「おい!そこら辺のカフェとやらで、何か飲ませろ。
喉が渇いたし、おまえが何で、俺をパリまで連れてきたのか?
そろそろ、聞かせてくれても、いいんじゃねえか?」

「ああ、そうだな。
だけれど、カフェに入る金が無い。
歩きながら、話そう」

「何言ってやがる!
さっき、辻馬車のオヤジに、大金はたいただろう?」

「ああ、そうだ。あれで、今日の予算が狂ってきた」

事情は話さず、付いて来させた。
だが、頼りにされれば、不可能な事も根性で、やり遂げる。
例え、専門分野以外でも。

そこで、アンドレは、さりげなく伝えた。
「女物の、ドレスと、装飾品が、欲しいのだ。
それで、おまえなら、分かるかと思って来てもらった」

「へ!?
おまえが着るのか?
とうとう、え?

外側おまえの隊長も、そんなもの着ないぜ!
今度は、頭がおかしくなったか?」

アランはアンドレの額に手をやろうとした。
この時のアランには、外側も内側もなかった。
マジに心配していた。

だが、アンドレが、避けた。
そして、オスカルの顔に、気安く触るな!
そう怒鳴った。
アランは、カッとした。

が、隊長の声で、すっかり忘れた。
「おれは、正常だ。
おれは、オスカルに似合うドレスと、その他一式が、欲しいのだ」

「それを、外側おまえの、隊長に着せるのか?」

2人とも、足が止まってしまった。
外側アンドレに、ドレスを着せて、ゴージャスなアクセサリーを身に付けた姿を、想像してしまった。

アンドレは、気分が悪くなってきた。
実際、国王陛下より、アンドレが女装して、家の中を取り仕切る。
そう、国王陛下より下知された事もあった。

2人共、頭を振って、妄想をアルゴスに食わせた。
「そうじゃない!
外側も内側もオスカルであるオスカルに、着てもらうんだ!
そして、プロポーズする!」

「ヒュウ!」アランが、短く口笛を鳴らした。
「おまえらが、元に戻る?
で、プロポーズ?」

アンドレは、また、頭を振って、
「未だだ。
だから、付き合ってくれ!」

アランは、目を白黒させた。
「どっちが、まだなんだ?
プロポーズって、もう婚約しているんじゃないのか?
周りは、そう思ってるぜ?」

「ああ、周りが言っているだけだ。
正式には、プロポーズしていない。
だから、男としてけじめをつけたい。

今回の事で、おれの目も良くなる。
そうすれば、堂々と、オスカルの婚約者として、
夫として、やっていける!

だから、オスカルの誕生日に、決行するつもりだ!」
アンドレが、堂々と言った。

「って、おまえら、元に戻れる保証もないんだぞ!
このままだったら、どうするんだ?
そしたら、入れ替わったまんま、結婚式もすんのか?」

「うん、それも考えたが、なんとなく、戻れるような気がする。
いつか…。」
アンドレは、力強く言ったが、語尾が消えて行った。

「だけれども、一生に一度の事。
思い出に残るものにしたい。
だから、オスカルの誕生日に決めたんだ」
今度は、堂々と言った。

「で、おまえ、パリで超高級ではなく、そこそこより上の店、知らないかと思って、誘ったんだ」

「馬鹿野郎!俺がそんな店、知るか!」
「ディアンヌが、行っていた店とか、どうなんだ?」

「だから、馬鹿野郎ってんだ!
俺のうちは、貧乏貴族だぞ!
古着だ!古着を着るんだ!

で、そんな物…って、何買うんだ?」
カッカと怒るが、隊長の声で話されると、調子が狂うアランだ。

アンドレは、嬉しそうに、
「まず、婚約指輪!
それから、ディナーの時に、プロポーズするから、ドレス。
そんなもんかな?」

「それだけか?じゃあ何も、半休取らなくてもいいじゃないか!
ものの10分で終わるんじゃないか?

取り敢えず、何もかも有るけど、ちょいとお高いらしい、
ところに行ってみようぜ!」

こうして、士官の軍服を着たアンドレと、
兵卒のアランは、路地から路地を抜け、
西五番街、みゆき通りをこっそりと、渡り。
更に、路地に入った。

すると、視界が開けた。
アンドレが、この様な広い道にいたら、奴らに見つかるんじゃないかと、心配した。

アランが、ここは「Rue Argent」。幸い今日は、ホコ天だから、馬は入れねえ。安心しろ!そう告げた。

アンドレが、「『ホコ天』って、なんだ?
天ぷらを、振る舞ってくれるのか?
食ってる暇なんて、ないぞ」

するとアランは、首を振り振り、だから、この平民はやることする事、全て、お貴族様なんだ。
「ホコ天は、歩行者天国の、略。
今日は、歩道も馬車道も、人だけが歩いていいんだ。

だから、馬は入れない!
奴らが、俺たちを見つけても…。
誰かが、馬から下りてきたら、一大事だ!

お!正面に、水色の豪華っぽい店があるぞ。
上にあるのは、時計か…。

足慣らしにちょいと覗いてみようぜ!」

こうして、2人は「Rue Argent」を横切り、
ファニティーに、近づいた。

ショーウインドーに、目がチカチカするほどの、
宝石が、アンドレを呼んでいた。

アンドレが、躊躇っていると、アランが威風堂々と入ってしまった。
ファニティーの、品格を知らない故の行動だ。

勿論、アンドレも初めてだ。
だが、ウインドーの品々で、どの様な店か見当がついた。
後を追ってみた。

アランは、店員を摑まえて、
「エンゲージリングが、欲しいのだ。
見せてくれ」

と、言ってしまった。
アンドレは、連れでは無い振りをして、逃げようかと思った。
しかし、此処に連れてきたのは、自分だった。

まあ、手慣らし(?)で、見てみるか…。
すると、店員が2階へ、2人を案内した。
そして、豪華な応接セットに座らせた。

「当店のエンゲージリング。
特にダイヤモンドは、超一流でございます。

そして、全てオーダーメイドとなります」
アンドレは、頭を抱えた。
この店は高級なのだ。

1階には、チョットだけ、カジュアルな物があったのを見て、
アンドレは、ホッとした。
けれど、婚約指輪は、違うようだ。
撤退しようと思った。

アンドレの思いなど知らずに、店員は、続けていた。

「ですから、台座のデザインを決めて頂き、
それから、それに相応しいダイヤモンドをお選びいただけます」

怖いもの知らずのアランが、聞いた。
「すると、値段は、どうやって決まるんだ?」

無知なアランの問いにも、店員は丁寧に、
だって、隣に超高級士官。
しかも、超美形。が、いるので…。

「それぞれの、デザイン。
ダイヤモンドの価値。
それらを組み合わせて決まります」

アンドレは、天を仰いだ。
だが、アランはまだ、続けた。

「はなっから、出せる金が決まっていたら、
どうなるんだ?」

「ほほほ・・・それでしたら、
そのご予算の範囲で、御誂え致します」

アンドレが、腰を浮かせようとすると、
まだ、懲りないのか、それともこの様な店に入って、
舞い上がってしまったのか、アランは続けた。

「んで、注文したら、いつ頃出来上がって来るんだ?」
「はい、全てが受注生産ですので、
1か月ほど、頂きます」

アランの口が、あ~~~んぐりと、開いたまま閉まらなくなった。
やっと、アランが大人しくなった。

やっとアンドレが、口を開く間が出来た。
「申し訳ございません。
それでは、間に合いませんので、
わたくしどもは、失礼させていただきます。

お手数おかけしまして、申し訳ございません」
と、丁寧に頭を下げ、日ごろのオスカルを真似て、
店員の手を取ると、甲に口付けをした。

店員は、時間を無駄にさせられた事など忘れて、
ウットリと、立ち尽くしていた。

ファニティーを出ると、2人はトボトボと、左右の店を見ながら…つまり、ウインドーショッピングを楽しみながら…本人達にはその気は無くても…歩いていた。【ガリブル】も、覗いてみた。2人顔を見合わせて、スルーした。

トンヴィ・ルイは、目に入らなかった。

「予算は、どうなんだ?」
アンドレは、嬉しそうに、
「有り金全部持ってきた」
「隊長のか?」

「ば~か!おれが、今まで貯めた虎の子だ!
明日からは、文無しだ。
酒奢れよ!」

そう言って、両脇のポケットから、
ずっしりとした巾着袋を出して、アランに見せた。

「スッゲーな!
でも、付き合ってやる俺が、なんで、明日から、奢らなくちゃならないんだ!
それよりも、今晩の、酒と飯代くらいは、残せよ!」

「でも、なんで、おまえの金で買うんだ?
隊長の顔パスで、何でも、最高級品が手に入るだろう?」

アンドレは、これまでの経緯を話した。

アランは、「ふーん、伯爵将軍家に婿入りするのも大変なのだな。でも、一生に一度くらい、金に糸目を付けずに、やっちまえばよかったのに!」

アンドレは、「それでは、おれからの愛がこもっていない。
今は、今のおれの精一杯の物を、贈りたい。

それで、将来おれが、ジャルジェ家の人間に相応しくなった時。
もっと、金に糸目を付けぬ物を贈る。

だけど、オスカルは、おれが今日、心を込めて選んで、贈るものを、
一生大事にしてくれるだろう」

*********************

アンドレは、思い出していた。
オスカルと入れ替わってから、書斎に行った。
すると、机の上に、何やら丁寧な文字で書かれた上等な紙があった。

手に取ると、アンドレが、ジャルジェ家に引き取られてから、
ずっと、オスカルと、アンドレの間で、贈り合っていた、
誕生日プレゼント、クリスマスプレゼント、
その他、折りに触れてのプレゼントが、びっしりと書かれていた。

そしてその横に、アンドレに贈った時、アンドレからもらった時の、
お互いの気持ち、反応が書いてあった。

初めて、アンドレがお屋敷に着いた日は、
『剣を、贈った』
『驚いて、固まっていた。
そして、ばあやに、抱きついて、
涙を流していた。

護衛と聞いたから、もう少し、出来る奴かと思っていた。
こんなにも、何も出来ないとは、思っても見なかった。

けれど、毎日一緒に居られるし、
案外と、根性のある奴で、楽しくなりそうだ。

それから、アンドレに剣の扱い方を教えた。
人に教える事の難しさを知った』
そこまで、書いてあった。

多分、前々回の月誕生日に、書斎で、1時間毎に飲み物を催促していた時に、書いていたのだろう。アンドレは、自分自身の目の所為で、これが見えなかった事を、残念に思った。

あの時、気付いていれば、この様な言い合いもしなかった。オスカルからのパンチも受けずに、入れ替わる事もなかっただろう。でも、愛し合っている事を、確認した。

それに、月経前なんちゃらの時は、ストレートに心配する事が苦手なオスカルが、本気で労わってくれた。

そんな、おれたちが、ずっとこのまま入れ替わったままで、いる筈はない。アンドレは、確信していた。そう遠くない、未来にある日突然戻っていると…。

   *********************

アンドレが、ウットリと思い出していると、ガサツな声が聞こえた。
「それで、なんで、俺なんだよ〜
俺なんてそんな物、買った事もなければ、見たこともないんだぞ!」
ファニティーで、赤っ恥をかいことも、自覚なかった。

一見ガサツで、やさぐれているようだが、実は、面倒見が良く、人の心の内も見抜くことの出来る男だった。ただ、その様に見られるのを嫌っている。まだ、けつの青いガキだった。なので、一応駄々をこねないと、行動に移せなかった。

「そんなのは、分かっている。
だけれどなぁ!残念ながら、おまえならオスカルに似合う物、似合わない物が、分かる。
それに、おまえが、1番口が、硬いからな」

すると、「やまつ」という、デパートにぶち当たった。

憎まれ口を叩きながら、2人は、『やつま』に一歩足を、踏み入れた。

そして、アランはアンドレの肘を掴んで、即引き返した。

「なんでぇ?あの匂い?
胸くそ悪い」
アランが、鼻を抑えて、文句をたれた。

アンドレは、笑いながら、
「化粧品と、香水だよ!宮殿では、もっと凄いぞ!」

「ふーん、隊長も、使うのか?」

アンドレは、笑いながら、それは、おれだけの秘密だ。
おまえなんかには、教えない!

そう言って、今度はアランを引きずって、中に入っていった。
アンドレは、アランを引きずりながら、壁を見上げて、指差し確認をした。

そして、アランを従え、真っ正面を見据えた。
先ずは、指輪だ。アンドレは、嬉しそうだ。

宝飾品売り場は、化粧品売り場を、通って行く。
アンドレは、先程の指差し確認で、このフロアーの配置図を確認していた。

先を行くアンドレが、店員から何かを受け取っていた。
アランが、店の名前を見た。
「ネルシャ」

ふ~ん、そこら辺にある赤いのは何でえ!?
グラデーションになってらぁ!

と、鼻をつまんで歩くアランにも、店員が、
「恋人さんに、プレゼントしてください。
お気に召したら、いらして下さいね」
そう言って、何か渡された。

「おい!アンドレ!
これなんだ?
黒い紙だぜ?」

「ああ、口紅のサンプルみたいだな。
開けてみろ、入っているだろう」
慣れた様に、アンドレが答えた。
って、なんで、アンドレがそういう事を知っているのかは、永遠の謎です。

アランは、中を見ると、「うぎゃ!」と声を上げ、サンプルをそそくさと、ポケットにしまうと、再びアンドレの後を追った。

始めから言ってくれれば、防臭マスクかヘルメットを持って来たのに…と、また、ブツブツ言いだした。が、どうせ、ものの10分で終わりだ。

そうしたら、酒と肴にありつける。自分を励まし、この悪臭と戦った。

パリの下町の悪臭に慣れているアランには、香水の匂いは初攻撃だ。

しかし、アランにとって次なる難関が待っていた。
その修羅場を抜けると、今度は眩しさに眩暈がしてきた。

先ほどの、ファニティーでは、平気だったが、
あの時は、此処で決まりだ!
次は、酒と肴だ!
という、歓びがあった。

隣を歩くアンドレを見ると、目を輝かせていた。
アランは、サングラスが欲しかった。
勿論、おしゃれ用ではない。軍務用のだ!

しかし、アンドレはその眩しさに突撃している。
おまけに、手招きまでしている。

アランは、このアンドレのお買い物は、軍務よりも大変なモノだと、悟った。
でも、10分だ。と、再び自分に言い聞かせた。

アランが、アンドレの隣におずおずと近づいた。
ろうそくの光が、宝石の光をさらに増しているようだ。
な~んて事は、アランには、分からなかった。

分かったのは、宝石・・・指輪というものが、沢山ある。という事だけだ。

おい!早く、隊長に似合うモノ探せ!ここ迄、あっちの匂いがプンプンしてくる。酒、1本追加だからな!

相変わらず、ブツブツ言うアランなど無視して、アンドレは、シンプルなリングを見ていた。

すると、店員が寄ってきた。
「マリッジリングをお探しですか?」

え!アンドレは、思い出してしまった。数々の貴族の結婚式に、オスカルと共に出席してきた。その時、新郎新婦は、リングを交換していた。

アンドレの予算には、マリッジリングは、入っていなかった。アンドレは、焦った。プロポーズしてから、結婚式まで…どのくらい期間があるのだろうか…。

が、気づいてしまった。国王陛下との約束を…。

もう、どのくらい延期されたのか分からないが、1年は確実だ。その間に、エンゲージリングの為に、チビチビと貯金箱を一杯にすればいい。アランに酒をおごらせて…。

アンドレは、ホッとした。
そして、プロポーズしても、直ぐには結婚できない寂しさも感じた。
が、立ち直りも早かった。

「いえ、エンゲージリングを探しています」
アンドレは、嬉しそうに答えた。

するとまた、店員が、
「こちらは、お隣のリングとペアになっていまして、
マリッジリングになります。

エンゲージリングでしたら、こちらにございます」
アンドレを促した

アンドレの身なりを、立ち居振る舞い、そして、何よりも美しさ。
店員は思った。

この男は、軍務に就いている。
しかも、金モール、司官だわ。
かなりの、お金を落としてくれるはず。

私は、歩合制で働いている。
昨日売れなかった分を、この男で取り返してみせる!
店員は固い決意をした。

その様な店員の、決意など知らずに、アンドレはショーケースを見た。
そしてその横には、アランが鼻を押さえながら、突っ立っていた。

そして、店員は接客体制に入り、対戦しようと息をのんだ。
ら、アンドレは回れ右をして、撤退してしまった。
店員は、口が開いたまま、動けないでいた。

その後を、アランが追った。
鼻を、押さえながら…。

   つづく

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