見回りに行くと称して、オスカルは、指定席である石の上に寝そべった。
そして、帰宅してからの、行動を再確認した。
あくまで、今日、アンドレにプレゼントを渡すつもりでいる。

なぜならば、恋は盲目だから!

まず、馬車から降りると、玄関ドアが開き、玄関ホールには、母上を筆頭に、使用人たちが、ずらりと並んで、出迎えてくれる。

そして、直ぐにアンドレが、後ろをついて来る。無言で…。
部屋に入ると、アンドレが、軍靴を脱がせてくれる。無言で…。
しかも、目を合わさず…。

その時は勿論、着替える為に、侍女たちが周りを取り囲んでいる。
そして、ディナー。
もちろん、アンドレが、給仕する。

独りになる時間がない!
出来れば、アンドレが付いてくる前に、『灯台』に行きたい!
そして、軍靴を脱がせてくれる時に、渡したい。

そう、オスカルは、思ったが、到底不可能だ。
早く帰って、アンドレが、喜ぶ顔を見たいと思ったが、悲しくなってきてしまった。

その時、オスカルは閃いた。
馬車が正門に入ったと同時に、馬車から抜け出して…ダメだ。
大騒ぎになる。

ならば、その前に!
一端、通りに停めて、塀をよじ登り屋敷に入り、『灯台』へ向かう!
そして、馬車に戻る。

オスカルの、悶々としていた『灯台』に灯りがともった。

起き上がり、石の上で胡坐を組むと、おひとりさま作戦会議を始めた。

この辺りで、見守ってくれているロジェと、いつも親切な、ジョルジュは、問題ない。ロジェは、毎晩アンドレに、報告するが。だが、その時には、プレゼントはアンドレの手にある。

あとは、馭者だ。

オスカル専属の馭者は、2人いた。しかも双子。
兄は、リュッサン、弟がヴァッサン。

ヴァッサンは、フォンダンの夫で、ファミリーパパで、仕事に誇りを持ち、まじめな男だ。そのような人物だったから、使用人仲間で出掛けても、アンドレとよく話すようだ。

一方のリュッサンは、身持ちが悪く、ジャルジェ家の【ロジャー】だった。そして、ジャルジェ家の給金は、他のお屋敷に仕えるよりも、バツグンに良かった。それなので、リュッサンは、酒も飲み放題、オンナとも遊び放題。まさに、独身平民を謳歌していた。

今日はどちらだろうか?今朝も屋敷を出る時、いつものように、「ごくろう」と、声を掛けた。しかし、今朝のオスカルは普通ではなかった。

恋は盲目だから。

さらに、性格は真逆なのに、容姿は全く同じだった。
今日の馭者が、どちらか分からなかった。

なぜならば、恋は盲目だから。

アンドレが、居ればすぐに分かるのに…。
そう思ったが、そのアンドレの誕生日が問題なのだ。だから、寂しいけれど、居なくてよかったのだ。それもまた、オスカルを落ち込ませた。

なぜならば、恋は盲目だから。

仕方がないので、ロジェを呼んで聞いてみた。
今日は、残念な事に、リュッサンだった。

オスカルが、突進しようとしていた『灯台』の光は、今夜は灯らないようだ。
そのままバタリと、石の上に寝そべった。
リュッサンの口が軽いのは、屋敷中の誰もが知っていた。
勿論、オスカルも・・・。

ただ一言、リュッサンに半休を取らせ、ヴァッサンに帰りの馭者を務めてもらえばよかった。それだけの事である。

冷静な時のオスカルならば、直ぐにでも気が付き、実行していた。でも、その様な事は、全く頭を横切る事は、無かった。

なぜならば、恋は盲目だから。

今までは、勿論、今だって、アンドレに、そばにいて欲しい。
だが、今夜だけは、独りになって、『灯台』に行きたい!
オスカルは、心底思い、涙が溢れてきた。

なぜならば、恋は盲目だから。

オスカルは、貴族とは…次期当主とはこんなにも不便なのか…。
己の屋敷の中も、勝手に歩けないのか…。
と、贅沢な悩みに、翻弄されていた。

それよりも、オスカルは自分自身が、『灯台』に隠したことが、アダとなっている事には、思いもよらなかった。

何故なら、恋は盲目だから。

ふと、オスカルの手が、スマホに触れた。
やりきれない思いのまま、顔認証してみる。
無意識に、LINEをタップ。

相変わらず、ふんぞり返ったド・ギランドが、トップにいた。

少しだけ、愚痴ってみたくなった。
もう少し、オスカルの心の中を覗くと、誰かに、甘えてみたい…。
と言う気持ちもあった。

『やあ!また、サボっているんじゃないだろうな!?
そこから灯台は、見えるか?』
心にもない事を、書いてみだが、つい、本心が出てしまった
本来なら【送信取り消し】すればいいのだが、気付かなかった。

気がかりな事を、書いてしまった事も、
【送信取り消し】も。

なぜならば、心は『灯台』に置いてあるから・・・。
そして、恋は盲目だから。

珍しく、ド・ギランドからの、返信が来ない。
彼からは、いつも、本当にサボっているかのように、即返信が来ていた。
まさか、海に落ちたんじゃないだろうな!?

オスカルは、只今、マイナス思考まっしぐらだ。
悪い方、悪い方へと流されていく。

その時、ガチョンと、LINEが届いた。
オスカルは、すかさず、待っていたぞ!の顔で、認証した。

『おう!わかっちまったか?
あまりに天気がいいので、デッキで昼寝してたぜ!
なんだ?灯台を見たいのか?今度、連れってってやるぞ!
で、アンドレに誕生日プレゼントを渡した、のろけ話を、したいのだろう?』

オスカルは、事の仔細を書くのは、面倒くさいので、
『渡せなかった・・・諸般の事情により』
と、送った。
多分、ド・ギランドなら、これだけでも通じるはずだ!

思っていた通り、すぐに返信が来た。
『そりゃ!困ったなぁ!
以前のように、忍び込めばいいだろう!?』

オスカルは、それはが出来れば苦労しない。ブツが、『灯台』にあるのだ。だから、再びそれを奪還する任務が、増えたのだ。

今まで、おひとりさま作戦を散々練っていたのだ。
簡単に出来るのなら、とっくに渡している。

オスカルは、かなり、落胆した。

なぜならば、恋は盲目だから。

オスカルは、なんと返事していいのか、分からなくなったので、『絶望の泣き』スタンプを送った。

すると、後ろから、
「そんなに、落ち込むことはないだろう!?
アンドレなら、気にせず、受け取ってくれるさ!」
と、背後から、聞きなれた声がした。

オスカルが、振り向くと、日に焼けたド・ギランドが、スマホを掲げて、こちらに向かって、歩いてきた。

「おう!帰ってきたぞ!足元が、揺れないのは不思議な感じだ!
おまえの、やらかした失態を、ゆっくり聞いてやるから、心の準備をしておけ!」
そう言って、ド・ギランドは、豪快に笑った。

オスカルの心が、ほんの少し、軽くなった。
危うく、ド・ギランドに抱きつきそうになった。

軽くなったので、本来の任務を遂行する事にした。
まず、練兵場の見回りだ。

ド・ギランドも、付いて来た。
オスカルの失態を聞こうとした。
こんな所で、一言で言えることではない!そう、オスカルに突っぱねられてしまった。

じゃあ、今晩、俺じゃあイヤだろうけど、デートするか?
ド・ギランドが、おふざけ気味に言った。

オスカルは、帰っても、『灯台』に行く算段も出来ていなかった。
しかし、何とかしなければならない。しかも、なるべく早く。
だけれども、早く帰っても、出来る事は無いと決め、ド・ギランドの申し出を、受けた。

兵舎に戻ると、目ざといのか、それとも、隊長に会いたく、目を光らせているのか、アランがいた。

「やあ!アラン!留守中変わったことはなかったか?」
オスカルは、屈託なくアランに話しかける。
それに、アランに聞けば、衛兵隊隊士の事は、全て分かる。

「特にありませんでした。隊長のおかげで、衛兵隊は、団結がいいと評判です」
そう言いながら、アランは敬礼して、オスカルの後姿をいつまでも、見送った。

そして、首を傾げた。
なぜならば、彼の恋は、盲目ではなかったから。

と、ド・ギランドをみて、相変わらずデカイオトコだ。とも、思った。

***********************

そして、草木も眠る丑三つ時、重厚なドアが音も立てずに開いた。そこから、闇夜でもキラキラと輝くブランドの髪が見え、キョロキョロと、あたりを見回した。

そこは、毎月25日と26日にしか、恋人に戻れない2人が出会うドアだった。時計の針は、今は24日23時55分を指していた。いつもは、睨みつけていたが、その夜は、時計の事はすっかり忘れていた。

なぜならば、恋は盲目だから。

その部屋の主…オスカルは、夜着を着たまま、そして、またもや素足で部屋を抜け出した。目指すは、『灯台』。この時刻なら『灯台守』も起きていない。

手には、何も持っていないので、音を立てずに走った。タタタタタと…。なぜならば、これから、繊細なブツを奪還するのだから。

しかし、オスカルは、屋敷では、24時間誰かが働いているのを、忘れていた。

なぜなら、恋は盲目だから。

『灯台』に着いて、一息ついた。
そっとドアを開けた。

暗くて何も見えなかった。
それに、『灯台守』の懐かしい香りがした。
『灯台守』が、すやすや眠っている気配も感じた。

オスカルは、そっと、ブツを隠した場所に移動した。
今度は、忍び足で…。

そして、手を伸ばした。が、無かった。
オスカルは、焦った。

だが、あの時は急いでいたので、指先確認をしていなかった。
もう少し、範囲を広げて手を、動かしてみる。

だが、無い。

その時、『灯台守』が、寝返りをした。
オスカルは、息を呑み、動きを止めた。

『灯台守』が、再び眠りについたのを、確認し、オスカルは、任務遂行する為、手を伸ばした。

すると、『灯台守』は、今度は、ブランケットを蹴飛ばした。
それが、オスカルを包んだ。
また、『灯台守』の懐かしい香りが、今度はもっと強く感じられた。
オスカルは、しばらくこのままで、いようかと思った。

なぜならば、恋は盲目だから。

今夜の『灯台守』は、寝相が悪そうだ。
オスカルは、首を傾げながら、『灯台』から、撤退した。
『灯台守』のブランケットを抱きしめながら…。

オスカルが、出ていくと、『灯台守』が、起き上がり、ニマニマした。

その頃、スケボーが、オスカルの居間に、ここにいていいのか、戸惑いながら、立っていた。

そして、そのスケボーの持ち主は、しばらく、『灯台』に通い続けた。
ついでに、律儀にも、ブランケットを返しに行き、また、別のを持ち帰っていた。

なぜならば、恋は盲目だから。

つづく

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