オスカルは、鯱張って座っていた。アンドレの仲間に連れて来られた、店は、庶民の店の筈なのに衛兵隊員と行く、店とは全く違っていた。
元々、衛兵隊の面々も、この様な店には、出入りしていた。しかし、隊長とご一緒する時は、彼らなりに気を使って、上品な単なる酒場を選んでいた。
まず、ざわついていた。女の嬌声が、耳をつんざくように、聞こえる。そして、脂粉の匂いが鼻に付いた。オスカルは、せっかく、勇気を出して、シャワーを浴びたのが、無駄になるとがっかりした。
しかも、女たちは、胸をあらわにし、下品な色気をむんむんさせ、男たちに媚びている。男たちもそれを喜んでいた。そのうち、仲間の一人が、消えた。オスカルは、キョトンとした。
前に座っている男が、上に行ったんですよ!と、にやけながら言った。が、オスカルには、意味が分からなかった。意味が分からないから、アンドレに聞きたかったが、ここには、アンドレの身体しかなかった。
なので、黙っている事にした。すると、今度はオスカル達のテーブルに、女たちが数名やってきた。男1人の左右に女が座り、イチャイチャしながら、話し出した。
ある男は、にやけた顔をしている。女の開き過ぎた胸の谷間に、手を入れ、女の手に小銭を握らせた。そうすると、女は男に、更に近づき、首に手を回した。すると、男は、更に今度は、もう少し高額のコインを掌に載せた。そして、2人は消えた。2階へと…。
その内、1人の女が、男の膝に座った。
オスカルは、確信した。
侍女たちの言っていた事は、事実だったのだ。アンドレも、この様な店に来て、下品な色気の女を、あの、わたし専用だと思っていたひざの上に乗せていたのだ。
そして、わたしのささやかな胸では満足せず、あのような大きな胸を、眺めて、口付けをして、触れていたのだ。
しかしながら、オスカルが、酒だか、何だかわからないのを、怒りに任せて飲もうとした。すると、ロジェが止めた。そして、背中越しに、小瓶を渡した。
すると、顔と同じくらいの大きさの胸を持った女が、やってきた。
そして、怒鳴りだした。
まったく、あたし達のような、色っぽくて、美しい女が待っているのに、いつも、手も出さずに、座って、持ち込んだ酒を呑んで、話し込んでいるのは、あんた達くらいだよ!
女は、ロジェ、アンドレ、ヴァッサンを、次々と指差した。
そして、あたし達に用がないなら、他の店に行って頂戴!
ここは、あんた達が来るところじゃないからね!
あたし達は、ここの給金なんて、どうでもいいんだよ。男と遊んで、寝て、男達から、いい金を取っているんだ。さあその椅子を、他の女好きのために、空けとくれ!
「あゝ、分かったよ。他の店に行こう!
アンドレ、ロジェ!」
ヴァッサンは、そう言って、立ちあがった。
オスカルも、それに倣いながら、立ち上がった。
アンドレの、無実が晴れた。
オスカルは、嬉しかった。
始めから、アンドレを疑っていた訳では、無いが、確かめられた。
そうしたら、屋敷に戻っているアンドレが、心配になってきた。
早く屋敷に帰って、アンドレがどうしているのか、確かめたかった。
まさか、生まれて初めての、風呂に入って、のぼせて、更に昇天したなどとは、オスカルでさえ、思いもしなかった。
その後、3人は落ち着いたパブへと行き、まったりと酒を楽しんだ。
酒を呑むと、饒舌になるオスカルも、今夜はどう話していいのやら、分からずもっぱら聞き役だ。2人もそんなオスカルを、気にもせずに吞んでいる。いい酒だった。
オスカルは、アンドレの仲間と出かけて良かったと、心から思った。
アンドレを本当の友と思っている2人は、とてもいい奴だと思った。
そして、そんな彼らを、自分の傍に置いた、アンドレの目の付け所にも感心した。
アンドレの自分に対する想いに、感動した。
感動したので、部屋に戻ると直ぐに、ベッドに入り、目を瞑った。アンドレの大事な目を休める為に、しかし、睡魔は無かった。アンドレの胸の上に手を組んで。
だが、前途多難だった。
今夜のところは、身体も磨いたし、久しぶりに爽やかな気分だ。
もっと、部屋が温かければ良いのにと思った。アンドレは、ずっとこのような部屋で過ごしてきたのだ。おまえが耐えてきた寒さなら、わたしも耐えてみせよう!
とりあえず、明日の朝だ。
オスカルは、何かを決行する決意を固めた。
翌朝、オスカルは、サンルームに陣取って、書き物をしていた。しかし、オスカルにしては、捗らないらしく、考え込んだかと思うと、指を折り、首を傾げながら進めていた。
1番上には、540826、次は、551225。だが、その2つの数字には、線を引いて消されていた。その下には、やはり、6桁の数字が、並んでいる。
そこへ、ジャルママが、来た。
「まあ!目を酷使しては、いけない!って、お医者様が、仰っていらしたのを、忘れたのですか?オスカル!」
オスカルは、ため息をつきながら、
「コレを、何とかしなければ、ゆっくり、入院など、出来ません」
キッパリと、告げた。
アンドレの髪は、もの凄いくせ毛で、器用な彼自身も、毎朝格闘していた。オスカルは、自分で、このあちこちを向いた髪をどうしていいのか、分からなかった。更に、昨夜、シャワーを浴びて濡れた髪を、タオルで、バサバサとしただけのなので、大変な事になっていた。
それでも、鏡を見て、己の姿をチェックする習慣は、あった。けれども、アンドレの部屋の鏡は、使い古しだった。
それなので、ベートーベン並になった髪のまま、振り向いた。
ジャルママは、この娘は、やっと昨夜、身ぎれいになったようだ。
だが、侍女たちに身なりの事は、任せっぱなしのようだ。
少しは、自分でも出来るようこの1ヶ月間に身に付けさせようと、誓った。
オスカルは、オスカルで使用人達の部屋の改善策も考えていた。
ジャルママは、オスカルが向かっている机に、
紅茶を置きながら、オスカルの手元を見た。
そして、首を傾げながら、オスカルに聞く。
「何ですの?数字の羅列は、プロ野球の乱数表みたいね。
軍を辞めて、監督にでもおなりになるつもりなの?」
オスカルは、紅茶の香りを嗅いで、心を落ち着かせようとしたが、無理だった。
「アンドレのスマホがどうしても、開く事ができないのです。」
すると、ジャルママは、ビックリして、
「だって、顔認証すれば、簡単じぁないの。
だから、自分のパスコードを、覚える必要なんてないのよ」
ビックリしているものの、相変わらず、おっとりとしている。
オスカルは、イライラと、
「アンドレのヤツ、両眼が見えていたときに、認証したようなのです。
ですから、この、左眼が開いていないと、認証出来ないようです。
ですから、こうして、思い出せる限りの、パスコードを書いて、試そうと思っているのです」
その言葉に、ジャルママもアンドレの不憫さを思い、言葉が出なかった。
「アンドレの、誕生日は?」
「試しました。ダメです」
オスカルが、ため息交じりに、告げた。
「じゃあ、アンドレの事だわ。貴女の誕生日は?…あら、ダメだったのね。
それだったら、ばあやの誕生日は?」
オスカルは、絶望的に。
「母上、噂でお聞きになった事は、ございませんか?
パスコードは、10回間違えると、スマホが壊れると…」
ジャルママは、手を頰に当てて、青ざめた。
「聞いたわ、オスカル。
でも、壊れた…と言う、噂は、聞かないですよ」
オスカルは、半ば怒りながら、
「だから!誰もが、怖くて試していないのです。
それに、自分のパスコードを忘れる【バカ】も、いないでしょう」
母娘は、顔を見合わせて、ため息をついた。
その時、サンルームに、執事が飛び込んできた。
「奥さま、アンドレ!
オスカルさまが…」
執事の言葉を最後まで聞きもせず、オスカルは玄関ホールに飛び出して行った。
アランに抱き抱えられた、オスカルの身体があった。
つづく
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