オスカルは、いつものように、階段に足を掛けた。
そうすれば、いつものように、アンドレが、付いてくるはずだ。
そう思った。

だが、後ろから聞こえてくるのは、
よっこらしょ!よっこらしょ!
ばあやが、いるようだ。

オスカルは、振り向きたかった。
不安だった。
だが、その後ろにアンドレがいるのだ。
だから、振り向いたら、大変な事になる。

オスカルは、緊張した面持ちで、自室へと向かった。
振り向いた。
だが、そこにはアンドレは、いなかった。

そこには、オスカル専属の侍女が待っていた。

部屋に入り、いつもの軍靴を脱ぐ椅子に腰かけた。
そうすれば、どこからかアンドレが、来るだろうと思った。
三人の侍女が、見事な手つきで、軍靴を脱がせた。

堪らずオスカルは、イライラと聞いた。
「アンドレは、どうしたのだ!
ばあや!わたしの許可も得ずに、寝込むほどのヤキを入れたのじゃないだろうな!」

三人の侍女たちは、次の支度を始めに、散っていった。
オスカルは、イヤな予感がしてきた。

ばあやを見る。
敬愛し、尊敬もし、孫息子以上に、愛情を注いできたお嬢さま。
けれども、そうであろうと容赦しない、ばあやは、きっぱりと言った。

「アンドレは、旦那様のご命令で、ご領地の視察に同行しました。
全く、旦那様のご迷惑にならなければいいのに…。」

オスカルの頭の中も、身体の中も真っ白になってしまった。
力が抜けてしまった。
なんで、そんなにも急に…。

で、気が付いた。
あの父親は、回りの迷惑など考えていない。
突然、思いつき、
突然、行動に移すのだった。

だから、あの狸おやじの、侍従はいつも、臨機応変に動けるように、スタンバイ状態でいる。今回も、泡食って、支度をしたのだろう。

では、アンドレは…。
何故、同行しなければならないのだろう。
視察…と言っていたな…。

そうしている間にも、オスカルの侍女たちは、着々と、オスカルの軍服を脱がせ、ブラウスを脱がせ、新しいブラウスを着せ、上着を着せ、靴を履かせた。
そして、晩餐の間へと、オスカルを押しやった。

晩餐のテーブルには、ジャルママが既に着いて、オスカルを待っていた。
オスカルは、全く母親を見る事無く、座った。

すると、ジョルジュが、そっとアンドレの書置きを見せてくれた。
不在の間、オスカルの給仕を頼む。そう書いてあった。
そして、通信として、兵士からのラブレターは、ド・ギランドに依頼した。
とあった。

オスカルは、少しだけ心が温かくなった。
しかし、自分への愛情溢れる伝言が、なかった。
それは、禁じられていた。

同じ時間、領地へと向かう街道筋の、宿。
ジャルパパとアンドレが、食卓を囲んでいた。
アンドレは、かなり緊張気味である。

8歳の頃から、仕えて、ある時はフランス軍の最高司令官。
しかし、オスカルに与える愛情を、アンドレにも注いでくれた。

だが、同じ食卓に着くなど、一度も無かった。
それよりも、その様な事を、考えた事も無かった。

だが、今、真向かいに、偉そうに、カツラをかぶって座っている。
苦虫を嚙み潰したような、顔をして。

ジャルパパは、黙々と食べていた。
親しい仲なら、アンドレも気にしなかった。

だが、始めての事だ。居心地が悪い。
何か話さなければならない。
そう思えば思うほど、頭が回らない。

すると、
「あんな娘でもいいのか?
自分で育ててしまったが、
女らしい所が、ひとつもない。
女主人としてやっていけるのか不安だ。

だいたい、おまえは、アレの事を、女として見られるのか?
ああ、見ているようだな」

アンドレは、頭を下げた。
そして、
「オスカルの事は、心から愛しております。
そして、わたしにとっては、出会った時から、ずっと、女性でした」

それならば、これからは、父と呼べ!
ジャルジェ将軍は、言った。
だか、アンドレは、

「わたしは、オスカルと愛を誓いました。
ですが、未だ将来の事は、話し合っていないのです。」

「何故だ?話し合わなくても、お前達のことだ。
このまま、今まで通り暮らしていけばいいのだろう?」

「ですが、旦那さま。
国王陛下のお許しが出れば、私は、貴族の身分を頂きます。
すると、これまでと立場が変わります。
その上で、オスカルを幸せに出来るのか、悩んでおります」

「そうか。まだまだ、先は長い。ゆっくり考えるが良かろう、若者よ。
オスカルを、幸せにしてくれるなら、誰でも良い」

アンドレが、顔を上げた。
誰でも良い…か…。

今度は、アンドレが、口にした。
「今回は、三週間の予定の視察とお聞きしました。
毎回この様に、長く視察に行かれたら、軍務に差し障らないのですか?」

「今回は、おまえが居るから、特別だ。
だが、出来れば毎月、この位長く、滞在したいものだ。

しかし、そうもいかない。
だから、向こうに信頼できる者を置いている。

まあ、おまえは、オスカルと生涯共にするのか悩んでいるようだ。
だが、それでも、アレの傍にいる限り、
領地の事は、知っていた方が、いいだろう」
そう言うと、ジャルパパは、ディナーと格闘し始めた。

  ******************

アンドレが、領地に行ってしまった。
オスカルは、目を合わせることが出来ず、姿を垣間見るだけでも、寂しかった。
それでも、同じ屋根の下にいる…と言う、安心感があった。

しかし、同じ屋根の下にいないのが、こんなにも、寂しいとは、思ってもみなかった。

司令官室で、隊員たちからの、ラブレターを読んでも、全く感動もしない。
だいたい、翻訳するのがド・ギランドだ。

文字が違う!
やはり、アンドレの文字は、彼らしく温かく、包容力があった。
(どんな文字なんじゃ?)

その時、LINEの着信音が、通常より大きく聞こえた。
が、オスカルにとっては、アンドレに思いをはせているのだ!
邪魔者だ。

が、見ない訳にはいかない。この時代のLINEは、ブランドの新作、スタンプ買いましょう依頼、など、余計なモノは入ってこなかった。

だから、LINEが来た。
すなわちそれは、誰かからの、用事でしかない。
それに、オスカルは、必要最低限の親しい者しか、お友達になっていなかった。

オスカルは、いつもの【邪魔するな】で、顔認証した。

なんと、畏れ多くも、国王陛下から、だった。
直ぐに、出仕する様に。

それだけしか、書いていなかった。

オスカルは何事か!もしかしたら,これまでの、善行をお認めくださり、この、月誕生日しか会えない刑が、終わるのだろうか?オスカルには、それしか考えられなかった。

馬車の用意も、馬の用意も待ちきれず、スケボーに乗ると、宮廷へと急いだ。

宮廷に到着すると、既に国王陛下の侍従が、足踏みをしながら、待っていた。オスカルの姿を見ると、挨拶もせずに、「此方へ」そう言って、走り出した。

その侍従の足は、とても早かった。
オスカルは、この様に、急いでいる侍従をみて、やはり、自分の考えが、間違えない。
そう思うと、足取りも軽くなった。

オスカルは、あの、夏の初めに通された、国王陛下の私室に再び、入った。
既に、国王陛下、王妃さまが、お待ちになっていらした。

オスカルは、歓喜に打ち震えた。

つづく

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