物珍しそうに店内を眺めている。こんな姿を見られるのは、おれだけの特権だなぁ!と、見とれてしまった。

おれが、ボーッとしていると、オスカルがテラスの席がいい。セーヌ川がよく見えるし、気持ちがいいだろう?と、これまた、おれの顔を下から覗いて言うのだから、長い付き合いでなかったら、倒れるところだ。

テーブルには、メニューが置いてある。
オスカルが、チラリと見て、
「わたしには、よく分からない。
アンドレ、おまえが決めてくれ!
わたしの好みは知っているはずだろう?」

アンドレは、トロトロになりながらも、涙で潤んだ目で、メニューを眺めた。
「Aランチにしよう。
それから、コーヒーは、何にするか?」
アンドレに聞かれると、オスカルが、

「コーヒーと言えば、コーヒーだろ?」
まるで、日本人の様に答えた。
アンドレが、柔かに微笑んで(やっと、自分を取り戻した)

「う〜ん、例えば、エスプレッソとか、ダブルエスプレッソ…」そこまで、アンドレが言うと、オスカルが渋い顔をした。
あゝ、そうだったな、おまえは、苦い飲み物は、苦手だったな。

アンドレ、気を取り直して、
「それに、アメリカーナ、カフェオレ、カプチーノ、カフェラテ…」
アンドレが、また、言い出すと、オスカルが、

「あ!カフェラテがいい!この間、ジョルジュが淹れてくれたんだ。美味しかったし、あれなら、おまえの顔を見ながら、ゆっくりと飲んでいられる」

またまた、オスカルの・・・本人は、自覚していない・・・フックを貰って、アンドレは、ヨレヨレになってしまった。

しばらく待つと、ムッシュが、2つのプレートを運んできた。
オスカルが、ジ〜〜〜〜。
前屈みになって、見つめていた。

アンドレの胸の鼓動がまた、早くなった。
ダメだったかなぁ?庶民の食事では・・・。
お気に召さないかな?

すると、オスカルが顔を上げた。
そして、ニコニコしながらアンドレを見た。

「すごいなぁ!1つの皿に、前菜からサラダ、メイン、それに、デザートまで、のっている!
こんなの初めてだ!

やっぱり、デートのプランは男性任せが良いのだな❣️」
そう言って、オスカルは、紙ナプキンで巻き巻きされた、フォークとナイフを出して、美味しそうにモグモグした。

アンドレも、安心して、モグモグした。

これから、何処に行くのだ?
カフェラテを、ふーふーしながら、オスカルが聞いた。

口をすぼめながら、ふーふーするオスカルに相変わらず見とれている、情けないアンドレだった。

ようやく、今日は、おれのリードだ。
やっと、思い出した。

ふふふ・・・付いてくればわかるさ!
明日の為の、洋服を買いに行く!
ようやく、自分を取り戻した。

しばらく歩いていくと、アンドレが、この店だ。
そう言って、立ち止まった。

『B et N』?何かの略か?

あゝ、『ブロンドと黒』だ。
いつも、この店に来るんだ。
ここなら、レディースもメンズも揃っている。

なんか、おまえとわたしの髪みたいだな!
オスカルは、初めて見たファストファッションの店を眺めながら、アンドレは、このようなところに来るのか。と、珍しげに覗いた。

店に入ると、アンドレは、先におまえの服を選ぼう!
それに合わせて、おれのを選ぶ!

オスカルには、自分の服を選んだ後に、アンドレの服を選ぶ。
それは、分かったが、『それに合わせて』が、分からなかった。

でも、今回は、全てアンドレに任せる事にしていた。
それに、ここまでも、とても楽しかったから、言う通りにしようと思った。

アンドレが、紺色の見た事も無い、ズボンを持ってきた。
これを着てみろ!
そう言われたが、こんな店の真ん中で、脱ぎ着するのかと、キョロキョロしてしまった。

オスカルの様子に気づいた、アンドレが、試着室に案内した。
ちゃちなカーテン一枚だけで仕切られている。
オスカルは、少々戸惑ったが、アンドレに、そばに居てくれ!
そう言って、おずおずと中に入った。

アンドレが、試着室の前で待っていると、中から、怒声が響いてきた。

「おい!このズボンは、あちこち穴が開いているし、擦れた痕があるぞ!
それに、丈が短すぎる」

アンドレは、カーテンを開けるぞ!と声をかけた。
すると、つんつるてんの、ジーンズを穿いたオスカルが立っていた。

ちょっと待っていろ!そう声をかけると、オスカルの足の長さに合いそうなものを、何点か持ってきた。

こっちを、試してみろ!
アンドレに言われて、オスカルは、再びカーテンの中に消えた。
そして、怒声が響いた!

「おい!今度は、ウエストがぶかぶかだ!
それに、これも穴あきだ!まともなのは、無いのか?!」

今度、アンドレはカーテンを開けずに、顔をそっと試着室の中に入れ、オスカルの様子を見た。実際、長さは良さそうだったが、ウエストは、オスカルがもう、半分くらい入りそうだった。

アンドレは、それがビンテージと言うモノだ!文句を言うな!
その代わり、こっちを試してみてくれ!
そう言って、白いデニムのショートパンツを渡した。

オスカルは、今度は念の為、試着する前に品物を眺めてみた。
おい!アンドレ!短すぎるじゃないか!それに、裾がほつれている。
不良品じゃないのか?

また、怒声が響いた。

アンドレは、笑いながら、いいから着てみろ!
そう言って、オスカルの、不平を珍しく無視した。

オスカルが、試着している間に、アンドレは空色のポロシャツと、黒のショートブーツ、赤のポシェットを見つけてきて、試着室の前に置いた。

そして、アンドレは、ポロシャツを試着室に投げ入れると、これも着てみろ!と、声をかけた。

オスカル曰く、心許ない試着室のカーテンが開いて、初めて自室以外で形のいい生足を見せたオスカルが現れた。

アンドレが、よろめきそうになった。似合うと思って、チョイスしたものだったが、こんなにも魅力的になるとは、思ってもいなかった。

他の・・・他人には、見せたくない。自分だけが見ることが出来る、特権とも言っていいほどの、愛する女性だった。

おい!アンドレ!足が丸見えだ!こんな格好で、人前に出て歩き回れというのか?

オスカルも、今まで、キュロットか、普通の長いズボンしか着たことが無かったので、スースーする、心もとない足を、珍しくきっちりと合わせて、文句を言った。

アンドレとしては、この様な、魅力的な姿は、自分しか見たくなかった。しかし、明日、ベルばランドで、オスカルと歩き回る時、他の男たちが、羨ましがる目つき。その男たちに、連れられている、女たちが、自分のプロポーションを気にする様子を、想像すると、「それがいい!」と即決した。

それから、アンドレは、オスカルとなんとなく、ペアルックになる服を探し始めた。この店は、馴染みだったから、試着しなくても、大体のサイズは把握できた。

アンドレが、ポロシャツと、ひざ丈のズボンを持って、鏡を見ていた。

すると、金色の物体が、なびきながら、鏡の中を横切った。え゛!っと思ったが、目の錯覚だろうと思った。

この所、執事の書類仕事で目が疲れている上に、元々、右の眼の具合があまり良くなかったので、気に留めないでいた。

するとまた、金色が通った。
今度こそ、錯覚ではないと、確信した。
そして、振り返ってみた。

オスカルが、スイスイと店の中を、走り回っている!
アンドレが、ポカンと見ていると、オスカルが、アンドレの前に、ピタリと止まった。

アンドレが、オスカルの足元を見ると、キックボードに乗っていた。
「アンドレ!コレ、いいなぁ!衛兵隊を見回るのに、時短になる。
おまえのと、2つ買っていこう!」

アンドレは、何故か疲れを覚えてきた。

今まで、8歳の頃から、このお嬢さまの、突拍子もない、行いと言動に、驚かされたり、オロオロさせられたり、その為に、祖母から怒られたりしてきた。

しかし、この歳になって、しかも恋人になってまで、やられるとは、思ってもいなかった。

しかし、長年の経験から、
「それでは、書類を持って、移動できないぞ」
そう答えて、愛する女性を傷つけないように、諭した。

オスカルは、残念そうな顔をしたが、アンドレのいう事も、最もだと納得すると、キックボードを返しに行った。

アンドレは、再び落ち着いて、自分の服装の吟味に集中した。
するとまた、鏡の中に、金色の物が横切った。
しかも、今度は、上下に動いている。

やはり、目が疲れているのだろうか?
それとも、オスカルの相手をするのが、1か月ぶりなので、感覚がずれてきてしまったのだろうか?アンドレは、気を引き締めた。

兎に角、一見分からないが、密かにオスカルとペアルックになる服を・・・と、アンドレは、再び鏡に向かった。

するとまた、鏡の中に、金色の物が横切った。
しかも、今度も、上下に動いている。

呆気にとられているアンドレの横に、ガッと音を立てて、何かが止まり、恐ろしい事に、愛する女性の声がした。

「アンドレ!コレならいいだろう!?
段差も、何の事も無い!
両手も空く!
これを、買って帰ろう。
なんなら、明日、ベルばランドで、使ってもいいなあ!」

アンドレが、そっと見ると、オスカルが、スケボーを片手に、ニコニコとしていた。アンドレは、出会った頃の、8歳の自分に戻った気がした。

その時、数少ない店員が来て、
「まあ、白の半袖ポロシャツが、お似合いで、
こちらの女性と、ひっそりとペアルックですね~

こうして、シャツの袖をたくし上げて、見せると、
行き交う女性か振り返りますよ!」

店員がアンドレの袖を、折り二の腕がよく見えるようにした。

見ていたオスカルは、再び・・・ではなく、何度目かアンドレに魅了された。が、慌てて袖を元に戻した。

こうして、明日の準備をすると、オスカルは、脱ぎ捨てた服は、試着室に残したまま、離れた。自室で着替えても、脱いだ服は、いつの間にか、片づけられるので(侍女たちの、仕事なのだが)、ここでも、そんなものだろう、と、思っていた。

すると、アンドレが、2人分の服をキッチリとたたみ、店の者に何か話していた。
オスカルには、チンプンカンプンだった。
分からない事は、聞くに限る。

アンドレが、
「クロネコヤマト宅急便で、お屋敷に届くように手配した。
明日は、おれはいないから、明後日、おれのいる時間に、届くように頼んだんだ」

そう聞いても、オスカルにはピンと来なかった。
ピンと来なかったから、ペアルックを着て、ホテルへと向かう道々、説明してもらった。
それでオスカルは、やっと、ガッテンした。

すると、アンドレが、財布からベルばランドの案内図を出した。オスカルが見ていると、アンドレは、財布とスマホを持ちながら、不器用に案内図を広げていた。

見かねたオスカルが、
「財布とスマホ。ポケットに入らないのか?
わたしの、ポシェットは、まだ余裕がある。
持っていてやろう!」

そう言って、またまた、アンドレを世界一幸せな男にしてしまった。

それと同時に、オスカルは、ベルばランドの案内図も取り上げた。
それには、案内図と共に、アトラクション毎の説明もあった。

オスカルは、アンドレにも見せながら、これに乗りたい。コッチはどうなのだろう?と楽しそうに言う。
アンドレは、全部乗ろうぜ。だから、ホテルに泊まって朝イチで、行くんだ。

オスカルも、アンドレの隣で、ウンウンと頷いて、ニコニコしていた。

   つづく

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