翌日、オスカルが、司令官室に入ると、ド・ギランドが、もう、到着していて、
敬礼でオスカルを迎えた。
いつもは、アンドレと談笑しながら、誰もいない司令官室に入って行くので、オスカルは、新鮮に感じ、頼もしい友人を持っている事に、朝から心地よく思った。
ド・ギランドと軽口をたたいていると、ジョルジュが、コーヒーを2人に運んでくる。
ロジェは、このオスカルの友人が来ると、任務がかなり軽減されるので、ホッとしながら、勉強用の机に向かった。
オスカルがド・ギランドと、その日の打ち合わせをしている頃、すました顔で、ジェローデルがコルミエ少尉を従えて、入ってきた。そして、ド・ギランドがいるのを見て、渋い顔をした。
ド・ギランドが、すかさず口を開いた。
「近衛は随分と、のんびりしているのだな~
それに、司令官室に入るのに、ノックもなしか?
礼儀を重んじる、近衛隊士殿とは思えんな!
それに、お供がいなけりゃ、お外を歩けないのか?
確か、アンドレの替わりと聞いていたが、
アンドレは独りで、補佐など付けていなかったが・・・
そうだな?オスカル?!」
「ああ、そうだ。アンドレは、独りですべてをこなしていた。
今、わたしは、ジェローデル、君だけでは、足りないので、
ロジェとジョルジュまで・・・彼らも他の用事があるのに、
わたしの為に、来てくれている。
それに、ド・ギランドまで助けに来てくれている。
このままでは、これからの1年間、
無事にやって行けるのか、不安になるな。
衛兵隊での、わたしの任務は、近衛の隊長時代とは、かなり違っている。
それの補佐が出来ないとなれば、退場して頂くしかないだろう!」
オスカルは、面白そうに言ってのけた。
ジェローデルは、もともと邪な理由で・・・オスカルに再度、アタックする為に、衛兵隊へと着任していたので、平民である隊士たちとは関わるつもりはなかった。
それに、昨日は出仕していなかったので、今日が2日目である。
まだ、衛兵隊がどのような所か・・・単に、品性もなく、ごろつきの集まり・・・と言う認識しか持っていなかった。
ついでに言えば、食べ物が究極に口に合わなかった。
返答に固まってしまったジェローデルに、オスカルはニコニコと、
「まあ、しばらくやってみて、判断したまえ!
今日の昼食も、衛兵隊流だ。楽しみにしていたまえ!
では、任務にかかってくれ!」
そう言うと、オスカルはド・ギランドと親し気に今日の任務の打ち合わせに戻っていった。
*******************
こうしてオスカルは、淡々と任務をこなし、ド・ギランドは、オスカルの護衛をしながら、補佐をしていた。一方の、ジェローデルは、ド・ギランドがオスカルの側にべったりと付いていたので、甘いささやきをする事が出来ないでイライラしていた。
その日もオスカルは、ド・ギランドを伴って、兵士達の訓練を見て回っていた。
「会わせたい男がいるのだ」
オスカルが、ニコニコと振り返りながら言った。
「楽しそうだな!そんなに、価値がある男なのか?
うん?俺の好みか?」
ド・ギランドも興味津々と言った様子で答える。
「ふふふ・・・、彼はストレートだと思うが・・・。
その辺りは、おまえが自分で、確かめたらいい。
わたしの管轄ではない」
と、たわいのない会話をしながら、練兵場へと向かった。
今日は、第1班と第3班が合同で、剣の演習を行っていた。
オスカルとド・ギランドはしばらく、黙って見ていた。
ド・ギランドが、先に声を上げた。
「ほう!あの男か・・・見事な剣さばきだな!
それに、両手使いか・・・。
面構えも、いい。」
「ああ、そうだろう。衛兵隊一の使い手だ。
わたしもかなり、苦戦した。
負けると思ったほどだ」
オスカルは、自慢げに話した。
「え゛!あいつとやり合ったのか?
すっげ~肝っ玉持っているなぁ!おまえ。
まあ、いいや・・・俺も、奴と相手したいものだ」
ド・ギランドが楽しそうに言い出した。
オスカルは、そう言うと思って、連れてきた。
と、言いながら、演習を見守っている、ユラン伍長に声を掛けた。
アランが呼ばれて、オスカルの隣に立つ、アンドレとはまた違った、デカくて日に焼けた男をチラッと見た。
ふん!海軍のおえら様か知らないが、俺様に挑んでくるとは、大したものだ。
俺の事は、粗方隊長から聞いているだろうに・・・と、思いながらも、海軍でこの人あり!と噂されている司令官との、対決を、「思しれー!」と思ったのである。
オスカルが、アランと決闘をした時のように、皆・・・と、言っても第1班と第3班だが、集まってきた。
凄い打ち合いだった。オスカルの時は、身の軽さで、アランを翻弄したが、今度は、馬鹿力のド・ギランドである。アランは、真っ青になったが、ド・ギランドは、練習試合をしているように、余裕だった。
が、実は、ド・ギランドもかなり苦戦していた。だが、長年の経験と、司令官と言う立場で、連戦をくぐり抜けてきた、経験が余裕を見せていた。
練兵場には、カシーン、カシーン、カン、カン、カンと、
剣を打ち合う音だけが、響いていた。
誰ひとり声も上げられず、固唾をのんで見守っている。
一方の、オスカルは、これまたド・ギランドと同じで、微笑をうかべながら、己の部下の健闘と、旧知の親友の健闘をそれぞれ見守っていた。
激しい剣の音につられて、他の訓練に出ていた班の面々も集まってきた。
アランが、苦戦しているのを見て、アレは誰だ?と、先に来ていた者に聞くもの。
隊長とは、どんな関係だ?と、面白がる者。
夏の日差しの中で、2人とも額に汗が噴き出してきた。
汗が、目に入ってくる。拭いたいのは、両者とも同じである。
しかし、そんな余裕はない。
そこへ、オスカルが、良く通るアルトの声で、
「ヤメ~!!!!
その位でいいだろう?二人共。
どうやら、互角のようだ。
アラン、衛兵隊の面目は保たれた。
ド・ギランド、司令官の肩書も、捨てたものじゃないと証明できた」
それでも、血気盛んな2人は、剣を収めてはいない。
オスカルは、2人の剣が交差するのを気にも留めずに、割って入って行った。
ド・ギランドが、剣を収めながら、
「この真っただ中に入って来る、おまえが一番だ」
ふん!と、アランが、剣を収めた。
ド・ギランドが、アランの方に寄り、右手を差し出した。
渋々、アランが差し出すと、それをド・ギランドが、握り返したと同時に、
アランの手を引き寄せ、肩を抱き、何かを囁いた。
驚いた、アランが、ド・ギランドを見上げた。
ニヤリと、ド・ギランドがすると、アランはまた、渋々頷いた。
オスカルが、ニコニコとそれを見ていた。
練兵場を離れると、ド・ギランドが、暑い、暑い、どうにかしてくれ!
ビールが欲しいとは言わないが、涼しくなりたい!と、騒ぎ出した。
オスカルは、ふふふ・・・と笑うと、ド・ギランドを、衛兵隊の裏手へと連れて行った。
アランに何を言ったのだ?
まさか、誘ったのじゃあるまいな?オスカルが、面白そうに聞く。
ド・ギランドは、笑いながら、男同士の会話だ!
残念ながら、おまえでも入る余地はないな。と軽くいなしてしまった。
アランの腕は、どうだったか?などと、話しているうちに、ヴェルサイユでは、珍しい開けた高台に出た。(そんな所、あるのか?)
「ほう・・・こんな所が、衛兵隊にはあったのか?」ド・ギランドが、辺りを見回しながら言う。(だから!あるのかって聞いているのだ!)
「ああ、書類仕事に疲れると、気分転換にアンドレとよく来たのだ。
兵士達は、忙しくてここの存在を忘れてしまっているようだ」
「ふん!いいのか?アンドレとの秘密の場所を俺なんかに教えて?」
「ふふふ・・・、おまえは、・・・・・・う~~~ん、特別だな」
と、言いながら、大きくて、平らな石の上にオスカルは座っていたと思うと、しばらくして、寝転んでしまった。
それを見て、ド・ギランドは、
「そこが、おまえの定位置か・・・。じゃあ、アンドレは、いつも何処にいるのだ?」
「アンドレは、そこの端に行って、下の方を眺めているか、
ここ、石の側に、座っている。」
オスカルの声が、段々と小さくなってきた。
「ふん!ここか、・・・・・・下草がひんやりして気持ちが良いな。
で、何を話していた?」
「・・・・・・・・zzzzzzzzzz・・・・・・・・・」
「おい!オスカル?」
ド・ギランドが、オスカルを見ると、スヤスヤと眠っていた。
再び、ふん!と言うと、もう一つのアンドレの居場所、高台の端に行って、伸びをして、見慣れた風景を、上から眺めてみた。
見慣れた場所だから、見ていても、面白くもない。
振り返って、オスカルを見ると、気持ちよさそうに寝ている。
仕方がないので、ド・ギランドも石の側の下草に寝転がった。
先程、動いたので、心地いい眠気が襲ってくる。
だが、眠るわけにはいかない。
空を見上げる、雲が流れていく、ヴェルサイユの街を眺めるより、ずっと面白かった。
漸く、オスカルが、伸びをして、起き上がった。
空を眺めていたド・ギランドも、起き上がって、座りながら、
「オスカル、おまえ、いつもそんなに安心しきって、他人のいる所で、寝るのか?
衛兵隊は、危険だとアンドレが、言っていたが?」
言っている意味が分からず、オスカルは、当たり障りのない返事をした。
「ド・ギランド、おまえがいたからだ」
ド・ギランドは、笑いながら、
「アンドレと、いる時もずっとそうだったのか?」と、核心に触れた。
オスカルは、暫く返答に時間をかけた。
事実を伝えると、今は愛するアンドレの不利になってしまう。
でも、ド・ギランドは、適当な嘘を言っても見抜くだろうと思われた。
オスカルが、黙っていると、ド・ギランドの方が語り出した。
「おまえら、何があった?
アンドレの髪が長くて、目を怪我していなかった頃。
おまえらは、子供の頃と変わらず、性別も関係なく、戯れていた。
ただ、アンドレだけが、胸の内を悟られまいと努力をしていたが…。
それが、ヤツが、髪を切って、目を怪我してから、おまえらの間に、距離ができたような気がした。
おまえは、アンドレに戯れなくなったし、一層軍人である己であろうと、自分を律していた。
一方のアンドレは、ますます、彼のオトコの部分をおまえには見せないよう必死だった。
それに、ここでのアンドレの定位置だ。
以前だったら、おまえが寝転んでいる石の上に、ヤツも腰掛けるだろう?」
オスカルは、言葉もなく、聞いていた。
胸の内で、この、士官学校時代からの親友は、なんと人の心の動きを見ているのだろうかと、感じた。
そんなオスカルを見て、また、笑いながら、
「ふふふ・・・俺はなぁ!男しか愛せないだろう?
ヴェルサイユでは、珍しい事ではないが、俺の様に、妻を持たない、ゲイは、やはり、異端なんだよ。
だからかな、人の言葉つかい、視線の先、態度などから、その人間の本当の、隠している本質を探ることができるようになってしまった」
あゝ、男としてしか生きる事が出来なかった己と、この親友は、似ているのかもしれないなと、オスカルは思った。そして、少しだけ話してもいいかと思った。
「アンドレとは、気不味い時期があったのは、確かだ。
でも、あの時期が無ければ、わたしは、今こうして、アンドレと愛し合う様にならなかったと確信する。
だから、今ではあの時期さえも、愛しく感じられる。」
ド・ギランドは、一瞬オスカルを眩しげに見たが、直ぐに、いつもの親友に対する温かい眼差しを送った。
その夕刻、それらの日々と同じように、ヴェルサイユ四剣士隊が揃って、仕事をこなし、訝しがるオスカルを、無理やり、馬車に乗せて、帰宅させた。
そこにいつものベルリン馬車が、やってきた。
いつもの3人の男が待ち構えていると、第一班アランを筆頭に数人、第3班からも数人やって来て、ド・ギランドに馬車へと押し込まれた。
そして、馬車はいつもの店に、いつものように向かって、店に入った男たちは、いつものように、呑んで食って、騒いだ。そして、いつもと違って、その夜は、衛兵隊宿舎へと、隊士達を送り届けると、ヴェルサイユの貴族の屋敷のある方に消えていった。
いっぽうで、ド・ギランドは、自邸に帰ると、酔いのまわった頬をパンパン叩きながら、正気を取り戻した。そして、胸ポケットにあるスマホを取り出した。
そこには、既に出航するはずだった、ド・ギランドの船に乗っている、副官からの報告が入っている。この報告は、必ず、毎日やり取りをされていて、本来ならば、出航を控えた軍艦の船長であり、司令官であるド・ギランドが、乗船して命令を飛ばしていなければならないはずである。
しかし、義に熱いド・ギランドは、旧知の親友オスカルの前祝いと称して、ヴェルサイユに留まり、部下たちとLINEで、やり取りをしていた。
そして、LINEだけでは、足りない時、港と、ヴェルサイユの中間地点まで、部下を呼び寄せ、自分も馬を飛ばして向かい、打ち合わせをした。
今夜もまた、厄介な問題が起こっていたようである。
ド・ギランドは、執事に出かける旨を伝え、準備を整えるよう指示した。
執事も、慣れたようで、すぐさま、指令を出し、ド・ギランドは、馬上の人となった。
こうして、一晩中、馬を走らせ、部下と話し合い、命令を出し、早朝にヴェルサイユに帰って来る。するとすぐさま、朝食を掻っ込み、身なりを整えて、衛兵隊の司令官室に立って爽やかな顔で、オスカルを迎えるのであった。
7月24日朝
その日も、ド・ギランドは、いつものように、オスカルが出仕する前に、司令官室に着き、オスカルを待った。
昨夜、どの様な行動をとったかは、彼の様子からは計り知れない。
船を操る屈強なオトコは、この位の事、朝飯前と心得ていた。
そんな、ド・ギランドが毎日衛兵隊に来ているので、ジェローデルは、相変わらず、己の最大の使命・・・オスカルをもう一度、くどく・・・と、言う事が全くできないでいた。
ジェローデルが、帰ると、いつものように2人が入ってきた。
ド・ギランドが、おまえ達もう書類は、殆ど片付いたぞ!
おまえらの仕事は、終わったのか?と兄貴風を吹かせた。
そして、
「よ~そろ!じゃあ、出航前に4人揃って飲みに行くか!」
と、叫んだ。
慌てたのは、ロドリゲだった。
「おいおい!オスカルは、今夜12時になってアンドレが来るのを待つのじゃないか?」
ド・ギランドが、しゃあしゃあと答えた。
「それまで、独りで、悶々としてろっていうのか、かわいそうじゃないか?
なにも、午前様をしろと言っている訳じゃない。
う~~~ん、10時か?女は、身支度があるから・・・もちっと早めがいいのか?
時間は、オスカル、おまえが決めろ!」
ラ・トゥールが、真面目ものらしく、
「しかし、酔いつぶれてしまったら、もっとかわいそうだ!」
と、発言して、3人3様、あーでもない、こーでもないと賑やかだった。
蚊帳の外に置かれたオスカルは、勝手に決められていく、己の今夜の予定だったが、嬉しく受け止めていた。そして、アンドレを待つには、屋敷にどの位の時刻に帰ればいいのか、逆算していた。
男たちの低い声が交差する中に、女としては低めながらも、良く通る声が響いた。
「では、諸君の厚意に甘えて、9時迄呑みに行くことにする。
ちょっとやそっとでは酔いつぶれないから、安心しろ!」
男たちは、怒声が響いた。
流石、オスカル。
なんちゃら、オスカル!
と言って、歓声を上げた。
3人が、笑い飛ばしている中、オスカルは、ジェローデルを使い物にならなくして、サッサとアンドレを呼び戻す計画を練っていた。
実際、例の食事の件など、オスカルには、どこの部署の誰に、相談して良いのかも分からなかった。このままいけば、兵士の間から不満の声が出てくるのは明らかだった。
そして、いつもの通り、超豪華なベルリン馬車で、夜の街に消えていった。
そして、今日だけは、ロジェもジョルジュも、これから2日間の休みの為、帰宅していった。
******************
宴会は、いつもより陽気であった。
オスカルも、あと数時間で、アンドレに会えると思うと、テンションアゲアゲであった。
その想いを、受け止めてくれる仲間がいる。
思いっきり飲もう・・・と、思ったが、さすがにこれだけは、いつものように・・・とはいかなかった。
アンドレに会う時、素面でいよう。などとは、考えなかったが、屋敷に帰って、此の余韻を楽しみ。そして、アンドレに会えることを、かみしめるだけの、冷静さを残しておきたかった。
そうこうしているうちに、オスカルが帰宅する時間となった。
ド・ギランドが、
「そうか。じゃあ、困ったらいつでも、LINEするんだぞ!すぐにでも、駆けつけるからな!」
頼もしい司令官の顔が現れた。
「おいおい、ド・ギランド?海の上でも、電波が届くのか?」
ラ・トゥールが、心配そうに聞いた。
「ふん!しばらくは、排他的経済水域内を航行する」
「えー!我が国の領土に、大砲打ち込むなよな!」
ロドリゲが、マジで言った。
オスカルは、3人の友の好意に胸がいっぱいになり、
「ありがとう、ド・ギランド」
と、言って抱きついてしまった。
これに一番、驚いたのは、ド・ギランドだった。
ここ何年、もしかしたら何十年も、女性に抱きつかれた事は無かった。
それ以上に、女性と抱き合う事に嫌悪感があった。
しかし今、弟分から半分妹分になったオスカルに抱きつかれても、嫌悪感どころか、むしろ可愛いとさえ思えてきたのだ。
ロドリゲが、茶化して言った。
「オスカルちゃん、アンドレ以外のオトコとそんな事しても良いのかい?」
胸がいっぱいのオスカルだったが、やはりここは、氷の花、
「ふん!オトコしか興味がない、ド・ギランドなら良いんだ!
あとは、わたしだけを愛してくれる、アンドレだけだ!
ド・ギランドも、不特定多数ではなく、たった1人をそろそろ見つけてはどうだ?」
「ハハハハハ・・・オスカル、余裕の発言だな!
ド・ギランド、年貢の納め時が、忍び寄って来ているぞ!」
ラ・トゥールが、言う。
こうして、オスカルは、馬車の人となった。
******************
オスカルが自室に戻ると、オスカル付きの3人の侍女が待ち構えていた。
挨拶もソコソコに、
「オスカルさま、お風呂になさいますか?」
「香油は何を入れましょうか?」
「髪に染み込ます、香油も選ばなくてはなりません」
「それに、お肌も念入りに・・・パックをして、マッサージも必要ですわね」
「お風呂上がりの、御召し物もお決めにならないといけませんわ」
オスカルに口を挟む余地も与えず、矢継ぎ早に、言葉が飛び交った。
オスカルは、訳がわからず、呆然としたまま居間に導かれた。
そして、何をそのように、畳み掛けているのか、と、問いかけようと口を開けた瞬間。
シュッ、と、ミントの香りが口の中に広がった。
「何をするのだ!」かなりイライラしながら、小瓶を持った、フォンダンを睨んだ。
「お口の匂いを消すスプレーです。
オスカルさま、お酒の匂いが残っています」
「それはそうだ、友人達と飲んできたからな」
当然のように、オスカルが答えた。
すると、ガトーが、
「どうして、今日という日に、お友達がたとお飲みになって、しかもこのようなお時間にお帰りになるのですか?
オスカルさまは、今日という日が、特別な日、という事を忘れてらっしゃるとは思いませんが・・・少しは、ご自分が女性であることに自覚を持っていただきたいですわ」
一気に捲し立てた。
しかし、オスカルは、言っていることの意味がわからず、首を傾げるばかりだった。
「おまえ達の言っている事が、さっぱりわからないのだ。
それより、わたしは、ドアの向こうで待っているアンドレを呼んで、この軍靴を脱ぎたいのだが・・・
話は、その後にしてくれ」
あゝ、そうでしたわ。
アンドレにとっととお役目を果たしてもらって、退散してもらいましょう。言うなり、ショーが、ドアに向かって突進して行った。
そして、アンドレの腕を引っ張って、これまた、走って戻ってきた。
呆気にとられている、オスカルとアンドレを無視して、さっさとお役目をしてちょうだい。オスカルさまは、お忙しいのだからね!と言い、アンドレが、オスカルの軍靴をいつもよりちょっと乱暴に脱がした。
するとまた、ショーがアンドレの腕を掴んで、ドアに向かって突進した。そして、ドアを閉めながら、貴方は、12時までその辺でぶらぶらしてなさい!あ!体を洗うのは、忘れずにね!
と言い、追い出した。
ここまで来て、オスカルのイライラが頂点に達した。
「いったい、なんなのだ!これから、何を始めようというのだ?」
「オスカルさま〜今夜が、なんの日かわかってらっしゃいますよね」×3
「よ〜く、分かっているぞ。
日付が変われば、月誕生日。
これから、何時間か、アンドレを待ってゆっくりと過ごしたいのだが・・・おまえ達が、何やら意味不明な事を言っているので、落ち着けないのだが」
「まぁ!オスカルさま!」×3
「あゝ、百歩譲って、風呂には入るが・・・
香油が、なんちゃらとかは、却下だ。」
「まぁ!オスカルさま!」×3
「普段の日と違うと、お知りになりながら、そんな事を仰るのですか?
今夜は、オスカルさまがアンドレと愛し合って、そして、離れ離れになって、初めて許された、月誕生日なのですよ。いつもとほんのちょっぴり、女らしくなさって、アンドレと会おうとお思いにならないのですか?」
「全く思わない!
何を言っているんだ!ガトー。
アンドレは、飾らないわたし自身を、想ってくれているんだ。
月誕生日だからといって、取り立てて何もする必要なし!
わかったか?
風呂には、入る。朝から軍服で走り回って、汗で気持ち悪い。
顔の手入れも、いつもと同じでイイ。
だが、そこまでだ。
分かったな!!!!!」
「でも~オスカルさま、せめて、香油だけでも、趣向を凝らしましょうよ~」
ショーが、夢を見るように言った。
「アンドレだって、少しは期待しているかもしれませんわ」
恋に恋する夢見る乙女になっている、ショーは、相変わらず、夢見心地の上の空だった。
そんな3人の侍女達の願いもむなしく、オスカルは、己の思う通り、いつもと変わらず身支度をして、漸く、愛用している椅子にゆったりと腰を下ろした。
アンドレの事を想ってみる。
胸がドキドキしてきた。
まるで、初めて恋をして、初めてデートに誘われた、乙女の様であった。
気を落ちつかせる為、サイドテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取ってみた。
一口飲んでみる。
甘酸っぱい味がした。
このまま、数時間も待っているのも不毛だと思い、本でも読もうかと書斎に向かった。
しかしながら、書斎の本はほとんど、読み終わっているものばかりだった。
ふと、見た事のない背表紙が並んでいる一角があった。
『ヴェルサイユ宮殿 影の主役たち 世界一華麗な王宮を支えた人々』
『マリー・アントワネットは 何を食べていたのか ヴェルサイユの食卓と生活』
『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン 1 』
これらは、アンドレが購入し、読み終えたが、彼の手狭い部屋の中に置いておくことが出来なかった為、そっとオスカルの書斎に置いておいたものだった。
全く見た事のないものだったし、己が注文した覚えもないものだった。
兎に角、アンドレが来るまでの暇つぶしである。適当に一冊手に取ると、居間に戻った。ページを開いてみる。
しかし、字面を追うだけで、全然夢中になる事が出来なかった。
仕方がない、と、ヴァイオリンを手に取った。これなら、奏でながらアンドレを待つ事が出来るだろうと思った。
さて、なにを弾こうか・・・・。以前、モーツァルトを気持ち良く弾いていたら、「おまえには、役不足だ」と言われたことを思い出した。
そうだ、もっとダイナミックな曲・・・と言われたな。
だが、今はダイナミックな気分ではない。
こうして、オスカルは、
ああだこうだ、ああだこうだ、とオスカルらしくない行動をしながら、アンドレと会える24時を待ったのである。
しかし、当の本人はそんな事にちっとも気づいていなかったのはもちろんである。
そして、もう一人の当事者、アンドレが、その時何を想い、何をしていたのかは定かではない。
つづく
追記、本文に出ていた本は、私のデスクの上に【積読】状態でいます。
敬礼でオスカルを迎えた。
いつもは、アンドレと談笑しながら、誰もいない司令官室に入って行くので、オスカルは、新鮮に感じ、頼もしい友人を持っている事に、朝から心地よく思った。
ド・ギランドと軽口をたたいていると、ジョルジュが、コーヒーを2人に運んでくる。
ロジェは、このオスカルの友人が来ると、任務がかなり軽減されるので、ホッとしながら、勉強用の机に向かった。
オスカルがド・ギランドと、その日の打ち合わせをしている頃、すました顔で、ジェローデルがコルミエ少尉を従えて、入ってきた。そして、ド・ギランドがいるのを見て、渋い顔をした。
ド・ギランドが、すかさず口を開いた。
「近衛は随分と、のんびりしているのだな~
それに、司令官室に入るのに、ノックもなしか?
礼儀を重んじる、近衛隊士殿とは思えんな!
それに、お供がいなけりゃ、お外を歩けないのか?
確か、アンドレの替わりと聞いていたが、
アンドレは独りで、補佐など付けていなかったが・・・
そうだな?オスカル?!」
「ああ、そうだ。アンドレは、独りですべてをこなしていた。
今、わたしは、ジェローデル、君だけでは、足りないので、
ロジェとジョルジュまで・・・彼らも他の用事があるのに、
わたしの為に、来てくれている。
それに、ド・ギランドまで助けに来てくれている。
このままでは、これからの1年間、
無事にやって行けるのか、不安になるな。
衛兵隊での、わたしの任務は、近衛の隊長時代とは、かなり違っている。
それの補佐が出来ないとなれば、退場して頂くしかないだろう!」
オスカルは、面白そうに言ってのけた。
ジェローデルは、もともと邪な理由で・・・オスカルに再度、アタックする為に、衛兵隊へと着任していたので、平民である隊士たちとは関わるつもりはなかった。
それに、昨日は出仕していなかったので、今日が2日目である。
まだ、衛兵隊がどのような所か・・・単に、品性もなく、ごろつきの集まり・・・と言う認識しか持っていなかった。
ついでに言えば、食べ物が究極に口に合わなかった。
返答に固まってしまったジェローデルに、オスカルはニコニコと、
「まあ、しばらくやってみて、判断したまえ!
今日の昼食も、衛兵隊流だ。楽しみにしていたまえ!
では、任務にかかってくれ!」
そう言うと、オスカルはド・ギランドと親し気に今日の任務の打ち合わせに戻っていった。
*******************
こうしてオスカルは、淡々と任務をこなし、ド・ギランドは、オスカルの護衛をしながら、補佐をしていた。一方の、ジェローデルは、ド・ギランドがオスカルの側にべったりと付いていたので、甘いささやきをする事が出来ないでイライラしていた。
その日もオスカルは、ド・ギランドを伴って、兵士達の訓練を見て回っていた。
「会わせたい男がいるのだ」
オスカルが、ニコニコと振り返りながら言った。
「楽しそうだな!そんなに、価値がある男なのか?
うん?俺の好みか?」
ド・ギランドも興味津々と言った様子で答える。
「ふふふ・・・、彼はストレートだと思うが・・・。
その辺りは、おまえが自分で、確かめたらいい。
わたしの管轄ではない」
と、たわいのない会話をしながら、練兵場へと向かった。
今日は、第1班と第3班が合同で、剣の演習を行っていた。
オスカルとド・ギランドはしばらく、黙って見ていた。
ド・ギランドが、先に声を上げた。
「ほう!あの男か・・・見事な剣さばきだな!
それに、両手使いか・・・。
面構えも、いい。」
「ああ、そうだろう。衛兵隊一の使い手だ。
わたしもかなり、苦戦した。
負けると思ったほどだ」
オスカルは、自慢げに話した。
「え゛!あいつとやり合ったのか?
すっげ~肝っ玉持っているなぁ!おまえ。
まあ、いいや・・・俺も、奴と相手したいものだ」
ド・ギランドが楽しそうに言い出した。
オスカルは、そう言うと思って、連れてきた。
と、言いながら、演習を見守っている、ユラン伍長に声を掛けた。
アランが呼ばれて、オスカルの隣に立つ、アンドレとはまた違った、デカくて日に焼けた男をチラッと見た。
ふん!海軍のおえら様か知らないが、俺様に挑んでくるとは、大したものだ。
俺の事は、粗方隊長から聞いているだろうに・・・と、思いながらも、海軍でこの人あり!と噂されている司令官との、対決を、「思しれー!」と思ったのである。
オスカルが、アランと決闘をした時のように、皆・・・と、言っても第1班と第3班だが、集まってきた。
凄い打ち合いだった。オスカルの時は、身の軽さで、アランを翻弄したが、今度は、馬鹿力のド・ギランドである。アランは、真っ青になったが、ド・ギランドは、練習試合をしているように、余裕だった。
が、実は、ド・ギランドもかなり苦戦していた。だが、長年の経験と、司令官と言う立場で、連戦をくぐり抜けてきた、経験が余裕を見せていた。
練兵場には、カシーン、カシーン、カン、カン、カンと、
剣を打ち合う音だけが、響いていた。
誰ひとり声も上げられず、固唾をのんで見守っている。
一方の、オスカルは、これまたド・ギランドと同じで、微笑をうかべながら、己の部下の健闘と、旧知の親友の健闘をそれぞれ見守っていた。
激しい剣の音につられて、他の訓練に出ていた班の面々も集まってきた。
アランが、苦戦しているのを見て、アレは誰だ?と、先に来ていた者に聞くもの。
隊長とは、どんな関係だ?と、面白がる者。
夏の日差しの中で、2人とも額に汗が噴き出してきた。
汗が、目に入ってくる。拭いたいのは、両者とも同じである。
しかし、そんな余裕はない。
そこへ、オスカルが、良く通るアルトの声で、
「ヤメ~!!!!
その位でいいだろう?二人共。
どうやら、互角のようだ。
アラン、衛兵隊の面目は保たれた。
ド・ギランド、司令官の肩書も、捨てたものじゃないと証明できた」
それでも、血気盛んな2人は、剣を収めてはいない。
オスカルは、2人の剣が交差するのを気にも留めずに、割って入って行った。
ド・ギランドが、剣を収めながら、
「この真っただ中に入って来る、おまえが一番だ」
ふん!と、アランが、剣を収めた。
ド・ギランドが、アランの方に寄り、右手を差し出した。
渋々、アランが差し出すと、それをド・ギランドが、握り返したと同時に、
アランの手を引き寄せ、肩を抱き、何かを囁いた。
驚いた、アランが、ド・ギランドを見上げた。
ニヤリと、ド・ギランドがすると、アランはまた、渋々頷いた。
オスカルが、ニコニコとそれを見ていた。
練兵場を離れると、ド・ギランドが、暑い、暑い、どうにかしてくれ!
ビールが欲しいとは言わないが、涼しくなりたい!と、騒ぎ出した。
オスカルは、ふふふ・・・と笑うと、ド・ギランドを、衛兵隊の裏手へと連れて行った。
アランに何を言ったのだ?
まさか、誘ったのじゃあるまいな?オスカルが、面白そうに聞く。
ド・ギランドは、笑いながら、男同士の会話だ!
残念ながら、おまえでも入る余地はないな。と軽くいなしてしまった。
アランの腕は、どうだったか?などと、話しているうちに、ヴェルサイユでは、珍しい開けた高台に出た。(そんな所、あるのか?)
「ほう・・・こんな所が、衛兵隊にはあったのか?」ド・ギランドが、辺りを見回しながら言う。(だから!あるのかって聞いているのだ!)
「ああ、書類仕事に疲れると、気分転換にアンドレとよく来たのだ。
兵士達は、忙しくてここの存在を忘れてしまっているようだ」
「ふん!いいのか?アンドレとの秘密の場所を俺なんかに教えて?」
「ふふふ・・・、おまえは、・・・・・・う~~~ん、特別だな」
と、言いながら、大きくて、平らな石の上にオスカルは座っていたと思うと、しばらくして、寝転んでしまった。
それを見て、ド・ギランドは、
「そこが、おまえの定位置か・・・。じゃあ、アンドレは、いつも何処にいるのだ?」
「アンドレは、そこの端に行って、下の方を眺めているか、
ここ、石の側に、座っている。」
オスカルの声が、段々と小さくなってきた。
「ふん!ここか、・・・・・・下草がひんやりして気持ちが良いな。
で、何を話していた?」
「・・・・・・・・zzzzzzzzzz・・・・・・・・・」
「おい!オスカル?」
ド・ギランドが、オスカルを見ると、スヤスヤと眠っていた。
再び、ふん!と言うと、もう一つのアンドレの居場所、高台の端に行って、伸びをして、見慣れた風景を、上から眺めてみた。
見慣れた場所だから、見ていても、面白くもない。
振り返って、オスカルを見ると、気持ちよさそうに寝ている。
仕方がないので、ド・ギランドも石の側の下草に寝転がった。
先程、動いたので、心地いい眠気が襲ってくる。
だが、眠るわけにはいかない。
空を見上げる、雲が流れていく、ヴェルサイユの街を眺めるより、ずっと面白かった。
漸く、オスカルが、伸びをして、起き上がった。
空を眺めていたド・ギランドも、起き上がって、座りながら、
「オスカル、おまえ、いつもそんなに安心しきって、他人のいる所で、寝るのか?
衛兵隊は、危険だとアンドレが、言っていたが?」
言っている意味が分からず、オスカルは、当たり障りのない返事をした。
「ド・ギランド、おまえがいたからだ」
ド・ギランドは、笑いながら、
「アンドレと、いる時もずっとそうだったのか?」と、核心に触れた。
オスカルは、暫く返答に時間をかけた。
事実を伝えると、今は愛するアンドレの不利になってしまう。
でも、ド・ギランドは、適当な嘘を言っても見抜くだろうと思われた。
オスカルが、黙っていると、ド・ギランドの方が語り出した。
「おまえら、何があった?
アンドレの髪が長くて、目を怪我していなかった頃。
おまえらは、子供の頃と変わらず、性別も関係なく、戯れていた。
ただ、アンドレだけが、胸の内を悟られまいと努力をしていたが…。
それが、ヤツが、髪を切って、目を怪我してから、おまえらの間に、距離ができたような気がした。
おまえは、アンドレに戯れなくなったし、一層軍人である己であろうと、自分を律していた。
一方のアンドレは、ますます、彼のオトコの部分をおまえには見せないよう必死だった。
それに、ここでのアンドレの定位置だ。
以前だったら、おまえが寝転んでいる石の上に、ヤツも腰掛けるだろう?」
オスカルは、言葉もなく、聞いていた。
胸の内で、この、士官学校時代からの親友は、なんと人の心の動きを見ているのだろうかと、感じた。
そんなオスカルを見て、また、笑いながら、
「ふふふ・・・俺はなぁ!男しか愛せないだろう?
ヴェルサイユでは、珍しい事ではないが、俺の様に、妻を持たない、ゲイは、やはり、異端なんだよ。
だからかな、人の言葉つかい、視線の先、態度などから、その人間の本当の、隠している本質を探ることができるようになってしまった」
あゝ、男としてしか生きる事が出来なかった己と、この親友は、似ているのかもしれないなと、オスカルは思った。そして、少しだけ話してもいいかと思った。
「アンドレとは、気不味い時期があったのは、確かだ。
でも、あの時期が無ければ、わたしは、今こうして、アンドレと愛し合う様にならなかったと確信する。
だから、今ではあの時期さえも、愛しく感じられる。」
ド・ギランドは、一瞬オスカルを眩しげに見たが、直ぐに、いつもの親友に対する温かい眼差しを送った。
その夕刻、それらの日々と同じように、ヴェルサイユ四剣士隊が揃って、仕事をこなし、訝しがるオスカルを、無理やり、馬車に乗せて、帰宅させた。
そこにいつものベルリン馬車が、やってきた。
いつもの3人の男が待ち構えていると、第一班アランを筆頭に数人、第3班からも数人やって来て、ド・ギランドに馬車へと押し込まれた。
そして、馬車はいつもの店に、いつものように向かって、店に入った男たちは、いつものように、呑んで食って、騒いだ。そして、いつもと違って、その夜は、衛兵隊宿舎へと、隊士達を送り届けると、ヴェルサイユの貴族の屋敷のある方に消えていった。
いっぽうで、ド・ギランドは、自邸に帰ると、酔いのまわった頬をパンパン叩きながら、正気を取り戻した。そして、胸ポケットにあるスマホを取り出した。
そこには、既に出航するはずだった、ド・ギランドの船に乗っている、副官からの報告が入っている。この報告は、必ず、毎日やり取りをされていて、本来ならば、出航を控えた軍艦の船長であり、司令官であるド・ギランドが、乗船して命令を飛ばしていなければならないはずである。
しかし、義に熱いド・ギランドは、旧知の親友オスカルの前祝いと称して、ヴェルサイユに留まり、部下たちとLINEで、やり取りをしていた。
そして、LINEだけでは、足りない時、港と、ヴェルサイユの中間地点まで、部下を呼び寄せ、自分も馬を飛ばして向かい、打ち合わせをした。
今夜もまた、厄介な問題が起こっていたようである。
ド・ギランドは、執事に出かける旨を伝え、準備を整えるよう指示した。
執事も、慣れたようで、すぐさま、指令を出し、ド・ギランドは、馬上の人となった。
こうして、一晩中、馬を走らせ、部下と話し合い、命令を出し、早朝にヴェルサイユに帰って来る。するとすぐさま、朝食を掻っ込み、身なりを整えて、衛兵隊の司令官室に立って爽やかな顔で、オスカルを迎えるのであった。
7月24日朝
その日も、ド・ギランドは、いつものように、オスカルが出仕する前に、司令官室に着き、オスカルを待った。
昨夜、どの様な行動をとったかは、彼の様子からは計り知れない。
船を操る屈強なオトコは、この位の事、朝飯前と心得ていた。
そんな、ド・ギランドが毎日衛兵隊に来ているので、ジェローデルは、相変わらず、己の最大の使命・・・オスカルをもう一度、くどく・・・と、言う事が全くできないでいた。
ジェローデルが、帰ると、いつものように2人が入ってきた。
ド・ギランドが、おまえ達もう書類は、殆ど片付いたぞ!
おまえらの仕事は、終わったのか?と兄貴風を吹かせた。
そして、
「よ~そろ!じゃあ、出航前に4人揃って飲みに行くか!」
と、叫んだ。
慌てたのは、ロドリゲだった。
「おいおい!オスカルは、今夜12時になってアンドレが来るのを待つのじゃないか?」
ド・ギランドが、しゃあしゃあと答えた。
「それまで、独りで、悶々としてろっていうのか、かわいそうじゃないか?
なにも、午前様をしろと言っている訳じゃない。
う~~~ん、10時か?女は、身支度があるから・・・もちっと早めがいいのか?
時間は、オスカル、おまえが決めろ!」
ラ・トゥールが、真面目ものらしく、
「しかし、酔いつぶれてしまったら、もっとかわいそうだ!」
と、発言して、3人3様、あーでもない、こーでもないと賑やかだった。
蚊帳の外に置かれたオスカルは、勝手に決められていく、己の今夜の予定だったが、嬉しく受け止めていた。そして、アンドレを待つには、屋敷にどの位の時刻に帰ればいいのか、逆算していた。
男たちの低い声が交差する中に、女としては低めながらも、良く通る声が響いた。
「では、諸君の厚意に甘えて、9時迄呑みに行くことにする。
ちょっとやそっとでは酔いつぶれないから、安心しろ!」
男たちは、怒声が響いた。
流石、オスカル。
なんちゃら、オスカル!
と言って、歓声を上げた。
3人が、笑い飛ばしている中、オスカルは、ジェローデルを使い物にならなくして、サッサとアンドレを呼び戻す計画を練っていた。
実際、例の食事の件など、オスカルには、どこの部署の誰に、相談して良いのかも分からなかった。このままいけば、兵士の間から不満の声が出てくるのは明らかだった。
そして、いつもの通り、超豪華なベルリン馬車で、夜の街に消えていった。
そして、今日だけは、ロジェもジョルジュも、これから2日間の休みの為、帰宅していった。
******************
宴会は、いつもより陽気であった。
オスカルも、あと数時間で、アンドレに会えると思うと、テンションアゲアゲであった。
その想いを、受け止めてくれる仲間がいる。
思いっきり飲もう・・・と、思ったが、さすがにこれだけは、いつものように・・・とはいかなかった。
アンドレに会う時、素面でいよう。などとは、考えなかったが、屋敷に帰って、此の余韻を楽しみ。そして、アンドレに会えることを、かみしめるだけの、冷静さを残しておきたかった。
そうこうしているうちに、オスカルが帰宅する時間となった。
ド・ギランドが、
「そうか。じゃあ、困ったらいつでも、LINEするんだぞ!すぐにでも、駆けつけるからな!」
頼もしい司令官の顔が現れた。
「おいおい、ド・ギランド?海の上でも、電波が届くのか?」
ラ・トゥールが、心配そうに聞いた。
「ふん!しばらくは、排他的経済水域内を航行する」
「えー!我が国の領土に、大砲打ち込むなよな!」
ロドリゲが、マジで言った。
オスカルは、3人の友の好意に胸がいっぱいになり、
「ありがとう、ド・ギランド」
と、言って抱きついてしまった。
これに一番、驚いたのは、ド・ギランドだった。
ここ何年、もしかしたら何十年も、女性に抱きつかれた事は無かった。
それ以上に、女性と抱き合う事に嫌悪感があった。
しかし今、弟分から半分妹分になったオスカルに抱きつかれても、嫌悪感どころか、むしろ可愛いとさえ思えてきたのだ。
ロドリゲが、茶化して言った。
「オスカルちゃん、アンドレ以外のオトコとそんな事しても良いのかい?」
胸がいっぱいのオスカルだったが、やはりここは、氷の花、
「ふん!オトコしか興味がない、ド・ギランドなら良いんだ!
あとは、わたしだけを愛してくれる、アンドレだけだ!
ド・ギランドも、不特定多数ではなく、たった1人をそろそろ見つけてはどうだ?」
「ハハハハハ・・・オスカル、余裕の発言だな!
ド・ギランド、年貢の納め時が、忍び寄って来ているぞ!」
ラ・トゥールが、言う。
こうして、オスカルは、馬車の人となった。
******************
オスカルが自室に戻ると、オスカル付きの3人の侍女が待ち構えていた。
挨拶もソコソコに、
「オスカルさま、お風呂になさいますか?」
「香油は何を入れましょうか?」
「髪に染み込ます、香油も選ばなくてはなりません」
「それに、お肌も念入りに・・・パックをして、マッサージも必要ですわね」
「お風呂上がりの、御召し物もお決めにならないといけませんわ」
オスカルに口を挟む余地も与えず、矢継ぎ早に、言葉が飛び交った。
オスカルは、訳がわからず、呆然としたまま居間に導かれた。
そして、何をそのように、畳み掛けているのか、と、問いかけようと口を開けた瞬間。
シュッ、と、ミントの香りが口の中に広がった。
「何をするのだ!」かなりイライラしながら、小瓶を持った、フォンダンを睨んだ。
「お口の匂いを消すスプレーです。
オスカルさま、お酒の匂いが残っています」
「それはそうだ、友人達と飲んできたからな」
当然のように、オスカルが答えた。
すると、ガトーが、
「どうして、今日という日に、お友達がたとお飲みになって、しかもこのようなお時間にお帰りになるのですか?
オスカルさまは、今日という日が、特別な日、という事を忘れてらっしゃるとは思いませんが・・・少しは、ご自分が女性であることに自覚を持っていただきたいですわ」
一気に捲し立てた。
しかし、オスカルは、言っていることの意味がわからず、首を傾げるばかりだった。
「おまえ達の言っている事が、さっぱりわからないのだ。
それより、わたしは、ドアの向こうで待っているアンドレを呼んで、この軍靴を脱ぎたいのだが・・・
話は、その後にしてくれ」
あゝ、そうでしたわ。
アンドレにとっととお役目を果たしてもらって、退散してもらいましょう。言うなり、ショーが、ドアに向かって突進して行った。
そして、アンドレの腕を引っ張って、これまた、走って戻ってきた。
呆気にとられている、オスカルとアンドレを無視して、さっさとお役目をしてちょうだい。オスカルさまは、お忙しいのだからね!と言い、アンドレが、オスカルの軍靴をいつもよりちょっと乱暴に脱がした。
するとまた、ショーがアンドレの腕を掴んで、ドアに向かって突進した。そして、ドアを閉めながら、貴方は、12時までその辺でぶらぶらしてなさい!あ!体を洗うのは、忘れずにね!
と言い、追い出した。
ここまで来て、オスカルのイライラが頂点に達した。
「いったい、なんなのだ!これから、何を始めようというのだ?」
「オスカルさま〜今夜が、なんの日かわかってらっしゃいますよね」×3
「よ〜く、分かっているぞ。
日付が変われば、月誕生日。
これから、何時間か、アンドレを待ってゆっくりと過ごしたいのだが・・・おまえ達が、何やら意味不明な事を言っているので、落ち着けないのだが」
「まぁ!オスカルさま!」×3
「あゝ、百歩譲って、風呂には入るが・・・
香油が、なんちゃらとかは、却下だ。」
「まぁ!オスカルさま!」×3
「普段の日と違うと、お知りになりながら、そんな事を仰るのですか?
今夜は、オスカルさまがアンドレと愛し合って、そして、離れ離れになって、初めて許された、月誕生日なのですよ。いつもとほんのちょっぴり、女らしくなさって、アンドレと会おうとお思いにならないのですか?」
「全く思わない!
何を言っているんだ!ガトー。
アンドレは、飾らないわたし自身を、想ってくれているんだ。
月誕生日だからといって、取り立てて何もする必要なし!
わかったか?
風呂には、入る。朝から軍服で走り回って、汗で気持ち悪い。
顔の手入れも、いつもと同じでイイ。
だが、そこまでだ。
分かったな!!!!!」
「でも~オスカルさま、せめて、香油だけでも、趣向を凝らしましょうよ~」
ショーが、夢を見るように言った。
「アンドレだって、少しは期待しているかもしれませんわ」
恋に恋する夢見る乙女になっている、ショーは、相変わらず、夢見心地の上の空だった。
そんな3人の侍女達の願いもむなしく、オスカルは、己の思う通り、いつもと変わらず身支度をして、漸く、愛用している椅子にゆったりと腰を下ろした。
アンドレの事を想ってみる。
胸がドキドキしてきた。
まるで、初めて恋をして、初めてデートに誘われた、乙女の様であった。
気を落ちつかせる為、サイドテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取ってみた。
一口飲んでみる。
甘酸っぱい味がした。
このまま、数時間も待っているのも不毛だと思い、本でも読もうかと書斎に向かった。
しかしながら、書斎の本はほとんど、読み終わっているものばかりだった。
ふと、見た事のない背表紙が並んでいる一角があった。
『ヴェルサイユ宮殿 影の主役たち 世界一華麗な王宮を支えた人々』
『マリー・アントワネットは 何を食べていたのか ヴェルサイユの食卓と生活』
『傾国の仕立て屋 ローズ・ベルタン 1 』
これらは、アンドレが購入し、読み終えたが、彼の手狭い部屋の中に置いておくことが出来なかった為、そっとオスカルの書斎に置いておいたものだった。
全く見た事のないものだったし、己が注文した覚えもないものだった。
兎に角、アンドレが来るまでの暇つぶしである。適当に一冊手に取ると、居間に戻った。ページを開いてみる。
しかし、字面を追うだけで、全然夢中になる事が出来なかった。
仕方がない、と、ヴァイオリンを手に取った。これなら、奏でながらアンドレを待つ事が出来るだろうと思った。
さて、なにを弾こうか・・・・。以前、モーツァルトを気持ち良く弾いていたら、「おまえには、役不足だ」と言われたことを思い出した。
そうだ、もっとダイナミックな曲・・・と言われたな。
だが、今はダイナミックな気分ではない。
こうして、オスカルは、
ああだこうだ、ああだこうだ、とオスカルらしくない行動をしながら、アンドレと会える24時を待ったのである。
しかし、当の本人はそんな事にちっとも気づいていなかったのはもちろんである。
そして、もう一人の当事者、アンドレが、その時何を想い、何をしていたのかは定かではない。
つづく
追記、本文に出ていた本は、私のデスクの上に【積読】状態でいます。
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