遂に、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将、
生まれて初のサロン開催の日が来た。

当然の様に、オスカルは、朝から緊張し、あちらこちらと点検して…
回らなかった。

すなわち、オスカルは、いつも通り朝食を食べ、いつも通り出仕して、サロンの開催時間までには帰る。
そう伝えて、出かけてしまった。

屋敷の者も、サロンなど、開いた事がなかった。
それに、音楽サロンと聞いていたので、勝手に来て、演奏して、飲んで食べて、帰るものだと思っていた。

ただ1人アンドレが、自分の手配した事、来客の控えの間など、オスカルと詰めの打ち合わせをしたかった。
しかし、オスカルは、全てをアンドレに任せていれば、万事スムーズに行われると、思っていた。

このままで、いいのか?
アンドレは、思った。
オスカルは、ホストである。

当然、オスカルは、玄関ホールで、来客を迎え、それぞれを控えの間に通すよう、使用人に伝える。サロンが始まれば、予定していた、順に演奏をお願いする。

それよりも、事前に演奏順を、決めて、それぞれにLINEしておかなければならない筈である。そして、演奏前に、それぞれの、演奏者の紹介もしなければならない。

それなのに、多分、オスカルは、LINEにある招待客リストにも、目を通していないだろう。そして、それを今、司令官室で、行っているなど、考えられなかった。

はたして、オスカルは、そこまでアンドレに任せたのだろうか?
きっと、任せているとも、思わずに、任せているのだろう。

アンドレは、困った。
そして、段々と誰が主催のサロンか、分からなくなっていた。

兎に角、オスカルが、自分との和解の為に、開催しようとしているのだ。
任務を遂行しよう。
アンドレは、再び、使命感に燃えた。

午前中に、それぞれの個所の責任者と、最終確認を終わらせた。
今は、昼食を終え、ゆっくりコーヒーを味わっていた。
そして、見落としはないか、あちらこちらを、頭の中で、指差し確認していた。

それでも、心配性になったアンドレは、もう一度、各所を回り始めた。それと共に、なんで、自分がこんなにも、神経をとがらせて、用意をしなければならないのか?疑問に思ってきた。

だが、考えると、オスカルも、オスカルで、軍務にあたっているのだ。

だけれども、この月誕生日にしか、会えなくなってから、アンドレは、屋敷から出る事は、殆ど、というより、皆無に近かった。
外の空気に触れる事も、無かった。

ここに来て、初めてアンドレは、閉塞感を感じた。
この日々が終われば、外気に触れられるのだろうか?
いつまで、続くのか…いい加減、嫌気がさしてきた。

将来は、オスカルを助けて、彼女には、軍務。
そして、自分は、彼女の護衛、軍務での補佐、そして、奥向きの事。
それらを、全てこなすつもりだった。

今ここに来て、それらが、途轍もなく、時間と労力が必要だと知った。毎日、朝から晩まで、オスカルの軍務を共にして…。
そうしたら、奥の事は、いつやるのだ?

アンドレが、どんどん暗い淵に落ちて行くと、執事に声を掛けられた。
それも、かなり慌てた様子で…。

招待客が、いらした。

そう伝えた。
嘘だろう!だって、まだ、3時過ぎだ。
何をしに来たのだ!?

アンドレは、玄関へ向かった。
貴族たちが、こぞって着飾って、押し寄せていた。
お付きの者に、楽器を持たせ、その上、衣装箱を持たせ、我先に入って来た。

アンドレを見ると、皆なホッとしたように、立ち止まる。
彼等も、オスカルよりも、アンドレの方が、動いてくれるのを、知っていた。

アンドレは、サロン用のホールに、隣接した歓談用の部屋に貴族たちを通した。そして、急いで、料理と飲み物を、用意するよう厨房に伝えた。
厨房は、戦場になった。

それでも、なんとか、体裁を整え、貴族たちは、ゆっくりと歓談するはずだった。それなのに、皆、それぞれに、挨拶もそこそこに、いつもより早く料理を口に放り込み、飲み物は、一気に飲み。

一息つくと、LINEでも、口うるさかった、夫人が言った。
「アンドレ、それで、私の楽屋は、どちら?
ドレスを着替えて、調弦をしたいわ。
聴衆の方々は、これからよね?」

アンドレの予定では、7時前後から、軽食を取って頂きながら、歓談。
その後、順々に演奏。だった…。

聴衆、とは、なんだ?
調弦…ああ、それは、必要だな。
ドレスを着替える…まあ、そうかな?

椅子の高さを、みたい。
実際に、ピアノの前に座ってみたい。
あらかじめ椅子の高さは、調節していただけるのでしょう?

声の、音の反響を試してみたい。
そして、楽器を持ってきた物全員が、出番迄、指を温めておかないといけないわ。

いらっしゃる聴衆の方々も、優れた耳を持っていらっしゃるのでしょうね?
その方々が、これからも参加してもいい方、もう少し練習を重ねてから、いらした方が言い方。そして、お払い箱の方を、決めてくださるのですからね。

日ごろお上品を装っている者たちが、一斉に、我先にと要求を告げだした。
アンドレは、こちらは、日ごろと打って変わって、おたおたし始めた。

アンドレとて、楽器を知らない訳ではない。
ただ、聞き手だった…オスカルの…。
オスカルは、ヴァイオリンを奏でる時、その様な事は、言わなかった。

ジャルジェ家中の使用人達が、走り回っていた。

その間、誰に知られる事なく、オスカルが、いつものように、帰宅した。ただ、玄関に誰も迎えに来ないどころか、アンドレまで不在なのに憮然とした。

が、オスカルは、その時、今夜はサロンだ!と思い出し、自室に戻ると、白の礼服に着替えた。ジェローデルを迎えての、舞踏会の時のモノだ。オスカルは、一度しか手を通していない。しかし、その服を着るのに、躊躇いも何もなかった。

もとより、サロンの為に、新しい礼服を作ろうなどと、考えてもいなかった。次の月誕生日まで、毎週開催しても、4回だ。その為に、作るなんて、採寸だの、デザインだの。考えただけでも、めまいがする。

オスカルは、颯爽とした姿で、玄関へと向かった。
閉まっていた。
誰も来ない。

そこに、アンドレがやって来た。
もう、招待客は来ている。
それぞれ、調音に、発声練習に余念がない。
ドレスリハーサルを、したいと言ってきた方々も、いらしたが、今回はお詫びをして、諦めて頂いた。

此処まで、聞いて、オスカルは来客の、熱の入れように感心するとともに、今夜のサロンは、大成功になるな!始まる前から、喜んだ。アンドレの苦労も知らず。

そこへ、2組の夫婦が飛んで来た。
オスカルとアンドレを見ると、安堵して言った。

彼等は、トップに出演して、オペラを歌い上げる。
それぞれの、連れ合いが、それぞれの連れ合いと、浮気をし、取り返す。取り返さない。という、すったもんだのシーンだ。

だが、聴衆が居ない。
どうした事だ。
誰もいない、客席に向かって、歌うのか?

アンドレには、うすうす分かっていた。
しかし、オスカルには、全く意味が分からなかった。

アンドレは、夫婦に何とかします。
そう言って、土壇場で何とか作った楽屋に戻ってもらった。

楽屋?聴衆?

オスカルは、アンドレを見上げた。
目を合わさないように…。
アンドレは、オスカルに手短に説明した。

それなので、オスカルは、
おまえがどうにかしてくれ!

そう言うと、ひとり客席に入り、
最後列に座るジャルママを呼び、ワインを手にした。

招待客たちは、まあ、サロンを初めて開いたオスカルだから、しょうがないわね。それよりも、これまで、腕を磨いてきたのに、披露する場がなかった、自称コンセルヴァトワール級の、者たちは意気揚々と、演奏した。

しかし、あまりにも未熟な者。
物見遊山で来たものも、追い出される事となった。
客席も、少しずつ順番が回ると、賑わってきた。

そして、今夜の大トリとなった。
オスカルの登場である。

アンドレは、それまでの演奏者が、手を温める。
調弦する。
そう言って、困らせてきたのに、オスカルはシレっとして、ワインを傾けていた。
それどころか、頬にほんの少し赤みがさしてきていた。

大丈夫だろうか?
が、アンドレの心配をよそに、オスカルは袖からステージに上がる事なく、正面から、堂々と上がり、振り向いた。

「モーツァルトのアイネクライネナハトムジークを、弾きます」
そう言った。

聴衆は、ガッカリした。
何と言っても、オスカルなのである。
もっと、勇ましいものを期待していた。

勿論、アンドレも…。
あんなに、モーツァルトは、役不足だ!
そう言ったのに、オスカルは、覚えていてくれなかったのか…。
この一週間の疲れが、肩にドッシリのしかかって来た。

オスカルは、ヴァイオリンを肩に乗せた。
そして、弓をおおきく振りかぶって、弦にあてた。
アンドレを見て、ニヤリと笑った。

もの凄い早さだった。
始めに、曲名を聞いていなければ、分からなかっただろう。

ジョルジュが、アンドレの傍に来て、ここの所、司令官室は、音楽室になっていたのです。そう言って、アンドレにワイングラスを、渡した。

オスカルが、演奏を終わり、礼をすると、聴衆はまるで今まで、息を止めていたかのように、思いっきり息を吐いた。
そして、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

これで、この日の、ジャルジェ家の不手際は、忘れ去られた。

招待客は、それぞれ、帰途へと準備を始めた。
お見送りに、ジャルママも、出ていた。
ジャルママも、アンドレの苦労は、知らなかったので、愛娘の、初めてのサロンが、大成功だと喜んでいた。

オスカルも、お見送りが終わると、ホッと一息ついた。
傍を通るものに、ブランデーを、頼んでいた。

オスカルの視界に、忙しく働くアンドレが、入った。
いつもの事だったので、何も言葉をかける事無く、奥の方へ向かった。

アンドレは、そんなオスカルを見て、寂しく思った。
しかも、オスカルは、階段の手すりにもたれ掛かっているロジャーの方へと、近づいて行った。
が、何も言う事が出来なかった。

オスカルは、ロジャーに話しかけた。

「どうだった?」
オスカルは、今夜は得意分野だったので、鼻をツンと上に向けて、自慢げに聞いた。

ロジャーは、
「見事でした。でも、2か所、弓が滑りましたね」
相変わらず小憎らしい、オトコだった。

しかし、オスカルは、ロジャーの耳の鋭さに、感心した。

   つづく

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