You’re my best friend


ヴェルサイユに春が訪れた。
ルイ15世が倒れ、5月に崩御した。

ルイ16世が即位し、アントワネットさまは王后陛下となった。
そして、夏の気配を感じるころ、フェルゼンが帰国した。

ジャルジェ家では、
ばあやがそっとジャルジェ夫人の部屋を訪れた。
そして、告げた。
「最近、お嬢さまに月のものが無いのですが、・・・」

夫人は慌てず、静かにばあやに指図した。
「暫く、ほかの者には内密に、・・・もちろん、オスカルにも」

そして、注意深く愛娘の様子を見守った。少し食欲がないようであるが、悪阻と言うほどのものではなさそうである。ただ、細いウエストがやや膨らんでいるようだった。

しばらくすると、今度はいつにも増して食欲が出てきたようである。ウエストも軍服のベルトをきつそうにしていて、好みのカシュクールのブラウスも以前よりゆったりと着ている。夫人は確信した。

しかし、何故この娘は気づかないのだろうか?

これまた夫人の謎であった。謎ではあるが、兎に角、妊婦は妊婦らしく過ごしてもらわねば。きっと、知ってもあの娘は出産間際まで軍務に付くというだろう。なんとかせねば・・・
考え抜いて夫人はアンドレを部屋に呼んだ。

アンドレが夫人の部屋に入ってくると、
夫人はほっとしたように愛娘の幼なじみを見て、話し出した。

「アンドレ、・・・あなたがいてくれてオスカルは、どんなに心強いことか感謝していますよ。」
アンドレは恐れ多いと深々と頭を下げる。下げながら幼なじみで親友の愛しい女性を思い、自分で自分の苦労を労った。わかってくれる方はわかってくれているのだ・・・と。

そんなアンドレに構わず夫人は続けた、
「オスカルが身ごもったようです。」

今度こそアンドレは我と我が耳を疑った。
そして、ポカンとした、次の瞬間頭を目まぐるしく回転させた。
オスカルの行動は全て把握している。

オスカルが○○した。・・・いや、オスカルは○○していない!・・・記憶では、・・・


アンドレは得意のポーカーフェイスを続けた。


夫人はそんなアンドレを見て嬉しそうに微笑み、話を続けた。
驚愕と共にアンドレがなんとか理解したのは、オスカルが身ごもったので、今まで以上に体に気を付けてやる事。軽い運動は妊婦の為に良いが、そろそろ馬に乗ったり剣を持ったり銃を持つのは控える事。情緒不安定になりやすいがオスカルの場合、特に頭に血が上らないよう穏やかに過ごさせる事。等々細やかな指示だった。

最後に夫人はなるべく早めに、産休に入るようにオスカルを説得する事を告げると、嬉しそうに、

「心配していましたが、19歳までに間に合いそうです。これでオスカルもホッとするでしょうね。男のあなたにお願いするのは大変なことと思いますが、あの子はあなたの言うことしか聞かないからよろしくお願いしますよ」と言って、話を打ち切りながら一言付け加えた。

「これからオスカルを呼んで話をします。その後のフォローをお願いしますね」

アンドレはよろめきながらも、見た目はしっかりと、夫人の部屋を退出した。頭の中は、もやが、かかったような、重いような目が回りそうな、・・・兎に角、一人になりたかった。こんな時、おばあちゃんに見つかって用事など頼まれたら、たまったものじゃない。

アンドレは、自室へとよろよろと向かった。

  **************************

オスカルは、自分の母親が話している事の意味が全く分からなかった。

全く身に覚えがなかったからである。
確かに最近、腹回りが太ってきたとは思っていた。
いたが、ただ太ったのだと思っていた。

第一、妊娠というのは男と女が○○してするものではないか?
わたしは、・・・フェルゼンを拒んだ。
後は、・・・ちょいと子どもが出来るように念じただけだ!・・・

もしかして!!!わたしの認識が、知識が誤っていたのだろうか?

オスカルは、そっと腹に触れてみた。温かい、愛しい感触もある。
その時、腹の中が動いた。
オスカルはびっくりして母を見た。
母親は、優しい目で見つめ返し、「動いたのですね」と言った。

オスカルは、一刻も早くアンドレに会いたかった。会って確かめたかった。母親の話を上の空で聞き、部屋を飛び出し小走りにアンドレの部屋へと向かった。


末娘が退出すると夫人は、ほーっとため息をついた。自分の末娘であるが6歳までアラスでアンドレの母を頼りに甘えて育った子どもである。ヴェルサイユに引き取ってからも、アンドレを頼りにし、行動を共にして、しかも男の子として育ったため、士官学校に入り、その後直ぐに軍務についてしまった。

同じ屋根の下に暮らしていても母親として、話すことも少なかった。その上、アンドレの母親、シモーヌが訪れる。と聞くと仕事を切り上げて帰宅しアンドレを交えて、三人で自室にこもりおしゃべりしている。

一体子どもの父親は誰なのだろうか?

アンドレなら知っているだろう、と先に呼んでみたが知らないようであった。
これから先のことを思い、また夫人は、ため息をついた。

  ***************************

一方自室に戻ったアンドレは、落ち着け!落ち着け!とにかく落ち着けアンドレ!と、自分に言い聞かせた。
オスカルが妊娠!?間違いないのか?

いや、奥さまが冗談をおっしゃるなんて事は、あり得ない。もう一度考えてみる。オスカルの行動は全ておれが把握している。誰と何を話したかまでわかっている。

もしかしたら、おれの見えないところで、夜中にそっと男を寝室に呼び入れた。・・・そんな事が出来るオスカルではない!だったらあの時フェルゼン伯爵と○○していたはずだ!・・・

う~~~~~~~~~考えられるのは、・・・考えたくないが、・・・それしか、・・・ない、・・・よな?

・・・それにしても、あの夜の事は、全く記憶にない。

こんな事があるのだろうか?今まで自慢じゃないが一応女とは遊んだことはある。酒を飲み過ぎていた時だって記憶はあった。・・・イヤイヤ、・・・あの晩は殆ど飲んでいなかったし、・・・

オスカルがどんなにおれを罵ろうと罰しようと子どもは生まれてくる。オスカルを不幸にすることはできない。

とにかくオスカルに会おう。とオスカルの部屋に向かうべく、廊下を真っ直ぐ歩き、角を曲がったところで、金色のものが勢い良くぶつかってきた。

うわっ!と思うより早くその金色が、オスカルと察知し、後ろに跳ね飛び倒れそうになるオスカルを抱きとめた。

オスカルの方も、使用人棟へと続く廊下へと曲がろうとした途端、大きな図体にぶつかり驚いたが、それが探していたアンドレだったので、ホッとした様子だった。

「危ないじゃないか、走ったりして、・・・」
「おまえを探していた。話がある。おまえの部屋に行こう」
「いや、おれの部屋は壁が薄くて話が筒抜けだ。おまえの部屋で話そう」
「分かった」
「何か飲み物を持っていくか?」と聞くと、ショコラを頼むと答えが返ってきた。

オスカルは、ソファに腰掛けてイライラとアンドレを待ちながら、後悔した。
ショコラなど、頼むんではなかった。
あいつはショコラをわたし好みの温度にするために、律儀にも厨房で冷めるのを待っているのだ。こんな時は熱いまま持ってきてもいいものを、・・・

漸く、ほんのり湯気の立つショコラをトレーに乗せて、待ち人がやって来た。
神妙な顔をしている。

「遅いぞ!早く座れ!」オスカルが、苛立った様子で言った。
「分かった」
「アンドレ、改めて聞きたいことがあるのだが、・・・
わたしたちは、幼なじみで親友だよな?」
「え?ああ、確かに」

こんな時に、何を言い出すんだこのお嬢さまは?・・・

「それでは、これからわたしが尋ねる事を正直に教えてくれ!
わたしは、どうやら身ごもっているようだ。
腹の中で子どもが動くのも感じた。

しかし・・・今まで・・・
子どもというのは、男女が、○○したら出来るものだと思っていたのだが、・・・
それとも、・・・わたしの場合、・・・念じれば出来るのか?」

パチクリ!!!パチクリ!!!
アンドレは目の前の美しく、愛してやまない、お嬢さまが言っていることが、理解できなかった。
オスカルは続けた。

「わたしは・・・男と○○した経験がない。しかし、腹に子どもが宿っているようだ」

オスカルは、至って真面目に、真剣に、話している。
からかっているのか?・・・・・アンドレは、思った。

普段おれの前では、コロコロと表情を変えて、感情を素直に顔に出すオスカルだが、
今回は事が事だから、ポーカーフェイスを気取っているのか?
でも、正直に教えてくれ、と言ったよな。

アンドレの頭は目まぐるしく動き回る。
どう応えたらいいのだろうか?
笑い飛ばしたら銃が出てきたりして、・・・真面目に答えたら、・・・鞭か?・・・

アンドレは腹をくくると、・・・
「すまない、オスカル!冬の夜の事を覚えているか?
あの時何も無かった、と、答えたが、・・・
どう考えても、・・・あれからの、・・・おまえの行動を考えても、・・・
あの夜何かあったとしか考えられないのだ。・・・」

「それは、・・・あの夜、・・・わたしとおまえが、・・・
いや、おまえとの間に、・・・何かあったと言うことか?」
「うん、それしか考えられない。・・・」

オスカルは、しばらく目をつぶって考え込んでいた。

そして、目を見開くと、嬉しそうに言った。
「そうか!分かった!アンドレ!」
「え?」
○○したのは覚えていないが、おまえの子で良かった。
生まれるのもわたしが、18のうちだろうと、母上もおっしゃっていたし、・・・

そんなに簡単に、○○出来るのなら、初めからおまえにしておけば良かった。
これで肩の荷も下りたと言うものだ」

「・・・え?おれの子どもでいいのか?自覚が無くてもいいのか?」
「構わない!そういうものなのだろう。・・・うん!・・・
おまえの遺伝子を受け継いでいるのなら、最高ではないか!

頭脳明晰、性格は良いし、顔もまあまあハンサムだ。
武術はまあまあだが、そこはわたしの遺伝子と育て方で、どうにでもなる!」

アンドレは涙を流したくなってきた。
夢なんじゃないだろうか?夢なら覚めないでくれ!

「やはり、持つべきは親友だな!」
あ!おれのことは男としては見ていないのね~(ガクッ)

「アンドレ、隣に来てみろ!さっきから元気に動き回っているぞ」
おれはオスカルの隣に座って促されるままにそっと腹に触れてみた。
「わからないぞ!」
「はははは、・・・まだ、わたしにしか分からないらしいのだ。
そのうちおまえにも分かるようになるぞ、

取り敢えず、ワインで乾杯しよう!」

「おい!酒は当分駄目だぞ!!」
「あ゛!」

こうして、オスカルは、いとも簡単に妊娠してしまった。
そして、働くママンを目指し始めた。

一方、自分の、・・・自分自身の身に覚えのない責任を、負うことになった、アンドレは苦悩の日々を送ることになる。

BGM Under Pressure
By Queen & David Bowie
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