ジェローデルは、自分の背丈よりもうず高くなっている書類を見上げ、ため息をつきそうになるのを、抑えた。一体、どうすればこんなに、書類が山になるのだ。噂では、数週間、閉じ籠っていた、という事だ。その間に、誰かどうにかしなかったのだろうか?
思案に暮れている間にも、
デスクの反対側からであろう、姿は見えないが、
手がそっと見え、山の上に、また、一部、一部・・・と載せられていく。
ため息をすれば、その勢いで山は崩れそうだ。
そっと、オスカルの方を見てみる・・・。
なんと!
騒動の渦中の司令官は、司令官の椅子に浅く尻を載せ、
手を胸の上で組み、背もたれに頭をのせ、
長く形の良い足を思いっ切り、延ばして、
ぼんやりと天井を見つめているではないか。
唖然として見つめている、
ジェローデルに、気づいたのだろうか。
ふと、視線を向け、口を開いた。
「お!終わったのか?」
ジェローデルは、思った。
かつての婚約者だった女性だ。
もしかしたら奥方となる女性だった。
しかし、今は怒鳴り付けてやりたい衝動に、駆られた。
が、
「いえ、ジャルジェ准将、この机だけでは、捗りませんので、
あちらの広いテーブルを、お借りしても宜しいでしょうか?」
取り敢えず、嫌みたっぷりに言った。
「ああ、構わない。こちらは、いつでもサインできるよう、
待機しているから、サッサと片づけてくれ」
シレっと、オスカルは命令口調で言った。
ジェローデルは、仕方なく、副官に打ち合わせ用のテーブルに、
少しずつ、書類を持ってくるよう告げた。
そうして、仕訳を始めながら、考えた。
果たして、オスカル嬢のようなオンナでも、
恋をすると変わるものなのだろうか?
私が護って差し上げたい、
籠の中で、ゆったりと過ごしていただきたい。
と思い描いていた、オスカル嬢のイメージは間違っていたのだろうか?
今朝、陛下から、衛兵隊隊長の秘書を1人、近衛から融通するよう、ご命令があった。
これはチャンスだ!
オスカル嬢の傍にまた、居る事が出来る!
もしかしたら、オスカル嬢の目を、今度こそ、私の方に向けるチャンスがあるかもしれない。
と、近衛の任務があるにも関わらずに、名乗りを上げ、此処に来たのに・・・。
まあ、まだ、一年間あるのだ。ゆっくりとオスカル嬢を観察するのも、
いいのかもしれない。前回と違って、
今度は、私がアンドレの席について、
オスカル嬢と長時間を過ごすことが、出来るのだから・・・。
*************************
オスカルの頭の中では、ブーたれていた。
ブーたれた、態度を取りながらも、
ばあやがホントにアンドレに手を出さないか、本気で心配していた。(*´з`)
そのジャルジェ家では、その頃、それぞれの使用人が、
それぞれの持ち場に散って働いている真っ最中だった。
アンドレも、何かしようかとしたが、
いつもならこの時間、オスカルの供をしているので、
屋敷での仕事はなかった。
すなわち、手持ち無沙汰だった。
手持ち無沙汰だったので、
凛々しいオスカルの少年時代が描かれた肖像画をボケっと眺めていた。
アンドレは、オスカルの部屋にこもっていたので、
納品された時見る事が出来なかったのである。
この頃、アンドレの目は、
かすんでいるが、まるっきり見えないわけではなかったが、
ときどき・・・とつぜん真っ暗になる、位の状態だった。
もちろん、それを知っているのは、マロン・グラッセ・モンブランだけだった。
そんな所に、あちらこちらの見回りをしている、ばあやが通りかかった。
「おや!アンドレ!何を偉そうに、ぼ~っとしているんだい!?」
「ああ、おばあちゃん、何か仕事ないかい?
この時間はいつも、オスカルと一緒だから、お屋敷の仕事はないんだよ!」
ばあやは、めがねを少し下げ、じ~~~~~っと孫息子を見つめると、
「じゃあ、ちょっと私の部屋においで!」
「おい!ヤキを入れるな!って、オスカルから聞いているだろう?」
「そうじゃないよ!話をするだけだよ!」
どーせ、良からぬ話だろうと、アンドレは足取りも重く、しぶしぶついて行った。
ばあやが、部屋のドアを開け、アンドレに入るよう勧める。
一歩部屋に入った、アンドレは固唾をのんだ。
「なんだい!おばあちゃん!この部屋は?!」
ベッドカバーが、大小の様々なカラーのピンクのハート柄だった。
ヘッドボードカバーも、ハート柄のキルティングで出来ていて、
おまけに中央に特大のショッキングピンクのリボンがついていた。
椅子もピンクのカバーが、掛かっていて、
クッションもショッキングピンクだった。
中央に置いてある丸テーブルには、
淡いピンクのクロスが、かけてあり、
縁にはこれまた、ピンクのレースが縁どられている。
壁に目を移すと、使用人の部屋にはそぐわない、
これまた、ピンクの花が咲き誇る、タペストリーが、左右にかけられていた。
「ふふふ( *´艸`)奥さまがね。
『年を重ねたら、キレイな色と、キレイなものに囲まれると、若返りますよ』
と、仰って、下さったのだよ。素敵な部屋になっただろう?
だから、私の若さとパワーは此処からきているのさ!」
・・・・・・・・・・・・唖然・・・・・・・・・・・・
アンドレは、声を失うどころか、この部屋に来た理由さえ忘れてしまった。
そんな、アンドレとは反対に、とてもとても冷静なばあやは、現実に戻ると、
「アンドレ!ちょっとそこの椅子にお座り!」
と、ピンクのカバーのかかった椅子を指さした。
アンドレは、居心地悪そうに腰掛けると、呼ばれた用事をすっかり忘れて、
「おばあちゃん、最近、よく眠れているのか?」
と、目がチカチカする、この部屋を眺めながら聞いた。
ところが、ばあやは、全く違う事を考えていて、
「眠れる訳が、ないじゃあないかい!
睡眠負債が溜まり続けているよ!」
と、答えた。
「そりゃぁ、そうだろうなぁ!この部屋じゃぁ、眠れる訳ないよなぁ!
おれが、少し落ち着けるよう、手を加えれば良いんだな!?」
「え゛・・・何を言っているんだい、この馬鹿孫息子!
私が眠れないのは、お嬢さまの行く末を思っての事だよ!」
「え゛・・・おばあちゃん、この、ド派手な部屋にいて、落ち着けるのか?
オスカルの、行く末って・・・それは、これから、おれたちで考えようと思っているんだが・・・」
アンドレは、至極当然と、マジに答えた。
「これだから、おまえは、馬鹿孫息子だって、言うんだよ!
何も言わなくていいから、荷物をまとめて、このお屋敷を出ておいき!」
「え゛・・・何を言っているんだ、おばあちゃん。
オスカルとおれは、やっと愛を誓いあって、
国王陛下の、お許しも頂いて、
これから、輝かしい未来に向かって歩んで行こうとしているのに・・・・・・」
ばあやは、頭を振り振り、下を向いたまま、話した。
「おまえは、本当にそれで、お嬢さまがお幸せになられると思っているのかい?」
この言葉に、アンドレの頭は冷静さを失った。
「オスカルを幸せにできるのは、この世で、おれしかいない!
おれは、オスカルの側を離れる気は、ない!
たった一人の肉親の、おばあちゃんだって、
オスカルとおれを引き離すことなんか出来ないぞ!」
「だってねぇ~
おまえ、身分違いは不幸の元だよ!
おまえには、地位も身分も、財産さえ持っていないじゃぁないかい!?
そんなんで、お嬢さまを幸せにできるのかい?
お嬢さまも、今は頭に血が上って、いらっしゃるから分からないのだけど。
冷静になられたら、おまえの事なんか、何とも思いやしなくなるのが、目に見えている。
今のうちに、姿を消した方が、2人の為だよ!
まあ、当分は、お嬢さまもお嘆きになるかもしれないけど、
直ぐに、忘れちまうさ、おまえの事なんか・・・」
「おばあちゃん!
身分や、地位、財産じゃあ、オスカルは幸せになれないのを、知っているんだよ!
おれたちは、魂の底からお互いを、求め合っている、必要としているんだ!
今まで、おばあちゃんに育ててもらって、世話になって、感謝しているけど、
これだけは譲る事は出来ない。オスカルだって、同じ、思いだ!」
言い捨て、アンドレは、ピンクの洪水から飛び出した。
*************************
その頃、フランス衛兵隊の司令官室では、
オスカルが、相変わらず、投げやりに天井に顔を向け、
生まれて初めて、
・・・・言い換えれば、出会ってから、初めて、
このような長時間、アンドレと引き離された事を、ぶーたれていた。
何処を見つめているか分からない瞳の中には、
愛しいオトコの笑顔が、浮かんで欲しかったが、
残念ながら、今朝のアンドレの後姿しか浮かばなかった。
そこに突然、ドサッと、音がした。
同時に、オスカルにとって、耳障りな声が聞こえた。
「オスカル嬢、取り敢えず、こちらが『目を通さずに、サインだけ』
で、宜しい書類でございます」
「え゛・・・あ、ああ、」
現実に引き戻され、少々不機嫌になったが、そこは、筋金入りの軍人。
即座に姿勢を正した。
「ジェローデル少佐、ここは、職場だ・・・
『隊長』と、呼びたまえ!」
「はい、失礼しました。
隊長、・・・あと、こちらが、『目を通してから、サインをお願いしたい、書類』でございます」
ドサッ!ドサッ!
オスカルは、目をみはった。一体いつの間に、こんなに大量に、仕訳をしたのだ?
まさか、適当に分けただけではあるまいな?
『目を通さずに、サインだけ』という、書類の一番上をそっと、取ってみた。
確か、仕事を放棄したのが、6月の某日だ。
アンドレの机の上の、山になっている書類の一番上は、最近届いた書類である。
当然、手を付けるなら、古いものから、というのが、筋であろう。
果たして、
が~~~~~~~ん、
しっかり、6月某日の書類であった。
次に内容を・・・目を通さずに・・・という事であるが、読んでみた。
それも、2-3通。残念ながら、完璧だった。
仕方がないので、サインをし始めた。
いくらサインしても、書類の山は減らない。
いくらサインしても、次から次へと、ジェローデルが書類の山を持ってくる。
段々、ムキになってきた。
ムキになって、サインしまくった。
しかし、根っからの仕事のエキスパート、としての自分が、
他の『目を通して・・・』の、方にも、目を向けろ!と囁く。
しょうがないから、そちらの山も、切り崩し始める。
ああ!こんな時、アンドレがいてくれたら、
わたしのサインなど、ちょちょいのちょい!と、
マネして書いて、笑ってくれるのになぁ!
そうこうしているうちに、昼食の時間になった。
当番兵が、昼食はどうなさいますか?と、聞きに来た。
こんな時こそ、オスカルは、兵士達と食堂で、のんびりと過ごしたいと思った。
が、ちょっとした、いたずら心が働いた。
そこで、司令官室に留まる事を選択した。
そして、当番兵に告げた。
「わたしと、同じ食事を、この2人と、ロジェにも運んでくれ」と。
果たして、テーブルの上に、衛兵隊士と同じ食事が、4人分並んだ。
オスカルが、満面の笑みで、ジェローデルに声を掛けた。
「ジェローデル、おまえと、食事をするのは、初めてだな。
これが、衛兵隊流のもてなしだ。
さあ、席についてくれ」
ジェローデルは、
貧しいトレーの上の、安物の食器に盛られた、見た事もない、粗末な食べ物を見た。
後退りしようとする本能を、なんとか宥め、ジェローデルも軍人である。
苦笑いしながら、テーブルに近寄った。
そんな上官の様子を恐ろし気にコルミエ少尉は、見ていたが、
ジェローデルに視線で促され、恐る恐るテーブルについた。
オスカルは、上座に座り、左右に、ジェローデル少佐とコルミエ少尉。
下座に当たる、オスカルの向かいに、ロジェが座った。
皆が席についたのを確認すると、オスカルが、祈りを捧げ、食事が始まった。
オスカルも、ロジェも、何食わぬ顔で食事を始めた。
(実は、ロジェもジャルジェ家のお屋敷では、
使用人とは言えこれよりもかなりマシなものを食べていたので、
少々たじろいだが、
次期当主であるオスカルが平然と食べているので、仕方なく食していた)
ジェローデルは、目顔でコルミエ少尉に、先に手を付けるよう促す。
焼き肉らしいモノが、皿に載っている。
こんな薄い肉は、しゃぶしゃぶにしか、使った事が無い。
それが、焼かれた状態で、皿に載っている。
コルミエ少尉は、そっとナイフを入れてみた。切れない。
ナイフを動かすと、それに釣られて肉も動く。
漸く、一口分ちぎって、口に入れた。咀嚼してみる。
硬い。
硬いだけならまだましだ、筋ばかりで、噛み切れないのだ。
おまけに、肉の味が全くしない。噛んでも、噛んでも、噛み砕けない。
吐き出したくなってきた。
しょうがないから、飲み込んだ。
そんな、コルミエ少尉を見て、オスカルが、笑顔で言った。
「どうだ?コルミエ少尉?これは、兵士達と同じ、メニューだ。
君も近衛では、兵士の食事をしているのだろう?衛兵隊の味は、どうかな?」
堪らず、ジェローデル少佐が、声を上げた。
「どういうお考えで、兵士どもと同じ食事をとろうなどと、思われたのですか?
貴女のような、麗しい方が、口にするような食べ物とは、思えませんが・・・」
「兵士たちと、同じものを食べてはいけないのか?
同じ釜の飯を食ってこそ、分かり合えるというものではないのかな?
ジェローデル少佐?」
オスカルは、当然の事と、平然と口にした。言葉と、食事を・・・。
「ぐ・・・では、この食事を食べれば、
貴女の気持ちにも、近づく事が、私にも出来るのでしょうか?
でしたら、・・・喜んで、頂きましょう」
ジェローデルは、半泣きだった。
前途多難と、思ったのだろうか・・・それは、杳としてわからなかった・・・。
一方、コルミエ少尉は、明日から手弁当を持ってこようと決心した。
つづく
思案に暮れている間にも、
デスクの反対側からであろう、姿は見えないが、
手がそっと見え、山の上に、また、一部、一部・・・と載せられていく。
ため息をすれば、その勢いで山は崩れそうだ。
そっと、オスカルの方を見てみる・・・。
なんと!
騒動の渦中の司令官は、司令官の椅子に浅く尻を載せ、
手を胸の上で組み、背もたれに頭をのせ、
長く形の良い足を思いっ切り、延ばして、
ぼんやりと天井を見つめているではないか。
唖然として見つめている、
ジェローデルに、気づいたのだろうか。
ふと、視線を向け、口を開いた。
「お!終わったのか?」
ジェローデルは、思った。
かつての婚約者だった女性だ。
もしかしたら奥方となる女性だった。
しかし、今は怒鳴り付けてやりたい衝動に、駆られた。
が、
「いえ、ジャルジェ准将、この机だけでは、捗りませんので、
あちらの広いテーブルを、お借りしても宜しいでしょうか?」
取り敢えず、嫌みたっぷりに言った。
「ああ、構わない。こちらは、いつでもサインできるよう、
待機しているから、サッサと片づけてくれ」
シレっと、オスカルは命令口調で言った。
ジェローデルは、仕方なく、副官に打ち合わせ用のテーブルに、
少しずつ、書類を持ってくるよう告げた。
そうして、仕訳を始めながら、考えた。
果たして、オスカル嬢のようなオンナでも、
恋をすると変わるものなのだろうか?
私が護って差し上げたい、
籠の中で、ゆったりと過ごしていただきたい。
と思い描いていた、オスカル嬢のイメージは間違っていたのだろうか?
今朝、陛下から、衛兵隊隊長の秘書を1人、近衛から融通するよう、ご命令があった。
これはチャンスだ!
オスカル嬢の傍にまた、居る事が出来る!
もしかしたら、オスカル嬢の目を、今度こそ、私の方に向けるチャンスがあるかもしれない。
と、近衛の任務があるにも関わらずに、名乗りを上げ、此処に来たのに・・・。
まあ、まだ、一年間あるのだ。ゆっくりとオスカル嬢を観察するのも、
いいのかもしれない。前回と違って、
今度は、私がアンドレの席について、
オスカル嬢と長時間を過ごすことが、出来るのだから・・・。
*************************
オスカルの頭の中では、ブーたれていた。
ブーたれた、態度を取りながらも、
ばあやがホントにアンドレに手を出さないか、本気で心配していた。(*´з`)
そのジャルジェ家では、その頃、それぞれの使用人が、
それぞれの持ち場に散って働いている真っ最中だった。
アンドレも、何かしようかとしたが、
いつもならこの時間、オスカルの供をしているので、
屋敷での仕事はなかった。
すなわち、手持ち無沙汰だった。
手持ち無沙汰だったので、
凛々しいオスカルの少年時代が描かれた肖像画をボケっと眺めていた。
アンドレは、オスカルの部屋にこもっていたので、
納品された時見る事が出来なかったのである。
この頃、アンドレの目は、
かすんでいるが、まるっきり見えないわけではなかったが、
ときどき・・・とつぜん真っ暗になる、位の状態だった。
もちろん、それを知っているのは、マロン・グラッセ・モンブランだけだった。
そんな所に、あちらこちらの見回りをしている、ばあやが通りかかった。
「おや!アンドレ!何を偉そうに、ぼ~っとしているんだい!?」
「ああ、おばあちゃん、何か仕事ないかい?
この時間はいつも、オスカルと一緒だから、お屋敷の仕事はないんだよ!」
ばあやは、めがねを少し下げ、じ~~~~~っと孫息子を見つめると、
「じゃあ、ちょっと私の部屋においで!」
「おい!ヤキを入れるな!って、オスカルから聞いているだろう?」
「そうじゃないよ!話をするだけだよ!」
どーせ、良からぬ話だろうと、アンドレは足取りも重く、しぶしぶついて行った。
ばあやが、部屋のドアを開け、アンドレに入るよう勧める。
一歩部屋に入った、アンドレは固唾をのんだ。
「なんだい!おばあちゃん!この部屋は?!」
ベッドカバーが、大小の様々なカラーのピンクのハート柄だった。
ヘッドボードカバーも、ハート柄のキルティングで出来ていて、
おまけに中央に特大のショッキングピンクのリボンがついていた。
椅子もピンクのカバーが、掛かっていて、
クッションもショッキングピンクだった。
中央に置いてある丸テーブルには、
淡いピンクのクロスが、かけてあり、
縁にはこれまた、ピンクのレースが縁どられている。
壁に目を移すと、使用人の部屋にはそぐわない、
これまた、ピンクの花が咲き誇る、タペストリーが、左右にかけられていた。
「ふふふ( *´艸`)奥さまがね。
『年を重ねたら、キレイな色と、キレイなものに囲まれると、若返りますよ』
と、仰って、下さったのだよ。素敵な部屋になっただろう?
だから、私の若さとパワーは此処からきているのさ!」
・・・・・・・・・・・・唖然・・・・・・・・・・・・
アンドレは、声を失うどころか、この部屋に来た理由さえ忘れてしまった。
そんな、アンドレとは反対に、とてもとても冷静なばあやは、現実に戻ると、
「アンドレ!ちょっとそこの椅子にお座り!」
と、ピンクのカバーのかかった椅子を指さした。
アンドレは、居心地悪そうに腰掛けると、呼ばれた用事をすっかり忘れて、
「おばあちゃん、最近、よく眠れているのか?」
と、目がチカチカする、この部屋を眺めながら聞いた。
ところが、ばあやは、全く違う事を考えていて、
「眠れる訳が、ないじゃあないかい!
睡眠負債が溜まり続けているよ!」
と、答えた。
「そりゃぁ、そうだろうなぁ!この部屋じゃぁ、眠れる訳ないよなぁ!
おれが、少し落ち着けるよう、手を加えれば良いんだな!?」
「え゛・・・何を言っているんだい、この馬鹿孫息子!
私が眠れないのは、お嬢さまの行く末を思っての事だよ!」
「え゛・・・おばあちゃん、この、ド派手な部屋にいて、落ち着けるのか?
オスカルの、行く末って・・・それは、これから、おれたちで考えようと思っているんだが・・・」
アンドレは、至極当然と、マジに答えた。
「これだから、おまえは、馬鹿孫息子だって、言うんだよ!
何も言わなくていいから、荷物をまとめて、このお屋敷を出ておいき!」
「え゛・・・何を言っているんだ、おばあちゃん。
オスカルとおれは、やっと愛を誓いあって、
国王陛下の、お許しも頂いて、
これから、輝かしい未来に向かって歩んで行こうとしているのに・・・・・・」
ばあやは、頭を振り振り、下を向いたまま、話した。
「おまえは、本当にそれで、お嬢さまがお幸せになられると思っているのかい?」
この言葉に、アンドレの頭は冷静さを失った。
「オスカルを幸せにできるのは、この世で、おれしかいない!
おれは、オスカルの側を離れる気は、ない!
たった一人の肉親の、おばあちゃんだって、
オスカルとおれを引き離すことなんか出来ないぞ!」
「だってねぇ~
おまえ、身分違いは不幸の元だよ!
おまえには、地位も身分も、財産さえ持っていないじゃぁないかい!?
そんなんで、お嬢さまを幸せにできるのかい?
お嬢さまも、今は頭に血が上って、いらっしゃるから分からないのだけど。
冷静になられたら、おまえの事なんか、何とも思いやしなくなるのが、目に見えている。
今のうちに、姿を消した方が、2人の為だよ!
まあ、当分は、お嬢さまもお嘆きになるかもしれないけど、
直ぐに、忘れちまうさ、おまえの事なんか・・・」
「おばあちゃん!
身分や、地位、財産じゃあ、オスカルは幸せになれないのを、知っているんだよ!
おれたちは、魂の底からお互いを、求め合っている、必要としているんだ!
今まで、おばあちゃんに育ててもらって、世話になって、感謝しているけど、
これだけは譲る事は出来ない。オスカルだって、同じ、思いだ!」
言い捨て、アンドレは、ピンクの洪水から飛び出した。
*************************
その頃、フランス衛兵隊の司令官室では、
オスカルが、相変わらず、投げやりに天井に顔を向け、
生まれて初めて、
・・・・言い換えれば、出会ってから、初めて、
このような長時間、アンドレと引き離された事を、ぶーたれていた。
何処を見つめているか分からない瞳の中には、
愛しいオトコの笑顔が、浮かんで欲しかったが、
残念ながら、今朝のアンドレの後姿しか浮かばなかった。
そこに突然、ドサッと、音がした。
同時に、オスカルにとって、耳障りな声が聞こえた。
「オスカル嬢、取り敢えず、こちらが『目を通さずに、サインだけ』
で、宜しい書類でございます」
「え゛・・・あ、ああ、」
現実に引き戻され、少々不機嫌になったが、そこは、筋金入りの軍人。
即座に姿勢を正した。
「ジェローデル少佐、ここは、職場だ・・・
『隊長』と、呼びたまえ!」
「はい、失礼しました。
隊長、・・・あと、こちらが、『目を通してから、サインをお願いしたい、書類』でございます」
ドサッ!ドサッ!
オスカルは、目をみはった。一体いつの間に、こんなに大量に、仕訳をしたのだ?
まさか、適当に分けただけではあるまいな?
『目を通さずに、サインだけ』という、書類の一番上をそっと、取ってみた。
確か、仕事を放棄したのが、6月の某日だ。
アンドレの机の上の、山になっている書類の一番上は、最近届いた書類である。
当然、手を付けるなら、古いものから、というのが、筋であろう。
果たして、
が~~~~~~~ん、
しっかり、6月某日の書類であった。
次に内容を・・・目を通さずに・・・という事であるが、読んでみた。
それも、2-3通。残念ながら、完璧だった。
仕方がないので、サインをし始めた。
いくらサインしても、書類の山は減らない。
いくらサインしても、次から次へと、ジェローデルが書類の山を持ってくる。
段々、ムキになってきた。
ムキになって、サインしまくった。
しかし、根っからの仕事のエキスパート、としての自分が、
他の『目を通して・・・』の、方にも、目を向けろ!と囁く。
しょうがないから、そちらの山も、切り崩し始める。
ああ!こんな時、アンドレがいてくれたら、
わたしのサインなど、ちょちょいのちょい!と、
マネして書いて、笑ってくれるのになぁ!
そうこうしているうちに、昼食の時間になった。
当番兵が、昼食はどうなさいますか?と、聞きに来た。
こんな時こそ、オスカルは、兵士達と食堂で、のんびりと過ごしたいと思った。
が、ちょっとした、いたずら心が働いた。
そこで、司令官室に留まる事を選択した。
そして、当番兵に告げた。
「わたしと、同じ食事を、この2人と、ロジェにも運んでくれ」と。
果たして、テーブルの上に、衛兵隊士と同じ食事が、4人分並んだ。
オスカルが、満面の笑みで、ジェローデルに声を掛けた。
「ジェローデル、おまえと、食事をするのは、初めてだな。
これが、衛兵隊流のもてなしだ。
さあ、席についてくれ」
ジェローデルは、
貧しいトレーの上の、安物の食器に盛られた、見た事もない、粗末な食べ物を見た。
後退りしようとする本能を、なんとか宥め、ジェローデルも軍人である。
苦笑いしながら、テーブルに近寄った。
そんな上官の様子を恐ろし気にコルミエ少尉は、見ていたが、
ジェローデルに視線で促され、恐る恐るテーブルについた。
オスカルは、上座に座り、左右に、ジェローデル少佐とコルミエ少尉。
下座に当たる、オスカルの向かいに、ロジェが座った。
皆が席についたのを確認すると、オスカルが、祈りを捧げ、食事が始まった。
オスカルも、ロジェも、何食わぬ顔で食事を始めた。
(実は、ロジェもジャルジェ家のお屋敷では、
使用人とは言えこれよりもかなりマシなものを食べていたので、
少々たじろいだが、
次期当主であるオスカルが平然と食べているので、仕方なく食していた)
ジェローデルは、目顔でコルミエ少尉に、先に手を付けるよう促す。
焼き肉らしいモノが、皿に載っている。
こんな薄い肉は、しゃぶしゃぶにしか、使った事が無い。
それが、焼かれた状態で、皿に載っている。
コルミエ少尉は、そっとナイフを入れてみた。切れない。
ナイフを動かすと、それに釣られて肉も動く。
漸く、一口分ちぎって、口に入れた。咀嚼してみる。
硬い。
硬いだけならまだましだ、筋ばかりで、噛み切れないのだ。
おまけに、肉の味が全くしない。噛んでも、噛んでも、噛み砕けない。
吐き出したくなってきた。
しょうがないから、飲み込んだ。
そんな、コルミエ少尉を見て、オスカルが、笑顔で言った。
「どうだ?コルミエ少尉?これは、兵士達と同じ、メニューだ。
君も近衛では、兵士の食事をしているのだろう?衛兵隊の味は、どうかな?」
堪らず、ジェローデル少佐が、声を上げた。
「どういうお考えで、兵士どもと同じ食事をとろうなどと、思われたのですか?
貴女のような、麗しい方が、口にするような食べ物とは、思えませんが・・・」
「兵士たちと、同じものを食べてはいけないのか?
同じ釜の飯を食ってこそ、分かり合えるというものではないのかな?
ジェローデル少佐?」
オスカルは、当然の事と、平然と口にした。言葉と、食事を・・・。
「ぐ・・・では、この食事を食べれば、
貴女の気持ちにも、近づく事が、私にも出来るのでしょうか?
でしたら、・・・喜んで、頂きましょう」
ジェローデルは、半泣きだった。
前途多難と、思ったのだろうか・・・それは、杳としてわからなかった・・・。
一方、コルミエ少尉は、明日から手弁当を持ってこようと決心した。
つづく
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